2014年02月01日

新しい万能細胞-STAP細胞の発見 (常に起きている価値の変化)


新しい万能細胞-STAP細胞の発見

(常に起きている価値の変化)


●男女平等の教育か実ってきたのだろうか

女性の社会進出は普通のことになっていた。男女共学であり男女平等は常に言われてきた。フェミニズムも盛んだった。ただフェミニズムは実際の能力は男女平等であるとの主張でありそれが男性側から批判されてきた。女性はあらゆる分野で成果を何も出していないからだ。これは歴史的に残るような成果を出した女性があまりにもまれだからその主張が認められなかったのである。だから以前として女性は生む機械だとか差別され女性側から反発された。今回のように女性が成果を出せばフェミニズムは男性側からも認められる。すでに男女共学であり教育では男子と差別ないからである。
だからその成果がようやく現れてきたのかとも思う。

そして女性に適したものが必ずあり理系は適していないとされたが生物学で成果を示したことはこの分野で意外と適正があったとなる。なぜなら医者の三分の一は女医になっていることも関係している。女性は妊娠とかで生物学に興味をもつことは自然なのかもしれない、新しい生命を誕生させるものを体にもっているからである。再生細胞そのものだということもある。


この発見でつくづく思ったことは人間の価値はある時急激に変動する。何かをきっかけに急激に変動する。価値あるとされものがたちまち色あせ新しいものが新しい人が脚光をあびる。これまではips細胞を発見してノーベル賞をもらった山中博士が主役だった。
それがこの発明で一変したのである。なに、そんな簡単にできるものなのという驚きであり30歳でそんなことできるの、何か驚きだらけだったとなる。
つまり山中博士のips細胞は色あせてしまったのである。価値がなくなったということではないが急激に株が下がったのである。もろちん素人だからわからないにしろ明らかに
山中博士の価値自体も急激に低下したのである。

人間の価値自体もこうして常に変動している。科学の分野でも常に変動している。

原発事故で科学者の権威は失墜した。日本の技術が優秀だということも嘘だったのかとその評価も極端に低下した。これも大きな価値の変動だった。科学者は嘘つきだとまでなってしった。詐欺師だとまでなって科学の信頼が失墜した。原発事故の影響はあまりにも大きかったのである。


●女性の価値も若いときと老いてからでは価値が全く変わる


女性の価値も一生の中で変化している。若い時はかわいいとか美人だとかスタイルがいいとか外見だけが価値になる。それは男性さえそうである。外見にとらわれ外見がすべてになりやすい、特に女性はそうなりやすい、そこに落とし穴があった。
最近30代の女性でスタイルも良く顔もいい性格もいい女性に出会いひかれた。それは若い時の女性の価値判断で見ていた。でもまた新しい60代の女性とつきあってその若い女性に魅力を感じなくなった。その女性は外見はいいし性格も良くても何か話すものがない、話しして面白くないのである。それはただつきあうというのではない表面的な挨拶程度だからそうなっているのかもしれな、ただ農家の出でもほとんど何の生活感覚もないのである。その女性は野菜を花すら作っていないし興味もない、もちろん夫も会社勤めだからサラリーマンの家庭だった。ただ紙漉きをしていたというときそんな生活をしてきた家に嫁いだのだと興味を持っただけである。その他は農家に嫁いだでも農家の生活感がまるでないのである。自分も若かったらその女性にひかれたが年取ってひかれなくなった。


一方の60代の女性は苦労して10年老けて皺が普通の人よりよって何ら若い時のような女性の魅力はゼロである。でも若い時その女性に接していたら近づくのも嫌だったかもしれない、体もごつくて不細工で何ら女性的な美を感じなかったろう。若い時は女性は外見がすべてになりやすいから近づきたいとすら思わなかったろう。
しかしその女性は話ししてみると本当に話しがうまく同世代で話しがあう、相性もいいのかもしれないがその女性が何か農家の出で生活感がありいろいろな体験をしていて苦労も多いが興味尽きない女性だったということが不思議なのである。こういう魅力は若い助成はまるでないのである。ただ自分は人とほとんど接してきていないから視野が狭いから女性については語れない。


しかし60代になっても若造りし外見の良さで魅力をもとうとしていること自体が間違っているのだ。いくら化粧しても外見をつくろっても隠しきれないのである。第一もうそういうことに魅力を感じなくなるのが普通である。それより別な価値が女性でも価値となる。外見ではない、中味であり話しが面白いというのが価値が大きくなっている。

男性だと何かに精進しているから老人になっても一芸に秀でる人は普通にいて魅力となる。女性はそういうことがないから若さの美貌などを失うと何ら価値ないものとなる恐怖がある。婆は誰も相手にしないという恐怖である。でもそれも違っていた。外見はもはや価値ではなくその女性のもっている性格とか経験とか話しが面白いとかが価値となる。
その女性は不細工だけど性格はいいし話しが面白いのである。


●女性の価値も一生の中で時代で常に変動してきている


男女関係なく人間の価値は常に変化してきた。どちからかというと腕力が強いとか体の強いことが男女でも価値あるものであった。それで力石とか男だったら石をもちあげる力がついたら一人前と認められた。なぜなら米俵でも何でも機械が発達していない時代は人力だからそうなった。それは男だけではない、女性でも力持ちの女性の方が好まれたということもある。なぜなら農家で華奢な体では外見が良くてもつとまらない、力持ちの女性でないとと嫁いできても役にたたない女性だとされる。
この辺の伝説で一石坂(いちごくさか)の伝説はそうだろう。力持ちの女性一石の米俵を担いであの急な坂を上っていたからその名がついた。女性でも力持ちでないと生活に支障をきたすことが多くあったからそうなる。


大山祇神(おおやまつみ)の娘で、木花開耶姫(このはなさくやひめ)の姉。
コノハナノサクヤビメとともに天孫瓊々杵尊(ににぎ)の元に嫁ぐが、イワナガヒメは醜かったことから父の元に送り返された。オオヤマツミはそれを怒り、イワナガヒメを差し上げたのは天孫が岩のように永遠のものとなるように、コノハナノサクヤビメを差し上げたのは天孫が花のように繁栄するようにと誓約を立てたからであることを教え、イワナガヒメを送り返したことで天孫の寿命が短くなるだろうと告げた。
http://www.kanko-miyazaki.jp/kaido/50story/shinwa/016/


これは若い時の結婚だからイワナガヒメは送りかえされたけど年取ってくればこの価値は逆転してくるのだ。価値は常に一生の間で変転してくる。自分の家族でも女性にしては学校を一番で出て力もありしっかりした性格だった女性が認知症になり百の価値がゼロに変化してしまったことには驚いた。それほどの変化が最後に起きたのである。
だから人間の価値は死ぬまでわからないし死んでからも常に変化しているのだ。

現代では機械の時代でありイワナガヒメはさらに価値がない、男性でも人気がない。
土建業などが嫌われているのはそのためである。女性も若い時極端にやせて外見を良くしようとしているのも時代である。でも外見の価値は若い時だけでありそれを60代以上まで価値あるものとして継続していることがまちがっているのである。


ともかく生物学で女性が新しい価値を作り出したことは確かである。あんなに若くて女性でもノーベル賞がもらえるのかということは女性の評価を高めたのである。それはただ男女同権を言うフェミニズムとはまるで違ったものである。これなら男性も正当に評価するからである。


●疑問は万能細胞という科学信仰

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ただ疑問はこの細胞に万能細胞とつけられた名前てある。万能細胞となれば何でもできるとなり神のこときものとなる。原発を作った科学者などは一時はそういう立場にあったし評価が高かった。医者もあたかも万能を要求される職業である。だから病気が人間の一番弱点だからまた老いもなくならないから万能細胞でもう人間は老いることもない、死ぬこともなくなるという期待を過剰にいだかせる。名前が万能細胞だからである。
それは万能人間でありスーパーマンであり科学者は万能な神になるということに通じている。そんなことはありかないのでありそれが科学に対する盲信とてなり奢りとなり今回のような原発事故にもなる危険性をはらんでいるのである。人間は絶対に万能にはなりえないのだ。それは神だけが万能でありえるのである。科学には必ず限界があるのだ。
でも人間の過剰な期待は限界がないとされるのである。


病気にしてもガンは未だに解明されていない、まだまだわからない病気も多い。でも万能細胞かついに人間の病気もなくなる時代が来たのかとか過剰に期待される。何かそこか報道でもひかえなければならないのだろう。まだまだそれがどこまで人間の体に有効にはたらくかはわからないからだ。つまりそもそもが万能だという言葉を軽薄に出すべきではないのだ。それが素人によからぬ幻想をいだかせることになる。科学というのは素人に放射能げもわからないものだから様々な誤解を生みやすいのである。

万能だ、万能だと言葉が先行してその中味はよくわからないつまに言葉だけが世間をおおってしまう。それは原発の安全神話と同じだったのである。絶対に事故は起きないと科学者であれあらゆる機関が言えば信じることになる。そうして奢りになると危険なものにつっぱしって今回のような事故になった。だから科学でも冷静に見つめる報道も必要なのである。


いづれにしろ今回の発明は女性の価値を高めたことは確かである。新しい女性の価値を作り出したということで快挙だったことである。あんなに若くて女性でもできるんだという価値を新しい作り出した。女性の研究者だけの世界で発見したこともそうである。
その過程でいろいろ応援があったにしても女性が科学で功績を残したということは新しい価値を創造したことになる。IPS細胞の発明者はたちまち色あせた、価値がなくなったということも言える。すべてでとないにしろそういう価値の大きな変化が起きたことは確かである。



iPS細胞の明るくない未来
http://kokoroniseiun.seesaa.net/article/297891048.html

「心の青雲」でどうstap細胞を評価するのか?やはりIPS細胞と同じような評価になるのか?ips細胞だと素人にはそれなになのとなるが、万能細胞となると万能なのと本当に思う人もでてくる。ついに人間は死なない時代か来たのかとか思う人さえでてくる。
科学は今でも万能だと思っている人が信仰にすらなっているからだ。
その危険性をここでは指摘している。専門的に評価している面があるから参考になる。


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2014年02月02日

今年の一月も早くも終わった (新しい老人ホームができても働く人不足で困っている)


今年の一月も早くも終わった

(新しい老人ホームができても働く人不足で困っている)

松と菊長くもあれな一月終ゆ
新暦めくりてはやも二月かな
新年をはやふりかえる月日かな


今年の一月もめまぐるしく終わった。この7年間は常に追われる生活でなにかゆったりとした時間がもてない、まず一人介護していたら時間の三分の一は奪われる。
またポータブルトイレになんとか独りて行けるようになったから病院は出される。
そして前より介護の負担がふえる。
2月4日が誕生日で99歳で市から祝いの一万の商品券がもらえる。
それがもらえるのは病院になった。

歩けなくなったのはつまづいたからではなく全体の体力が弱ったからだった。
やはり起きて立って歩くということをするだけで負担になってくるのだ。
ついに寝たきりになると負担は倍増する。

それでも施設は満員で入れない、みんな入りたくても入れない不満を言っている。

最近できた鹿島区の老人ホームには100人収容できる。
すでに人が入っているという。
ただ介護する看護師不足、介護士不足で入れないのである。

近くの人は義理の親の92歳を介護しているが最近8番目に上がったという。
8番目というとかなり入れることか近くなったのかと思う。
でも8人がへるということは施設の場合は死ぬ以外に減らないだろう。
だから8人でもなかなか入れないということがあるかもしれない、
でも百人収容できる施設ができれば入れる度合いは大きくなる。
それでも300人待ち戸かなるとなかなか入れないのである。

とにかく介護している人も多い、近くだけでもあそもかあそこもかとなる。
介護され老人がふえるばかりなのである。どうしたって90以上になるとほとんど介護状態になってゆくのであく。

この辺は働く人がいない、若い人がいない、人手不足で困っている。
コンビニで募集してもシニアなど来ない、みんな補償金もらっているから仮設に住んでいる人などこない、
みんなパチンコだとか遊んでいるだけである。
そして60代になるとみんな働きたくなくなっているのだ。


補償金が出しすぎるのが問題だったというもそうかもしれない、それて真剣に復興などとりくまなくなった。70歳の老人が東京の方でギャンブルだとか遊びあとは生活保護だというふうになる人もいる。70くらいになったら誰も働きたくないからそうなる。
小高など避難地域に老人だけ帰ってもとうにもならない、すぐに弱り助けを求めるようになる。その時そこに助ける若い人たちがいないのである。そこて死ぬ覚悟ならデンデン野のように老人だけが集まり死ぬ覚悟ならそれはそれでいい、しかし今は病気になったら必ず医者にみてもらいたい、病院に行きたいとなるからだめなのである。
昔はそういう覚悟を強いられたからできたのである。
人間は強いられない限り辛いことはしないのである。

ともかく一月は終わり暦がめくられて二月である。二月尽、三月尽・・・となるが一月はない、
松と菊のように人もともにありたい、でも現代は時間か過ぎるのが早いのである。
今日は夕食は仮設の食堂でしたから楽だった。
用意したりかたづけたり洗ったりすることが結構手間なのである。だから時間に常に追われている。
外食するならほとんどそうした時間に費やされないから時間ができて創作の方もはかどる。
創作でも集中力が必要でありそれか家事に追われるとできない、人間そんなにいろいろなことに頭が回らないのである。

独り暮らしの老人がふえるとき,他しているようだがて老人が集まり食事できる場が必要になる。そうすると自宅で食事の用意をする必要がなくなるから楽になる。
そういう場があれば独りきりになるということもない。

ただこれの最大の問題は必ず嫌な人も来る゛一緒になると無視するわけにはいかないから困るのである。

この辺でもみんなか嫌っている人がいる。そいつをさけているのだが排除するわけにもいかない、
田舎ではそうした人間関係が狭いからかえって気軽に集まるということもてきない。田舎では何か人間関係が窮屈である。
あれがどうだこうだと何かとうるさい、するとそうした集まる場所にも行きたくないとなるのだ。これは施設でも同じである。
だから気ままな人は自分でもなるべく老人ホームには入りたくないのでてある。


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クリック拡大

看護師不足でこんなふうな募集している。
それでも今は資格をとる必要があるしなんでも正式に働くのは面倒なのである。
なにかというと責任問題になるからである。
看護助士でも重労働だからやりたくない、ましてやシニアはやらていのである。

2014年02月03日

南相馬市の桜井市長が原発事故で北海道に逃げたのはデマだったのか? (田舎は毎日噂や人の不孝を楽しむ怖さ)


南相馬市の桜井市長が原発事故で北海道に逃げたというのはデマだった のか?

デマガデマを呼ぶ-火の無い所に煙はたたないもまた真実

(田舎は毎日噂や人の不孝を楽しむ怖さ)


語源は「民衆 (δ?μο? / d?mos) を導く (?γειν / agein)」であり、本来は民衆指導者を指すが、アテナイではペリクレスの死後、クレオンを初めとする煽動的指導者が続き、衆愚政治へと堕落した。このことから「デマゴーグ」は煽動政治家のような悪い意味で使われるようになった。また、彼らの民衆煽動はデマゴギー(独: Demagogie)と呼ばれ、煽動的な嘘や噂を意味する「デマ」の語源となった。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%83%9E%E3%82%B4%E3%83%BC%E3%82%B0

ネットでまたしても悪質なデマが広がっている。釣り雑誌に掲載されていた男性が福島県に住む祖父の田舎を釣りで応援すると言い、30キロ圏内で野宿し池や川で釣った魚を食べたことで急性リンパ白血病で亡くなったという話だ。この情報は瞬く間に大手掲示板やTwitterに拡散したが、本日釣り雑誌のライター小塚拓矢さんが『彼は福島原発の30キロ圏内で野宿をしていません』と否定した。
http://www.yukawanet.com/archives/4028726.html




別に田舎でなくてもギリシャの時代からデマはあったからこそデマゴーグという政治手法があり今でも何か全国レベルでデマが広がる。何を根拠としているのかわからないけどデマが広がる。インターネット時代でも発言するのが容易だから全国的にデマが拡散しやすいというのもデマは田舎のような偏狭な人間の集まりでなくても起こることがある。

ただ田舎のデマとか噂はそうしたデマとも違っている。それが狭い人間関係の中で日常的に起きているのである。絶えず隣はどうだ、誰かさんとうだとか中傷が毎日のように口づたいで行われている。面と向かい生活しているからインターネットの空間のデマとは違っている。それが直接的にひびいてくる、だからインターネットの空間より害が大きいし
怖い側面がある。一旦噂になればそれもなかなか同じ場所に住んでいるのだから消えないのである。


だから田舎では犯罪は犯しにくいと思っていたがそれも今は変わってきた。自分が被害者になったからそんなこともなくなったのかと思った。でも実際はそうでもない、一旦悪い噂が立てば田舎では影響が大きい。常に回りから噂だけでも白い目で見られるようになる。別に泥棒でも外から来て逃げてしまいば忘れられる。現実に住み続けていれば白い目で噂だけでも見られつづけるのである。

そして今の住んでいる人でも必ず親のことや祖父母はどうだったとかまで仕事上でもなるからなかなか悪いことはできないということもあった。

だから噂だけでも田舎では怖いとなる。そのこと今回の南相馬市長選挙で起きた。


桜井市長が原発事故で北海道に逃げたというのはデマだった?


市議会長は北海道に逃げたらしいが桜井市長は逃げていないことがわかった。それで今回評価が上がり当選したのだという、とにかく桜井市長の批判は誰でもしていたから当選するとは思っていなかった。これも本当かどうかわからなかった。組の人が回ってきて言っていたので本当だと思った。実際はやはり北海道に桜井市長は娘がてて市議長と一緒に逃げたというのが本当かもしれない。
なぜならそのことが辻褄があうのである。二人一緒に北海道に行く辻褄が合うからだ。
ともかくデマがデマ呼ぶ、自分もデマに踊らされデマをプログでふりまいたとなる。

ともかく田舎ではデマは日常的だからこういうことは起こっても不思議ではない、でも
そのデマに左右されていたら選挙でもまちがった判断になる。今回はかえってデマであることがわかり桜井市長が当選したというのも皮肉である。


放射能でもこれも目に見えるものではないしデマが出やすい、何が本当なのか嘘なのかも判断できない、学者のいうこともまちまちであり科学に弱いものは余計に判断できない。だからデマがとびかう、別に放射能が原因で死んだわけでもないのに死んだとされた。
30キロ圏内で釣りをしていなかったのである。
なぜこんなデマが信じられたのかというと放射能は危険だと特にしたい人がデマをふりまく。何かしら意図があってそうなる。


いづれにしろ田舎ではある人は町内ではなく一キロくらい離れているところに住んでいてそこは回りは親戚が多いので見張られているという。だから女性が入るとうるさいから来るなと言っている。田舎では見ていないようで見ている。穴からでも覗いているのが田舎である。それは特別ではなく何か外を見ているとそうなるのである。
自然と見る範囲がそうなってしまう。都会だったら人が多い建物が多いからそんなことができない、出入りも激しいからだ。田舎では道を通るにしても歩いていると余計に目立つ。誰だろうと特別関心がなくても見ているのである。車だと中の人はわかりにくいのである。自転車でも歩くのと同じく見られやすいのである。


田舎では以前として人間が監視カメラなのである。与那国島に行った時はただ木陰に休んでいるだけで怪しいとされ警察が職務質問に来たのには驚いた。見ていた人が通報したのである。まるで江戸時代だった。与那国島などは本当に狭い島だから一人一人が監視状態になりとじこめられているのだ。今でもそういうことが田舎にはある。
だから都会から田舎で暮らそうとすることは人間関係が嫌になり挫折するのが多い。
田舎の人間は情に深いわけではない、むしろ近くの不孝を楽しむ残酷さがある。
自分もそういう目にあった。助けたりしない、その不孝をじっくりとドラマのように鑑賞して噂にするだげである。それはテレビでも同じだが田舎の方がより直接的なので残酷である。ここが田舎の一番の問題だったのである。

自然は美しくても人間はせこいし狭隘である。農家の人が情があるというものでもない、支援物資でももらうとき汚いとか常に言われている。
田舎でもいろいろな人がいるからいちがいには言えないが総じてそうなるのである。

ともかく田舎では負の力が人間に対して働きやすい、人間をおとしめて喜ぶ傾向が大きい。みんなが低劣化されるのである。誰かをほめるということはない、低劣化されてくる。こういうところでは良いものを作り出しても素直にほめられたり勧められたりはしない、むしろ否定的なものとして何でもいいものに対して働くのである。

常に話題になるのは一番低劣な人でありその低劣なものを中心にして田舎がある。
そんな人に近寄らねばいいのだがそれでもそういう人とかかわっているのである。
だから選挙でも公平な判断はできなくなる。これは田舎だけではないにしろ田舎では極端化するのである。

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桜井市長はやっぱり北海道に逃げたのか? (デマの真偽をどうして知るのかーまずはソースを知るべき)


桜井市長はやっぱり北海道に逃げたのか?

(デマの真偽をどうして知るのかーまずはソースを知るべき)


 災害時は、不確実な話も飛び交う。デマや流言も広がりやすい。名古屋大の唐沢穣教授(社会心理学)は「大惨事が起きて日常が崩れると、普段の生活で持っていた公正さや判断基準が変わります。根拠の無い話を簡単に信じてしまう恐れがある」という。
 1923年の関東大震災では、外国人が暴徒化したとのデマで虐殺が行われたが、東日本大震災でも「外国人窃盗団がいる」といったうわさが流れた
http://wind.ap.teacup.com/stillwaters/1131.html


今回原発事故で桜井市長が北海道に逃げたというのを聞いたソースは二人だった



 (一人目ー組の人)⇒桜井市長が北海道に逃げたというのは嘘だった、それで評価が上がり票が入ったという・・・・


(二人目ー近くの地元の情報通の人)⇒桜井市長は逃げたんだよ、娘が北海道にいる、横山市議会長と一緒に逃げたんだよ・・・・



では組の人はそのことを誰から聞いたのか?
このソースはわからないのである
ただ組の人が直接面と向かって言ったので信じたのである。

二人目の逃げたという説はそれも何がソースかわからない、
火のないところに煙がたたないとなれば娘が北海道にいるということはそうなのかという一つの火種にはなる。
でもこれも確かめる方法がないのだ。

ただ一時市長がいなくなればわかるのだからそういうことが一時あってそのことを言われているのかもしれない、
だからそうした事実を積み上げていけば真偽がわかる。

歴史でも事実も証明するには地道な歴史的事実をつみあげてゆくことである。

例えば相馬藩で津浪で700溺死したという記録はあるから真実である。
ただそれ以上のことは不明である。
だから今の公共事業のようにボランティアのようなことはないのだ

相馬藩の殿様であれ誰も津波の復興のために尽力したなど記していないのである。
跡継ぎの問題などは事細かに記されているが津波のことは記されていないのだ。
だから何の事実もないのに今行われているような復興公共事業が
藩主導で行われたというのはないのである。
そもそもそうした事実が見いだされないからである。

インターネットの掲示板はまさに噂でありすぐには信じない
そういうのが普通はインターネットである。
それでもデマを信じて広がるということは人間の心理的なものなのだろう。
緊急時は何を信じていいかわからなくなるからだ

意外とデモの真偽を知ることはむずかしいのだ。歴史上のことでもむずかしいし今起きていることでもむずかしい。
マスコミですら真実を報道することはむずかしい。
だからヤラセ報道があった。マスコミはともかく大衆の目をひくものを放送して視聴率をとらねばならない、
それが第一だから過激な報道になりやすいのである。

ただ現代というのは報道することは誰でもできる時代になった。インターネットでそうなった。
マスコミのような力はないにしても報道することは明らかに一つの権力をもつことである。
報道できたものは今までは権力あるものだったから
マスコミや官僚やカルト宗教団体でも東電のような大企業でも金によって情報を操作することができたのである。


ただ個人でも報道するにしても限度がある。内部の情報をとることはできない、
それでも病院に行けば医者や看護師の対応などを報道はできる。
しかしこれは個人ではかなり危険にもなってくる。
それでも個々人が報道すできることは何でも告発しやすい社会だということにもなる。
だから大きな権力をもっている所でもそうしてインターネットなどで告発されると怖いとなる。それなりの影響力があるからだ。

だから一時東芝を相手に戦った人がインターネットにいたのである。
病院などもそこは一方的な権力に従わさせられる場所だからそうなる。
病院でも施設でもどうしても弱者として従わざるを得ないからそういう場所には絶えず
虐待とか医療ミスの隠蔽とか起きているのだ。
今回は近くの病院でまたそういう仕打ちをされたからである。

そういうことをプログに書くというだけで病院側も怖がるということで患者に対して注意深くなるという人もあった。
そんなこともあるのかと思うが読む人が多くなればそうなるかもしれない、
あの病院でそんな対応しているのか、傲慢だとなり評判落とすこともありうる。ただここに本当にそうなのかという疑問もでてくる。
それを読者が判断することもむずかしいとなる。
ただ書かないより書いて訴える個々人で告発力をもつことは民主主義の発展にはいいことである。
でなければただだまっていて権力側のいいなりになるだけでありそして
それが原発事故や一党独裁の圧政や様々な弊害も生れてくるからである。

 
 
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近くの病院で入院してすぐに退院を要求された (それには国の診療報酬の仕組みのためだった)

 

近くの病院で入院してすぐに退院を要求された

(それには国の診療報酬の仕組みのためだった)


理由は個人の入院期間が短期なほど「基本入院量」が高いのです
 そして入院患者全体の「平均在院日数」が短い病院ほど
「基本入院量」が高いのです

平均在院日数を10日以内の病院と30〜40日の病院では
1人1日当たりの入院基本料は大変な差が出ます
入院患者は誰でも出来るだけ早く退院させた方が
高額の入院基本料が稼げる仕組みになっています


入院基本料は看護師の配置人数によって異なり、1人の看護師が受け持つ入院患者が7人だと一番高くなります。
そして、患者が10人、13人、15人と増えるごとに、基本料金は安くなっていきます。
看護師の配置が7対1の施設基準を届け出るには、入院患者の平均在院日数が18日以内で、
入院患者のうち重症患者が15%以上という条件もあります

http://yukan-news.ameba.jp/20131112-115/


治療不要な(=入院の必要性が無い)患者を預かっていても、病院側は利益が殆ど無いどころか
その患者が転倒してケガをする、食事を詰まらせる、無断外出する等々のリスクだけは
しっかり背負わされ、病院側は大変な負担です。
更なる退院の引き延ばしには一切応じない姿勢で臨むのは、必然なのです。

病院でのケアは家庭のようにいかないので、痰にしてもすぐ取ってもらえるわけでもなく、
家にいるときより悪化してしまい、あっという間に終末期になってしまう人もたくさんいます。
連れ帰って、元気になってるかたもたくさんいます。


岩手県議・小泉光男氏が、
 病院で名前ではなく番号で呼ばれたことで
「ここは刑務所か?!」と怒りをブログに掲載して話題になってますね



鹿島の厚生病院はは忙しい、看護師もあわただしく動いている。そして患者を良くみていない。
母はポータブルトイルになんとか自力で行けるからオムツが必要でなかった。
でもオムツとか他にも必要ないものを買わされた。それですぐにそれはいりません、
リハビリパパンツ買ってくださいとなった。それでまた出費がふえた。
おむつば6000円くらいかかった。

そして今日はもう先生が退院を決めたので退院する準備をしてくださいといわれた。
三日しかたっていないのにもう退院しなければならないのかとあせった。
一週間くらい伸ばしてくれと言ったがもう先生が決めたのでだめです
ケアマネジャーと相談してください

それでしかたなくケアマネジャーのところで相談したら自分には何の権限もないです
医者と看護師さんが決めることですと言われた

入ったばかりで出されるのは困るのです、まだふらふらしていますし無理です
はい、わかりました、明日先生に診断してもらい決めます
一週間くらいなら延長可能でしょうと言われた


それにしてもその看護師の態度が性急すぎる、
入院したら退院してくださいと頭の中にすりこまれている
数をこなさなければならない、次々に患者がきて入れ換えしなければならない
そういうことに毎日に追われているから
「入院したら退院して下さい」
という感覚が身についてしまっているのである。
もう相手の状態さえゆっくりみていられないのである。

もちろん病院はどこでもそんなところだということもある。
患者が番号で呼ばれて議員が怒ったというのもわかる
それは病院は次々に患者をいれかえないと収入にならないということがあり
もうそういうことが医者でも看護師でも頭にすりこまれているから
そんな言葉がぽんぽんと遠慮なくでてきていたのである。


病院と死んでもとむらうことなど医者も看護師しもない邪魔になるから早くかたづけてくださいづ、次がひかえていますからとなる。
人の死は見慣れているし何の感懐もないのかもしれない、人間はモノ化しているのかもしれない、番号となれば数字にもなる。
それはここの病院とは限らないだろう。
一丁あがりとかの感覚なのかもしれない、そんなふうに病院では死ぬのも当たり前だからである。

ただこの辺は原発事故などで特殊な事情があり他の病院よりそんな性急な態度になっているのかもしれない、だから医者と看護師がいるだけでいいということであまり不満はいえないのである。
ただ今回はあまりにも性急すぎてこっちも大迷惑したので文句を言ったのである。
文句を言っても謝りもしないしかえってめんどうなやつだとかなくだけである。

今や病院でも施設でも建物は新しく建ってもこの辺では中で働く人を看護師でも介護士でもいないから
百人収容する施設が病院に隣り合ってできても一部しか入れないのである。
この辺は特殊な事情があるにしろこれから高齢化社会ますますこういう状態が極端になってくるかもしれない、
国ではもう老人をめんどうみる予算もないから早く死んでください、
治療はそんなにできません、病院は早くでてください、では施設に入れるかというと入れないのである。
百人入れる施設でもこの辺は特に若い人が流出しているから働き手がないから
立派な施設を作っても宝の持ち腐れになるという危機がある。

これからこの辺はどうなるのか?老人は病気になったら治療も満足に受けられず早く死んでくださいとなるかもしれない、
そういう政策を国では現実にとりはじめているから病院でもこんな対応になっているのである。


つまりもう病気になったら早めに死んでください、元気ならいいです、
介護状態なったら手のかからないうちに早めにしんでください、
・・・・そんな対応になってくるのだろう高齢化社会に国でも対応仕切れなくなっているのだ。

そして最後は中世のように鎌倉時代のように野垂れ死にがふえるかもしれない、
うば捨て山がふえるかもしれない、前にも書いたけどそういう覚悟も高齢化社会では必要になる時代の到来なのか、

一方で102歳の自転車乗りがフランスにいたことには驚きである。
自分もあんなふうにして走り続けられれば最高だなと思った。
あういう人なら別に社会の負担とはならないからである。
ともかく超高齢化社会はすでに否応なく突入しているのだ。
それで様々な問題が現象化しているのである。


痰をつまらせて南相馬市立病院ではそれをとるのに悶絶して大声をあげて苦しんでいる90歳くらいの老人がいた。
隣だったから眠れなかった。
家でした方がいいというのは意外だった。それも家族の負担が大きい。
看護師はその痰をとることで苦しんでいる老人をみて笑っていたから悪魔でもあった。
その人は身寄りのない隣の老人ホームにいる人だったのである。
身寄りのないということはこういうことなど悲惨なことになるのだ。
それは自分も経験しているからわかる。
患者でも家族でもみていないとそうなるのである。
実験材料にもされるし看護師にぞんざいにモノのように扱われるのはどこでもある。
病院でも老人ホームでもある。それが高齢化社会の現実なのである。


もう野垂れ死にを覚悟せよ!


病院の方/か残酷だということもあるからだ。
そういう覚悟をしていればその方が楽だともなるそういう死に方さえ要求されている時代になっている。
延命治療とか介護でも今はぜいたくすぎるのだろう。
昔はみんな悲惨に死んだのである。
オムツがなくて藁だったという話しも聞いた。

病院には病気はみても人間はみないところと知るべき
病院には医者でも看護師でも病気はみているが情はない
だから死ぬなら情のある家族にみとられるのが幸福だとなる
延命治療なんかしない方がいい
ただ苦しめられて情のない医者と看護師が冷たくみているたげだからである


それなら野垂れ死にの方がましだとなる


病院はただ死体をかたづけるだけの場所であるとしたら何ら変わりないからである。
そういうことでこれからはなんらか老人は死を迎えるのに覚悟が要求されている。
もちろんみんながそうではない、102歳まで自転車に乗れる人もいるからだ。
ともかく病院がどういうところかは知っておくべきである。

 
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2014年02月04日

母が白寿の祝い金を南相馬市からもらった (この地に生きた一生だったからふさわしい)


母が白寿の祝い金を南相馬市からもらった

(この地に生きた一生だったからふさわしい)

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小林トミ子 99歳、南相馬市から白寿の祝い金をもらう


我が母のこの地に生きて白寿かな椿の赤く朝に雪ふる

この道や椿に雪ふり朝静か葉牡丹いくつか道の辺に咲く

我が母の幸のうすきも白寿かななお生きむと病院にあり

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白寿…「百」の字から「一」を取ると「白」になる事から、あと一歳で百歳になるため。


白寿の意味はこうだったのか?これは何か面白い。
99歳はやはり百歳に勘定されるからだろう。まず白寿まで生きる人はこれまではどれだけいたのか?
でもこの言葉が残っているとしたらやはりいたとなる。
今なら百歳もいる。南相馬市でも十人以上いるだろう。
これから百歳が何十万という規模になってゆくからめずらしくなくなる。
そういう時代は人類でかつてなかった。
102歳で26キロ自転車で走った人がいたのには驚いた。
そこまでやれるんだという驚きである。


母は入院してもまたポータブルトイレに地力て行っているから寝た切りとは違う。
耳はほとんど聞こえないがなんとか何度も言えば通じる。
完全な認知症とは違う。完全な認知症になると意志が通じなくなる。
でも姉も最悪の認知症は死ぬ前に一回正気にもとった。
認知症でもときどき正気にもどることは不思議である。
だからこの正気にもどることで完全な馬鹿とは言えないともなる


母の一生は不孝だった。原町で10年は原町紡績(はらぼう)で糸取りをしていた。
華奢な体でありよくつとまったとも思う。そうして働きづめであり何か楽しいことは遊びなど全然していない、
それでかたよったものになったが本来性格はおとなしく穏やかでひかえめである。
認知症になってもそういう性格は変わらないみたいだ。どうしても激情的て人は認知症になると暴力的になったりするから扱いにくくなる。


老人を考える場合、やはりその一生がどうだったとかどこに生きたとか過去をふりかえることになる。
南相馬市から白寿の誕生日のお祝いをされたのはまさにここに生れたときから生きたからふさわしい。
ただトミという名は富岡で生れたかららしい。生れた場所を名前とすることがあるからだ。
あとはほとんど原町で過ごして鹿島の我が家に嫁いだ。
実家の墓だけが残っている。我が家に嫁いでも不孝だった。ただ働きづめだった。

ただその不孝でも90頃まで家事もやっていたので認知症にならなかったのかもしれない、
働いていれば張りがあるからだ。だから何が幸いするかは人間には本当にわからない。
不孝と思ったものが幸福になり幸福だったものが不孝になる。
金があってそれが原因で事件にまきこまれて不孝になったり金がなくても幸福がありうる。
人間には絶対的幸福などありえないのである。


ともかくこの地に生きたということで市から祝い金をもらうことはふさわしい。
これが他から退職してから移った人とかなるとふさわしくなくなる。
その一生は別な地にあったのだからである。
この地に生きたということはこの地に何かを残したということでもある。
その人の一生の思いがこの地に残っているということである。
それは家にもある。ただ病院にはないか地元の病院だとやはりまた違っている。
他の病院に移るとそういう地元とという土着的感覚はなくなってしまう。

最近でもやはり介護状態になると子供のところにひきとられる。
すると東京とか遠いところに行ってしまった人もいる。
そういうふうになると何か木のようにこの地に地元に根を張ったのがひきぬかれるような気分になることもあるだろう。
ただみんな広域的に生活しているからそうなたやすいのである。


だから原発事故などでそうして一生生きた故郷から引き離されるというのは辛いし自分の生きた場所が失われることの損失は計りしれない、それはもう金では埋め合わせてきないだろう。一代だけではない、何代もつづいた歴史も失われる。
もう一度人生を他の土地で老人はやり直すことができないからである。


今日は白寿にふさわしいのか、雪がふっている。この辺は必ず今頃雪がふるのである。
雪はあまりつもらないが今でも外は結構雪がふっている。


11時30にこの文を書いたアップした。

2014年02月05日

原発事故周辺でも全国で人手不足の時代 (優先順位を決めて人手不足を補うほかない)


原発事故周辺でも全国で人手不足の時代

(優先順位を決めて人手不足を補うほかない)

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●原発事故周辺でも建築ラッシュで人手不足



例えば電気工1人1日2万円と考えていたのが、人手不足で3万5000円にしなきゃならなくなった。
そうしないと、だれも来ない。資材価格の高騰と併せ、工事の見積もりを見直すと、建築費が上がってどうしようもない」

建設業の担い手も少子高齢化で減少し、総務省によると、とび職や鉄筋工、左官などの技能労働者は2012年時点で335万人と、
ピークの97年に比べ25%も減ったという。それも60歳以上が2割近く占めるが、職人さんも60を過ぎたら、もう怖くて電信柱には上らなくなるだろう。

被災地では人件費が大幅に上昇し、資材費の高騰もあって、公共事業の応札者が決まらない「入札不調」が相次いでいるという。
東京五輪に向けた工事が本格化すれば、さらに深刻化するはず。「バブル」ウンヌン以前の話ではないか

http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20140205/dms1402050722003-n1.htm


これは東北と福島第一の作業コストがまた跳ね上がるな。
東京オリンピックって一体誰トクなんだ?

電気工で、マンション建設の工事は最低のカスの仕事。
今まで、建築監督、鉄筋屋、仮枠屋、造作大工、軽天屋に苛められてるから
相当金額を積まれてもど素人の様なニワカ職人しか行かないだろな。


建築業界の怖いとこ、景気のいいときほど手抜きが凄い

しかも、高度経済成長期にいっきに作ったもんだから、
当時、砂が足りなくなって、海から持ってきた砂をそのまま使ってるんだよ・・・

塩分を含んだままコンクリートにまぜて使ってるから鉄筋が腐食してかなり危険な状況になってるんだよ・・・
日本中のトンネルや高速道路でいつまた崩落事故が起きてもおかしくない

電気工にかぎらず、不足しているのは熟練工。見習いレベルは言うほど不足していない。でも、いまからこの業界に入らない方が良い。どうせ、熟練工になった頃には仕事減って二束三文で働かされるのがオチだから。



建築現場でも電工は地位が低いのか?鳶は一番危険だし頭も使うし建築現場では重宝であり地位も高い。近くに電工していた人がいた。高い道具を使っていた。
今は何でも道具が先行するし道具を使いこなすことが仕事の条件になる。
機械でやるのが多くなったからだ。
パソコンだって機械だしこの機械を使いこなせないと事務系とか設計とか他でも現代では仕事ができなくなっている。芸術系だってパソコンが必要になっている。

原発事故周辺でも建築ラッシュであり人手不足であり資材不足でありなかなか復興住宅が早く必要で数が多いからすすまない、津波の被害地域もそうである。人手が集められないのだ。近くに家が建ったが一応できあがったみたいだけどまだ住んでいない、半年とかたっているのか?細部ができていないので入れこないのか、電設関係とかが人手不足で入れないのかわからない、前に電気工事頼んだら若い人が流出して行けないと言われた。
家は今や様々な業種でできあがる。だから電工がいないとなるとそこで工事もストップする。そういうことでなかなか外観は完成しても入れないのかもしれない。


人手不足というとき前から原発事故周辺や津波被害地ではそうだった。それは建築関係だけではないあらゆる分野で人手不足なりレストランのチェーン店では自給200円でも来ないとかテレビでも移されていた。シニアにも働いてもらいたいとか宣伝のビラを出していた。看護師助士になりたい人を募集していた。
でもこの辺は補償金をもらっているのだから誰も働かない、毎日酒飲んでパチンコだ競馬だと遊んでいるだけである。第一建築現場などで前から誰も働きたくないところだったのである。


●現代は責任問題が厳しいから簡単に人は雇えない


ただ現代が高度成長期と同じくオリッピックなども重なり人手不足の時代になっている。でも人手が簡単にえられるかというとできない。肉体労働など簡単だ誰でもできるというものでもない、そこでそれなりに経験を積んだ人でないとアルバイト感覚ではできない。仕事はみんなそれなりに専門性があり簡単にアルバイト感覚ではできない。

この前知り合った人からテレビのアンテナをはずすことを頼まれて屋根に上って線を切った時、危なかった。アンテナが倒れたのが反対側だったから良かったが自分のところに倒れたら大怪我するところだった。つまり建築現場には思いがけないことが起こり事故が起きやすいのである。経験あればいいがアルバイト感覚でやると大怪我をする。

実際にアンテナ工事したアルバイトの60歳くらいの人が屋根から落ちたというニュースがあった。自分が見たアンテナ工事の若い人はすいすい屋根をわたっていたからなれていた。アンテナでも誰か支えて線を切れば安全だけど素人がやると怖いことになるのだ。

安全策がとれていないいからそうなる。だからどこの現場でも簡単に働くことはできない。そして今は責任問題が何かとうるさいから余計にそうなる。クレームがうるさいしまたちょっとしたことで責任問題になるから人を雇うにしても雇われるにしてもめんどうな社会なのである。前の中国人のようには使えない、中国人の命の値段は本当に安かったのである。竹の足場で建築していて崩れたというニュースもあった。そういう無理なことでも中国人はしていた、今はまた変わっているし世界で人権問題がうるさくなりそんな簡単に奴隷のように人は使えなくなっているのだ。
そうすると働かない人が多くてもそれだけ人を雇うにはむずかしい時代だかさ余計に人手不足になる。


介護関係でも簡単にやれると思ってもそこには必ず責任問題がありちょっとでも失敗したら家族から責任を追及されて賠償金を払わされる恐怖があるから介護関係だって誰でもいいとかならないのだ。そして人を雇うことは信用問題がありどんな人か知るのも大事になる。そういう手続きをするだけで人を雇うことが大変である。

だから保証人なくて就職すらできないというのが激増している。
何でも保証人が必要であり就職でもそうであり病院に入るのにも施設に入るのにもあらゆるところで保証人が必要になる。それで困らせるのはいいが社会全体が人手不足になる。それでサービスを受ける側がサービスを受けられないともなる。
だからあまりにも人手不足なになると極端な責任を課すともう誰も働かなくなる。
働きたくても働けなくなる。それも人手不足の原因なのである。


●優先順位を決めて重要な場に人を使いあとは切り捨てるほかない


南相馬市の鹿島区に100人収容の老人ホームできた。でもその百人を世話する人が介護関係の人が確保できないから建物を建てても機能しない、他でも石神の方にもあるけど人手不足だとかなっている。もちろん病院も医師看護師がたりないのだから困っている。
だからやたら忙しくて余裕のある仕事もできなくなっているしあまり文句も言えないのがこの辺なのである。看護師の仕事をへらすのに看護師助士を募集しているけどこれだって資格とるのもんどうである。特にシニアはなんでもちょっとしたことでもめんどうになるからやらない。補償金や生活保護の方がいいとなってしまうのである。


だから人手不足なのだからもう何を優先順位にするか決めねばならないだろう。これは自由社会では何が価値あるかなど決められないのだからむずかしいけど迫られているのだ。別にレストランに行かなくてもいい、もちろんハチンコ屋などなくなってもいい、労働力は貴重なのだからそんなことに費やされている余裕などないのである。
昔の自給自足社会のように生活の基本となるものさえあればいいともなる。


現代の生活の基本は電気、ガス,水道、通信・・とかでありそれがなければまず現代の生活は成り立たない。電気がなくなれば煮炊きもできないから食事もできなくなるからだ。通信だって現代では途絶えれば何が起きているかも皺からなくなるし伝えることもできなくなるから必要である。その他、病院とかも維持されねばならない、ただ介護となると賛否両論がでてくるだろう。本当にこんなに老人が増えてそこに人員を費やしていいのかというのは常に言われている。ただ命にかかわっていることは病気と同じであり簡単に死なすことはできないのも事実である。だからそれなりに優先順位はあがる。

もちろんスーパーは必要である。買い物できなくなったら食事もできない、ではコンビニが必要かというとコンビニはあった方がよくてもなくてもなんとかやれる。つまりなくてもなんとかやれるのは優先順位が低くなるのである。また車がなければ現代の生活はできない、車がぜいたくというより今も車なしで日々の生活は成り立たない、だからガソリンも必需品である。

そういうことは原発事故で外から物資が入らなくなり車があってもガソリンがなくて車が使い物にならなくなっていたのである。
だから毎日一カ月以上ガソリンを得るために長蛇の列ができたのである。車とガソリンは一体のものであった。
だから車社会になるとガソリガンがなくなると社会が機能しなくなるのである。
民主党で「コンクリートから人へ」という政策で無駄な公共事業を減らそうとした。
その政策は実際は時代にあっていた。今建築ブームになっているからというがむしろ立派な建物を建ててもその中で働く人手が得られないから同じなのである。

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鹿島厚生病院に連結してできた老人ホーム

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同厚生連によると原発事故後、仮設住宅が設けられた同市鹿島区では人口が高齢者を中心に約2000人増加。一方、市内では介護施設が8施設から一時半減し、厚寿苑の入所希望者数も震災前の80人から震災後は200人以上に増加した。


福島民友新聞

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飯館村には人の記憶は残りつづける (牛がいなくなっても臥牛石が残る)


飯館村には人の記憶は残りつづける

(牛がいなくなっても臥牛石が残る)



冬日さし飯館にあれ臥牛石牛も鳴かずにここに残りぬ
十頭の牛の名覚え仮設にそ暮らして長く雪の積もりぬ
石ふたつ動かざるかなともにあり寒さに耐えし高原の村
北風の唸り吹きつつ石五つ離れざるかも山の村に住む
鹿島より佐須は遠しも久しくも我は行かじも春また行かむ


人が消えた飯館村の夏
http://musubu2.sblo.jp/pages/user/search/?keyword=%90%CE%8C%DC%82%C2

ここに牛が臥したような大きな石があった。臥牛石となる。あいのさわであったがこれは良くとれていない。とり方がまずかった。本当に大きな牛の背のようだったのである。
また行ってとってみよう。



飯館村はどうなってしまったのか?すでに一年以上は行っていない、人が住まなくなった家はなおも点在している。だけど冬の灯はともらない、冬の灯というと街に住んでいるものとは違う、何か飯館村となると人も一体感がでてくるだろう。
もちろん現代は山の村でも昔とは違う。でも飯館村として南相馬市に合併しなかったのが今になると良かった。つまり飯館村としての個性を作れて村づくりができたのである。
地理的にも南相馬市とは離れていることもあった。小高と鹿島はもともと地理的には一つだったから南相馬市になってもそれほど違和感がなかった。ただ原発事故では小高は小高の事情ができたし原町は原町、鹿島は鹿島の事情ができて分断されたから小高は小高町のままの方が良かったといっている。原発の賠償金を浪江のように一致して請求できるからである。

飯館村は標高がかなた高く高原の村であり南相馬市の平地よりずっと寒い。だから飢饉の被害も大きかった。でも耕地面積はかなり広い、米作りが盛んだったとも言える。
平地が思った以上多いのである。それから木材資源が江戸時代から豊富でありそれで入会権で飯樋で争いがあったことでもわかる。

飯館村は今までは牛の村でもあった。飯館牛が売りだった。だから牛を飼っている家が多かった。だから避難した人が仮設で十頭もの牛の名を覚えていたのである。

牛でも名前が呼ばれれば人間化している。一方病院では番号で呼ばれたとかなり牛より人間扱いされないということもある。ペットの方が人間より大切にされているとかホームレスが不満を言うのもわかる。ただ十頭の牛の名前を覚えるということは結構むずかしいと思う。牛はだいたい似ているからどこかで牛の個性を区別して覚えないとできないことだろう。みんな同じだったらなかなか区別ができない、ただ牛の個性がどこにあるかはわからない。ただ犬でも猫でもみんな何かしら違いがある。もちろん黒い猫はクロだとかなり区別しやすい、牛はみんな同じに見えるのである。

犬でも猫でもそうだがこれは自分で飼ってみないとわからない。
野良猫に餌をやって猫を観察していると猫のことが具体的感覚としてわかってくる。
猫は相手をみて探っている。ただ自分をどんなものと近くしているのかはわからない。
餌をくれるから近づいて来るが絶対に触らせないし餌をとるにも一定の距離を保っている。いじめられてなつかなくなったのである。
動物を知ることは通じ合うことはなかなか簡単にはできない、猫と犬は対象的である。
犬にはあまり神秘性を感じないが猫には感じる。猫は結局謎めいているのからである。

エジプトではあらゆる動物が神となった。それは動物を非常に身近に生活と一体となって見ていたからである。だから牛のミイラまであったのである。エジプト人にとって動物は神秘的な神でありそれが人間の日々の生活に組み入れられていたのである。

動物が身近だった時は人間と動物の交流は深く動物と結婚する話しはいくらでもある。
先祖も動物だったというのが一般的でありそれぞれの部族がトーテムをもっていた。
猿のトーテムだとすると猿を日々の生活で深く観察していたのである。鷲でもそうであり今の人より動物は人間に近かった。最近この辺は荒地になりカヤネズミとかが増えてノスリがふえたのである。七羽集まっているのもみた。するとノスリを深く観察することになる。

いづれにしろ人間と動物は戦前でも宮沢賢治の小説のように深い関係があった。そうでなければあのような童話は書けない、江戸時代から残っている民話でもそうである。

そういう動物との交流が現代では欠落した。そこで動物というものがわからなくなってしまった。機械との交流の方が主になってしまったためでてある。昔は車の代わりが馬だとすると馬には詳しかった。この辺では相馬野馬追いかあるから馬を飼っているところがあるから馬を見る機会が多い。でも馬も飼ってみないと馬のことはかわらないのである。
人間はやはり野菜でも自分で栽培してみると実地に経験していると何かわかる。

だから街中に住んでいる人は回りが田んぼでも農家のことがわからないということがあったのだ。

自分は牛とか馬がみじかにいても触るのも怖いのである。だから動物と通じ合わない、ただ詩を書いたりするときはただイメージ化して創造で書いている。
牛でもやはり高村光太郎のような「牛」の詩はなかなか書けない、その時代でないと書けないものがある。何かそうしたものを書く基盤が失われて動物のこともわからなくなった。狼のことなどもう想像の世界でしかわかり得ようがなくなっている。

ともかく飯館村は人が去ったとしてもそのあとあとまでそこに人が住んでいるという記憶はなかなか消えないだろう。それは原発の避難地域ではみんなそうである。そこに江戸時代から人が住んでいたからである。

だから例え牛の鳴く声が聞こえなくなっても臥牛石が残りなおそこにまだ人が住んでいた記憶が残り続ける。つまりそれだけも原自然に還えるとか言ってもそこに住んだ人間の記憶は残りつづけるしもう元の原自然に還るということはありえないと思う。
石一つが残っていても過去の人間の住んだ記録となる。もともと人が住まないところにあった石とは違うものとなっているのである。

posted by 老鶯 at 22:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 飯館村

原発は東京に作るべきだったのであり今もそうである (都知事選の脱原発は通用しない)

 

原発は東京に作るべきだったのであり今もそうである

(都知事選の脱原発は通用しない)

東京湾に原発を作るべき10の理由
http://ameblo.jp/ap-o-mp/entry-11443168955.html


東京都知事選挙で原発を全部なくすということで細川や小泉があおっているがこれはナンセンスである。

原発は東京に作るべきなんだ

東京に作ることが一番合理的でありコストカットだったのである。コストカッターとしてのしあがった
東電の清水社長の意向にもそっていた。つまり福島でコストカットしようとして安全策を怠ったから失敗したのである。
津波だって東京湾は深いからあんな高い津波は押し寄せない、
いろいろ考えると東京が一番ふさわしい場所だったのである。それは専門家でも議論してみればわかる。
だから脱原発が選挙の争点ではない、それは国策の問題である。


それより東京に作ることが一番ふさわしいんだよ


なぜっって、考えてみろ、一千万の大都会をどうして動かせるんだ、
それは電気があってだし原発も欠かせないんだよ、他の自然エネルギーでは補ないない、
そんな巨大な都市をどうして動かせるのか?
だから原発が東京に必要なんだよ
原発があって東京が栄えるんだよ

原発事故になったら東京も終わり日本も終わりだ

それも文明の運命だし覚悟してやるほかない、つまり原発と心中することもやむえないんだよ、

だから原発は信仰対象にもなる。安全神話にもなった。
原発は安上がりなんだよ、東京が栄えるには原発が必須なんだよ
東京が一番電気を使うだからしょうがないだろう
事故になれば東京が終わり日本も終わる

それもいいじゃないか、そもそももう東京自体が電気をまかなうには原発が不可欠なんだよ
事故があったら原発と心中する覚悟が必要なんだよ
東京人だけが助かり福島に作ったということ自体まちがっていた
コストの点でも東京が一番あっていたんだよ
脱原発などきれいごといったってみんなクーラを使っているな
原発があるにしろないにしろ電気など減らせないんだよ
電気をへらしたら文明そのものが終わるんだよ


それじゃフクシマのよう田舎はどうするばいいのか?
それは昔の自給自足の生活を見直すことだよ
電気は必要にしても最小限にとどめ
炭とか薪とか何かそうした自給体制を作っておくことだ
だから原発にたかる金権体質を見直すことなんだよ

借金してぜいたくしているとかいろいろ欲望が深く贅沢していたんだよ

そんなにしてまでぜいたくしたいのか
田舎の人もまた見直すべきなんだよ
東京には東京の栄がある
原発とともに栄があるんだよ
危険にしても覚悟ししてやればいいことなんだ
生半可な気持でどっちもいいように考えるなよ


東京には東京の栄がある
福島にはウツクシマ福島の栄えがあった
これから福島は田舎は田舎の栄えを目指すべきだ
今までのように両方を目指すことはできないだよ
だから田舎も東京と同じく覚悟も必要なんだよ
一挙両得を目指すから変なことになったのだ


東京が終わったら日本も終わる
でも人間は終わらないだろう
自給自足の生活にもどり生きているだろ
東京はなくなっても田舎は残るだろう


政府と東電の最大の間違いはフクシマに原発を作ったことだったんだよ


首都が滅びるなら原発とともに滅びる覚悟が必要だった
東京だけが生き残り田舎は放射能汚染で住めなくなるなどずるすぎる
東京が首都だからすべてが許されれるのか
天皇様が住んでいるから首都を守らねばならない
では美しい田舎が滅んでもいいのか
土や水が汚染されて米もとれなくなっていいのか

そしたら東京も食べていけなくなる
外国があるっていってもそうしたら奴隷になるぞ


原発はフクシマに作ったことが最大の過ちだった


東京には作れないというならどこにでも作るべきではないんだよ
それはわかりきったことじゃないか
東京に作ることは政府も責任をもつということだったんだよ
そしたら命懸けで原発を見張っていればよかったんだよ

政府もそしたらさ本気になって安全をみているから良かったんだ
フクシマにあるから離れているから安全だ
東京は守らねばならないというのがまちがっていた
たから安全も怠っていたんだよ
離れているから事故になっても東京は安全だとな
被害はフクシマだけがかぶればいいとな・・・

 
posted by 老鶯 at 23:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2014年02月06日

南相馬市の桜井市長は北海道に本当に逃げたのか? (様々な混乱状態と補償金問題で分断された南相馬市)

 

南相馬市の桜井市長は北海道に本当に逃げたのか?

(様々な混乱状態と補償金問題で分断された南相馬市)

今日は病院で原町の人にいろいろ聞いた。その人は何か詳しい、
直接役所に聞いたりいろいろ積極的に問題を追求して具体的に行動している。
だから一番信憑性があった。説得力があった。
三人に聞いて二人が逃げないということは逃げなかった。
そして桜井市長は独身であり北海道に娘がいないという。


では何がデマの原因になったのか?
それは横山市議会議長が北海道に逃げたのは確からしい
それが混同して桜井市長も逃げたというのが真相なのだろう

桜井市長が北海道に娘も縁故もないとしたら逃げるはずがないのである。
その人は桜井市長は嫌いだけどまともなことを言っているのは彼しかいないという。
桜井市長については悪い評判しか聞けなかった

でもこういう混乱状態だとやはり批判が大きくなるからやむをえないという。

やはりデマというのは数を当たればおのずと見えてくるものがある
10人聞いて7人くらいが桜井市長は逃げなかったとなれば信憑性が強くなる
もちろん誰がしゃべり何を根拠に言っているのかも問題になる

その人は何でも直接役所に聞きにいっている。
文句ばかり言っていてはだめなんだと直接役所に行って交渉もしている

この辺の人はプライドが高くて馬鹿にされるんじゃないかと訴えないという
内輪でなーなーで解決して議論もしないし訴えもしない

しかし今は緊急事態であり平和な状態ではないからそんな今までの態度は通用しない
役所にも聞いて訴えて解決を計らねばならない
この辺は平和がつづいて守りの姿勢が身についてしまっている
積極的に県なり国なりに抗議して具体的に補償金でも獲得しなければならない


国は30キロで賠償など線引きしていない、鹿島区は原町と同等の権利がある


30キロ圏内圏外という線引きは南相馬市ではされていない
イワキでされたのであり南相馬市ではされていないという
ええ、そうだったのか?

最初から30キロ圏内とかうるさく言っていたから国で線引きしたものとばかり思っていた

だからその人は桜井市長が鹿島区を原町区と同じく差別しないで賠償金も支払うべきだと盛んに言っていた。
原町区なので原町区は鹿島区に賠償金を桜井市長が市の財政から
一時的に払ったのは良かったと言っていたのも原町区の人が言うのでそんな人もいるのかと思った。
中にプログでも執拗に鹿島区に払うべきではなかったと主張している人がいる。
これも南相馬市が分断される大きな要因だった。


つまり鹿島区が南相馬市であり原町区と被害も同じなのである。
避難するにしても半分はしているし屋内退避でいいとされても被害は今でも変わらない
田畑は耕されていないしいろいろな面で変わりないのである。

その後の賠償で東電かは鹿島区は一人一カ月10万であり7か月分しかもらえない、
原町区は2年分くらいもらっているのである。その差別がどうして生れたのか?
それは原町区の人が理不尽だといっている

確かに原町区と鹿島区は放射能汚染でも避難にしても田畑が耕されないことなど被害は同じなのである。
どうして30キロで線引きされて原町区と鹿島区が差別されたのか?

だから桜井市長の判断は正しかったとなる。なぜなら緊急事態であり現金などもっていない
貧乏な人にとっては当面の生活費が必要になっていたからである。

ただ二週間から一カ月は金があっても物資は入って来なかったから金がその時は役に立たなかった。
そのあとの生活費では必要だった。

南相馬市がこうしして補償金で分断されるたとが復興ができない大きな理由になっている。
みんなあれはいくらもらったとかが問題になる。
だから小高の人はもらいすぎだと常に批判があり仮設に入っていても実は歓迎されていないのである。

相馬市でも原発避難民は補償金もらっていると歓迎されていない、
だから飯館村の人を地元の農家の人が雇わないで津波の被害の人を雇うことにした。
それで不満を言っていたけどそれも当然だともなる。


相馬市の原釜の人が仮設の食堂で妻をなくしたとか酒を一人飲んでいた。
その人が言うには船主は例えば一カ月200万補償金をもらうが
船主でないものは船をもたずに雇われるものはその200万から船主が配るという。
だからそれは船主にまかせられている。
つまり船主には大きな金がまかされるし入ってくる。
だから漁業関係者でもそこに差別がある。
それで船主だったりすると億の金とかをもっていることがありうる
それで立派な家を建てたということもある


その人は別に漁業関係者でもないから津波の被害にあっても何ももらっていないのである。
だから松川浦だと人口も多いからみんな漁業関係者で補償金をもらえない、そこでまた同じ地域でも不満がでてくる。
この辺ではこうして補償金問題で分断されている。
それが何か一つになれずギスギスしたものとなり反目しあっているのだから
こういうところでは一致して復興に地元の人が努力しようとならないのである。

 

 
posted by 老鶯 at 23:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2014年02月08日

今年も不運がつづく (水道管が壊れ大量の水もれるときいなかった)

 

今年も不運がつづく

(水道管が壊れ大量の水もれるときいなかった)


今年もなんか不運だった。
遠隔操作でプロバイダーを変えて失敗したり母がトイレに行けなくなり入院した。
入院したら医者から退院許可がおりたから
ケアマネジャーと退院のことを相談してくださいと言われてショックだった。

そして今日は最大の不運だった。

入院している間に仙台に行った。約一年ぶりだった。
何やかにや追われて行けなかった。介護していると外出ができなくなる。
その外出した時に水道管が壊れて大量の水もれをしていたのである。
仙台にいるからそのことに気づくことはできない。

ただ最近知り合った人が電話でしらせてくれた。
その人は近くに住んでいるから5時ころきてそのことを知らせてくれた。
じも水漏れを知ったのは隣の人だった
その人が水道管の元栓をとめてくれた。
これは助かった。

大量の水漏れでどのくらい水道料がとられるのか不安である。

今まで水道管が壊れるなどありえなかった。
何の原因かわからない、台所が凍ったということもない。
それで水が出なくなったの原因なのかわからない。
大きな太い水道管から水がもれたのだから
こんなこと水道を設置してからない、もう40年間もないだろう。
それが自分が仙台に行ったとき壊れたのだからよほど不運である。

温水器も40年使って壊れたし家自体老朽化しているのだろう

本当に一人暮らしはどんな危険が待っているかわからない
突然病気になり入院して一カ月病院から出れなかった
そのとき家は火事場泥棒にあい大金を失った
今回も自分が留守のときに起きた

一人暮らしでは留守にすると何が起きるかわからない
だから電気のブレカー落とし水道の元栓を切ることは必ずしなければならない
ブレカーも落とすことがなかった
それに気付かなかったのである。
だから一回電気を消し忘れ仙台に行ったとき、火事になる恐怖を味わった
火事になったら大迷惑になるから大変である。
こういうことは経験を積まないとわからない
家族がいるときはこんな心配はなかったからである

介護したりして一人暮らしだと何か起きるかもわからない

そして隣の町でも意外と緊急の時は役に立たない
車で10分でも何かめんどうなのであり手間なのである
だから遠くの親戚より近くの他人というのは本当である
その遠くの親戚は今では東京辺りはをイメージするが
実は隣の村のことだったのである
隣の村でも車もない時は遠くなっていたのである


今日は大雪であり水道は出ない
市に知らせたら水道科は今日は休みだという
確かに今日は土曜日だった
これも不運だった
近くの水道屋来ると言ったがこの雪で来なかった

でも回りが平常なので水道が出なくてもすぐには困らない
明日になれば買い物もできるからである
ただこの寒さで電気がとまったら大変なことになる
暖房できなくなるからだ
石油ストーブは置いていないからだ


今ふりかえると津波原発事故のときは電気も水道もとまらなかった
そこで二週間の米のたくわえがたまたまあったのでしのいだ。
でも水道がでないと水をもらう必要があり苦しくなった
ご飯をたけないということがあった

だから水の貯えも必要だった
緊急時の貯えは何かしら必要である
ただ回りは平常であれば買いものもできるからしのげる
ただ外から物資が入らなくなりここでは苦しんだ
交通が遮断されてそうなった

それが今は正常なので自分がこうなっても数日間のしんぼうというだけである

ともかく緊急時の備えは必要である
それでも電気がとまり水道がでないとなるとパニックになる
ただ今回のように回りが正常だったら買い物もできるから困らない

大雪になると車もスリップするとか危険である
自転車もスリップしやすいから危険になる
今はここは雪はやんだみたいが


明日はなんとか水がなくてもしのいで月曜日まで待つほかない
皮肉なのはこのもらった水が一本あったというのも何か暗示している
緊急のために水を供えておけよということなのだろう

anshisuii11.jpg

 
これ一本だけがあった


40年間壊れない水道管が壊れた


原発は40年で大事故になった


400年間なかった大津波で大被害になった



災難はこうして長い期間の中で起こる
「災害は忘れたころにやってくる」というのは本当である
水道管が壊れて、温水器が壊れた、原発が壊れたというのは
一つの原因は明らかに古くなって壊れたということがあった

人間が作ったものは古くなり機械でも危険になり事故が起きる
人間も古くなると老人になると病気になると同じなのである


この世では災難は400年単位とかなれば必ず起きる
それも想像もつかないものが起きることは確実なのである
だから備えをしなければならないのだしていないのである

 

70年代に建設されたコンクリート構造物が2005年から2010年ころに一斉に崩れ始める
http://www.asahi-net.or.jp/~pb6m-ogr/ans040.htm


機械でも古くなれば故障が多くなる。そういう原発がマ-ク1の原発が他にもあるし
40年とか使っている原発があるけどそのままにしている。コストの面からしたら古くても使っていたのである

 
 
posted by 老鶯 at 20:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2014年02月10日

なぜ事故が起きるのだろうか? (事故もカルマが関係していたーツケは必ず払わされる)

 

なぜ事故が起きるのだろうか?

(事故もカルマが関係していたーツケは必ず払わされる)


事故がなぜ起きてくるのか?それは不注意とかが一番言われる。
でも注意しても事故は思いがけなく起こる。
だから事故は運不運だともなってくる。
なぜ今回水道管などか壊れて大量の水漏れをしたのか?
それも自分が留守の時に起きたのか

これは何なんだろうとなる

その原因はたまたま遠くに外出したことにあった
それも仙台に行ったのは約一年ぶりであり出かけていない
だから母が入院している間に行きたいと思っていた
自分はこれまで自由にどこでもふらっと遠くに旅もできた
そういう自由があることはよほど恵まれていたのである
なぜなら他の人は勤めていれば時間に出勤して
休暇をとること自体簡単にできないからである


それが家族が病気になり自分も病気になりここ7年間は介護でできなくなった
介護になると代わりがいないと外出すら余裕をもってできなくなる
それが一番自分には辛かった
全く自由が奪われてしまったのである
それも結局はあまりにも恵まれた結果なのである
「お前には十分自由を味わったからもうあなたの自由はない」
そう宣告されたと同じである


今回の大きな事故も何かそういう宣告を破ったことが原因している
お前は勝手には外出できない、遠出はできない
今までは家族がいて留守していたのだからこんなことは起こりえようがないのだ
要するに「お前にはもう自由がないのだ」ということを宣告されているのだ
その宣告を破ったがゆえに大きな事故が起きてしまった
それも自分がいないときに起きた
自分がいればその事故もたいしたものとはならなかった
水はすぐとめられたからである

てもこんなことは40年に一度くらいしか起こらないのである
だからその事故の時、家にいないということはよほど不運だったのである

事故に運不運があるとき、それは単に不注意とかではない運命的に事故が起きる
だから事故の原因が何なのか、それは運命だったということにもなる
そして事故がカルマだったということも指摘される
カルマというときその人が事故を起こすカルマをもったから起こす
自分の兄弟の一人は自分の父は同じではないが工場で事故で死んだ
その息子であったが40歳で交通事故で死んだ
だから二代して事故で死んでいるのはなぜなのだろうとなる
これもカルマなのかとなってしまう


ただこの世で事故はいつでも起きている、最近聞いた話では電柱に上る電気の仕事をしている人が
感電して死んだという、あそこには6000ボルトの電気が流れているという、
だから危険であり死ぬ人がいても不思議ではない
すると電気はボタン押せば使えるがその電気を作り保つことは危険があるということも認識する
命がそこて犠牲にされているということも認識して電気はありがたいものだとなる
原発でも事故が起きなければそうなっていたのである

だから事故はいつの世でもあり一つの犠牲だったともなる

なぜなら事故は交通事故でもそうだが車社会ではどんなに注意しても起きる
だから車社会の犠牲として事故が起きるからやむをえないとして保険金がでる
電気も同じなのだ
電気を維持するためにはやはりそれを保守点検する人がいてそういう事故が起きた
それは電気社会を維持するための尊い犠牲だったとなる
一種の電気を維持するための殉職だったとなる

原発事故でも電気社会を維持するために不可欠であり
犠牲者がでてもしかたがない、それより電気がなくなったら今の社会は維持できない
だから原発なしでは社会は文明は維持できないからつづけるべきだということになる
だから原発は簡単にやめるわけには行かないのである


いづれにしろ事故は何か運命的に起こらないか?
今回の事故にしても自分にとっては何か運命的だった
自分が今出かけなければあとはまた出かけられなくなる
そう思ってでかけたとき事故が起きたのだから運命的である

だから事故でも運命論的にとらえる人もでてくる
事故にあうべくしてあったのだ、死ぬべきして死んだとかさえされる
原発事故も起こるべくして起きた

巨大地震津波が起きたのも運命的であり事故も起きた
事故は運命的起きたということである
運命的とはどんなことをしてもさけられずに起きるということである
そこには神の意志さえ働いて起きるともなってしまう
だから人間の力ではさけられないものとして起きるのだともなってしまう

事故でも今回の原発事故でも予測しえないものが起きて起きるからそうなる

交通事故だってどんなに注意してもたまたま車を運転している人が暴走したりすれば
さけられない、自分が悪くなくても死んだりする。
だからそれもよほど不運だったとなる
それは相手の過失でそうなっても不運だったとなる

事故でも犯罪にあうのも運命的で運不運があったとなる
自分が突然病気になり入院して火事場泥棒にあったのも
大不運だったがそれも運命的でありさけられなかった
つまりそういう犯罪にあうべくしてあったとまでなる
犯罪というはそういう側面があるかもしれないのだ
なぜその人だけが犯罪の被害者になるのが不可解なことがあるからだ


ともかくこの7年間に自分に起きたことは何らかのカルマの結果でもあり
起こるべくして起きた運命的なものがあったということである
カルマとはなんらかのツケである。それを人生で積んでいるのが人間である
一番わかりやすいのは借金である
借金は具体的なカルマでありツケだからいづれは隠すことができず払わされる
それが過酷なものとなっている場合がある
その清算もいつかは要求される

だから自分に起きたこともカルマでありツケを払わされているとなる
原発事故でもそういうことがいろいろ起きている。
原発避難者は原発では金銭的に恩恵を受けていたとか言われる
それか今はカルマとなりツケとなって過酷なものとして支払いを要求されている
いづれはカルマはツケは個々人でも団体でも支払わされるということである

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寛政地震で相馬藩内で8人死んだ津波があった (200年前だったがこれも記録されていなかった)


寛政地震で相馬藩内で8人死んだ津波があった

(200年前だったがこれも記録されていなかった)


1793年 2月17日
(寛政 5) 陸前・陸中・磐城 8〜8.4 仙台藩(現、宮城県)で死者12、家屋破損1,060余。宮城南部の震度は5〜6程度であった。相馬で津波があり、死者8発生。
http://www.mlit.go.jp/kokudokeikaku/iten/information/council/shuto-research/jishin_kentou/c_js06.html


寛政五年正月七日午刻(昼九ツ時過)(1793年2月17日正午過頃)牡鹿半島沖に大地震が発生した。
『古廟山主将記録』には、大津波が発生し須賀浦にて家17軒が流れ12-13人が流死したとある。『東藩史稿』には仙台藩領内で圧死12人、馬13頭、潰家1060余とある[1]。
全体で潰家および流失家1730軒余、船の流失・破損33、死者44人以上とされ、相馬では余震が10ヶ月以上続いた記録がある[2]。


宇佐美龍夫(2003)は、津波が相馬、いわきで引き波で始まったことから1896年の明治三陸地震にも似ていることを考慮して震央(北緯38.5°、東経144.5°)をより沖に定め、規模もM8.0-8.4と推定した。1897年の地震との類似を考慮すればM7.9程度になると推定している[2]。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%9B%E6%94%BF%E5%9C%B0%E9%9C%87


寛政五年(1793)宮城県沖に
発生した地震の詳細震度分布と津波の状況
http://sakuya.ed.shizuoka.ac.jp/rzisin/kaishi_19/16-Namegaya1.pdf



ここの図では松川浦から請戸で2メートルから4メートル浸水している
この時8人死んだということはそれなりの被害があった
津波は慶長地震の津波だけではない、相馬藩内でも寛政地震であった。
慶長地震が400年前でありその200年後に寛政地震があり相馬地方にも津波があった
それは今から200年前でありこの辺が津波の伝承を聞かないというとき
200年前だったらその伝承が残ってもいいはずであった
400年前は無理にしろ200年前となるとそんなに昔とはならないからだ

ただこれについても相馬藩政記に記されていなのだろう

慶長津波では400人溺死と記されている。寛政地震津波では記されていないとすると
このことも謎になる。
まあ、死者8人くらいなら軽くみることもわかる。
でも津波の記憶は残しておくべきだった、伊達藩には記されていて伝えられた。

そして慶長津波も寛政地震津波も今回の三陸沖津波も震源地か近いのである。
だいたい同じような場所から起こっているかことに注意するべきだった
そこには明らかな周期性があり大きな地震が百年単位とかで起きている。
明治時代にも三陸津波で大きな被害があった。

だから相馬は宮城県とも岩手県とも近いのだから無視できるものではなかった

それが何か相馬では福島県の浜通りでは津波は起こらないという感覚になっていた
三陸で岩手県でまた津波か、ここには津波は起こらないよという感覚になっていた
ても歴史を調べれば400年前にも200年前にも大きな津波がきていたのである。
ただ200年前の寛政地震津波でも8人死んだくらいだから記録にも残らなかった
だからここの津波についてもほとんど相馬藩でも知られていないのである。
民間の伝承も残っていないのである


ただ津波が200年前にもあった、
それも8人も死んだということは重大なことだったのである

つまり歴史では何が重大なものかその時ではわからない
この時は相馬藩は戦国時代ではなく政治も安定していた時代である。
だから自然災害にも藩で注目してもいいはずだった
それも注目されなかったのはなぜかという空白が問題になる


相馬地方では津波か来ないということがみんなで思いこまれていたのである
だからまるで危機感がなかった
三陸に起きても相馬では起きないという確信のようにまでなっていたのである。
でも現実に200年前にも来ていて8人か死んでいる
だから相馬地方でも浜通りでも津波は来ると警戒してければならなかった
今回のようなき巨大なものではないにしろ津波は日本の海岸では必ず来るものなのである
そういう宿命、カルマを背負った国土が日本だったのである

posted by 老鶯 at 22:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 地震津波関係

2014年02月11日

津波被害の裏話 (銀行では流された書類を探していた)


津波被害の裏話

(銀行では流された書類を探していた)

●書類もコンピューターに保存されて残っていた


津波の被害にはいろいろあった。そのことは各地で語られているがまだまだわからないことが多い。被害が広範囲になったからである。

銀行に勤める孫をもっている人が言うには銀行も津波の被害がありその時、金庫とかではなく紙幣ではなく書類を探していたという。預金者などの書類の方が大事だったのである。それを探して見つかったという、どろどろになっていたが見つかった。
こういうことは他にもあった。役所でも書類が流されると大変なことになる。


ただ実際はその書類でも何でもコンピューター化しているからどこかに保存されているのが現代である。だから貯金している情報はコンピューター化されて本部にでもどこでも保管されている。それは一枚のディスクでもいいわけである。
膨大な情報も一枚のディスクに保存される時代である。

ただコンピューターの弱点は何かで記録したものが一瞬にして全部消えることがある恐怖なのである。それもいくつもコピーしてあるからなかなか消えないといかことはあるだろう。だから紙でも津波などで流されるということは想像外のことだった。
だから役所などでは苦労したろう。


ある人は銀行にあづけてある預金など金は数字にすぎないという。数字として金はある。紙幣としてもそれは紙切れであり数字にすぎないという。だから数字はゼロになることがありいくら金をもっていても金だけでは紙に過ぎずその資産はゼロになるという恐怖がつきまとっているのであく。それで土地バブルが起きた。土地は数字ではなくゼロにはならないからである。

。被災庁舎の金庫内で回収された土地台帳は、デジタル化されておらず今後の復興作業でも不可欠な文書のため町では対応に苦慮していた。 

 6 月初旬に公文書の被災状況の調査に訪れた群馬県に公文書の復旧が要請された。

濡れた文書の乾燥、
塩分や汚れの除去、綴り直し、文書目録の作成、背文字の貼付で、土地台帳、家屋台帳、戸籍関係の書類など 339 冊であった。なお、被災した公文書は、


東日本大震災で津波被害を受けた自治体の公文書
http://www.archives.pref.gunma.jp/20110311-hisaibunsyo/
20110311-hisaibunsyo-hou/20110311-hisaibunsyo-hou-ona.pdf


●自衛隊の幹部が部下が拾った金庫をネコババして解雇された


東日本大震災津波で流された金庫が5,700個?
http://www.onoe-kaikei.com/hac/2013_6.pdf


富岡町長の5億円の金庫が流されて回収してくれと頼まれたことなどか話題になった。
これだけの金庫が流されたのも流された家の数の多さからそうなった。
たいがい家に金庫はある。金庫でも重いものもある。
そんな重いものでも今回は軽く流されたのである。


自衛隊では死体など探していたがそれで流された金庫を発見した。
それを上の幹部の隊長なのか知らないけど届けた。
その金庫がネコババされたことがわかった。
隊員は手帳に記録することが義務づけられていてそれでわかったという。
その隊長は解雇されたという。

そういうふうに組織で安全策を講じている

推理小説のドラマでよくノートを手帳を調べているけどこれはこうした事実を基にしていたのである。
ただ今はパソコンで記録しているとなるとそれが証拠になるのかどうか問題になる。
ただ一枚のディスクでもパソコンだと膨大なものが記録できるのである。
それは無尽蔵に記録できる。
この記録はクラウドとかどこにでも記録できるからかえって災害の時は記録は保存される。
ただこれにも弱点があり一瞬にして何かの銚子て消えることが恐怖なのである。


●記憶は一時期であり記録は歴史の時間で残る(記憶⇒記録⇒歴史的価値ずけ)


記録は流されても、記憶は流されない
http://www.jibun-shi.org/modules/blog/details.php?bid=30


記録というのはどうしても消えることがある。記録というものはいくら記録されていてもその意味をもたせないと価値がなくなる。
なぜなら記録は今や膨大な天文学数字としてある。
それらをいちいち読み価値づけすることができなくなる。
戦争のことだってその記録は膨大でありそれを読み解くこともむずかしくなる。

「人は誰しも歴史を持っている。それはささやかなものであるかもしれないが、誰にも顧みられなく、ただ時の流れに消え去るものであるかもしれない。個人史は当人にとってはかけがいのない生きた証であり、無限の想い出を秘めた喜怒哀楽の足跡なのである。この足跡を軽んずる資格を持つ人間など誰ひとり存在しない」(色川大吉『ある昭和史―自分史の試み』から)


これは言える。だから自分は相馬郷土史研究でそういう個人に焦点をあてて老人の話しを聞いて時々書いてきた。
そういう個人的なことはやはり家族史、家の歴史にもなる。
だから郷土史はおばしちゃんやおじぃちゃんから聞いた話しからはじまるというのはそのことである。
それが一番身近だからである。

では記録と記憶の相違は何なのか?記録がなければ過去のことがわからないということも事実である。
ただ記録が写真が文書が家が流されても以前として各人は生きている限り
記憶を維持されているから延々と語り続けることになる。

誰かが誰かに語るということは記録を読むのとは違う。
そこには感情的なものや様々なその人なりに伝えるものを聞くことになる。
語ることから「民話」が生れたのである。
語ることを書き記すことによりまたそれが記録され後世に残されたのが歴史でもあった。
語ることは記録としては消えやすいのである。
文書にすると消えにくくなる。
だからその人自身の書いたものが残っていると歴史もわかりやすいとなる。

誰かに語ったことは尾ひれがついて何が真実か事実なのかもわからなくなってしまうことがあるからだ。

だから記録は流されても 記憶は流されない・・・
というとき実はそれは一時代とか短い時間だったら記憶は流されないが長くなると流される、消えやすいということなのだ。
生きている内は語り続けてもいづれは死ぬと語る人は語ることもなく残された記憶しか
ふりかえることができなくなるからでてある。


ただ記録はすべて歴史ではない、記録は無限であり膨大であるとしたとき、
その記録をすべて解読することも関心うもつこともできないからである。
その記録を自分のものとして読み解く時、歴史は価値あるものとなる。
そしてそうした記録は無数に埋もれていて不明になっているのだ。
江戸時代の古い碑を紹介して読み解く作業をしたけどそれらは記録として残っていても
今では意味がわからなくなっているのだ。

posted by 老鶯 at 16:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 地震津波関係

南相馬市自分の組の最近の状態 (空家、一人暮らし、介護、新築の家、・・・)

 

南相馬市自分の組の最近の状態

(空家、一人暮らし、介護、新築の家、・・・)

震災津波以後どういう変化があったのか?
今の状態は自分の組を見ると何か象徴的である。
組にしても12軒くらいしかない。


空家が三軒もある。
一軒は医者をやっていた、震災以後やめた。
もともと母の介護で故郷にもどったのだがその母も施設にあづけて死んだ
今は庭も広く屋敷も残っているが空家である
もう一軒は老夫婦だったが夫が死んで妻は子供にひきとられて
二人で住んだ家が空家となっている
隣も一人でなんとか暮らしていたが自立できなくなり子供が引き取った
だから空家になった


病院に介護されている人が自分の母と組の人が一人いた。
自分の組で一人暮らしの人が三人いる


空家三軒
一人暮らし三人
二人は介護状態になり子供がひきとる
介護家族二組(病院に入院中)
子供のいる家族は一家族


なんともわびしい構成である。こんな状態が何か現代を象徴しているのかもしれない、
この一区域がまるで限界集落のようになっている。

ただ新しく入って来た人が近くに三軒くらいある。
一軒は津波で壊滅した烏崎の人である
この家は大家族だけど外観はできていても何か半年すぎても住んでいない
ということは何かまだわからないが水道なのか電気なのか
そうした設備ができない、人手不足なのか資材不足なのかわからない
でも普通ならできていいはずである


この状態はやはり現代の社会の状態を象徴しているみたいだ。
活気もなく少子高齢化社会の縮図となっているのかもしれない。
この辺では仮設に人が増えてもそれは普通の状態ではない
まさに仮の宿でありいつれは消えてゆく
ただ一方で街の方に家が人が集まってきたことも確かである。
コンパクトシティ化してきたのである

復興住宅にはすでに人が住み始めているという。
でもこの数も多いから復興住宅そのものをそろえるのは相当時間がかかる。
人手不足と資材不足と土地不足とかいろいろな条件で遅れる

この津波や原発被害からの復興は相当に時間がかかり元にもどらない
神戸では十年くらいかかったというがここではまだ時間かかるだろう
それだけ被害が大きかったのである
10年もかかるとすると老人にとってはさらに苦しくなる
もう故郷に帰って過ごす時間がなくなる
帰っても75くらいになると病気や体が弱り苦しくなる
つまり復興した故郷に元のように暮らせないということになるのだ


現実に二組の老人はやはり一人は75くらいで弱り子供にひきとられた
そういう人もふえてくるとすると故郷に帰り住むこともむずかしいのである
結局子供のところにひきとられるとすると子供と一緒に住むほかないとなる
子供が故郷に帰らないとすると親も帰れないとなる


ともかく様々な負担が強いられていてその復興にしても先が長すぎるのである
原発避難区域は町自体が崩壊したようになっているが
その回りも何かそういう崩壊状態になる不安があるのだ
だからなんらかの思い切った対策が必要なのだがそれが見えないのである。

こんなとき競輪のサテライトが再開するとかパチンコ屋でにぎわうとか
そこに人手がたりなくて困っているとかでいいのかとなる
どこも病院も介護施設も建築現場もあらゆるところで人手不足なのである
そしたらなんとかそこを補おうという力が働くのが普通である
それができないのは何か現代の社会構造の問題がある

働くことが保証人だとか資格だとかなにかにやめんどうすぎるのである。
それも相手を信用できない広域社会になっていたとかがありできない
ただ責任ばかり問われるから看護師でも介護士でも他もやりたくなとなる
でも介護などは家でもやっているのだから誰でも実際はできるのである
何かしたくてもできないという人も多いの現代社会なのである
だから何かそういう既存の考え方を変えないと現在の状態は改善しないのである
それは市政だけではできないのである
個々人の意識を変えることや自発的な意志が必要になってくる。
それがないと今の状態は改善できない
みんな他人まかせにしてできないのだ

結局看護師も介護士だって集まらない、いくら募集しても集まらない
建物が箱物を作っても集まらないから宝のもちくされになる。
奇妙なことだけど建物がなくても人手があれば介護などは助けられるのである
そういうところでも既存の考え方を変える必要が出てきているのである。

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2014年02月12日

大雪で雪国を思う (雪国に暮らす時間(詩))

 

大雪で雪国を思う

(雪国に暮らす時間(詩))


寒木の芯まで冷えて光る星

群れ来る狭き畑や寒雀
土地の人身を寄せあいぬ寒さかな

大雪の根雪となりて住み着きぬ

雪厚く積もりて溶けじ日のさすも雪国の暮らしここに思いぬ


45年ぶりで大雪だった。この雪は簡単に溶けない、日がさしてもとけない
福島県でも浜通りではほとんど雪はふらないし積もらない
だから会津とかとはまるで違っているのだ
だから雪国のことかわかりにくいのだ

会津とか新潟とか日本海側は毎日のように雪がふっている
そういうところに住む人かどういう感覚になっていくのかわかりにくい
雪かふっていると外出するのも億劫になるだろう
するとなにか家にいる時間が長くなる
家族でも仲間でも身をよせあって家の中にいる
すると何か親密さがましてくる
情が深いものともなってくる

この辺で原発事故で新潟に避難した人たちは本当に親切だったという
温泉にも入れたしごちそうもでたし本当は観光気分だったのである
それも新潟辺りは雪国でまだ情が深いということがあるのかもしれない
福島県の浜通りとか宮城県は意外とドライなものになっている
それでも福島県が宮城県より先祖を重んじるのが強いとかなるのは
まだ会津とか田舎的なものが残っているからだろう
宮城県は仙台中心に都会的なのである


日本海側の風土から培われた人を理解するにはまず雪の季節を一緒に過ごさない限りわからない、
冬の長い間雪に閉ざされて過ごす世界が理解できないのである
雪だと自転車も利用しにくいから住みたくない
活動力もかてり鈍ってしまうだろう
そしてただ春が待ちどおしいとなる


福島県では会津は雪国でありここは浜通りと中通りとは異質な空間なのである
だから会津が明治維新であれだけ抵抗して白虎隊なども生れたのも風土が生んだともいえる
浜通りだともっと妥協したりして時勢にのるような機転が働く、いい悪いにしろ会津は雪国であり特殊なのである。
相馬藩は天狗党などに入ったように水戸と近いからその影響を受けて勤皇になったのである。
小藩でもあったがすぐに薩長軍について伊達藩を責めたのである。

ともかく雪国の暮らしがその人の性格をつくってゆく、雪に閉ざされた生活は忍従の生活である。
雪はむしろひやっかいだがどうにもならないのである。
それは自然の力に従うほかないとなり忍従になる。
ただそこで人間同士が親密になり情深くなるということがある
それは西とか南とかにない性格である。
東北でもどこも雪国ではない、地域的差があるのだ



雪国に暮らす時間


しんしんと今日も雪がふる
明日も雪がふる
家は雪の重みを支える
雪かきの苦労がある
人々はそこて忍従を強いられる
ともに家の中で過ごす時間が長い
雪は根雪となりなかなかとけない
日がさしてもとけない
しんしんと山国に雪はふりつづける
人々は身を寄せ合い
長い冬をともに暮らす
そこに自ずと絆が生れてくる
しんしんと今日も雪はふる
墓地も雪に埋もれ
明日も雪はふる
雪はおやみなくふり
山国に閉ざされて過ごす時間
顔を見合せて雪に耐える時間
そして雪とともに老いる人たち
しんしんと雪はふる
おやみなく雪はふる
心も雪のように白くなってゆくのか
心にも雪はふりつづける
雪国の人はそして一層寡黙になり
ただ雪に耐えて春を待つ

(今日も見る松一本や根雪かな)


雪の思い出としては山形県小国町へ米沢から行った時の思い出が残っている。
その電車に乗ったのは数人しかいてかった。でも延々と車窓からは雪景色だった。
途中一本の松が雪に埋もれていた。そして結構長い線だったから退屈だった。
でもあとになるととそうした退屈な長い時間が記憶となってよみがえるのである。
だから新幹線のような急ぐ旅は記憶に残らないのである。
要するに旅は金をかけることではない、時間をかけることが最も贅沢なのである。
だから七つ星の超豪華なトレインでも満足しないのである。
記憶に残った旅なら何か旅していたのである。
記憶に残らないとしたら結局何も残らなかったとまでなる

思い出すと詩もかけるが思い出せないと書けないのである。

思い出す時何かそこは都会のように混雑したところは思い出にのこりにくい。
でも数人しか乗らない電車で延々と雪景色を行く旅は心に残り思い出すのである。
そして小国という地名は日本全国にある。
それは日本はそれぞれの地域で自給自足で閉ざされた生活をしていたからである。
そこがまさに小さな一つの国と化していた。
江戸時代なら特にそうであり鉄道が日本を結び日本人という一体感を作ったというのもありえる。
日本は山国が多くそれぞれが閉ざされた生活だったからでてある。

 
 雪にうもれた遠い町(小国町)
 http://musubu2.sblo.jp/article/31951266.html

美談とされた時、美談でなくなっている (佐村河内守ゴースト騒動ー障害者を持つ人の問題)


美談とされた時、美談でなくなっている

(佐村河内守ゴースト騒動ー障害者を持つ人の問題)

最近佐村河内守が作曲した曲でなかったとかがわかり騒動になった。ゴーストライターがそのことを告白した。耳が全く聞こえないというのも嘘だったらしい。
でもみんな騙された。そのシナリオは誰が書いたのか話題になる。創価も関係していたとかもネットを調べれば延々とでている。プロデュースに加担していたのかともなる。
NHKで放送されたから一躍有名になったのである。
NHKは権威がありお墨付きを世間に与える。NHKだと人は信じる。
でもNHKもまたそうしたお涙頂戴のような障害者のことなどを良く話題にする
そして何か現代はあらゆることに人権が権利のみか主張される時代である。
障害をもっいることはそれ自体大きな権利にもなってしまう。
俺たちがどれだけかわいそうか、苦しいかわかるか、同情するのはあたりまえだ
、同情がたりないんだよ、そういうやつは社会が許さねえぞ」
とまで恫喝すらなる。
障害者を全面に出してまた社会から同情を強制的に要求して募金でも得る時代である。
だからそういう風潮の中に生れた事件でもあった。


最近つきあった人はまともな方なのだけど権利意識強いのである。
だから福祉福祉と盛んに言ってその利益にあづかることをはずかしいとも思っていない
当然の権利でありまだ利益を受けることが少ないと権利意識が強いのである。
ただもらっている額は少ないからそれもわかる。
そういう人はどんなことでも自分の利益になることは利用する。
創価であれ共産党であれ問わないだろう。
そういうところで頼めば利益が得られるとわかっているから積極的に役所のように利用している。利用されているのではない便利なもの頼りになるものとして利用されているのである。底辺の生活で苦しんでいるからそれを生き抜くためにとんなものでも利用するという態度になる。だから権利意識が強いのである。
その女性も障害者をもって苦しん苦労してきたことはわかる。
でもその障害者の度合いは軽いし外からいみてもつきあってみても普通の人に見える。
たから働いてもいるのだ。知的障害者でもいろいろ段階があるのだ。

今の時代は例えば韓国が戦争被害を延々と日本に訴えるのもそうだし中国でも日本を責め続けているのもそうである。何かみんな被害者意識に凝り固まっているのだ。国自体がそうであり個々人でもそうである。何か不運や不遇があれば社会が悪いとなり社会に訴えて同情してせっと優遇しろと訴える。その訴えてくれるのがカルト宗教団体とか政治政党とか様々な団体になる。それが民主主義だから当然だともなる。組織化して訴えなければ何も得られないということもある。だからそれぞれの団体がその権利を利権を主張するのか民主主義だとなる。それはそうでもそれが度を越すとどうなるのか?
極端にしろ今回のような風潮が当たり前となり事件として表沙汰になる。
それはこの人だけでなくマスコミ全体で操作されプロデュースされていたのである。

これも原発で安全神話が作られたことともにていたのである。
障害者をおとしめたり批判したりすることはタブーになっていたからである。
だから度を越して明白な詐欺になってもとがめる人もいないような状態にてなり事件になった。

障害者は宗教団体にとっても利用するには現代では最も効果的なのである。そういう人を表に出してお涙頂戴になり宣伝効果が大きいしそれには逆らえないから誰も批判できないからマスコミでも盛んにとりあげる。現代は障害者の方が目立っていて利用価値が高いものになっているのだ。文明自体が障害者化しているから弱者や障害者が推奨されるというのは文明自体がゆがんでいるからだとニーチェや上野霄里(しょうり)氏なども激烈に批判した。実際は人間は弱者でありたくない、病気でありたくない、健康でありたいというのが普通である。超人になりたいというのも普通である。誰も弱者ではありたくないのだ。自然はその病的なものではない、力強さに満ちているからとても病弱者には自然を詩にできない、だから何か障害者が全面にでてくる現代文明は歪んでいるからこそそうなっているし障害者が推薦されるのもまたそうなのである。


原発避難者もそのことで今は批判されている。一カ月百万とかもらって毎日パチンコだ競馬だと遊んでいるのにどこがかわいそうなのかとなってしまっている。俺たちは原発の被害者だということになると堂々とその権利を主張できるからそんなにもらっても悪びれことはなくなる。もっともらいたいともなる。ある程度権利を主張するのはいいにしろそれが度を越してくると今回のような事件になるのである。


でも障害の度合いからすると近くの人は外にも出れないから重症である。でもその母親である女性は愚痴をこぼしたこともない、その不満を言わないかったのである。
だからどう思っているのかと不思議であった。もちろんその女性の内面にたちいることはできなかった。その苦しみは言うにも言えないものだったのである。
一方は延々とその人より軽い障害なのに言い続けている。そういう性格だといえばそうなのだがそれも一つの問題であった。障害者をもって苦しんでいる人はかなりの数いるからである。だからその人だけが一番苦しんでいるとはならないのである。
いづれにしろ美談として宣伝された時美談とはならなくなっているのは確かである。
たからマスコミで宣伝される美談は美談でなくなっいる。作られたものとしての美談になっているのだ。



平凡な人の隠された偉大さ


その年老いた女性は苦しみかかえていた
苦しみをになって長く生きてきた
しかしその苦しみを他者に言わなかった
その苦しみを自分のみに留めた
その受難は何故かわからない
定めなのか何なのかわからない
しかし自分でその受難を引き受けた
それは平凡な女性であり美談でもない
誰もその女性を称賛はしない
しかしそのようにできる女性もなかなかいない
ただ身の不遇を延々と嘆くだけであり
なぜ自分がそんな不遇のみがあるのかと
普通はただそれを他者に訴えつづける
しかしその女性は自分の腹の内に収めていた
その苦しみは他者には計りしれないもの
その女性はふりかえれば誰も注意もしないが
なかなかそうあることはできない
自分もできないことだった
でもそういうことに注目している人はいない
人にはそれぞれ苦しみをもっている
たからといってそれか本人だけが苦しむ
自分だけが不孝なのだとは言えない
同じ苦しみでももっと辛い苦しみでも
それを口に出さず耐えている人もいる
大げさに美談として讃えられるものは
偽りが多く誠の美談は世に現れない
それは隠されて目立たず注意されない
ただそういう人はいることはいる
回りを注意して見ればいる
平凡な人にそういう人がいる
でも誰も注意して語られることもない
そういう人がこの世を支えているということも
人は心にとめておくべきだろう

 

posted by 老鶯 at 21:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2014年02月13日

大雪の異変(雪野の写真)


大雪の異変(雪野の写真)

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寒暁に一本松や凍みる雪

山鳩の雪野に目覚め飛び立ちぬ
大雪や飛び入る鶯猫捕う

雪野原夕雲紅く月光る

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猫に捕らえられた鶯

大雪は異変であり鳥が餌がなく街まで探しにきたのだろう。
ばたばたと家に入ってきたかと思ったら偶然飛び込んだ狭い部屋に
野良猫がいてその鶯をつかまえてしまった。
その鶯をたすけてやろうとしたからがっかりした
でもこの猫は最近ずっと餌をやっているから家に住み着いている
そしてその猫はその鶯を一旦もちさりまたもってきて自分に見せた
なにか誇らしいようにしてもってきて見せたのである

猫はネズミをとるともってきて見せるということと同じだった

「俺はとったぜ」とほめてくれというふうに獲物を見せるのである。
こんなことをしたから憎いとか残酷だと思ったがこれも全く本能で反応したのである。
雀くらいならいいが鶯は貴重でありがっかりした
動物はみんな本能で生きているのをまざまざと見たのである。

今朝は太陽があの一本松に映えて昇る、
鹿島の右田の一本松として宣伝しているのは高い松である。
あれよりこれが松らしい。でもこれもいつか枯れるのだろう。
右田の松原は二本しか残っていない


雪野はこの辺ではなかなか見れない、この雪は凍みてなかなか消えないだろう。
根雪となってゆく雪だから雪国の風景である。


水道管が壊れたのは家の外だった。それも直してもらった。
他でもかなりの数の水道管の凍結があった。
一度に災害の時起こるから困る。
風が冷たいと凍結しやすいから風を防ぐ工夫が必要だった。


雪景色の写真はきれいにとれる。こういう写真はここではなかなかとれないから貴重である。

 
 

貧乏はモラルを養成して過度な富はモラルを荒廃させる (原発事故周辺地域はやはりその罰を受けたーそれは世界的にもそうである)

 

 貧乏はモラルを養成して過度な富はモラルを荒廃させる

(原発事故周辺地域はやはりその罰を受けたーそれは世界的にもそうである)

箴言

少しの物を所有して主を恐れるのは、
多くの宝をもって苦労するのにまさる。
(15:16)

野菜を食べて互に愛するのは、
肥えた牛を食べて互に憎むのにまさる
(15:17)

貧乏などいいことはない、あなたは貧乏の苦しみを知らないとかいうのも本当である。
貧乏がモラルを荒廃させるというのも普通にある。
一方で確かに過度な富がモラルを荒廃させるというのもある。
そき富の度合いも問題になる。
現代は個々人で見るのではなく全体で見れば過度な富がモラルを荒廃させて堕落させている状態に見える
格差社会で貧乏時代にもなっいるというのもある。
ただ歴史的に見れば今ほど全体で贅沢している時代はないだろう。
実際生活保護であろうが貧乏を絵にかいたような人でも現代の富を享受している
食べるものでも何でも現代の平均的な富を享受しているのである。


過度な富というとき、「もったいない」ということが現代ではなくなり膨大なゴミを生み捨てている。
そういう社会はどんなことてたってもったいないという思想は生れない
江戸時代はどんなものも捨てない、あらゆるものを資源として活かしていたからもったいないということで日々生きていた。
モノを大事にしていた。
限りある資源で生きていかねばならないからモノを大事にしたしモノに感謝していたし
自然から与えられるものに感謝していたのである。
戦前の生まれの人はもったいないということが生活の中で身についていた
だから極力無駄をするのをさけた。


現代は消費社会となり新しいものを次々に買い古いものは捨てるという生活になった。
そこにはもったいないという思想は育まれない、モノを粗末にするし与えられるものに感謝もしない、
過度な富の時代になるともったいないというモラルは喪失する
ロウソクがどれだけ江戸時代でも貴重だったか溶けた蠟を集めて再生したりと徹底して
資源を無駄にしないのである。


江戸のリサイクル職業
http://www.gakken.co.jp/kagakusouken/spread/oedo/02/kaisetsu3.html


そもそも江戸時代のモラルはどうして形成されたのか?
それは基本的にはベースとなったのは小さな自給自足体制の村だったのである。
農家自体が一つの自給自足体制の根城だった。
だから納豆まで自家生産であり自給自足ができていたのである。
戦後十年は江戸時代のつづきであり炭が燃料だったり暖房に使っていたから農家の方が豊かだった。
卵なども農家では鶏を飼っているのだから食べられたが街では病人しか食べられない贅沢なものだったのである。


例えば産地直送で村おこし町起こしをしている農家がある。アスバラガスが転向の異変でとれなくなる。
そのとき消費者に天候の異変があり雹などふり提供できないとなった。
一週間ほど遅れると直接生産者から消費者にその旨を連絡した。
(一週間遅れますががまんしてください)ということになる。
でも現代では日本全国から世界から食料が入ってきているとき一週間がまんする必要などない、
いくらでもモノはあふれている、世界中から入ってくるとなると金さえあれば一週間待つ必要などないのである。

実際にアスバラガスはメキシコ産になると200円だったのが100円になっていてそれも太いから買い得になる。
だから地元で日本で生産しても対抗できなくなる。
しかしそのことがモラルを荒廃させる。

自給自足の体制だったら村のものは外からモノが簡単に入ってこないから
みんなで辛抱するほかないし少ないものでも分かち合い助け合う他ないのである。
そこには忍耐心という徳が養成されるのである。
確かに作る人も消費する人も一週間待つことで忍耐心の養成を共有する。
いつもそんなにモノは手に入らないものだ、農家の人は天候の異変に弱い、
それを食べる人も考慮すべきだとなり農家の人と心情的に共有する心を養成されるのである。


グローバル化した経済ではそういうことはない、モノは世界中から入ってくるから金さえあれば手に入るとなっている。
そのモノがどうして作られて世界から提供されているかもわからないのである。
後進国の人が過酷な労働で提供していることもわからないのである。
だから徳をモラルを心を共有することができない、グローバル化の問題がそこにあったのである。

ともしさに耐え
少なきを分かち合い
同じ場所に
生をともにして
人はともに眠りぬ
・・・・・
より多くを求め
多くを分かち合い様々な場所に
生を別にして
人は別々に眠りめ
人の心は通わず
人はただモノと金のみを求める

結局原発事故がなぜ起きたのか?
それを深く問うてゆくと過度な富を求めた結果であった。
過度な富を求めた結果として危険な原発に手を出して今日の状態をもたらしている。
双相(双葉相馬)地域は福島県で一人辺りの収入か一番多かったのである。
それでもみんな過度な富を求めていたのである。
みんなたりないたりないということしかなかった。


その結果として何がもたらされたのか?
同じ場所に住めず人はばらばらになり心も通わないものとなった。
その後も補償金問題で以前として金を求め心は通わずバラバラになっている。
それは結局過度な富を求めた結果なのである。
これは原発事故周辺だけではない、日本全体に言えることである。

今や富は本当は十分ではないのか?
ただ配分とかその他の格差問題がありそれが貧乏だと自覚させられる。
でも全体的な富の配分を有効に行いば今は十分な富がある時代である。
過度な富を求めた結果としてモラルの荒廃が起こりその罰を受けたのが原発事故周辺地域だったのである。
それはここだけではなく世界的な問題としてある。
実際にみんなばらばらに住まざるをえなくなり心も通わなくなっているのも原発事故周辺なのである。

 
posted by 老鶯 at 23:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2014年02月14日

アスパラガスから考えるグローバル化経済 (原発事故も各人の過度な富を求めることにありその根も深い)


アスパラガスから考えるグローバル化経済

(原発事故も各人の過度な富を求めることにありその根も深い)

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産地直送で村おこし町起こしをしている農家がある。アスバラガスが転向の異変でとれなくなる。
そのとき消費者に天候の異変があり雹などふり提供できないとなった。
一週間ほど遅れると直接生産者から消費者にその旨を連絡した。
(一週間遅れますががまんしてください)ということになる。
(グローバル化の終わり、ローカルからのはじまりー吉澤保幸)

このつづきだけど


「アスパラガスなんかスーパーでいつでも売っているよ、最近100円でメキシコ産の太いアスパラガス売っていたよ、それを買えばいいんじゃない」
「そういったって、アスパラガスを作っている人から直接買っていたのだからそんなことができないよ、その人のことを考えてみろ、天候の異変でとれなくなり苦しんでいるんだよ、その人の身になってみろよ、その人のことを考えたら一週間でも待つのが人間としての心をもっていたらそうなる」
「そんなこと言うけどアスパラガスが食べたいなら安くていいのが食べたいなら食べればいいんだよ、どこのものでもいいんだよ、安くてうまければいいんだよ、今はそういう時代だよ」
「でもさ、もしメキシコ産のものでも何かがあり入らないことがあるだろう、そしたらどうするんだよ、外国でも何が起きるかわからない、いつまでも安いとも限らないからな」「なーに、世界は広いからどこからでも入ってくるんだよ、そんな心配はいらないよ
世界が市場になった時代たからな」
「そういったって、自分が買うと決めた農家の人との人間関係を壊すことはできないよ、モノがどこから入ってこようとどこで買おうとそのモノを作る人間のことを考えている人は今はいないからな、そのモノをどうして作られているかもわからないからな」
「そんなことよりさ、今は人間関係などめんどうなものは関係ないんだよ、金さえあれば何でも買える時代だよ、アスパラガスだってなんだって金さえあればいつでもどこでも買える、それが世界市場化したからそうなる、世界市場で競争しなければ何でも売れなくなる、食料だってそうなる、日本の食料も今や和食などと世界に売れているじゃないか
それはアスパラガスと同じなんだよ、日本のリンゴも高級品として高値で売れているだろう」
「でも人間と人間の関係は大事だよ、モノより人間の関係を第一にすべきなんだよ、
地球の裏側からモノが入ってきてもそれを作っている人のことなどわからない、だからいつそのモノが入らなくなってしまうかわからないリスクがあるんだよ」
「そんな人間の関係よりさ、金の方が今は大事なんだよ、金さえあればモノはいつでも手に入る、だから金をかせぐ必要があるんだよ、金の方が人間関係より大事なんだよ」

グローバル化の市場原理が働くと人間関係より金だとなる。そこに人間との関係はなくなり金が神のごとくなるというマルクスの理論もわかる。メキシコ産のアスパラガスを買ってもモノを買っているのでありそれを作っている人間とは何の関係もないのである。

物々交換とか江戸時代の村のような狭い自給自足の体制だったら人間関係の方が重視される。昔の経済はそういうことの方が多かった。

人間の動機を「物質的」なものなのか、またと「観念的」なものとして描きうるという見解、また日常的生活を組織する誘因は必ず物質的動機から発するという見解を受け入れさせたのである。

諸事情の真の状態というのは市場にかてったものから非常にかけはなれているもので簡単な言葉で描写するのは容易ではない、・・・

(人間の経済・・Kーボランニィ
)

食堂に入るにしてもその動機はいろいろある。ただ料理がうまいだけとは限らない、そこのマスターが気に入ったとか食事はイマイチだから雰囲気がいいとかなごみがあるとかいろいろある。すべて料理だけで決められるわけではない、そこにも様々な個人的価値観が入ってくるのである。だから同じ物を売るのでも売る人間によっても売れたりう売れなかったりするのである。
例えば村で草鞋を作っているとき、それが必ずしも必要だから買うのではなくその草鞋を作っている人のために必要でなくても買うということがあった。その草鞋より人が大事だからそうなる。今でも経済合理性よりここの村は貧しいからつまらないものでも買ってやろうとかなることはある。経済合理性だけで市場原理だけで割り切れないのが人間だからである。それが人間の経済であった。そういう世界では人間同士のモラルが養成されたのである。

原発事故をその原因は何なのかといろいろ考えてきたけどモラルが喪失したということが大きな要因だったということが自分の書いたものをふりかえり再認識した。

だから原発事故は単なる技術的な問題として起こったものとは思えない、根深く文明そのものに問題があったともなる。

過度な富を求めて起きたというのも見えてくる。原発は金になるからあらゆる人がそこに群がった。政治家から官僚から検察からマスコミからカルト宗教団体から地元の漁業権者から議員から市町村民から全部その巨大な利権、金を生み出すものに群がったということがある。それが巨大な富を金を生み出すものだったからである。
そこにはかなりの無理をしても原発を作り出すものがありそういう根があって原発は推進されて事故が起きた。
文明自体が過度な富をもたらすものとして限界があり原発事故が起きた。
それは個々人でも過度な富を求めているということもあった。

いかに人間が今は過度な欲望をもつか、それは個々人をみてもわかる。
借金して贅沢していた人もあったしブラックなことをしても贅沢しているし様々な欲望が過度に追求されている。そういう欲望がありそれが根となり原発を生み出す原動力となっていた。

ではお前は江戸時代にもどり電気のない世界で暮らせというのはまた違っている。
電気は必要でありその他のものも必要である。山尾三省のようなパンも食べられないような生活は過度な欲望とは言えないのである。
どのくらいが過度になるかは問題になるが明らかに全体的には過度な富の追求になっていたことは確かである。
田舎の暮らしでも今は都会より贅沢である。車だって一家に4台とかあるのも普通である。一人一台も普通である。そして借金していてもそうしている人もいた。

そういう生活は原発が危険でも金になるからと誰も反対しなかった。
回りが全部そうなら反対してもできないということもあったのだ。

漁業組合であれ農協であれ労働組合であれ宗教団体であれそれらが利権化してもそういう団体にそんな利権だけを求めるななどと言えない、権力化しているからそんなことは言えないし怖いからそうなる。労働組合だって電事連合は原発推進だったし原水協すら原発には賛成していたのである。現代の団体化組織化したものはみんな利権追求団体である。
一見そうでないようでもそうなっている。だからマスコミはそうした組織化した団体化したものの宣伝費で成り立つから利権団体を責めたりはしない、同調して利益を得ればいいとだけなるのだ。それで安全神話は作られたのである。


では以前として過度な欲望の追求をやめておさえる生活をしようとなると誰も賛成しないだろう。それだけ一旦豊かな生活をするとその生活レベルを落とすことがむずかしくなる。電気を減らすということもなかなかできないのである。
だから個々人の意識を変えることだとなるがそういうふうに原発事故をとらえて実行している人もいなしできないのである。つまり原発事故の原因の根はそれだけ深い所にあり単に技術的問題だとか脱原発とかを全部なくせとか簡単に言うまえに個々人の生活に過度な富を求める、欲望の問題がありそれを抑えるということがむずかしいということを自覚すべきなのである。



細川とか小泉とか都知事選で脱原発を訴えたけど
一体彼らはそもそも家でどんな生活をしていているのか?
ふんだんに電気を使い贅沢しているだろう。
そして政治的利権で得して贅沢している
脱原発のデモした人たちも同じじゃないか?
デモして暑くてたまらなかった
どんどんクーラで冷やしてくれとなる
山尾三省のような生活をしろとは言わないけど
各人の生活でも何か「脱原発」ただ唱えるのは楽だよな
では一旦自分の生活で電気を減らすとなると容易でなくなる
「脱原発」と叫ぶことは誰でもできることなんだよ
 
 
posted by 老鶯 at 16:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連