2014年01月02日

正月の松


正月の松

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正月や若松に添えし菊花かな


正月や若松にそえ五葉松その常盤木の松こそ良しかも

葉牡丹の六輪ほどの家に咲き外は北風唸り吹くかな

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若松や根引き松は共に黒松なんです。一般に、3年から5年の密集して作られた黒松を、若松と名づけられています。密集しているので、枝が横に伸びずまっすぐ上に伸びます

若松という地名が結構ある。北海道に黒松内という駅があった。そこは確かに黒松の森だった。昼なお暗い黒々とした森だった。日本は松の国でもある。だから松とつく地名は多い。松は一番人間的なのである。一番人間に親しい樹なのである。
緑が濃いのは五葉松である。松と菊はやはりあっていて正月らしい。

植物に関心をもつのは農耕社会である。八割が農民だったときは自然の中で生きていたから必然的に植物にも詳しくなり自然の生命に通じることがあった。それが神道でもあった。だが工業社会になると例えばエネルギーのもとが太陽ではない、石油とか原発になると太陽を崇めることがなくなる。石油や原発が原子力が神にまでなる。ということはその原子力を作り出す科学者が神のごとくなるのだ。それは医療にも言える。科学で病気がすべて直せるとなると医者は神のように崇められる。それは今ある程度は起きているのだ。
現代とはそういう自然から離れた科学技術社会なのである。
その呪いが原発事故にもなったのである。


今日は風が強かった。だから遠くに行けなかった。一日寝ていた。
正月といっても正月らしい行事がないのもやはり農民のように直接生活と結びつかないからだろう。会社員であり工員であり商売でも自然と直接結びつかないから何か正月といってもただ年が変わったなくらいの感覚しかないのである。
これだけの工業社会は自然のリズムから離脱してしてしまった。
時計が季節を決めたりして自然のリズム感を喪失する。


松という時今でも農民は刈田に松の枝を挿して豊作を祈る、松は単に飾るものではなく農耕とも密接に結びついていたのである。生け花は遊びとしてあるがもともとそうしたものも農耕と結びついて起きてきた文化であった。
農耕社会から工業社会へ急激に変化した結果、自然への感覚が喪失していったのである。

俳句が写生だというとき、葉牡丹をとったとき玄関のマットも写っていた。これも葉牡丹とあっている。
つまり見たままが説明することなく何かを現しているのが写生なのである。
つくづく写真で見るとまた違って見えるのも不思議である。紫色が何か一段と濃く見えるのである。
実物があり写真でも深く見るとういことがある。
ただ富士山なんか写真で何度見ても感嘆しない、やはりあれだけ大きくなるととても小さい画面には収まらないから感動しないのだ。
花だったら小さい画面に収まりやすいから写真でも実物の感動を伝えられるのである。