2014年01月01日

南相馬市の鹿島区の花屋の正月飾りを買った (和洋折衷で良かった)


南相馬市の鹿島区の花屋の正月飾りを買った

(和洋折衷で良かった)

kingashinnnenn2222.jpg

クリック拡大

hanayakadi11.jpg
鹿島区の花屋


南相馬市鹿島区の花屋の人がこの正月飾りをアレンジした。
これは傑作だと思った。
竹の器がいいのと菖蒲の紫やボタンがしっとりとして正月らしい落ち着きがある。
一方でチューリップの蕾はこれから花開こうとする若さを示している。
それが調和している。
花には何か精神的象徴であり意味を読み取ることである。
このアレンジはだから正月に向いていた。
新しいフラワーアレンジである。

普通はチューリップは和風にはとりいれないけど
これは未来をこれから花開こうとする未来を示していた。
この花は開くけど蕾が良かったのである。
花は蕾がありそして開くという段階がありそこに生きている花の良さがある。
造花には生きている花ではない、花は蕾がありそして開き枯れてゆくのである。
花も短いが一つの命なのである。


この花屋は小さいけど花屋はフラワーアレンジメントができないとまた花や植物に詳しくないとできない。
誰でも簡単にできるものではないだろう。
ただスーパーのように墓に飾るだけの花なら何の技能もいらない、ただフラワーアレンジメントになると花や植物に対するセンスが必要になる。
花の技能検定資格があり二級をとっているというのもそのためなのだろう。
今はまずスーパーとかに対抗するにはそれなりの技能やセンスがないと店はやれない
同じだったら安い方がいいとなるからだ。


前も相馬市の駅前の花屋のことでいろいろ書いた。フォトブックも作った。
あそこもセンスがあり花に詳しい。ただ夏の内は行ったあとはいろいろな問題が起きて行けなくなった。
花屋は店で個性をもつことができる。
フラワーアレンジメントはその店の主の独特のものを作れるからである。
それは店によって店の主人にとって違ったものになるからだ。
あそこの店ではこんなものを作った、向こうの店では別なフラワーアレンジをしていたとかなり
それぞれの個性があり店を回ることが楽しくなるだろう。

ただフラワーアレンジメントは金がかかる。
だから普通の人はしない、男性でしているのもまれだろう。
自分はもともと花は詩にしたりしてずっと興味をもって追求してきたので
フラワーアレンジメントの世界に最近惹かれたのである。

要するに人間は金をもっていてもそうした自分なりの感性や鑑賞力がなければ金も使えないのだ。
ものを買うにしてもそれに詳しくならなければ買えないのだ。

そしてわかったことはオランダでフェールメールなどの絵画が興隆した時期は貿易で栄えて裕福になった時だった。
だから絵画の需要が増えたのである。需要が増えればやはり絵画の注文も増えるし画家も腕を競うようになる。
チューリップに異常な値段がついたのもチューリップバブルになったのもこの時期だった。
花屋でもこうした裕福な人が増えれば花が高くても売れるのだ。
でも花は何か高尚でもあるかもしれない、フラワーアレンジメントになるとなかなかやる人は少なくなる。花を見る目がない人はしないだろう。
花を見るということはその花を見る心が大切になる。
花を見るには純粋な曇りなき心が必要になってくる。

だからまず野に咲いている花を見ることが鑑賞力をもつことに通じる。
野の花はそもそも無料なのである。野に咲いている花こそ花本来の美を映えさせるのである。

ただフラワーアレンジメントも花の個性をそれぞれ際立たせるものだということを知った。正月用の飾りもそうだったのである。
花の世界も相当に奥深いものがある。
花の種類が多いからそうなる。今は外国産も入ってくるからバラエティにとんだものとなるのだ。


やはり日本はこれから成熟社会になり文化興隆の時期になるのだろう。それは国風文化の回帰だがその前にはこれだけ西欧化したのだから国風欧風文化になる。

その一つがこの正月飾りにもあったのだ。普通はチューリップを取り入れないからである。日本風な花がメインになるのが普通だからである。

今年もフラワーアレンジメントの世界を追求してみたい、フォトブックをまた作ってみよう。

今年の希望としては詩集を別に作りたいということがある。これは詩集の部をプログに作ったが三つを同時にやることはできなかった。詩集は別に本のようにして出したい
連作したものがあるからだ。


ともかく新年おめでとうございます


今年もプログをかき続けますのでよろしくお願いします

 

正月の寿春-正月は日本の文化


正月の寿春-正月は日本の文化

kingashinnnenn2222.jpg

クリック拡大

ganntannn1111.jpg
shougatuuuuu1111.jpg
正月と刻まれている-北泉の延命地蔵神社




正月の寿春


円は満願、調和、円満
紫菖蒲は清楚な妻
チューリップの大きな蕾
未来へ開く瑞々しい若さ
葉牡丹は田舎的素朴質実
若松は初々しい命の緑
黄色の蘭は無垢なる幼児の色
正月に床の間に映えて
この家を言祝がむ


広き家に初日のさして一年の穏やかにあれ老いてくつろぐ



正月という気分は失ったけど正月は明らかに日本の文化を色濃く反映されていた。
それは農耕社会だからそうなった。餅花などを飾るのは豊作を願って農家の人が手作りで作っていた。そこに意味があった。自分で作るものと買うものではそもそもその差が大きいのである。自分で作ることにより愛情がわくし作る過程でいろいろなことを学ぶ。
だから労働は商品を売るという近代的なもの貨幣経済で本来の意義を全くゆがめられてしまったのである。

なんか正月飾りを餅花を一万で売っているとかいう人がいた。買うから高くなるんだよなと言っていた。もともと農家で自家生産しているときそうした伝統的なものには意味があったのである。ただ買うだけだったら意味がない、餅花を作ることで豊作の願いをその過程でこめられていたのである。
その作り方も祖父母とかに教えられるということで伝統が受け継がれ村の暮らしが受け継がれていた。


本当に家事をしてみるとわかるけどいかに買うかが問題になる。多種多様なものがありその売っているものがわからないのである。玉子焼きに入れる具まで売っているしあらゆるものが売っている。だから買うことが生活することになっているのだ。
そういうことは何か変だと思うけど忙しい時代には便利であり家事ができなくても一人で自分はしているし介護までできるのは買ってしているからである。
これを人手でまかなっていたら専用のお手伝いさんが必要になるだろう。
それは大金持ちでないとできない、結局今どきそうしたお手伝いさんという仕事は誰もしたくない。だから機械と買うことでまかなっているのだ。

ただ人間の生活はいつも同じではない、常に変わってゆくからその変わることをいちがいに否定できない、伝統も常に新しくされるて意味あるものとなる。

今回の正月のフラワーアレンジメントに感心したように新しいものが取り入れられると
別な様相を帯びて伝統は受け継がれるのである。
昔のままがすべていいとはいえないのである。
戒名なんかいつまでつづけているんだと思う、もうそんなことに意味がないことが一般的になっているからだ。なんのありがたみもないのである。
以前として同じ題目をなど唱えつづけているのもそうである。
でも以前としてつづいているのは伝統というのは簡単に変えられないものがあるからだろう。


正月は日本の文化である。なぜなら年賀とか正月の儀式などは韓国などにはなく年賀などは日本のまねたのである。韓国には明らかに古代から日本の文化も入っていたのである。前方後円墳があったことでもわかる。それだけ古代から深い交わりがあった証拠である。日本の文化というときそれも現代では何かわからなくなっている。この正月飾りは日本文化であり生け花がそうであり茶の湯の道もそうである。それらは一体としてあった。
もちろん大和言葉も日本の根底を成す文化そのものである。民族の言葉を失ったらそもそも文化は喪失する。

ただこうした日本文化の根底を作っていた農耕社会が失われた時、日本の文化も失われた。巨大な工業社会となり一割くらいしかGDPを示していない、そうなると工業社会となり工業優先の社会となるのだから農村的文化は必然的に失われる。
原発がこの辺で作られたのはそういう時代の変化があった。

南相馬市の金沢に江戸時代の碑が二つありそこに正月と刻まれていた。正月に建てたのであり正月が一番一年で大事であり農耕社会ではそうだったから二つも正月と刻まれていたのだ。金沢の北泉の延命地蔵神社は村の中心だったのである。そこにいつもお参りしていたのである。
特に正月は大事だから正月を祝うために建てられた。そして長生きしたいということで延命地蔵を祭ったのである。
今までは注目してなかったが津波であの辺の村がなくなってしまった。そして延命地蔵神社が残ったので注目したのである。そこには江戸時代の碑が地層のようにあり村の要だったのである。


 我が形見見つつしのはせ 荒珠 (あらたま) の年の緒長く我も 思 (しの) はむ(587) ... 笠女朗


この歌は物として残った形見である。それは歴史的にもそうして残ったものが無数にある。人は死んでも物は残る。だから残されたものに死んだ人の思いがこもっていて何か物が捨てられないのである。物は単なるものではない、何らか人間の心がついているのだ。
悪い念がものにはついている場合がある。するとその物をもっていると触れると悪い念にもふれることになるから怖い面がある。単なるものは物じゃないかというけどそうでもない、奇妙だけど自分の家に他人の茶箪笥が何カ月か置いてあった。それは夫が若い時苦労して買って妻に与えたものだった。それを長く使っていた。その妻は7年前くらいに死んだという、するとその死んだ妻もその茶箪笥と一緒にそこにあったような気になったのも不思議である。別にその女性のことは全く知らないけどそう感じたのである。
それは長く使っていたから余計にそうだったのである。

家というのもまたそうして長い年月人が住んでいるから単なる人が住む入れ物ではない、特に古い家はそうなる。家霊とか住み着いているともなる。

ともかく家は広い方がいい、気分も広くゆったりしてくる。最近家が大事なことがわかった。それは今までは六畳の狭い部屋に寝起きしていたが今は八畳の間でで寝ているし廊下も広いからゆったりするのである。老後は意外と家が大事である。くつろぐ家が大事になる。だから仮設に住んでいる人は嫌になっていると思う。なぜなら田舎では広い家に住んでいたからである。農家などは家と土地とか一体化していた。前田があり前畑があり生産と一体化していた。それが人間の原点の生活だった。

日本はそもそも土地も狭いし広い空間を確保できない、家も狭いから茶室が生れた。
家は相当に精神にも影響するだろう。家が狭いと思想的にもゆとりがなく偏狭なものになってゆくかもしれない、都会では窮屈な空間で汲々して暮らすほかないから嫌である。

自然を知るには田舎に住まない限りしりえないと思う。
花でも生け花でももともと自然を基にしたものである。菖蒲にしてもそれは湿地帯にもともと咲いていたものであり湿地帯に映えるのである。そこに花のエッセンスを解読する。生け花の基本は野の花にあったのだから田舎に住まない限り本当は花についてわからないということがあるのだ。高山植物は高山に咲いてこそ映えるものである。
ただ文化というのは野のままではない、そこに必ず人間的なものと変容して文化となっているのである。


とにかく今年は平穏であってほしいいうのが願いである。もう一身上のことでも回りでもいろいろなことで疲れてしまっているだろう。結局六年間はそうだった。もう生きることに必死になり追われているだけだった。これほどの激動があるとは思いもよらなかった。なぜなら自分の30年間は平穏無事だったからである。一回水害があったがそれもそれほど影響しなかったのである。まず津波で家を流された人の気持を考えるとその人たちの傷はなかなかえ癒えないだろう。これほど人間にとって家が大事だという時その家が一瞬にしてなくなった、家族も死んだとなるとその傷はなかなか癒えない、でも三年目になるからそろそろいつまでも嘆いてばかりいられないだろう。

 

おせち料理は縄文時代からの日本人の食料 (今見直されるべき国風文化,日本人のルーツ)


おせち料理は縄文時代からの日本人の食料

(今見直されるべき国風文化,日本人のルーツ)


日本のお正月のおせち料理は、縄文文化そのもの。現在も、縄文時代と同じものを食している。お餅も、米は無かったがサトイモによるお餅があった。
勝ち栗、昆布巻、ごまめ、牛蒡、蓮根、人参、里芋、くわいなどが中心で、他にもこんにゃく、大根黒豆、かずの子、焼豆腐などを使っていますが、多くは日本人が四季折々に食べてきたものの


黒豆 イワシの幼魚の佃煮。 カタクチイワシを田の肥料としたところ五万俵ものコメが収穫できたとのいわれに由来している
(酢ごぼう)

伊達巻
だてまき 「伊達」の由来は華やかさや派手さを表す言葉で伊達政宗の派手好きに由来することの他、
搗ち栗
栗金団
(くりきんとん) 搗ち栗(かちぐり)は栗の実を搗いたもの。栗金団は栗餡や芋餡を練ったきんとん。 搗ち栗は「勝ち」に通じることに由来
焼き肴
鰤の焼き物 ブリも参照。照り焼きにすることが多い。 出世を祈願。出世魚であることにあやかったもの[16]。
鯛の焼き物 鯛も参照。元は神饌。 「めでたい」の語呂合わせ
海老の焼き物 伊勢海老を使うことが多かったが、高価であるため、クルマエビなどが使用されている。 長寿を祈願した縁起物
鰻の焼き物



最近和食が世界遺産として見直された。ところが現代は和食が何なのかわかっている人が少ないだろう。子供にしろハンバーグとか肉類の洋食が主流である。
日本人はもともとおせち料理が基本的な食べ物だった。魚や昆布など海産物が主流である。貝ばかり食べていたという巨人の伝説も各地にある。新地にもある。米を食べる前の食料は海産物と山の幸をミックスしたものだった。それがおせち料理にある。栗などは山の幸である。ただ米がとれるようになって米が主流になった。カタクチイワシをた田の肥料にしたということは海産物が農耕にも役立っていた。農業は肥料で苦労しているのだ。
焼き畑が盛んになったのは森を燃やして肥料にしたから手間がかからないからである。
それが自然破壊になっていた。

魚類や海老などを縄文時代から日本人は盛んに食べていた。それだけ海の恵みに頼っていたのである。海彦山彦が日本人のルーツである。海と山の世界であり平坦な地が少ないからそうなる。それぞれの民族を作るのはその土地のまず食である。食なくして人間はまず生きられないからだ。だから民族の骨格を作ったのは食である。その食はその国の風土から自然からもたらされた。だからおせち料理とは神に献げたものであり神とともに共食するという儀式であった。神にまず献げて神からいただくというのが基本にあった。
そういう儀式は一つの信仰的なものがあった。
こういうことが現代では経済効率優先で失っていった。そのことで何が起きてきたのか?

それは食べ物が基本的には神から与えられるものでありそれをありがたくいただくという自然に対する畏れとかがなくなったことである。

何かというと今は権利を言う、生きる権利がある。最低限の保証をしてもらう権利がある。生活保護は当然だとか常に権利ばかりを言う。食べ物も神からいただくのではない、人間が生きるための当然の権利だとなり神に感謝している人などいなくなった。
もっと魚をとって売りたいが魚がとれないとか嘆くだけである。

そして漁業組合では原発利権の方が巨額だから漁業権を原発に売ってしまった。
そもそも漁業権が魚をとる権利のことである。それがなぜ漁業者だけに与えられているのかがそもそも矛盾なのである。資源保護ならわかるが魚をとる権利を売ってしまうというのだから資源保護にはならない、ただ原発利権のために共同していただけだともなる。
こういうことは別に漁業だけではない、自然にかかわる職業はみんなそうなっているのだ。神に自然に感謝している人などいない、絶えず売れないとか商売にならないとかいう嘆きだけなのである。それだけ買うものが増えたから金が欲しいからそうなるのもわかる。でもそういう人間の限りない欲望が神から見た時許せないということもあった。
権利、権利と言うがこの世のものは自然は全部神が作り神のものなのである。
人間のものなど一つもないのである。土地でも食料でも何でもそうなのである。
人間のものなど一つもないのである。だから神に対して権利ばかり主張していたら傲慢だとなり罰せられるということもある。


それは何も自然とか神に対してだけではない、人間の間でも常に起こってきている。
前にも何度も書いたけど看護師でも何でも人に与えたり尽くしたり働いているのになぜ感謝しないのだろうとなる。ただ当然の権利だとかばかり言われたらその人のために働くのも嫌になるだろう。現代の人間に感謝する心が極めて少ない、ただ足りない足りないもっとくれもっともらう権利があるしかない、誰一人として自分が苦しい時働いてくれた人はいないけと絶えず金だけを要求してきたのである。
今確かに食を見直す時なのだろう。日本ならおせち料理は何だったのかと過去にさかのぼり考える必要があるのだろう。ただ自分は古い家でもないからおせち料理自体食べたことかない、一般的に高いからあまり今は食べないだろう。だからこの言に関してあまり言えないということがある。

でも何か日本人の原点にもどることを国風文化の再興の時代ということは書いてきた。
その国風文化にばいろいろあっても食も基本にある。
それがおせち料理でありそれは日本人が縄文時代から食べてきたものであったのだ。

クリとグリと一つのもであった。グリは石だけど貝などもさしていた。海の幸と山の幸が基本的な食料だったのが日本だったのである。山芋があり里芋になった。もともと山にあったものが栽培されて里芋になった。日本では山と海が接近している所が多いのである。熊野などは典型的な地勢である。この辺では新地がそうでありそれで鹿狼山(がろう)には手長明神の伝説がある。長い手を伸ばして貝をとっていた巨人がいたというのである。
新地の地勢と海と山が接近していることなのだ。だからその伝説も実際の生活から生れたものであることがわかる。相馬市とか南になると海と山は結構離れている。
だからそうした伝説は残っていないのである。伝説もただ何の根拠もなく生まれるわけではないのだ。

正月というのは日本文化を見直すのにはいい、現代は日本人とは何か、日本人のルーツさえ何かわからなくなっている。欧米化で日本人たるルーツが見失われた。だからそうした日本人の文化のルーツを求める時代になる。それは日々食べる食にもあり言葉にもある。それが意外とわからなくなっているのである。最近ネットウヨとか何とか右傾化が問題になるがそういう国家的問題ではなくその基になるのは日本人のルーツであり文化が何であったかを知らねばならない、それで本居宣長が大和と唐風の言葉を探求して日本人の心を追求したのである。そういう作業が現代は望まれているのだ。

右傾化というけど自分たちの民族のルーツを基となった文化を知らなければ日本人としての自覚をもちえないのである。それは回りの強国にたいして軍事力を強化することではない、日本人として生きてきた過程をふりかえり歴史を見直すことなのである。
もちろん正月には中国文化にルーツがある。しかしそれだけではない唐風だけではない日本独自の文化を見直したのが本居宣長だったのである。
つまり自分でもそうだが日本文化が何か知らないし外国にも説明できないのである。
それで明治維新の時、武士道を外国に紹介したことでもわかる。
明治維新以来欧米化に席巻されて日本古来の文化が見失われた。ということは日本人の骨格が失われたということなのだ。
ただ欧米化したものがすべて悪いというのではなくそういうものに一辺倒になったら日本自体がないものとなってしまう。そしたら日本の独自性もなにもなくなってしまうのである。

正月俳句(近くの森で見つけた榊)


正月俳句(近くの森で見つけた榊)
shiguregold111111.jpg

twotreesssss1111.jpg

正月に時雨やあわれ年重ぬ
二本の樹の契りや寒椿
初日さす松風鳴りて里の森


正月に森の中見れば榊かな瑞々しくも生いたちにけり

hatuhiiii11.jpg


sakakiii111.jpg


今日はまた時雨だった。正月に時雨というのもめずらしいと思った。
それからまた川子の森の方に行った。松に初日がさしていた。
あそこの松は細いし貧弱である。でも近くに森があるだけでもいい。
規模は小さいが森は森である。


農家の庭にはやはりあの日本の樹が立っていて寒椿が咲いていた。
あの二本の樹は契るように立っている。それは津波の跡に残された二本の樹もこの樹のように今も離れがたく立っている。
今日は結構風が吹いて寒い元旦だった。
日本の天気は変わりやすい、刻々と変わっている。だから俳句的感覚が養われたのである

川子の森にゆくのは坂を自転車で上り海も見えて気持いいからである。ただあの森は本当の森ではない゛、埋め立て地の森である。だから森として貧弱である。松も細いし見栄えがしない。右田の松原はいい松があったが津波で消失した。

この森で見つけたのは榊だろう。シキミではない、これはまちがいやすい。
森にあったことがめずらしい。近くに森があればこうしていろいろ観察はできる。
近くに自然があるのとないのでは相当違う。近くにあれば日々の生活と一体化するからである。時々遠くに行って感じるのとはまた違ってくる。なぜなら毎日のように行って見て感じるからである。だからあの農家の二本の樹は必ず見ているのだ。
今日は寒椿が咲いて映えていた。


折口信夫の門松の話は面白い。山の人もそうした山の木などを売りに来た。
その山の人がそういう木などを売った場所がイチになった。


山の神に仕へる神人ジンニンがあつて、暮・初春には、里へ祝福に降りて来たので、その時には、いろ/\な土産ものを持つて来て、里のものと交易して行つたのです。此交易をした場所を、いちと言ひました。


このいとは息(いき)であり生きるでありいるでありいつくでありいちもそういう種類の大和言葉である。山人が天狗とか神秘化されたのは結局互いに交流がないことから起きている。滅多に山から人はでてこない、出れないのである。遠くに行くことが道も明確にない時代であり行けないのである。だから春にようやく遠くへ行き市が立つのである。
隣村さえ江戸時代でも遠かった。人と人は交わらない自給自足の生活をしていたのである。それでも春には遠くの人とも交わる場があった。それが市だったのである。


門松の話(折口信夫)
http://www.aozora.gr.jp/cards/000933/files/5013_14215.html

 

2014年01月02日

正月の松


正月の松

KINNGA2014YEAR.jpg

正月や若松に添えし菊花かな


正月や若松にそえ五葉松その常盤木の松こそ良しかも

葉牡丹の六輪ほどの家に咲き外は北風唸り吹くかな

HABOTANNNNNNNN111111.jpg

 
若松や根引き松は共に黒松なんです。一般に、3年から5年の密集して作られた黒松を、若松と名づけられています。密集しているので、枝が横に伸びずまっすぐ上に伸びます

若松という地名が結構ある。北海道に黒松内という駅があった。そこは確かに黒松の森だった。昼なお暗い黒々とした森だった。日本は松の国でもある。だから松とつく地名は多い。松は一番人間的なのである。一番人間に親しい樹なのである。
緑が濃いのは五葉松である。松と菊はやはりあっていて正月らしい。

植物に関心をもつのは農耕社会である。八割が農民だったときは自然の中で生きていたから必然的に植物にも詳しくなり自然の生命に通じることがあった。それが神道でもあった。だが工業社会になると例えばエネルギーのもとが太陽ではない、石油とか原発になると太陽を崇めることがなくなる。石油や原発が原子力が神にまでなる。ということはその原子力を作り出す科学者が神のごとくなるのだ。それは医療にも言える。科学で病気がすべて直せるとなると医者は神のように崇められる。それは今ある程度は起きているのだ。
現代とはそういう自然から離れた科学技術社会なのである。
その呪いが原発事故にもなったのである。


今日は風が強かった。だから遠くに行けなかった。一日寝ていた。
正月といっても正月らしい行事がないのもやはり農民のように直接生活と結びつかないからだろう。会社員であり工員であり商売でも自然と直接結びつかないから何か正月といってもただ年が変わったなくらいの感覚しかないのである。
これだけの工業社会は自然のリズムから離脱してしてしまった。
時計が季節を決めたりして自然のリズム感を喪失する。


松という時今でも農民は刈田に松の枝を挿して豊作を祈る、松は単に飾るものではなく農耕とも密接に結びついていたのである。生け花は遊びとしてあるがもともとそうしたものも農耕と結びついて起きてきた文化であった。
農耕社会から工業社会へ急激に変化した結果、自然への感覚が喪失していったのである。

俳句が写生だというとき、葉牡丹をとったとき玄関のマットも写っていた。これも葉牡丹とあっている。
つまり見たままが説明することなく何かを現しているのが写生なのである。
つくづく写真で見るとまた違って見えるのも不思議である。紫色が何か一段と濃く見えるのである。
実物があり写真でも深く見るとういことがある。
ただ富士山なんか写真で何度見ても感嘆しない、やはりあれだけ大きくなるととても小さい画面には収まらないから感動しないのだ。
花だったら小さい画面に収まりやすいから写真でも実物の感動を伝えられるのである。

2014年01月03日

円山応挙の松と鶴の絵(賀春にふさわしい絵)


円山応挙の松と鶴の絵(賀春にふさわしい絵)

kingamatu11111222.jpg

matumaru111.jpg

今年こそ平和なれこそ鶴と松


常磐木の松こそよけれ優雅にも辺り乱さず鶴の歩みぬ

松が根の大地に根づき離れざる幹太しくも年を重ねぬ
厳かに雪にたわみし松なれや幾歳ここに動かざるかな
隆々たる松にしあるかな新年に興隆願う我が住む地かも

松と鶴穏やかにあれ日の本の国に生きゆく幸を知るべし

matuyuki1111.jpg

 

丸山応挙の松は松というものの特徴を巧みに描いている。迫力がありやはり傑作である。こういう絵は日本人しか描けないものだろう。日本はいたるところに松がある松の国だからである。松の面白さは真っ直ぐでないことである。幹もくねり枝もくねりそれが人間的でもある。松は極めて人間的なのである。一個の人間に見えるから親しいものとなる。
雪にたわむ松も何か人間に見える、真っ直ぐでないから人間に見える。
くねり曲がりつつ人間が耐えているという感じにもなる。
幹にしても重厚であり松の姿を巧みに現している。分厚い忍辱の衣のようにも見える。


「忍辱の意味」

つまり「私が受ける災難は私への指名」であって、誰にも代わってもらえない、と確認するのが「認」、すなわち「忍」と同じ意味になります。
確認できれば、歯を食いしばってではなく、納得して耐えることができるでしょう。

http://buddha.kokaratu.com/08.html

人間の苦しみはその人だけが受ける苦しみであり誰も引き受けてくれないという。苦しみはそういうものなのかもしれない、自分も全く自分の苦しみを理解してくれた人がいない、自分が苦しんでいる時かえってかえって火事場泥棒だ、借金の要求だ、自分に対して何かと苦しい時に要求してきたのである。人間は人の苦しみを理解しない、かえって人が弱る時、チャンスとなり攻めてきて自分の欲望を先行して責めてきた。
人の苦しみを全く思わないでただただ自分達のことばかりを要求してきたのである。
まず病気のとき相手のことなど思う余裕がない、でも自分が苦しんでいるときそんなことは一向にかまわない、自分たちのことのほうが大事だからそうしてきた。

そういう勝手な人間とは縁を切った。ただただ自分のことしか考えない、他人は自分の欲望を満たすものでしかないのである。それは病気でも同じだから人間は残酷なものだと思った。人間の苦しみは誰も代わってくれないというのは確かにそうなのだろう。
ところが借金している人はその人自身が作り出した難なのに他者にまた借金を要求して責任を肩代わりさせようとする。それは自分が作り出した難であり自分で解決しろとなるがそうは思わない。他者を責めてくるのである。
ともかく人間ほど勝手なものはいない、人間は自分のことしか考えない、そもそも相手の痛みを知る人がいないから人の苦しみは自分自身しか耐えるほかないとなる。

ともかくこの六年から七年間は苦しみの連続だった。それは内も外もそうたったのである。自分自身にも外でも津波だ、原発事故だと災いがつづくのは何なのだろうと思いつづけたのである。災い明らかに人間によってももたらされた。そして災いは自然によってももたらされた。両方が一緒になって災いは災いを生んだのである。
なぜこれほどの災いが自分にまた自分の回りに生じたのか?その原因は何なのかと思いつづけた。仏教なら何らかの原因があり結果があると説く。やはり人心の乱れも自然に影響して津波のような大災害も起きた。なぜ漁港が壊滅状態になったのか?それはあまりにも震撼とする恐るべきものだったのである。言語を絶する恐怖だった。だから漁業にたずさわるものの天罰だったとか言われるのもそのためである。
原発事故にしてもそんなもの建てるなという自然から神からの警告だったかもしれない、現実そういう結果になっているのだ。


円山応挙の時代は平和な時代だった。鶴もいたし自然と調和した生活だったからこのような絵も生れたのである。鶴はいたるところにいたのだ。鶴の歩みは優雅である。鷺もそうであるが鶴はやはり鳥では白鳥とならんで最高の吉兆の鳥なのである。
それは日本の松と調和していたのだ。円山応挙の松は南相馬市の原町区の泉の一葉松をイメージさせる。やはり江戸時代も国風文化が充実した時であり現代も欧米文化から国風文化へシフトする時代になっているのだ。
正月という言葉にしても正道とか正のつくのはもともと仏教に由来していた。
正月というのもそういう言葉の由来がある。身を正す月なのである。
大和言葉では睦月(むつき)だからむつみあう年である。現代で一番欠けたものが人間が睦み合うことがなくなったことである。江戸時代がみんなよいとは言えない、でも江戸時代は人々は睦み合っていた、それは自然ともむつみあっていた時代だったのである。
そういうものが必ず芸術に反映されている。円山応挙の絵でもそうだったのである。

2014年01月04日

新年の恐怖(ウィルス侵入?) (プロバイダーが遠隔操作で解約の手続きの前に変えられるのは問題)

 

新年の恐怖(ウィルス侵入?)

(プロバイダーが遠隔操作で解約の手続きの前に変えられるのは問題)

apurov1.jpg

一時期ウィルスが入りパソコンが使えなくなった。これは相当な恐怖だった。通信が麻痺してしまうことはこれは現代では恐怖である。最初からやり直すのも大変な手間である。大失敗はTOPPAというプロバイダーに簡単に変えてしまったことにあったのかもしれない。プロバイダーなどどこでも同じだと思っていた。
それでNTTの新しい会社ですということで安いので電話一本で解約できるというので変えてしまった。遠隔操作というのもわかりにくいけど簡単だから一回経験するとこんなに簡単にできるものかと思い変えてしまった。
あとでHI=HOからそうした手口で勧誘するプロバイダーがあるから気をつけろというビラが配布されてきた。プロバイダーにもランクがあり最低のランクのプロバイダーも多い。そこを調べていれば良かったのだが遠隔操作で簡単にできるのとnttの新会社で新しいサービスが受けられるのかと思ったのが失敗だった。

これはでもそもそも簡単にプロバイダーを変えられることが何かおかしいのである。
まず最初のプロバイダーとの解約が成立してからプロバイダーを変えるのが順序のはずである。簡単に変えてしまいることがこのような問題を生んだのである。
つまりインターネットはまだまだ新しいもので法も整備されていないのだ。
簡単にプロバイダーは許可すべきものでもないのかもしれない、なぜなら今回のウィルス侵入でパソコンか使えなくなったことは恐怖だった。
これは一時的にでも通信ができなくなることでありインターネット社会になったら仕事もストップしてしまう甚大な被害になる。
グローバル化社会で通信が生命線だというときそうなる。

例えば株式をしている人などは一刻一秒を争い巨利を得ているから通信がストップしたら大損害になるだろう。北前船のテレビ番組で北前船がさびれたのは無線の通信技術が生れて売る売らないということを瞬時に連絡できたからだというのも意外だった。
それまでは船に乗った人が情報を伝えていたからである。その時間差が大きいから情報に価値があった。
情報というのは瞬時に伝えられて判断することが強いられる場合が普通の生活でもある。つまりこの世にわからないことが多すぎるからだ。
その時誰かに聞くにしても聞けないのだ。するとインターネットでキーワードで瞬時に調べて理解して助かったことがある。


自分の身内が認知症になって暴力になったとき、何なのかわからず恐怖してとまどった。その時インターネットで瞬時に調べて相手の目を見てとにかく落ち着かせろというと書いてあった。それで自分は相手の目を見てとにかくお茶を出したりして落ち着かせたのである。それは確かに効果があった。でも家族の一人は恐怖して目を見ることができないので一緒にいることができなくなった。認知症ほどまたわかりにくいものがないしそれを急に暴力になったので対処する方法がなかったのである。

もう一つは生活保護者のことも知らなかった。生活保護者は遺産相続するにしても百万でももらえても生活保護が停止されるのである。だから見つかれば即停止だし一円まで貯金通帳を調べられるという。また援助した人も罰せられるとか怖いものがあることをしった。そのことを生活保護者本人が知っていなかったのである。だから金を要求してきた。
こういうことがわかったちら生活保護が停止されるからとりかえしのつかないことになっていた。つまり現代では知ることが多すぎるから知らないことで大損害になることが多々ある。そしてそういう緊急の場合相談する人が近くにいないからだまされやすいというのも言える。


現代生活は家事するにも結構いろいろなことを覚えなければならない、一回はトイレの水洗がつまって水があふれてパニックになった。これも実際は道具を使えば簡単にとめることができた。水の流れが悪くなっただけなのである。次に台所の流しの流れがつまった。これも自分ではずして中を洗い出して直した。こういうことも急に起きるから対処できなくなる。人間はつくづく急激に起こることに弱いのである。
普通の日常生活でもそうである。

確かにパソコンでもインターネットでも技術的にはかなり成熟してきたから前とは違って簡単には壊れないが、実際に今でも壊れるしデーターが消失する危険があるから怖い。
パソコンは今でも不具合が起きることがあるのだ。そしたらもう直せないのである。

やっぱりインターネットでも大事なのは安全性である。ウイルスが簡単に入るようでは安心して使えないだろう。それはプロバイダーの責任なのか誰の責任なのか、個々人でウィルスソフトを入れないのが責任なのか?プロバイダーでウイルスをとめるようにしていると普通はなっている。でもこれもプロバイダーでもいろいろあるからわからないのだ。
プロバイダアーただつなぐだけのものでどこも同じだと思っていた。
それでもnttで回線を使うことを許可してできる。それでランクづけがあった。
NTTがインターネットの許可権をもっていたのである。ここで安全を計らないと安心してインターネットも使えないのだ。それは原発事故でも同じだった。

安全は政府で計らない限り守れない,なぜなら民間ではどうしてもコスト競争がありそのために会員を増やすために嘘をついたりするし安全もないがしろにされるからである。
特に原発ではこれだけ危険なものだったのだから安全を守るのは政府だったのである。
だから保安院が全く機能していなかったことは政府の責任だったのである。
インターネットでもウィルスとか個人では完全な安全は保てないから政府で安全を保つ方法を制度でも作るべきなのである。
ウィルスはもう現代ではインターネット社会になったら重大な犯罪なのである。

hkhooooo222.jpg
クリック拡大

 
posted by 老鶯 at 12:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2014-地球の色(抽象画)




2014-地球の色(抽象画)

globecolours.jpg

matumaru111222.jpg

2014年の自分の運勢はいかに? (災厄の六年間は過ぎてこれからどうなるか?)


2014年の自分の運勢はいかに?

(災厄の六年間は過ぎてこれからどうなるか?)


2014年の運勢〜あなたはこんな「幸福」を手にします
2014年の運勢〜あなたにこんな「試練」が訪れます
2014年の運勢〜あなたの「仕事運」について
2014年の運勢〜あなたの「恋愛運」について
2014年の運勢〜あなたの「金運」について
2014年の運勢〜あなたの「対人関係」について
2014年の運勢〜あなたの「健康運」について
2014年の運勢〜あなたの「旅行運」について


新しい仕事、新しい出会いがあります。腐れ縁の彼、彼女とお別れして心機一転、目先を変えることが幸運のカギです。

占星術における2つの大きな真実の惑星が、私たちの野望と達成を形づくります。一つ目の惑星は、先見性のある木星。木星は感性豊かな水の星座である蟹座で新年を迎え、野心と信念、そして真実が、私たちの感情を通じて表現されます。
https://joshi-spa.jp/57603


8月頃から新生日本がはじまるでしょう。結果的には吉の年です。
夏頃から経済的にも上向き、諸問題も解決していくことでしょう。

経済界では大企業の合併が多いでしょう。
ただし、来年は経済や物の年ではなく、精神的なもの、情報や音楽、芸能、芸術の年です。

2014年は「火」と「太陽」の年です。伊勢神宮への参拝が開運につながるでしょう
http://umigasukinanoda.blog135.fc2.com/blog-entry-274.html

自分の運勢はまずプログにも書いてきたようにこの六年間あらゆる災いを受けてきた。身内の認知症からはじまり自分の病気で二回入院して手術もした。その間に大きな犯罪にもあった。病気の時にも心配する人は一人もいなくなっていた。これまで親戚関係にあった人はろくでもない人しかいなかった。だから何の助けにもならなかった。
借金しているからこれ幸いと責めてきた。他人はさらに露骨に犯罪に及んだ。
それも信じられないことだった。なぜ自分がひどい目にあっている時、全く同情もしない、いたわることもされなかったかというとそういう余裕がない人ばかりたったのである。金がなくぎりぎりで生活しているから強盗のようなことまでしかねない人である。
大きな借金しているから相手のことを思うより借金で頭が一杯で借金を要求してくる。病院にまでそうである。自分が弱っているから要求しやすかったのである。
そして自分自身もそうだったが津波や原発事故という大災害も並行してあった。
これも家族が死んで家も流されたとかその痛みはまた自分よりひどいものだったともいえる。内外ともにこれほどの災厄はなかったのである。


そして去年はそうした災厄から健康も回復して立ち直る時期だった。だから去年は楽な一年だった。その中で縁が二つきれた。対人関係というのもこれも実際は人生の中で絶えず変わっているのだ。どうしも親戚関係が因縁が深いからなかなか切れない、でもそれが悪因縁と化してくる場合があるのだ。親戚であろうが一方的に援助ばかりさせられるとなると必ず切れる。互いに助け合うものにならないかぎり人間の関係はつづかないのだ。
恩を受けたというとき必ずカルマを積んでいる。借りができているからどこかで平行をバランスを保つために返さねばならないのである。一方的に与える関係は成り立たないのである。そして借金でも恩でも返せないくらいカルマをつむとその人は家族はやがて破綻する。カルマは必ず返すことが要求される。ツケは必ず返すことが要求されるのである。
それに気付かないで一方的に要求ばかりしていたらその縁も切れるしまたカルマを返すことを他から要求される。


なぜ自分が今近くすら自由に外出できないのだろうか?どうしても介護しているから一人しかいないから6時ころまで帰らねばならなくなっている。するととても旅行などできない。近間しか行けないのである。それも自分ほど自由に旅した人はいない。
それが実はカルマとなっていたのだ。お前は十分に旅をした自由に生きた、だからもうお前には自由がないというカルマを課せられていたのである。そしてなぜ自分がこんなに苦しい目にあったのかというとこれもカルマだったのである。30年間は平穏無事であり気ままに過ごした。それが一変して苦難の連続になったのはカルマが実はたまっていて返すことを要求されていたのである。他の人はそれぞれ苦労しているからである。
人の苦難は何らかのカルマが積もり積もってそうなっているのだ。
それが60以降には否応なく必ずカルマを返すことが要求される。結果として現れるのである。健康でもカルマを積んでいるから酒とか飲みすぎていたとか健康に悪いことをしていた人はどうしても何らかの病気になりやすい。60代はそうでなくても病気が現れやすいのである。


対人関係は二つの縁を切ったことでそれは好転の兆しとなる。悪因縁の影響は実際は大きいしそういう悪い因縁をもちつづけると新しい幸運もなにも破壊される恐怖があるのだ。だから離婚するということはそういう因縁をたつことですべてが悪いとはならない、でも結婚の場合は双方に責任が生じている。だから一方で若ければ別れられないとなりストカーになり殺人までなる。それだけの深い縁が作られていたのである。だから縁を結ぶということは結構怖いことなのである。結婚などは相手のことが本当は知り得ようがないところがあるからあとでこの人はこんな人だったのかと後悔することが多いのがわかる。
でも結婚したらその縁は深くなっているから簡単には切れないのである。


自分は蟹座だから確かに水と縁がある。だから海辺に住んでいるともなる。海辺が住むにはふさわしいのかとなる。もちろん神だけではなく水辺となると川もあるし湖がありそういうところが自分が住むにふさわしいのかともなる。それは一面はあたっているだろう。何か山国たと閉鎖されていやなのである。海が見えると広々として視界が開けるから解放された気分になるからいいのである。


ただし、来年は経済や物の年ではなく、精神的なもの、情報や音楽、芸能、芸術の年です

今年は経済の年ではないのか?そもそも日本は経済の年は終わっているのではないか?
もうこれ以上の経済成長を望むのは無理ではないか?だから株は下がると思う。
日本の経済は限界に達している。ただこれから文化の時代になる。国風文化の回帰になるということは書いてきた。それはこれからもずっとつづくのである。
富の蓄積があれば自ずと文化的なもの教養的なものにエネルギーをそそぐことになる。
自分は20代から書斎をもっていた。でもあまり勉強しなかった。
でもなんとか今になって実りつつある。だから集大成として詩集を出したいと思っている。

2014年は「火」と「太陽」の年です。伊勢神宮への参拝が開運につながるでしょう。


これもそうなのかな、抽象画が偶然にそうした火と太陽のような感じになったのもそのためか?パソコン抽象画は何がでてくるかわからない、それは偶然であり自分の才能ではない。だから何か占いともにているのだ。ええ、こんなものが生れたのか?これってなんなんだとかなりそれは今年の運勢みたいなものにもなるから不思議である。
伊勢神宮は太陽を祭っている。だから今年は本当は日本は興隆する年なのか?

まあ、予言的になると何かとてつもない恐ろしい想定外のことも起きるという不安がある。つまりもう人類の生存は限界に来て黙示録のような最後がくるんじゃないかという予感である。それは津波や原発で実際にこの辺では感じたことだったからである。
そうなると目の前のことにあくせくしたことも吹っ飛んでしまうだろう。
結局は人間は人類は宇宙の塵となり消失する。塵は塵に帰る。
そして新たな神による新世界が生れる。
そういう時期に本当にきているのではないか?そういう予感もするのである。

matumaru111222.jpg

posted by 老鶯 at 22:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2014年01月05日

町に咲く百輪の寒椿 (老人も元気な内は力を出し尽くすべき)


町に咲く百輪の寒椿

(老人も元気な内は力を出し尽くすべき)

kingatubakiiiiii111.jpg


新年や鴎飛び来る窓の外に

新年や力注がむ老いてなお


新年に百輪の椿この町に住みて生きゆくその一人かな

なんか知らないけど10年も老けている女性に尽くすことになった。今日は引っ越しを手伝ったりした。もう一人の老人は75歳である。その人はずっと親しくしてきた人である。
その10年も老けてしまった女性はいろいろ苦労が重なってそうなった。
子供も障害者であり恵まれていない、いろいろな負担がかかりあんなに老けてしまったのである。同年代の女性であんなふうに老けた人を見たことがないからだ。
60代でも今は相当に若く見えるからだ。


なぜその女性に無償で尽くしているかというと何か自分は恵まれたからカルマを感じたのである。恵まれた人もカルマを背負っているのだ。だから恵まれない人にカルマを返さなければならない、他に自分は親戚も子供もいないので何かの時助けてもらえると思い尽くしている。ただ別に見返りは要求していない。

前の親戚はひどかった。何するにもいちいちうるさくてやりたくない、そして要求ばかりしてくるのだ。それが借金なのである。あういう人はまずどんなことしたって頭が優秀でも何か事業に成功するような人ではない、あういう人は何かを簡単なことでも物を運ぶのでも絶対に無償ではやらない、何かと恩をおしつける。たいしたことでなくてもそうである。そういう人と自分が苦しい時かかわったことが最大の不孝だった。
それも因縁だったからどうしよもなかった。


ともかく今日は一日そんなことで体を動かした。75才の人は腰悪くしたとかであまり動けなかった。でも仕事していたからいろいろてことができる。自分はものを書くことができてもできない。まあ、老人でも三人でも集まればそれなりに力がでるということもある。いろいろ経験しているからタンスを二階に運べないと思ったが運べたのである。
独居老人が増えるからなんらか老人同士が協力しあないと生きていけない時代でもある。そういうことを市長選挙に出る渡辺一成の政策にあったことに好感はもった。


この辺では何か今までは意識されなかったこと、大熊町民だ双葉町民だ浪江町民だ、南相馬市では一番小高の人は小高としての意識をもたされたのである。
今まで別にどこに住んでいようがそんなに町民意識とか市民意識などもたない、もともと日本では共同の意識をもっていたのは部落単位の村単位の狭いものだったろう。
そういうところは労働も協同だから共同意識をもっていた。
それから大きくは相馬藩とかの単位である。でも町民意識とか市民意識とかそもそも日本人はもっていない、むしろ会社意識が異常に強くもったのが戦後だったのである。
そこでは協同だからともに働くから共同意識をもつようになったのである。


そしてなぜさらにそうした町民意識から離れられなくなったかというと避難した人たちは補償金をもらうために町民の籍をめけるわけにはいかなくなったからである。つまり補償金をもらうために町民意識を余計にもたられる結果になったのである。ただその連帯は補償金をもらうだけとなると何かボジティブなものにはならないだろう。

それぞれの市町村に住んで生きることは何らかの力となることである。でも補償金をもらっただけでは市町村の力となるとは限らないだろう。だから仮設に住んでいることはもう三年たったとしたら終わりに向かうべきだろう。仮設に住んでいてもただ補償金もらうだけであり何ら生産的なことはしないからである。


今日は消防の車が集結した。その数は多い、部落で二台とかあるとするとその数が多くなる。津波とかでは消防士が死んだりしたからその役目を見直したことがあった。


今日は寒かった。だから寒椿が映える。百輪の椿が咲くということは一人一人が椿のように力を出して咲くということである。老人が何もできないということではない、やはり力は出せるし市町村に尽くすこともできなるのてある。ただ介護されるだけになると負担だけになるのだ。自分は去年から身体障害者から脱したからかなり健康に感じている。
だから結構自分はまだ生きるという感じになっている。
今日はともかく結構力を出した一日だった。