2013年12月28日

今年の自分の十大ニュース (人間は弱者化したとき虐待したものを絶対に忘れない)

 

今年の自分の十大ニュース

(人間は弱者化したとき虐待したものを絶対に忘れない)

●身体障害者,病気から解放ささた
●近くの親戚の縁を切った
●遠くの親戚の縁を切った
●相馬市の花屋でフォトブックを作った
●新しい人と知り合った
●一回だけしか仙台に行かなかった
●ヤマハの電動自転車を買った
●ウィンドウ8を買った
●株があがり少し利益が出た
●庭の小松を一本切った


今年は去年までと比べるとかなり余裕があった。去年までは苦しみの連続だった。去年は手術もしたし苦しかった。でも身体障害者から解放されたことが最も楽にしたことだった。あのままだったら自分は悲惨な境涯から抜け出れなかった。
何であれ人間最大の不孝が病気であることを知った。
病気になれば金があってもどうにもならない、不孝のどん底になるのだ。
金で直るかといえは直らない、いくら金を積んでも直らないものは直らないのである
だから単身者とか身寄りがないとか頼るものがない人は病気ほど怖いものはない
介護もされないし同情もされない
医者や看護師でも家族をみていないとぞんざいにされるし虐待さえされる
それは老人ホームでも起きている。
病人が虐待されるほど怖いことはないし辛いことはないのだ。

そういう仕打ちを受けたものは絶対忘れない
一方で親切にされたとか恩を受けたとかそういうことは忘れやすいのである
弱者を虐待したものは絶対に忘れない

だから韓国でも中国でも日本人に虐待されたとうらみ続けている
それは過度なものであっても虐待された恨みは人間は忘れない
そう思い込んでいる人たちは必ず復讐してくる
その復讐は実際は怖いものなのである
つまり弱者はいつまでも弱者ではない
逆転して強者になるとき怖いのである。
親でも最初は子供でも絶対服従だけど必ず年取ったりする弱者になる
その時子供だからと親か同情したり介護するとは限らない
その時しかえしをされる恐怖がある。
それは虐待された妻なども夫が弱った時、虐待されるのである

つまり看護師とか介護士でも医者でも弱者ばかり相手にしているひ職業は意外と危険である それは弱者を相手にしているからいつでも強者としてふるまう
だから弱者の気持が意外とわからない人も多い
特に看護師などは若いからそうした弱者の痛みを知らないことが多い
それて平気で弱者をいためつける無神経さがあるのだ
それは無神経でもあるといえるがやはり弱者のことを知らないからそうなる
かえって強者には気をつかう、社会的地位のあるものには気をつかう
でもなにもないものは平気でふみにじるということもある
福祉関係の仕事は相手が弱者だということで何か歪んだ性格の人が多いという
それは弱者を知らず虐待していることもある
だから看護師は天使にも悪魔にもなるという
弱者を扱う職業だからそうなりやすいのである

今年は親戚の縁を二つ切った、こさも結構苦しかった。
なぜ一方的に自分に対して要求することが多いのか
借金をかかえているから入院している時も脅迫まがいのことを言ってくる
全く同情がないのである。
借金に追い込まれているから普通の感覚でなくなっている
借金から犯罪に走る人が実に多いのだ
社内で情報がもれたとき、まず借金している社員を探せとドラマであった
借金している人はともかく追い詰められているから一番犯罪者になりやすいのだ

そして自分が苦しい目にあったことを話したら遠い親戚の人は笑っていたから信じられない、その人は全く相手のことなど考慮しない、何か病気でないかとさえ思う
ただ金をもらう権利だけを主張してくるのだ。
確かにわずかでも権利あったけどその権利すら実際はなくなっていた
そんなことてどかまわない金をもらう権利があるから裁判まで訴えるという
金に困っている人間は追い詰められているから脅迫まがいのことをしてくるのである

いづれにしろ縁を切るということは結構楽じゃない、離婚した女性を世話したけど離婚もなかなかめんどうなものである。若かったらあいてかストカーとかになり殺人までなっている。いかに深い縁を結んだら簡単に切れないかがこのことでわかる。
一方で「捨てる神があれば拾う神あり」というのも本当である。
世の中必ずそうなっていることが不思議なのである。
諺は人間が生きてきたことで繰り返し起こっていることだから諺になっていたのだ。
縁をきってもまた新しい縁はできる。人間はそういう繰り返しなのである。

今年の自分のニュースの最大のものはこのことであり他はたいしたことがなかった。
仙台に一回しか行かないということも今までなかったからニュースである。
何か小さな町を巡り歩いているだけだったともいえる。

後半になって新しいバソコンを買ったこと12月になってヤマハのマウンテンバイクの電動自転車を買ったことなどがありこれは良かった。
買い物はすでにアマゾンで百万以上しているかもしれない
計算はしていないけど家事の電化製品などを買っているからだ
家事をいかにうまくやるかかずっと課題だった
料理のコツを多少わかるようになった。
でも実際はほとんど料理はせずいかに買ったものですませるかが料理である。

今年は11月になり株があがってもとをとってわずかだが利益をあげた。
半分になったものをそのままにしていた。
でも株は下がるものということをあまりにも長い間に習慣化してしまった。
だから来年は株が下がる前に売ることが大事である。
「株は下がる」何かそういうふうにすりこまれてしまっている。
それだけ不況が長くつづきすぎたきである。

まあ、今年は自分にとって余裕がでた年だった、それでも日々追われていた。
来年はもっと余裕がでてほしい、でも介護などで追われ苦しいことが起きてくる予感はある。

6年間は苦しみの連続だったか今年は余裕が出たし来年はもっと余裕がでてほしい。
それが自分の願いである。

牛年(うまどし)だからやはり躍動的に走るということがあるのか?
新しい自転車でまだ走りたいということが自分にはある。
ただ筋肉の疲れがひどくなったので近間になってしまう
介護で行けないとういこともある
ただ自分にとって自転車にのることは最大の喜びなのだ
それを最近年取ってからも自覚するようになった
自転車に乗れなくなったら死にたいとさえ思うようになった
人間は年取ったからといって今までやってきたことをやめるわけにはいかないのだ
それはあらゆることに通じているのだ。
車に乗ってきた人はやはり死ぬまで乗りたいと思っている人もいるだろう。
旅してきた人はどこまでも旅したいと思う
ただついに体力が衰えできなくる。
そうなったら死にたいと思うのが人間なのである。

雪時雨(今年は古い縁を切り新しい人との出会いがあり終わる)

 

雪時雨(今年は古い縁を切り新しい人との出会いがあり終わる)


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市営住宅-部屋が三つある、下一部屋あり二回に二部屋ある



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寒椿日のさし映えぬ朝の内

路次の道午後の日さして寒椿
風吹きて体にしみぬ寒椿
この町に目立つものなし雪時雨
寒雲や労務者働く外部の人
老いあわれ狭きも我が家寒雀
陽の没りて茜の雲や枯芒

年の瀬や路次を巡りて町暮れぬ

我が家に亡くせし妻の茶箪笥の一時ありて冬のくれかな


今年も終わりになる。今日は雪時雨だった。雪時雨というのに遭遇したのは初めてである。俳句にしたのも初めてである。小さい固い粒であり最初は雹かと思った。
でも明らかに雪時雨である。なぜならあとは晴れて行くからてある。
体に寒風がしみて椿が一際赤く映える。

写真の住宅は外から見るといかにも狭い寒じがする。でも下に六畳くらいの一部屋があり廊下があり台所があり二階にも二部屋ある。意外と広いなと思った。家は外から見ていただけではわからない、狭いと思っても広いこともある。これは奥行きが意外とある。
実際に中に入ってみたからわかった。

離婚して家がなくなっていた人を世話して引っ越ししたので中を見せてもらったからだ。なんか自分の家に来る人は離婚した人が多い、四人は離婚している。それも60代でありその人は二回結婚して離婚している。前の人は子供がいる時離婚している。
なかなか子供がいると離婚できないと思うが離婚している人も今は多い、離婚して生活がとをなるかというと母子家庭は生活保護を受けやすいとういこともあり離婚しやすいのが現代である。それて父子家庭か増えているのもわかる。それで子供虐待したとか事件が起きた。

人間は要するに男女でもうまくいかない、離婚するのも結構楽じゃない、その人はやっと住宅を借りることができた。田舎では家がなくても市営住宅でも安いし部屋が三つもあるのだから恵まれている。東京辺りだと二部屋で七万とか軽くとられるから住宅に関しては田舎は恵まれている。一軒家に住んでいる人も多いからだ。それで4千円とかの家賃なのてある。

その女性をつきあっていたら本当に寒雀だった。なぜそんなに貧乏なのだかとも思った。でも性格はいいしめずらしい昔風の女性だったのである。貧乏で質素だから本当に寒雀にぴったりである。無駄をしないしもったいないとものを浪費しない、というよりはできない貧乏なのである。60代でも格差がひとぐなっているのだ。
それで一人は信じられない泥棒、犯罪者になったが今でも近くに住んでいる。


最近思うことは60代からは熟年離婚も増えてくるのかもしれない、それから単身者も増えてくる。現実に一人暮らしの老人が多いのである。そういう一人暮らしは別に結婚していても夫か妻が死ぬと一人になる。それで大変な苦労したと泣いたということを聞いた。
妻が早く死ぬと男は家事で苦しむのだ。
現代の家族関係でも高齢化の人間関係はこれから新しいものに変える必要が出てくる。
これまでのおじいちゃんおばあちゃんとして大家族でいられないからだ。
実際に嫁に姑が追い出されるということも起きている。
おじいちゃんおばあちゃんが家で一緒に暮らすという人は相当に恵まれた時代なのである。

だから60代以降の一人暮らしの人が増えてくる。そういう人たちは今までの大家族でおじいちゃんおばあちゃんとして存在感がもてない、もちろん子供もそういうふうに待遇しない時代である。高齢化社会ではそうした一人暮らしが膨大に増える。

だから一人暮らし同士か何らか助け合うような仕組みが必要になってくる。
そこて今までの家族感とか老人はこうあるべきだとかの古い考えをするとうまくいかない。自分も一人暮らしになり助けがなくなりひどいめにあった。
自分のような深刻な状態になる人がこれから膨大に増えてくる。

高齢化社会は今までにありえないことが起きる。それには今までのような古い考え方では対処できないのである。大家族ではない老人同士の新しい友達関係のうよなものを作らねばならなくなる。それは親戚関係とも違うのである。
ただ人間はみんなそれぞれであり何でも共同することはむずかしい。

でも60代以降は今までの家族関係や親戚関係やそういうものが崩れている時、新たな関係を作ることが必要になっているのだ。
その女性は性格がいいから自分も世話になることがあると思い助けた。
自分はとにかくこの六年間辛酸をなめて誰にも助けられなかったということで恐怖を感じている。だからこちらから積極的に何であれ助けていれば助けられると思って助けたのである。その女性は近くの一人暮らしの男性か津波の被害を受けた時助けたのでその男性と親しくなっていたのである。


その75になる男性の亡くした妻の茶箪笥が三カ月くから我が家にあったというのも不思議であった。それは苦労して働いて妻に買ってやったものだったという。
何かモノにはその人を思い出すものが残っている。モノだけは人が死んでも残るから意外と手放せないのだ。それてゴミ屋敷になっていることもわかる。
妻の思い出がその茶箪笥とともにあるような気がしたからである。


寒雲が寒そうだがこの辺で働いているのは外部の人が多い。仮設の人は補償金でパチンコなどしているというのも変である。
働いている人も寒いところで働くの大変だろうなとなる。
でも自分はこの寒さに弱いのだが寒さが気持ちいいということもある。
自分はどんな天候でも買い物で外にでる。外の空気にあたらないと気分が悪くなるからだ。
今日は確かに特に寒いから雪時雨になったのだ。

ともかく今年は一回だけ仙台に行っただけであり近くを行ったり来たりしているだけだった。それでも忙しく今年も追われて一年か終わりになる。