2013年12月22日

公務員はそんなにいいものなのか? (人生は何に時間を費やしたかで決まる)


公務員はそんなにいいものなのか?

(人生は何に時間を費やしたかで決まる)


●公務員はリスクがないが生きがいもない

特定独立行政法人の役員及び職員には国家公務員の身分が与えられる

公務員は何なのか?それは良く公務員が待遇がいいのは身分だからがという。それは侍とにている。身分として固定しているから一つの階級制となりその身分を否定することはできない、ちょうど明治維新の時、侍を否定するような革命が起こさない限り公務員という身分はなくならないとまでなる。民間人がいろいろ文句を言っても身分制なのだからその身分を剥奪するには革命しかないとなる。
ただ公務員は嘘をつかないというのは本当かもしれない、民間人は成績をあげることを会社から絶えず要求されるしノルマがありそれで嘘もつく、TOPPAというプロバイダーがNTT関係の会社ですとか電話一本で解約できるというのは嘘だった。これはたいした金銭的被害がないにしても嘘だった。これがかいいん増やす手であるというのもわかる。
二三分で遠隔操作で何の支障もなく変えられることにも問題があった。
ただ解約はめんどうだったのである。

公務員が嘘をつかないというと侍もモラルを重んじていたからにている。商人は嘘ついても侍は嘘をつかないということがモラルがありそれが矜持となり「武士は食わねど高楊枝」になった。公務員は腹は一杯なのは違っているが嘘をつかないというときそれだけの身分が与えられているからである。民間人と公務員ではその働き方が相当に違っている。
民間人はもうけるために嘘をつく、必死になりもうけを増やさなければならないからそうなる。公務員は別にもうけを増やすために必死になる必要はないのである。民間人は生きることが厳しい、公務員は楽なのに身分が保証されつぶれることもなく安泰だとなり不景気の時代がつづくと一番の憧れは公務員だとなっている。

公務員の仕事など誰がやっても同じだとというのは本当だろう。いつも簡単な書類の作成しているだけだともなる。売るために頭を下げて必死になっている民間人とは大違いだともなる。

これも確かにそうなんだけど本当に公務員という職業が仕事が人生をふりかえったときいいものだろうか?公務員には仕事の醍醐味がないだろう。何かイチカバチカの大仕事するということがない、失敗は国で背負ってくれる。ただミスを犯さないように失敗しないようにこつこつ目立たず生きる。それで身分は保証され生活は安泰になる。
もちろんそこには冒険はない、金持ちになるには冒険が必要だという、決断力がないものは商売人には向かないという、株でも大きな儲けを得るために大きな金を賭けなければならない、金が大きいほど株が上がればその儲けが大きいのである。でも下がればゼロにもなり自殺する人もでてくる。でも大きく金を元手にして賭けなければ決断しなければ大金は得られないのだ。だからなんであれ大金持ちになるのはリスクが大きい。


●資本主義で成功するのは冒険した人


大金持ちになったのは国単位でみればわかる。コロンブスが太平洋を渡り命懸けの冒険をしたことにより巨額の富がもたらされるものとなった。特にスペインがインカなど南アメリカ大陸に一握りの荒くれ男たちが入ってゆきたちまち黄金など巨額の富を手に入れた。それは略奪であり泥棒だったのである。ヨーロッバが豊かになったのはそうして世界から富を略奪したからである。それは世界大航海時代に冒険したからでありそうでなければなかなか巨額の富は手に入らないのである。ただそれにはリスクも大きかったのである。
そのリスクに投資した結果として富を手に入れた。資本主義もそうした所に投資して富を得るのが手法である。資本主義は社会主義と根本的に違っている。平等とか安全を計るものではない、だから成功した人は巨額の富があり冒険しない人には入らないのである。それは一つのギャンブルにもなる。保証されないからそうなる。

でも実際事業して成功する人が20人に一人というから事業で成功することはよほどの人でないと成功しないのが普通なのである。テレビなどにでてくるのはみんな成功者である。でも失敗者の方がだんとつに多いのだ。そういう人がでてこないから成功者を安易にまねる人もでてくるだろう。そもそも自分の母方の実家は事業の失敗から悲惨な家族離散とか苦労の連続になってしまった。父親が警察所長をしていたときは裕福でお嬢さんだった。でも機織り工場の経営に失敗して一家離散とかなり過酷な運命を背負わされることになった。警察所長をしていたから自分が偉いだという感覚があった。母も威張ってばっかりいたといっている。何も事業を起こし成功するものをもっていなかったのである。
警察所長では上から命令していれば良かっただけだからである。

いろいろ技術をもっていても知識をもっていても事業で成功している人は20人一人となると一割も成功していないのである。それだけ厳しい世界なのである。
ただ成功すれば見返りは大きい、失敗すればゼロになり自分の実家のように悲惨なものとなり子供も辛酸をなめる。そういうリスクが事業にはあるからそれを踏まえてやらないと大損失になるだろう。

経営者になることは技術者とは違う。そこを勘違いして失敗する人もいた。
その人は技術的には優秀でも頭脳が優秀でも失敗している。だから経営とは別に理系とか技術がないとできないというものでもない。
東電の原発事故は技術的な失敗というより経営に失敗したのである。
経営には単に技術的な要素だけでない、さまざまな要素がある。

それは市町村でも国家でも経営するのとにている。

長期的ビジョンをもつとかもそうである。国家百年の計とかがそうである。
目先の利益をあげることではない、株を一時期にあげることではない
経営とは別な資質が必要なのである。国家を経営するとなると余計にそうなる。
国家は会社のように簡単につぶされないものだからである。
東電だって目先の利益を追ってコストカットして失敗したということがある。
安全は長期的な視野が必要であり目先の利益を追っていたらできない。
津波がいつくるかわからない、400年前にあったこたとなど考えられるかなど無視して大事故になったことでもわかる。目先の利益に追われればみんなそうなる。

●人生は費やした時間で決まる


時間は短くても、お金は時給制の仕事以上に稼ぐことができます。
それが本当の自分の魅力なのです。
時間を売って仕事をしているかぎり「自分」ではなく「時間」でお金をもらっているのです

http://happylifestyle.com/4576
時間を切り売りしていることは自分が生きる時間を失っている。自分が自分のように生きる時間を生きることとこそ大損失なのである。最後は金では人生は買えない、なぜなら人生と限られた時間の中で何をなし何を生きるからにあるだ。

公務員だとともかく事業を起こした人のように失敗して悲惨なことにはならない、でも人生の醍醐味みたいなものは味わえないだろう。あまりにも平穏無事だとそうなる。
あまりにも平穏無事だということにもリスクがあるのだ。
自分の家族の一人は公務員であった。ただ公務員でも保健婦とかであり仕事はかなりきついものがあった。一軒一軒自転車で回っていたりして体力が必要だった。
その頃は生きがいがあった。でもあとは事務の方に回り楽をするようになった。
それから早めに退職して家事すらしなくなり認知症になって死んだ。
公務員とか先生とか裁判官とかが認知症になるのは多いのはなぜか?

やはり決まりきった創造性のない職業だからだという。創造性がなくてもこなせる仕事だからという。創造性とか別に才能と関係あるわけではない、つまり創造性を発揮させられる場所にいると才能だけではない、人間は現れていなかった才能が現れることがあるのだ。人間の才能はあらかじめ決められてはいない、才能は何らかの契機で刺激され啓発されて出されることがある。
だから明治維新の時は若者があれだけのことができたのはそういう環境に置かれて強いられたからできたとなる。今の時代はそうした才能を発揮させられる環境がないから若者の才能も現れないだけなのである。

三島由紀夫なども自ら演技して狂気の演技者になり自殺するように死んだ。
いくら英雄になろうとしてもなれない、英雄は時代が作るのである。時代に強いられて作られるのであり自ら作ることができないのである。

結局人生とは何に時間を費やしたかで決まる。人間の時間は限られている。才能を発揮するにしてもどれだけ時間を費やしたかで決まる。なぜならあらゆることに時間は費やされない、限られているのだからあらゆることに詳しくなれることはできない、雑学でもそこに多くの時間を費やせばそれなりの専門家になれる。それは才能というのではなく時間をそれに費やしたということで決まるのである。ただ効率的に時間を費やすことは必要である。時間を無駄にしないようにすることが何事肝心なのである。どれだけ自分でも時間を浪費してしまったか、時間は何をしようがしまいが確実に過ぎてゆく、そして何に時間を費やしたかで人生は決まる。

例えば家族でもそこに費やす時間は限られている。夫婦として子供をもち費やす時間は限られている。もしその時間をのがしてしまいばいくら血のつながりがあっても子供と一緒に過ごす時間がなかったら子供にもならない、それは時間が限られているからそうなる。夫婦になるにしても時間が限られているから夫婦としての時間をもつことは普通は一人である。何人とも夫婦のうよな時間は過ごせない、だから熟年夫婦の離婚は相当な損失だと思う。なぜならもうそうした夫婦としての時間をもつことはできなくなるからだ。
一緒に過ごした時間が長ければそれなりに分かり合い愛し合うということがある。
それも一重に時間があればできなるのだ。老人になるとあらゆる時間が喪失してただかつて過ごした時間を思い出すだけなのである。


だから公務員という役所勤めも果たしてそこで過ごした時間が人生にとっていいものだったのか?俺は生きたな、やったなという満足感があとで得られるかとなると疑問である。
「俺は生きた、やった」というものがないと人生を生きた人とは言えないだろう。
一回だけでもそういうことがあれば生きたとなる。それは天才とか凡人でも関係ない、
凡人だって決断して俺はやったとかいう体験はできるのである。
公務員とか会社員にはそういうことがない、だから老後も保証されても何か不満が残る。でも時間は喪失するからもう何かをすることはできない、過ぎ去った時間を戻すことはできない、何か決断することもできない、その時間が過ぎ去ってしまったからである。
そこでみんな誰でも後悔しているのだ。
人生で一番後悔するのは「やりたいことをやらなかった」このことである。
旅をしたかったがしなかった・・・したかったができなかった、しなかったとかなる。

自分の場合、旅をしている内にいつのまにか人生も終わりに近づいた。でもこれだけ旅をしても旅をまだまだしていなかったともなるのだ。それだけ人間は何をするにも時間切れになる。時間がたりないのである。今や家事だ介護だとか近間しか行けない、ここ六年間はそうである。自由気ままに外にでて旅していたのにできないことが信じられない、何とかしようとしてもできないのである。これまた一つの自分の背負わされたカルマだった。でもこれだけ旅をしているといつも旅をしなくても旅をしている感覚になるのだ。
だから思い出してた詩とか短歌にしている。
旅ばかりしていたら人生そのものが旅になる。西行もそうだし芭蕉もそうだし山頭火もそうなったしそういう人は死んでも旅をしつづけているのだ。

退職してから何か別なものに生きがいを見いだすことはむずかしい。
今までしてきたことの延長しか残されていないのである。

年たけてまたこゆべしと思ひきや命なりけり小夜の中山 西行

旅したものの最後はこうなる。旅に死ぬのが本望になる。そして死んでも旅をつづけているのだ。


旅人に風雲が起こり
遠くへ連れ去る
そしてまた新しい世界が開け
旅人は永遠に旅をつづける

こんなふうになってしまうのである。

冬の未明-八沢浦から日下石(にっけし)-道の駅まで写真


冬の未明-八沢浦から日下石(にっけし)-道の駅まで写真

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落葉踏み残月光る朝の墓地

農家の庭未明にとまる寒烏
集まりぬ部落の老人寒烏
道の駅老人たむろし朝時雨


八沢浦沼の氷りて未明なり鴨鳴く声の枯野にひびく

星一つ沼に写りて未明なり枯野を照らす冬の月影
昨夜(よべ)の雪山に残りて月光る枯野明けゆき鳥の飛びたつ
昨夜(よべ)の雪山脈に残り月光る朝の日さして雲の赤らむ

朝明けて陽のさしにしも白々と山の奥処(おくが)は雪のおおいぬ

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パノラマ写真


今日は朝5時ころ目を覚めたので起きて自転車で八沢浦を回って日下石に出て相馬市の道の駅にでた。
未明から夜明けの風景が心にしみた。月が光っていてこれも未明だから違っていた。
八沢浦は沼がいくつか生れた。その沼が凍っていた。
そして何か鳥の鳴く声がした。それは鴨だろう。辺り一面は津波の跡の枯野となってしまった。だから何か原始的状態の自然にもどった。


葦の葉に 夕霧立ちて 鴨が音の
寒き夕(ゆうべ)し 汝(な)をば偲はむ

 

 〜作者未詳 万葉集 巻14-3570

鴨の鳴く声だったのだろうか、雁ではないだろう。鴨の方が多い。でもあそこにはそんなに鴨はいなかった。だから何の鳥の声か実際はわからない。

そこから日下石(にっけし)の方にでてきた。高いところに墓地がありそこを今度新しく買ったヤマハのマウテンバイクの電動自転車でのぼった。ヤマハの電動自転車は坂に強いからまた買った。道が悪い坂道でものぼる。あそこの墓地は松川浦の方も見えたからビューボイントだった。このビューボイントは意外とは地元でもわからない。
ここも初めて訪ねた場所だった。日下石は津波で一時海のようになった。
地名の考察でニッケシのニとは太陽の没する方向だったと教えられて書いた。
アイヌ語ではないだろう。ただニッケシという音が何かわかりにくくアイヌ語にしたのである。福島県ではアイヌ語と思われる地名はほとんどない、岩手県辺りまではあるみたいだ。だからアイヌ語ではない。
実際に津波で海のようになったとき、太陽がその海のようになった岸に沈んでゆくのを見たのだ。これも信じられない光景だった。ニッケシは海の岸にあり名付けられたのだ。
海の方から見ればニシでありニッケシだったのである。

あの墓地から山の方を見ると昨夜の雪が残っていてその奥は飯館の方は雪におおわれていて雪がふっているらしい。その光景も心にしみる。月も光っていた。

相馬市の道の駅にはいつも老人がたむろしている。原釜の老人たちだった。なぜあそこに原釜の人がいるのかわからない、ただあそこで暇をもてあました老人がいつもたむろしている。今はあのうよに暇をもてあました老人が各地にいる。
原釜でも別に漁師ではない、漁師は原発で補償金をもらっているからいいとか言っていた。松川浦でもみんなが漁師ではない、あそこは結構家が多いからそうなる。
ただ観光地にもなっているから漁師との関係は深い。
やはり松川浦でとれた魚や貝を料理に出さないと観光地としての価値がなくなる。
船でも100艘あったというと多い。
漁師は漁業組合に入っていれば補償金がもらえるから困らない、そのことを今ではみんな言っている。原発事故の前はそういうことが表にでてこないし地元でもわからなかったのである。

今日は相馬市の市長選挙であり道の駅にも投票所があったから集まっていた。
それで何やかにやと話していた。ともかくあそこに集まるのは暇だからである。
今は暇な人は暇だけど忙しい人はやたら忙しいのだ。
自分は家事をして介護していると暇なく動いている。
もし家事をしてくれる人がいたらやはり前のように暇になるだろう。
でもいろいろ書くものなど創作があるからそんなに暇にはならない。

山の方に雲がかかりそれが時雨になった。朝の時雨は体験していない。
朝にも時雨になる。

はこびあめ(運び雨) - 宮城県仙台市ほか


雲によって運ばれる雨というのも面白い。ちょぴりばらばらとふる。
やはり12月は時雨が多い。雪時雨もあり雨から雪に変わるのを言う。
今日は雪にはなっていなかった。