2013年12月01日

歴史は事実を基にしているからフィクションの小説は誤解を生む (慶長、元和の大津波-近衛龍春の疑問)

 

歴史は事実を基にしているからフィクションの小説は誤解を生む

(慶長、元和の大津波-近衛龍春の小説の疑問)

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なぜこの小説で相馬藩の津浪のことが書かれている。それは何を根拠にしているのか?
その根拠となるものがない、相馬藩政記には「700人溺死としか書いていない」
ただ700人と書いてあるのだからその被害を記したことは確かである。700人という数を調べて記録した。だから全く藩でかかわらないということではなかった。
ただ津浪のことはこの記録意外何もわからないことなのだ。
だから確かに小説のようだったと勝手に想像して面白く書くことは非難できない。
つまり小説はあくまでもフィクションでもいいし面白く書いてもかまわない。
ところが現代はNHKの大河ドラマのようにあくまでフィクション化したものを
歴史の真実と見ている人が多いのである。


現代は様々なメデアの時代であり小説であれドラマであれ映像であれフィクションが
現実のように思わせることが多い時代である。それでやらせの問題がでてきた。
動画さえ架空のものを真実と思わさせられるのである。
そういう技術が発達した時代である。写真さえそれが本物なのかわからない、
合成して作り出せるからである。

司馬遼太郎は小説家であり歴史家なのだけどそこにフィクションが確実に作り出されている。「竜馬が行く」で竜馬のことが小説化してことさら英雄化された。
そこにフィクションが事実のように思い込まされたことがあるのだ。
竜馬についての歴史的真実は何だったのかとなるかそれを考証することは普通の人には容易でないから大衆はフィクションを本当のことだ信じてしまうのである。
だから坂本竜馬は司馬遼太郎によって誇大に小説化されて英雄化されたという批判があるのだ。つまり歴史的真実は今やわからないからそう批判されるのである。

この小説にしてもなぜこの時期に出たかというと津浪があったからであり話題になるからである。でもどうして津浪のことをまるで真実のように書いてあるのか?

小説だからフィクションだから何を書いてもいいとなるのが相馬藩では当時の主君の義胤でも何も記していない、ことこまかに記されているのは戦争のことであり跡継ぎ問題などである。飯館村の飯樋の木材資源をめぐる争いなどはことこまかに記されている。
津浪はそれより重大な問題であり被害があった。それが全く700人死んだとしか記されていないしまた伝説にも残ってない、それは何なのだろうと他の人たち、研究者も疑問に思って調べていた若い研究者の人がいた。その人は相馬藩内にも津浪の伝説はあった。
柚木に「急ぎ坂」という言い伝えがあった。津浪で急いで逃げたからなのかこれもどこまで慶長の津浪に由来するかは不明である。相馬藩ではほとんど津浪の言い伝えを聞かないからである。だから庶民の側でもなぜ記録を伝承でも口伝えでも残せなかったのか不思議だとなる。そこに何らか事情があったのか?その辺は謎である。


ただ城を中村に今の相馬市に津浪の復興事業のために移したと岩本氏も言っているがこれもどうしてそう言ったかのかその根拠は何なのか記されていないのだ。何かその根拠となるものを示せば納得するだろう。そういうものが一切ないのである。では学者なのになぜそういうことを言ったのだろうか?小説ならわかるがそれも解せないのである。
むしろこの記録されないということが何か大きな問題をふくんでいる。
歴史の大きな記憶の空白を生んだことが実はそこに歴史の真実があるとなる。
例えば蝦夷というものが大和朝廷に滅ぼされたけどこれも歴史として残されないから謎となっている。歴史は勝者の記録だとするとき敗者は無視される。だから敗者の歴史は埋もれてしまった。それも歴史の大きな空白なのである。


結局700人溺死という津浪の被害は当時の行政だったもの君主だった義胤にも無視されたともなる。その頃まだ相馬藩の政治は戦国時代であり安定していない、だから戦争のことや跡継ぎのこと飯館の飯樋の森林資源の争いで財政を確保することなどが重要であり津浪の被害まで頭が回らなかった。だから例え津浪の被害を訴えてきてもとたあわない、とりあう余裕もなかった。徳川の城普請も要求されたり財政的に余裕もない、だから津浪の被害者のことは無視された。復興のために中村に城を移したとか復興事業に尽力したことなどなかったのである。なぜならそうしたことを何もしりえようがない、資料もないのである。


歴史はフィクションではない、でも容易にもう遠い過去のことだからフィクション化されやすい、聖書は事実を記したものである。でもフィクションだという人がいるがそれはすでに信仰の問題でありその事実を否定するものは信仰も成り立たなくなる。
でも一般的には歴史の事実を知ることは庶民にとってはめんどうだから小説の方を事実のように見てしまう。これは原発事故でもそうだった。安全神話が政府指導で作られて誰も本当のことを知らせないようにした。また調べることもできないようにした。
戦争中も皇国であり日本は絶対に負けないと負けた事実を信じないで嘘を信じていたのである。要するに人間は嘘でもそれが大きな嘘は信じやすいということである。

それは人間はあらゆることを知りえない、特に科学はむずかしいから知りえようがない、そして原子力は科学のなかでもさらに一番むずかしいから何が真実かを知り得ようがないからだまされたとなる。

マスメデアが批判されるのはメデアが権力化して伝えるべきものを伝えない相馬藩の津浪のように重大なことが知らされない、原発でもそうだった。そこに大きな空白が生まれ
事故につながった。相馬藩の津浪でももしことこまかに記されていればここにそんな津浪があったのだと日頃から意識されていたはずなのである。ただこれはここだけの問題ではないからいちがいには言えない、でもここでは全く津浪が意識されることがなかったのである。だから津浪の危険を警告もできなかった。


他でも人間がだまされやすいのは大きな事業をしている人なのである。事業のことはわかりにくい、異種業者になるとわからない、でも何か大きな事業をしているとなると素人にわかりにくいからだまされるのである。電気関係の事業をしている人が一億円の資産があるといったとき信じてしまった。それは電気のことなどわからないからである。
そういう技術的なものはもうけが違っているのかと思ってしまうのである。
その事業者は借金で首が回らなくなっていた。事業の危険は20人に一人しか成功していないという厳しさだったのである。
つまり歴史でも嘘を真実だとフィクションを真実だと信じていることが相当数ある。
なぜなら遠い過去になるとますます事実が何かわからないからそうなっているのだ。

posted by 老鶯 at 14:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 地震津波関係