2013年11月08日

近くの正体不明の人の死 (朝から警察が来て驚いた)

 

近くの正体不明の人の死

(朝から警察が来て驚いた)

近くの知っている人が死んだというので驚いた。そのことでいつあったのかと何度も聞かれた。昨日もそのおとといも会っていた。ちょっと挨拶程度に話もした。その人とは別につきあっているのでもない、ただ馬鹿正直な人ということで前にも書いた。自分の身内が認知症になったとき世話になったのでその息子にお礼をしていた。そのあとはその息子はいいかげんな人なのでつきあっていない、その息子には内縁の妻がいたのだがその人の方が死んだのだ。警官が間違って息子の方が死んだと言ったからおかしくなった。
その内縁の妻は10年くらいなのか長く一緒に生活していたのである。

ただ周りの人は名前すらしらないし住所の移転届けも役所に出していない、
噂では仙台から連れてきたとかいわれていた。ただ回りでも誰も話したひともいないのである。ただ犬の散歩には歩いていた時だけみかけた。でも回りで話す人は誰もいないのだ。名前すらわからなく10年くらいなのかそれより長いかもしれない、一緒に生活していたのである。

その女性は階段から落ちて肩をぶったことで死んだという、それもよくわからない、確かに最近犬の散歩に出るのをみていない。夫は生きていたので救急車を呼ばなかったと言っている。そのことが疑われることになった。とにかく救急車呼ばなくても医者が来て死んだとならない、死を認定できるのは医者なのである。勝手に生きているから救急車を呼ばなかったとなるとなぜ呼ばなかったのかと疑われる。かかりつけの医者がいれば医者を呼べばいい、なければ救急車を呼ばないと疑われる。


とにかくそこはいろいろ問題がある人でありその人が出てきたら検死に出したという。
何か疑われたけどまだ何かよくわからない、警察で検死して終わりなのかもしれない、その人は身元も身寄りも何もない、そしてその人は極端に貧乏であり葬式を出す金がないから市の方でしてもらうと言っていた。本当に金がなく金を貸したりしたが自分の墓に死んだ母親の名前を刻まないのは金がないからだった。まず親不孝な息子だった。

その人は死んだ女性は無縁仏になるという、葬式にしても何もない、その人には親戚もよりつかないと自分で言っていた。

それでも一カ月前ころだったのか?その女性を見た気がするのだ。話はしていない、そういう人が急に死ぬということも謎である。ただその女性と回りで話した人はいない、だから犬の散歩にみかけても誰も話す人もいない、そういう人でも死んだら何なのだとなる。まず死とか病気とか介護とかそうしたことで身寄りがないとかなると困ったことになる。この場合は特別例外でも自分もそうだったけどそういう人が増えてきている。
そんな正体不明の人でもそれなりの一生があったのだろう。
ただそれについて知る人は一人もいない、内縁の夫は何か知っているのだろう。
一番の責任者になっているからだ。

そんな人でも自分も多少かかわったからあの人は何だったのだろうとかなる。

なんだか寒々しいもになる。その時北風が吹いて木の葉が散った。
何かそういう身寄りがないとか人が死ぬとどういうわけか寒々しいものを自然でも一段と感じる。そういうことは前も経験していた。その人もほとんど無縁化していた人だった。誰も墓参りする人もなく埋もれていた人だったのである。
その時も何か寒々しいものを一段と感じて風が吹いたのである。
何かどんな人が死んでも死んだ時自然が一段と寒々しいものに感じることがある。


北風や朝より一人近間の死


ともかく残された人も一人となり寒々としたものである。それもその人をみていれば自業自得だとなってしまう。人間の最後は何かその人の一生が集約されることがある。
いくら一時期羽振りがいいとしてもその末路は寒々しいものとなっている人がいくらでもいるのだ。いくら偽り生活していても最後は暴露されるのが人間の一生なのかもしれない、市で死者を始末してしまうことは無縁仏となることだが夫にしても墓はあるのだから自分の家に墓に納めてもいいようなものだがそういうことをする気もないとするとあわれである。10年ではないそれ以上長くいた思えるからだ。そうしたら何らかの情というものが生れるだろう。ただそういう人だからそんな冷たい関係でしかなかったのかとも思う。

ただどんな人の死も死は厳粛さを感じるから死んだ時人は必ずその死者を思うことになるのだ。

一緒にいたのが30年だった?これには驚き、時間の感覚は狂ってくる
前も自分の異父兄弟の兄が交通事故で死んだのは25年とかたっていた。
でもそれがつい何年か前のように錯覚していた
こういうことが人間の時間感覚である
認知症になる40年前のことが若いときのことが先日のように思っている
これも人間にとって病気でなくてもそうなっていることの不思議である。
30年も一緒にいて近くに30年いても誰とも話もしない、名前もわからない
これも奇妙なことである。
でも30年もいたら普通は情が生まれるだろう
どうなったのかはわからない


posted by 老鶯 at 11:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層