2013年11月07日

冬の鳥来る(今年は秋が短かった)


冬の鳥来る(今年は秋が短かった)

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黄落に午後の日さして老いの友

冬の鳥はや来たれるや家籠もる
故郷に生き継ぐものや冬の蝶
晩菊によりそいさしぬ光かな


時にして一時に散れる木の葉かな老いて多事なり故郷の道

大倉にかすか鳥なきあわれかな秋の夕暮れ人の消えにき

この鳥はジュウビタキだろう。白い斑点がある。前からしか見ていいなし夕方だからぉかりにくい、でも冬の鳥であり渡り鳥である。今年は秋が短く冬になっている。晩秋がぬけ冬になっている。ただ晩秋と冬が一緒になっている感じである。

立冬はすぎたからやはり冬である。故郷に生き継ぐというとき華やかではない冬の蝶である。それは老人かもしれない、そこに深い趣がある。飯館辺りも冬の蝶などがあっていたけど人がすまなくなった。大倉も人が住んでいない、かすかに鳥がないて夕暮れた。
ただまだ人が住んでいるという感覚になっている。家も残っているからだ。
人が本当に住まなくなったら森に帰ってしまうだろう。
飯館村では大倉にしても佐須にしても人がまた住むようになるのだろうか?


ともかく昨日だった、突然風が吹いてぱたぱたと木の葉が一斉に散った。今日も突然雨がふりだして風が吹いた。ここ6年間はそうした突然に桜が散ったり木の葉が散る、自然と人事が一致している。突然に事件が起きて突然に災害が起きて桜が散り木の葉が散る。
そういうふうに変化が激しいしそういう変化にもまれてきたのである。
これは老人にとっては辛いと思う。老人は変化に弱いからだ。
80以上になったりしたら特にこうした変化に適応できず死んだ人もかなりいるみたいだ。

田舎で老後を過ごしたいと思っていた人もいたし現実にそういう人が浜通りにもいた。
浜通りのいいのは気候がいいからその点では老後を過ごすには良かったのである。

とにかくこの辺は神戸の地震と同じように10年くらい落ち着かないのではないだろうか?
そのうち自分にしてもかなり老いてゆくから死んでいるかもしれない、そういう動乱の中で老後を過ごすとなるとは思っていなかったろう。

電車が仙台に通じないと何か遠出しにくいから4月ころから遠くに行っていない、ほとんど近間だけが行動範囲になっている。だから家にいることが多いから家が大事になるのである。

天皇は新興宗教のカルトだったの? (心に青雲のプログの天皇批判の衝撃)


天皇は新興宗教のカルトだったの?

(心に青雲のプログの天皇批判の衝撃)

●国家神道が日本をゆがめた
 
国家神道は日本古来からの神道から大きく逸脱している。
 古神道は万物の中に神を見る。だが、国家神道は天皇と国家が神の全てだ。
 古神道では仏教との結びつきをみた。だが、国家神道は廃仏毀釈を行った。
 古神道は敵をこそ手厚く祀る。それは無念の気持ちを持って死んでいった者達の祟りを畏れてのこと。
 だが、国家神道においては味方を手厚く祀り、敵の祀り方は非常に等閑なものだ。

 靖国には味方の戦没者しか祀られておらず、敵の戦死者は現地で細々と祀られればマシという程度。
 梅原猛氏が主張するように靖国は古来よりの神道の伝統に反する。

 国家神道は明治の元勲が作り出した新興宗教であり、天皇を現人神かつ絶対神とし、天皇への盲従を強いるカルトといえる。
 ある意味、明治の元勲は日本を短期間で国民国家に作り変えるために「カルト洗脳」を用いたといえよう。
 カルト洗脳は悪だが、短期間の内に人を作り変えるには有効な手段だ。
 国家神道は日本を欧米列強に対抗できる国民国家とするための必要悪だったといえる。
http://www.abysshr.com/san/san_co06.html


こういう批判は誰というのではなく今になると一般的にある。なぜ明治になって突然天皇がもちだされて異常な崇拝の対象になったのか?明治維新が勤皇でありその延長として天皇が錦の御旗であり官軍と賊軍に分けた。靖国神社はその官軍を祭るものであり賊軍は祭っていない。西郷隆盛も西南戦争で賊軍になったから祭られていない、薩摩も一時官軍だったか賊軍となり会津も賊軍となった。明治維新が何だったのかということはこのように敵が味方になり味方が敵となったりしてわかりにくいのである。
明治維新とは武士階級が武士という身分を否定する戦いだったというのも不思議である。だから西郷隆盛は武士階級を残すために今度は国民軍と戦ったのである。その時会津の元藩士も参戦して活躍した。

靖国は古来よりの神道の伝統に反する。国家神道は明治の元勲が作り出した新興宗教であり、天皇を現人神かつ絶対神とし、天皇への盲従を強いるカルトといえる。
国家神道というのもそもそも何なのか?それは古代にさかのぼるものだろう。第一古代とういときそれを西欧の近代化に合わせるのにはそぐわないものだった。つまり自分が常に問題にしている政教分離が西欧の近代でありそれが世界的なものとして現代も問題になっている。エジプトの政治の混乱もイスラム原理主義という宗教が政治に介入して実権まで握ったことにあるのだ。だから政教分離は近代化には欠かせないものとしてあった。


●古代や中世への先祖返りとしての天皇や仏教


 王法と仏法が冥合すること。三大秘法抄に「戒壇とは王法仏法に冥じ仏法王法に合して」と述べられているところに由来する。王法とは王の法、すなわち国王の法令・政治のこと。広くは世法の意。仏法とは、末法の今日では日蓮大聖人の三大秘法の南無妙法蓮華経をいう。王法が仏法に冥ずるとは、王法が仏法の慈悲の精神、法理などに冥々のうちに基づいていくということ。

日蓮の説く思想と天皇と国家が一体化する思想は似ている。天皇崇拝は古代に返り日蓮主義は中世に帰る、先祖返りである。そこに何か日本の近代化の大きな矛盾があった。
明治維新がそれだけ西欧化するために思想的にもあらゆる面で無理強いすぎたのである。天皇を頂点にした国家作りも日本をまとめるための苦心の策であり国民をまとめるために不可欠なものとして明治天皇自体が血統とは関係なく新たに作られた人だったというのも何かそうした無理した結果なのである。


とにかく明治維新の勤皇派の過激な延長として日本の国作りがあった。それを象徴していたのが廃物稀釈だったのである。仏像を破壊したのは江戸時代は寺が役所のようにされて幕府に優遇され神社が不遇であった。利権が得られなかったとかで神社側が仏像を破壊した。それは勤皇派の過激な思想が行動化してそうなったのだ。これはヨーロッパなどで起きた苛烈なこれはカトリックとプロテスタンとの血で血を争う宗教戦争ともにていた。
その背景にはイングランドはカトリックの国でありプロテスタントが就職でも不遇であり差別されているとかが背景にあった。利権の争いが宗教争いになる。だからそうした宗教争いの不毛から政教分離の法律が生れたのである。近代化にはそうした原則があって近代化が成されのだがそれが明治維新では行われなかった。結果としてそのことが天皇崇拝の太平洋戦争に向かっていった大きな要因だった。
吉田松陰も西郷隆盛も征韓論者であり外交政策では一致していたのである。
大東亜共栄圏というのはすでに明治維新のときにあった思想であった。


天皇と国家が一体化することは日蓮主義と通じるものがある。俗世の法を超越したものとして天皇があり天皇絶対主義が生れる。日蓮主義と天皇主義が一致するものがありなぜ日蓮主義の石原莞爾などの軍人が戦争の思想的背景となったことでもわかる。太平洋戦争の思想的背景として日蓮もナショナリズムとなりやすいものがあったのだ。今でも創価をはじめとしてカルト宗教団体は同じ思想として実践している。それは明らかに政教一致なのである。だから池田大作でもまるで神のように崇拝していることに特徴がある。実際は俗物そのものでもそんなことは関係ない、権力によって祭りあげられる。天皇は古来からの伝統があるから違うにしろやはり神として祭りあげられたからカルトと同じ体質があったのかとなる。


●戦後60年で見直される敗戦のアメリカ支配と天皇の責任


一体誰が戦争を起こしたのか?今は盛んに「心に青雲」のプログ主が天皇に責任があったと昭和天皇を批判している。天皇も責任がまねがれないだろう。天皇が何ら実権がない人形とは違っていたのである。だから戦争遂行に積極的かかわったというのは今になると見えてくる。だから天皇も戦犯として処刑されるところだったがアメリカに命乞いして助かったというのは確かかもしれない、天皇は統帥権とかもっていて実権があったのである。つまり権力を行使できたから権力が与えられていたら責任があったとされる。それは漁業組合が漁業権をもっていてそれを東電に売り渡して原発が建てられた。
実権を権力をもっていれば責任を課せられ批判されるのだ。もし権力もなければ責任も問われないことになる。権力に必ず責任が課せられているのである。
現代では明らかに金を何であれもっている人は責任が課せられているのだ。だから補償金であれ多くもらった人には責任があるとなり今になると批判されるのである。
自分たちの私益のためにだけその権力を使うから批判されているのだ。


天皇は昭和天皇が生きている時はタブーだったから批判しにくかった。昭和天皇は何かジキルとハイドだったのである。戦前は軍神であり戦後はまるで違った平和の使者を自ら演じたのである。国民もそれを受け入れたことが不思議である。なぜなら確かに心の青雲のプログ主のように天皇責任論が全面にでてもおかしくないからだ。では天皇だけがそうしたのかというと国民自体もまるで天皇と同じだったのである。戦争に負けて全くアメリカ一辺倒に変質してアメリカ崇拝になったことなのである。


寒々とした気持ちにさせられるのは、日本人の卑屈なまでの変容性である。昨日まで「鬼畜米英」と叫んでいた人達が、占領下となると、 マッカーサーを父や神のごとく称え、「日本を米国の属領となし下され」と擦り寄る変わり身は驚くばかりである。世界史に例のないほど、一切の抵抗も暴動もなく、正に「よき敗北者」として新たなる権威を受け入れていく体質は、日本を考える上で重要な素材であろう。
http://d.hatena.ne.jp/nakinomacchan/20050623/1161082622


日本国民そのものが信念も何もなく戦争を遂行したことではとないか?天皇はそうした首尾一貫した思想の実践もなにもない国民を象徴していたにすぎないともなる。天皇に実質責任があっても国民もそれに従ったのだから国民にも責任があるとなる。
極端に変わることが信用できなくなるのだ。原発でも前の双葉町長が反原発になったり小泉前首相か原発推進から反原発になるのはなぜだろうとなってしまう。

原発の利権を求めて原発推進だったのでありそれが急に事故後に反原発になるときとまどうことになる。それは戦争でもそういうことが起きた。全国民が戦争に邁進して一億総玉砕として300万人以上が死んだ。それがアメリカに破れるとその戦争を全く否定してしまった。天皇がアメリカに命乞いして助かったというのもそうである。それは国民もアメリカに命乞いしていたのである。だからアメリカ自体が日本人は信用できないというのもわかる。例えば三島由紀夫が天皇は神であるべきだと言って自刀として死んだ。それも一理あったのである。天皇は現人神(あらひとかみ)としてあるべきだったというのは戦前からの一貫性を守るべきだとなればそうなるからだ。そもそも天皇が無責任だというより日本国民が無責任なのである。戦争で負ければ全く白から黒に変わり反省もしていないのだ。原発でも事故前は官僚でもマスコミでも地元でも全員利権のために賛成だったが一旦事故が起きたら反原発になることと同じだったのである。


GHQの支配下になったとき子供がギブミチョコレートになったのもそうである。戦後はこのギブミチョコレートしかなくなっていた。物質的なものを求めて高度成長になりその経済が衰退して現在にいたっている。日本人はこうして変わりやすいのである。変化に強いから適応するから明治維新も成功したともなる。ただ一億総玉砕とか一眼となるがたちまち熱狂も覚めて変節する。それが日本人の特性だともなる。

NHKのクローズアアップ現代で日本人の手紙が戦後、GHQの占領軍によって検閲されていた。それにあたっていたのが中央郵便局の官僚でありそれが検閲管であったのだ。戦争中は特高となり戦後はアメリカのスバイとなり高級とりとなる。その時就職先もないのでしかたなくなったと言っている。その人たち高官となり贅沢をするようになった。官僚はただ利得だけで今も動いているのだ。検閲というとき自分の本でも創価を批判したら図書館に置けないとか検閲されて置けないとか原発の時も反原発は政府によって検閲されていたのである。例えば政府で出す教科書でも原発の安全神話が作られていた。その体質は戦前と何ら変わっていないし権力によって国民は操作されていたのである。

それは政府だけではない巨大権力によって操作されているのは同じである。なぜ創価がこれほど批判もできないタブー化しているのか?それは天皇カルトと同じだったのである。

創価は警察にまでも会員がいてにらみをきかしているとなると政府並の権力をもっているともなるのだ。マスコミも政教新聞を刷らせて支配している。カルト創価と天皇カルトはにていたのである。それは日本が政教分離ということで明治のときから近代化していない、古代とか中世をひきづっているからそうなる。そしてそうした巨大権力に国民は従順であり300万人が今になるとなぜ死んだのか問われる。原発事故も同じである。の責任は天皇にもあったし国民にもあった。だから常に権力に対して疑問をもつことが必要なのである。マスコミも権力をになうものであり巨大権力の手先になり誤った方向に導く、それは戦争でも原発でも同じだった。マスコミに電事連から


十一の電力会社の広告宣伝費は880億、販売促進費は623億、東京電力は広告宣伝費243億、普及啓発費200億


東電だけではない電事連合がこれだけの金をマスコミに払っていたから驚きである。電事連合は民主党でも票田であり核兵器に反対でも原水協では原発には賛成していた。それだけの勢力、権力をもっていた巨大な国家並の権力集団だったのである。これはもう一企業などというものではない国家と同じである。だから財閥の会社の利益のために国家が牛耳られて会社の利益優先で国家が動かされているというのもわかる。こうした巨大会社には一地域とか市町村ではもう対抗できないのである。
だから東電によって一地域が容易にふみにじられてしまう。その莫大な資金でふみにじられてしまったのである。

posted by 老鶯 at 11:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層