2013年10月10日

漁業権の素朴な疑問(2)(魚の話)



漁業権の素朴な疑問(2)

(魚の話)

●漁業権の本来の目的


漁業権とか入山権とかの権利はそもそも漁業権だったら貝類であれ魚であれ海の産物を育成して守ることが基本になっている。それが犯されると海の幸で生活しているものが生活できなくなるから深刻であった。それで浦安では漁業権を守るために三義人が死んて祭られている。それほどまでに漁業権は大事なものとしてあった。

浦安の歴史
http://members.jcom.home.ne.jp/ums/urayasu.html

原発か建てられた周辺の双葉相馬漁業組合の漁業権の矛盾は原発が建ったら海が汚され魚でも貝でもとれなくなる。その生活の場が失われことは命にかかわる。でも現代は別に金さえもらえば生活はできる。漁業するより十倍ものを金を補償金としてもらえるなら漁業するより金をもらって暮らした方がいいともなる。それだけ払える金か東電にはあった。

そもそも漁業権とは漁業を守るためのものに与えられていたのである。その漁業権を巨額な補償金とともに売り渡すということが矛盾している。理屈にあわないと他の人が言うのは当然である。素人の人が魚をとっていけないというがでは漁業権をもっている人がそれほと漁業のことを大事に思っているかとなるとそうではない、素人の人はただ釣りを楽しむ遊びだが俺たち漁師は命をかけて漁をしているのだ。その言い分もわかる。現実に漁は危険をともなっていて遭難する船が必ずある。松川浦でも最近でもあったし妻は無事を祈り送りだしていた。だから外から見れば漁師はそれだけ危険を犯して魚を獲って与えてくれるからありがたいとなる。前は石鰈を売りに来るのを食べていた。新鮮だからこれが一番うまい、ただ一匹二千円とかなったときもあり高いから地元の人でもあまり買わなかった。

そういう魚を食べられることはありがたいことだったのであり海側に住む人の特権でもあった。そして漁師は新鮮な魚しか食べない、とれたての魚しか食べない、二日もしたら古いとなる。自分でとったものを作ったものを食べる人は新鮮なものが食べられる。農家でも自分の畑からとれたてのものを食べるからうまいとなる。

日本でもサシミでもそうだが旬のものをとれれたてのものを食べることが文化であり健康を保つ所以だった。海の幸は特にそうだった。こうして石鰈を会津の友達に送り会津の身知らず柿が代わり送られてきた。この石鰈は会津の人に喜ばれたことがわかる。新鮮だからうまいとなるし食べられないものだからである。確かにスーパーで売っていたとしても古くなっているからうまくないのである。魚は鮮度が一番問題であるから


●江戸の魚河岸

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人いきれのなかを売り手の怒号のような声が飛び交います。威勢が良いというか、乱暴というか、まるで喧嘩でもしているかのような勢いですが、これが魚河岸流。何といっても魚は鮮度が命、サッと並べてパッと売ってしまうのを身上としましたから、恐ろしいほどの勢いで取引が行われます。魚河岸の威勢の良さは鮮魚の活きの良さと競争するようなものだったわけです。

だから魚河岸といえば江戸っ子の見本のようなものだといわれました
http://www.sakanaya.co.jp/history/03_02.html


江戸っ子の威勢のいい言葉ここから生まれている。日本橋に魚河岸があった。そこでは常にとれたての魚が取引されていた。だから魚を売る人買う人で人が行き交いにぎわっていた。日本橋でも空が明けてゆく江戸の街が描かれている。そこには魚を天秤棒で運ぶ魚屋がいる。大名は国へ日本橋をわたり出立してゆく、あの風景は冬なのだろう。


寒の空明けて大名に魚売り


こんな句が想像で作られる。庶民は目黒のサンマであり大名は鯛とかマグロとかカツオを食っていたのだろう。江戸の風景にはこの魚河岸とか魚売りか欠かせなかったのである。

ゆく春や鳥啼き魚の目はなみだ


芭蕉のこの句も不思議なものの一つである。これが何を意味しているのかいろいろ言われてもわかりにくいのである。魚の目となみだというとき隅田川を魚河岸と身近に暮らしていて魚を常に見ている親しいものだからこうして魚と常に接していたけどこの魚河岸ともお別れだなとという意味なのかもしれない、鳥が鳴くというとき何の鳥なのか?
鶯だと言われるが繁華な所に鳴いていたのか?鳥と魚が何か関係があるのか?
これほど不思議なの句もない、ただ魚の目は涙というときいかに魚を見ていたかだけはわかる。普通魚の目に注意している人はいない、ただ料理する時、魚の目に注意することはある。ともかく江戸の魚河岸の近くに住んでいたからこんな句が生まれたことは確かだろう。


浜通りは海に面しているし魚と関係している。原町区の金沢では前のように浦にってしまって一部が干潟になってしまった。そこにフグの稚魚だと思うが大量に押し寄せて跳ねていた。前にもフグを見たからフグは結構大量にいる。それを手づかみしてとった。子供に帰ったようで興奮した。子供の時とっていたのは川の魚である。海の魚は松川浦のような所に住んでいないとなじみがないのである。福島県の浜通りには海の文化がそれなりにあった。これは中通りや会津にはない。津波も400年前に現実にあり津神社がその時の記念として祭られていた。

いづれにしろ漁師でも自分たちでとったとれたての魚が食べられない、農民でも自分の土地でとれる米でも野菜でも食べられない、いくら補償金でまかてえてもそのことが一番わびしいやるせないことではないか?魚を自分でとることの喜び、そして自ら一番鮮度のいい魚を食べることが海に住むものの幸せだった。それは農民にも言えた。自ら実りを手にするときの喜びは他に変えがたいものがあったはずである。ただ現代は米にしても売るために作っている。米作くたってこの辺じゃ売れないよと言う時、自分で食べる米をすでに考えていない、売ることだけを考えている。それだけ金が必要になっているからそうなってしまったのである。


●漁民も農民も本来の目的をないがしろにしていた


ここでは漁業権のことを問題にしているけど漁業は宮城県の十分の一しか福島県には生産量がなかった。福島県でもそれほどの漁港がなかった。そしてそもそも第一次産業自体が全国で衰退していた。だから江戸時代のように漁業権を守るために死ぬほどのことはしない。かえって原発が建つからそれて多額の補償金の虜になるのもわかる。
ただ漁業権はもともとは海の資源を育て守るために漁業権が与えられているのであり
東電から補償金をもらうために漁業権が与えられているのではなかった。
そこが理屈にあわないし外から見ても納得がいかないのだ。

だから海は誰ものですか、漁業組合のものですかと疑問になった。漁業組合が独占するものですか?海とはみんなのもでありただ漁師に漁業組合に委託されたものではなかったか?それはあくまでも海の資源を守るためであり東電に漁業権を売り渡し多額の補償金をもらうためではなかった。そんなことのために漁業権が与えられてはいなかった。

そもそも自然は誰のもでもない、その土地だって農民のものとは限らない、もちろん農協のものでもない、それはただ委託されたものであり所有できるものでもないのだ。
たた先住民にはそれなりの権利があった。ただその権利が農地でも農業を守り育てるものとは違い企業に売るものとして権利が変わった時漁業権でも農業権でも変わってしまった。

だから歴史的にも漁業権でも農地でも本来の目的のための権利ではない、それが会社や国から補償金を得るための権益と化してしまっていたのである。
漁業権もない農地もない人も別に田舎に住んでいる。その人たちは全く権利がないのか、直接たずさわらない人には全く権利がないのかとなった。
外部のものは何にも言うなとかなるとそれはただ私益のためであり結果的に海は汚染されてしまった。だから漁業権に対して外部のものが何も言えないこと権利ももたされないということが何か理屈にあわないものでもあったのだ。
これは原発に土地を売った人でもそうである。その土地が権益化してその狭い土地を買えば原発が建てられるというのも危険なことだった。ただ直接原発が建つためにはそうした狭い範囲の許可があれば建てられたのである。でも事故が起きて広範囲に被害があり原発はそんな狭い範囲で決めていいものではなかったのである。


ただ原発は何なのか、国自体も安易すぎたのである。最初、読売新聞の正力松太郎がアメリカのエージェントとなり自分の野心のために原発を利用しようとして宣伝した。
マスメデアの国民の洗脳が最初にあり今度はそれにのっかって政府が中曽根首相などが原発導入に政治的に働きかけた。原発というものが何か深く国民的議論や国レベルでも検討していないのである。一番変に思ったのはアメリカでは地震や津波を恐れて西海岸に原発を作らず東側に作っていた。アメリカの方が安全性には注意を払っていた。
日本では地震国であり津波国なのに国の風土を考えず原発を安易に導入した。
第一なぜ読売新聞社の社長が率先して原発導入したかもわかりにくい。
アメリカに古いマーク1を買わされたといっても日本の責任で買ったことになるから日本に責任がないとは言えない、拒否もできた。


結局原発は人間の限りない欲望の象徴と化していたのだ。東電の経済力は3兆円の資産があったとか田舎では想像を越えたものとなっていた。だから金であらゆるものを買収できたのである。官僚自体もそうであり天下り先となっていたし地域でもそうである。
原発の問題の根源には一電力会社では原発は危険だから国で保証してくれないとやれないとなっていた。原発は国策として作られたものであり国の責任も重かったのである。

一地域とかの問題ではなかった。国自体の問題であった。ところが国といっても国ってなんだろうとなる。国も読売新聞社の社長に私物化されたり一東電の会社の意のままにされるとか権力をもっているものに意のままにされる私物化される。現代では国より会社が大きな存在となる時、会社の方が国じゃないかとさえなる。ただ東電でも国のお墨付きが与えられなければ原発は作れなかった。ともかく原発は一地域のレベルの問題ではなかった。国家的な重要問題であったけど国は管理を怠り東電の意のままになっていたのである。
つまり現代は国といってもそれほどの力がなく会社の力が巨大であり会社の意向のままに動く。なぜなら国家の一員というより常に活動しているのは会社の一員として日々活動しているからだ。戦争の時だったらまさに命をかけて国家の一員として活動していたことになる。現代は企業戦士というように国家の力が希薄になっているからかえって問題を起こしたともなる。

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干潟と化した金沢地域

ここはもともと浦だったのである、その浦にもどったのである。
ただ水門から魚が大量に進入してきた。
ここで魚がぴちぴち跳ねていた。
だから手掴みで5匹とってきた

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この稚魚だけどやはたフグの子なのか?
稚魚でもフグは毒がある書いてあった。
これを野良猫に食わせたら中毒になったかもしれない、
猫は内蔵う食う食うからである。
あそこが干潟になれば様々な海の生物がすみつくようになる
松川浦には干潟はないからだ

posted by 老鶯 at 09:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連