2013年09月09日

秋の俳句十句(秋雨から秋が早足に・・・)

 

秋の俳句十句(秋雨から秋が早足に・・・)

ひまわりの一日十分に光浴ぶ

介護して遠くに出られじ秋の蝉
墓あれや上栃窪に秋の蝉
金毘羅の碑も淋しきや秋の風
秋日さしここに落ち着く岩二つ
古き碑に秋風しみぬ我が老いぬ
隣り合う仮設にあわれ秋の風
三年目仮設住まいや秋の風
虫の音や隣り合いつつ三年目
パソコンにもの書く我や秋の風


我が家に夏の名残や蝉一つ思い切りなき耳にひびきぬ
我が作る味噌汁をだしあたたかき母の介護や秋となるかな
飯館の石に座りて我が一人聞き入りてあり秋の蝉の声

飯館の道行く人のまれにして石によりつつ竜胆の咲く


今日は久し振りで晴れた。何かかなり秋が早足に来ているようだ。


秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる


これは8月8日ころの立秋の時でありもうそれから一か月過ぎているから今の時期でない、もう明らかに秋風である。
まだ夏の蝉らしいのがないていた。今頃になりひまわりが咲きだした。ひまわりを放射能の影響で一杯植えているから今年も一部咲きだしたが一面に咲く光景は見ない、枯れてしまったのが多いのかもしれない、ただこれから咲き始めるのか?となると季節外れである。ひまわりは十分に光を受ける必要がある。それでこそひまわりの本分を発揮するのだが夏がすぎて秋になってしまった。


今日は遠くの方でかすかに一匹くらいしんみりと鳴くのが聞こえる。ここ半年は相馬市と原町は用事で行って行っていたけど今年は本当に遠くに行っていない、家事が結構な仕事なのである。食事の用意、洗物、掃除、買い物がありゴミの始末も一仕事なのである。介護もありおにぎり一つ作るのも手間になる。

何か飯館あたりに自転車で行くのも億劫になった。上栃窪というと奥でありそこに金毘羅の碑が固まってある、あれはいつでもみていた。栃窪には古い碑が多いのだ。あれは金毘羅参りした旅の記念である。
自分もも相当旅したから旅を思い出しふりかえるのが思い出すのが今や旅することになった。ただ今やそれも遠くなり今はまた秋風が身に染みる。


野ざらしを心に風のしむ身かな 芭蕉


秋風にしても場所により年により感じ方が違ってくる、心境の変化は常にあり年だけではない病気や苦難があったりするとまた変わるのだ。この六年間の自分の苦難は心境を変えた。津波原発事故でもこの辺はみんなそうである。
もう仮設住宅にしても三年目なのである。秋風がそれなりに身に染みる。
仮設は長屋なのであるただ贅沢している長屋である。補償金は大きいからだ。
しかしこの辺はあと十年くらいすると秋風が本当にしみるようになる。

補償金も三年で打ち切りとなるとかになり産業も育たつ工事関係者も去ってしまうと急激に寂れてしまうかもしれない、病院の看護婦長が募集しても看護師は来ない、帰ってくるのは病人であり介護される方でありそういう老人ばかり増えてくるのだ。あと十年たったらこの辺では老人はふえても介護する人もいなくなるかもしれない、そういう恐怖がこの辺にはある。補償金をいくたもらってもこの辺はもう豊かになること栄えることはないように見える。補償金はバブルに過ぎないのである。

この辺からは有益な働き手が去ってゆき夕張のような限界集落のようになるかもしれない、ただ鹿島区は人口がふえて家が次々に建っている。最近は復興住宅が増えている。町内に人口が集中してきたのである。