2013年09月03日

南相馬市で起きている小高、原町、鹿島区の対立 (住民エゴが復興をはばんでいる)


南相馬市で起きている小高、原町、鹿島区の対立

(住民エゴが復興をはばんでいる)


●住民エゴのキーワード


本当に「自分さえ良ければ・・・」「自分の為には、他人が譲歩すべきだ・・・」みたいな、自己中心的な思考回路の連中が多くて息苦しい時代になってきましたね。
http://damasareruna.blog65.fc2.com/blog-entry-980.html


本音を云えば、基地を撤去せよなんて地元の人々は思っちゃいない。わざわざ基地の隣に住んで庭に鉄塔を建て、ひたすら戦闘機の離着陸を邪魔する連中だって、騒ぎを起こして補償金をせしめようと企むだけで、基地がなくなると逆に困る。かって基地周辺の学校を移転させようと県が決定したら、住民から俄かに反対運動が起こったと云う
http://yohkan.iza.ne.jp/blog/entry/2491564/


原発をこの地に誘致した旧浜岡町時代の元町長は桜ヶ池のある池宮神社の境内で銅像となってその功績を称えられ、その次の町長は浜岡原発が5号機まで建設されたことに対する大功労者として、中部電力から毎月30万円という慰労金が支払われている。この金は、生涯受け取ることができるのだという。このように、この地では原発の功労者は篤く報われ、原発に異論を唱えるものはアカではないかと後ろ指を差され、ひどい場合には村八分にされたのだった。
http://www.janjanblog.com/archives/29147


住民は、「お金をもらえればよい」「補助金をもらえればよい」と思っているだけかもしれないが、そういう風潮が蔓延したならば、政治家が、自分が当選するためだけのバラマキ政策をやり続けることになり、国全体としては赤字体質になってしまう
http://blogs.yahoo.co.jp/tosimitu1962/14138330.html

いつまでも地域エゴを許容し、ガレキの処理もできないようでは、
日本という国は立ち直れない
http://kunimatu.seesaa.net/article/253241479.html


住民エゴのキーワードで調べるといろいろでている。一番出ているのは沖縄である。沖縄は常に基地問題で政府から援助されている。基地のあるところに住んでいた人は東京で贅沢な暮らしをしているといわれるのも基地に土地があった人の補償金は大きいのである。だから表面的に反対しても実際は基地があってほしいとなる。
その補償金が大きいので原発地域でも同じようになっている。原発が建つ前に利権があり建ってからも利権があり事故後も利権があった。その一番の利権を得たのは浜通りの漁業組合だった。請戸に原発御殿が建ったとかいわれるのもそうでありそれが相馬市の磯部でもそういう人がいた。漁業組合に入っている人は船主だったらその利権は大きかったのである。そして今では海は汚染され漁業は壊滅的打撃を受けた。


漁師の人が「自分がどうしてこの浜にいるのかわからない」とテレビで言っていたが漁師なのに魚をとらないとしたら自分はなんなんだという疑問が生まれた。でも手厚い補償金がでているから別に生活には困らないのである。補償金で暮らせるけど魚をとらない漁師は漁師なのか、ただ毎日海をながめて何もしない、それはもう漁師ではないだろう。農家でも補償金がもらって働かなくてもいいにしても毎日暇だからパチンコばかりしていたら農民なのかとなる。働くということが単に金を得るという行為ではない、自然界の中で働くことは第一次産業は自然と直接かかわるものでありその仕事自体が他の仕事と違っていたのではないか?何かそうした根源的なことが問われたのが津波であり原発事故だった。


●鹿島区が一所帯百万もらえたのも住民エゴだった


鹿島区の人たちが小高区の人が仮説に入ったとき、土地を貸しているのだから小高区の人と同じように補償金をもらえるべきだと訴えて桜井市長が市の財政から鹿島区の人たちに一所帯百万払った。これも批判された。
これも鹿島区の住民エゴだったのである。最初は義援金とかで払われるのかと思った。でも最近精神的損害として鹿島区にも一人十万七カ月分はらわれることになった。これは原町区ではすでにもらっていたのである。
その不満が鹿島区にもあったから訴えて東電でも政府でも補償するようになった。この補償金と政府や東電からの補償金が性質がまるで違っていた。南相馬市の財政からでたというときそれは南相馬市全体のために使うべきものだった。そのことにより南相馬市全体で不利益をこうむったのである。それは鹿島区の住民エゴであった。でも自分も得したからいいと思っていた。それでも今になると別に一カ月十万を七カ月補償されるとなるとこの金は大きいと思った。すると鹿島区の人たちの住民エゴは間違ったものだと思った。

なぜなら実際は南相馬市全体のサービスに使うべきものであり鹿島区の住民のためだけに使うべきものではない、市の財政からは出すべきものではなかったのである。それは鹿島区の住民さえ得したようで損したのである。なぜなら南相馬市全体のサービスに使われるものが鹿島区の住民にも使われなくなるからだ。

ここまで深く考えが及ばなかったのか、議論がたりなかったのか?
今回はいろいろ混乱していて事情がのみこめない人がかなりいると思う。
もっと情報を伝えて議論すべきだった。それは議員レベルだけではない、南相馬市全体が一つの家族のようになり家族会議を開き喧々諤々になっても議論してみればどういうことなのか理解できたのである。
つまり今南相馬市の問題は直接民主主義のようなことが必要でありもう議員や市長や役人だけでは解決つかないのである。市長は鹿島区の住民エゴに応じるべきではなかった。

それだけの財政支出をどうするのか,家族会議のようなものを開けばそう簡単にそんな巨額の金を鹿島区の住民のために使えなかったかもしれない、何を優先順位にして使うべきかが今や問題になっている。

つまり一番困っている人を優先順位にしなければならないし仕事にしても医療が第一ならそこに金を使ったりするべきなのである。津波で家をなくした人なども優先順位として高いからそこにこそ予算を組み金を有効に使うべきだったのである。何でも平等というのは結果的に不平等になっているのが民主主義になってしまった。
みんな一様にするのが平等だということではない、実際に一番困っている人が優先的に援助を受けられるべきだからである。結果的に鹿島区の住民エゴで鹿島区の人が得したようで損もしたのである。
なぜなら南相馬市全体としての財政が減ったのだからそれだけ他のサービスが受けられなくなる。老人だったら介護関係とかそうした施設の建設にも金が回らなくなるから南相馬市に住むことは老人にとって損だとなる。


結局南相馬市は本当に小高区-原町区-鹿島区に分断されてそれぞれの思惑が入り乱れてエゴがむきだしになっているのだ。だから合併したのは損だったと鹿島と小高では言っている。小高は小高の事情があり鹿島には鹿島の事情が生まれたからである。ならば小高は小高町としてしまとまり国でも主張すればわかりやすい、ところが小高、原町,゛鹿島は事情が違うのに南相馬市として一つのものとして考えるからわかりにくくなったのである。そして原町区だけが得しているというのはそもそも南相馬市は原町区中心にあるのだから当然そうなったのである。


●やっかいなお荷物となった小高区


南相馬市で一番の問題は小高区である。ここは人は住んでいないしこれからも住めるかどうか見えてこない、帰らないという人も多いし、帰るところではないというし自ら帰らないのだというのもある。住むことをあきらめている人もかなりいる。小高区は小高区全体が一時人が住まなかったし今も住んでいない、会社もなくなり働く場所もないし病院もないしと鉄道も通らないからそんなところに住めるかと言うのもわかる。
一方で家や田んぼ土地がある人はが多いから帰ってもう一度住みたいという人もいる。

津波の被害にあった浦尻の人などはもう住む場所もないから鹿島区で土地を探し家を建てたいと言っていた。
あの家は一週間で建ったんだよとかうらやましそうに言っていた。暇だから家を建つの見ていた。
土地がなくて土地が売ってくれる人がなくて家が建てられないとしきりに言っていた。
鹿島区ではすでに百軒くらい新築になったように見える。だから鹿島区は活気がでている。人口も外部からの人もあわせると三割以上増えたかもしれない、浪江の人も来ているし大熊の人も家を建てたとか言っている。
一軒は旧式だけど立派な家だった。あとは最近の組立式の家だった。


小高区の人たちは南相馬市民としては今ややっかいなお荷物となっているのだ。ただ補償金が多くもらえるとかやっかみの対象にもなりそれで鹿島区の人たちも訴えて補償金がもらえるようになった。
小高区の人にすれば鹿島区にいても原町区にいても肩身が狭い、これは原発避難民はみんなそうなる。
仮設住宅から外に出ないという人もテレビで放送していた。仕事もせずぶらぶらしていると何をしているのかと見られるからそうなる。一方ではパチンコ屋通いや飲み屋で札びらを切ったとか批判される。
普通だったらそんなことをひかえるのだが何もすることがないからそうならざるをえない事情もある。補償金をもらっても仕事がないということもこの辺では問題になっているのだ。


漁師が一体自分はこの浜で何でいるのかわからないということがそうである。魚をとることがないなら補償金で暮らしていても自分は何なのだとなる。それは農業関係者にも言える。
自分の仕事がなんだったのかも問われている。普通だったらそんなことか考えない、むずかしいことなど考えない、でも「魚をとらないならこの浜にいる自分は何なのだ」と問うときそれは哲学的問題になっているのだ。
仕事の根源的意味を問うているからだ。仕事は金だけではない、人間の根源的な問題として今までもあった。
金を得るというだけのものではない、ただ普通はそんなことを問うことはない、魚がとれれば喜びとれなければがっかりすくというだけであった。それがそもそも魚をとることもないで日がな海をながめてるだけなら自分は何なのだと問うようになったのである。

南相馬市民として合併したのは日が浅いから小高ー原町ー鹿島と言っても一体感がまだ作られていない、それも影響しているのかもしれない、でも同じ南相馬市民となったときそういう連帯を作るのはこれからであり歴史を作るのはこれからだとも見れる。それもあっても小高区はやっかいであり切り捨てた方がいいとかにもなる。

小高区の住民をみんなかかえこむことは原町でも小高でも重荷になる。土地の問題にそれが一番現れている。
土地は限られているから小高に帰って住んでもらいたいと市の方で言うのもわかるのである。
小高の住民は小高に住むようそれぞれみんなで努力してほしいとなる。小高の人たちが小高を放棄すれば土地がもったいなとなる。南相馬市全体でもかなりの経済的損失になる。だから小高の人たちは確かに多額な補償金をもらっても自らの住む基盤を失いもてないとすると苦境にたたされている。それもまたそこに住む人の宿命だったのだろうか?原発事故に距離に比例してその苦難を負わされたのである。


●原発が作られたのも住民エゴだった


原発そのものが住民エゴから作られていたのだ。原発が作られれば町が豊かになる。その一点で町は団結できる。小高町は合併する前に小高町の住民エゴで東北電力の原発が建てられることになっていた。南相馬市に合併してからそれはすでに小高町の時に決められていたから引き継いだ。しかしこのことがもし合併後に問題になったら簡単に決められなかったかもしれない、なぜなら原町区が入るとそこは5万とかの人口がありそれなりに反対勢力もでてくるからである。そうした知識人もいたし勢力もある。小高区になると狭い地域だから反対派は村八分になりつぶされてしまう。でも原町区が入るとそうはならない、原発が住民エゴで決められていたことがそもそも間違いだった。漁業組合にしても一つの団体エゴだった。全体のことを考えてはいない、自分たちだけが得すればいいというだけである。漁業組合の会合で原発事故以後も汚染水問題でもめていて海に流すことを反対していた人がいたがその人も少数派であり全体の意向としては海に流すのもしかたがないとなっていた。

それも東電の補償金がからんでいるのかもしれない、まず原発事故以後も漁業組合には莫大な補償金が流れているからだ。

結局こうした団体組織のエゴがあることはやむを得ない、地域エゴもすべてが悪いとはならない、ただ民主主義が機能していない、そのエゴを主張するなら漁業者だけが住んでいるわけではない、その漁業者は実際はわずかな一部なのである。第一現代は地方でも第一次産業は漁業でも農業でも木材業でもこの辺でも全体の生産の一割にもみたない、そうだからこそ常に漁業だけでやっていけないとか、農業だけでやっていけないとか、跡継ぎもできないとか言われてきた。それだけの収入が得られないからそう言われてきた。その一割にも満たない、漁業組合の人達が原発では大きな利権を得ていたのである。ではあとの9割の人たちはどういう人たちなのか?
それは大方会社員であり直接漁業組合の人たちのように原発の利権にあづかることは少なかったろう。


結果的には事故になり一番打撃を受けたのは第一次産業の人たちだった。魚もとることもできない、米も作ることができない、森林も汚染されたから木材も売れないとか第一次産業が一番打撃を受けたのである。
でも現代は第一次産業主体の経済ではないからそれで致命的打撃とはならない、会社が存続すればまだ成り立つ、米とか外部から仕入れても安いからそれほど打撃を受けていないのである。六号線とか常磐線が寸断されたことが一番打撃だったのはそうした広域経済圏の中に組み入れられているからそうなったのである。

いづれにしろ本当は南相馬市は膝つきあわせてそれぞれの問題を話しあうことが大事なのかもしれない、ただそれぞれのエゴをむきだしにしても今の問題は解決しない、自分の得ばかり考えても解決しない、そういうことは自分にも言える。どうしても自分のエゴが優先される。でもお互いに話し合いないことには相手のことを見えてこないからそうもなる。
ともかくこの津波原発事故以後この辺が様々なテーマをもつ地域になった。民主主義がどうのこうのというのもそうした話し合ってこそ見えるものがあるからそうなる。それはあまりにも様々な深刻な問題をかかえる地域になったからである。

 
posted by 老鶯 at 20:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連