2013年09月01日

津波の前に起きた南相馬市などの事件 (モラルの荒廃が津波を呼び起こした?-インターネットで発見した自分と同じ感想)


津波の前に起きた南相馬市などの事件

(モラルの荒廃が津波を呼び起こした?-インターネットで発見した自分と同じ感想)




東仙坊、その事件のことを知らなければ、福島県南相馬市なる地域に関し、全く想像する術もなかった。
しかも、その事件が公開捜査になったのは、3月11日の地震発生のちょうど1週間前の3月3日。
やはり、どこかその事件が今回の大震災、そして大震災後の卑怯で卑劣な犯行ともコネクトしている気がするのだが…。
きっとこのままでは、天の怒りを抑えられないと思うが、どうだろう?


2月19日の午後6時ごろ、福島県南相馬市原町区桜井町に住む、福島県立相馬農業高校3年女子生徒(18歳)が、「男友だちと会う」と家族に伝え外出。
その後、家族に携帯電話のメールで「これから家に帰る」と連絡があったが(?)、いまだに帰宅せず、携帯電話はつながらない状態。
2月21日(??)、家族が福島県警南相馬署に「娘が帰らない」と捜索願。
失踪女子高生は、身長約160cm、中肉で面長、髪は黒の直毛で肩まで伸びていて、外出時の服装はカーキ色のフード付きジャンパー、灰色のスエットズボン、サンダル履き(??)。

そこで、親が知っていたのか(?)、会いに行ったはずの20代男友だちに、警察が任意で事情聴取。
そのオトコは、「女子高生とつき合っていた(?)。2月19日夜に数時間会って別れ話をした後(?)、市内で車から降ろし別れた」とその日に会ったことを認めたが、その後、自宅近くで自殺しているのが見つかったというから、???
また、南相馬市内の海岸で、オトコの車が焼けた状態で発見。
さらに、女子高生の所持品も見つかっていない。


この「福島県南相馬市女性歯科技工士失踪事件」の被害女性の車の状況と、「茨城県北茨城市女性殺人事件」の被害女性の状況は、極めて酷似していると思わないか?
そして、こんな卑怯で卑劣な犯行が簡単に行われてしまう風潮に、天が怒っていると思うのだが…。
実際、昨日からメチャクチャ群発している地震の震源地である「福島県浜通り」って、福島県南相馬市付近では?
も、も、もしかして、今回の大震災で、この「福島県南相馬市女性歯科技工士失踪事件」の被害女性(?)、「福島県南相馬市女子高校生失踪事件」の被害女子高生(?)の亡霊(??)が出てきたりしたら、そのうえ、そのドラムスコの店や家族が、自殺したオトコの家族が改めて被災していたら、ますますそう思えてこないか?


これだけ日本中が、襟を正し、極めて真摯な気持ちで、それこそ燃えるキャンドルの炎を見つめながら、命の大切さ、命の儚さを再認識しているときに、こともあろうにその被災地で、略奪だけはさすがにないものの、窃盗、空き巣、強姦、そして、卑怯で卑劣な殺人を犯す人非人が現れ、メチャクチャ暗澹たる気持ちにさせられているのは、東仙坊だけではあるまい。

(この機会に、経済復興よりも、モラル再生を優先すべき)!
http://tohsenboh.blog41.fc2.com/blog-entry-1206.html





津波の一週間前に萱浜(かいはま)で女高生が行方不明になり男が松林で自殺した。これは津波が来る直前のできごとだった。その後行方不明の女高生は死体で発見された。そして一週間後に津波がきて萱浜(かいはま)は悲惨な状態になった。このことが津波と何の関係があるのか?つまりこういう事件と津波を関連づけて考えている人はまれである。津波は自然の法則のように起こるものであり人間のこうした事件と関係ないと思っている。
でも自分も最初から人間の怨念が悪い念がたまりにたまってその悪い念を一掃するために津波が起きたと前に書いた。ただ個々の事件と津波を結びつける人はまれである。それでもこうしたことを考える人がいることはインターネットならではのものなのだ。なぜなら常にキーワードで探しているから同類のものを探すことになるからだ。これはやはり自分と同じようなことを考えていたなというものにあたる。

日本の災害をモラルの荒廃のためだとしたことは新しい考えではない、古くからあったのである。
それはノアの洪水からはじまっているから新しい考えではない、なぜこんな巨大な災害が起きたのか?
それが明らかに人間側にあり人間の罪が積み重なってもう自然界から神からみたとき許せないとなり巨大な自然災害が起きてくる。台風のような災害と今回の津波のような災害は違っている。
津波はノアの洪水とにていたというとき本当にそういう恐怖を味わった。原発事故も一緒になり本当に人類の最後が来たのかと恐怖した。人類滅亡の恐怖でもあったのだ。


天変地異が人間の責任として道徳的に理解されていたように衣食住の恵みも福祉も点の恵みあるいは神仏の恩寵として理解させられていた。(日本倫理思想史-和辻哲郎)


古来こういう思想は世界的にあった。天皇とは本来は天地の神に祈りをささげ災いをもたらさないように祈る司祭だった。だから天皇は権力者ではない、司祭だから精神的シンボルとなりえた。神道でもあかき心というときすなおな心というときその心が正すことにより神に仕える。そうしたあかき心とかなおき心とかが喪失するとき災いが起きてくる。天皇が災害地を巡るのは日本の国土の平安を神に祈るためなのである。具体的な復興事業は政治がするものだが災害をまねがれるためにはそれだけではできない、どんなに防波堤を高くしても津波は越えてきた。人間の技術には限界がある。原発にしても科学という人間の奢りが災いをまねいたのである。

現代のモラルの荒廃は極点に達していた。単なる技術の問題ではない、モラルの荒廃、人間の欲とか科学者の奢りでもそうしたモラルの荒廃があり津波が天罰のごとくもたらされた。今は科学の時代だからそんなことがあるのかと否定するがやはりあかき心やなおき心の人が多ければ多いほど自然と和み平和が増進される。
それが江戸時代だったのである。もちろん盲目の人が栄養失調で一割いたとか暗黒面はあった。ただ比較的大災害が少なかった。だから江戸時代は戦争もない、大災害もない平和がつづいた。その前は戦国時代であり南北朝騒乱の時代でありその時も慶長津波のように大災害があった。そして明治維新以後は関東大震災とか大きな災害もあり戦争でも3百万人以上が死ぬという災難の時代だったのである。西欧文明が入り物質的には豊かになっても技術的には進歩しても人心は乱れる荒廃する時代だったのである。もちろん日本人のモラルとなったあ
あかき心とかなおき心などはない、ただ利だけを追求する心しかなくなった。きたなき心しかなくなったのである。
戦後でもアメリカ化一辺倒になったこともアメリカの物質至上主義と金だけが価値観となりただ人は金をもうけるものが偉いとなり何もモラルが喪失したのである。明治維新後日本人の人心の荒廃は極点に達していたとき今回の大津波が起こったのである。そういう時代的には末世になっていたからこそそうした天変地異も起こるし外国からの驚異もましてくるのである。

人間に災いが起きるのは「人間の力で恵みがもたらされた、ゆえに栄光は人間にある」こう思うとき人間に天罰が下る。ネブカドネザルが正気を失う直前に自慢して,「この大いなるバビロンは,わたしが自分の偉力の強さをもって王家のために,またわたしの威光の尊厳のために築いたものではないか」と語った

こう思ったときこの王は正気を失い牛になったのである。バベルの塔も神の怒りにふれて崩れた。今回の原発事故も神の怒りにふれたのである。そこには科学者からあらゆる原発を推進した人たちが裁かれた。国にも大きな責任があったしその恩恵をこうむった地元の人にもあり官僚にもあり政治家にもありあらゆる人にあったのである。いかに人間にとって奢りが危険なものになるかである。神のような力をもつ・・・科学者はそういう奢りになっていた。それが無惨に打ち砕かれたのである


自分の個人的ことに関してもふりかえると信じられないことの連続だった。それは身内の一人が認知症になったことからはじまったのである。認知症自体も本当に不可解な病気であり未だに訳のわからない病気だった。しかしこれにもモラル的なものがあったのかもしれない、自分の身内のの場合は確かに冷静にみればあった。身内だからなかなか客観的には見れないがモラル的に問題があった面はある。ただ功罪があり身内だから客観的に評価するのはむずかしい。いい面と悪い面があったからだ。
個々の犯罪のことをとりあげたが自分もむごい犯罪にあった。今までは人間はみんないい人だとのんきに楽観的に見ていた。今はそうみない、これほど人間はひどいのかとここ六年間の経験で変わってしまった。

だから犯罪にあってから毎日その犯罪者をのろい憎みつづけた。それは自分でも激しいものだった。やはり金の恨みは一番大きくなる。それは具体的だからそうなるのだ。津波が起こるまで呪い憎みつづけた。そうしているうちに津波が来たことに驚いたのである。だから南相馬市の萱浜(かいはま)で津波の直前に起きたことが津波を誘発したというのも自分の体験と共通していたのである。何か現代は凶悪な犯罪が続発していないか?
それは人間のモラルが喪失して人間が欲望の野獣化していて歯止めがなくなっている。一人一人が他人は狼だともなっていないか?そういう野獣化したモラルもなにもない社会への罰として警告として津波が起こったというのも当然だとも思うようになる。ただこういうことを指摘する人はまれである。実際に津波や原発事故以後も
東電の幹部はみんな外国の東電関係の会社に入り安泰であり誰も責任をとらないのである。補償金問題でも欲むきだしになり地元でももめているようにその後もやはりモラル的なものは荒廃している。
そしてこの後モラルが改めることもないとき、どうなるのか?さらなる巨大な津波か、災害が日本を襲ってくる。世界にも襲ってくるのではないか?なぜなら別に一向にモラルは改まらないしかえってまた補償金でもめているように南相馬市はまた津波の前の事件があったようにそういう状態に戻っているからである。

posted by 老鶯 at 22:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2013年09月03日

南相馬市で起きている小高、原町、鹿島区の対立 (住民エゴが復興をはばんでいる)


南相馬市で起きている小高、原町、鹿島区の対立

(住民エゴが復興をはばんでいる)


●住民エゴのキーワード


本当に「自分さえ良ければ・・・」「自分の為には、他人が譲歩すべきだ・・・」みたいな、自己中心的な思考回路の連中が多くて息苦しい時代になってきましたね。
http://damasareruna.blog65.fc2.com/blog-entry-980.html


本音を云えば、基地を撤去せよなんて地元の人々は思っちゃいない。わざわざ基地の隣に住んで庭に鉄塔を建て、ひたすら戦闘機の離着陸を邪魔する連中だって、騒ぎを起こして補償金をせしめようと企むだけで、基地がなくなると逆に困る。かって基地周辺の学校を移転させようと県が決定したら、住民から俄かに反対運動が起こったと云う
http://yohkan.iza.ne.jp/blog/entry/2491564/


原発をこの地に誘致した旧浜岡町時代の元町長は桜ヶ池のある池宮神社の境内で銅像となってその功績を称えられ、その次の町長は浜岡原発が5号機まで建設されたことに対する大功労者として、中部電力から毎月30万円という慰労金が支払われている。この金は、生涯受け取ることができるのだという。このように、この地では原発の功労者は篤く報われ、原発に異論を唱えるものはアカではないかと後ろ指を差され、ひどい場合には村八分にされたのだった。
http://www.janjanblog.com/archives/29147


住民は、「お金をもらえればよい」「補助金をもらえればよい」と思っているだけかもしれないが、そういう風潮が蔓延したならば、政治家が、自分が当選するためだけのバラマキ政策をやり続けることになり、国全体としては赤字体質になってしまう
http://blogs.yahoo.co.jp/tosimitu1962/14138330.html

いつまでも地域エゴを許容し、ガレキの処理もできないようでは、
日本という国は立ち直れない
http://kunimatu.seesaa.net/article/253241479.html


住民エゴのキーワードで調べるといろいろでている。一番出ているのは沖縄である。沖縄は常に基地問題で政府から援助されている。基地のあるところに住んでいた人は東京で贅沢な暮らしをしているといわれるのも基地に土地があった人の補償金は大きいのである。だから表面的に反対しても実際は基地があってほしいとなる。
その補償金が大きいので原発地域でも同じようになっている。原発が建つ前に利権があり建ってからも利権があり事故後も利権があった。その一番の利権を得たのは浜通りの漁業組合だった。請戸に原発御殿が建ったとかいわれるのもそうでありそれが相馬市の磯部でもそういう人がいた。漁業組合に入っている人は船主だったらその利権は大きかったのである。そして今では海は汚染され漁業は壊滅的打撃を受けた。


漁師の人が「自分がどうしてこの浜にいるのかわからない」とテレビで言っていたが漁師なのに魚をとらないとしたら自分はなんなんだという疑問が生まれた。でも手厚い補償金がでているから別に生活には困らないのである。補償金で暮らせるけど魚をとらない漁師は漁師なのか、ただ毎日海をながめて何もしない、それはもう漁師ではないだろう。農家でも補償金がもらって働かなくてもいいにしても毎日暇だからパチンコばかりしていたら農民なのかとなる。働くということが単に金を得るという行為ではない、自然界の中で働くことは第一次産業は自然と直接かかわるものでありその仕事自体が他の仕事と違っていたのではないか?何かそうした根源的なことが問われたのが津波であり原発事故だった。


●鹿島区が一所帯百万もらえたのも住民エゴだった


鹿島区の人たちが小高区の人が仮説に入ったとき、土地を貸しているのだから小高区の人と同じように補償金をもらえるべきだと訴えて桜井市長が市の財政から鹿島区の人たちに一所帯百万払った。これも批判された。
これも鹿島区の住民エゴだったのである。最初は義援金とかで払われるのかと思った。でも最近精神的損害として鹿島区にも一人十万七カ月分はらわれることになった。これは原町区ではすでにもらっていたのである。
その不満が鹿島区にもあったから訴えて東電でも政府でも補償するようになった。この補償金と政府や東電からの補償金が性質がまるで違っていた。南相馬市の財政からでたというときそれは南相馬市全体のために使うべきものだった。そのことにより南相馬市全体で不利益をこうむったのである。それは鹿島区の住民エゴであった。でも自分も得したからいいと思っていた。それでも今になると別に一カ月十万を七カ月補償されるとなるとこの金は大きいと思った。すると鹿島区の人たちの住民エゴは間違ったものだと思った。

なぜなら実際は南相馬市全体のサービスに使うべきものであり鹿島区の住民のためだけに使うべきものではない、市の財政からは出すべきものではなかったのである。それは鹿島区の住民さえ得したようで損したのである。なぜなら南相馬市全体のサービスに使われるものが鹿島区の住民にも使われなくなるからだ。

ここまで深く考えが及ばなかったのか、議論がたりなかったのか?
今回はいろいろ混乱していて事情がのみこめない人がかなりいると思う。
もっと情報を伝えて議論すべきだった。それは議員レベルだけではない、南相馬市全体が一つの家族のようになり家族会議を開き喧々諤々になっても議論してみればどういうことなのか理解できたのである。
つまり今南相馬市の問題は直接民主主義のようなことが必要でありもう議員や市長や役人だけでは解決つかないのである。市長は鹿島区の住民エゴに応じるべきではなかった。

それだけの財政支出をどうするのか,家族会議のようなものを開けばそう簡単にそんな巨額の金を鹿島区の住民のために使えなかったかもしれない、何を優先順位にして使うべきかが今や問題になっている。

つまり一番困っている人を優先順位にしなければならないし仕事にしても医療が第一ならそこに金を使ったりするべきなのである。津波で家をなくした人なども優先順位として高いからそこにこそ予算を組み金を有効に使うべきだったのである。何でも平等というのは結果的に不平等になっているのが民主主義になってしまった。
みんな一様にするのが平等だということではない、実際に一番困っている人が優先的に援助を受けられるべきだからである。結果的に鹿島区の住民エゴで鹿島区の人が得したようで損もしたのである。
なぜなら南相馬市全体としての財政が減ったのだからそれだけ他のサービスが受けられなくなる。老人だったら介護関係とかそうした施設の建設にも金が回らなくなるから南相馬市に住むことは老人にとって損だとなる。


結局南相馬市は本当に小高区-原町区-鹿島区に分断されてそれぞれの思惑が入り乱れてエゴがむきだしになっているのだ。だから合併したのは損だったと鹿島と小高では言っている。小高は小高の事情があり鹿島には鹿島の事情が生まれたからである。ならば小高は小高町としてしまとまり国でも主張すればわかりやすい、ところが小高、原町,゛鹿島は事情が違うのに南相馬市として一つのものとして考えるからわかりにくくなったのである。そして原町区だけが得しているというのはそもそも南相馬市は原町区中心にあるのだから当然そうなったのである。


●やっかいなお荷物となった小高区


南相馬市で一番の問題は小高区である。ここは人は住んでいないしこれからも住めるかどうか見えてこない、帰らないという人も多いし、帰るところではないというし自ら帰らないのだというのもある。住むことをあきらめている人もかなりいる。小高区は小高区全体が一時人が住まなかったし今も住んでいない、会社もなくなり働く場所もないし病院もないしと鉄道も通らないからそんなところに住めるかと言うのもわかる。
一方で家や田んぼ土地がある人はが多いから帰ってもう一度住みたいという人もいる。

津波の被害にあった浦尻の人などはもう住む場所もないから鹿島区で土地を探し家を建てたいと言っていた。
あの家は一週間で建ったんだよとかうらやましそうに言っていた。暇だから家を建つの見ていた。
土地がなくて土地が売ってくれる人がなくて家が建てられないとしきりに言っていた。
鹿島区ではすでに百軒くらい新築になったように見える。だから鹿島区は活気がでている。人口も外部からの人もあわせると三割以上増えたかもしれない、浪江の人も来ているし大熊の人も家を建てたとか言っている。
一軒は旧式だけど立派な家だった。あとは最近の組立式の家だった。


小高区の人たちは南相馬市民としては今ややっかいなお荷物となっているのだ。ただ補償金が多くもらえるとかやっかみの対象にもなりそれで鹿島区の人たちも訴えて補償金がもらえるようになった。
小高区の人にすれば鹿島区にいても原町区にいても肩身が狭い、これは原発避難民はみんなそうなる。
仮設住宅から外に出ないという人もテレビで放送していた。仕事もせずぶらぶらしていると何をしているのかと見られるからそうなる。一方ではパチンコ屋通いや飲み屋で札びらを切ったとか批判される。
普通だったらそんなことをひかえるのだが何もすることがないからそうならざるをえない事情もある。補償金をもらっても仕事がないということもこの辺では問題になっているのだ。


漁師が一体自分はこの浜で何でいるのかわからないということがそうである。魚をとることがないなら補償金で暮らしていても自分は何なのだとなる。それは農業関係者にも言える。
自分の仕事がなんだったのかも問われている。普通だったらそんなことか考えない、むずかしいことなど考えない、でも「魚をとらないならこの浜にいる自分は何なのだ」と問うときそれは哲学的問題になっているのだ。
仕事の根源的意味を問うているからだ。仕事は金だけではない、人間の根源的な問題として今までもあった。
金を得るというだけのものではない、ただ普通はそんなことを問うことはない、魚がとれれば喜びとれなければがっかりすくというだけであった。それがそもそも魚をとることもないで日がな海をながめてるだけなら自分は何なのだと問うようになったのである。

南相馬市民として合併したのは日が浅いから小高ー原町ー鹿島と言っても一体感がまだ作られていない、それも影響しているのかもしれない、でも同じ南相馬市民となったときそういう連帯を作るのはこれからであり歴史を作るのはこれからだとも見れる。それもあっても小高区はやっかいであり切り捨てた方がいいとかにもなる。

小高区の住民をみんなかかえこむことは原町でも小高でも重荷になる。土地の問題にそれが一番現れている。
土地は限られているから小高に帰って住んでもらいたいと市の方で言うのもわかるのである。
小高の住民は小高に住むようそれぞれみんなで努力してほしいとなる。小高の人たちが小高を放棄すれば土地がもったいなとなる。南相馬市全体でもかなりの経済的損失になる。だから小高の人たちは確かに多額な補償金をもらっても自らの住む基盤を失いもてないとすると苦境にたたされている。それもまたそこに住む人の宿命だったのだろうか?原発事故に距離に比例してその苦難を負わされたのである。


●原発が作られたのも住民エゴだった


原発そのものが住民エゴから作られていたのだ。原発が作られれば町が豊かになる。その一点で町は団結できる。小高町は合併する前に小高町の住民エゴで東北電力の原発が建てられることになっていた。南相馬市に合併してからそれはすでに小高町の時に決められていたから引き継いだ。しかしこのことがもし合併後に問題になったら簡単に決められなかったかもしれない、なぜなら原町区が入るとそこは5万とかの人口がありそれなりに反対勢力もでてくるからである。そうした知識人もいたし勢力もある。小高区になると狭い地域だから反対派は村八分になりつぶされてしまう。でも原町区が入るとそうはならない、原発が住民エゴで決められていたことがそもそも間違いだった。漁業組合にしても一つの団体エゴだった。全体のことを考えてはいない、自分たちだけが得すればいいというだけである。漁業組合の会合で原発事故以後も汚染水問題でもめていて海に流すことを反対していた人がいたがその人も少数派であり全体の意向としては海に流すのもしかたがないとなっていた。

それも東電の補償金がからんでいるのかもしれない、まず原発事故以後も漁業組合には莫大な補償金が流れているからだ。

結局こうした団体組織のエゴがあることはやむを得ない、地域エゴもすべてが悪いとはならない、ただ民主主義が機能していない、そのエゴを主張するなら漁業者だけが住んでいるわけではない、その漁業者は実際はわずかな一部なのである。第一現代は地方でも第一次産業は漁業でも農業でも木材業でもこの辺でも全体の生産の一割にもみたない、そうだからこそ常に漁業だけでやっていけないとか、農業だけでやっていけないとか、跡継ぎもできないとか言われてきた。それだけの収入が得られないからそう言われてきた。その一割にも満たない、漁業組合の人達が原発では大きな利権を得ていたのである。ではあとの9割の人たちはどういう人たちなのか?
それは大方会社員であり直接漁業組合の人たちのように原発の利権にあづかることは少なかったろう。


結果的には事故になり一番打撃を受けたのは第一次産業の人たちだった。魚もとることもできない、米も作ることができない、森林も汚染されたから木材も売れないとか第一次産業が一番打撃を受けたのである。
でも現代は第一次産業主体の経済ではないからそれで致命的打撃とはならない、会社が存続すればまだ成り立つ、米とか外部から仕入れても安いからそれほど打撃を受けていないのである。六号線とか常磐線が寸断されたことが一番打撃だったのはそうした広域経済圏の中に組み入れられているからそうなったのである。

いづれにしろ本当は南相馬市は膝つきあわせてそれぞれの問題を話しあうことが大事なのかもしれない、ただそれぞれのエゴをむきだしにしても今の問題は解決しない、自分の得ばかり考えても解決しない、そういうことは自分にも言える。どうしても自分のエゴが優先される。でもお互いに話し合いないことには相手のことを見えてこないからそうもなる。
ともかくこの津波原発事故以後この辺が様々なテーマをもつ地域になった。民主主義がどうのこうのというのもそうした話し合ってこそ見えるものがあるからそうなる。それはあまりにも様々な深刻な問題をかかえる地域になったからである。

 
posted by 老鶯 at 20:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2013年09月04日

地方政治の堕落が原発事故にも結びついていた (議員も生業化して利権追求のみとなった)


地方政治の堕落が原発事故にも結びついていた

(議員も生業化して利権追求のみとなった)


どこの党も避けて通る現代日本が抱える3大問題B ・・・地方議員の生業化の残念さ
http://damasareruna.blog65.fc2.com/blog-entry-1073.html


※日本の地方政治が腐っている根本原因 → 「議員の家業化・生業化」
 
日本の地方政治のレベルが異常に低いのは、議員が専業化し、家業・生業となっているからに他なりません。
大して決めることもないのに(諸外国なら無報酬ボランティアでできる程度の仕事)、昼日中から、大の大人が何十人も集まって、ミミッチイ公金の使い先を考えてるだけ・・・

こんなモチベーションの上がらない仕事を生業にする人間の資質など、たかが知れているので、・・・

→ 地方議員の人的レベルは、非常に低い。 
→ ロクなことが出来ない、ロクなことをしない。
  (そもそも地方議会など大してやることないのに、専業議員なので、研修という名の観光旅行や談合で時間つぶし・・・)
→ 家業・生業化しているので、政治信条・主張などよりゼニ・カネ(生活)優先
→ 与野党もなく、利害共通 オール与党。全く牽制効きません。
→ 政・財・官も癒着、腐敗しまくり、公金ムダ使いし放題
→ 二世議員や役人出身の天下り議員が再生産され、永久機関のように悪循環!



このサイトの指摘は盲点をついていた。「住民エゴ」のキーワードからリンクして見つけた。
なぜ原発事故が起きたのか?原発が作られたのか?
その原因を追求してゆくと様々あるにしろ地方政治の問題もあった。
それがすでに地方政治が地方議員などが何の役にも立たない、政治として機能していない問題があった。
その主要な原因が実は生業化した給料も安定して年金までもらえる利権としての職業となっていたことだという。議員は昔のように土地の有力者が金持ちがボランティアとしてやるものではない、明確に職業として給料を得るためでありその給料も今では大きいから議員を目指すという人が主流となった。
一見それはプロ化していいことではないか?
ところがかえって給料が報酬が確実にもらえるから議員になりたいという人が主流になったとき、その報酬の方に目が奪われて議員に立候補する。そこに議員になる動機が不純なものとなっていた。


人間は働くというとき前にもベーシックインカムについて書いた時、そのことを指摘した。
ベーシックインカムとは働く明確な動機がないなら働かなくてもいい社会である。
それは昔、議員が名誉職として自腹をきって金持ちの人が故郷に尽くしたいという動機でしていたのとにているのだ。給料を得る必要がないのだから純粋にその動機のために仕事することになる。
だからボランティアという働き方はその動機にかなった働き方にもなる。
被災地の何らか役に立ちたいというときその動機は金を得るためではないからだ。
働くというとき本当はその動機が重要であり動機が不純だと結局、利権が自分の利益だけを追求するようになる。

地方政治が堕落して機能しなくなったというとき議員もそうだし住民エゴでもそうだったようにエゴの利益、利権だけの追求になる。政治は今や利益、利権の追求が目的であり議員も議員になれば名誉も得られる金も得られる権力がもてるとなりなる人が多数である。その原因がボランティアではなれない、それだけの経済的余裕がないからそうなっているのだ。だから民主党の鳩山由紀夫が財閥で金を出して民主党を作ったときそれはボランティアであり自分の利益を得るためではないからかえってそれが悪いものとはならない、小沢氏がいつも悪者として批判されたのは鳩山由紀夫のように政治資金をもてないからいかがわしい献金でもとらねばならないからそうなっていた。ボランティアにもいろいろ批判があるけど自分の利益を求めないのだから動機が純粋だとなる。


そして地方政治は左翼系に蹂躙されて支配されているとか言われるのも地方政治がある一部の団体の利権の場としてただ利権を利益を得る場としてのみあるようになったからそうなる。公明党でもカルトの創価がバックにあって利権追求になっている。共産党でもやはり自らの団体の利権追求の場として地方の政治を蹂躙する。もともと江戸時代は寺は役所化していて利権を一人じめしていた。僧侶が俺は宗教の専門家だというときこれも利権化していた。宗教の専門家が堕落の原因だった。京都辺りではやはり観光利権として寺があり僧侶がある。
これもすべ利権化した職業化したからそうなったのである。戒名利権もそうである。宗教自体職業化することが間違いだった。それはカトリックの歴史が語っている。
全く宗教が政治化して利権化していたからである。土地所有などでも教会が利権をにぎったとかこれは仏教の僧侶組織が利権化したために
権力掌握を目指す信長と争うことになったのである。
要するに政治は権力追求であるからしかたないにしても共産主義政権も中国では露骨に賄賂政治になったようにそれが政治だからとめようがないというのもわかる。
そうした地方政治の行き着く先はただ利益を得ればいい、利権獲得だけが問題になる。もしボランティアの金持ちなどが議員だったらそうはならない、金持ち喧嘩せずというように自らの利益を得ることではない、余裕をもって政治に参加できるし主張もできる。もちろん政治には利権利得から離れられないにしても別に議員やめても経済的に困ることはないのだから主張は通すことができる。


これはマスコミでも同じである。スポンサ-が会社でありカルト宗教団体でありそうしたものの宣伝であり宣伝機関になっているから東電のような巨大スポンサーは批判できない、新聞を出すには金はかかりすぎるし本だって流通させるとなるとそうなる。マスコミが何らフクシマの原発について批判できなかったのはよって立つ基盤の経済力がないからである。それはすべてのマスコミに言える。新聞やテレビは金がかかりすぎるから巨額の金を必要とするから大会社やカルト宗教団体や組織、団体の応援がないとできないからそうなる。
インターネットだと問題はあるにし無料でも報道できるからしているのである。そこには利益を得る給料をもらえるからということはない、かえって自ら支出してもそれも無料と同じだからみんなしているのである。
だから意外とインターネットの報道には真実をつくものがある場合がある。
今回のサイトでもそうだった。これは誰も指摘していないというときそうなのかと納得したからである。


なぜフクシマ原発が作られ事故が起きたかというとこういう政治の構造があった。すべてが漁業組合でもそうだし地方の議員でもそうだしただ利権、利益の獲得を第一として政治があることにあった。それで富岡町長の5億円の金庫が津波で流されて拾ってくることを頼まれたとかの噂になったのである。
相馬市の議員にも義援金が200万円支払われたとか市長が殴られたというかのもそうである。
議員も利権、利得追求しかないからそうなる。ボランティアの金持ちだったらそんなものいらないよと拒否できるがそれぞれが議員が生業であり家族を養わねばならないとなるとそういう利権のみに敏感になり公の目的はないがしろにされるのである。

ともかく原発の利権は莫大なものでありそこに地方政治はもう利権が利得が第一としてのみこまれしてしまったのである。住民ももちろん利益を求めるからそうなる。それに逆らうものは村八分にされてその町に住めなくなっていた。こういうすべてが利権構造と利益を求める結果として原発が作られ事故にもなった。
東電でもコストカットを第一として安全を計らなかったし政府も官僚も安全を計らなかった。東電では金がかかるから安全対策は後手後手になっていた。官僚も監督しないで東電への天下り先として見逃していた。
すべてが利権利得として追求するから必然的に大事故になったともいえる。
だからそうした人間の限りない欲に対して自然が神が怒ったのかもしれない、原子力発電は魔法のようだけどきわめて極めて危険なものだということを専門家でも知っていても知らせなかったのである。

エネルギーとは簡単に手に入るものではない、それは江戸時代からロウソクがどれだけ貴重だったとか書いてきた。明かりをともすことは相当な贅沢なことだった。それが電気の時代になったときあまりにも簡単にエネルギーが得られるので忘れてしまったのである。

家事をやっていてジャガイモはなかなか煮えない、するとIHヒーターでもガスでもかなりのエネルギーを消費するなと思った。一人分とか二人分だとジャガイモ一個二個をにるのにもったいなとかなる。現代のエネルギーの浪費は個々の家庭でエネルギーを消費するからそうなっているということにも気づいた。ジャガイモをたくさんにて大勢で食べた方がエネルギーを浪費しない、風呂でも銭湯屋があったらみんなで入るからエネルギーを浪費しない、一軒一軒になるとそのエネルギーの消費がどのくらいに拡大化したか想像がつかない、それだけエネルギーを浪費する贅沢な時代になっていた。電気は便利だからそうした経済感覚がつきにくいのである。


ともかく南相馬市などでももう市長とか議員レベルだけではもう解決できない、様々な問題が生まれた。
もともと地方政治は住民のために機能しなくなっていた。それが議員の問題でもそうであり要するにただ利権利得の追求が最優先されるだけものでありそれが原発事故に通じていたのである。

ベ-シックインカムの悪い例が原発事故周辺の市町村
(補償金で誰も働かず市町村は衰退、荒廃、消滅?)

http://musubu2.sblo.jp/article/68953307.html

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2013年09月06日

芸術は何からはじまったのか? (芸術は日常の生活からはじまり建築と一体化して発展した)

 

芸術は何からはじまったのか?

(芸術は日常の生活からはじまり建築と一体化して発展した)

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いけばなの始まりは室町時代中頃。床の間の原型 「押板(おしいた)」 が誕生し、そこを飾る1つとして挿花(そうか)が生まれたことが、今に続く生け花の始まりだと言われています。
 

人間は最初は食料を得ること食べることで必死だったから果たして花を見てかんどうしていたかどうかわからない、縄文土器などは実用であり花を活けることはしなかったし花の絵模様なども見かけない、芸術の起源は実用でありそれ意外になにものもない、何か実用でないものから出発しないものはない、壺でも水を入れるとか実用が第一でありそのあとに壺に装飾性が加えられた。時間が経つにつれ装飾性にこるものができるのは理解できる。


日本で生け花が生まれたのは室町時代であり京都から生まれたのもわかる。奈良時代は万葉集の時代は主に野の花を歌ったものであり日本人的原始的心性が歌われていた。つまり京都になると文化の時代になったのである。そして生け花というのはまず生け花自体だけをとりあげて存在しない、最近家の整理や自分で修理していたりしてわかったことがあった。床の間というのが家に生まれたとき付随して生け花も生まれたのである。山水画も床の間に飾るようになった。絵というのは額縁にはめて孤立してあったものではない、必ず屏風絵とか襖絵とか建築に付随して絵があった。それは外国でも同じであり教会に付随して建築を装飾するものとして絵があったし

音楽も教会音楽から出発している。日本でも仏様に花を供えるということで生け花の起源がある。
額縁に入れた絵だけ鑑賞するということはなかったのである。音楽でも教会音楽だから聖堂の中で聞いていた、祈りながら聞いていたのである。そもそも芸術というのは全体的なものであり孤立したものではない、社会組織の中で生まれたものであり生活が基本にある。俳句だって座から生まれたということがそのことを示している。交際が洗練化して文化化した。あいさつでも日本では必ず気候の変化が激しいから最初は農民でも天気のことがあいさつになる。それが洗練化して文化化して季語となり俳句という芸術に発展した。

芸術はもともと生活から遊離して生まれたものではない、そもそも専門家の芸術家など存在しなかった。
宗教のはじめでも専門の僧侶やら牧師など存在しない、みんな農民であり漁師であり職人だった。
貧乏だったからそんな芸術の専門家を養うことができないから存在しえないのである。
俳句でも豊かな町人が生まれてそれがパトロンとなり俳句の専門家が生まれたが俳句で飯など食うのは容易でないから一茶のように極端な貧乏人しかいなかった。

そもそも現代はあらゆるものが職業でもパーツ化しているけど百姓は百の仕事をもっていたというように広範囲な現場の実用的知識をもっていた。時代をさかのぼればのぼるほど専門家は少なくなり全人間的なものとして人間はあった。たから芸術も絵だけが分離してあるのではなく建築と一体化して発展してきたことでもわかる。
建築と一体化して絵も生きてくるし彫刻も活きてくる。欄間なども彫刻であり職人が芸術化してできたものである。絵を絵だけ鑑賞していることは近代に起こったことでありそれは百年も満たないくらいの歴史しかない、また絵だけを買い絵だけを鑑賞するということも近代の商業主義から起きたことである。

オランダで商業で豊かになり豊かな商人が肖像画を注文したりして写実主義が発展したことでもわかる。
商人は極めて現実を写実的にとらえるからオランダの写実的な絵画が生まれたとなる。空想的にはならないから現実的な写実的絵画となった。

フェルメールの絵で最近気づいたことがある。フェルメールの絵は家の付属品、調度品として飾るのに一番向いていたのである。ただそれを単品として鑑賞してもその絵が映えないのである。自分が古い家の一角に飾ってそれを否応なく毎日見ていてわかった。この絵では家政婦が水を汲んだり壺に入れたり極めて日常的なものとしてある。でもこれを毎日見ているとまさにこの家政婦が家と一体となりリアルに存在している。この家政婦の女性は太っている方が存在感がありにあっている。何か頼もしいという感覚になる。手伝いさんを一時雇っていたからこういう女性がいたら自分の家もいいなと思った。家政婦とか女中とか手伝いさんはオランダの商人でも豊かになった家には不可欠ものだったのである。この絵を飾っているとこの家政婦が本当に家と一体化して存在しているように見えるから不思議なのである。これを博物館とか単品で見ているとそんな感覚はあまりでてこないのだ。だから絵とか彫刻でも博物館とかで鑑賞するものではない、それはもともと寺の伽藍であり教会であれ貴族の館であれ家と一体化して飾られていたものなのである。部分化したとき貧弱なものとなりその価値は減退したのである。現代はあらゆるものが全体から分離してパーツ化しているから本来の芸術の意味が失われたのである。イタリアのルネサンスは個々の芸術家の才能ではない、ギリシャからローマからイスラムから歴史的総合的なものとしてルネサンスが起こったのである。全体の中で活かされたから壮観なものとなった。


テレビで装花として世界的活躍する人を紹介していた。それができたのも大阪という国際都市があってこそであった。なぜなら大使館などで飾り付けを頼まれたことにより世界的活躍する場所が生まれた。地方では大使館などないのだからそういう人も生まれないのである。そしてこの人がなぜ花の芸術家になえたか,花栽培している農家に生まれたということも影響している。花屋も兼業していたことも有利だったのである。
正直都会からだけ現代のような大都会から花の芸術が生まれということはありえない、花はそもそもいろいろあっても深山幽谷に咲く花にこそ花が映えるということがあるからだ。茶の湯のわび、さびの心は都会人の心ではない、でも商人が勃興して豊かになって堺の商人出身の千利休によって芸術にされた。つまり文化が生まれ素地というのはもともと田舎にあった。土を離れて大地との生活と遊離して芸術もありえないのてある。

そして田舎だけでも生まれないのだ。堺であれ京都であれ都が都市があって文化が養成される。
それも巨大都市ではない、奈良も京都も今の10万規模くらいの地方都市の規模だったのである。
そこにはまだ土の匂いがあり自然に咲く花の心も理解できるところである。
花の心は本当は都会人には理解しにくい、自然に咲く花は自然と調和したものだから森があり川があり山があり草原があり海があり湖があって映えるものだから人工物だけの大都会からは自然そのものを理解できないのである。天才が生まれるのは地方都市であり大都会から生まれないというのはそうした素地がないのだから当然そうなっているのだ。人間は生れた育った環境に影響されるからそうなる。毎日高層ビルを見上げていても自然のことはわからないから当然そうなるのである。

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チューリップの花瓶は航空で買った
なかなか外国では荷物になるからお土産買えなかった。
階段を上り二階にゆくとき必ずこの絵を見ている

これも家が広いから飾る場所でまた違ったものとなる。
家というものがそもそも活きた博物館にもなっているのだ。
生活の中で芸術が活かされてこそ芸術も活きてくる。
だから廊下の壁に飾るものは広いから大きな絵が必要になってくる
コピーの絵をはめると絵が日常の生活の中で活きてくるようになる

自分の家はすでに40年以上立っているから壁が古くなっている
それがまたにあうのである。
古い家には40年でも歴史が生れるから新しい家と違ってくるのである。
外国では古い家が残るから歴史的感性が養われるのである。

2013年09月08日

秋の短歌10首(粛殺の秋風)

 
秋の短歌10首(粛殺の秋風)


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目覚めれば蝉の鳴くかな朝静か母なお生きむ98越えて
我が一人部屋にしあれば秋の雲徐々に移りて流れゆくかな
津波跡沼の生まれて沢瀉の咲きて眠れるトウスミトンボ
縁二つ今年は切れて秋風のさやかに吹きぬ石の黙しぬ
縁二つ切れて秋風静粛に戯言聞かず石は黙しぬ
東京は遠きにあれや我知らず石の心に我は生きなむ
沈黙の石の重さよそは知れな語るも無益秋風の吹く
一時の華やぎ過ぎし青春や新宿に死す歌手のあわれも
釘打ちの木製のバチンコ屋虚しくも費やされにし青春の時
でで虫の休むたき時休むなれまるまり一つ秋の雨ふる


 杜甫87
    北征            北征              (中]T十句)

  昊天積霜露     昊天(こうてん)  霜露(そうろ)積(つ)み
  正気有粛殺     正気(せいき)  粛殺(しゅくさつ)たる有り
  禍転亡胡歳     禍いは転ぜん  胡(こ)を亡ぼさん歳(とし)
  勢成擒胡月     勢いは成らん  胡を擒(とりこ)にせん月
  胡命其能久     胡の命(めい)  其れ能(よ)く久しからんや
  皇綱未宜絶     皇綱(こうこう)  未だ宜(よろ)しく絶ゆべからず
  憶昨狼狽初     憶う昨(さく)  狼狽(ろうばい)の初め
  事与古先別     事は古先(こせん)と別なり
  姦臣竟?醢     姦臣  竟(つい)に?醢(そかい)せられ
  同悪随蕩析     同悪  随って蕩析(とうせき)す

  ⊂訳⊃
          いまや天空に 霜や露が積み重なり
          正義の気は  ひしひしと漲っている
          蕃族を亡ぼす年は  禍を福に転じ
          蕃族を虜にする月は 形勢ととのう
          蕃族の命運はつづくはずがなく
          綱紀は断絶してはならないのだ
          思えば去年 慌ただしい事件のはじめ
          ご処置は   これまでと違っていた
          姦臣はついに処刑され
          仲間の悪人もいっしょに滅ぼされた


「正気有粛殺」自分の短歌とこれは同意である。秋風はまさに粛殺の風なのである。親戚といっても遠い親戚になるけど今年は縁を二つ切った。何か縁というのもいい縁ならばいいが悪い縁は持続できないし悪い影響を受ける。そして意外と遠い親戚でも縁を切るというのは相当な覚悟が必要だったりなかなか腐れ縁でも切れない、縁を切ることは一大事になることがある。だから結婚すると深い縁になるからなかなか切れない、そしてストカーで殺人まで起きる。殺されるか殺すかそこまで縁を切ることは覚悟が必要になってくる。縁切り寺があるのもわかる。いくら言っても道理もなにもわからない人がこの世には多い、そういう人にいくら語っても無益である。語らない方がかえって真実を示すことになる。結局何か人に教える諭すということが徒労なのである。その道が間違っていても人は聞かない、カルマでも自分で悟ることができないからだ。自分がどう行動したらいいのかわからない、そしてカルマを積み重ねてゆく、またカルマを脱することは相当なエネルギーが必要であり人は楽な方に傾き安い、だからいくら諭しても悪い方でも我が道をゆくとなる。


なんか離婚騒動があり巻き込まれた。裁判になるとかいかに縁を切るということが困難なのか?
意外と縁結ぶのは安易である。恋愛関係に陥るのもそうである。人間は縁を結ぶときはその重大さに気づいていないのだろう。しかし一旦縁を結ぶと腐れ縁であれ何であれ簡単には切れないのである。因縁を断つというのは相当な覚悟が必要になる。縁を切られない限り延々とまとわりつきゆすられ
る。そのために殺人まで起きるのはストカー事件などで起きている。逃げても逃げられないという恐怖であるまさに因縁をつけられて角田のような恐いことになる。あれは親戚関係から因縁をつけられてあれほどの犯罪になった恐怖である。親戚関係というのも恐いものなのである。
まともな親戚も少ないし金がからんでくると恐い、いくら理不尽でも相手はかまわない、なんとか金をとろうとするから殺人までになるのだ。まあ、今回は遠いから縁を切れやすかった。遠いということはすでに縁が何であれ遠のいているのだ。年とったら遠くの親戚より近くの他人でありもう親子でも遠くはあてにならないのである。


秋風は粛殺の風である。最近は雨ばかりふっているから秋雨になっている。
小さなでんでん虫が一つまるまり動かない、秋の雨がしとしとふっている。でんでん虫のように休みたいときには休みたい、自分はそういう生活をしてきた。二日くらいどういうわけか眠りつづけた。時々疲れるのか眠りつづけるのが自分である。自分はずっとそういう生活をしてきた。だから体が弱くてもこれまで生きてこられたのか?会社が過酷だったら過労死になっていた。
そういうふうに恵まれたのはどういうわけか家族の一人がそれを許したことによるのだ。
ただ六年間はその自由な生活のツケが回り塗炭の苦しみを受け続けてきた。
これも自分のカルマだった。そんなに恵まれたままには終わらなかったのである。
人間は必ずカルマを負わされ返還を要求される。母を介護しているのもそうである。
これもカルマの返還を要求されてそうなっているのだ。
ただ六年の苦難をすぎて何か楽になりつつある、運命が転換しつつあるのかもしれない、そんなに悪いことは人間はつづかないみたいだ。悪いことばかりつづいてら生きるのも嫌になるだろう。

運がどこで転じてくるか人間はわからないのだ。運命の転換は必ずしも一人ではできない、思わぬ人との出会いとか何か新たな縁が生まれて運が転換することがある。
その前に悪い縁を切ることが新たな運を作ることになるのだ。その悪い縁を切ることが一大事なのである。
 原発事故周辺の変転はすさまじい。それぞれの運命がどうなってしまうのかと思う。

バソコンを新しいのを買った。自分の場合どういうわけか富士通をずっと買い続けてきた。
親指シフトで文章を書いていたからそうなったともいえる。ローマ字だと遅くなるし疲れるからパソコンが嫌になっていただろう。文章をスムーズに書けないとパソコンでも使えないのだ。
windows8はやはり今日セットアップしたばかりだか使い安い、インタ-ネットも前よりずっと見やすく音もいいので英語のニュースを英語で聞いていると音になれるみたいだ。
画面をきれいでワイドだから見やすいのである。
技術は日新月歩だからいつまでも古いのこだわると損する。金をけちっても損する。
なぜならもう老人は金より時間か大事だからである。金をけちっていたら貴重な時間が消失してゆくからだ。パソコンもすでに13年とかたっている。
それでもパソコンはわからないのが多いのである。それだ多機能になってしまった。
通信の面ではまた格段と進歩している。でも自分は今はほとんど遠くに外出しないできないからスマホなど必要ないのだ。動画までパソコンに送り即座にプログなどでアップできるにしても自分は外出しないから必要ないのである。今は家の整理に毎日追われていた。物の整理だけではない、人も整理した。そして整理の仕事は延々と終わらないのである。これまでの情報の整理もあるから整理しきれないのである。

 
 

2013年09月09日

秋の俳句十句(秋雨から秋が早足に・・・)

 

秋の俳句十句(秋雨から秋が早足に・・・)

ひまわりの一日十分に光浴ぶ

介護して遠くに出られじ秋の蝉
墓あれや上栃窪に秋の蝉
金毘羅の碑も淋しきや秋の風
秋日さしここに落ち着く岩二つ
古き碑に秋風しみぬ我が老いぬ
隣り合う仮設にあわれ秋の風
三年目仮設住まいや秋の風
虫の音や隣り合いつつ三年目
パソコンにもの書く我や秋の風


我が家に夏の名残や蝉一つ思い切りなき耳にひびきぬ
我が作る味噌汁をだしあたたかき母の介護や秋となるかな
飯館の石に座りて我が一人聞き入りてあり秋の蝉の声

飯館の道行く人のまれにして石によりつつ竜胆の咲く


今日は久し振りで晴れた。何かかなり秋が早足に来ているようだ。


秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる


これは8月8日ころの立秋の時でありもうそれから一か月過ぎているから今の時期でない、もう明らかに秋風である。
まだ夏の蝉らしいのがないていた。今頃になりひまわりが咲きだした。ひまわりを放射能の影響で一杯植えているから今年も一部咲きだしたが一面に咲く光景は見ない、枯れてしまったのが多いのかもしれない、ただこれから咲き始めるのか?となると季節外れである。ひまわりは十分に光を受ける必要がある。それでこそひまわりの本分を発揮するのだが夏がすぎて秋になってしまった。


今日は遠くの方でかすかに一匹くらいしんみりと鳴くのが聞こえる。ここ半年は相馬市と原町は用事で行って行っていたけど今年は本当に遠くに行っていない、家事が結構な仕事なのである。食事の用意、洗物、掃除、買い物がありゴミの始末も一仕事なのである。介護もありおにぎり一つ作るのも手間になる。

何か飯館あたりに自転車で行くのも億劫になった。上栃窪というと奥でありそこに金毘羅の碑が固まってある、あれはいつでもみていた。栃窪には古い碑が多いのだ。あれは金毘羅参りした旅の記念である。
自分もも相当旅したから旅を思い出しふりかえるのが思い出すのが今や旅することになった。ただ今やそれも遠くなり今はまた秋風が身に染みる。


野ざらしを心に風のしむ身かな 芭蕉


秋風にしても場所により年により感じ方が違ってくる、心境の変化は常にあり年だけではない病気や苦難があったりするとまた変わるのだ。この六年間の自分の苦難は心境を変えた。津波原発事故でもこの辺はみんなそうである。
もう仮設住宅にしても三年目なのである。秋風がそれなりに身に染みる。
仮設は長屋なのであるただ贅沢している長屋である。補償金は大きいからだ。
しかしこの辺はあと十年くらいすると秋風が本当にしみるようになる。

補償金も三年で打ち切りとなるとかになり産業も育たつ工事関係者も去ってしまうと急激に寂れてしまうかもしれない、病院の看護婦長が募集しても看護師は来ない、帰ってくるのは病人であり介護される方でありそういう老人ばかり増えてくるのだ。あと十年たったらこの辺では老人はふえても介護する人もいなくなるかもしれない、そういう恐怖がこの辺にはある。補償金をいくたもらってもこの辺はもう豊かになること栄えることはないように見える。補償金はバブルに過ぎないのである。

この辺からは有益な働き手が去ってゆき夕張のような限界集落のようになるかもしれない、ただ鹿島区は人口がふえて家が次々に建っている。最近は復興住宅が増えている。町内に人口が集中してきたのである。
 
 


 

2013年09月10日

廃村になり人が住まなくなるとどうなる (原発事故で人が住めなくなった町村ーそこは幽鬼の住まいとなるのか?)


廃村になり人が住まなくなるとどうなる

(原発事故で人が住めなくなった町村ーそこは幽鬼の住まいとなるのか?)

村一つ消えにけるかな廃屋に祖母の写真や何を語らむ


祖母ありてこの家の歴史幾代や人は消えにし秋風の吹く


●廃屋に残された一枚のおばあちゃんの写真


 2009年2〜7月の大規模地滑りで、最終的に7戸32人が移転し廃村状態になった鶴岡市大網の
七五三(しめ)掛(かけ)集落でこの春、「再生の桜」が初めて咲いた。集落の中心部にあった渡部大吉さんの
所有地に今もある樹齢50年ほどのしだれ桜「大吉桜(通称)」の苗木だ。
豪雪と酷寒の冬を乗り切って咲いた再生の桜は集落に住んだ人たちの希望になっている。【佐藤伸】


廃村に残されたおばあちゃんの写真
http://fesoku.net/archives/6595298.html


どこの家でもその家の祖母とか祖父でも死んだ人の写真が飾ってある。自分の家にも50年前に死んだから余りにも遠くなってしまった。それでも写真が飾ってあり人が住んでいればその人は生きているのだ。最近はつくづくと父の写真とかを見ている。早く死んだので自分がまだ中学二年くらいだったので思い残すことがかなりあったみたいだった。「上の学校にあげてくれ」というのが遺言だったみたいだ。酒屋の丁稚奉公で苦労したから上の学校へ行けばいい暮らしができると思ったからそういったのかもしれない、明治生まれの人でその出自は葛尾(かつろう)村であり双葉の新山の酒屋で丁稚として働いていた。通帳を書いていたから字は書けていた。どうもまともに尋常小学校も出ていなかったのかもしれない、どうして筆で字を書けたのか不思議である。葛尾(かつろう)村のような所ではそもそも学校などその頃なかったろう。自分の父の印象としてはよく筆で字を書いていたということである。だから将棋盤や他のものにも自分の名前を筆で書いていた。


酒屋の通い帳も残っていてその字が残っている。明治生まれでは字を書けない人がまだいたのだ。その人は人に書いてもらっていたのでそのことで気を使っていた。江戸時代になるとさらに字を書けない人、読めない人はいたのである。日本人は幕末でも字を読み書ける人が多かったと外人が驚いてもそうでない人もそれなりにいた。その割合はわからないにしても遊女でも客の誘いの代筆してもらったりとかそういうことがあったから農村出となるとそういう人はいた。字をどこで習ったのか、葛尾(かつろう)村に寺子屋のようなものがあったのだろうか?寺子屋は古くからあった。鹿島区の町中の鹿島神社の脇の墓地はもともと神社であり次に寺になりそこが寺子屋の役割もしていた。そこに天保という字が刻まれてあり気づいていない、その碑の文字には暗誦するようにと書いてあるみたいだ。その頃の学習は暗誦することだったのである。今でも若いときは暗誦すること暗記が主になるから今とにている。


●時間軸で積み重ねられた歴史の消失


なぜこの廃村の廃屋の一枚の写真が印象に残ったかというとそこにはまだ生きた時の人間のぬくもりを感じた。これは写真のよう地も見えない、絵なのだろうか?何か人間的なあたたかみを感じる。
写真は何か冷たいものを感じるからだ。祖父とか祖母はその家の重みをになっている場合がある。
それが今は大家族でないからそうした縦のつながりが薄れてしまう。祖父とか祖母は今の家族ではかえってそれぞれ別に暮らしているのが多い。家族形態や住居形態が変わってしまったからだ。
これも封建的だとか批判されるがそもそも人間の歴史をふりかえれば近代化の百年はかえって異常なことが多い。異常を異常と気づかないのである。人類始まって以来からある習慣やモラルを伝統を否定することがどうなるのか真剣に考える人はいないだろう。でもそんなことを考えないにしても結果として事実として社会を変えてしまう人間を変えてしまうから恐いのである。民主主義なども全く利己主義であり何でも自分のためにだけ自分の欲望を前面解放して追求することになった。
民主主義が実はピュ-リタニズムから宗教から発していたという考察もあり資本主義も宗教から修道院から発していた。全く違ったものとして解釈してモラルの荒廃が起きたのである。

ここで考察するのは限界集落とか廃村とか廃屋が全国的に増えている。東京のような都会のなかでも廃屋が増えている。少子高齢化は深刻な問題なのである。村が維持できなくなる、村が消えるということが何を意味しているのか?それがまだよくわかっていないのだ。人間のいなくなった村が何なのか?それが今や現実問題として過疎化の限界集落で現実化しつつある。村の歴史でも鉱山とかのためにできた村は歴史が短いから鉱山がなくなるとともに消えるのもわかる。炭坑の村などもそうである。でも何か災害などで消えた村は違っている。そこには江戸時代からの歴史もあるかもしれないし一般的に日本の村の歴史は長い、そういう長い歴史をももつ村が消えることはその長い間で代々住んで来た歴史も消失する。東京の人たちはそんな限界集落は税金の負担だけだから消えた方がいいとか原発事故の周辺は住めないのだからもうあきらめて補償金もらって他に住めばいいとか簡単に言うがそういうものなのだろうか?人間は一代で考えればそうなる。ところが時間軸で考えるとき歴史になりそれは国の歴史でなくても家や家族は歴史である。家は歴史が必ずあり歴史に興味を覚えるのはその家の系譜であり先祖をたどることなのである。だから代々つづく家からは歴史家が出やすいかもしれない、自分の家は葛尾(かつろう)村の柏原から出たということが原戸籍簿を調べてわかった。名前も嘉永生まれの人で清吉とのっている。江戸時代までさかのぼれたのである。普通由緒ある家でなくても江戸時代まではさかのぼれるのである。


●人間は一代では作れない


家系の因縁のことも書いたが人間はそもそも一代では作れない、代々積み重ねて人間や地域も作られてきたのである。その家系にどうしてそれなりの人物が出たかをたどれば家系をみるとそういう人物が出たことがたどれる。家系的に良い家は何か良くなるように努力を積み重ねた家のなのである。
悪い家はどうしてもその家系に放蕩したものとか犯罪者とか交じり家系が乱れているからかもしれない、女性についても不埒なものがいたからかもしれない、これは数式のようには解明できないにしろ良い家系と悪い家系があり良縁とは良い家系につくことなのである。その人物だけではなかなか判定できないものがある。女性は特にその家の影響を強く受けるかもしれないからだ。

家族は横の関係でも兄弟姉妹がいて一つの社会である。一人っ子はそうでないから何か性格的に社会性が作られない、自分などがそうである。その横の関係もあるがなかなか理解しにくいのが時間軸の縦の関係なのである。両親から祖父母からその先祖のことはわかりにくいのである。これはかえって60代以降になると意識するようになる。意識せざるをえなくなる。なぜなら両親も祖父母もはんな死んで墓参りするだけに名てしまうから死んだ人のことを考えるようになるからだ。そうすると死んだ人が自分にどういう働きをしたのか考えるのである。

結局廃村や廃屋化するとこうした家の歴史も理解しにくくなる。古い家はその土地とともに作られてきたからである。一つの家がなくなる廃屋化するのと村全体が廃墟化する消失するのとことはまた相当に違っている。一つの家が消失しても村が残っていればそれほど深刻ではなかった。村全体が消失すればその影響は計り知れない、一つの家も全体の中に村という全体の中にあって存在しえたからである。その村自体が消失したらすべてが喪失する。時間軸で何百年と積み重ねた歴史が消失する。

歴史で積み重ねで作られてきたものが消失することはまた新しい土地で一代からはじめることはやりなおすことは容易ではない、何十代とつづいた農家などは余計にそうなる。野馬追いなどはそうした歴史を伝える祭りである。村が失われたらそういうものもなくなってしまう。するとそこに住むアイディンティティもなくなってしまう。人間が生きるということは時間軸で縦の関係で培われてきたのである。代々伝えられるものがありそれを継承することが生きることでもあった。それがなくなるときどうなるのか?現代のモラルの荒廃はそうした伝えられべきものが消失したということにもあった。新しいモラルが民主主義がモラルだというときそれもただ別の解釈になり個々人の自由な欲望の追求になったように新しいものはモラルは簡単に作れないことを実証しているのだ。


●廃墟のなかを幽鬼が彷徨う


短歌でも書いたけど一つの古い碑が道端にあるとするとそれに秋風が吹いて自分も老いたというときその碑と一体化している。ということはその場にある長い時間あるものと一体化する。それは人間が住んでいればこそなのである。人間が住まなくなったらその碑も見捨てられ誰もかえりみないし放置される。ただの石くれになってしまう。意味のないものとされてしまうのである。そういうものを博物館に飾っても活きてこないのである。その土地と一体化して長い間存在してきたからである。

村が消失したときそうしたものが見捨てられどうなるのか?幽鬼が彷徨う異様な光景となる。それは無数にある廃墟の写真をみればわかる。人がいなくなった村がいかに異様なものか?そこにはやはり人の匂いがまだあり人は離れがたくあり幽鬼となり彷徨っているのだ。地蔵であれ社であれ古い碑であれ人に見捨てられたことで幽鬼化しているようである。誰もお参りしない社や御堂や地蔵は逆に人間への呪いと化すのかもしれない、人間が住んでこそそうした歴史的に残されたものも生き続ける。廃屋に残された祖母の笑っている写真がそうであった。その写真一枚でもまだそこには人のぬくもりがあり人が住んでいた往事を偲んでいるのだ。

なぜこんなことを書いたかと言うと津波や原発事故で村が消失したり住めなくなったりもう町自体が消失する住めないということが何を意味しているのか考えざるをえなくなっんたからでてある。

山形の村のように十軒くらいではない浪江町のよう2万とかの町が消失することは何を意味しているのか?これだけ大規模に町自体が消失することは過去にあったのか?災害で草戸千軒とか流されてなくなったらしいが津波ではそういうことが起きた。でも原発事故の避難の規模は大きいのである。
2万くらいの町が消失したらどうなるのか?そんなことがありえるのか?そうした疑問が次々に出てくるのがこの辺のなのである。

桜は人がいなくなっても咲く、花も咲く、樹々も芽吹く自然は廃墟の中でも生きてゆく、それは上萱でも人が住まなくなっても桜は咲いていた。その桜は人となじんだ桜だから自然の桜と違っていたのである。山桜ならいいが染井吉野だから人間の手で植えられたものだから
人間が住まないとその花も映えない、それはペット化した犬や猫と同じである。それも人間化した動物だから野生の動物とは違っているからそうなる。一旦人間の情を感じた野生の動物は人間化したものだから違っている。
だから野良猫になるとあわれだとなるのである。花見もしない染井吉野桜は何か淋しいのである。
それは栃窪の廃村となった上萱の桜に感じたのである。

 
 
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2013年09月12日

なぜ原発事故は起きたか? (企業社会に対抗できるものはいなかった)


なぜ原発事故は起きたか?

(企業社会に対抗できるものはいなかった)

●会社が国も地方も支配して原発事故が起きた


原発事故の原因は一つにはならない、様々な要因がありその解明は技術的問題もあったが現代の社会的問題でもあった。今の社会の仕組みの問題が根底にあった。現代とは会社社会であり会社や企業中心の社会である。
東電は巨大化してすでに国家の中の国家になっていた。現代のテクノクラートであり支配層は企業であり官僚でも政治でもない、保安員というのがいかに無力だったか事故で証明された。東電を監視するものではなく単なる東電の飾りであり何の力も持っていなかった。保安員の院長の西山とかいう人は法学部出であり技術的なものは知らない、だから何も監視も助言もできない、官僚はそううい人たちでありこれは原発だけではない、ディバインでも薬会社の社員がデーターを大学の研究所に入って改竄していたように官僚は医療関係でも監視できない、なぜなら会社の方が現実社会に効力を発する実践している。官僚よりも当然技術力も格段に上でありとてもたちうちできない、要するに原子力発電のようなことは何もわからなかったのである。とても法学部では監視できない、ただ東電から天下り先として東電の言いなりになっていただけである。東電が重大な安全上の問題があってもそもそも見逃すというよりわからないのである。何が問題かも指摘もできないのである。

企業が国の官僚より強力であり実際は技術力もあり仕事できる。官僚はただ予算を組んで適当に配分するだけであり企業の言いなりになっている。ただ自分たちの利権利益の天下り先を確保するのが仕事だとなってしまう。その最大の要因が官僚にはそれだけの知識力も経験も技術力も何もないからである。
そういう実際の仕事の蓄積は企業が積み重ねているからとてもたちうちできない、ただ金を出す予算を組む力が官僚にはある。その金も無駄に費やされるのが多いのは官僚には民間のような実際の現場で培う知識も技術力もノウハウも何もないからである。法律の知識だけではとても対応できないからである。


ただ今になると土木工事でなぜ最初は高くしていたのにわざわざ低くしたのか?→危険


緊急時の電源を地下に置いたのか?→危険


この二つは知識がなくても官僚でもわかったかもしれない、ただそれも事故のあとでそれが明確になったのであり事故の前は官僚は適当であり安全が何かも官僚はわからないから東電の言うなりになっていた。土木工事関係者も東電の発注で工事したとなると清水社長がコストカッタ-として知られて社長になったのだからその意向に従ったとなるのか?わざわざ低くしたのこれは相当な危険なことであり責任問題だった。
地下に緊急時の電源を置いたのも津波対策を全くしていない危険なものだった。

現代の社会とは企業(会社)>官僚>政治家の力関係にあるのだ。政治家は官僚より力がないのはこれまた官僚は会社と企業と同じく予算を組む専門家であり選挙の度に変わらず仕事しているから専門家だからとても選挙で一時的に当選しても官僚にはかなわないとなる。政治が機能しないのはそもそも現代社会は会社社会であり東電が国家の中の国家でありそれを制御するものはないのである。除染もゼネコンのように利権化して官僚の天下り先となるのか?二本松では地元の工事関係者で元請けとして地元のために国の予算を地元の会社に回してやっている。ゼネコンになるとその利益は大半もっていかれるからである。官僚はそういうことは面白くないかもしれない、なぜなら自分たちの利権と権限がそこなわれるからである。


そもそも歴史でも侍が力を持ったことは理解できる。現実社会で武力で実効性があるから支配者になった。武力のない官僚はその時支配者にはなれないのだ。江戸時代になると平和になり官僚化してきた。そして明治維新になるとこの時も侍が武力が前面に出てきた。武力でないと解決できないからだ。それで武士の出の人が力をもつようになっていた。警察官になったのは侍出身者が多いことでもわかる。軍隊関係もそうである。その時まだ侍がいたから指導力があったからのちの軍部とは違っていたという。侍というのが日本から喪失して多分に軍部でも官僚的になっていたのである。だから強力な指導者が喪失してただ犠牲だけ強いられる無駄な戦争にもなっいいった。


●グローバル経済という怪物


会社とか企業とかが国家になるとき社会はどうなるのか?トヨタでも自動車が売れることが国家の目的になる。社会はトヨタの企業下に組み入れられ全国が部品工場と化してゆく、つまり自動車が売れなければ国家の命運も終わりだともなる。飯の食い上げだなりトヨタの会社の意向が何より優先される。例えそれが原発のように他の会社のように公害をもたらしても会社の意向が優先されるのだ。つまり現代は国家の一員というよりはみんな会社の一員なのである。会社は給料を与えるし日々仕事する場だから人生をそこで日々生きる場所だから会社に命まで捧げるともなり会社からリストラされたらアイディティティを失って自殺したドラマがあった。
まさに会社が人生だからそうなってしまっている。高度成長時代は企業戦士と言われたのもそのためである。
誰も太平洋戦争の時のように国家の戦士とはならない、国家への意識は希薄化しているのだ。

みんな会社に所属して所属意識は会社にある。江戸時代のように封建時代のように土地に所属して藩に城に所属するという感覚はない、会社が現実の所属する仕事する場所なのである。だから仕事は土着的であるべきといっても郷土愛も希薄となり今回の原発事故のように避難を強いられて町も村も解体されてゆくのかもしれない、戦前だったらまだ第一次産業が八割とか郷土に根付いて仕事していた。養蚕にしても兜作りの立派な家がまだ残っているように地元中心に生産活動が全国で行われていたのである。奇妙なことは東京などで失業しても田舎の実家に帰ると一応田畠があり食うことかできた。そういう避難所としても田舎は実家は機能していた。
今はそんなことはない、東京で失業したからと田舎に帰る人はいない、田舎では食うことさえできなくなっている。そういう社会の変化の中で原発事故は起きたのである。


会社は・・・莫大な財源と多様な利害と優秀な専門家を武器に今では堂々と政治的支配を目標にかかげるようになった。民主主義が崩壊するのはまさにこの新し現実のためである。会社が目指すのは利潤の最大化であり社会全体の利益ではないからだ。会社を動かすのは少数幹部の意見であり社会全体の意見は反映されない
ウィリアム、グライダー(グローバル経済という怪物-デビットコーテン著の引用)

東電の幹部はこういう人たちだったのか?7決して責任はとらないし会社を支配しているのだから今でもこういうことができる。


 清水正孝社長  (現在、家族と共に海外在住)
  →関連会社・富士石油の社外取締役に天下り
・ 武井優副社長  (現在、家族と共に海外在住)
  →関連会社・アラビア石油の社外監査役に天下り
・ 宮本史昭常務  (現在、家族と共に海外在住)
  →関連会社・日本フィールドエンジニアリングの社長に天下り
・ 木村滋取締役  (現在、家族と共に海外在住)
  →関連会社・電気事業連合会の副会長に再任
・ 藤原万喜夫監査役  (現在、家族と共に海外在住)
  →関連会社・関電工の社外監査役に再任


現代はグロバ―ル化しているからこいうことができる。日本国の制限を受けないのだ。これだけの会社だからまさに日本国より会社に属しているのだ。国が守っているのではない以前としてこ会社が守ってくれているのだ。これは国籍が会社にもなっているのだ。会社が治外法権化して守っているともなる。なぜ国でも糾弾しないのか?


あなたのような会社に興味をもっていただけるように・・・・私たちは山をならしジャングルをきりひらき沼を埋立て水路を動かし町を移動させました。あなたの会社が操業しやすくするためです
(フオーチューン誌に載せられたフィリッピン政府の広告)


まさにこの辺では 町を移動させました 町自体が住民が移動させられたのである。
ヨーロッパの貴族は村を移動させて自分用の土地として使った。広大な庭園を作るためだった。この権力が一番大きい権力かもしれない。容易に人は長年住んでいた所は動かないからである。


それとは対照的に地域に根付いた自給経済にもとずくシステムは政治部経済文化への参加を通じて民衆が自分たちの希望や歴史文化を、生態系を尊重しながらそれぞれの未来に向かってゆくことができる。


ここで生態系ということに重点を置いていることに注意する必要がある。現代の文明は生態系から離れている社会である。一千万人の東京は生態系などと関係していない、そういう意識もない、田舎だとどうしても生態系を感じぜずには生きられないのだ。田んぼでも畑でもそれは生態系の一部としてあった。戦前から戦後十年くらいまでは貧乏でもその土地の生態系の発展として利用として地域の経済は成り立っていた。生態系というとき精神的にも生態系より人間の心も形成される。このことは無視されているが自分は石や樹や花を詩にしたときそれは生態系に依存して書いている。石が岩が示すのは人間の精神でもある。人間の精神を象徴化したものとして石があり岩がある。人間の精神も生態系から作られてゆくのだ。東京のようなところではもう生態系がないのだからその精神はどこから作られのか?巨大グローバル会社の利益優先から精神が作られてゆく・・・そこに世界的な歪みと心の荒廃が起きてくるのだ。


●会社中心の社会で失われたモラル


そもそも国家とは何かというとそれも明確ではなくなっている。心の青雲ではしきりに官僚を批判しているのもわかる。なぜなら会社に勤めていたから官僚の理不尽を直接感じたからである。だからそれはすでに感情的になっている。官僚にいじめられたからその恨みが深くなっている。それで日本が優れた国として愛国心を高揚させる。それはやはり会社企業社会の利益優先の目的ではない、国家としての歴史に培われた日本への所属をこむすることになる。それは利益優先社会の会社とは違う、国への誇り忠誠心ともなるのか?そういう愛国心は現代では現実問題として希薄化している。それだけ大局的に長い時間の歴史的にも見れない時代である。
ただ目先の利益や利権のみに追われる。官僚も国を背負っているというような気概はなくなった。
明治の侍のようなエリートではない、サラリーマンになったということである。受験戦争を勝ち抜き東大を出て利権にありつくことが目的であり日本国家がどうのこうのなどなくなっていた。だから当然官僚になれば天下り先が一番大事になる。もちろん自ら犠牲になるようなことはありえない。損することはしない。
現代はかつてのエリートは存在しない、官僚でも政治家でも教育者でもみんなそうである。
ただ利益を得るものが金を多く得るものが偉いのでありみんなそのために働き生きている


これはどこでも同じである。カルト宗教団体でも創価でも共産党でも実質は同じである。権力を得て利権を得ることが目的で活動している。政治家になれば権力が得られる、やがては社会の支配的階級になる。共産党一党独裁になれば中国のように巨額の利権を得られと活動している。仏教も共産主義もにたようなものなのである。
仏教民主主義とか仏教社会主義とか勝手に言葉など作れる。内容などなくてもいいのである。実質は権力を手中にすることなのである。でも現代社会の実質の権力は会社が握っている。現代では病院でもそうであり医者が実質の支配者であり宗教は実際の力をもちえないのである。宗教が政治化するとき実効力をもちたいから政治に進出する。いくら拝んでもいても何の効力もなければいづれは離れてゆくからである。それは上から下からみんなそうであり原発事故も金がばらまかれて今避難している双葉町や大熊町でも数千万もらったとかは今の補償金を考えたらそれも嘘ではない、誇張でもない、それだけの金が入るのが原発だったからこそ率先して誘致したのである。


結局資本主義も最初は修道院からはじまった宗教的なものから発していたから利益だけを追求するものではなかった。共産主義でもそれなりの理想はあった。仏教にもそれなりの理想はあった。民主主義すら宗教的なものから発していたというのもそうである。ピューリタニズムが発祥だという。理想主義があってもそれが堕落するのは結局人間の欲がそうしたイデオロギーを曲げてしまうのである。馬は目の前にぶら下げられたにんじんしかみえなくなっている。人間も同じである目の前にぶら下げられた金しかみえなくなる。今はみんな補償金だけになっているのと同じである。それは自分にもあるし否定できない、そもそも宗教は金で得られないもの権力で得られないものを目指していたのだから本末転倒の世界になっているのだ。宗教も権力化したきヨーロッバでも日本でも堕落した。権力の魅力の方が大きいからもともと天使だったものがサタンにも変貌したのである。それがこの世の有り様でありそういうことは変わらなかったのである。

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posted by 老鶯 at 04:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2013年09月13日

windows 8は使いやすい (あらゆる整理が自分の仕事になった)

 

windows 8は使いやすい

(あらゆる整理が自分の仕事になった)

windows 8は使いやすい、今回も富士通のパソコンだった。ブルーレイもできるしテレビ機能も優れている。これはまさにマクチメディアに対応した。
ニュースも横にスクロールできるので便利である。ワイドだから一覧しやすい。
ビスタだったがこれもさほど変わらないものだった。
バソコンは今や脳と直結しているからバソコンを通じて脳を働かせるから使い安いことが大事である。

自分の場合はワープロの時代から親指シフトを使っていたことがバソコンに親しむ結果となった。
まず文章がすらすら打てないと嫌になるからだ。やはりパソコンでも文章が基本なのである。

もう一つがどうしてもたまりすぎた情報を自分を含め本なども整理することが仕事になっている。まず整理というのはあらゆるものの整理がここ3年間くらいそうだった。
津波や原発事故以後の二年間くらいは家のかたづけもできなかった。
今失敗したのは貯金を定期預金にしておけば一年間でそさなりの利子がついていた。
これもただ忙しくて考える暇もなく放置していた。
家事でも介護から何からやると一人だと時間に追われている。

その中でプログを毎日書けたのはこれだけ便利だから3時間ほどあればアップできるからである。実際は書く内容があるから5時間くらいはかかるだろう。


整理というとき人間関係の親戚関係の整理も一仕事になった。還暦すぎると一生の整理が仕事になるのだ。これまでしたことのいろいろなものの整理なのである。
まず本の整理は一番むずかしい、自炊して本を捨てるにもこれもめんどうである。
本は何か整理しにくいのである。長い文章だからそうなる。
でも本というのは一部分を記憶して利用することが多々ある
ただその一部分は本全体と関連しているから捨てるわけにもいかず残される。
何でも着るものでも捨てることはむずかしい、また利用するのじゃないかと思うからである。

知的作業は本と密接にかかわっていた。知識人は本を持っている人だった。本に蓄積している知識は天文学的でありインタ-ネットはここ十年の歴史しかないのだからまだまだ本の知識を頼る。本はすでに2000年とかの歴史があるからだ。


脳というのは整理されていないとうまく働かない、自分が知識だけに集中していたときは良かった。今度は台所仕事もするとなるとこれも冷蔵庫などが整理されていないとうまくいかない、台所仕事は意外と整理が問題になるのだ。自分なりに整理しておくと使いやすい。だから他人が台所に入ると整理したものがまた別な所に置かれたり使いにくくなるのだ。

結局自分のやることが一人であり多くなりすぎたのである。知識も整理でありwindows8は知識が整理しやすいみたいだ。これが親指シフトを使えたから助かった。
クラウドなどもあるからさらに整理しやすいのかもしれない、パソコン上の記録は一瞬にして消えるがレンタルサ-バ-とかに記録しておくとかえって消えにくいのである。
専門の人が管理しているからだ。安全策もとっているからだ。

ただレンタルサーバーのさくらが一回プログの記録が消えたときはショックだったが回復したのである。バックアップしているから回復できたのである。プロの方が安全なのである。さくらは月額百円とか安い、メールは設定しにくいからレンタルサーバーのメールボックスを利用すると安全でありわかりやすい、ここなら確実に送受信できるのである。

バソコンが不具合になるとメールも使いなくなる。メールが意外とめんどうだった。
バソコンは今や自分のバソコンだけではうまく使えない、だからレンタルサ-バ-とかクラウドとか外部と連結することが必要になった。でもクラウドって何なのだということもわかりにくい、勝手に自分の顔の写真がクラウドにのっていた。これも設定していないのにわからないことだった。パソコンについているカメラでとったものがクラウドに自動で送信されていたのだろう。バソコンはいろいろな不思議がある。
遠隔操作でプロバイダーを移ったのも不思議だった。
バソコンはなかなか秘密を保つことがむずかしい、もう自分の情報がつつぬけになってしまう。どこかにつながり一括収拾されてアメリカのグ-グルなどが分析している。
メールだって一旦メールボックスに入るのだから他人にも見られるのである。
どうしても秘密がたもてないのがインタ-ネットなのである。


今度は整理のためにこれも富士通のSV600という最新式のスキャナーを買おうかと思っている。これはただ置くだけで上からスキャンしてくれる。これも整理には役立つと思った。ただ厚い本はできないので困った。結構厚い本があるからだ。ただ厚い本になると全部は読めないしただ飾ってあるのが多い、古典全集などがそうだった。それで全集とかは捨てた。どうせ読まないからだ。本にはただ飾ってあるものが多いが捨てられないのである。時々読み返してみると新たに発見するものが本にはあるのだ。

ともかく新しいバソコンも慣れるのに時間がかかる。ただwindows 8は二三日でも使って使いやすい、整理しやすいようだ。文章でも写真でも整理しやすいようになっているので買って良かったと思う。アプリを簡単に消せるのもいい、バソコンはいろんなものがたまりすぎるのである。


自分はこれまでしたことを整理することが大仕事である。旅したことも思い出して創作して整理しているのだ。旅でもどこまで記憶を蘇らせることができるからである。
なぜなら旅しても記憶がよみがえらないとものは書けないからである。
鉄道でも外国でも日本でもテレビで報道しても何かつまらない、必ず料理がでてくるがこれも面白くない。おそらく細部が放送されず専門的になっていないからだろう。

旅はやはり内面化して自分なりに消化したものになれば一つの創作となる。
芭蕉は見事に消化した。内面化して奥の細道が後世に残ったのである。
誰だって旅ができる時代だけど何かテレビでも何でもその報告が平凡なのはそれぞれの個性で内面化していないからである。内面化は深くコンタクトしないと印象深い旅をしないとできない。芭蕉は歩いた旅だったからあとから思い出すことができたのである。

 

秋の川べり(秋もそろそろ深まってゆく...)


秋の川べり(秋もそろそろ深まってゆく...)

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大東建宅はこの様式に統一されている
外面は違っても形はみな同じなのである。
統一されているから型にはまっているから
全国で組み立てるように建てられる

 


里の川波紋静かに秋の鴨
押し車座りし老婦月見草
夕月の雲に陰りて月見草
誰か来る今年も駅に秋薔薇
秋の灯の新居にともり誰か住む

秋なれや一日一日のものの声

この辺の変化は激しかった。だから鴨が数羽いて波紋のみが静かに広がっているのは心がなごむ。自然の生き物は見事に全体に環境に調和していることである。鴨というのはまさに水と一体になっているのだ。鳥は空と一体になっている。最近津波の跡の草原によくノスリをみかける。この鳥の飛ぶ姿が格好いいのである。鳶とは飛び方が違う、高くは飛ばず比較的低空飛行である。やはり餌になるネズミを探しているのだろう。だからノスリとは野をするように飛ぶことからその名がついた。鳥はみんな飛び方が違っている。
尾長などは何か平行に飛んでいる。あれも飛び方が気持ちいい。もちろん燕もそうである。

この辺で河原の土手の道で押し車に座っている老婦がいるとすると仮設に住んでいる小高の人だと思う。前はなんなふうにしているのをみかけないからだ。復興住宅も自分の墓の前に建設中だしレンガ風の大東建宅のアパートにもすでに人が入り満室である。
あういう新築の家はやはりいいと感じる。外見がいいし落ち着くのである。
ただ中はどうなっているかわからない。


一軒昔風の大きな家が建って気になっていたがあれは右田の人が建てたという、あれは土地込みでいくらになるのか?軽く5千万はかかっているかもしれない、それだけの外見の家である。あとはみんな建て売りの組立式の家である。だから2千万くらいだと思う。
で土地込みになると3千万とかになるだろう。その土地がなくて建てられない、あれは外部から来た人が建てたのかと思った。右田だと船主なのかもしれない、船主は原発補償が大きいから金をもっている。原発前もそうであり原発後もそうである。

相馬総合病院で特別室に入っていた請戸の人も船主かもしれない、家を建てるといっていたからだ。一億はもっているだろう。漁業関係者が原発の恩恵を一番受けていたのである。あれだけ津波で被害にあっても補償が大きいからそれほど痛手ともいえないかもしれない、ただ魚がとりたいというとき今やいくら補償されても仕事がないということが
生きがいもないとなっているのだ。
漁師だからやはり魚をとってみたい、魚をとることの喜びをもう一度味わいたいとなる。
それはもはや金の問題ではないのだろう。農家の人が米の実りを手にするときの喜びも同じだろう。現代はそうして自然の恵みでも交換するために商品化するために売るということが目的になるが本来は収穫そのものを魚がとれることを喜んでいたのだろう。


今年も二両の電車が行き来しているが相馬市−原町間であり淋しい、秋の薔薇の色はなんともいえない色をしている。夏の薔薇とは明らかに違うのだ。ものさびたピンクになっている。中年婦人の色なのかもしれない、中年婦人の魅力は母の魅力が備わることだろう。
何か娘時代とは違いあたたかみがでてくる。子供を育てるとそうした魅力がそなわる。
女性にもその年なりの魅力が備われば老いることも自然になるかもしれない、でも女性の場合はやはり若さの価値が大きすぎる。男性だったら技を磨くとか一芸に秀でるとか年月を重ねれば才能なくてもそうなるのだ。自分は20代頃から俳句を作っていたけど全く
いいのができない、俳句は老年向きの面があったのかもしれない、だから何の才能もないと見られていた。短歌はこれもただ文字を五七五とならべただけだったがわずかに認められるものがあった。アララギとかの結社に入っていたからだ。


俳句とか短歌はそもそも才能など必要ないかもしれない、長年やっていると上達するもきのようにみえる。感性も時間の中で作られるというとき、季語を覚えるだけでもそれだけの時間がかかるからそうなるのだ。花の名前を覚えるのでも時間がかかる。
ただ最近始めた生け花、フラワーアレジメントでも誰かに手ほどきししてもらうとか
もっと早くそういう世界があることを気づくべきだった。
結局人間は才能ではない、常に潜在している能力が開発されないだけなのだ。
それは仕事に追われるとかいろんな障害でそうなるのだ。

自分のようにこれだけ恵まれても才能を開発されなかったのだから勤める人などはなかなか自分の才能を開発できないのである。旅だってちょっと旅するにも最低一週間とかかる。旅は相当な労力である。一日泊まって保養するのではない、旅は本当は相当に難儀なものである。自分は旅したけどこれは遊びではない、集中力も必要であり旅のときなど
恋愛なとできないし享楽もできない、外国で買春などあるが本当に旅する人は歴史的遺産でも見ることに集中しなければならないからそんな暇がないのである。
旅がみんな成功していないのは団体旅行だと気が散ることなのである。気が散ると自然でも歴史的遺産でも印象に残らなくなるのだ。お前は旅ばかりして遊んでいただけじゃないかと外から思うが実際旅というのはそういうふうな遊びではない、一つの仕事だったと思う。金にはならないが仕事だったのである。だから旅した経験を今書いていてそれも実りとして評価されるべきなのである。そんなもの無駄だとか言うことはできない、つまり勤め人で金をもらったとしてもそれが人生のすべての評価とはならないのだ。
人生の価値の評価は金では図れないものもあるからだ。


最近は本当に行動範囲が狭い、小さな町を行ったり来たりしているだけである。ただ確かに秋が徐々に深まってゆくみたいだ。
一日一日そうかもしれない、今年は落ち着いた秋になってきているかもしれない、そろそろ津波から二年半だから正常化してもいいだろう。いつまでも被災者面しているのもよくないだろう。ただ補償金のためにもう働く意欲もなくしているのも多いかもしれない、
でもそうした同情される期間はすぎて厳しい現実に直面してゆくほかないかもしれない、
それでも若い生活保護者と関係してわかったことは一旦楽を知ると楽な方に人間はながされやすい、他者いくら言っても無駄である。

その人は普通でないから全然生活保護を恥じていないし威張っていたのである。普通の人ではないにしろほとんど普通の社会人の常識もなにもない人だった。ただそうした生活保護から脱することは容易ではない、一生生活保護になっているようにも思う。なぜ威張っているかというと「お前になは何にも言われたくない、お前はなんなんだ・・・」とか威張れるのは結局「俺様は生活保護でお前なんかに世話にならなくても金をもらわなくてもやっていけるんだよ・・・」生活保護者はこういう感覚になっているのだ。それも一理あるが親戚の人が援助するにもいろいろ言われるから拒否する。生活保護の方がいいとなる。もしそうでないならそんなに威張っていられないだろう。必死になって助けてくれというし働くからとなる。でもそうはならないのはまさに生活保護であり食うにも困らないしそれなりの援助を受けているから口うるさい親戚のことなど拒絶できるのである。こうしてその人は一生生活保護から脱せられないしそもそも脱する気持ちがないのだからそうなってしまう。


何か借金でも何でも問題ある人は他人の諭すことや言うことなど聞かないのである。
だから何か言うことも無駄だとなる。ただもし窮迫していたらそんな余裕がなくなる。
なんとか助けてくれとなるからだ。だからあまりにも補償されることも問題なのである。
原発避難者が生活保護ともにているが違うことは以前として東電や国の被害者だ主張できることなのである。