2013年08月27日

相馬市の花屋でまた花を買う (生け花、フラワーアレンジメントは自分に向いていた)


相馬市の花屋でまた花を買う

(生け花、フラワーアレンジメントは自分に向いていた)

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 五本松ここに変わらず実りかな
 
 とりどりの花に実りや農家かな
 
 農家あれ松に実りの前田かな
 
 橋一つ一雨ふりて秋柳
 
 秋柳小泉川や城下町
 
 長々と柳の垂れてそよゆれぬ小泉川や秋の夕暮
 
 今日はまず自転車でイオンのプリント屋のキタムラで印刷しようとしたがUSBを忘れたので駅前の花屋によって花をまたあしらってもらった。葉も売っていてそれが深山の趣になっていて竜胆などがあっていた。あの葉は生け花ように作られたものだった。そんなものがあるとは知らなかった。
 生け花とかの世界は自分にとっては知らない世界だった。
 
 ただ最近旅にも行けないので定着するとやはり何か打ち込むものが必要になる。それでいいと思ったのが花をテーマとしてきたので生け花のフラワーアレンジメントの世界があることを知りこれは自分にあっていると思いはじめた。これはやはりかなり花屋に通わないとできない、近くの花屋で百合が一本800円ではやれない、あそこでは百合がふんだんに使えたから百合を楽しめた。
 それをパソコンで加工すると絵になり作品になっていた。これもまた新しい楽しみ方だった。

 プリントと見た目と同じようにプリントされる。それも安い。インタ-ネットで注文するとさらに三分の一くらいの値段になる。それは全国から注文するから安くできる。写真は配達するのも重くないから簡単なのである。店頭受け取りもできるかそんなことしていたら店屋でもうからないと思う。
 これが通販時代るき変な所なのである。店で買っても配達料とられたりする。車がないから電気製品の重いものは運べないから困る。ケ-ズデンキなどでも通販しているから保証もあるから同じなのである。店で買うメリットと別にないのである。配達料だけ多くとられるのが馬鹿らしいとなる。
 理屈にもあわないのである。
 
 花屋の世界は花屋を経営している人でないとやはりわかりにくい、ただ花屋はかなりの熟練と知識と創造性も必要である。フラワーアレンジメントとはかなりむずかしい。結婚式用の花を飾るのアレンジメントしていた。そういうのも創造的なものになる。花屋はこうしたセンスも必要だし経営しているのだからビジネス感覚も必要である。人との対応もありこれはなかなか実際は誰にでもできないものだろう。花の世界というとき自分は花は山に登ったりして自然の花を見てきたけど花の種類は多いから花はとても自然界だけから見れるものではない、世界中に花がありデルビニュウムとか青い花は最近知った。これはよく使う花らしいが知らなかった。これが写真から絵にして夏にあっていた。アフリカの方に咲いている花らしい。アフリカにも相当に花の種類があるだろう。花で美しかったのはギリシャだった。乾燥していて雑草などないから雑草の中に咲く日本の花とは違う美しさがあった。それは写真でインタ-ネットに出した。
 
 相馬市に入ると今はいつも不思議である。南相馬市までは実りがない鹿島区をでると今まで同じ景色なのである。稲穂が実り稲田が広がっている。それが普通の景色なのだけど今は相馬市に来ないと見れないか変なのである。実りがあり街道の五本松があり農家がありそこに花が映えている。
 実りがあって花も映えるのが普通である。それが原発被害地域では草原化して奇妙だけど花は別に咲いている。それは変わりないのである。でも実りはないのである。花だけがある世界というのも不思議になる。自分は花を追求してきたけど花だけで飯が食えるのか文化だけで飯が食えるのかとなるのが普通であり批判される。
 
 でも今は補償金で原発被害地域南相馬市までは結構金は入っているからそれほど苦痛でもないのだ。喜んでいる人もいる。ニートなんか新しい電動自転車を買ったり喜んでいた。一人この辺でも精神的被害が70万というのは大きいと思った。その他に働いている人はもらえる。でもこれも今はいいにしてもあとは補償金などもらえないから結構苦しむ夜討ちなるだろう。
 補償金で人間がだめになるということも書いた。だこから必ずしもいいことではない、ただ不思議なのは花というのは放射能と関係ないのである。食べるわけではないから放射能は関係ないから花はどこでも栽培しているし普通に売れる。花屋はこの辺では仙台から仕入れているから一応仙台の市場に出て出回るとなる。
 
花の不思議はなぜオランダが一時チューリップバブルになったかである。チューリップにそれほど価値が生まれたのか?でもバブルになると絵が馬鹿高く売れたように何が価値あるものかわからなくなる。チューリップにそれだけ価値があるということは豊になった証だったのである。
だから豊になれば花でも価値あるものとなるし花に投資することにもなる。自分も投資信託などして失敗だった。百万くらい軽く損している。株はもうもうからない、それなら自分の価値あるものに投資した方がいいと思った。それが生け花でありフラワーアレンジメントの世界だった。これは壺も買うから金がかかる。でも詩でも花をテーマにしたから自分の追求したものと連続性あるから自分には向いていたのである。