2013年08月20日

秋雨になったのか?(百歳生きる時代なのか?)


秋雨になったのか?(百歳生きる時代なのか?)
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雨しとと秋の蝉鳴き介護かな
乱さずに雨こまやかに白木槿
雨しとと内につつしむ菊の花


母なおも生きてしあれや雨しとと庭石ぬらして秋の来るらし


今日は秋雨だったのか、一転してまた涼しくなった。今年の気候はまた違っていた。昨日はこの辺も33度くらいあったとするとやはり暑かった。今日は急に雨がふり涼しくなり秋雨だった。日本の天気は変わりやすい、今年はこの辺は雨と曇りの季節だったのか?
ただ何日か猛暑になっ終わるのか、日本では天気が挨拶代わりになるのがわかる。
そもそも俳句もそうした季節の変化の挨拶から生まれたこともある。日本の天気は日々変化しているのだ。外国だと毎日晴天で雨期になりちょっと雨降るとか砂漠辺りではそうなる。天気はこんなに目まぐるしく変化しないのだ。

四季でも人生であり暑い夏がなければ秋をしみじみと味わえない、今年の夏は短いのかもしれない、残暑がこれからあるのか?今年の夏は外に出かけることがなかった。
やはり雨だったこととまた一身上のことで手伝いさんを雇うようになりそこにいろいろな問題が起きた。手伝いさんとはまずやっかいなのである。一時間くらい手伝ってもらうことがそもそも無理なこともある。でもヘルパ-は介護している人にしか食事を出さないとか
なにかこちらの都合いいようにはならない。


結局ここ一カ月はまた片づけのために苦労した。かたづけてもかたづけてもかたづけられない、特に本はなかなか投げられない、また読んだり利用したりすることもあると思うし現実に読み返すとあった。ゴミ屋敷というのがあるが自分の家もそれとにていた。
毎日ゴミがこれほど出るとは思っていなかった。だから今では放っておくとゴミ屋敷になってしまう。相馬市の便利屋で邪魔なものを投げるのに五万もとられた。見積もりでは2万いくらだという倍とられた。ちょっと高いかと思ったから簡単には頼めない、それでもかなり整理したから楽である。


年取ってからはあまり物をもつべきではない、シンプルな生活がいい、でも現代はどうしても必要なものがある。一人暮らしにはIHヒーターなどは時間調節できるのでいい、鍋を放置して10個くらい鍋をこがしてだめにしたからだ。一人暮らしは都会の方が便利である。
牛丼屋がありあれがあれば楽なのだがここにはない、食器を洗ったりするのが手間なのである。


ともかく物だけではない人間も整理した。親戚関係は三つほど切れた。こういうものもだらだらとつづけていると負担になるだけである。自分は身内の一人が死んでからあらゆることをおしつけられることになった。そして親身になり助けてくれるものもいなかった。

ただ自分に対して負担をかけるだけだった。要求ばかりしてくるのだ。だから東京の遠い親戚など金ばかり要求してこちらが苦しいことも何もわからない、遠くなると何が起きたかもわからなくなる。だからそんな負担ばかりかける人とはもうつきあえないから縁を切った。一方的な奉仕ばかりさせられる関係はつづかないのだ。

人間関係も絶えず変わってくる。いつまでもつづく関係はなかなかない、だから二代三代とか信頼関係がつづくとしたらそれは特別なことなのだろう。その間にはいろいろなことがあり信頼関係を維持できないのである。

母はそれにしても100歳まで生きるのだろうか?何か生きる目的が百歳を目指して日々あるように思えるのだ。百歳までを目標として生きる走るマラソンランナ-に見える。

この辺で107歳の人が生きているとなると注目される。自分もあと20年でも生きればすごいことだと思う。それが社会的に問題でもそういう長寿社会というのは人類でかつてなかったからだ。人生百歳、健康で百歳となるとやはり十分な長さだとなる。60年でもあまりにも短いのである。それだけ人間とは成長に時間がかかり何か仕事を成すには時間がかかかりすぎるのである。60歳になるとなにかいろいろなことが見えてくる、見えないものも見えてくる。だからこれだけ長寿社会になると人生を十分に味わいつつ死ぬということができる。


実際ここ6年間介護で旅にも出ないかったらもう一度印象に残ったところを見たいということになる。これが意外とむずかしいのである。同じところに二度旅することが意外とむずかしい。いろいろなことでできなくなる。だからみんな退職したら自由に生活してやりたいことをやろうとしても思わぬ病気とか介護とかでできなくなる。
そしてただその時のことを旅したことが貴重な時間となり思い出すだけだとなってしまう。何をするにしても人間の時間は限られていてたちまちすぎてしまうのである。