2013年08月03日

夏の夕(ようやく梅雨が明けたのか?)

 

夏の夕(ようやく梅雨が明けたのか?)

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外よりの人や飛び交う夏燕

月見草夕べ川面に波紋かな
声のみや老鶯見えず草葎
虻二つなお唸り飛ぶ夏の夕
虻二つ草茫々や夏陽没る


今日は梅雨あけたのか?今年は梅雨が長かった。空の感じでは梅雨があけたようだ。
この辺は外から来た人は実に多い、除染だ、工事関係だとか多い。だから前よりかなりにぎわっている。これだけ人が出入りしているのだから活気が出ているのだ。レストランとかは混んでいる。
だから時給1200円で募集しても人は来ない、これだけ新築の家が建っているのも何か活気を出している。家などたまに一軒二軒くらいしか建っていなかった。住宅地は整備して用意しても家など建たなかったのだ。空き地のままだった。それがどんどん宅地に建っている。
まずこれほどの変わりようを見るとは想像もできなかった。
あまりにも変化が大きかったから追いついていかないのだ。
人間の社会がこう変わるものだという驚きである。自然すら変わるとは思いも寄らなかったからだ。何か夕べにたくさんの燕が飛び交っている。それは外から来た人たちをイメージするのだ。


川には何か夕べ波紋が広がる。自然は水に調和している。青鷺がいた。何かようやく夏らしい。


夕風や水青鷺の脛をうつ 蕪村


これは俳句としては名作だった。今日も夕風がそよぎそこに青鷺がいた。それでこの句を思い出した。夏の夕暮れは気持ちがいい、ただ今年はなんなのだろうか?もうお盆も近いし秋になってしまう。
夏は相当に短いともなる。これから暑くなるのか?天気は毎年変わっている。

そろそろちょっと遠出をししてみたい、飯館の方に行ってみたい。
ただ毎日家のかたづけがまだ終わっていない、家を自分で改造している。模様替えしている。
ある程度できるのかもしれない、天井で張りつけるだけだったら模様替えできるかもしれない、棚なども簡単なのは作れるだろう。今は大工とか人手不足だから頼めないのだ。
家はすでに一千万とかでリホームしているしこれからまたリホームするけどそれは自分の力でする他ないのだ。なんか自分の家が古い旅館みたくなっている。一人二人なら泊めてもいいかもしれない。ただまだ改良が必要である。


草茫々とか草葎とかいうときこの辺は田んぼがないのだから草茫々であり草葎の景色である。草葎は河原であるが老鶯が鳴いている。姿は見えない。
虻二つが唸りなお飛んでいる。辺りは草茫々だからかえって野生の虻であれ活気づいたということがある。
この辺は原発事故があり津波の被害もあったが原発事故の被害には補償がある。相馬市になにもないから損だった。この辺でも精神的被害の補償として一人70万もらえるのか?
原発事故の補償は場所によってはもっともらえるから得である。
でも将来的にはそうした金を使い果たすとするとかなり困ってくるだろう。
土地は恒久的な収入源だけど金は一時期のものとしてしか財産の価値がないのである。
だから必ずこの辺は外からの人も入って来なくなったらもう夕張のようにさびれてしまうかもしれない、ただこの辺の得は沖縄のように被害者特権地域となったことなのである。

もうだから国にたかるというかせびるとかそういう特権意識が生まれてしまったのである。
こんなに補償もらえるんだということで不満がおさえられているのだ。
それでも他で土地を買ってすむとなると一億が必要かもしれない、それより土地が買えなくて家が建てられない人が多いのである。
まだまだこの辺は混乱がつづく・・・