2013年07月30日

雷轟き野馬追い終わる


雷轟き野馬追い終わる


いざ鎌倉馬馳せ参じいななけり

雷鳴りて駆けゆく一騎一の旗
雷鳴りて馬と武者とがいきりたつ
雷鳴や数百の旗集いけり
のうぜんに今年数える馬の数
雨しとと藪甘草に帰り馬


今年の野馬追いはと通るのを見ただけだった。また家のことでもめて何かと追われるのだ。野馬追いを見る余裕がなかった。今年はなぜか梅雨が長い、だけどこの辺はそんなに大雨にならないふったりやんだりしている。集中的に雨もふらない、気候は夏という感じがしない。野馬追いの時期は入道雲が湧くときでありその頃ちょうどのうぜんかずらが一杯に咲く時なのである。だからノウゼンが咲き始めると野馬追いが近いと季節的に感じる。この頃藪甘草も必ず咲いている。

野馬追いではやはり「いざ鎌倉」をリアルに感じる。そこに馬が主役となる時代がもどってくる。
野馬追いの見方としてはどこの村からどんな旗印ででてくるかが意外と重要である。なぜなら同じ村から同じ旗印で二騎でてきたとき村の連帯感を感じたのである。村には同じ系統の旗印になっている場合がある。だから野馬追いは野馬追い行列だけではなくどこの村からどこの家から出馬するかを見るのも大事である。ただこれは自分も未だにわずかしか見れない、相馬藩でも広いし野馬追い一年に一回しかないから近くしか見れないから地元の人でもどこの村から家からその旗印がでてくるのか見ることができないのである。


今年は雨がふり雷が轟いた。これも野馬追いにふさわしかった。やっばり野馬追いは夏の季節にあっている。野馬追いが終わるとまもなくお盆になる。今年は梅雨が長いから野馬追いもまた違っていた。それでも420騎でたということは津波原発事故の割には多い。かえって小高など補償金もらったから出る人が多かったとか言っていた。野馬追いに出るのには金がかかるのである。そもそも馬を野馬追いだけに飼っておくのは金がかかりすぎる。野馬追いだけに借りるのも多い。

北右田の人は馬を何頭か飼っていた。でも津波でみんな流された。その人は甲冑競馬に出ていたから何頭も馬を飼っていたのである。

去年は復興の野馬追いということで興奮して見に行ったが今年は家のもめごと見る余裕がなかった。野馬追いは意外と地元でも一年に一回しか見れないから貴重なのである。ただ外から来た人は野馬追いは一回見て終わりとなっている。日本には祭りが多いけど一年に一回しかないからなかなか見れない、そして祭りのときは混むから余計に見れない、だから東北の祭りもほとんど見ていないのだ。

フランス人が民宿を泊まり歩いて日本の祭りだけを見て歩いていたというが日本を知るには祭りだと知っていたのか?日本の文化と祭りは一体である。日本の祭りは地域ごとに多いから祭りを知らないと日本の文化はわかりにくいだろう。ただ日本人でも日本の祭りを見れるのはわずかなのである。
旅でもそうだが祭りを見ることは相当な労力が必要なのである。

この日に祭りがあるとしたはそれで予定をたてるとなると暇な人でもむずかしいのである。そして祭りの時は混むからホテルも泊まれないのである。だから余計に祭りは見にくいのである。