2013年07月24日

人間の最後とは何か (認知症になっても覚えている人が来世でもまた会うかもしれない・・)

 

人間の最後とは何か

(認知症になっても覚えている人が来世でもまた会うかもしれない・・)


90才を越えてゆくと認知症気味になりやがてどんどん忘れ方が激しくなる。今母が覚えている人間は自分と60年間一緒にいた姉だけである。三人は60年間変わった家族でも一緒にいた。だから姉のことを死んで忘れたかと思ったら名前も覚えていたし忘れていなかった。もう最後はその名前を覚えている人は数人になる。顔もわからなくなる。例え子供でもそうである。子供でもいつも一緒な人は覚えている。孫でもそうである。遠く離れてたまにしか会わない人は全く忘れてしまう。
その人はもう認知症の人にとって存在しないと同じなのである。例え子供でもそうである。
一方子供でなくても施設で認知症の介護している人は覚えている。それも親切にしてくれた人は覚えているのだ。親切にした介護の人が移動してしまって悲しんでいたという。


これは何を意味しているのか?もう子供でも血縁でもそうしたものがすべてではない、人間は愛情をもって接してくれた人を最後に覚えているのだ。それは子供でないことも多々ある。施設の人でも虐待する人もいるがまた愛情をもって接する人もいる。そういう人はまれなのかもしれないがそういう人がいたら認知症の人でも覚えているのだ。そのことは何を意味しているのか?
それは人間は血縁ではない、愛情ある人を認知症になってもわかる。そういうことにかえって敏感になっているかもしれない、だから嫌いな人はよせつけないし嫌いな人の言うことはきかないから扱いにくくなる。一面子供に帰ってしまうのかもしれない、子供は敏感に愛情があるかないかわかる。


自分としてはいろいろいがみあいがあっても最後は悲劇でも姉のことを名前も覚えていてくれたことにがうれしかった。もう死に際になるとほとんどのことは忘れる。ただその時忘れない人こそ最後まで覚えていた人でありその人は来世でもあっているかもしれない、そういう人は最後に数人しか残らない、もう二人しか覚えていないからだ。そして三人は家族だったことを確認した。遠いたまにあった孫など全く忘れている。それも悲しいのだが60年間いがみあいつつも憎しみあっても一緒にいたということは離れて暮らした人とは余りにも違っていたのである。だから憎しみ合っても家族は家族だということもあるのだ。


ただ人間は忘れるということは結局これも無常なのである。家族さえ死んでしまうとたちまち忘れられて何か思い出せないものとなる。嫌なことを忘れるということは一面いいことである。しかし忘れるということはすでに生きていたということすら忘れるのだからもう死んでいるのかもしれない、何を経験したかもわからないからである。そして結局無常というとき、血縁家族ですら無常でありその関係もはかないのである。人間の縁も最後は金の切れ目が縁の切れ目だということをつくづく経験した。金の縁が切れれば本当にもうつながりは全くなくなる。最後はそうなりやすいのだ。兄弟すらそうなっている場合もあるだろう。この世の縁もまたはかないものであり永遠ではない、切れてしまうのである。そういうことを実際に還暦すぎると否応なく現実として処理を強いられるのである。

あらゆるもののこの世の縁の清算みたいなことを強いられるのである。墓というのもまた一つのこの世の縁の場としてあったがこれもまた実家がない無縁化してゆく墓なのかとも思いそのことを書いた。「墓を守ってくれ」という切実な遺言があってもそれも守られないだろう。
この世はまた新しい生があり次々に世代も変わってゆき人も変わり世も変わり無常化しているのだ。特に津波原発地域の変わりよう無常は未だに信じられないのだ。


自分の家族ももう終焉を迎えようとしている。はかないといえばはかないがそれも無常の世だった。家族でも結局は別れてしまうのがこの世である。終われば一時のことだったともなる。栄華もまた一時だった。立派な御殿に住んでもそれも一時の栄華だったのである。たちまち夢のように消えてなくなっているのだ。ねこにいられたのは一時だったとなる。その御殿も夢でありまるでこの辺が草原化したように津波で土台しか残らなくなったように茫然自失してたたずむ他なかったように夢のように消えてしまった。


認知症はそうした人間の最後に無常として現れる。もう記憶するものはない、みんな忘れてしまいわずかに数人のみが家族の記憶として残りその記憶とともに死んでゆくのである。誰かがわからなければその人は死んだと同じなのである。認知症は生きながら死ぬことなのである。母の場合は別に忘れても暴れたりしない、ただ大人しく寝ているだけなのである。それはもともと異常なほどおとなしい性格であったからかもしれない、それは自分の性格とにている。岩のようにじっとしているのがあっている。人とつきあうことが苦手なのである。激情的な性格ではない、大人しい性格だから認知症になって忘れても別に騒がないのである。認知症でもみんなが手がかかるとはならない、性格によってそうなるのかもしれない、暴力とか徘徊するのはやはり病気であり母のように大人しい認知症は病気でもないみたいだ。ただ人間の最後は記憶を失うということである。そしてあの世にゆく,嫌なことを忘れるということではいい面はある。おそらく母の場合は安らかに死んでゆくように思える。

これは性格の相違だったのである。激情的な人はなかなか安らかに死ねないかもしれない、あまり死にざまが良くないかもしれない、姉は死にざまが良くなかった。何かそういう業をもっていてそうなったのかもしれない、性格が一番影響してそうなったことは確かである。


「私のこと誰か覚えていますか」
「あなた誰、知りません」
「私のことを忘れたのですか,息子の一郎ですよ」
「知らないな、見たこともないよ・・」
「馬鹿な、息子の一郎ですよ」
「・・・・・・・・」

「おばあちゃん、私のこと誰かわかりますか」
「ああ、いつも親切にしてくれる人ですね、わかりますよ
いつもありがとうね、あなたのことは覚えていますよ」

「お母さん、息子の一郎のことは忘れたんですか」
「・・・・・・・」


こうして母親は息子のことは忘れ最後まで親切にしてくれた介護してくれた人のことは忘れなかった。そしてあの世に旅たったのである。

人間の最後はこんなふうになり息子でも忘れられ記録されずあの世に逝ってしまうことがある。生きていてももう息子でもなくなっていたのである。あの世に行っても覚えていたのは息子ではなく最後に親切にしてくれた介護してくれた人だともなる。つまり人間にとって血縁ではなく愛情こそ大事なものでありそれが人間をつなぐものだったともなる。この愛情は猫でも犬でもわかるのである。
だからペットの動物は人間化したペットであり野生の動物とは違っているのだ。人間の愛情を知って死んでゆくのである。人間化した動物であり家族でもあったとなる。

放射能除染の不毛

 

 放射能除染の不毛
 
 青森から来たという人が除染のことで言っていた。除染の仕事は何か成果が見えない、先が見えないと言っていた。普通の仕事だと家作るにしても土台を作り次に柱を建てるとか成果かがみえてくる。土木事業でもそうである。その成果が目に見えないから何かやる気がそがれるという。これは金をもらっても何か成果が現れないとやる気がないということである。
 
 本当に除染はどれだけ効果あるのか不明である。一部を除染しても回りの森は除染されていないからやはり多少減らされてもそれがどれくらいの効果があったのかもわからない、シーシュポスの神話のようにあと少しで山頂に届くというところまで岩を押し上げると、岩はその重みで底まで転がり落ちてしまい、この苦行が永遠に繰り返される。何のためにそんな仕事をしているのか何の成果があるのかということで悩む。金をもらっているからいいとはならないのが仕事である。人間のことは何でも金では解決できないのだ。
 
 その人は話した感じでは真面目そうな人だったから余計にそう思ったのかもしれない、そしてなぜみんな地元の人が除染の仕事しないのかと疑問に思っていた。補償金もらえるから働かないと言ったら納得した。
 
 人間の仕事はつくづくその仕事に実際にしてみないとわからないことが多すぎるのだ。ここ6年間家で介護の仕事していて毎日料理をして家事をしている。すると料理を出す方になるとそれなりに苦労して作ったのになぜ残したりするのだろうかとか思うようになる。苦労して世話しているのに感謝の言葉がないと看護師が患者を殺した人までいた。これは一見極端でもそうした仕事を毎日しているとなぜ自分がこんなに他人に尽くさねばならないのかと疑問に思う人もいるだろう。
 それでこの人は感謝もしないと殺人までになった。
 
 自分もそうだけどサ-ビスしてくれるその人の仕事をどんなものかどんな苦労があるのかわからないのである。実際に料理して与えてみるとわかるのである。
  サ-ビスしてくれる人が与えるものならこんなまずいもの食えるかなどあまり言えないだろう。
 ただ今はすべてが金であり金が出せばなんげもサ-ビスしてくれると思い込まされている。
 だから相手が苦労して料理して運んでくれても感謝などしない、金をだしているから当然だとなる。かえってサ-ビスが悪いと文句言うのが常なのである。
 自分は旅行してもそうしたサ-ビスを期待したことはない、ただ泊まればいいだてけであった。
 食事は外食であり安く泊まるだけのサ-ビスが欲しかっただけである。それでもそれなりにサ-ビスを受けていたのである。
 今になったら旅館でうまい料理を食べてゆっくりしたいとなる。それも毎日料理を自分で作り与えることが仕事になっているからだ。その仕事をしてみてはじめて料理をだしてもらうことにも感謝するのである。

母の継母が弁当を作って残したので怒って子供の前で「俺の作ったものは食えないのか」とその弁当を投げつけるように捨てたのはひどい話だけどやはり弁当を作るものにも苦労があるから極端だけどそんなことをした。看護師が患者に感謝の言葉がないと殺したのとにている。
意外とこういうことが人間関係では多々あることなのだ。
自分が世話しているのに苦労して与えているのに全然感謝しないとかそのことを自覚できない人が実際は本当に多いのである。苦労して作り与える方になるとそういうことになる。
相手のことを考慮しない人が実に多いのである。金持ちの家に育てばただ何でも与えられるとなり
そうした感謝の気持ちは育ちにくくなる。そういう人はやはり上に立つ人には向いていないともなる。
 
 この世にある無数の仕事について自分でできないから理解できないのである。宅配業者でも本一冊運ぶのも手間であるしそれも苦労かもしれない、しかし金を出せば魔法のようにポンと本が今やでてくるという感じになっているのだ。インタ-ネットでもプログで情報提供しても書いても誰も感謝しないのである。だから何のためにやっているかもわからなくなる。ただ時々文句を言う人がいるだけだとなる。これはあらゆるところで起きているのだ。誰のために働いているかわからないしただ金のために働いているだけだと働く意義が見いだせないのが現代では多くなっているのだ。
 ただすべてはその成果は金で計られている。金を多く得るものが成果を出していると評価されるのである。金を得ないものは何の価値もないとされる。それが価値があっても価値を認められないのである。
 
 ともかく除染は何か不毛の仕事である。だからこそ飯館村の人がそんなことに金を使うより補償金にして他の土地で再出発の資金にした方がいいというのもわかる。結局30年とかたたないと放射性物質は減らないのである。すでに地中深くに放射性物質がしみこんで今は除染も効果ないという人もいる。除染は目に見えて効果が現れないのだ。そもそも一体放射能汚染は人体でもどこまで影響するかわからないのである。ただ福島県が壮大な実験場になっているのだ。ただ除染は国の事業だから環境省の仕事だから市町村が口出しできないということもある。結局これも無駄な公共事業なのかもしれない、ゼネコンなどの会社の利権なのかもしれない、青森の除染の人でもここに仕事が生まれたから青森からも来ているのである。全国から今は除染であり工事関係の人が集まっているのだ。そのために今のところはこの辺はかえってにぎわっているのである。

posted by 老鶯 at 15:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連