2013年07月12日

気配りとか精神的なもが大事になる時代 (ス-パ-やチェ-ン店、コンビニにはない店の対応)


気配りとか精神的なもが大事になる時代

(ス-パ-やチェ-ン店、コンビニにはない店の対応)

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●気配りでもてなす例



お勘定を済ませ店をあとにしようとすると、女将さんらしき女性の方が入り口をでるところまでずっとお見送りをしてくださいました。
こういう気配りはとても気持ちがいいものです。
http://tabelog.com/yamanashi/A1901/A190101/19003303/dtlrvwlst/2762602/


目を見て、笑顔で、きちんと話せれば、十分小さな感動ものです。
その上、お客様のことを覚えていれば、完璧です。必ずうれしくなってまた来てくれます。
ちょっとした気配り、気づきでお客さまに感激、感動していただく。
マニュアル化できないとは、そのとおりですね。
だから、感性を磨かなければならない。
http://mikan-no-kokoro.blogspot.jp/2013/05/2013530.html


私の周囲の人間も、「カスミは店員の態度がわるいからネ〜、でも安いからね。」
と言っている、
私も実際、安いので利用しているが、それでいいのだろうか。
http://toridestory.at.webry.info/200805/article_14.html


まちづくりや観光客誘致に関連して、『もてなし』という言葉がよくいわれる。これは、簡潔にいうと来訪者を受け入れるときの「迎え方」といえるのではないでしょうか。

 地方を旅していて、「佐倉から来ました」というと、「良い所に住んでいますね」といわれたり、たまたま立ち寄った店での接客態度や、途中で道を聞いた時の住民との触れ合いが、楽しい思い出として心に刻まれ、そのようなまちは再度訪れてみようという気持ちになります。
http://p.tl/hBAahttp://p.tl/hBAahttp://p.tl/hBAa


相手を和ませることができるような人になれば、素敵だと思いませんか。



●自転車旅行でももてなされた例


自分は旅行ばっかりしていたから旅館に泊まればいい接客をしてくれる普通は旅館が印象に残ったとかあるだろう。ところが自分にとって旅館は安ければいいのでありもてなしはかえって必要なかった。ただ泊まって寝れる場所があれば良かった。だから本当は木賃宿のようなものが一番自分にはあっていたのだ。ホテルなどは旅にはあっていない、旅が長くなると一番金がかかるのは宿泊代なのだから安い方が一番いい。日本ではその安い旅館を探すのが一苦労だったし実際はなかった。最低でも5千円とかになってしまう。素泊まりで泊まってもそうである。日本では長い旅行をしにくい。外国だと安い泊まるだけのホテルが多い。ユ-スホステルだって多く年配の人も普通に利用している。スイスなんかホテルが高いけどユ-スホステルに泊まれば千円とかで泊まれるのだ。だから長い旅行ができるのだ。

そもそも日本を旅行してもてなされた記録は二回しかない、一回は阿武隈高原を自転車で走っていてどこかわからなくなったが石川町辺りの山の中で昔の万屋があった。そこで食糧を買ったら味噌汁までごちそうしてくれた。今どきこんなことまでしてくれる人はいない、今は何かよそ者に対して冷たい社会である。疑り深くもなっている。昔の人情を田舎で期待するのはもうありえないのだ。むしろ人情とかもてなしは都会の方があったりする。もてなしが商売として洗練されたりしているからだ。江戸時代あたりだとかえってこうした人と人が人情的に接することが多いからもてなしががあった。わが町から江戸時代にお伊勢参りとかに行った人が旅籠でとまった三人の女性の名前を覚えていた。接待してくれた女中だった。三人もの名前を今ホテルとか旅館に泊まって覚えている人はいないだろう。それだけ現代は忙しいからあう人も多いから人の名前とか顔を覚えていないのだ。

要するに一人一人に注意が払われない時代なのである。そういう余裕もないスピ-ド時代である。

もう一回はこれも山形県で山の中に自転車で迷い込んだのである。どこに泊まっていいかわからずホテルがあったのでそこに入った。そしたらそこでただで泊めてくれたのである。そもそもそこは自転車で旅するような人を泊める場所ではなかった。普通は断られる。自転車旅行の人は普通はホテルなとどで泊めない、汚い面もあり嫌われる。第一ホテルが向いていないからテントを持って歩いているのだ。そこではそういう自分の状態をみて空いている部屋にただで泊めてくれたのである。結構大きなホテルであり団体客用のホテルだった。そこは相当にもてなしがいいホテルだったのである。

ただ個人客の自転車旅行者まで同じ様に接客するようなことはありえないのだ。
自分はたいがい身なりなどをみて一番悪い部屋に泊まらせられたし別な部屋に移されることも多かった。それでも自分は安ければいいしそれでいちいち怒ったりもしない、要するに安ければ待遇などはどうでもよかったのである。それで外国旅行まで安宿探しだった。バリの東駅で安宿探しているとは思わなかった。今になると旅でも人に親切にしてくれた所は覚えていたとなる。今は本当にそういうことはまれになった。


●モノを売るだけでない精神的サ-ビスを求める時代


最近思うことはこれからはモノを売るだけの商売が変わってくるように思う。老人が欲しいものはなにか?老人が喜ぶものは何か?そんなことをキ-ワ-ドで探している人は結構いる。老人相手の商売が増えているからだ。老人への接客はまさにただモノが安いからでは喜こんでもらえないのである。
老人はモノより精神的なものがあるゆる点で重視される。親切な言葉の一言でも喜ばれる。例え多少高くてもそうなる可能性が強い。すると現代の店屋というのはそうした精神的サ-ビスは欠落している。ただス-パ-やチェーン店でも安ければいいとなっていた。だからそういうところではいちいち人をもてなすなどという心はまるでいなのである。第一そこに雇われている人も時給でありただ一時間いくらで雇われているという感覚しかないからそうなる。ただ売ればいいというだけの人なのである。そこに働くことの現代の問題が生まれている。コンビニであれス-パ-であれあらゆる所で雇われているのは時給の人でありただ雇われてモノを売ればいいというだけの人である。その人はその店に愛着もないのである。時給いくらであり他の店が高いとなれば簡単に移る。だからロボットのように自動販売機のようにも人が見えると前に書いてきた。

ところが高度成長時代が始まったころは店屋はみんな自営業であり自分の店であり家族経営であったから今のコンビニやス-パ-とは違っていた。ただ売っているというだけではない、家族経営だとその店に愛着をもつ、時給で雇われているのとはちがう。それが今でも自営の店だとそうなっている。
何か同じ様で自営で店を運営しているのと時給で雇われる人は違うのである。

その例として相馬市駅前の花屋のことを度々とりあげて書いてきた。あそこの女の経営者はただ売っているのとは違うことに気づいた。客への気配りがあるのだ。一人一人に気を使っている。一見気がつかないが確かに時給で雇われている人とは違う。何か自分で経営しているから店に対して思い入れが強い。なんとか小さい店でも維持していかねばならないという責任感みたいなものがある。時給の人にはここでやめても別にかまわない、他に移ればいいとなるから客に気配りなどしないし客も求めていない、安く便利に買えればいいというだけである。だから何年も通っても客がお得意さんとして覚えられることがないのだ。まずお得意さんという言葉自体廃れた。そして通りはすべてシャッタ-通りになった。でも高齢化社会はまた逆にそうしたもてなしとかモノを買うだけではない、それプラス精神的な付加価値を求める時代になる。小さな個人経営の店で大事なことは常連客を作ることである。もう一度そこにゆき買ってみたい、その人とあってみたいとかが大事になるのだ。だから客一人一人の気配りが大事になる。特に品揃えが少ないとかなると余計にそうなのである。モノを買うだけならス-パ-の方がいいとなってしまう。意外とこうした時代の移り変わりに気づいていない人かいるかもしれない、モノなど安く便利に買えればいいとかなっていたがそれも変わってくるということもある。


明かにこれからはの時代はモノだけではない、精神的なものを求める時代になる。その精神的なものは何かというときそもそももてなしに気配りがマニュアル化できないし時給の人にそれを求めることは無理である。それは天性の感性でもありみんなができることでもないだろう。その価値はいくらいくらだと金で計算することもできないものなのである。ただそうした金で明確に計算できないものの価値が大きくなってくる時代になるかもしれない、そのことに気づいていないかもしれない、その付加価値的要素が大きくなる。でもそれはみんな簡単にできないのである。そういう人は得難い人だとなる時代がきてそこは貴重なものとして見られるようになるかもしれない、それは明かにコンビニとかス-パ-とかチェーン店では養われないのである。そういうところにいくら勤めていてもそういう心は養われないのである。だから時給で勤めている人は相馬市の駅前の花屋のような感覚はない、ただモノを売るロボットのように見えてしまうのである。


●土着的なものに回帰する時代


自転車旅行も旅行そのものもできなくなったからそんなことに注意を払うようになった。もてなしのいい旅館でホテルでゆっくり休みたいとなる。多少金がかかってもそういう所に泊まり癒されたいともなる。ただそれ自体ができなくなった。地域自体でもそうしたよそからの客のもてなしがあればもう一度来てみたいとなるだろう。それはモノを売ることではない精神的なものだからなかなか気づいてもらえないし目に見えて金でも計れない価値なのである。ただそういうものがこれから大事になってくる。価値があるものとなってくる時代になる。前にも書いたけどそういうものは土着的なことである。コンビニとかス-パ-やチェーン店は土着的ではない、そもそも時給で働くこと自体土着的ではないのだ。これからモノを売るだけではない土着的精神が大事になる。土着的なことが文化だからである。店屋でも自営業はその土地に根を下ろすということで土着的だったのである。何事土着的でないと仕事もうまくいかない、仕事も成就できないということがある。仕事も一カ所で技を磨かないと上達しない、芸術も石のことを詩にしたけど土着的でないと深いものが作れないのである。


だからこの辺は放射能汚染で故郷に住めないということはもう土着的な志向すらできないから深刻なのである。水も食糧も土着的に供給できないことは致命的だからである。まずそういう所には他からは来たくないとなってしまう。ただ津浪の跡とか原発で田んぼが草原になってしまったとか変わっているから他より面白いとかにもなる。現実にそういうことをプログで書いてきた。それでここで死んだ人がいるんだぞとしかられもした。その辺はまたむずかしい面がある。

自分は花が好きだし花を見てきたから放射能と関係ない、花の栽培地域にするのもいいかなと思うがなかなかそういうことも簡単にはできない、そうしたノウハウは簡単に生まれないだろう。
でも自分が郷土のことを紹介しているけど全国の人呼んでいて何か宣伝になり興味をもつ人もある。そういう効果はどこのプログにもある。その土地の魅力はそこに住んでいる人しかわかりにくいことがあるのだ。自分は自然的なものとしては相馬辺りはいいと思っていた。気候も暑くもなく寒くもない所で良かった。人に関してはあまりいいとはいえない、東北人はかえってもてなしの心などないのである。

posted by 老鶯 at 02:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題