2013年07月18日

原発事故で昔の自給自足の生活が見直されるのか? (便利なものに頼りすぎると事故が起きたらもう直すこともできない)


原発事故で昔の自給自足の生活が見直されるのか?

(便利なものに頼りすぎると事故が起きたらもう直すこともできない)


今日はアマゾンでLEDのしーリングライトを買ってとりつけようとしたができなかった。結構めんどうだった。電気工事会社に聞いたら今は人手なくでできないという。やれるのも何か月先だとか言っていた。自分の電気工事というものでもないからできないというのもわかる。でも電気工事関係の人も人手だたりない、住宅建築でも地元の大工はたりない、注文しても何か月先になるという。

しゃれたアバ-トを建てた大手の会社は茨城県でありそこから来て建てていた。他では亘理の方から来て建てていた人もいた。結構家が建っている。それでも家がもっと建つのだが人手がたりなくて先送りになっているのだ。電気工事関係でも人手がいないということは意外だった。電気工事は家を建てる時に必ずかかわる。水道関係の人とかも人手が足りないという。家を建てるにしてもいろいろなものが設備が必要だからその関係の人手が必要になる。その人たちが不足している、働き手が流出したということもあるだろう。この人手不足が思った以上深刻なことがわかった。

これは医療福祉関係だけではない、あらゆる面で人手がたりないのである。

自分は何でも自分でやりたいということがある。でも電気関係は危険である。一つ壊してしまった。そこから火事になったりするから恐い。でも角形のはめてあるところがとれないのはとったことがないから固くなっているのではないかとアドバイスがあり確かにベンチでまわしたら簡単にとれた。

手ではとれにくかった。意外と道具を使いこなすことが大事になる。料理だってそうである。
まずいろいろな道具がありこれを使いこなせないと効率的にできない。料理とか家事はなかなかコツがわからないのだ。とういうのは誰も指導してくれないからそうなるのだ。いろいろ買うものが多いのである。自分は他の人より毎日食糧でも2千円とか使っているから使いすぎである。でもオカズが作れないからどうにもならない、どうしても時間がかかることはやりたくないのだ。だから無洗米などがあるのも便利なのである。IHヒ-タ-も必ず必要である。ガスは何度注意してもつけばばなしのときがある。自動で時間で消えるのが必要であり電気も自動的に消えたりするのがいいのだ。それで
LEDのライトを買った。


何か変なのは通販で買ったのはこれは自転車だと大きすぎて運べないからである。通販は送料もかからないで三日以内には配達される。ところが量販店でも配達されるまでは二週間とかそして配達料も結構高いのである。通販はその点で便利なんだけど今回のように失敗することが何回かあった。
大きさと重さがわからずバッグを買って失敗した。やはり手にとってみないとわからないものがある。でも相当に通販で買った。通販で買えないものが今は相当あるからだ。
ただ量販店の競争相手が今と通販だということをあまり意識していない、例えば商品でも説明がわかりやしい場合が通販にある。かえって商品が良く説明されていないのが量販店にあるのだ。
そしてすぐに必要になったとき買えるのが便利なのである。何か必要だというときそれか近くでも売っているのもがわからないことが結構あるのだ。それで品物の数が増えたということもある。
何かこまごまとしたものの買い物がふえた。料理しているから余計にそうなったのである。


まず自分がこの六年間していたことは家事でありこれは結構多岐にわたるものだと思った。家事をこなすには料理もそうだが台所を効率的にいかすのは結構手間と時間がかかる。介護もしていたら余計にそうである。介護は家事の延長みたいなところがあるから家事ができる女性に向いていたのである。ただ家事にはちょっとした大工仕事などもあり庭いじりもしているからいろいろとある。
そうした能力を身につけることが結構むずかしい。器用な人はいいがそうでないは苦労する。

昔の人は自分で大工仕事をしたりした。自分の父親も風呂場を作ったりしていた。自分でせざるをえなかったのである。人に頼めば金がかかるということもあった。今回の地震で壊れたタイルとかもそのままであり家は地震津波から荒れたままだった。いくらかたづけてもかたづけきれないのである。タイルも人にたのみ修理もできないから自分である程度直すほかない。セメントをぬってはりつけるほかないだろう。前にはアンテナをとりつけるのを自分でやったのには電気屋の人も感心していた。線を削ったりしてインタ-ネットを見てやったのである。それは確かに正確にできていたのである。

だから手間賃はただにしてくれた。これは結構むずかしい仕事だった。今回のとりつけはそれより楽なものであるが実際はそうでなかった。

家事でもある程度自分でこなせないとんいけない、みんな専門家頼りではまずいのである。だから原発事故以後あまり複雑なものは使わない方がいいとかも思った。自分である程度処理できないものは使わない方がいいのかとも思った。便利でもめんどうになるからだ。原発なんかもあまりにも便利なものでありそれでも一旦こういう便利なものは事故起こしたり壊れると直しようがないのである。
そこが最大の弱点だった。自分で直しようがないものは使っていると危険である。昔の電気製品は電気屋で直していた。今はも直せないから困るのだ。そういうものに頼っていると直せないのだから使い物にならなくなる場合がある。臨機応変に使いないのである。

結局原発事故では車がガソリンか入らず使えなくなった。水道もでない所もあった。電気もつかないところもあった。そうなるとお手上げになり死にさえ追い込まれる。だから裏山の清水を運び飲んで薪を燃やしてしのいだ三陸の人たちがいた。そういう自給自足の生活にもどったのである。

この辺でももう便利すぎた電気などの生活から昔の自給自足生活にもどる。そうしたモデル地域にするのもいいかもしれない、確かに不便であり不自由であっても災害には強いとなる。ただ電気など全部を否定しては現代の生活はなりたたない、通信とか絶対に必要なのである。何が起こっているかさえわからなくなるからだ。そういう電気はそんなに多くの電気を消費しないのである。

なぜこういうことを言うかと現実に技術をもっている人とかいなくなっているからだ。医療関係もそうだが福祉関係だってそうである。
そうしたち昔のように隣近所で介護など助け合えばいいとなる。介護などご飯作ってあとはたいしたことはしないですむ場合がある。
そうしたら遊んでいる人は介護士の役をやればいい、現実に人手がたりないのだからそうせざるをえなくなっているのだ。
やれることはそれぞれやらなければもうここではやっていけないのだ。


まず自分がしていることは多様である。家事でも今度はお客さんが来るというので一日でも家の掃除やら飾りつけをした。そしたら自分は今度は旅館の女中、下男みたくなっていた。ただ違っているのはかざりつけは絵などは飾ったりしたからそれは芸術的センスも必要としていた。旅館業も意外といろいろな能力を必要とされている。料理もそうだが何か絵を飾ったり庭を見せたりするのも必要だしもてなしの心も必要である。それは茶の湯にも通じてている。このもてなしはまた介護にも必要なのである。家事の能力は実際は多岐にわたりこれを全部こなすことは不可能である。肝心の料理がうまくなることは自分にはできない、これは相当な能力が必要なことがわかった。


ともかくお客さんを一日とめることは容易ではない、それほど歓迎する人でないにしろそれなりの用意をするから大変である。部屋は床の間があり八畳間でありそれが古い作りだから手のこんだものとして部屋が作られていた。この家は土壁でもあり地元の大工さんなどが丹念に作ったものだった。
だから今になると気持ちよくゆったりするのである。だから一人か二人泊める民宿にしたらいいなとも思った。ただ料理などはできない、この家をどういかすのかそれも問題になっている。

 
 
                                                          
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2013年07月19日

家系の謎 (悪い因縁は簡単に切れない、結婚すれば相手の家系の因縁を受ける)

 

家系の謎

(悪い因縁は簡単に切れない、結婚すれば相手の家系の因縁を受ける)

この世で人間の運命ほど不思議なものはない、運命とかは出生の不思議は何なのか?そこには神の関与もあるのかとも思う。家系でもそうである。なぜ夫で苦しんでいた親がいてその娘も同じ様に苦しんでいるのだろうか?別にそういう夫を選んだわけではない、結果的にやはり夫に苦しめられるようになった。親と子が同じ運命になった。なぜそうした夫を選んだのか?見合い結婚だとするとそんなこと結婚するときはわからない、でも結果的にはなっていた。

母親の違う兄の父は工場で事故で死んだ、その後その父系統の親戚とは音信不通となった。その息子も今度は交通事故で死んだ。これもなぜなのだろうとなる。祟りだといっても自分の息子には祟るということはありえないのだ。二代にわたって同じような運命になりうることは多々あるのだ。

カルマだと言えばカマルになる。カルマといってもせいぜい三代前くらいまででありそれ以上はカルマは継続しないと思う。だから前世からの因縁だというのはわかりにくい。
明らかなことは二代くらいはそうしたカルマが悪い因縁はつづく、因縁とはなかなか断ち切れないものである。親戚でもめる人が多くても縁を切れないのはそれだけ親戚になると甥姪子でも結構因縁が深いものとなっているからだ。

一旦夫婦になったらその因縁は深いものとなる。だからなかなか因縁を絶つことはむずかしくなる。別れても追い回され殺されている妻もいる。だから一旦因縁を結ぶことは恐いことなのである。
簡単には切れなくなるからだ。だからこそ結婚の相手は相当に問題になる。その家とか家系とかの影響を受ける因縁を引き継ぐといかことがあるからだ。因縁は実際は相当に恐いものがあるのだ。

結婚することは二人だけの問題ではない、必ず相手の家庭や家系とも関係してくるから恐いのである。二人が愛し合っていればいいではないかというのが現代の結婚だけど実際は結婚することは相手の家族や親戚や家系と深く関係してしまうことなのである。そして一旦結婚したらその因縁の中に否応なく組み入れられるから悪い因縁でも断ち切ることはできなくなる。もちろん相手のいい因縁も受ける。ただ悪い因縁も受けたらその影響は大きいのである。


ただ悪い因縁でも二代くらいまでだろう。祖父が事故で死に息子も事故で死にその娘も不幸でったが四代目の曾孫くらいになるとそうした悪い因縁も断たれてきていい因縁に変化することもある。
余りにも悪い因縁はつづくことは良い因縁に変化するということもある。悪いことがつづいてもいつまでもつづくとはならない、そういうものは一つの膿(うみ)みたいなものかもしれない、一度出してしまうと体が良くなるように好転することもありうる。

自分もここ6年間はどうにもならない悪い因縁の中に組み入れられて苦しんだ。凶運は五年くらいはつづく。そういうときはどんなことしても悪いことがつづくのである。悪いことが重なるのである。そういうことは誰にでもどの家族でもありうることである。
その家族か特に呪われたというものでもない、そういう運命に誰でも陥る時があるのだ。
そういうときカルト宗教団体に入っても解決しない,かえって悪い方向に悪い因縁の中に組み入れられてしまう。


ともかく地震であれ津波であれ原発事故であれ本当に凶運だった。なぜこれほどはの凶運になったのか?人間が非情なとき自然も非情無情になったのかもしれない、地震や津波は規則的に襲う自然現象であり人間のこととは関係ないというけどそうでもない、人間が乱れるとき自然も乱れるのだ。
江戸時代が比較的平穏だったのは貧乏でも人間の心はそれほど乱れない、素朴さをもっていたからかもしれない、今は人間の心は冷たく異常であり非情化している。明治維新後の変化は大きすぎたのである。大きな戦争が二つもあり犠牲が多すぎた。それも異常な時代だったのである。


人の運命もあまりにも不可解だから誰かが神が人生に関与しているとさえ思う。自分にしてもある時死んでいたかもしれない、そこて死ななかったのは神が見守り助けてくれたともなる。そういう経験をしている人は結構多いのだ。ただすべてが宿命だとか運命だとかはならない、いくら不遇に生まれてもその人の努力によって運命は変わるのだ。不遇を嘆く人は多いけどその不遇を嘆いてばかりいて呪っていると結局その不遇から脱することができないのである。

ただ人間の運命は不可解でありそれはなぜなのだろひうとなると前世の因縁だとかいろいろなことを言う人がいる。

人間はこうして人生もそうだが自然でもわかっていなかった。人間を超えた力が働いている。科学もそうした大きな力を越えることはできなかった。科学がいくら発達しても人間の謎は解けないし自然の謎も解けることはないのだ。だから神の前に謙虚になることが要求されるのである。
原発でも核のことなどまだわかっていなかった。だから一旦事故になったら終始がつかないものとなったのだ。


自分の凶運は一応終わったように見える。やはり健康が回復したことが一番大きかった。健康でありさえすればたいがいの凶運ものりこえられる。健康がなくなるとき人間はどうにもならなくなる。

まあ、なんとか客を迎える準備はできた。それだけの余裕もできたから客も迎えられる。
とても余裕が客をもてなしたりできない、相手もきづかったりすることもできない、自分が健康でないかぎり相手をきづかうこともできない、また借金している人もできない、借金している人は本当は相当に恐い、暴力団に借金で追われ自分の妻や子供まで保険金をかけて殺すとかそれほどまでに追いつめられる。それは架空の小説にしてもそれだけ追いつめられるから借金している人は恐いとなる。そういう人が自分のんにはいなかったことが最悪だったのだ。そういうとき相手も必死だから自分の弱さにつけこんで病気のことなどかまわないし入院しても脅迫するようなことをしてきたのである。だからそういうふうに追いつめられている人間は恐い、それで凶悪な殺人も起きているのがこの世である。


ともかく悪夢の時はすぎた。これからは良い方向に向かうのか、まだ不安材料があり介護しているからわからないけど何かそうした最悪の凶運過ぎた夜討ち思える。

2013年07月21日

ハイビスカス(近くで映える色ー説明が必要な俳句)

 
ハイビスカス(近くで映える色ー説明が必要な俳句)

ハイビスカス赤の色濃く我が前に

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俳句は短いから深く読む必要がある。これだけでは何がなんだかわからないだろう。写真も絵も必要になる。写真俳句が盛んだけどそれは俳句だけでは表現しきれないからである。特に絵画的になるとそうである。

この句は一見なんでもないようでも意味を与えれば深いものになる。というのは東京の親戚と言っても遠い親戚になるけどその人と今日家に来て泊まってあったけどいつも何をしているのかわからない人だった。もともと付き合いが浅いひら余計にそうなっていた。だからつきあいたくないのだけど事情がありやむをえないのでつきあっている。なぜなら遠いということは前には嘘ついたりもしていたし相手が何をしているかわからないから困るのである。そういう人はなかなか信用できないだろう。そうして子供と偽り詐欺にあい大金をとられた親が結構いた。遠いと本当に相手のことがわからなくなるからそうなる。遠いということはすでに信用できないのである。


だからハイビスカスでも買って庭に起き目の前で見ていたらその赤さが迫ってくる。ハイビスカスは沖縄で咲いている。それは潮風がそよぎ広い海に向かって咲いていた。今その花を我が前で見たときまた違って見えた。その赤さが強烈に我が心に映り迫ってきたのだ。花もだから自分の庭で何度も見ているとその花をまた違った角度から見ることになるのだ。自然の中で見る花とまた違った角度で見えてくるのである。

人間はまず直接あわない限り相手のことはわからないし信用できないことがある。もちろん直接あってもだまされることはいくらでもあるから一がいには言えない。でもいつも遠くから電話などで話ししてもわからないのである。どんなことをしているのかその場に行かないとわからないのである。
だからただ金を送れということでは送れないのである。その人自体は遠く離れて親密な交際もないのだからしかたないがやはり人間はその前にじかに接すれば迫るものがある。



燃えるような赤
赤が至誠のように滲みでる
嘘偽りのない強烈な赤
それは我が前で映える



俳句だけではともかく現せないのが多々あることは確かである。


 

2013年07月23日

墓とは何かは死者とは何かである (骨なのか、名前なのか、物語なのか、何なのか?)

 

墓とは何かは死者とは何かである

 (骨なのか、名前なのか、物語なのか、何なのか?)


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自分には親戚というものはなかった。ただそれでも遠い親戚でもあり東京にいてそれでまだ切れていなかった。その人はいろいろ問題かかえている人だからかかわりたくないしかかわるのをやめた。
ただ墓の問題で変なのは死んだときかかわり実家の墓に骨壺を入れた人はもうみんな死んでしまった。そして骨壺にしても一つだけではない三つあるかもしれない、そしたらどれがもってゆく骨壺かもわからないかもしれない、これも困ったものだと思った。

前にも書いたけど墓に名前がない人がいても骨が埋まっている人がいて困った。その人は世話になった人だから自分の墓の脇に石を置いて名前を刻み供養している。なぜその世話になった人の墓に名前がないかというと墓に名前を刻むだけで六万とかかかる。その金がないからしないのである。
自分の場合もいつも家に来てもらうには親の代からこちらで交通費を払っていた。子供の代になってもそうである。それで骨をもってゆくといっても業者に頼まなければできない、すると金がかかる。だから自分の金でもっていってくれと言った。


ここで問題なのは骨が死者なのかということである。骨をもっていけば墓にはもう死者はいないのか?ただ名前と戒名が刻まれている。死者とは名前なのか骨なのか一体何なのかとなる。屍(かばね)は姓のことだとすると屍(骨)から先祖が決まり一族としてのル-ツが決まる。でも骨がでは死者なのかとなるとそれもわからないのだ。ただ戦争で死んだ人の骨を拾いにゆくというとき骨が死者として最後にこだわるものになっているからそうなる。そして変なのは骨をもってゆくというとき墓にはまた死者はいないという感じになる。骨は東京にもっていったら東京に死者はいることになるのかともなる。

確かに骨はもう墓から出されもっていったのだから骨はないのだから死者もいないと思うのも不思議である。ただ名前は以前として墓に刻まれているのだ。だから死者自体本当に不可解なものである。ただ地元に墓があって墓参りしていれば死者はそこにいるとなる。骨がなくなったのだから死者がいなくなり墓参りもしないとなると死者ももういないとなる。それでも死者とはすでに目に見えないのだからどこにいるかなどわからないのだ。千の風になってというとき自然葬にすると死者は風になったのかとなりその人特有の歴史は消失するだろう。個々の歴史を語っているのが墓でもあるだ。


死者は土地と一体化してあるという思想もある。死んだ人は山の神になるというとき田んぼと深く関係していた。先祖は山に眠り神となり田んぼを見守り子孫を見守るという思想は信仰は土地は密着して生まれたのだ。つまり墓は土地と深く関係してある。でも都会のようなロッカ-型の墓もありもう都会では墓自体作ることは金がかかりすぎるからそうなる。そうなると土地とのつながりもないのである。もともと都会は東京のような所では土地とのつながりはない、だから墓も土地とのつながりはないのである。


墓でも原町の橋本町の墓地は広く実家の墓も直したので広いから墓参りして気持ちいいとなる。墓は一般的に狭いのが多いからだ。だから都会のロッカ-型の墓に墓参りするというのは何か窮屈に感じてしまうだろう。でも供養は大事だというときそれでも墓として機能している。
とにかく人間の結びつきは血縁だけではない、意外と土地との結びつきは深い。日本人の姓がそもそも土地の地名に由来していたのはそのためである。そして土地は一代で終わることなどない、延々とつつぎ土地は消えない、人間は次々に消えてゆくのだから土地の方が永続性があり土地と一体となり人間の歴史は伝えられてゆく、古墳にしても墓でありそれが今も意味あるものとして伝えられている。土地と一体だから消えなかったのである。


ともかく墓とは何かというとき答えがないのは死者が何かということがわからないからだ。死者は生者の都合によっても決められる。戦死者でも今でももめていることがわかる。それも両極端になっている。死者についてはその評価も別れる。ただ生前のことが死者にも影響している。まともに生きなかったものはまともに死んでから扱われない、死んでもかえって迷惑にすらなる。だから夫婦でも同じ墓に入りたくないとかもめている。家族墓というのも問題なのである。家族としてまともであり一体感があるのはいいがみんなそうとは限らない、最近は家族でも昔とは違っている。核家族化して細分化しているのからだ。また家族墓は小子化で維持できなくなっているのだ。跡継ぎがいないということが多くなってくる。家族が細分化るというときまた墓を作ると墓ばかりふえてくるのだ。


いづれにしろ生前に人間関係も分裂していると死んでからもそうなる。生前のことが確実に死者になっても影響する。でたらめな人生を送った人はやはりあとあとまで影響するし死者になっても大事にされない、死んだからといってその人が特別なものになるとは思えないのだ。ろくでもない人間が死んで突然立派な人になることなどないのだ。そして確実にまたそういう悪い人やろくでもない人生を送った人は子孫に影響しているから恐いのである。自分だけのことではない、あとあとまで死んでもその悪いことが影響して与えているのだ。逆に立派な人生を送った人は後々の人に影響して良きものを与えてくれるのである。だから突然死者になったから偉くなったとはならないのだ。そういう人は供養さえしたくないだろうし家族だってそうなのである。死者はいいにしろ悪いにしろ必ず一つの物語を残す、それもまた死者である。だから歴史がストリ-であり物語でもある。最後には骨も名前も残らなくても物語が残る。それが無数の民話として残されている。それは偉人ばかりを語るのではなく庶民が語り教訓を伝えているのだ。


ただどうしても死者が普通の人でも生前に言った言葉とか遺言でもそれはかなりの重みがある。死んだら何もできないというがその生前に言っていたことが死んで重いものとなる。だからそれを無視すると祟りがあるとか死者を恐れるのはやはり死者がなお生きて存在しているから恐れるのである。
それは不思議には人間の良心を死者が見ているともなるかもしれない、だから死者に対しては偽りはできないと言われる。生者に対してはいろいろ偽りがあっても死者にはできないとなる。
だから死者を供養するにしても偽りの心ではできないとなる。

 

2013年07月24日

放射能除染の不毛

 

 放射能除染の不毛
 
 青森から来たという人が除染のことで言っていた。除染の仕事は何か成果が見えない、先が見えないと言っていた。普通の仕事だと家作るにしても土台を作り次に柱を建てるとか成果かがみえてくる。土木事業でもそうである。その成果が目に見えないから何かやる気がそがれるという。これは金をもらっても何か成果が現れないとやる気がないということである。
 
 本当に除染はどれだけ効果あるのか不明である。一部を除染しても回りの森は除染されていないからやはり多少減らされてもそれがどれくらいの効果があったのかもわからない、シーシュポスの神話のようにあと少しで山頂に届くというところまで岩を押し上げると、岩はその重みで底まで転がり落ちてしまい、この苦行が永遠に繰り返される。何のためにそんな仕事をしているのか何の成果があるのかということで悩む。金をもらっているからいいとはならないのが仕事である。人間のことは何でも金では解決できないのだ。
 
 その人は話した感じでは真面目そうな人だったから余計にそう思ったのかもしれない、そしてなぜみんな地元の人が除染の仕事しないのかと疑問に思っていた。補償金もらえるから働かないと言ったら納得した。
 
 人間の仕事はつくづくその仕事に実際にしてみないとわからないことが多すぎるのだ。ここ6年間家で介護の仕事していて毎日料理をして家事をしている。すると料理を出す方になるとそれなりに苦労して作ったのになぜ残したりするのだろうかとか思うようになる。苦労して世話しているのに感謝の言葉がないと看護師が患者を殺した人までいた。これは一見極端でもそうした仕事を毎日しているとなぜ自分がこんなに他人に尽くさねばならないのかと疑問に思う人もいるだろう。
 それでこの人は感謝もしないと殺人までになった。
 
 自分もそうだけどサ-ビスしてくれるその人の仕事をどんなものかどんな苦労があるのかわからないのである。実際に料理して与えてみるとわかるのである。
  サ-ビスしてくれる人が与えるものならこんなまずいもの食えるかなどあまり言えないだろう。
 ただ今はすべてが金であり金が出せばなんげもサ-ビスしてくれると思い込まされている。
 だから相手が苦労して料理して運んでくれても感謝などしない、金をだしているから当然だとなる。かえってサ-ビスが悪いと文句言うのが常なのである。
 自分は旅行してもそうしたサ-ビスを期待したことはない、ただ泊まればいいだてけであった。
 食事は外食であり安く泊まるだけのサ-ビスが欲しかっただけである。それでもそれなりにサ-ビスを受けていたのである。
 今になったら旅館でうまい料理を食べてゆっくりしたいとなる。それも毎日料理を自分で作り与えることが仕事になっているからだ。その仕事をしてみてはじめて料理をだしてもらうことにも感謝するのである。

母の継母が弁当を作って残したので怒って子供の前で「俺の作ったものは食えないのか」とその弁当を投げつけるように捨てたのはひどい話だけどやはり弁当を作るものにも苦労があるから極端だけどそんなことをした。看護師が患者に感謝の言葉がないと殺したのとにている。
意外とこういうことが人間関係では多々あることなのだ。
自分が世話しているのに苦労して与えているのに全然感謝しないとかそのことを自覚できない人が実際は本当に多いのである。苦労して作り与える方になるとそういうことになる。
相手のことを考慮しない人が実に多いのである。金持ちの家に育てばただ何でも与えられるとなり
そうした感謝の気持ちは育ちにくくなる。そういう人はやはり上に立つ人には向いていないともなる。
 
 この世にある無数の仕事について自分でできないから理解できないのである。宅配業者でも本一冊運ぶのも手間であるしそれも苦労かもしれない、しかし金を出せば魔法のようにポンと本が今やでてくるという感じになっているのだ。インタ-ネットでもプログで情報提供しても書いても誰も感謝しないのである。だから何のためにやっているかもわからなくなる。ただ時々文句を言う人がいるだけだとなる。これはあらゆるところで起きているのだ。誰のために働いているかわからないしただ金のために働いているだけだと働く意義が見いだせないのが現代では多くなっているのだ。
 ただすべてはその成果は金で計られている。金を多く得るものが成果を出していると評価されるのである。金を得ないものは何の価値もないとされる。それが価値があっても価値を認められないのである。
 
 ともかく除染は何か不毛の仕事である。だからこそ飯館村の人がそんなことに金を使うより補償金にして他の土地で再出発の資金にした方がいいというのもわかる。結局30年とかたたないと放射性物質は減らないのである。すでに地中深くに放射性物質がしみこんで今は除染も効果ないという人もいる。除染は目に見えて効果が現れないのだ。そもそも一体放射能汚染は人体でもどこまで影響するかわからないのである。ただ福島県が壮大な実験場になっているのだ。ただ除染は国の事業だから環境省の仕事だから市町村が口出しできないということもある。結局これも無駄な公共事業なのかもしれない、ゼネコンなどの会社の利権なのかもしれない、青森の除染の人でもここに仕事が生まれたから青森からも来ているのである。全国から今は除染であり工事関係の人が集まっているのだ。そのために今のところはこの辺はかえってにぎわっているのである。

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人間の最後とは何か (認知症になっても覚えている人が来世でもまた会うかもしれない・・)

 

人間の最後とは何か

(認知症になっても覚えている人が来世でもまた会うかもしれない・・)


90才を越えてゆくと認知症気味になりやがてどんどん忘れ方が激しくなる。今母が覚えている人間は自分と60年間一緒にいた姉だけである。三人は60年間変わった家族でも一緒にいた。だから姉のことを死んで忘れたかと思ったら名前も覚えていたし忘れていなかった。もう最後はその名前を覚えている人は数人になる。顔もわからなくなる。例え子供でもそうである。子供でもいつも一緒な人は覚えている。孫でもそうである。遠く離れてたまにしか会わない人は全く忘れてしまう。
その人はもう認知症の人にとって存在しないと同じなのである。例え子供でもそうである。
一方子供でなくても施設で認知症の介護している人は覚えている。それも親切にしてくれた人は覚えているのだ。親切にした介護の人が移動してしまって悲しんでいたという。


これは何を意味しているのか?もう子供でも血縁でもそうしたものがすべてではない、人間は愛情をもって接してくれた人を最後に覚えているのだ。それは子供でないことも多々ある。施設の人でも虐待する人もいるがまた愛情をもって接する人もいる。そういう人はまれなのかもしれないがそういう人がいたら認知症の人でも覚えているのだ。そのことは何を意味しているのか?
それは人間は血縁ではない、愛情ある人を認知症になってもわかる。そういうことにかえって敏感になっているかもしれない、だから嫌いな人はよせつけないし嫌いな人の言うことはきかないから扱いにくくなる。一面子供に帰ってしまうのかもしれない、子供は敏感に愛情があるかないかわかる。


自分としてはいろいろいがみあいがあっても最後は悲劇でも姉のことを名前も覚えていてくれたことにがうれしかった。もう死に際になるとほとんどのことは忘れる。ただその時忘れない人こそ最後まで覚えていた人でありその人は来世でもあっているかもしれない、そういう人は最後に数人しか残らない、もう二人しか覚えていないからだ。そして三人は家族だったことを確認した。遠いたまにあった孫など全く忘れている。それも悲しいのだが60年間いがみあいつつも憎しみあっても一緒にいたということは離れて暮らした人とは余りにも違っていたのである。だから憎しみ合っても家族は家族だということもあるのだ。


ただ人間は忘れるということは結局これも無常なのである。家族さえ死んでしまうとたちまち忘れられて何か思い出せないものとなる。嫌なことを忘れるということは一面いいことである。しかし忘れるということはすでに生きていたということすら忘れるのだからもう死んでいるのかもしれない、何を経験したかもわからないからである。そして結局無常というとき、血縁家族ですら無常でありその関係もはかないのである。人間の縁も最後は金の切れ目が縁の切れ目だということをつくづく経験した。金の縁が切れれば本当にもうつながりは全くなくなる。最後はそうなりやすいのだ。兄弟すらそうなっている場合もあるだろう。この世の縁もまたはかないものであり永遠ではない、切れてしまうのである。そういうことを実際に還暦すぎると否応なく現実として処理を強いられるのである。

あらゆるもののこの世の縁の清算みたいなことを強いられるのである。墓というのもまた一つのこの世の縁の場としてあったがこれもまた実家がない無縁化してゆく墓なのかとも思いそのことを書いた。「墓を守ってくれ」という切実な遺言があってもそれも守られないだろう。
この世はまた新しい生があり次々に世代も変わってゆき人も変わり世も変わり無常化しているのだ。特に津波原発地域の変わりよう無常は未だに信じられないのだ。


自分の家族ももう終焉を迎えようとしている。はかないといえばはかないがそれも無常の世だった。家族でも結局は別れてしまうのがこの世である。終われば一時のことだったともなる。栄華もまた一時だった。立派な御殿に住んでもそれも一時の栄華だったのである。たちまち夢のように消えてなくなっているのだ。ねこにいられたのは一時だったとなる。その御殿も夢でありまるでこの辺が草原化したように津波で土台しか残らなくなったように茫然自失してたたずむ他なかったように夢のように消えてしまった。


認知症はそうした人間の最後に無常として現れる。もう記憶するものはない、みんな忘れてしまいわずかに数人のみが家族の記憶として残りその記憶とともに死んでゆくのである。誰かがわからなければその人は死んだと同じなのである。認知症は生きながら死ぬことなのである。母の場合は別に忘れても暴れたりしない、ただ大人しく寝ているだけなのである。それはもともと異常なほどおとなしい性格であったからかもしれない、それは自分の性格とにている。岩のようにじっとしているのがあっている。人とつきあうことが苦手なのである。激情的な性格ではない、大人しい性格だから認知症になって忘れても別に騒がないのである。認知症でもみんなが手がかかるとはならない、性格によってそうなるのかもしれない、暴力とか徘徊するのはやはり病気であり母のように大人しい認知症は病気でもないみたいだ。ただ人間の最後は記憶を失うということである。そしてあの世にゆく,嫌なことを忘れるということではいい面はある。おそらく母の場合は安らかに死んでゆくように思える。

これは性格の相違だったのである。激情的な人はなかなか安らかに死ねないかもしれない、あまり死にざまが良くないかもしれない、姉は死にざまが良くなかった。何かそういう業をもっていてそうなったのかもしれない、性格が一番影響してそうなったことは確かである。


「私のこと誰か覚えていますか」
「あなた誰、知りません」
「私のことを忘れたのですか,息子の一郎ですよ」
「知らないな、見たこともないよ・・」
「馬鹿な、息子の一郎ですよ」
「・・・・・・・・」

「おばあちゃん、私のこと誰かわかりますか」
「ああ、いつも親切にしてくれる人ですね、わかりますよ
いつもありがとうね、あなたのことは覚えていますよ」

「お母さん、息子の一郎のことは忘れたんですか」
「・・・・・・・」


こうして母親は息子のことは忘れ最後まで親切にしてくれた介護してくれた人のことは忘れなかった。そしてあの世に旅たったのである。

人間の最後はこんなふうになり息子でも忘れられ記録されずあの世に逝ってしまうことがある。生きていてももう息子でもなくなっていたのである。あの世に行っても覚えていたのは息子ではなく最後に親切にしてくれた介護してくれた人だともなる。つまり人間にとって血縁ではなく愛情こそ大事なものでありそれが人間をつなぐものだったともなる。この愛情は猫でも犬でもわかるのである。
だからペットの動物は人間化したペットであり野生の動物とは違っているのだ。人間の愛情を知って死んでゆくのである。人間化した動物であり家族でもあったとなる。

2013年07月26日

合歓の花(津波の後に増えたコシアキトンボ)


合歓の花(津波の後に増えたコシアキトンボ)


合歓咲きてとまり動かぬトンボかな


心地よく合歓の咲きそめ光浴び風にゆれにし枝のだるけし

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これは何日前かの近くに咲いていた合歓の花である。合歓は7月に咲いて意外と早く散る。今年はまだ梅雨があけていないし寒いくらいだ。今日は25度くらいだったのか多少は暑くなっても夏とは思えない、まだどんよりと曇っているし冷夏気味である。そしてなぜ西はあんなに異常に暑いのだろうか?東北は度々冷害があったというときそもそも米は熱帯性のものであり寒い地域にはあっていないものだった。ベトナムでは隣で稲刈りして田植えしている。三毛作も可能である。としたら南国だと食糧にはかえって困らない気がする。果物も豊富だからだ。寒いところは常に食糧でも得ることに絶えざる努力が必要になる。だから寒さに適した品種が改良されて生まれてきた。南国は何か努力しなくても恵みがあるからなまけものになるのだ。暑いから日中は働かないとかハンモックとかで寝ているのだ。


そういうところでは勤勉の思想が生まれなかったのはわかる。日本が勤勉だというときどうしても勤勉でないと寒いと収穫できないからだ。ドイツもイギリスも寒いから勤勉の思想が生まれそこから資本主義が生まれたというのもわかる。時間を有効に使い富を蓄積してゆくのも資本を作ってゆくのもそうし勤勉の思想がないとできない、それに宗教がかかわりプロティスタンシズムとなり資本主義が生まれたとなる。もともとはマネーゲームとか金融でもうけることなど資本主義の発生した初期にはなかったのである。資本を蓄積するのに勤勉になったのだ。まず暑いところから勤勉はないからまた資本主義の思想も生まれないのである。


合歓の花はこれも南国の花である。ベトナムの古都のフエの王宮には合歓の花の並木道があった。南国だと合歓の花があっている。花を見る場合、北方系と南方系があるが南方系が多い。ハマナスが北方系である。これは錯覚している人がいるかもしれない、夏に咲く北方系なのである。南相馬市の鹿島区の海老に咲いていたマルハシャリンバイは奄美大島が原産地で海老浜が南限の地として有名だった。この鹿島区は真野の草原は自然的にばせそうだが文化的にもここが境だったのである。
自然の植生と文化的歴史的なものが一致することがある。

ともかく南国だと何かけだるくなってしまう。合歓の花がそれを象徴している。
花はやはり咲く場所に影響される。あそこは近くでもいい場所だと思うようになった。あんなところに自然があるということが発見だった。人間は本当に近くのことがわからないのである。近くの良さもわからないのである。あの合歓の花を見ていたらうっとりとしてしまった。


そしてコシアカトンボなのだろう。黒い尾が目立つから調べたらわかった。こんなトンボ今までほとんど見たことがない、それが何十匹も盛んに飛んでいた。黄色の帯びが目立って白いのもいたのだろう。黄色は雄である。津波の後になんらかの自然の変化があったことは確かである。草原化してそこにネズミが増えたことは確かである。そのネズミが自分の家に侵入してきて困った。ネズミは意外とやっかいである。警戒区域の家がネズミに荒らされて住めないと判断した。本当にネズミに荒らされたらとても住めない、バイ菌も運ぶしネズミは本当に恐い、チェルノブエリでもネズミが大繁殖したし東電で電源が切れたのはネズミが紛れ込んで死んでいたためである。ネズミの被害は意外なところにでてくる。人間の最後にはネズミと蟻はまちがいなく生き残る。蟻は台所で殺しても殺してもやってくる。なぜこんなに湧いてくるのかと思う。自然の繁殖力は凄まじいものなのだ。

ネズミには放射能などほとんど影響しなかった。奇形のネズミが生まれたわけでもなかったのである。
草原に顔出していた雉がいた。雉の顔あんなに赤いということは鶏とにているのだろう。雉も何食っているのか?ネズミも食うのか?蛇はほとんど見かけなくなった。雑穀類を食べるということは鶏とにている。不思議なのは油蝉が鳴かないでひぐらしがすでに鳴き始めた。ひぐらしは秋の季語でありこんなふうに曇って秋になってしまうのだろうか?  燕はそれなりにいるしふえている。やはり草原でも餌があるのだろう。トンボがふえれば空中で捕食するから餌がふえるということもあるだろう。この辺は自然も変わってしまったから驚きだったのである。

 
 

2013年07月29日

遠くの親戚から脅迫された自分 (法律を知らないと悪に対抗できない)


遠くの親戚から脅迫された自分

(法律を知らないと悪に対抗できない)


「お前の不正を告発するぞ」と言った場合、真実の追究が目的ではなく、単に畏怖させる目的であれば脅迫罪は成立する(大判大正3年12月1日刑録20輯2303頁)。


「君には厳烈な審判が下されるであろう」と告げるのは、害悪の告知に当たらない(名古屋高判昭和45年10月28日刑月2巻10号1030頁)。

相手を畏怖させるに足りる害悪の告知がされれば、実際には相手が畏怖しなかったとしても、脅迫罪は成立します(大判昭和8.11.20)。


それから、「怖い」と思ったら、すぐ110番していいみたいです。
嫌がらせしてくる相手が玄関をドンドン叩く、とかでも、怖ければ110番していいと聞きました。

しつこい相手なら、こっそりビデオカメラで録画とか、携帯で録音しておくのも、いいですね。

意外といろんなことができますね。



自分の場合、遠い親戚だけど東京に住んでいるけど金のこと調べて裁判にかけるとか言って来たから脅迫罪になるのか?


「お前の不正を告発するぞ」と言った場合、真実の追究が目的ではなく、単に畏怖させる目的であれば脅迫罪は成立する(大判大正3年12月1日刑録20輯2303頁)。

自分には何ら不正はない、百万ばかりの金で訴えてどうなるのか?裁判費用にもならない。
「君には厳烈な審判が下されるであろう」と告げるのは、害悪の告知に当たらない

これはにているようだけど違っている。審判がくだされるであろうとういのは第三者がするのであり裁判官がするとしたらそれは公正なものとなる。
ただ畏怖させる目的だと脅迫罪が適用される。自分の場合は明かにそうだった。畏怖させるために裁判にしてやるとか脅してきたのである。その人は全く善意と通じないこれも信じられない人間だった。最初はいろいろ不幸があったから同情していたがその同情することによってかえって因縁をつけて脅してきたのである。親戚には複雑な因縁があるから脅されやすいのである。角田の犯罪の手口が親戚を因縁として家族が脅されて殺されるまでしたから恐い。親戚の縁を切りたい人はいくらでもいる。なかなか切れないのはそれだけ因縁が深い物があるからなのだ。


今回の電話を録音していれば明かに脅迫罪は適用されるだろう。ただ警察に通報できるのかとなると知らなかった。第一録音などしていないと証拠がない、警察は自分も経験しているが明確な証拠がない限り動かない、それが大きな犯罪でもそうなのである。検察でもまず勝ち目がないから取り上げないのである。脅迫罪などというのも証拠がないと取り上げないだろう。何しろ何でも推理小説で証拠・証拠になるのはそのためである。

ともかく三つの親戚の縁は切れた。ただめんどうなのは墓のことだった。これもまた深い因縁がある。すでに死んでから二十年たってももめることがある。これは自分だけに起きていることではない。親戚は概してやっかいなものなのである。ただ両親が死んだりするとどうしても縁を切りたいとかなる。自然と切れればいいのだが切れないのである。金とか財産にからんできれないのである。

まあ、自分の場合は相手が訴えると言ってきたがあとは関係しない、これで縁が切れればいいと思っている。ただ相手は自分が脅迫罪にあたることを知らない、それだけの知識もないだろう。だからこそ安易に脅迫してきた。自分も脅迫罪など知らない、法律など意外とみんな知らないのである。

大学に行ったけどほとんど勉強していないから知らない、ただ今ふりかえると自分は法律に向いていたと思った。なぜなら理屈好きであり理論が好きだからである。実業家のようなものには向いていなくても法律とか理屈は好きだったからである。自分の好みすら結局人生が終わる頃にわかったりする。結局人生はそれだけ短いから何が自分にあっているかなどわからない、それで人生の終わりに自分はこれをやっていれば勉強していれば良かったとかなる。その時すでに時遅しなのである。

法律は現実に役に立つ時、効果がある時、はじめて学問も役に立つものだと勉強するだろう。しかし学生だとそれが社会でどう役に立つのかわからないのである。もちろん現実に弁護士になっても本当に力がつくのは実際の社会で法律を役だててこそである。そこに理論と現実の矛盾がいろいろでてくるのである。


これで三つの親戚の縁は切れた。とても常識どころではない、犯罪者に近いし善意が通じるような人間として話すこともできない人たちだった。そんな人がこんなにいることにショックだった。
なぜなら60年間こんな経験していないから人はみんないい人だと思っていたのだ。三人の親戚もそうだが他人は刑務所に何年も入る犯罪者だった。その人は何ら罰せられることもないのである。
この世で罰せられることのない人などいくらでもいる。自分の経験したのはまさに百鬼夜行とか魑魅魍魎の世界だった。これが現実の社会だった。まさに地獄の中でうなされていたのが自分だった。
その地獄を作り出していたのは人間だったのである。こんな異常な非情な非常識な人間とも思えない人が増えてきたので地震に津波が襲ってきたのかもしれない、もう人間なんか消えてくれともなる。自然側からするとそうなる。人間の劣悪化はもう来るところまで来ているのかもしれない、だから末世にはこういうことが天変地異とともに現象として現れやすいのである。

posted by 老鶯 at 00:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2013年07月30日

雷轟き野馬追い終わる


雷轟き野馬追い終わる


いざ鎌倉馬馳せ参じいななけり

雷鳴りて駆けゆく一騎一の旗
雷鳴りて馬と武者とがいきりたつ
雷鳴や数百の旗集いけり
のうぜんに今年数える馬の数
雨しとと藪甘草に帰り馬


今年の野馬追いはと通るのを見ただけだった。また家のことでもめて何かと追われるのだ。野馬追いを見る余裕がなかった。今年はなぜか梅雨が長い、だけどこの辺はそんなに大雨にならないふったりやんだりしている。集中的に雨もふらない、気候は夏という感じがしない。野馬追いの時期は入道雲が湧くときでありその頃ちょうどのうぜんかずらが一杯に咲く時なのである。だからノウゼンが咲き始めると野馬追いが近いと季節的に感じる。この頃藪甘草も必ず咲いている。

野馬追いではやはり「いざ鎌倉」をリアルに感じる。そこに馬が主役となる時代がもどってくる。
野馬追いの見方としてはどこの村からどんな旗印ででてくるかが意外と重要である。なぜなら同じ村から同じ旗印で二騎でてきたとき村の連帯感を感じたのである。村には同じ系統の旗印になっている場合がある。だから野馬追いは野馬追い行列だけではなくどこの村からどこの家から出馬するかを見るのも大事である。ただこれは自分も未だにわずかしか見れない、相馬藩でも広いし野馬追い一年に一回しかないから近くしか見れないから地元の人でもどこの村から家からその旗印がでてくるのか見ることができないのである。


今年は雨がふり雷が轟いた。これも野馬追いにふさわしかった。やっばり野馬追いは夏の季節にあっている。野馬追いが終わるとまもなくお盆になる。今年は梅雨が長いから野馬追いもまた違っていた。それでも420騎でたということは津波原発事故の割には多い。かえって小高など補償金もらったから出る人が多かったとか言っていた。野馬追いに出るのには金がかかるのである。そもそも馬を野馬追いだけに飼っておくのは金がかかりすぎる。野馬追いだけに借りるのも多い。

北右田の人は馬を何頭か飼っていた。でも津波でみんな流された。その人は甲冑競馬に出ていたから何頭も馬を飼っていたのである。

去年は復興の野馬追いということで興奮して見に行ったが今年は家のもめごと見る余裕がなかった。野馬追いは意外と地元でも一年に一回しか見れないから貴重なのである。ただ外から来た人は野馬追いは一回見て終わりとなっている。日本には祭りが多いけど一年に一回しかないからなかなか見れない、そして祭りのときは混むから余計に見れない、だから東北の祭りもほとんど見ていないのだ。

フランス人が民宿を泊まり歩いて日本の祭りだけを見て歩いていたというが日本を知るには祭りだと知っていたのか?日本の文化と祭りは一体である。日本の祭りは地域ごとに多いから祭りを知らないと日本の文化はわかりにくいだろう。ただ日本人でも日本の祭りを見れるのはわずかなのである。
旅でもそうだが祭りを見ることは相当な労力が必要なのである。

この日に祭りがあるとしたはそれで予定をたてるとなると暇な人でもむずかしいのである。そして祭りの時は混むからホテルも泊まれないのである。だから余計に祭りは見にくいのである。

2013年07月31日

放火と1人殺害容疑、集落の男を逮捕 山口5人殺害事件の深層 (家族の解体現象が少子高齢化が大きな原因では)


放火と1人殺害容疑、集落の男を逮捕 山口5人殺害事件の深層

(家族の解体現象が少子高齢化が大きな原因では)


●妻もいない、子供いない、家族がいない単身者の危険


高齢者犯罪増加の原因としてまず挙げられるのは、社会的孤立である。現在、高齢者世帯の過半数が「単独」もしくは「夫婦のみ」の世帯である。このような場合においては、社会的つながりが希薄化し、身体的にも従来のように活発な活動ができないため、地域社会から孤立した暮らしになりがちであり、困った時に頼れる存在が少ない
http://www2.osipp.osaka-u.ac.jp/~yamauchi/gakubu_hp/2012/paper/5.pdf


10代後半に川崎市へ移り、左官の修業を積んだ。約20年前に故郷に戻った


周囲との関係が変わり始めたのは、両親をみとった後の、ここ数年だった。近所の男性は「声を掛けても答えない。

 保見容疑者に興味をもったのは同世代であり金の卵として山村を出て川崎で働いていた。そういう人はこの当時かなりいた。左官としていい腕をしていたのかもしれない、それが親の介護で故郷に帰ってきた。この介護は60代では共通した課題となっているのだ。いかに介護している人が多いか、これも自分の体験と共通している。二人の親を介護して看取ったということもわかる。二人の親のめんどうをみなければならなくなっているのだ。だから二人の親を介護していたのだからそんなに悪い人とは思えないのだ。その経歴でも左官をしていたのであり普通の社会人の夜討ちも思える。


ただここで致命的な問題はこの人には妻がない、子供もいない、単身者だったことなのである。これが高齢者を犯罪に導く大きな要因になっているのだ。現代は家族のつながりが希薄化している。特に妻もなかった。他の人はまだ妻がいたから良かったのである。そしてここが限界集落であり老人しかいない10数人の閉鎖された山間深い村となっていた。この状況は人間のコミニュティとしては偏ったものとなっていた。例えば保見容疑者に妻がいて家族いればこんな事件を起こさないのだ。家族に迷惑をかけるしそれがブレ-キとなる。単身者はそうししたブレ-キがなくなるから凶悪犯罪に暴走することがありうる。そして家族もない単身者がこれから増大するから凶悪犯罪も増えてくるかもしれない、そういう一人の犠牲者として自分も経験している。63才でも今は男性でも女性でも実は45から55くらいの感覚なのである。欲望がそれだけまだ消えないし強いのである。枯れた老人は今は90くらいにならないと枯れたとならないかもしれない、それくらい長寿社会なのである。昔の老人とは余りにも違ったものなのである。そして一番の老人の居場所がなくなっている。家族の中でおじぃちゃんとかおばあちゃんとして居場所がなくなっいる人が多いのである。


家族が夫婦単位と単身者が多くなっている。自分もそうだから共感することがある。こういう所帯は精神的に不安定になりさらに金銭的に困ると不安定度がまして犯罪に走りやすいのである。老人は軽犯罪が多いというが凶悪犯罪も増えてくる。特に単身者はそうありやすい、追いつめられやすいのである。単身者とか身寄りがないものが回りのものが感じないけど追いつめられるのである。今は近隣の関係も希薄であり余計にそうした単身者や身寄りのないものは社会は非情になる。特に金もなければ救いようがなくなるのだ。今30代であれ40代であれ60代の子供でも全く老人に尊敬がない、ただ金を求めるだけのものになってしまった。老人に求めるのは金であり確かに金をもっていて若者が搾取されているということは現実にある。でもなんら老人の価値が認められないとしたら老人も金に固執することになるのだ。実際に自分も驚いた。自分に求めたのは金しかなかった。このじじい金をだして死んでいけ・・・もうその口の聞きようからなにから今の30代で40代でもその価値観しかもっていないのだ。老人は金があるから価値があるのでありなければ無価値になる。その金をふんだくればいいんだという考えしかないのだ。自分が接した人は親戚でも特殊な環境の人だからそうなってもやはり一般的にもそうなのである。その口の聞き方も敬語など使わない、目上の人としての敬語も何もなくなっているのだ。もう年がとっているだけでは何の価値もないのである。

●老人だけの村に未来がない


この事件の深層は確かに昔もそうした津山事件のように30人村人を殺したとかある。それは若者が閉鎖された環境で起こした事件であった。今度は老人が起こした事件だから違っている。これは老人問題なのである。もちろん閉鎖された村の環境もあるが一番の原因は老人問題として起こったのである。そこは老人だけのコミニュティになっていたからだ。つまりそこにはもう未来がない村となっていたのだ。そういう村が全国で増えてきているのだ。この辺でも津波原発事故で若者が流出して同じような問題が生まれてきている。ただ隣が四、五万の人口は維持しているから違っている。そこは空家が五〇軒近くあったとか本当に村には空家が増えてきる。都会にも空家が増大している。子供がいなくなっている。学校も子供がいなくなり消失している。そういう小子高齢化問題は全国共通の問題なのである。村に子供がいないということは村を維持するものがいなくなる。また産業がないから若者は流出するのもそうである。そして最後に残された老人が老人同士のバトルとなり限界集落が消滅してゆく。そういう村が増えてくる。もちろん昔から村には村の生きにくさがあった。ただ一方で村には村の良さもあったがその悪い面だけが限界集落では増大してゆくのかもしれない、老人だけの村はそれだけ暗いものとなってしまうだろう。


特に村は昔から他人の不幸が楽しみだということもある。他人の苦しみを楽しそうにながめている残酷さが村にはあった。今でもある。自分もそういう経験をこの六年間してきた。他人の不幸は甘い蜜というとき田舎では特にそうなりやすい、人間の劣悪な面も田舎では顕著になる。都会の人間の方が優しいというときそれは日頃顔を付き合わせて接していないからである。人間毎日顔をつきあわせて接しているとどうしてもその悪い面も顕著にでてくる。そして田舎では何か楽しみがないから人の不幸をドラマのように楽しんでいるのだ。自分もそういう一人になっていた。そういう残酷さが田舎にはある。田舎の人間が情が厚いということは必ずしもない、特に現代では田舎のいい点は失われているのだ。すると悪い店だけが目立つようになるのである。


ともかくなぜそれほどのにくしみ抱いたのか?なぜそれだけのだいそれた事件起こしたのか?犯罪は基本的に人間が追いつめられるとき誰でも犯罪者になる傾向がある。たいがいは金に追いつめられて借金などで犯罪者になる。借金している人は本当に恐い、それを身をもって味わった。相手が病気だろうがなんだろうがかまわない、借金のためには殺人もいとわなくなる。それだけ追いつめられているからだ。この人はでは何でこれほど追いつめられていたのか?金に困っていたのではないとすると何なのだろうか?村八分にされいじめられていた。このことで殺傷事件もあった。それが尾をひいて恨みとなっていった。もう老人だから都会にも出れないということもあった。老人の問題はもう簡単に住んでいるところから離れられないことにもある。保見容疑者も終の棲家として故郷に帰ってきたが故郷は荒廃して老人だけの村になりいじめられて深い恨みとなった。でもなかなか一〇代のように都会に出ることもできない、帰ることもできなかったのである。


●故郷を憎み死んだ人たち


故郷は必ずしもいいところではない、


「古郷は 寄るもさわるも 茨(ばら)の花」(一茶)
 
 「茨の花」というのは、田舎に行けばどこにでもあるような白くて可愛らしい花です。茨の花はかわいいくても触れれば刺がある。ただ見ているだけならいい、ふれてみたら刺だった。人間でもただ花を見ているならいい、でも触れてみたら刺があったとなる。


「ふるさとは はえまで人を さしにけり」(一茶)


故郷はみんないいところではない、蠅はそもそも人を刺さない,しかし蠅までさすというのは不幸のとき見せ物となりみんなが蠅のように楽しみさしてくるのだ。賢治もそのことを童話で書いた。賢治は一面都会的であるから目立ちのけものにされていたのだ。田舎では何か目立つと目立ちすぎるからそうなる。出る杭は許されない、みんなどんぐりの背比べでないと生きていけせないのである。キリストも故郷で崖から突き落とされ殺されかかった。故郷で求めたのは奇跡であり手品のように奇跡を見せてみろしかなかった。才能だったらどうしてもルネサンスが生まれたのがフィレンツの中都市だったように田舎があったにしろルネサンスなど起こりようがないのだ。本当に住みやすい土地は十万くらいの都市なのである。そこでは自然もあるし文化もあるし経済的豊かさもあるからだ。仙台でも盛岡でも東京とは相当に違っている。それなりに回りには自然はある。だから自然の感性が磨かれないということはないのである。この人も何か変わったオブジェを飾っていたりそういう目立つ人だったのである。そういう人は田舎では嫌う、都会で暮らしたからそうなったとか嫌う。でも今の時代は都会化しているからそういう人も増えてきている。あまりに小さい限界集落だから目立ったのだろう。要するにそこは山に閉ざされたもう出口のない限界集落でありその最後がこんな凶悪な事件にもなった。若いときのように都会に脱出することもできない、逃げるのは山の中しかなくなった。なぜなら終の棲家となっていたからである。自分の場合もなぜ旅ばかりしていいたかというとこういう閉鎖された田舎から脱するためだったのである。

おそらくこれからもこうした老人の凶悪事件が増えてくるかもしれない、老人の居場所がないのだから最後はこういう始末のつけ方になるのかもしれない、老人の意識としてもう終わりだどうせ死ぬんだということが常にある。終の棲家を求め死に場所を求めているのだ。それが最後に凶悪な犯罪となる人も増えてくる。要するに最後にどうせ地獄にゆくなら道連れにしてやれやりたことをして死ねば本望だとかなる。それが凶悪な犯罪でもそうなりやすい。老人にはそういう恐さがあり前にもそういうことを書いた。どうせ死ぬんだやりたいことをやる。これをとめられなくなるのだ。そうでなければこれだけの犯罪を犯せないだろう。歯止めがないからこそこれだけの犯罪になった。若い人にはどうしても老人の気持ちがわかりにくいのである。老人にとって人生を終わったものとして見る。
その感覚がわかりにくいのである。人生の最後からみると人生はわかりやいのである。老人はそれぞれ人生の結果でありそれを否応なく示した存在なのである。
 

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