2013年06月27日

戦前の国家軍国主義と民主主義教育の過ち (個々人の権利ばかりを人権の名の元に要求する-自分の非を認めない社会)

 

戦前の国家軍国主義と民主主義教育の過ち

(個々人の権利ばかりを人権の名の元に要求する-自分の非を認めない社会)


●明治維新から富国強兵国家主義が始まった


戦前と戦後は極端に変化しすぎたのである。そもそも江戸時代から明治時代へ移る時も変化が激しく極端だった。この時も外圧が元でそうなった。黒船が来て日本は変革を迫られ封建時代の武士社会から平民社会へと移行した。それがなしえたのは日本ではヨ-ロッパのような貴族社会と平民の差が経済的にもそれほどなかったことが原因しているかもしれない、武士にしても平民とそんなに経済的に差があるわけではない、特に武士でも下級武士が多くそれらは内職していたようにたいして平民と生活が変わりない貧乏だったのである。家老クラスくらいが経済的に恵まれていたとしてもあとは日本全体が貧しいのだからたいして変わりない生活をしていた。明治維新はだからフランス革命のように貴族を倒すための革命ではなかった。不思議なのは武士が武士を否定する革命だったのである。

ヨ-ロッパでは考えられない革命だったのである。武士といっても下級武士が多く貧しいのだから別に武士を否定することに抵抗なかった。それほどの特権階級ではないから否定できた。ヨ-ロッパのように資産あもつ階級だったら自らの階級を否定できないだろう。

一旦既得権を得るとなかなか手放せないのだ。今でも官僚の既得権が問題になるように既得権が大きいと手放せないのである。それは財産でもそうである。一旦大きな財産をもったら簡単に手放せなくなる。だからそういう人は革命などできないのである。既得権にへばりついている方が楽だからである。人間の習性としてみんなそうなっているのだ。だから武士の既得権はそれほど大きなものでなかったとなるのだ。
確かに江戸の大名の屋敷は立派で農民は大部分が掘っ建小屋で庶民は長屋だったというのは確かである。でも大名の屋敷は公邸であり政治の場だからそれなりの格をもっていなければならない、そこでヨ-ロッパの貴族のように贅沢していたとはならない、今でもそうした公の建物は立派である。ヨ-ロッパのような貴族の邸宅とは違っていた。城にしてもヨ-ロッパとかと比べるとそれほど立派なものに見えないのである。ヨ-ロッパの宮殿などとは違っている。日本にはそもそもヨ-ロッパのように富の蓄積のない貧乏な国だったのである。だから西欧に追いつくために無理をしすぎたのである。明治維新の富国強兵がが継続して太平洋戦争までなった。


●国家主義から民主主義も極端に変化しすぎた


つまり国家主義から軍国主義になったのは対外的な圧力でそうなったのである。太平洋戦争までは国家主義であり国家に奉公する、国家のために生きることが優先された。それが極端にそうなっていたのた。個々の権利など主張することなどできない、富国強兵にして対外的に欧米にロシアにも伍するために背伸びするほかなかったのである。その最終戦が太平洋戦争になった。国家が優先されるから太平洋戦争のように300万人以上死んだ、犠牲にされた。国家の方が重く一人一人の人間の命は実に軽いものだったのである。それがわかるのは今の時代と比べるとわかる。民主主義時代になったら国家より一人一人の人権だとか権利ばかり主張される。誰も国家を優先して国家のために犠牲になるという感覚が全く喪失している。むしろ国家が一人一人の人権のために権利のために犠牲になるべきだとなっているのだ。だからあらゆる人が絶えず国家に要求するだけになった。その差があまりに極端であり日本人はこんなに極端に変わる民族かとなる。


国家最優先の社会も個々人の利権、権利最優先の社会も両極端であり間違っていたのである。国家のためにそんなに簡単に300万人も犠牲にされたことは間違いだった。一方で戦後は個々人の利権、権利ばかり主張するのも間違っていた。民主主義はただ自分だけがいい、自分だけの利権、利害だけを追求するだけになった。そこにはもはや公はない、個人の私欲の追求が民主主義になった。弱者でも弱者なる故に保護されるべきだと権利をもつにいたった。弱者がこんなに権利を主張して国に要求するのは今までなかったのである。戦前ではそんなに主張できない、今は弱者が弱者なる故に強者ともなっている時代である。あらゆる人が権利をもち主張し要求する時代になったのだ。

それは団塊の世代から特に顕著になった。ゲバ棒をふりがざして社会に何を主張するのかわからずに暴れ回った。その時学生だった人たちまだ貧乏なのだから恵まれた人たちだったのである。それで警察官は高卒だとかなんだあいつら金持ちの恵まれたやつじゃないかと反発して戦った。つまりあの学生運動には共感していなかったのである。もちろん戦争の時のように真剣さはないし死ぬ等はありえないことだった。戦争ならそれが間違っていても死ぬということは容易ではないから真剣なものが生まれる。学生運動は結局人権主義でありただ利権を権利を追求するものとなった運動だったのである。それは社会全般がそうなっていたのである。


●戦後60年は大きな時代の変わり目


いづれにしろこ国家軍国主義にしろ民主主義にしろその教育は根本的に間違っていたのだ。団塊の世代が特に嫌われるのは戦後の民主主義教育の一番影響を受けた人間だからである。個々人の利権と権利しか追求しない人たちだったのである。そういう教育の結果でもあった。それは団塊の世代の5年前くらいの人は子供の時、ギブミ-チョコレ-トの時代であり進駐軍にただモノをおねだりする世代と変化していた。国家主義には多分に精神主義があった、貧乏でも志操をもつとかあった。でも戦後はアメリカ化してギブミチョコレ-トしかなくなった。モノを得る物質主義の追求しかなくなったのである。それは高度成長時代となって加速されたのである。明治維新後の富国強兵から国家軍国主義も個々人の権利をエゴを追求するものがすべて肯定された民主主義も誤りだったのである。戦前の国家軍国主義の反省から否定から今度は民主主義の個々の権利、エゴの追求の肯定になり団塊の世代に顕著にみられるただ権利ばかり追求して何か公のものを追求しない一団となってしまった。

教育自体が他者を蹴落としてでも得をしろ利権を得ろという受験戦争しかなかった。その教育も間違っていた。戦前には国家主義でも個々人にまだ日本人的な義理人情があった。これも否定されるが否定してもそれでは民主主義に何かいいものが生まれたのか?物質的には豊になっても人間の心は荒廃しきっている。ただ人間関係も金しかない、こいつからいくらとれるんだとしか頭にない、その人が生きようが死のおうが関係ない、金さえとれればいいとまでなっていてそれはすでに犯罪者に近いのである。だから保険金殺人も起きる。現代人はともかく理不尽なことには耐えられない。絶えずなぜ自分だけはんなに不遇なのだ、金がないのだとかその不満は例え自分にあっても自分が責任があるとは思わないのだ。必ずむしろ国家にその不満をぶつけ権利を要求するし他者にその不満をぶつける。金持ちがいればそいつが不当に利益を得ているとなり不満をぶつける。そしてもうそういう人だらけだから家で働いてもらうことは危険極まりない。こいつは不当に金があるから盗んでやれしかない。介護でも水一杯も運ばないのに金だけは要求してくる。そんなもの親戚でも権利がないのだ。権利をえるために水一杯で運べとなるがしないのである。そして不満ばかり言っているのだ。


もう絶対に自分の非を認める人はいない、そして悪いの他者であり国家だ、社会だ、金持ちだとなる。そうして自分は病気の時まで金を要求され脅迫もされた。どうしてそんな人が上に立てるのか事業をまかされるのかわからない、例え技術があり頭がいいとしてもそういう人が信じられないのである。戦前の国家主義では「なぜ国のために死なねばならないのか?なぜ国のために犠牲にならねばならないのか」こう若者が苦悶したのはあまりにも理不尽だからわかる。その逆が個々人の理不尽がありそれが国家や社会や他者に向けられるのだ。戦争の時はその理不尽は国家によって作られたものだった。戦後の理不尽は例え個々人にあったとしてもそれを認めない、国家が悪いんだ、社会が悪いんだとなる。

そういうことが民主主義の平等人権権利主義では多すぎるのだ。戦前はそうした大きな理不尽があっても従わざるをえなかったし一般的にも社会そのものがそういう理不尽に忍従する他なかった。マルクス主義者からすればそういうことが強いられたともなる。でもそれが民主主義社会になった時、明かに社会ではない自分に非があるのに国家や社会や他人のせいにしているのだ。何も質素に生活していれば別に借金などしなくてもよかった。収入なりの生活をしていればよかった。たりないとしても戦前の貧乏よりはずっとましなのである。


そこまで社会は人心は荒廃しきっているのだ。それは戦前の極端な国家主義から民主主義に変わってそうなったのである。民主主義には民主主義の良さがあるにしてもその解釈はまた違ったものとして実行されたのである。結局津浪も原発事故もこういう時代の変わり目に起きたのである。原発事故も日本国民全部が目前の利益だけを優先して事故を起こしたのである。
戦後60年は大きな時代の変わり目に来たのである。これまでの民主主義は根本的に改めないとますます日本でも社会は荒廃してゆくだけである。

posted by 老鶯 at 19:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題