2013年06月19日

日立木の「まちばばし」の情緒 (梅雨の日の情緒)


日立木の「まちばばし」の情緒

(梅雨の日の情緒)



rosebuddds.jpg

machibbbbb11.jpg

しばしの間薔薇の二輪のつぼみかな
雨にぬれ薔薇や電車を待つ時間
雨にぬる薔薇やしっとり赤みおぶ
草原の夕べ雨ぬれ夏燕


雨しとと町場橋に降りあわれかな梅雨の日バスに立谷をすぎぬ


今日は相馬市の歯医者に行った、型をとったので結構時間がかかった。電車でまにあわないのでバスで帰った。バスは表示が電子化してわかりやすかった。あれなら次に停まる停留場をまちがいない,それにしても3人しかのっていなかった。バスの致命的なのは便数が一日何回とか限られているから利用できないのである。電車の倍の料金もそうである。人間の感覚は乗りものによっても相当影響されている。電車、車、バス、自転車、徒歩・・とみんな乗り物によって感覚が違ったものになる。


電車だとまず駅がありそこで田舎だと必ず待ち時間がある。その待ち時間が人間的な時間にしている。どうしても電車は駅で少なくとも十分とか余裕をもって行かねばならない、だから待つ時間がありそこに自然を見る時間が生まれる。東京のような都会だとそれが全くない、二三分待つのもいらいらしているから田舎とは大違いである。のんびりタイプの人は都会には向かいない、特に老人になると都会は嫌になるだろう。これも好き好きだが都会では何か感性を磨くということはできない。
ビジネスにはいいとしても芸術的感性は磨けないと思う。


そもそも現代に旅がなくなったというとき日立木のまちばばしとあるのを気づいている人はほとんどないだろう。でもあそこが街道だったから外から来た人でも歩いていたらその橋を歩いてわたるしその名前に気づくことがありうる。それでも外部の人だとそうしたこまかいことに注意を払うことはむずかしい面がある。ただ歩くことと車で行くことはありまにも違いすぎる。ある人が道路によって見える景色が違うというのは本当である。六号線から見た景色と浜街道から見た景色は全然違ったものに見える不思議がある。道路によって景色が左右されている不思議がある。今は遠くからでも六号線からきていたし今度は高速道路からくるとなると見え方は全然違ってくる。高速道路からだと街全体が見晴らせてそこが新しいもの近代的なものに見えて古いものは感じられなくなるのだ。

名取の空港に行く路線からみた景色は仙台の延長としての都市の風景でありそこには名取としての古いものはすべて消されてしまっていたのである。

現代で旅がなくなったとき六号線のような道を歩いても情緒がない、ただ荷物を運ぶベルトコンベア-のようにも感じてしまう。ところが相馬市から日立木までの街道は昔を感じる道である。だから何度来ても何か季節ごとに違った情緒を感じるのである。そういう情緒を感じる場所はある。

白河街道の福良はそうである。あそこは何度行っても昔の情緒を感じる場所になる。一方で電車の通っている会津への幹線となっている所は情緒を昔を感じにくいのである。
旅の情緒が喪失したというときどうしても乗り物と道路の影響があまりにも大きすぎたのである。
だから現代で旅をするというとき相当に演出しなければできない、車では昔を感じることはできない、自転車だって歩くのとはかなり違っている。だから歩く旅なら白河街道は向いている。

本当に旅するとなると現代はむしろ昔より苦労するようになるという皮肉もあるのだ。交通が便利になりすぎて旅が喪失したからである。旅は遊びじゃないかというけど自分が経験したのではそうではなかった。旅はもともと


13世紀の古フランス語、travailが語源らしいです。
それが英語にも取り入れられ、travelに変化しました。
もともとは、「苦労」とか「苦難」


旅は苦労の連続だったのである。今でも自転車などで旅すればそれなりに苦労することになる。つまりその苦労が旅なのである。お前は旅して遊んでいたばかりじゃないかと言われるが実際ふりかえるとそうではない。旅はあらゆる感覚を総動員しないとできない、自然をみるだけで相当な注意力が必要であり他のことができなくなる。歴史的遺跡も見たりそのほかいろいろあるから時間がたちまちすぎてしまうのである。だから団体旅行では人間との付き合いに注意が向くと自然を感じられなくなるのだ。するとどこの場所に何があったかなどもあとでわからなくなる。ただおしゃべりしただけが記憶に残ったりしてそこで見た自然の景色は忘れるのである。旅での出会いは現代のような忙しい時代にはできない、旅の時間も実は貴重だったとなる。人間はなんでもそうだがとにかく忘れやすいものなのである。あらゆることをどんどん忘れてゆくのである。旅でのことは特に忘れやすいのである。

【在郷町】より

…日本近世では法的に都市・町と農村の区別が存在したが,農村地域にありながら実質は町として活動しているものをいう。郷町,町分,町場,在町,町村などの名称をもつ場所をさす。ただし法的に町として認められている場所でも,農商混住の在方の町では在郷町とよぶことがある。…


まちばばし-町場橋は立谷という家が今でも集まって街のようになっているがあそこが町場だった。その前に薬師堂があることでもわかる。あの薬師堂には古い碑があり昔は薬師堂も村の中心だった。病院と同じだったのである。昔の街道は何か白黒の映像のイメ-ジになる。古いものはそうなりやすい。現代の旅はどうしても新しいものだけが目に入り安く古いものを感じないのである。
観光地でも会津でも城が新しくなるとそれが古いものを基にしても新しいものに感じてしまうのである。だからかえって歴史を感じにくくしているともなる。


雨にぬれた薔薇も日本的情緒になった。薔薇は乾燥地にもともと咲いていたから雨にぬれた薔薇の情緒は普通はないのだ。薔薇も日本に咲いて日本化したとなる。それが風土の影響なのである。文化の基本は風土だからそうなる。この辺が田んぼなく草ぼうぼうにな〜た草原化してそこが雨にぬれ夏燕が飛んでいるのもまさに今まではありえない情緒だった。だからいかに人間が風土に影響されるか風土が文化を作るかわかるのである。