2013年06月01日

家事とはまず道具を機械をそろえること (将来の社会は一部のエリ-トと機械が支配する)

 

家事とはまず道具を機械をそろえること

(将来の社会は一部のエリ-トと機械が支配する)

●家事も職人も道具が大事


家事のコツはなかなか会得しにくい、家事は職人ともにている。職人にとって道具が大事である。コケシ職人であれ昔からそうした器を作るものであれ道具が大事だった。それは大量生産するだけの型にはまった道具では使えないその人独自の道具を開発したりして使っていた。特別その用途にあった道具が必要になってくるのだ。農家でもまだ昔の鍛冶屋のことを四国の山国でしていたがその鍛冶屋は農家の人の注文で鍬などの道具を使っていたのである。つまり人間にとってどんな職業であれ道具が必要なのである。道具は機械でもあり現代が何でも機械化したというとき昔から道具に頼っていたにしろ機械に頼る割合がものすごいスピ-ドで増大したのである。あらゆる職業で機械をいかに使いこなすかが問題になる。医療分野でもここも高度な機械化でありコンピュ-タ-を駆使した高価な機械で人体をみる。そして人間よりロボットの手術が正確だとまでなっている。こういうところはかえって人間の細かい作業が必要だと思っていたがロボットを操作する手術が正確にできるというのも不思議である。もちろんそのロボットを操作するのは人間にしろコンピュ-タ-ができてそういうものが開発された。コンピュ-タ-ができてまた人間は頭脳の仕事もコンピュ-タ-に頼るようになった。
最近プロバイダ-が安いから変えてみないかと連絡があって変えた。その変えることも簡単だった。
パソコンを遠隔操作して変えていたのである。本人は一回だけ文字を入れるだけであとはなにもしないのである。こんな簡単にできるのかと驚いた。遠隔操作というのはまさにコンピュ-タ-に頭脳がつながってできることである。なんか自分の頭脳まだ遠隔操作されるのではないかと思った。


ともかくあらゆる分野でまず人間から教えられるより機械の操作が大事になる。そこに問題があるにしろ現実はそうなっているのだ。まず人間に頼ることより家事も機械に頼ることが第一になる。一人暮らしなどは特にそうである。今は女中とか手伝いさんとかは簡単に雇えない、そういう生身の人を家庭に入れることは非常に危険であるしそんな便利な人はいない、人は機械と道具とは違うからめんどうすぎる。信頼だって簡単に築けない、何か昔の村の共同体のようなものだったら人の手を借りることもできるが今はできない、人間は信用できない時代になった。機械は嘘をつかないからかえって機械の方が人間よりいいとまでなっている時代である。人間を信用するということは昔の小さな村のような共同体があればそうなりやすい。でもこれだけ広域な社会になったとき人間は今や誰を信用していいのか?人間だって広範囲に交わっているのだからまず昔の村の共同体のような感覚では生活できなくなった。だから家に入ってくる人は一番危険なのである。田舎だってどんな人間が入ってくるかわからないしそもそも田舎だって信用関係はなくなっているのだ。するとまず頼るのは人間ではない、道具や機械になってしまうのである。それは人間との信用関係は長い時間でしか作れないということもある。でも自分だけでやるのは家事だけでもむずかしい。すると頼るのは道具であり機械の方が便利だとなる。


●人間との信頼関係が失われた社会では機械と道具に頼る


今回買ったのはカタログが店に置いてあったのでそこからキッチン用の道具を選んだ。インタ-ネットでは意外と何を選んで買っていいかわかりにくいのだ。アマゾンで言葉で検索したらみんな売っていた。アマゾンで買う場合もまず検索する言葉が大事になってくる。言葉がわからないと検索しようもないのだ。インタ-ネットでは検索する言葉、キ-ワ-ドが重要になる。そこを手がかりとして情報を拡大化深化しているのだ。
ステレンス洗い桶、匂いのしない、生もののごみ入れとかみそを計量してとかすみそドラマ-とか
料理したものをはさむちょことトングとか料理したものを切るハサミとかである。これらは必ず家事をしていれば必要不可欠なものとなっていた。だけどこういうものがあるということ自体近くに店屋があってもわからないのだ。インタ-ネットでもまず言葉がわからないと検索しようがないのである。インタ-ネットではそうしたものが混雑して選べないということかある。意外と調べにくいというのも盲点なのである。


今の世の中は人間の信頼関係が失われた時代といえる。それは昔の村のような共同体とはあまりにも違いすぎるからだ。昔の村では名付け親とか何か一つの家族のようになっていた。こういう村は介護とか福祉の面ではやりやすかった。なぜなら介護の医療福祉の関係は機械ではすまされない、人間的なつながりが必要になっていた。つまりケアマネとかよくくるけどこれは若い人が多い、すると家に入ってくるのだからそのめんどうをみるのはおばあちゃんとかその曾祖母とかになってしま。そこで家族のようにおばあちゃんとかなるとやりやすいわけである。それがないとただその関係は金だけで仕事するとか動機がなくなってしまう。家で仕事してもらうことは何か家族の一員のようになる。
するとどうしてもそういう関係が基礎としてある社会だとやりやすいのである。金だけ雇われる現代にはそぐわないということもある。だからいくら高価の施設でも金持ちの人が入っていてもそれを世話する人は介護士などは金だけだとなりうまくいかない、その世話する人がおばあちゃんとかおじいちゃんとか思えないからである。福祉関係はどうしても人間と人間が直接向き合う場だからそうなる。それは医療にも言えるのだ。病人でも老人でもモノのように扱うというときそういう人間的関係が喪失した社会だからそうなりやすいのである。


いづれにしろ今の職業は農家だって機械に追われて機械貧乏で失敗しているし小さな会社でも機械の設備投資の額が大きいからそれで失敗する。またそうした機械の設備なしでは仕事もできなくなっているのだ。あらゆる所で機械を介して仕事している。人間より機械の役割が巨大化して機械に道具に使われているというのも現実である。戦争だってもう人間の戦争とはまるで違う。機械同士の戦争であり鉄腕アトムのロボット同士の戦争というのも現実化している。遠隔操作されたロボット同士が戦う戦争になる。


●家事でも機械の安全が大事だった


自分も家事は機械との格闘だった。そこで問題になったのが安全性があった。介護でモチを食わせるのに自動で消えない古い形のヒ-タ-を使っていたのでそれを消し忘れることで火事になるところだった。ガスでもつけ忘れるのがあり何度してもそれができないのである。だからIHヒ-タ-を買った。これはガスや他の電気製品より便利である。これだったら付け忘れもないし料理しやすい、こうした最先端のものを使わないと危険だということに気づいた。これは原発でもマ-ク1という古い型の原子炉を使っていたことで事故になったと同じなのである。技術は日進月歩であり安全性も向上してくる。それを使わないと安全は補償できないのである。パソコンのウィルスでもやはりそうである。機械には常に安全性も便利さと共に大事になってくる。家事の道具でも機械でも火事とかになりやすいのである。パソコンが安全でないとということはデ-タ-が一瞬にして消えるとういことはこれまでもあったから恐いのだ。こんなに機械に道具に頼る文明はやがて機械に操作されて機械とともに滅びる、原発も機械だったからそうなるというのも現実にある。でももう機械なしでは生きていけない社会である。家事にしても人間がもはや助けてくれない、遊んでいる人が膨大にいても雇うことなどもできない、金があれば誰も働かないし雇うにしてもその人間をどうして信用していいのか現実に大損害になった。これは機械の損失などというものではない、財産すらなくしてしまう危険が人間を雇うことにはあったのだ。また殺人にまでもなりうる、人間関係は機械の関係より恐いのである。


例えばA地点からB地点まで物を運ばせる場合、機械だったら忠実に文句も言わず運ぶ。
でも人間だったらそうはいかない、
「こんな仕事したくないんだよな、給料も安いしな、
他ではもっと高いらしいよ、ここの社長はいい暮らししている、俺たちはこうして奴隷のように働かせられるだけなんだよ、そしてこんな仕事して誰が感謝してくれるんだよ
金も安いのになんのためにやっているかもわかんねえんだよ、つまらないよな
結局奴隷なんだよ、俺たちはな・・・ 」
人間なら働くものの不満はどこでもきりがないのだ。機械だったらロボットだったら一言も文句も言わない、雇い主の操作する人の通りに運ぶだけなのである。別に感謝しなくても気を使わなくてもいいのだ。

だから人間より機械の方が正直だとか本当に思う人が増えてもいるのだ。だからもう人間は信用できない、ロボットを使って足りないところを補おうとなる。これも人間不信が極端化するとそうなる。外国人を労働者として受け入れるにしてもそこでは給料がたりないとか殺人まで発展している。
必ず回りとか雇い主と生活を比べるからそうなる。雇い主では機械のように安上がりに便利に仕事してもらいたいけど人間はそうはいかないしそうさせるべきものでもないからだ。だから労働は常に奴隷的な側面がつきまとっていたのである。最後は人間より機械の方がいいとなり人間は事務でもコンピュ-タ-が代わりをして重労働も機械がして人間は不用だともなるかもしれないしすでになりつつある。人間はみんな失業するのだ。だから遊んでいる人が今や日本では全人口の三分の一はいるだろう。仕事しているのは機械だともなる。そこで人間の役割は何かとなる。みんなが機械より創造的な仕事ができるわけではない、ただの無用な人となる人も膨大になってくる。一部のエリ-トが金をかせぐ仕事をしてあとは機械が仕事してあとの三分の一はただの無用な社会の邪魔者無駄飯くらいになってしまうのかもしれない、問題はあるしろそういう社会を目指しているのは確かなのである。


家事の機械化の意味するもの
(人間はあまりにめんどうだから機械に仕事させるようになった)

http://musubu.sblo.jp/article/68282810.html

posted by 老鶯 at 16:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題