2013年06月27日

戦前の国家軍国主義と民主主義教育の過ち (個々人の権利ばかりを人権の名の元に要求する-自分の非を認めない社会)

 

戦前の国家軍国主義と民主主義教育の過ち

(個々人の権利ばかりを人権の名の元に要求する-自分の非を認めない社会)


●明治維新から富国強兵国家主義が始まった


戦前と戦後は極端に変化しすぎたのである。そもそも江戸時代から明治時代へ移る時も変化が激しく極端だった。この時も外圧が元でそうなった。黒船が来て日本は変革を迫られ封建時代の武士社会から平民社会へと移行した。それがなしえたのは日本ではヨ-ロッパのような貴族社会と平民の差が経済的にもそれほどなかったことが原因しているかもしれない、武士にしても平民とそんなに経済的に差があるわけではない、特に武士でも下級武士が多くそれらは内職していたようにたいして平民と生活が変わりない貧乏だったのである。家老クラスくらいが経済的に恵まれていたとしてもあとは日本全体が貧しいのだからたいして変わりない生活をしていた。明治維新はだからフランス革命のように貴族を倒すための革命ではなかった。不思議なのは武士が武士を否定する革命だったのである。

ヨ-ロッパでは考えられない革命だったのである。武士といっても下級武士が多く貧しいのだから別に武士を否定することに抵抗なかった。それほどの特権階級ではないから否定できた。ヨ-ロッパのように資産あもつ階級だったら自らの階級を否定できないだろう。

一旦既得権を得るとなかなか手放せないのだ。今でも官僚の既得権が問題になるように既得権が大きいと手放せないのである。それは財産でもそうである。一旦大きな財産をもったら簡単に手放せなくなる。だからそういう人は革命などできないのである。既得権にへばりついている方が楽だからである。人間の習性としてみんなそうなっているのだ。だから武士の既得権はそれほど大きなものでなかったとなるのだ。
確かに江戸の大名の屋敷は立派で農民は大部分が掘っ建小屋で庶民は長屋だったというのは確かである。でも大名の屋敷は公邸であり政治の場だからそれなりの格をもっていなければならない、そこでヨ-ロッパの貴族のように贅沢していたとはならない、今でもそうした公の建物は立派である。ヨ-ロッパのような貴族の邸宅とは違っていた。城にしてもヨ-ロッパとかと比べるとそれほど立派なものに見えないのである。ヨ-ロッパの宮殿などとは違っている。日本にはそもそもヨ-ロッパのように富の蓄積のない貧乏な国だったのである。だから西欧に追いつくために無理をしすぎたのである。明治維新の富国強兵がが継続して太平洋戦争までなった。


●国家主義から民主主義も極端に変化しすぎた


つまり国家主義から軍国主義になったのは対外的な圧力でそうなったのである。太平洋戦争までは国家主義であり国家に奉公する、国家のために生きることが優先された。それが極端にそうなっていたのた。個々の権利など主張することなどできない、富国強兵にして対外的に欧米にロシアにも伍するために背伸びするほかなかったのである。その最終戦が太平洋戦争になった。国家が優先されるから太平洋戦争のように300万人以上死んだ、犠牲にされた。国家の方が重く一人一人の人間の命は実に軽いものだったのである。それがわかるのは今の時代と比べるとわかる。民主主義時代になったら国家より一人一人の人権だとか権利ばかり主張される。誰も国家を優先して国家のために犠牲になるという感覚が全く喪失している。むしろ国家が一人一人の人権のために権利のために犠牲になるべきだとなっているのだ。だからあらゆる人が絶えず国家に要求するだけになった。その差があまりに極端であり日本人はこんなに極端に変わる民族かとなる。


国家最優先の社会も個々人の利権、権利最優先の社会も両極端であり間違っていたのである。国家のためにそんなに簡単に300万人も犠牲にされたことは間違いだった。一方で戦後は個々人の利権、権利ばかり主張するのも間違っていた。民主主義はただ自分だけがいい、自分だけの利権、利害だけを追求するだけになった。そこにはもはや公はない、個人の私欲の追求が民主主義になった。弱者でも弱者なる故に保護されるべきだと権利をもつにいたった。弱者がこんなに権利を主張して国に要求するのは今までなかったのである。戦前ではそんなに主張できない、今は弱者が弱者なる故に強者ともなっている時代である。あらゆる人が権利をもち主張し要求する時代になったのだ。

それは団塊の世代から特に顕著になった。ゲバ棒をふりがざして社会に何を主張するのかわからずに暴れ回った。その時学生だった人たちまだ貧乏なのだから恵まれた人たちだったのである。それで警察官は高卒だとかなんだあいつら金持ちの恵まれたやつじゃないかと反発して戦った。つまりあの学生運動には共感していなかったのである。もちろん戦争の時のように真剣さはないし死ぬ等はありえないことだった。戦争ならそれが間違っていても死ぬということは容易ではないから真剣なものが生まれる。学生運動は結局人権主義でありただ利権を権利を追求するものとなった運動だったのである。それは社会全般がそうなっていたのである。


●戦後60年は大きな時代の変わり目


いづれにしろこ国家軍国主義にしろ民主主義にしろその教育は根本的に間違っていたのだ。団塊の世代が特に嫌われるのは戦後の民主主義教育の一番影響を受けた人間だからである。個々人の利権と権利しか追求しない人たちだったのである。そういう教育の結果でもあった。それは団塊の世代の5年前くらいの人は子供の時、ギブミ-チョコレ-トの時代であり進駐軍にただモノをおねだりする世代と変化していた。国家主義には多分に精神主義があった、貧乏でも志操をもつとかあった。でも戦後はアメリカ化してギブミチョコレ-トしかなくなった。モノを得る物質主義の追求しかなくなったのである。それは高度成長時代となって加速されたのである。明治維新後の富国強兵から国家軍国主義も個々人の権利をエゴを追求するものがすべて肯定された民主主義も誤りだったのである。戦前の国家軍国主義の反省から否定から今度は民主主義の個々の権利、エゴの追求の肯定になり団塊の世代に顕著にみられるただ権利ばかり追求して何か公のものを追求しない一団となってしまった。

教育自体が他者を蹴落としてでも得をしろ利権を得ろという受験戦争しかなかった。その教育も間違っていた。戦前には国家主義でも個々人にまだ日本人的な義理人情があった。これも否定されるが否定してもそれでは民主主義に何かいいものが生まれたのか?物質的には豊になっても人間の心は荒廃しきっている。ただ人間関係も金しかない、こいつからいくらとれるんだとしか頭にない、その人が生きようが死のおうが関係ない、金さえとれればいいとまでなっていてそれはすでに犯罪者に近いのである。だから保険金殺人も起きる。現代人はともかく理不尽なことには耐えられない。絶えずなぜ自分だけはんなに不遇なのだ、金がないのだとかその不満は例え自分にあっても自分が責任があるとは思わないのだ。必ずむしろ国家にその不満をぶつけ権利を要求するし他者にその不満をぶつける。金持ちがいればそいつが不当に利益を得ているとなり不満をぶつける。そしてもうそういう人だらけだから家で働いてもらうことは危険極まりない。こいつは不当に金があるから盗んでやれしかない。介護でも水一杯も運ばないのに金だけは要求してくる。そんなもの親戚でも権利がないのだ。権利をえるために水一杯で運べとなるがしないのである。そして不満ばかり言っているのだ。


もう絶対に自分の非を認める人はいない、そして悪いの他者であり国家だ、社会だ、金持ちだとなる。そうして自分は病気の時まで金を要求され脅迫もされた。どうしてそんな人が上に立てるのか事業をまかされるのかわからない、例え技術があり頭がいいとしてもそういう人が信じられないのである。戦前の国家主義では「なぜ国のために死なねばならないのか?なぜ国のために犠牲にならねばならないのか」こう若者が苦悶したのはあまりにも理不尽だからわかる。その逆が個々人の理不尽がありそれが国家や社会や他者に向けられるのだ。戦争の時はその理不尽は国家によって作られたものだった。戦後の理不尽は例え個々人にあったとしてもそれを認めない、国家が悪いんだ、社会が悪いんだとなる。

そういうことが民主主義の平等人権権利主義では多すぎるのだ。戦前はそうした大きな理不尽があっても従わざるをえなかったし一般的にも社会そのものがそういう理不尽に忍従する他なかった。マルクス主義者からすればそういうことが強いられたともなる。でもそれが民主主義社会になった時、明かに社会ではない自分に非があるのに国家や社会や他人のせいにしているのだ。何も質素に生活していれば別に借金などしなくてもよかった。収入なりの生活をしていればよかった。たりないとしても戦前の貧乏よりはずっとましなのである。


そこまで社会は人心は荒廃しきっているのだ。それは戦前の極端な国家主義から民主主義に変わってそうなったのである。民主主義には民主主義の良さがあるにしてもその解釈はまた違ったものとして実行されたのである。結局津浪も原発事故もこういう時代の変わり目に起きたのである。原発事故も日本国民全部が目前の利益だけを優先して事故を起こしたのである。
戦後60年は大きな時代の変わり目に来たのである。これまでの民主主義は根本的に改めないとますます日本でも社会は荒廃してゆくだけである。

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2013年06月29日

墓の跡継ぎは簡単になれない (怨霊となることもあり責任が重すぎる)


墓の跡継ぎは簡単になれない

(怨霊となることもあり責任が重すぎる)

●墓は簡単に捨てられない

跡継ぎがいない
親戚の墓を将来面倒を見てくれ
と言われましたが
かなり遠方です
遺産を貰う訳でもありません
安易に引き受けないほうが…
友人にはと言われました
何か アドバイスをお願い致します。


とんでもない事です。

単なる善意とか思いやりで解決するものではありません。

これからは子供のいない人も多くなるし、いたとしても子供に負担のかからない永代供養墓を選ぶ人さえいます。
質問者様が善行のつもりで是非やりたいのなら仕方ないですけど、関わらない方が身の為だと思います。
遺産もくれないのによくもこんな事を頼めるものですね。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1317218823


還暦すぎるといろんな問題か人生の総決算のようにでてくる。墓の跡継ぎ問題もそうである。人が死んだら普通はかわいそうだからとその人がどんな人であれ思い供養する。墓も立派にすれば供養になると思っている。自分もそう思っていた。でも墓は相当にめんどうなものである。前にも書いたけど墓は簡単にモノのように片づけられない、一旦墓に納めるとそうなる。そこに何もないわけではない、骨壺にまだ骨が残っているかもしれない、すると簡単に捨てるわけにはいかない、墓があるかぎり誰かかが供養し続けねばならない、現実に墓地には必ず無縁仏がありそれらが集められて供養されているのだ。その墓地に来た人がその人と関係なくても供養したりしている。墓は簡単に捨てることができないからそうなっているのだ。墓の跡継ぎになってくれというのはモノの跡継ぎではない、建物の跡継ぎでもない、死んだ人の何なのか?骨を守ってくれということでもない、骨はやがて土になってしまう。すると墓とは何なのか?それは死んだ人がなお生き続けている証だともなる。霊魂がそこに宿っているともなる。モノだったら簡単にかたづけられるが霊魂か宿っているとしたら簡単に他人だって片づけられないから無縁仏になっても捨てられず墓地にあり供養することになる。

つまりそれだけ墓というのは他のものとは性格が違ったものであった。それを意外と自覚している人が少ないというよりある年にならないと自覚できないのである。人間の問題は自分のことになると自覚できるが実際にそういう責任をもってみないといろいろなことがわからないのだ。つまり墓の意味が何なのかわからなかったのである。

墓が簡単に捨てられないというとき、それは必ずその家の問題がそこにある。それが他からはわかりにくいのである。その家の事情は他からはわかりにくいから困るのだ。自分の家も複雑だから他からはわかりえよがない、兄といっても父親が違っている。その父親が事故で死んだ。その子供もなぜか42才で交通事故で死んだ。父親が死んだときやはり金でもめた。今度も交通事故でその息子が死んだときも金でもめた。そこに因果関係があるかどうかはわからない、でも父親とは全く関係しなくなり供養もしなかった。それだ不気味なのである。供養しないということがその息子に事故を起こさせたのかともなる。良くいう先祖の祟りとかになる。自分の息子に祟ることがあるのかとなればそんなことはないとも思うが不気味なのでる。だから自分は今墓があり兄の骨を納めているので墓参りして供養している。でも自分も死ぬのだからあとは供養できない、それで東京に住んでいる娘に骨をばせっていって東京で供養してくれとその金をわたすことにした。


東京だと別に墓がなくても格安で納めることができる便利なものがある。そこでともかく供養すればいい、それでも供養しているのだから罰はあたらない。つまり墓の問題は墓というモノの問題ではなく供養するということにある。それは死者への畏れなのである。死者が祟るというときそれはわからないにしろ不気味になる。死者というのは何かわからないからだ。死んだら何もないとされないのが人間の死なのである。だからこそ戦死者を供養しているのはそのためである。国のために戦った、それが間違いにしろ死んだ人たちは命をかけたのだからそう思っている。それを無視できない、もし無視すれば怨霊ともなることが恐いのである。だから本当に死者とか墓の問題は実際は相当にやっかいなものだった。それを自覚していなかったのである。


●怨霊となり祟りとるな死者の恐さを考えるべき


死者の問題が墓の問題がやっかいだというときそれは生前とも通じている。例えば生前に親族でも恨みを残して死んだ人がいる。介護でも冷たく扱われとかなるとそれを恨みに思い死んでゆく人もいる。それは親子の間でも起こる。だから介護の問題もめんどうなのである。親が恨まずに子供に感謝して死んでくれればそのあとの供養も楽になるのだ。そうでないと恨みを残されると死んでからまた墓参りするのだからスム-ズに墓参りして供養できなくなるのだ。そういう人を実際に親戚で知っている。その人は親にひどい仕打ちをした。自分はあまり関係していないからわからなかった。だか最後になってわかったのである。その人は本当にひどい人だったのである。あまり関係していないからその親の方がひどい人だと思っていたのだ。実際はその子の方がひどい人だった。何らか病気になったときもひどい仕打ちをした。「だからひどい人だ」と言って死んだ。それが死ぬ時ようやくわかったのである。明かに子供に恨みを残して死んでいったのである。それは他の人にはわからない、長く患わないで死んだので他からはわからない、たまたま自分の家では最後の一本の電話でわかった。
「ひどい娘だわ」と言ってきてすぐに死んだのである。そして自分の家にも信じられないひどいことをしたからそれに納得したのである。それでも母親だし父親も埋まっている墓に墓参りする。


そうなると墓参りする供養するのも苦しくなるだろう。墓に埋まっている人が恨んで死んだからである。それが墓として残っているから墓がめんどうなのである。具体的なものとして残っているからだ。恨みが墓として残ったさえなるからだ。でも墓を捨てるわけにもいかないし供養しないわけにはいかない、それで墓の側に「怨霊供養」という立て札をみかける。それは家族内で恨みを残した人の怨霊を鎮めるためのものだろうか?一般的に歴史的に怨念を残した人は無数にいるから今でもそれを祀り供養している。家族内でもそういうことがありそうしている。不慮の事故とか怨念を残した人は成仏していないからこの世に恨みと怨念を残しているから祟りになる。そういう人はおそらく「なぜ自分が死んだのだ」ということもわからないかもしれない、なぜなら突然の死だから自覚されない死だからそうなっている。それでこの世に執着してさまよい祟りになるということもある。こんなこと迷信だといえばそれまでだが何か不気味なものを理屈なしで感じるからおろそかにできないのである。


●墓の跡継ぎには簡単になるべきではなかった


そしてその人は家がなくなった実家の墓をひきついだ。それは300万で実家の長男だった人に頼まれたのだ。「墓を守ってくれ」というのが遺言でありそれを頼まれたのである。子供もいるから頼まれたのだ。その人は300百万でももらえるからいいと軽く思ったに違いない、自分は頼まれなくて今は良かったと思う。墓参りはするにしてもその後まで延々と供養することは大変なことになる。その後の霊と化した墓の責任を持つことは容易なことではない、何故ならそれはモノではないからだ。墓を粗末に扱いば祟りがあるとかなってしまう。「墓を守ってくれ」という声がのしかかってくる。これは本当に冗談でなくてあまり責任が重いものだったのである。だから3百万で引き受けるようなものでもなかった。これはいくら金がもらえると引き受けることができるようなものでもなかった。でも金がもらえるならと安易に引き受ける人もいる。でもそれを安易に今度は捨てたり供養しないと恐いとなる。祟りがあるとなれば簡単にモノのように始末できないのである。


だから今回自分は兄の墓は供養は娘に責任があるということで金を払いまかせることに決めた。
まともな娘ではないのでそれもしないことはわかっている。でも死んだ父親の父親も事故で死んでいる。二代にわたり事故で死んでいるのだ。それが不気味なのである。だから供養の責任は一応娘に言って自分に責任はないことにしてもらう。地元に住んでいれば別だが東京でありもともと交流もなかったのだがらどうにもならないのである。その娘はそんなことをしない人とわかっていても自分には責任はないということだけは言っておく、自分に墓の霊魂の責任をもたされることはできないのである。祟りまで引き受けることはできないのである。ともかく墓の跡継ぎ問題などは本当にめんどうでありそれを自覚している人が少ないのである。

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2013年06月30日

無縁社会化する現代の非情社会 (病気が致命傷になって死んだ)


無縁社会化する現代の非情社会

(病気が致命傷になって死んだ)


人に迷惑をかけたくない――
生活保護申請中に「無縁死」した40代男性
http://diamond.jp/articles/-/32947


●身寄りがないものは病気が致命傷になる

 


父親は再婚後、病気で倒れ、所在不明になった。やがて、母親や姉とも音信不通になり、住居を失った。


検死の警官から、「遺体は警察がいったん引き取って、地方自治体に引き継ぐ。死因はおそらく心筋梗塞だろう」などと聞かされ、Aさんの財布(所持金千円ほど)と携帯電話を持って引き揚げて行きました。


やっと昼過ぎに、Aさんの母親と電話がつながりました。母親は「(子どもの早い死が)残念です。こちらに伺いたいですが、移動できません」とのことでした。


思うように体が動かないのを「ぶざまで」と言い、手を貸すのを申し訳なさそうにしていたAさん。

 


この人は肉親との関係もたたれ病気になったことが死につながった。病院でもよくみてもらえなかったのだ。それは金がないこともあった。それが致命傷になったのか?それよりも頼るべき身寄りがなくなったためにそうなった。病気になっても相談して心配する人がいなかった。そしてそうした自分が世話になることが他人に負担をかけることを気にしていた。


なんだかこの気持ちがわかるんだよな、同じ様な経験したからわかる。身寄りがないということは金があってもこうなりやすい、自分も前は看護婦していた人がいたから体も気づかってくれた人もいた。それがその本人が認知症とかわけのわからない病気になり自分が看護する方になった。だから自分の病気であれ心配する人はいなくなった。むしろ絶えず相手を心配して看護する方になった。こうなるとまず自分のことは一切かまってくれる人はいない、早めに心配してくれる人がいて病院に行ければ手術までする必要がなかったかもしれない、病気を悪化させてしまったのである。


結局自分のことを心配してくれる人は一人もいなくなった。この人も余りにも若くてそうなった。
身寄りがなく金もなく心配してくれる人が一人いなかったのである。福祉関係の役所の人に世話になるのも気がひけていた。なぜか?40才ではそういう保護の対象になっていないのだ。65才以上になると介護保険も適用されるし一応役所では目をかけてくれる年になる。ところが40才はみんな若いからあまり病気だということを見ないのである。相手が病気だということを若いから察することができなかったのだ。これはやむをえない面がある。一般的には40才だったら病気だと人は見ないのである。それを見るのは家族しかないのだ。何か体が悪いようだから医者にみてもらいとか家族だったら心配するのだ。それもいないということが致命的になった。金があっても自分の体のことをみることはむずかしい面がある。この人は別に家族の世話や看護をする必要はなかったが金がなかった。
金がかかるから医者にかかれなかった。金がないと確かに今の時代は医者にもかかれないのか?
ともかく悪条件が重なって死にいたった。


この人が無縁化されて死んだというときなんか自分も同じ様な経験をしたので身をつまされたものがあった。ただ金には余裕があるから違っていた。でも金だけでもどうにもなちらなくなることがあることを身をもって経験した。金が無縁化にするのは金の社会だからでもある。例えば金があればどこかの小さな店でも毎日通い金を使えば親しくなるから無縁化しないかもしれない、飲み屋でもいいかもしれない、そうした金がないと縁も結べないということにもなる。ただこの人の最大の問題は病気になったことなのである。病気にならなければ無縁化してもなんとかのりきれるということがある。この若さで病気になったことが致命的だったのである。自分も病気にならなければこんなことにならなかった。突然腎不全になり点滴になり一か月病院の牢獄に入れられたと同じだったのである。
その間に家を自由にされて大金を失った。身寄りがないということは金だけの社会ではすべてが金だけを求めてくるからこうなっていたのだ。


●死ぬか生きるかでも仕事が大事と放置される


自分もこの六年間は悪条件が重なった。一人は認知症になり一人は90越えていたしまもなく動けなくなった。その時心配する人は最初は確かに一人はいたがまもなく一人が死んで自分だけになりなくなった。あとは自分を心配するのではなく金を要求されるだけだったのである。
わかったことはそういう人は困ったとき絶対に来ない、そのいいわけが仕事が忙しいということがさも命にかかわるように言ってくるのである。何もこちらで金があったのだから働くくらいそれ以上金をやることができた。でも家に来てはくれない、自分が苦しいのを見ていても来ないのである。
そして百万とか借りたとときそれはくれるからと言ったのにその人はパチンコ屋とかで忙しいから来れないと言う。必ずそれがいいわけでありそういう人がどういう人がわかった。


そういう人は例えこちらがどんなに困っても死ぬような状態になっても自分の仕事がパチンコ屋でもコンビニでも何でも絶対に来ないということである。そういう緊急事態でも仕事が忙しいから来ないというのがいいわけになるのだ。それはその人だけではない、東京に住んでいた人ももともと縁は薄い、交流の人だから責められないけど、仕事が忙しくて一日しか行けないとか仕事が大事なんだよとさも仕事が命をかけるように大事だと言ってくるのである。こちらが死ぬような状態でもそうである。もちろんまた3年くらい音信不通なのだからその人はそんな関係でしかないのだからやむをえないがそういう人はまずこちらがどんな状態になろうと死ぬような状態になっても来ないことは明かである。離れているといくら関係が良くてもそうなる。それはこれまでの経験でわかった。だからもうこちらでも遺産を分けたらつきあわないことにした。そんな人とつきあえるわけがないからだ。


親戚でもそうである。一方でその人も親戚がゼロの人だから親戚関係を切らないでくれとか言ってきた。これも勝手すぎるのだ。そして金だけは援助してくれとなる。自分に求めたのは金だけだったのである。現実に手伝いに大金をもっていかれたし他の親戚でも病気のときも借金しているから金を要求され脅迫された。弱さにつけこみ脅してきたのである。別に金をやらないわけではなかった。すでに2百万以上くれていたのである。それでも弱さにつけこんで脅迫してきた。そういう人が事業をしていたけど失敗するのは当然である。人のことを全然思いやることがない人だったのである。今も事業をまかせられているけどそういう人がいくら頭が良くて技術的に優れていても事業がまかせられるのか、上にたって仕事がやれるのか、そういう人は確かにワタミの社長のように従業員を働かせるだけ働かせて介護事業でも思いやりをもたない、介護事業だから責められているのだ。


●上から下からまるで思いやりのない社会になった


おそらくこのような人が会社の社長のような人が今では多いのではないか?おそらく東電の会長とか社長とか幹部はそんな人たちばかりだったのではないか?何か他人を思いやることなどないだろう。
だから住民が被曝して危険になっていたとき心配すらしない、原子炉の心配ばかりしていたのである。人間の命より原子炉が大事だったのである。もちろん最初からそこに住む住民のことなど頭にもなかったのだろう。あいつらは金が欲しいだけだ、金を与えれば不満はおさまる、危険なことなど知らせる必要もない、まずはコストカットだとして安全を怠ったのである。一番危険に身をさらしていた住民のことなど眼中になかったのである。住民も住民で金もらえばいいとなっていたから住民にも責任があったわけである。自分たちがどれほどの危険にさらされているか自覚しなかったのである。

いづれにしろ無縁化社会というのは現代を象徴しているのだ。何らかのきっかけで無縁化しやすい社会なのである。家族のつながりが切れたとか病気になったとか失業したとかそういうとき誰にも頼るものがいない、役所の福祉にも頼りにくいとなると余計にそうなるのだ。この人は40才だから頼りにくかったのである。65才以上になると介護保険の適用年齢になり見回りの人も回ってきたからである。40才で病気になることを誰も外から普通は見ないからである。だから病気になることは身寄りがないとか金がないということは致命傷になるのが現代なのである。


現代と昔の義理人情社会は奴隷のように働かせられたにすぎないというけど本当にそうなのだろうか?もし家族のように働いていたら病気になったりしたらめんどうみたかもわからない、もちろん医者にはかかれないにしろ食べものくらい運んでくれたかもしれない、そういう人情があったかもしれない、もちろん回りでも隣近所でもあったかもしれない、おにぎり食べたいと死んだ人もいた。昔だったら隣近所でおにぎりくらいくれただろう。そういう関係ももてない時代になっていたのだ。だからこそ使用人でも同じ家族の墓に葬られている。墓を一緒にするということはなかなかできないだろう。現代社会はまずそうした情の一片もない社会になってしまった。すべてが金に換算されてしまう。そういう人が上にたち経営者になっている人が多いとしたら従業員などは奴隷のようにこき使えばいいとかなってしまう。商売するのにも少ない労力で多くのものを得ることしか考えない、一文たりとも金にならなければ損するならやらないとなる。現実にそういう人だったから事業に失敗するのも当然だと思った。果たしてそんな人と一緒に働く気になれるだろうか?従業員にしろ仲間にしろついていけないのではないか?ワタミもそれで問題になったし身近に接した人もそうだったのである。そういう人が頭がよくても技術が優れていてもそういう人に経営となるとついていけるのか?技術者としてただ専門家として経営者に従うならいいがそういう人が経営者になっていることが問題なのである。経営と技術はまた違った問題だったのである。それは明かに東電にも言えたのである。

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