2013年06月01日

家事とはまず道具を機械をそろえること (将来の社会は一部のエリ-トと機械が支配する)

 

家事とはまず道具を機械をそろえること

(将来の社会は一部のエリ-トと機械が支配する)

●家事も職人も道具が大事


家事のコツはなかなか会得しにくい、家事は職人ともにている。職人にとって道具が大事である。コケシ職人であれ昔からそうした器を作るものであれ道具が大事だった。それは大量生産するだけの型にはまった道具では使えないその人独自の道具を開発したりして使っていた。特別その用途にあった道具が必要になってくるのだ。農家でもまだ昔の鍛冶屋のことを四国の山国でしていたがその鍛冶屋は農家の人の注文で鍬などの道具を使っていたのである。つまり人間にとってどんな職業であれ道具が必要なのである。道具は機械でもあり現代が何でも機械化したというとき昔から道具に頼っていたにしろ機械に頼る割合がものすごいスピ-ドで増大したのである。あらゆる職業で機械をいかに使いこなすかが問題になる。医療分野でもここも高度な機械化でありコンピュ-タ-を駆使した高価な機械で人体をみる。そして人間よりロボットの手術が正確だとまでなっている。こういうところはかえって人間の細かい作業が必要だと思っていたがロボットを操作する手術が正確にできるというのも不思議である。もちろんそのロボットを操作するのは人間にしろコンピュ-タ-ができてそういうものが開発された。コンピュ-タ-ができてまた人間は頭脳の仕事もコンピュ-タ-に頼るようになった。
最近プロバイダ-が安いから変えてみないかと連絡があって変えた。その変えることも簡単だった。
パソコンを遠隔操作して変えていたのである。本人は一回だけ文字を入れるだけであとはなにもしないのである。こんな簡単にできるのかと驚いた。遠隔操作というのはまさにコンピュ-タ-に頭脳がつながってできることである。なんか自分の頭脳まだ遠隔操作されるのではないかと思った。


ともかくあらゆる分野でまず人間から教えられるより機械の操作が大事になる。そこに問題があるにしろ現実はそうなっているのだ。まず人間に頼ることより家事も機械に頼ることが第一になる。一人暮らしなどは特にそうである。今は女中とか手伝いさんとかは簡単に雇えない、そういう生身の人を家庭に入れることは非常に危険であるしそんな便利な人はいない、人は機械と道具とは違うからめんどうすぎる。信頼だって簡単に築けない、何か昔の村の共同体のようなものだったら人の手を借りることもできるが今はできない、人間は信用できない時代になった。機械は嘘をつかないからかえって機械の方が人間よりいいとまでなっている時代である。人間を信用するということは昔の小さな村のような共同体があればそうなりやすい。でもこれだけ広域な社会になったとき人間は今や誰を信用していいのか?人間だって広範囲に交わっているのだからまず昔の村の共同体のような感覚では生活できなくなった。だから家に入ってくる人は一番危険なのである。田舎だってどんな人間が入ってくるかわからないしそもそも田舎だって信用関係はなくなっているのだ。するとまず頼るのは人間ではない、道具や機械になってしまうのである。それは人間との信用関係は長い時間でしか作れないということもある。でも自分だけでやるのは家事だけでもむずかしい。すると頼るのは道具であり機械の方が便利だとなる。


●人間との信頼関係が失われた社会では機械と道具に頼る


今回買ったのはカタログが店に置いてあったのでそこからキッチン用の道具を選んだ。インタ-ネットでは意外と何を選んで買っていいかわかりにくいのだ。アマゾンで言葉で検索したらみんな売っていた。アマゾンで買う場合もまず検索する言葉が大事になってくる。言葉がわからないと検索しようもないのだ。インタ-ネットでは検索する言葉、キ-ワ-ドが重要になる。そこを手がかりとして情報を拡大化深化しているのだ。
ステレンス洗い桶、匂いのしない、生もののごみ入れとかみそを計量してとかすみそドラマ-とか
料理したものをはさむちょことトングとか料理したものを切るハサミとかである。これらは必ず家事をしていれば必要不可欠なものとなっていた。だけどこういうものがあるということ自体近くに店屋があってもわからないのだ。インタ-ネットでもまず言葉がわからないと検索しようがないのである。インタ-ネットではそうしたものが混雑して選べないということかある。意外と調べにくいというのも盲点なのである。


今の世の中は人間の信頼関係が失われた時代といえる。それは昔の村のような共同体とはあまりにも違いすぎるからだ。昔の村では名付け親とか何か一つの家族のようになっていた。こういう村は介護とか福祉の面ではやりやすかった。なぜなら介護の医療福祉の関係は機械ではすまされない、人間的なつながりが必要になっていた。つまりケアマネとかよくくるけどこれは若い人が多い、すると家に入ってくるのだからそのめんどうをみるのはおばあちゃんとかその曾祖母とかになってしま。そこで家族のようにおばあちゃんとかなるとやりやすいわけである。それがないとただその関係は金だけで仕事するとか動機がなくなってしまう。家で仕事してもらうことは何か家族の一員のようになる。
するとどうしてもそういう関係が基礎としてある社会だとやりやすいのである。金だけ雇われる現代にはそぐわないということもある。だからいくら高価の施設でも金持ちの人が入っていてもそれを世話する人は介護士などは金だけだとなりうまくいかない、その世話する人がおばあちゃんとかおじいちゃんとか思えないからである。福祉関係はどうしても人間と人間が直接向き合う場だからそうなる。それは医療にも言えるのだ。病人でも老人でもモノのように扱うというときそういう人間的関係が喪失した社会だからそうなりやすいのである。


いづれにしろ今の職業は農家だって機械に追われて機械貧乏で失敗しているし小さな会社でも機械の設備投資の額が大きいからそれで失敗する。またそうした機械の設備なしでは仕事もできなくなっているのだ。あらゆる所で機械を介して仕事している。人間より機械の役割が巨大化して機械に道具に使われているというのも現実である。戦争だってもう人間の戦争とはまるで違う。機械同士の戦争であり鉄腕アトムのロボット同士の戦争というのも現実化している。遠隔操作されたロボット同士が戦う戦争になる。


●家事でも機械の安全が大事だった


自分も家事は機械との格闘だった。そこで問題になったのが安全性があった。介護でモチを食わせるのに自動で消えない古い形のヒ-タ-を使っていたのでそれを消し忘れることで火事になるところだった。ガスでもつけ忘れるのがあり何度してもそれができないのである。だからIHヒ-タ-を買った。これはガスや他の電気製品より便利である。これだったら付け忘れもないし料理しやすい、こうした最先端のものを使わないと危険だということに気づいた。これは原発でもマ-ク1という古い型の原子炉を使っていたことで事故になったと同じなのである。技術は日進月歩であり安全性も向上してくる。それを使わないと安全は補償できないのである。パソコンのウィルスでもやはりそうである。機械には常に安全性も便利さと共に大事になってくる。家事の道具でも機械でも火事とかになりやすいのである。パソコンが安全でないとということはデ-タ-が一瞬にして消えるとういことはこれまでもあったから恐いのだ。こんなに機械に道具に頼る文明はやがて機械に操作されて機械とともに滅びる、原発も機械だったからそうなるというのも現実にある。でももう機械なしでは生きていけない社会である。家事にしても人間がもはや助けてくれない、遊んでいる人が膨大にいても雇うことなどもできない、金があれば誰も働かないし雇うにしてもその人間をどうして信用していいのか現実に大損害になった。これは機械の損失などというものではない、財産すらなくしてしまう危険が人間を雇うことにはあったのだ。また殺人にまでもなりうる、人間関係は機械の関係より恐いのである。


例えばA地点からB地点まで物を運ばせる場合、機械だったら忠実に文句も言わず運ぶ。
でも人間だったらそうはいかない、
「こんな仕事したくないんだよな、給料も安いしな、
他ではもっと高いらしいよ、ここの社長はいい暮らししている、俺たちはこうして奴隷のように働かせられるだけなんだよ、そしてこんな仕事して誰が感謝してくれるんだよ
金も安いのになんのためにやっているかもわかんねえんだよ、つまらないよな
結局奴隷なんだよ、俺たちはな・・・ 」
人間なら働くものの不満はどこでもきりがないのだ。機械だったらロボットだったら一言も文句も言わない、雇い主の操作する人の通りに運ぶだけなのである。別に感謝しなくても気を使わなくてもいいのだ。

だから人間より機械の方が正直だとか本当に思う人が増えてもいるのだ。だからもう人間は信用できない、ロボットを使って足りないところを補おうとなる。これも人間不信が極端化するとそうなる。外国人を労働者として受け入れるにしてもそこでは給料がたりないとか殺人まで発展している。
必ず回りとか雇い主と生活を比べるからそうなる。雇い主では機械のように安上がりに便利に仕事してもらいたいけど人間はそうはいかないしそうさせるべきものでもないからだ。だから労働は常に奴隷的な側面がつきまとっていたのである。最後は人間より機械の方がいいとなり人間は事務でもコンピュ-タ-が代わりをして重労働も機械がして人間は不用だともなるかもしれないしすでになりつつある。人間はみんな失業するのだ。だから遊んでいる人が今や日本では全人口の三分の一はいるだろう。仕事しているのは機械だともなる。そこで人間の役割は何かとなる。みんなが機械より創造的な仕事ができるわけではない、ただの無用な人となる人も膨大になってくる。一部のエリ-トが金をかせぐ仕事をしてあとは機械が仕事してあとの三分の一はただの無用な社会の邪魔者無駄飯くらいになってしまうのかもしれない、問題はあるしろそういう社会を目指しているのは確かなのである。


家事の機械化の意味するもの
(人間はあまりにめんどうだから機械に仕事させるようになった)

http://musubu.sblo.jp/article/68282810.html

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2013年06月02日

南相馬市原町区金沢地区の津浪の後の変化 (延命地蔵の神社が残っていた不思議)


南相馬市原町区金沢地区の津浪の後の変化

(延命地蔵の神社が残っていた不思議)

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南相馬市の原町区の金沢の方に行ってみた。ホテルが一軒また建っていた。近くにも作業員のプレハブのホテルがあるのにまた建った。この辺で増えたのはホテルである。それも滞在型のホテルである。まだ作業員が来ているから需要があるのだろう。


金沢地区の火力発電所はもうもうと煙をあげていたから前と同じように発電所しているから正常化したのだろう。やっぱりサ-プィンしている人が数人すでにいた。サ-フィンでまたにぎわうのだろうか?そのためにはあそこにまた施設を建てないとだめだろう。津浪はもう当分は来ないからサ-フィンをする人は来るから何か施設が必要である。


雨降ると湿地帯化してくる。ここは相当低く感じる。もともと湿地帯だったから元の状態にもどってゆく。木が二本建っている所には結構家があったけど二軒しか残っていない、それでも良く残ったと思う。地形の関係で辛うじて残った。この残った木はやがて枯れてしまう。
この木を見ていると何か津浪の凄まじさを感じる
まだ何とか残ろうとする執念を感じてしまう異様さが漂っている。
もしかしたら木にも気持ちがあり庭にある木はすでに自然の木ではない
人間の思いがこめられた情が移った木だから余計にそう見えるのである。
この二つの木は本当に不思議である。


そこから神社があった。延命地蔵とありこれは津浪で流されなかった。それほど高いというものではない、碑も流されていない、あそこに逃げれば助かったし裏山にすぐ逃げれ助かった。
烏崎の八龍神社も津浪からぎりぎりまねがれたのである。
なぜそういう場所にあったのか?
もしかしたら慶長津浪のことを聞かされていて高い所に建てたのかもしれない、そういう言い伝えがあって高い所に建てられたのかもしれない、津浪で被害からまねがれた神社が多いからである。

ここではどれくらいの被害があったのか?
この延命地蔵は江戸時代のものでそれなりに古い。

安政とか江戸時代の後期のものか?
水天宮というのはめずらしい。安産と子を授かる神である。
子育て地蔵とか安産の願いの碑は結構ある。

それだけ安産を願うものが切実だった。

それにしてもこの神社も不思議である。よく津浪から残った、それが延命地蔵だというのも不思議である。まさに津浪から延命したのである。長生きを望んだものだから違うにしろ何か津浪から逃れたものとして記念される。

ここの部落はもう消滅するからこれは記念として残されるだけになるのか?
ただこれは文化財としては貴重である。


まずあの二本の木もそうだが海岸の松も赤みがかり枯れてくる
一葉松は葉が緑であり枯れないみたいだ。
やはり津浪をまともに受けていないし塩分もそれほどしみこまなかったからだろう。
あれが残ったのは良かった。


津浪の後遺症はまだまだつづく、でも自分としては何か楽になったので気分的には正常化したように思う。6年間は異常な悪夢だった。人間わかったことは体が悪くなったらどんなことしても心も正常ではいられない、その体が弱くなったとき他者から責められたから辛かったのである。

津浪の後の風景は以前としてつづいているしやはり時間とともにまた変化していたのである。
 
posted by 老鶯 at 22:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 地震津波関係

2013年06月04日

初夏の俳句と写真 (相馬市の駅前の花屋や原町区の金沢地区のこと)


初夏の俳句と写真

(相馬市の駅前の花屋や原町区の金沢地区のこと)]


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相馬市の花屋には歯医者の帰りにいつも寄っている。あそこの花屋店主は応対がいい、まず小商店は応対が良くないともたないだろう。ここでは言えないがなんで買いにきたんだとかいう応対が未だに東北にはある。怖くて買いにいけないということが外部の人が言っていたのもわかる。
自分もそうだがまず東北人は商売には向いていないのだ。黙々と土を耕しているのがにあっている風土なのである。近江商人の末裔のような人にあったけど全然違った人間だった。ねぎるのが実にうまいのである。でも自分はまねて失敗した。そもそも外国では物価が安いのだからそんなにねぎる必要がないしねぎることは相手も困るのである。そういうことをあんまり考えなかった。
物価の差がありすぎるところは多少高く払ってもしょうがいなのだと思った。ただ外国旅行がなれていないからそうなった。外国を知ることも相当体験をつまないとわからないのだ。

そもそも大阪弁のようになっていれば日常的商売言葉になっているから商売しやすいのである。

花屋は場所と人間とまた品数とか品質とか問題になる。花屋というとき一番見せることが大事になる。店屋は見せ屋だったからだ。まず花は見て買うからだ。そして花に通じること植物に通じることはかなりの経験が必要になる。その知識がかなり必要なのである。自分は花の名前は知っていても園芸的なものはさらに土のことやいろいろ植物を知らなねばならないからかなりの知識がないとできない。ただ売れ筋は仏壇にあげる花とかなる。だから商売的になるにはそうしたものを日常的に売れる必要がある。立地としてはいいとしても今は車だからなかなか人が寄らない通りになっている。

相馬市より原町市はシャ-タ-通りになっていて何か駅前通りが荒廃している感じだった。
相馬市はまだそういう感じがしない、それでも全国共通で通りににぎわいはない。

でもこれからどうなるかわからない、買い物を楽しむというとき通りとか小商店だったら話ししたりとか別な価値を求めるようになる。ただ買うというだけ安く買うという時代は終わっているかもしれないのだ。それでも小商店は高度背経済成長時代とは違うからよほど経営努力をしないと成功しないだろう。回りでもただ安いから買うとかそういう時代は終わり買い物を楽しむとなればス-パ-なんかは向いていない、花について専門的な知識があるわけではない、ただ売っているだけだからである。現代はいろんな分野で知識が求められているのかもしれない、知識社会だという人もいる。

知識も簡単に身につかない、これも積み重ねであり時間がかかるのである。
花屋は花について植物の知識が相当ないとできない、駅前の花屋はまあまあの知識がある。
応対もいいからうまくやればもつのか、ぎりぎりでやっているというのもわかる。
今回は黄色のカラ-という花を買った、これは鮮やかであり夏らしいものだった。


どこから来たのか何の鳥なのか?鳥を写真にとることができた。鳥を写真に撮ることはむずかしい。
鳥は長くとまっていない、すぐに飛んでいってしまう。この鳥は結構長く苫ていたのでとれたのである。


それから鹿島区の川子の高台からの森の道へ入っていったところに家が隠されるようにあった。
そこに古井戸があり菖蒲が咲いていた。こんなところに家があったのかと不思議だった。
近くでも知らない所がまだまだある。

原町区の金沢でも延命地蔵があそこにあるのがわからなかった。家で隠されていて見えなかったためだろう。藤の花が咲き今はノカンゾウが咲きはじめた。ここも夏らしい。
でもあの神社は誰が守るのかとなる。村はほとんど壊滅した。二軒だけ残ったがそれで村が守れるのか?祭りとか神社を守るのも消滅するのか?江戸時代からのものは信仰というよりは今は文化財となっている。江戸時代のものは明治以降と比べるとき価値がある。
江戸時代からあったいうだけで価値があるのだ。
馬頭観世音の碑もあったがこれも文久とか江戸時代だった。
馬頭観世音の碑は明治以降が多く大正や昭和でも多い。
荷馬車など馬を使っていたからそうなる。

江戸時代がなぜまれにしかないのかわかりにくい、馬を供養するのは明治以降の方が多かったのである。

金沢地区というのもどういうふうに村が成り立ったのかその歴史かわかりにくい、どの家が古い家なのかとかが村をみるとき大事になる。その家が津浪で流されたからわからなくなった。

結局金沢村の変化も激しかった。火力発電所がなく松原だけのときがあった。それからサ-フィンのメッカになったのである。その時から村という感覚はなくなっていた。
それでもここに延命地蔵があったということでここも江戸時代からある古い村だと今になってわかった。
つまり津浪がきていろいろその場のことを村のことを前より興味を持つようになったのである。

2013年06月06日

ベ-シックインカムは可能なのか (人類の理想は自ら価値を求めて働くこと)


ベ-シックインカムは可能なのか

(人類の理想は自ら価値を求めて働くこと)


ベ-シックインカム研究所
http://blog.basicincome.jp/


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生産性が上がり効率化された日本の土地の利用


●戦後十年までは貧乏のどん底だった日本


そもそもベ-シックインカムということが本気で論議するようになったことだけでも現代の豊かさを象徴している。人間の歴史は労働の歴史でもあり労働によって酷使されてきたのである。労働は人間に神から呪いとして課せられたという労働感もある。そうした呪いの労働の解放が実現されるとなるとそれは人類の理想の一つが達成されるともなる。それを可能にしたのは一面現代の文明だというのも確かである。例えば高齢化でもすでに65才以上の人が四千万いるとかなるとその人たちは年金とかで働かない人でありさらにニ-トとか無職の人が普通にいる、働かないでも暮らせる社会が現代なのである。高齢化も働かない人がこれだけいるのもありえない社会だった。

貧乏は戦前から戦後十年まで延々とつづいていた。日本の戦争の原因だって満州に農民が土地を求めて移住したことからはじまっている。日本は狭いからもう開拓する耕地もないからそうなった。
人類史上これだけの豊かさを実現した時代はなかった。特に日本は江戸時代であれ明治以降から戦後十年までは貧乏しか経験していな人が大多数だったのである。戦争だって東北の農民は白い飯が食えるからと志願した人さえいる。戦争の原因が貧乏でもあったのだ。だから日本は豊かさの欲求が激しかった。アメリカに戦争で負けたのも貧乏国だったということを負けて知ったのである。

アメリカは日本では考えられない豊さだったのである。

それは日本の養蚕業が絹織物が戦前はアメリカの輸出品となっていた。それはアメリカでは贅沢だから輸入できた。日本ではその絹製品を使用できない、みんな貧乏だから安い綿の着物とか着るものでも貧しいものだった。女工哀史などあるのもそのためでありその絹の輸出製品で外貨をかせぎ軍事費に使い戦争で使われただけだという人もいる。こういうことは後進国では今も起こっている。アジアでも貧しい国ではエビを養殖しても自分たちは食べられないとかそういうことはいろいろある。
輸出するものがないからそうなる。日本は資源もないし輸出するものがなかったのである。
その輸出するために女工哀史が生まれた。なんかよくわからないけど母も原町紡績の(原紡)で働いていて昼の休みが30分しかなくその時遊びたくて早食いした人が病気で死んだという。それだけ休み時間が待ちどおしくてそうなった。ゆっくり食べていたら30分で休むことすらできなかったのである。そういう貧乏のことは何度もプログで書いてきた。


●技術の発展で人間は働かなくても良くなった


人間の労働感は高度成長経済をへて相当に変わった。豊かさをもたらしたのはいろいろあるがやはり機械化とか技術の発展があった。アフリカ辺りで貧乏なのは広大な土地をもっていてもその土地の生産性が極端に低いのである。日本では戦後、米の収穫量が増え品質が良くなったのはは技術の発展のためだった。土地が狭くても前より何倍も米の収穫量でも増えたから減反までなった。だから農家では野菜とか果物とか花の栽培とか商品性が高いものを作らないと生活していけなくなった。米だけでは農家はなりたたなくなった。それはあらゆるところで技術発展の影響を受けたのである。情報分野でも目ざましい革新があった。新聞であれ本であれこれを出すのには設備もかかり金がかかるから簡単にはできないものだっ。本だって一つ一つ活字を拾っていた時代があった。そうした分野の技術者がいてもてはやされた。そんな時代があったが電子化で活字の時代など終わった。今はこの分野では何十倍の効率化をしている。文字が電子化してIT化すれば何十倍の効率化であり一人の人間でも新聞社やテレビ局や出版社にでもなれる時代なのである。


そういう自分がこれだけ忙しいのにプログに写真まで出してやれるのはIT化だからできているのだ。家事から介護からやっているのだからもしパソコンやIT化していないならできない、だから自分は今一人で3,4人分の労働をしている。暇なく絶えず何かをしていてそれでもこれだけ書いているからだ。それができるのはパソコンで書いているから忙しくてもその暇になんとか書けるということがある。そもそも家事だけで昔は一仕事であり一人がかかりきりでないとできないものだった。
その家事もやり介護まで一人でしているのだからすでに三四人分の労働をしているのだ。
そして現代では4千万人が働かないように働かない時代である。この辺でもそれが顕著に現れている。仮設に入っている人が3千人とかいたとしてもその人たちは補償金をもらっているから働かない、
それからゲ-トボ-ルとかパ-クゴルフとか健康な老人も働かない、東京まで競馬に行ってギャンブルしているしこの辺でもまた競輪のサテライトが開設される。パチンコが繁盛しているようにギャンブルが暇で金がもっている人が増えるから繁盛する。まさに原発避難者は働かないことで批判されているけど金があれば人間は働かない、そういうことが原発事故周辺では起きている。
それも豊かさの象徴であり極端化してこの辺が問題になったのである。


●すでにベ-シックインカムが現実化している時代では?


ベ-シックインカムになったら働かない人が膨大に増えて経済が成り立たないというけどそもそもすでに高齢化で4千万人が働かない時代は現実にそうなっているのではないか?確かに高齢化社会だからそうなっているが人間が技術の発展による機械化や効率化でそういう高齢者でも生きていける高齢者医療のために膨大な金を使っていて若者から批判されている。昔だったらとても無駄な老人は養えないからうば捨て山があったとか間引きがあったとかなる。それよりも老人はみんな早めに死んでいたのである。でもよくよく考えてみると介護士とかの仕事ができたのも現代の豊かさを象徴しいるのだ。それだけの介護する余力があるからそこに回す経済力があるからそうなっているしその医療とか介護福祉分野での仕事が増えて働く場を提供しているのだ。技術の発展で失業した人も膨大なのである。家事も機械化したから女中は必要ないし事務もパソコン化したら必要ないしとか自動販売機で売り子もいらないとかいろんな分野で機械化して人手を省いているからだ。そこで介護分野に仕事があるとなりそこに就職できる。それが若者がするべきものではない、無駄だといっても他に仕事がないからそこで働く人もいるのである。機械化されて人間の仕事がなくなるからそこに仕事が生まれた。そして介護関係の仕事は極めてもの作りとは違って人間と人間が向き合う人間的な仕事でもあるのだ。そんな老人の世話なんか無駄だというのも言える。では失業した人たちの仕事かどこにあるのかとなるのだ。

いづれにしろ原発事故周辺で起きていることは何か未来を先取りしたような地域になっているのだ。

●働かないで暮らせる人が膨大に増える
●自ら価値を見いだせない人は働かない
●介護する老人が他より増大している
●自然エネルギ-地帯を目指す(ソ-ラ発電)
●米以外の産業の振興
●花栽培などは放射能に汚染されないからできる
●津浪で住めなくなり市町村がコンパクトシティ化ししている
・・・・・・・・・


他にもあるが津浪や原発被害地は何か価値の大きな変化を求められているのだ。何らかの発想の転換が求められている。だから何かの特区にしようとするのもわかる。自然エネルギ-特区とかコンパクトシティ化とかは他でも言われてきた。花栽培というのもこれは盛んになってもいた。
つまり豊かな時代は文化の時代だから花の需要が増えるということもある。「森の花屋」というのが鹿島区の六号線にできたのも新しいことだった。あれだけ大きなものができれば何か心が豊になった気分になった。

オランダでチュ-リップバブルがあったけどそんなに花に価値があるものかと思った。でも豊かな時代には文化の時代となり花にも価値が生まれてくる。米など食糧は余っているとなるとそうなる。
つまり一つの土地が米をとり野菜を栽培してその余力があるから花の栽培にできるのだ。花を楽しむこともできるのだ。土地の効率的利用ができる時代だとなる。今までだったら全部田んぼか畑にするほかなかったのである。だからそういう点で働き方も変わってくるのである。


ベ-シックインカムの悪い例が原発事故周辺の市町村
(補償金で誰も働かず市町村は衰退、荒廃、消滅?)
http://musubu.sblo.jp/article/68953271.html

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ベ-シックインカムの悪い例が原発事故周辺の市町村 (補償金で誰も働かず市町村は衰退、荒廃、消滅?)


ベ-シックインカムの悪い例が原発事故周辺の市町村

(補償金で誰も働かず市町村は衰退、荒廃、消滅?)


●働くことはとは何であったのか?


そもそも人間が生まれてから働くことははじまった。その時働くことの意義は何だとか考える人もいないだろう。働かねば食えないのだから働くことが強いられていたのである。ギリシャで余暇が生まれたのも奴隷が日常の仕事をしていたからでありそこから余暇からスコ-レ(スク-ル)が生まれた。
余暇が文化を生み出した。哲学や様々な学問も生まれたのも余暇があってこそである。でもその余暇は奴隷がいて余暇がありえたのである。そこに矛盾があった。その後も何か学問や芸術や文化の発展は誰かが下働きするものがいて成り立っていた。裕福な家でも下働きの人がいないと成り立たない、それは奴隷的労働だったともなる。ただそうした裕福な家から天才とか学芸に秀でたものが生まれた。毎日下働きばかりさせられていたら学問や芸術やその他の文化的なことはできない、現在自分はある程度そうなっている。絶えず家事に介護に追われている。簡単な仕事でも結構時間をとられる。
だから前のように十分な時間がないからいろいろなことができない、介護でも寝たきりになったらポ-タブルトイレの始末するだけで時間がとられる。つまり下働きが多くなっていたのである。
現代は下働きを機械が代わりにするようになった。それでもどんなにしたって全部を機械化はできない、それで仕事に追われてしまうのである。


働くことはそもそも何であったのか?日本語では働くは端を楽にするということである。家族とか非常に狭い範囲で生まれた言葉なのである。家族の一人が苦労しているからその子供が楽にしてやりたいということなどから生まれた言葉である。家族的労働の日頃から目に見える範囲で生まれた言葉である。今は地球の裏側から食糧でも入ってくるからその労働など見ることはできない、だから例えその労働が過酷でも身近なものとはならないのである。
家族の中でその人の労働の価値を認めるということであった。いまでもそういうことがある。
介護の場面でそういうことが一番出やすい、家族としてその労働の価値を認めるのである。家事でも子供にしてみればあとで大人になって自分のために苦労して家事してくれたんだなと思うときがありその家事の労働を認める。それが介護になったとき介護する意義になる。一つの恩返しである。
介護というのは家族だとその価値を見いだしやすい、家族でもいろいろあるがひどい親だったらめんどうみたくないということがある。でも一般的に家族だと世話になったとかなりその働くことの価値を見いだしやすいのである。特に親が苦労して育てくれたときはそうでありかえって金持ちは苦労もしないから親に恩情を感じないということがある。だから金持ちの親は高額な施設にあづけられるのである。子供も介護では苦労しないということになる。子は親の背中を見て育つというのはまさに介護の時に現れやすいのである。


ところが家族的労働だと他人になるとその価値を見いだしにくい、一体赤の他人の親の介護を下の世話までどうしてするのだろうという疑問になる。この親が自分に何をしてくれたのかとなると何もしてくれないからだ。だから金だけが動機になる。だからヘルパ-などでも手伝いさんでも家族の中に入った時一番危険なのである。昔だったら女中とかは嫁入り前の修行だとかあったが今はそんなもの全然ないし若い人はそんなところで働かなくても他に働くところがあるから働かない。他人の家の中で働く動機が全くない、金だけになる時最も危険なのである。現実にそういう人を知っている。
全く動機がないから家の中を荒し回り犯罪にあう、だからそうした動機のない人、金しか動機のない人ほど家にいれて働かすことは危険極まりない時代になった。アメリカでは手伝いさんを裸にして働かせたというけどそのことが突飛とも思えない、それほど危険だし信用できないからだ。
本当は働くことで動機がないほど危険なことはないし致命的なことがわかった。


●金しか動機がないなら働く必要なし、何かしら動機がないともう働かない時代


ベ-シックインカムのいいところは働きたくなければ働かなくてもいいことである。でもそうしたらみんな働かなくなるではないか?それはこの辺で実際に起きたことである。補償金をもらっているから毎日パチンコなどギャンブルであり東京まで競馬にも行っている。その人の言い分は今さえ良ければいいと言っていた。別に働く必要がないなら人間の悪しき面としてそうなる。要するにギャンブルが生きがいでありそれは補償金でまかなえる。だからベ-シックインカムの悪い行き着く先は原発周辺地帯で実際に具体的例として起きているのだ。
ではなぜ働かないのかという時根本的に働く動機がないことなのだ。金だけしか動機がない人は金があれば働かない、実際自分も流れ作業とか事務とかはしたくなかった。自分のあう仕事もないので仕事はしなかった。コンビニのアルバイトとかス-パ-のレジとか工場とかの流れ作業とか時給いくらかとか働きたくないのが普通だろう。


それが原発事故周辺では現実にそうなっている。人を募集しても来ない、補償金とかもらっていれば働く必要がないのだからそうした仕事もしない、時給がチェ-ンのレストランで1200円になっていた。それも昼間でそうである。そこでは支配人のような年配の男性がお膳を運んでいたのである。
この辺では募集しても人が集らない、そもそも働く動機がないのだから補償金がもらえば働かない、また高齢者も他より多くなった地域だから働かない、年金でももらえば働く余力があっても老人は働かない人が多いのだ。働くことがわずらわしくなるしそもそも動機がないのだから働かない。
犯罪でも一番大事なものは動機なのである。何かしらの動機があれば犯罪者として目星をつけやすい、動機がないと皆目見当つかなくなる場合がある。「神は心みている」というとき人間を見る場合、心が動機が一番大事なのである。金だけしか働く動機のない人は働く価値を見いだしていない人でありそういう人を働かせなくなくするのもベ-シックインカムの重要な役割になる。
そういう動機がない人が無理やり働くことは社会にとっていいものではないからだ。
そんな理想を言っていたら誰も働かずみんなギャンブルになりどうなってしまうのかともなる。
そのことがいままさに原発周辺地帯で具体的に起きているのだ。


●誰も働く価値を見いださない時、市町村は荒廃して消滅する


---働く価値を見いださない市町村は荒廃して消滅する-----

これはこの辺で具体的に起きている。ベ-シックインカムになったら働かなくてもいい、働きたくなければ働かなくてもいい、つまり働く価値が見いださなければ働かなくてもいい。
ベ-シックインカムをつきつめると具体的にはこうなる。働く価値が見いだせない市町村は消滅するということである。これは原発事故周辺で具体的に起きていることである。補償金で働かなくてもいい。働く動機もないからギャンブルに興じる、それを誰もとめることもできない、なぜか?


  働く価値を見いだせないから働かないのである
 
結果としてどうなるのか?原発事故周辺地帯では毎日パチンコでありギャンブルである。募集しても人は来ない、時給をあげてもこない、いたるところで働く人がいなくなりサ-ビスも受けられなくなる。病院でも看護師がたりない、医者がたりない、福祉では介護士がたりない、外部から今は応援されているがあと何年かで外部から応援には来ない、ギャンブルで助ける人が遊んでいるのに外部の人はもう助けるのも馬鹿らしくなるだろう。そして最後にどうなってゆくのか?
テレビでやっていたけどある限界集落で村のス-パ-がやっていけないと働く人がいなくなった。それで老人ばかりが取り残されそこに住む老人が無料で働きなんとかス-パ-を維持するようになっていた。その時働く意義というか価値というかそれはあまりにも歴然としている。
ス-パ-がないなら生活すらできない、どうしたらいいんだ、みんなで無料でも働かねばならないとなったのである。


原発事故周辺ではその前に働く人がいなくなりギャンブルする人ばかりで生活を支えて働く人がいなくなるのだ。極端化するとそうなる。ギャンブルばかりしているような市町村にはいたくないと出てゆく人も増えてくる。すると老人とかギャンブルだけをしている人たちしか残されない、誰も働かないなら遂にはその市町村は荒廃して消滅する。大内村ではもともと不便だったから郡山市で暮らせようになったら便利だから帰りたくないという、その大きな原因が補償金だったのである。
要するに大内村で暮らす価値を見いだせなくなったのである。何か大内村で暮らすメリットや価値があったのけどそれも便利な生活をしているうちに忘れられたのである。
つまり働くことの本質的な価値が原発事故でその市町村が問われたのである。
故郷を喪失することがどういうことかなどいろいろこの辺では問題が山積みでありいろいろな人間的課題が生まれたのである。


ベ-シックインカムは


働く価値が見いだせない時、市町村は荒廃して消滅する


市町村だけではない国すら消滅する、みんなギャンブル狂になったら当然そうなる。ということはいかに働く価値を見いだすかにかかっている。いかに働く価値が自ら見いだすことが大事になる。
それは本当に生きるか死ぬかの問題にもなる。それを見いだせなかったら市町村も国も消滅するからだ。その価値を見いだすことに命がかかってもくるのだ。

でもこのことは笑い事ではなくおおげさでもなく人間にとって一番大事なのは働くにしても動機なのである。この世でその働く動機を見いだせないものは消滅するしそれこそ生きる価値がないものとされる。ギャンブルだけをしているものはいくらベ-シックインカムでも許されないものとなるのだ。
つまり自ら生きる価値を働く価値を見いだせないものは死に価する社会なのである。


「最低の金はもらえんだから働かないよ」
「じゃなにをするの」
「毎日パチンコやギャンブルだよ」
「そういうふうに働く価値を見いだせない人は追放されるよ
ベ-シックインカムで補償するのはあなたの働く価値を見いだすことなんだよ」
「それがギャンブルでもいいじゃないか」
「そうしたら市町村は荒廃して消滅するよ、働くことの価値を見いだせない市町村は消滅する
誰も働かないところでギャンブルだけしている人が残りどうするんだ」
「そういうことになるのか?今が良ければいいんだよ、そんな先のことは考えないよ」
「この辺じゃもう働く人がいなくなるから生活できなくなるんだよ」


確かに何か必要かなど人間にとって働くことは多様であるべきだから強制できない、でも働く意義は価値は家族労働でもいいから自ら見いださねばならない、それがベ-シックインカムの責任なのである。だからこれは結構厳しい社会となる。働かなくていい社会でも結果的に前よりも働かざるをえない社会になる皮肉がある。働かなくてもいい社会は最も働くことが必要とされることにもなる皮肉がパラドックスがある。何か人間には常にそうしたパラドックスがある。そもそも民主主義とは民が主になる時代である。すべてが対等にもなる時代である。
誰かに指示されて働く時代ではない、奴隷の時代は終わった。それがベ-シックインカムにもなる。
でもここでも自らでは価値をルものを民は見出せるのか、何が価値があるものなのか自ら見出されるのか?
それが問われている。民衆の個々にそういう責任が課せられるのである。

「自分は価値を見出そうとしましたがどうしても見出せません、ギャンブルしかできません」
「じゃ、社会から追放です、死んでください」

冗談でなくてこうなるかもしれないのである。

 

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抽象画(夏の花-つばめ)


抽象画(夏の花-つばめ)


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夏の花


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夏の宮殿

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つばめ

これも不思議である。つばめを抽象化するというか
別な形にするとこうも見える

これもただ偶然だったのである。
あれこんなふうになったな、つばめに見えるなとなった

パソコンの抽象画は何になるか予想つかないのである
だからこれは何だろうとわからないものがでてくる

でもこれは明らかにつばめに見えるから不思議なのである

2013年06月07日

ベ-シックインカム時代の顛末の一物語


ベ-シックインカム時代の顛末の一物語

ある家に金が欲しいと働きたいという女性が来た。

「あなたはなぜここで働きたいのですか?」
「金が欲しいからですよ」
「ただ金のためですか」
「金のためにの他に何かありますか、みんな金のために働いているんですよ、そんなことは聞くまでもないでしょう、私は貧乏してきたんです、女一人で子供二人育てたんです」
「それは苦労したんですね、金に苦労しましたよ」
「どうしてご主人と別れたんですか」
「そんなことどうでもいいでしょう」
「別れないで二人で働けば子育ても楽だったでしょう」
「あなたは私を雇いたいのですか」
「家事をしてもらいたいのですが一時間いくらになります」
「いいですよ」
「でも、あなたには働く動機が金しかないんですよね」
「そんなこと決まっているじゃないか、みんなそうだよ、金のために苦労しているんだよ
なんのために働くなど聞くことじたい馬鹿げているよ」
「今の時代、豊になりましたので金のためだけでは働けません、何かしら動機が必要なんです、
何でもいいですから何かここで働きたいという理由が悪といいのですが・・」
「そんなものないよ、金だけなんだよ」
「家では母親が高齢で寝ていますのでその世話などもしてもらいたいのですが・・・ただ金だけだとなるとこちらでも困るのです」
「そんなこといったって私はこの家とは何の関係もないものですよ、働く動機は金しかないじゃないですか」
「それもわかりますが少しでも他人様の役に立ちたいとかいう理由でもあればいいのですが・・・
私の家は人手がたりなくて困っていますので・・・」
「そんなものないです、あなたと私の関係は金だけですよ、金をくれるから働くそれしかないでしょう」
「それもわかりますがそうだと雇うわけにもいかないのですが・・」
「あなたは困っているなら金で助けてもらったらいいでしょう、みんな金をくれるから働くんですよその他になにかありますか?何にもないですよ、あなたの家族とも何の関係もそもそもないんですから」
「そういうことでしたら今の時代、最低の生活補償はされる時代です
ベ-シックインカムといって一人いくらと生活補償はされるんですよ、だから働かない人は働かなくてもよくなったんです ただ働きたい人は働く理由が必要になったのですよ
働く理由、動機がないものは働けない時代になったのです」
「そんなら遊んでいればいいは、ここの家に働く理由などこれっぽちもないから働かないよ
もっと金だけ欲しいだけだったんだから、別にそういうふうに暮らしていけるなら誰も働きますか?そんなこと聞くまでもないでしょう」


こうしてこの人はそこの家では働かなかった。働く動機、理由が金しか見いだせなかったのである。ベ-シックインカム時代は生活の補償は最低されるのだからこの社長は気に食わない、働く仲間がいやだ、仕事がくだらない、こんな仕事に何の意味があるんだ、様々な理由で働かなくてもいいことになっている。働かない理由は何でもいい、身勝手でもいい、だからベ-シックインカムの社会では働かせることは最高にむずかしい時代となった。みんな働かなくてもいいなとなったがその社会の盲点があった。


働かない理由が動機が見つけられないと働かない社会である、人を雇う時も必ずその理由が動機が問われる。雇う人も会社も働く動機がないと雇わないのである。雇う方も困るじゃないかとなるがあえて働く動機も理由もない人を雇うことはできないのである。そうしたら働かない人ばかりが増えて誰が一体社会を維持するのか?あるところでは生活が補償されているのだから働かない、それで毎日ギャンブルであり遊んで暮らしている。そうしたらその市や町は医者も看護師も福祉関係でもス-パ-のレジでもあらゆるところで働く人がいなくなり店をやるにももう人は働かないのだから成り立たなくなった。街は閑散として毎日ギャンブルの話ししかない、そのうちこんな市にいるのはもうできないと市から出てゆく人が増えた。そしてますます市はギャンブルだけの市であり衰退して遂には買い物すらできなくなった。ス-パ-で働く人すらいなくなったからだ。それでようやくみんなが騒ぎだして

「買い物をどうするんだ、買い物できなければみんな死んでしまうよと騒いだ 」
「働く人がいなくなったのだからどうしようもないよ、いくら時給を高くしても働く人が来ない、

最低は補償されるベ-シックインカム時代だからみんなレストランとかの給仕とか働かないよ、レジだっていやだろうし工場も働くのいやだろうし肉体労働も疲れるしな・・・あとさ高齢化で老人ばかり増えているんだよ、この辺は特に三人に一人は老人なんだよ、その人たちは働くにも働けないんだよ、一応ベ-シックインカムで年金代わりに補償されているから働かなくてもいいんだよ」

「そんなこといったて高齢者とか言ったて買い物すらできなくなったら病院でも医者不足医者がいない、看護師も流出していない、病気になったらもう医者にもかかれない、死ぬほかないよ」
「もう無給でもス-パ-を経営して働くほかないよ、老人も健康だったら働くほかないよ、みんなこの市は死んでしまうよ・・・ベ-シックインカムなんかなんではじめたんだよ、馬鹿げているよ
働く理由が見つけなければ働かない,働かせないというけど最後はもう生きるためにぎりぎりで働かなければならなくなるんだよ・・」


結局働く理由や動機を見つけることは容易ではなかった。それができないから市町村自体がもう消滅する危機に直面したのである。働く理由、動機さえみんながもてばこうはならなかった。それが見つけられないから市町村は消滅するほかなくなった。働く理由を動機を必死で探し見つければこうはならなかったのである。金だけ欲しいということは理由にも動機にもなりえなかったことが致命的だったのである。でも一方で


「私はどうしても金が欲しいんです、家族が何にもいて子供もいます、だから食べさせて養わねばなりません、そのために金が欲しいから働くのです」
「その動機はわかります、そういうふうにしてみんな働く動機になっている、金がなければ食糧も買えないですからね、その動機はわかります、でも一人一人にベ-シックインカムは金は支払われんですよ、別に働かなくても子供でも家族でも養うことはできますよ、子供も一人いくらともらえるんですから、かえって子供が多いと金は多くもらえるんですよ、子供が多くて助かったという家族もベ-シックインカム時代には多いんですよ」


ベ-シックインカム時代ではこうした普通にあった働く動機も理由も通用しないのである。だから働く理由を見つけることが動機を見いだすことに苦労するのだ。

そしてどうしても働く動機を理由を見つけられなかった女性がその理由と動機を言った。


「私はあなたに仕え奉仕するために働きます、あなたを助けるために働きます、あなたは家族もないので困っているようですから私が助け働きます」
「それは立派な理由です、金だけではないですね、それは十分な理由になります」


その女性は遂に働く動機と理由を見つけたのである。そして人々何とか働く動機を見つけるように努力した。街が汚れているので掃除してきれいにしたいということで働く人もいた。それは金のためではない、自分たちの住んでいる場所をきれいにしたいということが動機だった。もちろんギャンブルで遊んでいる人もまだまだいた。でも回りでもそうして働く動機を理由を見つけるようになって働きだしたとき働く動機を見つけないで働かない人へ向ける回りの視線はきついものとなっていった。


「なぜあの人たちはギャンブルばかりして働く動機を見つけないのだ、あういう人たちとは一緒に暮らしたくない、あういう人たちは市から出て行ってほしい」


つまり働く動機や理由を見つけられないギャンブルばかりなど興じてた人たちは遂に市民の怒りの対象にまでなっていった。あんなやつらは出て行けという嫌がらせや暴力まで起きた。

ベ-シックインカムとは働かなくてもいいものではない、働く理由や動機を見つけられないものは市町村から追放されいる場所をなくすのである。それは人間社会の一面の理想の追求でもあった。

でも皮肉なことに働かなくてもいい社会は最も働くことを要求されるものともなっていたのである。社会主義革命が平等を目指したがそれが中国のように極端な格差社会になったように矛盾していた。共産党の幹部は百億円とかもうけても庶民は食うや食わずの人が膨大に残れたように矛盾していた。民主主義も平等を目指したのはいいがあらゆるものがみんな平等で同じでなければならない、偉い人はあってはならない、金持ちもいてはならないとなり、結局みんなどんぐりのような人間しか生まれなかった。傑出したものは追放され殺されもしたからである。大衆が一番偉く誰も指導者もいない、そういう社会では指導者がいないのだから何か危機があっても指導できない、大衆は烏合の衆でありわめき騒ぐだけで何にもできない、そして混乱してその国は滅んでしまったともなる。

 


 

posted by 老鶯 at 23:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

2013年06月08日

抽象画(縄文人の宇宙)


抽象画(縄文人の宇宙)


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蟹座宮

これは蟹に見える



縄文人の紋様の不思議があるけどここからわかるように実際はパタ-ン化されている。
縄文人の世界観が紋様に現れていたのである。
その時代にパタ-ン化する様式が生まれたのはその時代を象徴していたのである。
縄文人の生活や精神構造はパタ-ン化しやすいものだった
現代のように混沌としていないから同じ様式となり同じ感覚を共有して精神も安定していたのである。
万華鏡でその紋様かパタ-ン化されているのを発見した。

パソコンではエッセンシャル4で印象派様式の絵に転換できるのもパタ-ン化したのをコンピュ-タ-で解析したからできた。
新しい様式でもパタ-ン化すると一般的に利用できるようになる。

この絵の原画はいろいろに変えられた。縄文風の紋様の抽象画になっていたからだ。
だからこれはその原画を加工したものだから著作権に違反するかもしれない
その絵の一部分も万華鏡で加工したからである。

こういうふうにもなるんだよという一例である。

パソコンでし抽象画はいくらでも変化させられるのである。

津浪で見直された南相馬市金沢地区の延命地蔵尊 (延命地蔵は庶民の願いが特にこめられていた)


津浪で見直された南相馬市金沢地区の延命地蔵尊

(延命地蔵は庶民の願いが特にこめられていた)

●全国の延命地蔵の伝説、由来など



 延命地蔵の民話
http://musubu3.sblo.jp/

http://hukumusume.com/douwa/i/minwa/04/01a.htm


子育て延命地蔵
http://www.rinzo2.jp/~njkmmy/w_t-baby/kosazuke_kosodateenmeijizou_00.html


姥ケ橋延命地蔵


姥ヶ橋とはかつてこの地に流れていた稲付川に架かっていた橋です。昔、誤って幼子を溺れ死なせてしまった乳母が、この橋から身を投げ
たという伝説があり、延命地蔵は、この話を哀れんだ村人が供養のために建てたといわれています。(碑文によると川に架かる石橋の安全供養とされています。)
毎年夏にお祭りがあり、大変にぎわいます。

地蔵菩薩像は石材を丸彫りしたもので、台座には享保9年の銘があります。
http://www.kanko.city.kita.tokyo.jp/data/i/7.html


桝形の延命地蔵の由来


江戸時代、安政5年日本各地ではコレラが大流行し、多くの人命がなくなっていました。郡上でも同様にコレラが蔓延し、危機的な状況のなかどうかしてこの災難を鎮めようと元治元年この地蔵尊が建立されました。
以後、人々によって延命地蔵として代々まもり継がれています。
http://www6.ocn.ne.jp/~artwing/jizo.html


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http://www.igasho.com/ishikuramachi-enmeijizou.htm


延命地蔵(えんめいじぞう)は、留萌市瀬越町にある地蔵。


死してのち
 楽しきものは
   花ぞかし
 たむけてくれよ
   詣る人々

http://rumoifan.net/shokupedia/index.php?title=%E5%BB%B6%E5%91%BD%E5%9C%B0%E8%94%B5

これは由来不明というけど面白いと思った。


石造の地蔵菩薩立像じぞうぼさつりゅうぞうで、総高180センチメートル、富士大山道ふじおおやまみちと橋戸道はしどみちが分岐する場所にたっています。台石には、安永あんえい4年(1775年)に谷原村の念仏講中が建てたことが刻まれています。台石の向かって右側面には「みぎ はしど道」、左側面には「左 たなし道 大山道おおやまみち 二里」と刻まれており、道しるべも兼ねていました。往来の多かった道沿いの延命地蔵のありかたを示しています。現在も地域の方々によって信仰が続いています。
 http://www.city.nerima.tokyo.jp/annai/rekishiwoshiru/
rekishibunkazai/bunkazai/bunkazaishosai/b059.html


延命地蔵尊は今から約170年前(文政年間)に建之され、当所に移築されましたのは、今から約80年前のことです。当時は江戸五街道の一つ中山道を通行する旅人がここで必ず一休みされました。
当地で死亡した人馬の霊を供養するために建之されました。
http://sugamo.or.jp/promenade_index.html


元禄、宝永、天明、天保期と続く飢饉に加え、疫病が蔓延して連日のように瀕死者が相次ぐなか、当院の檀信徒たちは大仏殿に籠り、熱心に祈祷すると、大仏様はたちまち玉のような汗を流し、人びとの祈願に応えるかのように、大仏殿にお籠りををした人たちは誰一人として罹病しなかったと言い伝えられ「汗かき地蔵」と呼ばれています。また戦争中、出征前に大仏様にお参りした人たちは無事に戦地から帰ることができたことから「弾丸よけ地蔵」とも呼ばれています。
http://shoubouin.com/%E5%A4%A7%E4%BB%8F%E6%AE%BF/
%E4%B8%88%E5%85%AD%E5%BB%B6%E5%91%BD%E5%9C%
B0%E8%94%B5%E8%8F%A9%E8%96%A9/


●様々な災害からの延命を望んだのが延命地蔵


延命地蔵は全国各地にある。それは何のためかというと自然災害、病気、安産の願い、子育ての願い・・・そうした庶民の切なる願いがあり祈りの場となった。民話とか伝説には当時の現実が反映されている。


昔、誤って幼子を溺れ死なせてしまった乳母が、この橋から身を投げたという伝説があり


乳母というのは江戸時代辺りは奉公する武士の家やその他普通にあった。それは一族の結束を固めるものとして武士の家ではあえて乳母をその跡継ぎの子の養育をまかした。その乳母となった家ではその子を我が子のように思うようになるからである。最近でも乳が出ないと親戚のものが乳母になっていた人がいた。乳がでないということも牛乳などないから深刻だった。飯館村の佐須村には畑に乳神の碑が畑にあった。あれだけ辺鄙な所だと乳がもし出なかったら子供が死んでしまうだろう。
だからあの乳神の碑には生活の重みがある。佐須という辺鄙な所だからこそその価値が高いのである。

延命地蔵という名前自体が何かその願いが集約されている。人間は様々な自然災害であり病気であり安産の願いであり子供がたくさん死んでいた。だから子だくさんになっていた。自分の母方の実家も八人生んで半分死んでいるとかある。子供が死ぬことが多かったのである。延命地蔵とはまさに人間が長く生きられない時代が長くつづいた。延命することが願いになっていた。その延命は自然災害や病気や貧乏で死ぬ、飢饉で死ぬものも多くそれが願いとなった。延命地蔵はそれだけ全国に多い理由がわかる。また街道の道標となっていた。馬頭観世音があるのも馬や牛を供養したことでもわかる。街道でも馬を使うとすると途中で死ぬ馬もいたからである。


●南相馬市原町区金沢地区の延命地蔵は津浪から残ったので新たな価値が生まれた

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皇大神宮


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皇大神宮(こうたいじんぐう)は、三重県伊勢市にある神社。伊勢の神宮の2つの正宮のうちの1つである。

これはお伊勢参りなどがあったからここにも祀られていた。戦争のとき延命地蔵に祈ると死なず帰れた人が多かったとかも伝えられるのは国家と関係もしていた神だった。


秋葉山


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秋葉大権現(あきはだいごんげん、現在の秋葉山本宮秋葉神社を起源とする)である。一般に秋葉大権現信仰は徳川綱吉の治世以降に全国に広まったとされているが、実際には各地の古くからの神仏信仰や火災・火除けに関する伝説と同化してしまうことが多く、その起源が定かであるものは少ない


水天宮


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仏教の神(天部)である「水天」の信仰は、神仏習合時代には「水」の字つながりで「天之水分神・国之水分神」(あめのみくまりのかみ・くにのみくまりのかみ)と習合していた。ミクマリノカミは本来は子供とは関係なかったと思われるが、「みくまり」の発音が「みこもり」(御子守り)に通じるというので「子育て」の神、子供の守り神として信仰されるようになった。


山神


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これに上に小牛田と記されてあり小牛田が山神信仰の基となっていた。ではこれは何を祈ったのだろうか?

また、山の神はたくましい女性で、次々と一二人の子どもを生んで丈夫に育てたとも言う。山の神の縁日が十二日であり、彼女を「十二様」というのはこのことに由来する。

 この由来で、山の神はまた、お産の神として厚く信仰されている。山神はすなわち産神でもある。当地方で妊娠・安産の神として有名なのは宮城県小牛田の山の神である。以前は、当地方の村々の嫁御や主婦たちは「産神講」を結んで、小牛田の山神様に月参りをしたり、または、月の十二日に講の宿の床の間に「産神」の掛軸を掲げて礼拝していた。いわゆる「産神講」である。
http://sca.core.ac.jp/kamurorenpo/?p=105


馬頭観世音


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近世以降は国内の流通が活発化し、馬が移動や荷運びの手段として使われることが多くなった。これに伴い馬が急死した路傍や芝先(馬捨場)などに馬頭観音が多く祀られ、動物供養塔としての意味合いが強くなっていった。このような例は中馬街道などで見られる。なお「馬頭観世音」の文字だけ彫られたものは多くが供養として祀られたものである。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A6%AC%E9%A0%AD%E8%A6%B3%E9%9F%B3


延命地蔵というのは庶民の切なる願いが集約されたものだった。しかしあそこの延命地蔵は今まであることすらわからなかった。家にさえぎられて見えなかったのである。相馬地域でも狭い範囲にしてもわからないことが多々ある。あの延命地蔵は津浪で新たに見直された。津浪という大自然災害が生き残った、まさに延命したということで霊験あらたかだともなる。どういうわけか神社が津浪から逃れたのが多かった。それは比較的高い所にあったからだ。烏崎の八龍神社はあれだけ高い所にあったから海岸に接していても残ったのである。階段が急だからあそこに上るのは一苦労であった。でもあそこに逃げれば助かったのである。なぜあんな高いところに建てたのか謎である。神社の由来はわかりにくいのだ。八龍神社は水と関係しているともいう。それでも何が由来なのかわからなくなっていた。烏崎村は壊滅した。金沢地区も延命地蔵のある所はほとんど壊滅した。その前には二軒しか家が残っていない、延命地蔵の前には家は集中していたのである。
でも津浪からまねがれた延命したということで別な価値が新たな霊験が生まれたともなる。

あそこにあれだけ古い江戸時代のものがあるとは思っていなかった。江戸時代のものがあるときそこは江戸時代から生きた人たちがいたから貴重である。津浪で壊滅したけど延命地蔵はまるでその村の根っこのように残っていたのである。

延命地蔵というとき現代はこうした庶民の願いはすべて変わった。病気は医者であり火事は消防であり馬は車に変わった。だから庶民の切なる願いは医者頼み病院頼みとなった。安産でも子育てでもそうである。ある意味でこれらのもっている価値は失われたのである。延命地蔵に願うより科学信仰でありお医者様信仰であり病院に頼るのが現代である。
そして今では延命治療はやめてくれ、早く楽に死なせくれというのが庶民の願いとなった。それでぽっくり地蔵の方が人気が出たのである。
庶民の願いも時代とともに変わる。ぽっくり地蔵は全国ではかなり少ないが延命地蔵は多いのこともそれを示している。


それでも津浪のような災害は予測されていなかった。だから原発事故でも津浪の災害でもやはり科学を越えたものがあり神に祈るという行為は廃れるものではなかった。ともかく延命地蔵は明かにあそこの村の中心としてあったのだ。今まで注目しなかったが津浪で注目されたものが多々ある。金沢の延命地蔵もその一つだった。
「津浪延命地蔵」とかなるのが今回の津浪で生まれたのである。

posted by 老鶯 at 11:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史(相馬郷土史など)

睡蓮と蛙と菖蒲(梅雨の俳句)


睡蓮と蛙と菖蒲(梅雨の俳句)


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睡蓮の葉にのり蛙見えざりき

睡蓮や蛙飛びこむ水の音
睡蓮の開くをながむ蛙かな
睡蓮のまた一輪開く夢心地
睡蓮や行く人なしに雨しとと
雨しとと静かにぬらし菖蒲かな
白菖蒲誰かさやるや雨しとと
雨しととお掘りに菖蒲城下町
蓮の花釈迦の両目に写し閉ず
牡丹の花びら重ね富める家
牡丹の散る花びらや雨しとと
飛び石に牡丹の散るや雨しとと


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睡蓮は蓮はそもそも釈迦の生まれたインドが原産地であり暑い所に咲くのにあっている。インドからエジプトに移りロ-タスになった。ナイル川などの岸辺の水辺に咲いていた。暑いところだから日影で蓮の花をみているのがあっている。日本では睡蓮の咲く時期が梅雨の時期なのであっていない。
泰山木の花もアメリカ産だとすると大陸的に毎日晴れている天候にあっている。梅雨の時期にはあわない花なのだ。梅雨の時期にあっているのは菖蒲なのである。


今日例の溜池を通ると睡蓮の葉にのっていた蛙が逃げて飛び込んだ。その時その音だけが辺りにして静まり返った。この音は「古池や蛙飛び込む水の音-芭蕉」なのかと思った。これは一匹の蛙だった。蛙は睡蓮の葉にのり誰も見ていない、ただ睡蓮の花の開くのをみていた。どういうわけか「古池や蛙飛びこむ水の音」にはずっとアクセスがつづいていた。この句にこんなに関心があるのかと不思議であった。やはり何かこの句が俳句的なものの結晶だからかもしれない、でも自分の書いた文にそれほど関心を示していることもわからない、それほどに関心をもつ文なのかとも思っているからだ。
ただ俳句で一番関心ある句はこの句だということは言える。


ともかく今日聞いた蛙が飛び込む音は一匹の蛙だった。何匹かの蛙という人もいるが一匹の蛙の音が飛び込んだあとも余韻として残ったから一匹なのがふさわしいだろう。そこにいる生き物の気配はなかったが蛙が飛び込んだことにより蛙がいることを知ったのである。あとは森閑として何も聞こえない池だった。その池は実際はあまりいい池ではない、自然のものではない、ただそこを毎日のように通るからよるのである。人間は関心をもつのはやはり日常的にかかわるところなのだ。遠くの世界はいいとしても忘れやすいのである。


日本と雨はかかせない、湿気の多いのが日本でありその文化もそうである。からっと晴れる日が日本では少ないのである。だから強烈な原色の花がにあわない、たいがい南国の花は原色である。だから蓮とか睡蓮は何か日本の風土にあわないのである。でも何か睡蓮と蓮は瞑想するにふさわしい花のような気もする。


蓮の花釈迦の瞳に写し閉ず


これも想像で作ったがそんな感じになる。相馬市の堀には蓮の花が咲いている。あれも見物なのだが咲く時期になかなかいけないのが問題なのである。梅雨の時期と重なるから行きにくいということもある。相馬市は城下町だから雨にもあっている。


雨しととお掘りに菖蒲城下町


こんなふうにもなる。春から夏は花の種類も多いから楽しめる。ただ梅雨の時期は外にでにくい、だからこの時期いつも北海道に行っていたのである。そういう贅沢も終わった。毎日家事と介護と書くことに追われている。暇なく仕事しているのだ。家事でも掃除から料理から特に食器を洗うのが手間なのである。なかなかコツをつかめないと時間がかかる。二階から下へと行ったり来たりしているだけで時間がかかる。毎日仕事に追われ過ぎてゆく。


ただ老人になると本当にものを見る目が深くなってくる。だから何か批評することに向いてくるのだ。あることを深く掘り下げて見れるのである。本でもほとんどのものを自分なりに解釈できるようになった。ああ、本とはこうして読むものだと思った。若いときは深く読めなかった。表面的に読んだというよりただ本を買ってこんな本があるというだけだったのである。だから今まで読んだ本をもう一回何回も読んでみると理解が深まっている。自分なりに文章に利用もできる。それこそ読書だったのである。若いときはただ読んでも記録する暗記するだけである。その内容について深く知り得ないのだ。この人はこういうことを言っているのだと自分なりに理解できる。
いくら名著でも自分なりに理解して利用しない限り読んだことにはならなかったのである。

睡蓮と蛙(写真)
http://blog.livedoor.jp/ofuroudo/archives/51322711.html