2013年05月20日

田んぼは米を作るだけではない日本人の血肉となった風景だった (グロ-バル化で文化が破壊される深刻さに日本人は気づいていない)


田んぼは米を作るだけではない日本人の血肉となった風景だった

(グロ-バル化で文化が破壊される深刻さに日本人は気づいていない)

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相馬市の風景

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南相馬市の風景

五本松植田になじむ景色かな

草原のかなたに望む夏の海
老鶯や広間に障子ものを書く

遠くまで夕べ明るし夏雲雀

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この辺の不思議は南相馬市と相馬市とは今や違った風景になっていることでてある。このことは前も書いてきた。すでに津浪原発事故から二年過ぎた。でも南相馬市と相馬市は風景が違っている。鹿島区までは草茫々であり田んぼがないから蛙もほとんどなかないし鷺もいない、植田もない。
それが相馬市に行くと今までと同じ景色になっている。
そして気づいたことが日本人がいかにその風景と一体となっていたかである。それはもはや理屈ではない、風景が血肉となり心と一体となっていた。文化とはまさに風土だということが理屈でなしにわかる。文化は理屈ではない、血肉となったものでありその血肉となった風土から切り離されたとき日本人は日本人でなくなる。


これは草茫々の草原地帯になって以来毎日感じていたことである。ここはどこなのか?日本ではない、北海道だとかモンゴルの草原だとか感じた。田んぼの感覚とはあまりにも違っていたのである。
風土が変われば明かにその心も変わってしまうのだ。まるで違った感覚に生きることになる。それは北海道に旅行ではなく長くいればそうなってくる。そこには田んぼがないからだ。

北海道はだから日本では異質な空間となっていたのである。ただ湿地帯とかは草茫々になり水がたまったとき同じような景色になった。そこは共通していたのである。

外国に長く住んだりして日本に帰り田んぼの景色を見たらほっとする。ああ、日本に帰ってきたなと思うだろう。ただ田んぼは別にアジアにあるから日本だけの景色ではない、松の景色は日本独特だった。ともかく田んぼや松や社の景色はそもそも日本がはじまって以来ある風景なのである。

これはだから理屈ではない、血肉化していた。水が流れるのはまるで血液が流れると同じだったということを詩にしたがそうだった。田んぼはそれほど日本人の原風景でありそれは単に米を作り食べるというだけではない、山が水を供給して先祖が祀られているようにそれはまさに日本人の血肉となった風景であった。そのことはだから別に何も文化人が問題にするだけではない、理屈なしで日本人がその風土と一体化していたのである。農民は一木一草に愛着をもっているというのもそのことである。

例えば世界には別に日本のような風景だけではない、砂漠のような所もある。これもあまりにも異質であり砂漠の中に一週間でもいたら気が狂うようになるかもしれない、一木一草もない世界なのである。実際にモ-ゼが上ったというシナイ山に上ったがそこに一木一草もない岩山だからけだった。たいがい外国の山は木がないのが多いのである。岩山砂山と名づけられたのが多い。森がない山なのである。そういうところから厳しい一神教が生まれた。この風土はあまりにも厳しいから田んぼの風土とはまるで違った想像を絶するものだったのである。


老鶯とか夏鶯なども日本の季語であり老鶯を一応自分の俳号にしたのは老鶯はまさに老いても歌っているものだからである。自分は老いてから自分でも言うのも変だがいいものができてきた。老鶯の歌っている時期は8月まで鳴いているから時期が長いのである。
そしてやはり老鶯の鳴き声が家の中に聞こえてきた。自分の家は大きな家だったが八畳間など利用していなかった。今は一人で八畳間も6畳間も利用している。そこではゆったりとした気分になる。
そのときものを書くにふさわしい空間となっていた。ものを書くと言っても今やバソコンでプログに書いているから違っている。

つくづく障子であれ畳みであれ日本間であれこれも日本的文化の血肉化したものなのである。
それがまた老鶯の鳴き声と融和してゆく、自然と融和してゆく空間として日本間もあった。

文化とは長い年月で血肉化したものでありそれは食文化でも同じであり文化というとき実際はその国の生活全般にかかわるものである。
だから文化を破壊することは血肉化したものを破壊するから実際は相当な深刻なものとして影響する。グロ-バル化で食文化であれいろいろな日本の文化を破壊することは心まで破壊される危険なものだったのである。実際にあまりの西欧化でアメリカ化にもなり日本人の心まで破壊されたのである。それがいかに深刻なものか理解している人は少ない、文化というとき茶道とか歌舞伎とか俳句とか一つの芸ではない、田んぼがあり山の神がありそうした祭りがあり風土があり全体のことなのである。食文化もその基礎にありそれが破壊されることは日本人の魂が破壊されたことだったのである。
その危機感が日本人にはまるでなかったのである。