2013年05月12日

「心に青雲」で紹介された『トゥルーマン・ショー』を見る (権力、マスコミによって操作されている人間-原発も同じだった)


「心に青雲」で紹介された『トゥルーマン・ショー』を見る

(権力、マスコミによって操作されている人間-原発も同じだった)

 なぜ見る気になったかというと、911事件の映像がことごとくCGでつくられたもので、現実には貿易センタービルに飛行機は激突していなかったことを知ったからである。
 以前にも書いたが、私は2001年9月11日の深夜にテレビの中継(?)を見ながら、これはアメリカの自作自演だと見抜いた。だがそのとき流されていた飛行機がビルに激突する映像までが、あらかじめ用意されていたCG作品だったとは気がつかなかった。


 つまりわれわれが現場で起きていると思っていたものが、実は作り物だったのである。それで、昔観た映画『トゥルーマン・ショー』を思い出
した次第である。これはまさに『トゥルーマン・ショー』の世界ではないか、と。


私たちの世界は、もしかしてトゥルーマンのように巨大な書き割りセットの中にいて、ユダヤ金融マフィアあたりから与えられた生活を送っているのであり、それを〈彼ら〉が面白そうにどこかで眺めているかのような気がしてくる。


 ボストンマラソンの爆発事件にしても、徐々にわかってきたのはニュースに出ていた負傷者たちの多くが偽物であったことだった。
http://kokoroniseiun.seesaa.net/article/359849294.html

ここで無料で見られる
http://freemovielib.blog47.fc2.com/blog-entry-436.html



インタ-ネットでは絶えず本でも過去の映画もDVDで紹介される。こんな映画あったのと面白そうだなとアマゾンで結構買った。でも映画は中味が見れないので面白いものが少なかった。本ではだいたい検討がつくが映画は検討がつかない。でも映画の種類もこんなに多いのかと驚く。
この映画は現代の文明の問題を鋭く映像化したので高く評価できる。

この映画は一人の人間が生まれてから成長して死ぬまでも監視カメラで追われ続けスタ-にされていた。そのすべてがセットであり俳優だった。妻もその仕組みの中に入ってだましていた。妻も映画として見せるために与えられた俳優だったし友人もそうだった。すべてが回りの家も風景も映画のセットだったのである。そのセットを操るのが一番トップにたつ監督であった。その命令は絶対だったのである。だから3.11のニュ-ヨ-クに飛行機が突入したのも実はCGだったとかにもなる。明かにボストンマラソンはFBIによって仕組まれたものらしい。それはプログで分析しているからわかりやすい。
ニュ-スの映像でもそれが作られていることがあるのだ。テレビ局のやらせが問題になった。
マスコミはトル-マンショ-のようにスタ-を作り上げる。マスコミに出る人はマスコミの報道する側で操作されて作られるのである。マスコミで有名になる人もそうである。誰もかってにテレビに出ることはできないのである。たいがいは芸能プロダクションに所属している人だという。それは事前に決められた人である。


これを見ればテレビからは我々はもはや真実が何なのかわからなくなるだろう。NHKで報道されることだってすべてが報道されるわけではない、必ずタブ-がありそのことは報道されない、NHKも大衆を国民を操作するメデアなのである。トル-マンショ-のようにすべてが操作されているのをみている。情報は権力をもつものによって操作されているのだ。巨大な権力というとき背後にいろいろある。カルト宗教団体もそうである。オウムだってオウム王国をめざして権力奪取をめざしていた。日本国をのっとろうとしていた。その一つの武器としてサリン製造があった。創価なども創価王国建設のために権力を我が物にしようと地方新聞社に聖教新聞をすらせている。莫大な財力があるからできることである。幸福の科学でも政治に進出したから同じである。だから創価では維新は幸福の科学が入り込んでいると対抗意識をもつ。自分たちの権力が脅かされているからだ。どっちにしろ権力を目指していることでは同じである。創価ではだから教員とか公務員とか司法関係とか権力をもつものに入り込ませる。創価大学はそういう日本の権力中枢を掌握されために作られたのである。東大が法学部で司法を支配するのとにている。


別にこういうことは創価だけではない、権力をもつものに情報は操作されているのだ。マスコミはその巨大な権力にとりこまれたものにすぎない、それが明確化したのは今度の原発事故だった。東電の権力は国家並だったのである。何兆円もの資産をもっていた。賠償金も天文学であってもそれができていることに驚いた。市町村をいくつも買えるほどの資産をもっていたのである。それだけの巨大な権力だからマスコミなど簡単にとりこむことができた。政治家もその走狗となってしまった。天下りで警察官僚までとりこみ、原発に反対させなかった。フクシマ原発でも何らか検察までかかわっていた。その背後にはアメリカの意図がありユダヤがかかわっていたか心の青雲ではなる。
ユダヤはわからないにしても何か大きな権力が背後にありその意図通りに操作されていることは確かなのである。遂にトル-マンショ-では嵐まで天候まで人工的に作り上げるセットのなかにあったのだ。これはしきりに心の青雲などの主催者が言う、人工地震だったのである。地震まで操作できるという世界にいるのかとなる。地震を起こせる力があれば世界を支配できることにもなるからだ。


ユダ金とか「心の青雲」ではしきりに批判しているけどそれほどの支配力がユダヤ人にあるのか疑問である。まさに世界を支配するほどの力がユダヤ人にあるとしたユダヤ人は聖書の時代から以前として世界を支配する中心民族だともなるからだ。ユダヤ人だけは今まで国土ももたないのに滅びていない、エジプト文明を作った民族やマヤやインカ文明を作った人種は滅びている。残っていてもその文明を作った人たちの力は完全に喪失している。ギリシャ人もあれだけの天才をだしたのに今は菜の花のとロバの国になりヨ-ロッパの保養地にすぎない、なんら生産的なものがないのである。もちろんノ-ベル賞の学者など一人もでないのである。ユダヤ人は以前として優秀な人材を出している。
それは何なのだろうとなる。ユダヤ人といっても本当にユダヤ人の子孫なのかというのもわからない。キリストはユダヤ教を否定した人である。それはヒンズ-教を否定して仏教を起こした釈迦とにている。そして別にキリスト教側でもユダヤ人が本来のユダヤ人に立ち返れば世界が変わるという人もいる。だからあれほどユダヤを憎みまたキリスト教を憎むまでなっているのはなぜなのか?
キリスト教団体を憎むのはわかるがキリストそのものを憎むのがわかりにくい。
一体この世を支配しているものはそもそも何なのかというときそれは闇の主なるサタンでありユダヤ人ではありえない、ユダヤ人だけにそんな力がありえないのである。


いづれにしろトル-マンショ-というのは一区画が映画のためにセット化されていた、人間もすべてそうである。でもそもそもこの文明社会はトル-マンショ-とにているのではないか?全く自分で生きていると思ってもそれは誰かに操作されたものでありニュ-スでも情報でも自ら見たものでもないからテレビの映像をCGの方が真実のように見させられるのである。人間の一生はすでに死ぬまで決められている。そこに冒険も意外性もなにもない、トル-マンショ-と同じではないか?そういう疑問をもった人が上野霄里氏とかニ-チェとか天才的アウトサイダ-になった。文明そのものがトル-マンショ-なのである。文明によって計算され仕組まれた人生を生きることに対抗するには文明から脱出してトル-マンショ-のようにその囲まれた壁を破らねばならない、それは遂に天才的狂気的なエネルギ-が必要になるのだ。

ただ原発事故ではそうしたアウトサイダ-でなくても情報は権力に操作されていたことが地震と津浪で明確になった。安全神話は東電と政府が一体となり国民を操作していたのである。それに逆らうことはトル-マンショ-のようにできなかったのである。例えば言論の自由があるから反対する本も出ていたのである。その本すら実は原発の安全神話のために権力側に許可されてでていたという。ロスチャイルドから情報の提供がありそのくらいの批判は許されていた。だから結局原発に反対する情報はすべて権力側によって操作されたものだったのである。心の青雲では歴史の見直しをしている。あういう見方があるのかと新鮮なものがあった。歴史でも一人の天才的な人が出れば見方が変わるということがある。結局こういう人が出たのはインタ-ネット時代になったからである。
こういうことは公にはされないものだったのである。自分もそうでありアウトサイダ-になればそうなる。出版でもなんでも情報は巨大な権力に操作されている。インタ-ネットすらアメリカが作ったものとすると操作されるということがある。膨大な世界の情報がアメリカに分析され操作されることもある。だから中国ではグ-グルに批判的なのである。