2013年05月10日

牡丹散る



牡丹も散る


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光受け牡丹に余裕長寿かな


大きなる家に住みつつ牡丹散る華やかに姉の在りし日想ふ

まぶしきや朝の光に散る牡丹光につつまれ散りにけるかな
一時に五輪の牡丹今日散りぬその華やかさを共にし散りぬ

牡丹五輪散りしもなおも一輪は隠され咲きて夕暮れしかも

牡丹は今年は六輪咲いた。毎年六輪くらい咲いているのか?4輪のときもあった。とにかく牡丹は華やかである。華やかというとき姉は太っていて華やかさがあった。性格的にはいろいろ問題があったが性格が外向的で陽気で華やかだった。ただ謙虚さには欠けていた。人は完全な人はいない、内向的な性格と外向的な性格がありこれは水と油のように違っている場合があるのだ。自分は内向的だからあういうふうに外向的で陽気な人にひかれるということがあった。だから姉がいるときはこの家も華やかさがあった。しかし今は全くない。


人間も牡丹のようにまぶしい朝の光に散れば死ねればいいのだ。眩しい光を受けて光につつまれてあの世に行くのが理想なのである。でも人間の死も動物と同じであり無惨なのである。肉体が朽ちてゆくから牡丹のように華やかには散れないのである。人間が死ぬときやはり昇天するということがあるだろう。人によって違うが普通は無惨な死に方の方が多いのである。死ぬ相に異常にこだわるのも問題だろう。なかなか安らかに死ねる人はいない、これはどんな宗教に入っていてもそうなる。

カルト宗教団体などはあれだけの数だから別に宗教に関係なく無惨に死んでいるのが多いのである。学生で交通事故で死んだ人がいても成仏したとか言う。その他非業の死を遂げても成仏したとか言うが実際は違っている。

ともかく牡丹も散った。桜も散ったしあとはこれから藤の花とか菖蒲とかになり地味になり雨の季節にもなる。5月上旬までは一番華やかだった。今年もたちまち過ぎた。ただ今年は身体障害者から解放されたから体力的にも充実しているし楽である。牡丹はやはり一番華やかな花である。

人間もその才能でも牡丹のように開花して散れば満足だともなる。高齢化社会はまだ時間に余裕があるからゆっくりと円熟させるのもいいだろう。花にはいろいろあり花詩集ができる。花について書いた詩を詩集としてまとめたい、ただ詩集の部はにまだ出していない、三つのプログをやることが手間なのである。プログもアップするのが結構手間なのである。さくらのプログはあまり良くできていない、アップしずらのである。だから別なのに移りたい希望はある。ただこれまためんどうになるからなかなか一旦最初に入った所から移れないのが困るのだ。でもどういうわけかプックマ-クから1500くらいきているみたいだ。でも訪問者500人くらいなのか?毎日読んでいる人が1500人もいるとしたらかなりの数なのである。ただ自分のプログは記事の量が膨大だからアクセスが増えるのである。でも毎日プックマ-クからくる人が1500人くらいいたら多いと感じる。ただ訪問者は300くらいだとろるとこの関係がどうなっているかわからないのだ。