2013年05月09日

桜は散った(介護は延々とつづく)


桜は散った(介護は延々とつづく)

十分に光を吸いて牡丹散る

我が庭に牡丹二輪残る夕べかな
牡丹の緋の色にじむ夕べかな


散りはてぬ大坂城の桜かな訪ねてみれば夢の跡かも

散りはてぬ千本桜一時の夢にしあれや電車過ぎゆく
山桜高きに咲きて仰ぎしも真澄の空に映えつ散りにき

八重桜今日も散りにきこの道のその影踏みつ故郷に住む

桜は散った。前見た高いところに咲いていて山桜も散った。もうこの辺ではほとんどの桜は散ったろう。今年見た桜では近くの山桜で高い所、見上げるような所に咲いていた桜が印象的だった。それも今日はなにももない、桜は咲き始めて散るまでの期間が一つのドラマのようになり人間の一生にもにているからひかれるのだろう。ただ戦争中のように潔く桜のように散るのがいいのだというのは戦争に利用されたというのもある。20代で死ぬなどいいことはないのだ。その若さだったらみんな無念の内に死んだのである。それで満足している人はいないだろう。
牡丹は十分に光を吸って散った。牡丹のように咲けば満足だろうとなる。桜があんなに咲いていたのにみんな跡形もなく散ってしまうのは夢のようだとなる。桜は特に華やかでもそれが一時に散ってしまうから日本人がひかれる花となった。

一方で介護は延々とつづく、足が悪くなって動けなくなったがなんとか今度はボ-タブルトイレを設置してそこで用をたす。ベッドも置くことにした。介護保険から金が出るから一割払えばいいしベッドも借りて払うからそれほど金がかからない、でも介護は容易ではない、介護には本当はみる人が二人必要であり金もかかる。それを自分は一人でそれも病気の時にも介護していたのである。
いかに苦しかったか誰もそれをみている人もいなかった。福祉関係の人すら自分のそういう状態をみていなかった。親戚はかえって身体障害者になったとき責めてきたし入院したときも責めてきた。
弱さにつけこまれて責められ苦しめられるだけだった。

介護に第一健康であり次に金であり次に介護する人手が大事になる。その三拍子そろうとなんとかやっていける。一つでも欠けると苦しくなるのだ。でもこの三拍子が揃う人はそんなにないだろう。
ただこのなかで大事なのは別に介護するからではなく健康でなければのりきれない、一人暮らしとか身寄りがないとかでも病気にならなければなんとかやっていけるのだ。
病気になったらどうにもならなくなるのだ。誰かの援助なしには暮らしていけないからだ。金があってもそれですべてできるわけではないからだ。

65才以上になると地域支援の人が役所から回ってきた。65才から老人として扱われる。
結局今の時代は隣近所は全くあてにならない、見て見ぬふりであり死んでも関心すらもたない、それは別に田舎でも同じであり限界集落とかで人のつながりが強いところでも村自体のつながりがなくなって孤独死していたという。そういう時代のときやはり福祉関係のサ-ビスに頼ることが多くなる。
だから福祉サ-ビスがいい市町村は老人にとってはいいというのは確かである。

自分でトイレに行けなくなることこれはかなり本人にとっては苦しいものとなる。これで介護度もすすむ。それでもなんとかポ-タブルトイレでもいければまだ介護度は進んでいない、もう自力でトイレにいけなくなったとき、そのとき介護度がすすむ。寝たりになりオムツになってしまったら最悪である。こうなると家でめんどうみるのは人手がなければできなくなる。

要するには人間は桜のようにいさぎよくきれいに散れない、死ねないのである。延々ととことん最後までいろいろ苦しみ迷惑をかけて死んでゆく、現実にその人にとってトイレにいけなくなるということは相当な苦痛なのである。オムツになると人間の尊厳すら失われる。だからトイレに自力で行けることが意外と大事なのである。でもその後も介護が今はつづくのである。人間は桜のようには簡単に死ねないのである。本人にすれば泣いていたようにトイレに行けなくなくことが相当な苦痛なのだからどうしてもその苦痛を和らげる対処をしてやらなければならないのだ。
今度はベッドを借りることにした。これだとトイレはさらに楽になる。
こうなるとまた介護も楽ではない、でも自分は健康になったからなんとかのりきれる自信はついたのである。身体障害者が介護はできないのである。