2013年05月02日

春時雨(そのイメ-ジは・・)

 

春時雨(そのイメ-ジは・・)

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淡き恋消えにけるかな春時雨
街に来て濡れて甘しや春時雨


春時雨というのもやはり独特のものだった。これはめったにあわないから感覚的にわかりにくかった。これは時雨といっても冬の時雨とはあまりにも違っていた。
これは創作だけどそういう感じだろう。淡い恋の味というのはいいかもしれない、
これが濃厚になるとどろどろした欲望としてしつこいものとなる。
これはただの想像である。誰にでも恋はあるがそれは小学生の頃から芽生える。
でもだんだんと何かどろどろとした肉的なものになってゆく。
淡く消えてなどゆかない、延々とどろどろとした欲望がつづいている。
それが老人になってもそうなのである。


人間は男女でなくてもどろどろとした濃厚な交わりより淡い交わりがいいのかもしれない、
それができないからいろいろ問題になる。淡いものなら別れるのも容易なのである。
あるゆる出会いは別れを前提としている。最後は人間は会うのではない、もうみんな別れてゆくだけなのである。それがどんなに濃厚に交わってもそうなのである。
結局は別れてゆくだけなのだ。


60以上になると次々と同世代といかなくても知られた人が死んでゆく、今日もテレビに出ていた人が死んだなとか毎日のことである。そうするといちいちそれらをもう考えることすらできなくなる。
もうどうでもいいとかなってしまう。


ともかく春時雨はこれは何か甘い、スイ-トだというのも不思議である。
I am getting wet in the  rain with sweetなのだろうか?
甘い水玉のような感覚になる。自然には多様に感じるものがある。

おそらく春時雨など感じているのは日本だけだろう。外国でこんな感覚にはならないだろう。
時雨という言葉すらないだろう。
日本でしか感じられないものが風土にある。それが俳句の季語に凝縮されていたのである。

桜-牡丹-葉桜-春時雨 (俳句十句) (原町へ行く)


桜-牡丹-葉桜-春時雨 (俳句十句)

(原町へ行く)

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これはクリック拡大!-大画面でないと映えない

ソニ-のデジカメはカシオよりきれいに写っている

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故郷に夕べ桜を見いだしぬ
風そよぎみ空に映えし桜かな
牡丹の一心に朝の光浴ぶ
牡丹四輪朝の光の注ぎけり
牡丹には光のみあり目覚めかな
牡丹四輪揃い咲きにし栄かな
朝の日に闇を払いぬ牡丹かな
邪念なき一心に光牡丹咲く
原町やはや葉桜や風そよぐ
原町や街中通り春時雨
前畑に耕しの人石一つ

耕し二両の電車行き来する

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ここに石一つあるのがきづいていなかった


牡丹の四輪我に向かい咲く朝の光の注ぎ射すかな
空に映え桜美し飛ぶ鳥も高きに見えて風そよぐかな
みちのくに花なお散らじ惜しむかな今日しとと雨のふるかな


今日は原町まで行った。原町の桜は散ったけど山桜はまだ咲いている。あそこに咲いていた桜は今まで気づかなかったのである。あそこは塩崎に近くいつも通ってゆく道である。そこに桜が咲いていたのが気づいたのは今年だったのである。今まで気づいていなかった。あんな近くにきれいな桜が咲いていたなと気づいたのがこんなに長く住んで始めてだったというのも不思議である。
人間は最も身近なものを美でも見いだしていないのだ。故郷の桜だけでまず全部など見ることができない、一部しか見れないのである。それが全国になれば桜の咲く時期は短いのだから見れないのである。


そもそも人間はいくら回りに美しいものがあっても目が曇ってしまったら見えないのである。美しいものは心で見るからである。様々な欲望があっても見えなくなくなる。そして感性というか感じる感覚も天才でない限り一つの訓練として積み重ねで見れるようになるのだ。感受性も長い年月の間で作られてゆくのである。だから若いときは様々の欲望もありまた積み重ねて感受性が訓練されていないから見えないのである。日本の俳句にしても季語が膨大なものになっている。これは時間の中で様々な人が日本の美を発見していった集積なのである。だから季語は現代風になりまた増えてくるのだ。季語は日本人が積み重ねた文化の集積なのである。全体でもそうだが個人的にも感受性は長い間に作られてゆくのだ。


牡丹には今や光しかない、一心に光のみが注いでいる。あとは何も見えない、それが至福の時だったかもしれない、この世の汚れは何も見えない、ただ光のみがそそぎ何も見えないのである。
自然は浄化であり光は最も浄化の作用がある。ゲ-テが死ぬとき言ったという、「もっと光を・・」まさにそうなのだ。光は浄福の光なのである。それが春に一番現れるのである。


原町に行ったら病院の桜は全部散って葉桜になっていた。今日は春時雨だった。これはまちがいない、ぱらぱらと時雨れたのである。前にも一回だけ春時雨を経験した。それは松島の浦戸諸島を船で巡ったときだった。春時雨はめったにあわないだろう。春時雨に原町にふさわしかったのか、原町と相馬市ではかなり感覚が違ったものとなるのだ。こも不思議なのだがみんな市町村でそれぞれの色があり違っているのだ。相馬市は城跡の城下町としての雰囲気が残っているし原町はいち早く近代化した街でありそれが雰囲気をつくっているのである。ただ今は六号線が東京に通じていないから違ったものになっている。


前畑を耕す人がいた。こうしてまだ暮らしがあると活きてくるものがある。二両の電車も何かその風景にあっているのだ。これからは春から夏となる変わり目である。