2013年05月07日

会津美里の夫婦殺害:被告、殺意の一部を否認 (高橋被告(旧姓-横倉)はやはり死刑が妥当なのか?)

 

会津美里の夫婦殺害:被告、殺意の一部を否認

(高橋被告(旧姓-横倉)はやはり死刑が妥当なのか?)


罪状認否で高橋被告(旧姓-横倉)はおおむね起訴内容を認めたが「初めから家人を殺そうした部分は否認する」と述べた。

●高橋被告は未必の殺意だったのか?

  故意
犯罪を行う意思 

 確定的殺意
殺そうと思ってした@,・・・ 

 未必の殺意
必ず殺ろしてやろうと思ったわけではないが死んでしまうなら仕方がないと思いした・・・ 

 認識ある過失
死んでもかまわないと思ったけど危険を知りながらしたdD蓴c・・・


故意・確定的故意(殺意)・未必の故意(殺意)・認識ある過失
http://www.nichibenren.or.jp/ja/citizen_judge/program/data/houteiyougo8.pdf
 

故意がないと犯罪にならない。高橋被告(横倉)はどれになたるのか?故意があるかどうかというとき
全く殺意も故意がなくても殺人は起こりうる。犯罪は起こりうる。盗む意志が故意がなくてもその人に全くその意志がなかったということがあった。その人はいろいろな問題に悩んでいて苦しめられていてその時混乱していた。たまたま二つのパンを無意識にポケットに入れていたのである。それは週刊誌を読んでポケットに入れたことを忘れていたのである。そういう個人的に何かに追いつめられたような精神状態の時、そういうことも起こりうる。故意もなにも全くないのに外から見れば犯罪になった。これは殺人まであてはまるのだ。全く故意がなくて殺人も起こりうるのだ。それで精神障害者の殺人は犯罪にならない、結果が殺人でもならないのである。まず善悪の判断もできないし故意もなにもないのである。ただ人間の心理状態は普通の人でもむしゃくしゃするときがありそんなとき思わず相手を殴ったり犯罪にもなる。それは精神障害者とにないるのだ。明確な故意がない、意志がないのに犯罪を犯してしまうのである。


高橋被告も妻は所有していた着物などを高橋被告に無断で質入れされたことなどでトラブルになり、昨年5月、高橋被告に殴られ、千枚通しで刺されたことを証言した。


このことは何を意味しているのか?相当にいらいらしていた、金にも追いつめられていた。そういう
異常な心理状態に追いつめられていた。犯罪を犯す前に妻にこれだけ危険なことをししていたことは次にさらに大きな犯罪につながる予兆だったのである。人間は何でも突然に事件でも起こらない、必ず予兆があるがそれが事件が起きるとそこだけクロ-ズアップされるから何でこんな残酷なことをしたのかとなる。高橋被告は未必の殺意だったのだろうか? 妻にこれだけのことをしたのだからヤケになっていたとも考えられる。もうどうでもいいや金が欲しいんだと犯行に走った。そういうヤケになった心理状態が犯罪に結びつきやすい。そうでなければこれだけの犯罪は犯せないだろう。
「初めから家人を殺そうした部分は否認する」というのは嘘ではない、ただ心理状態としてもうどうでもいい、

「必ず殺ろしてやろうと思ったわけではないが死んでしまうなら仕方がないと思いした」
 
 これは嘘ではないだろう。未必の殺意だったのだろう。
 
 ●殺す過程の残酷さは何を意味しているのか?
 
「 助けて」「お願い」−。悲痛な叫び声が続き、最後はうめき声に変わった。消防が確認のためにかけ直した電話には高橋被告が出て「すいません。間違い電話です。大丈夫です」と答えた。
 
 こういうふうに命乞いしても残酷に殺した。ここでは裁判員も同情の余地がなくなる。こだけ残酷に殺せるのはどうしてなのか?人間の情の一片もないのかとなる。こういう犯罪は深い恨みがある場合に起こりやすい。それがないのだからただ金目的でこれだけ残酷になれるのかという疑問がある。それでも消防には冷静な対処をしているのである。こういうことはなかなか冷静でないとできないだろう。冷静だということは突発ではなく故意で計画的二男ているともいえる。普通だったらそんな冷静に対処できないということもある。だからこの残酷さが裁判員から見たら許せない残酷さにみえる。

結局金を得るまえに金が得られない夫婦にはばまれたということが激情的になったのかもしれない。もし金を得ていたら殺すまではしなかったかもしれない、何も得られない、でも犯罪者として顔を見られ通報されるから殺したとなる。事の成り行きがあったかもしれない、人間は普通冷静でないから極端な犯罪にも走る。冷静だったら普通はそんな犯罪を犯さない、よほど追いつめられていない限りこんな残酷な犯罪にはならない、高橋被告は妻を刺したということでかなり追いつめられていたのである。ともかく心理状態がやはり追いつめられていた異常化していたことは確かだろう。
 ヤケになっていたというのが真実ではないか?だからこそそこまで突っ走って残酷なこともできた。

●刑罰の軽重はその結果によって判定される


とにかく犯罪の刑はその結果によって決められることになりやすい。故意とか動機が何だとかいろいろ言っても二人も残酷に殺したら許せないとなる。結果の重大性が世の中では第一なのである。
江戸時代では五両盗んだら獄門になった。現代では百円盗んだものとい千万盗んだものでもたいして変わりない、かえって百円盗んだ人が重罪にもされている。それが変だとしてそれが現実なのである。でも百円盗んだとは出来心でしたと返して誤ればすむことである。でも一千万盗んだ人はもう絶対に返さない、返せない、その額が大きいからそもそも欲望が強いからそれだけのことをしたのであり返して謝ることなどないのである。その額の大きさがかえって謝ることも悔い改めることもできないものにしているのだ。だから江戸時代の罪の決め方の方が的を得ているともなる。

情状酌量というけどこれを考慮したらこの世の中きりなくなるのだ。この犯罪を犯したのはこの人の不幸な生い立ち、家族に恵まれなかったせいだとかこういうことを言うときりなくなるのだ。
例えばこの世では非常識な人がいくらでもいる。なぜこんな人が世間にまかり通っているのかという人も多くいる。心も曲がった人もいくらでもいる。そういう人たちと接してこの人たちは不幸な生い立ちでありそういう事情があったからそこを情状酌量すべきだというとききりがなくなるのだ。
そういう不幸はわかるにしてもそれをいちいち考えたらきりがない、結局何かしら人間には情状酌量するところがありそれで罪が軽減されるべきだとなるとみんな罪を問うことすらできなくなる。
いい大人になったら人は結果をみている。殺人を犯したらその結果をみている。殺人になったらいくら謝ってもその命は帰ってこないのだから深刻なのである。だから目には目をになる。人の命を奪ったら何であれその人の命を奪わねばならないとなる。

結局高橋被告は二人も残酷に殺しているのだからその結果をみれば死刑になっても仕方ないとなる。故意とかなんとか法律用語でも擁護しても納得いかないともなる。

ではあなだが裁判員になったらどういう判決をして刑を与えますか?
これは本当に困難を究めたものになる。裁判員が判定するのは荷が重いということもある。
裁判員制度で罪が重くなる傾向があるということは感情的になりリンチ的なものがでてきているからかもしれない、裁判員自体が冷静に見れなくなる。法律用語を勉強してもなかなかかりにくい。
すると結果を見てそれから判断するとなってしまう。その事情や故意とかの法律用語より結果から決めてしまう。それで重い刑を課すのが多くなっているというのはそのためかもしれない、

結局、人間には人が人を裁くことが荷が重すぎるしもともとできないことだったのである。
裁くのは神しかできない、人を裁くなというのはそのことである。
盗む方でもそれなりの理屈がある。官僚など他でも地位あるものは金でも濡れ手で粟で入ってくる。それは国民から盗んでいるのではないかという理屈もあるし現実でもある。
だから不正に金をためたやつの金は盗んでもいい、その人は殺してもいいと思う人もでてくる。
そういう不正が世の中には日常的にあるからだ。
だからなかなか公正に裁くことなどできないのである。



このペ-ジはよく読まれている。やはり関心が高い、裁判員制度になり余計こうした重大な犯罪の罪を決めるので国民の関心も高まった。
裁判員制度自体がまだ国民になじんでいない、でも裁判員にされた人は困惑するだろう。
どういうふうに考えていいのかもわからない、それで罪が軽減される傾向があると思ったら
罪が重くなっているというのも意外な結果である。やはり裁判員自体が冷静になりにくい、感情的になるからかもしれない、家族の訴えなどに同情しすぎるからそうなるのかもしれない、

ただその判定はあまりにもむずかしすぎるのだ。
死刑にするということはまた人をみんなで殺すということにもなる。だから外国では死刑だけは廃止したのだろう。日本だけは死刑にしている。その根拠は何なのか?外国ではどういう理由で死刑を廃止しているのか?死刑の判定をすることは裁判員も犯罪者を殺すということにもなる。逆に殺人罪を共有するこにもなりかねないから深刻なのである。
そこには人間が人間を裁く限界があるからだ。
posted by 老鶯 at 20:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2013年05月09日

桜は散った(介護は延々とつづく)


桜は散った(介護は延々とつづく)

十分に光を吸いて牡丹散る

我が庭に牡丹二輪残る夕べかな
牡丹の緋の色にじむ夕べかな


散りはてぬ大坂城の桜かな訪ねてみれば夢の跡かも

散りはてぬ千本桜一時の夢にしあれや電車過ぎゆく
山桜高きに咲きて仰ぎしも真澄の空に映えつ散りにき

八重桜今日も散りにきこの道のその影踏みつ故郷に住む

桜は散った。前見た高いところに咲いていて山桜も散った。もうこの辺ではほとんどの桜は散ったろう。今年見た桜では近くの山桜で高い所、見上げるような所に咲いていた桜が印象的だった。それも今日はなにももない、桜は咲き始めて散るまでの期間が一つのドラマのようになり人間の一生にもにているからひかれるのだろう。ただ戦争中のように潔く桜のように散るのがいいのだというのは戦争に利用されたというのもある。20代で死ぬなどいいことはないのだ。その若さだったらみんな無念の内に死んだのである。それで満足している人はいないだろう。
牡丹は十分に光を吸って散った。牡丹のように咲けば満足だろうとなる。桜があんなに咲いていたのにみんな跡形もなく散ってしまうのは夢のようだとなる。桜は特に華やかでもそれが一時に散ってしまうから日本人がひかれる花となった。

一方で介護は延々とつづく、足が悪くなって動けなくなったがなんとか今度はボ-タブルトイレを設置してそこで用をたす。ベッドも置くことにした。介護保険から金が出るから一割払えばいいしベッドも借りて払うからそれほど金がかからない、でも介護は容易ではない、介護には本当はみる人が二人必要であり金もかかる。それを自分は一人でそれも病気の時にも介護していたのである。
いかに苦しかったか誰もそれをみている人もいなかった。福祉関係の人すら自分のそういう状態をみていなかった。親戚はかえって身体障害者になったとき責めてきたし入院したときも責めてきた。
弱さにつけこまれて責められ苦しめられるだけだった。

介護に第一健康であり次に金であり次に介護する人手が大事になる。その三拍子そろうとなんとかやっていける。一つでも欠けると苦しくなるのだ。でもこの三拍子が揃う人はそんなにないだろう。
ただこのなかで大事なのは別に介護するからではなく健康でなければのりきれない、一人暮らしとか身寄りがないとかでも病気にならなければなんとかやっていけるのだ。
病気になったらどうにもならなくなるのだ。誰かの援助なしには暮らしていけないからだ。金があってもそれですべてできるわけではないからだ。

65才以上になると地域支援の人が役所から回ってきた。65才から老人として扱われる。
結局今の時代は隣近所は全くあてにならない、見て見ぬふりであり死んでも関心すらもたない、それは別に田舎でも同じであり限界集落とかで人のつながりが強いところでも村自体のつながりがなくなって孤独死していたという。そういう時代のときやはり福祉関係のサ-ビスに頼ることが多くなる。
だから福祉サ-ビスがいい市町村は老人にとってはいいというのは確かである。

自分でトイレに行けなくなることこれはかなり本人にとっては苦しいものとなる。これで介護度もすすむ。それでもなんとかポ-タブルトイレでもいければまだ介護度は進んでいない、もう自力でトイレにいけなくなったとき、そのとき介護度がすすむ。寝たりになりオムツになってしまったら最悪である。こうなると家でめんどうみるのは人手がなければできなくなる。

要するには人間は桜のようにいさぎよくきれいに散れない、死ねないのである。延々ととことん最後までいろいろ苦しみ迷惑をかけて死んでゆく、現実にその人にとってトイレにいけなくなるということは相当な苦痛なのである。オムツになると人間の尊厳すら失われる。だからトイレに自力で行けることが意外と大事なのである。でもその後も介護が今はつづくのである。人間は桜のようには簡単に死ねないのである。本人にすれば泣いていたようにトイレに行けなくなくことが相当な苦痛なのだからどうしてもその苦痛を和らげる対処をしてやらなければならないのだ。
今度はベッドを借りることにした。これだとトイレはさらに楽になる。
こうなるとまた介護も楽ではない、でも自分は健康になったからなんとかのりきれる自信はついたのである。身体障害者が介護はできないのである。

2013年05月10日

牡丹散る



牡丹も散る


ottannnchiru.jpg


botannnnnn123.jpg
クリック拡大!



光受け牡丹に余裕長寿かな


大きなる家に住みつつ牡丹散る華やかに姉の在りし日想ふ

まぶしきや朝の光に散る牡丹光につつまれ散りにけるかな
一時に五輪の牡丹今日散りぬその華やかさを共にし散りぬ

牡丹五輪散りしもなおも一輪は隠され咲きて夕暮れしかも

牡丹は今年は六輪咲いた。毎年六輪くらい咲いているのか?4輪のときもあった。とにかく牡丹は華やかである。華やかというとき姉は太っていて華やかさがあった。性格的にはいろいろ問題があったが性格が外向的で陽気で華やかだった。ただ謙虚さには欠けていた。人は完全な人はいない、内向的な性格と外向的な性格がありこれは水と油のように違っている場合があるのだ。自分は内向的だからあういうふうに外向的で陽気な人にひかれるということがあった。だから姉がいるときはこの家も華やかさがあった。しかし今は全くない。


人間も牡丹のようにまぶしい朝の光に散れば死ねればいいのだ。眩しい光を受けて光につつまれてあの世に行くのが理想なのである。でも人間の死も動物と同じであり無惨なのである。肉体が朽ちてゆくから牡丹のように華やかには散れないのである。人間が死ぬときやはり昇天するということがあるだろう。人によって違うが普通は無惨な死に方の方が多いのである。死ぬ相に異常にこだわるのも問題だろう。なかなか安らかに死ねる人はいない、これはどんな宗教に入っていてもそうなる。

カルト宗教団体などはあれだけの数だから別に宗教に関係なく無惨に死んでいるのが多いのである。学生で交通事故で死んだ人がいても成仏したとか言う。その他非業の死を遂げても成仏したとか言うが実際は違っている。

ともかく牡丹も散った。桜も散ったしあとはこれから藤の花とか菖蒲とかになり地味になり雨の季節にもなる。5月上旬までは一番華やかだった。今年もたちまち過ぎた。ただ今年は身体障害者から解放されたから体力的にも充実しているし楽である。牡丹はやはり一番華やかな花である。

人間もその才能でも牡丹のように開花して散れば満足だともなる。高齢化社会はまだ時間に余裕があるからゆっくりと円熟させるのもいいだろう。花にはいろいろあり花詩集ができる。花について書いた詩を詩集としてまとめたい、ただ詩集の部はにまだ出していない、三つのプログをやることが手間なのである。プログもアップするのが結構手間なのである。さくらのプログはあまり良くできていない、アップしずらのである。だから別なのに移りたい希望はある。ただこれまためんどうになるからなかなか一旦最初に入った所から移れないのが困るのだ。でもどういうわけかプックマ-クから1500くらいきているみたいだ。でも訪問者500人くらいなのか?毎日読んでいる人が1500人もいるとしたらかなりの数なのである。ただ自分のプログは記事の量が膨大だからアクセスが増えるのである。でも毎日プックマ-クからくる人が1500人くらいいたら多いと感じる。ただ訪問者は300くらいだとろるとこの関係がどうなっているかわからないのだ。

 
 

2013年05月11日

菖蒲-忘れな草-八重桜(淋しい町)

 

菖蒲-忘れな草-八重桜(淋しい町)


ayameeeeee12121.jpg


wasurenakusasasa11111.jpg
クリック拡大!


駅に待つ雨しととふり八重桜

夏雲雀草原のかなた海光る


八重桜今日も咲きつつ散りにけりこの道行きてともに暮らしぬ

牡丹の散れる花弁のあまたかな華やかさの余韻残して暮れぬ
忘れな草庭の隅に隠されて咲きしを知るは我のみなりしも

菖蒲咲き鈴蘭咲きぬ通りかなこの町淋し人もともしく

今の時期は八重桜になった。駅に待っているという時間が一つの旅なのである。待つ時間を旅を豊にするのだ。旅も団体でゆくとこうした待つ時間とかないのだ。自分の場合はあまりにも待つ時間が長かった。それだけぜいたくな旅をした。電車を待つために人生の時間があったとすらなる。
それほど旅していたのである。これほど恵まれた時間はなかった。しかしそれもまたたくまにすぎた。そんな時間が有益だったかどうかはわからない、何が人生で有益だったのかなど最後になってみないとわからない、本当に人生は最後にならないと何が幸福だったのか不幸だったのかわからない、

結婚でもなんでもその結果は最後にわかる。その結果は常に意外なのである。その時は幸せだったと想ったことが不幸になっていることなどいくらでもある。あの人はうらやましいなと思ってみても実際は最後にはそうでもない、かえって不幸だったとかなる。
金持ち羨んだりいろいろうらやむけどその結果はその時見ただけではわからないのだ。

一人は家事をやらせれていて奴隷のように働かせられていた。一人は何もしない、いつも食事でも用意されていた。結果的にどうなったか?働かせられていた人は97才まで生きて何もしなかった人は85才で認知症になり死んだのである。これも予想もつかないことだった。奴隷のように働かせられた人が認知症にならなかった。何もしないで体と脳を働かせなかった人は認知症になったのである。

認知症は家事でも何か頭で体でも働かせていないとなりやすいということは確実にあるのだ。
それがすべてではないにしろ確率的には大きな要因であることはまちがいないのだ。
その時奴隷のように働かせられた人は不幸でありそれを使っている人は幸福に見える。
結果的には逆の結果ともなっていたのだ。だから何が幸不幸かなどわからないのだ。


本当に金持ちの使用人が不幸なのか、何もせずなんでもしてもらえる金持ちが幸福かとなるとこれもわからないとなる。何でもしてもらえて家事もしないとなるとその人は怠け者となり認知症になりやすくなるかもしれない、脳が働かなくなりそうなりやすい、家事などしないで遊んでいてもやはり家事はそれなりに仕事になっているから遊ぶのとは違うのである。一人で家事をやるとなるとこれはなかなか大変なのである。今は介護でまたベッドとポ-タブルトイレになったから負担になる。

それで思い出したのが病院で入院していた女性がポ-タブルトイレにたまった便などを看護師になげてもらうのにすまないすまないと何度も恐縮して言っていたことである。あんなにすまないすまないと言わねばならないのかわからなかった。それだけ他人に世話になるのは気を使うということもある。でも施設でもそんなこと全然気を使うこともない人もいる。これも人によりけりだったのか?
家にいる限りはそんなに気を使う必要がないから楽だとなる。


通りには菖蒲と鈴蘭が咲いていた。通りといっても川の方は店もほととない、ただ車が通っているだけである。仮設で人が増えてもやはりこの辺はまだ都会とはあまりにも違っている。びっしり家が建っていることはない、都会は隙間なく建っているのだから密集地獄になっている。あういうところには住みたくない、だからどうして東京のような狭苦しい密集地獄に住めるのか自分には不思議である。若いときはかえってあういう所でも良かった。そのあとは自分の性格もあるがあういう密集地獄には住みたくない。ただ都会に住めば都会はいいという人もいる。都会には都会の良さがあることは確かでも自分には向いていなかった。やはり秘境のような所がまだあるところが向いていた。

丸森は秘境的な場であり飯館もそうだったが今度は丸森の方にどうしてもゆくようになる。飯館にはやはり店もないし休む場所もなくなったからだ。

忘れな草がどうしてここに咲いていたのかわからない、隠されるように咲いていた。やはり竹とかには花がにあう。老後は庭いじりが向いているのだ。狭い庭でもなぐさめになる。ただこうして全部一人でやっているから忙しいのである。

marumoriiikur111.jpg

2013年05月12日

「心に青雲」で紹介された『トゥルーマン・ショー』を見る (権力、マスコミによって操作されている人間-原発も同じだった)


「心に青雲」で紹介された『トゥルーマン・ショー』を見る

(権力、マスコミによって操作されている人間-原発も同じだった)

 なぜ見る気になったかというと、911事件の映像がことごとくCGでつくられたもので、現実には貿易センタービルに飛行機は激突していなかったことを知ったからである。
 以前にも書いたが、私は2001年9月11日の深夜にテレビの中継(?)を見ながら、これはアメリカの自作自演だと見抜いた。だがそのとき流されていた飛行機がビルに激突する映像までが、あらかじめ用意されていたCG作品だったとは気がつかなかった。


 つまりわれわれが現場で起きていると思っていたものが、実は作り物だったのである。それで、昔観た映画『トゥルーマン・ショー』を思い出
した次第である。これはまさに『トゥルーマン・ショー』の世界ではないか、と。


私たちの世界は、もしかしてトゥルーマンのように巨大な書き割りセットの中にいて、ユダヤ金融マフィアあたりから与えられた生活を送っているのであり、それを〈彼ら〉が面白そうにどこかで眺めているかのような気がしてくる。


 ボストンマラソンの爆発事件にしても、徐々にわかってきたのはニュースに出ていた負傷者たちの多くが偽物であったことだった。
http://kokoroniseiun.seesaa.net/article/359849294.html

ここで無料で見られる
http://freemovielib.blog47.fc2.com/blog-entry-436.html



インタ-ネットでは絶えず本でも過去の映画もDVDで紹介される。こんな映画あったのと面白そうだなとアマゾンで結構買った。でも映画は中味が見れないので面白いものが少なかった。本ではだいたい検討がつくが映画は検討がつかない。でも映画の種類もこんなに多いのかと驚く。
この映画は現代の文明の問題を鋭く映像化したので高く評価できる。

この映画は一人の人間が生まれてから成長して死ぬまでも監視カメラで追われ続けスタ-にされていた。そのすべてがセットであり俳優だった。妻もその仕組みの中に入ってだましていた。妻も映画として見せるために与えられた俳優だったし友人もそうだった。すべてが回りの家も風景も映画のセットだったのである。そのセットを操るのが一番トップにたつ監督であった。その命令は絶対だったのである。だから3.11のニュ-ヨ-クに飛行機が突入したのも実はCGだったとかにもなる。明かにボストンマラソンはFBIによって仕組まれたものらしい。それはプログで分析しているからわかりやすい。
ニュ-スの映像でもそれが作られていることがあるのだ。テレビ局のやらせが問題になった。
マスコミはトル-マンショ-のようにスタ-を作り上げる。マスコミに出る人はマスコミの報道する側で操作されて作られるのである。マスコミで有名になる人もそうである。誰もかってにテレビに出ることはできないのである。たいがいは芸能プロダクションに所属している人だという。それは事前に決められた人である。


これを見ればテレビからは我々はもはや真実が何なのかわからなくなるだろう。NHKで報道されることだってすべてが報道されるわけではない、必ずタブ-がありそのことは報道されない、NHKも大衆を国民を操作するメデアなのである。トル-マンショ-のようにすべてが操作されているのをみている。情報は権力をもつものによって操作されているのだ。巨大な権力というとき背後にいろいろある。カルト宗教団体もそうである。オウムだってオウム王国をめざして権力奪取をめざしていた。日本国をのっとろうとしていた。その一つの武器としてサリン製造があった。創価なども創価王国建設のために権力を我が物にしようと地方新聞社に聖教新聞をすらせている。莫大な財力があるからできることである。幸福の科学でも政治に進出したから同じである。だから創価では維新は幸福の科学が入り込んでいると対抗意識をもつ。自分たちの権力が脅かされているからだ。どっちにしろ権力を目指していることでは同じである。創価ではだから教員とか公務員とか司法関係とか権力をもつものに入り込ませる。創価大学はそういう日本の権力中枢を掌握されために作られたのである。東大が法学部で司法を支配するのとにている。


別にこういうことは創価だけではない、権力をもつものに情報は操作されているのだ。マスコミはその巨大な権力にとりこまれたものにすぎない、それが明確化したのは今度の原発事故だった。東電の権力は国家並だったのである。何兆円もの資産をもっていた。賠償金も天文学であってもそれができていることに驚いた。市町村をいくつも買えるほどの資産をもっていたのである。それだけの巨大な権力だからマスコミなど簡単にとりこむことができた。政治家もその走狗となってしまった。天下りで警察官僚までとりこみ、原発に反対させなかった。フクシマ原発でも何らか検察までかかわっていた。その背後にはアメリカの意図がありユダヤがかかわっていたか心の青雲ではなる。
ユダヤはわからないにしても何か大きな権力が背後にありその意図通りに操作されていることは確かなのである。遂にトル-マンショ-では嵐まで天候まで人工的に作り上げるセットのなかにあったのだ。これはしきりに心の青雲などの主催者が言う、人工地震だったのである。地震まで操作できるという世界にいるのかとなる。地震を起こせる力があれば世界を支配できることにもなるからだ。


ユダ金とか「心の青雲」ではしきりに批判しているけどそれほどの支配力がユダヤ人にあるのか疑問である。まさに世界を支配するほどの力がユダヤ人にあるとしたユダヤ人は聖書の時代から以前として世界を支配する中心民族だともなるからだ。ユダヤ人だけは今まで国土ももたないのに滅びていない、エジプト文明を作った民族やマヤやインカ文明を作った人種は滅びている。残っていてもその文明を作った人たちの力は完全に喪失している。ギリシャ人もあれだけの天才をだしたのに今は菜の花のとロバの国になりヨ-ロッパの保養地にすぎない、なんら生産的なものがないのである。もちろんノ-ベル賞の学者など一人もでないのである。ユダヤ人は以前として優秀な人材を出している。
それは何なのだろうとなる。ユダヤ人といっても本当にユダヤ人の子孫なのかというのもわからない。キリストはユダヤ教を否定した人である。それはヒンズ-教を否定して仏教を起こした釈迦とにている。そして別にキリスト教側でもユダヤ人が本来のユダヤ人に立ち返れば世界が変わるという人もいる。だからあれほどユダヤを憎みまたキリスト教を憎むまでなっているのはなぜなのか?
キリスト教団体を憎むのはわかるがキリストそのものを憎むのがわかりにくい。
一体この世を支配しているものはそもそも何なのかというときそれは闇の主なるサタンでありユダヤ人ではありえない、ユダヤ人だけにそんな力がありえないのである。


いづれにしろトル-マンショ-というのは一区画が映画のためにセット化されていた、人間もすべてそうである。でもそもそもこの文明社会はトル-マンショ-とにているのではないか?全く自分で生きていると思ってもそれは誰かに操作されたものでありニュ-スでも情報でも自ら見たものでもないからテレビの映像をCGの方が真実のように見させられるのである。人間の一生はすでに死ぬまで決められている。そこに冒険も意外性もなにもない、トル-マンショ-と同じではないか?そういう疑問をもった人が上野霄里氏とかニ-チェとか天才的アウトサイダ-になった。文明そのものがトル-マンショ-なのである。文明によって計算され仕組まれた人生を生きることに対抗するには文明から脱出してトル-マンショ-のようにその囲まれた壁を破らねばならない、それは遂に天才的狂気的なエネルギ-が必要になるのだ。

ただ原発事故ではそうしたアウトサイダ-でなくても情報は権力に操作されていたことが地震と津浪で明確になった。安全神話は東電と政府が一体となり国民を操作していたのである。それに逆らうことはトル-マンショ-のようにできなかったのである。例えば言論の自由があるから反対する本も出ていたのである。その本すら実は原発の安全神話のために権力側に許可されてでていたという。ロスチャイルドから情報の提供がありそのくらいの批判は許されていた。だから結局原発に反対する情報はすべて権力側によって操作されたものだったのである。心の青雲では歴史の見直しをしている。あういう見方があるのかと新鮮なものがあった。歴史でも一人の天才的な人が出れば見方が変わるということがある。結局こういう人が出たのはインタ-ネット時代になったからである。
こういうことは公にはされないものだったのである。自分もそうでありアウトサイダ-になればそうなる。出版でもなんでも情報は巨大な権力に操作されている。インタ-ネットすらアメリカが作ったものとすると操作されるということがある。膨大な世界の情報がアメリカに分析され操作されることもある。だから中国ではグ-グルに批判的なのである。

2013年05月13日

小人閑居して不善を成す (原発避難民が東京でギャンブル遊び)


小人閑居して不善を成す

(原発避難民が東京でギャンブル遊び)


いわきにはパチンコ屋が多いのですが、どこもかしこも平日の昼間から駐車場が満車です。
普通じゃありえない混雑振りです。

原発被災者の方もほどほどにしておかないと、批判にさらされるでしょうね。電気代の値上げも結局そういう人たちに行くわけですから。一人10万円で5人家族で50万円も毎月入るなら湯水のように使うでしょうね。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1485326309


今日あった人は東京まで行ってギャンブル、競馬をしていた。新しい靴を東京で買ったとか自慢していた。靴自体安物であった。東京とか仙台で原発避難民が遊んでいるというのは本当だったと思った。近くでパチンコ屋に行くことは聞いていたが東京までけいはに行くというのはちょっと贅沢であり今まで競馬するにしても福島市まで行っても東京まで行かないだろう。金が入るから東京まで行っているのか?競馬のことはわからない。仲間が400万もうけたとか言っていた。もともと競馬をしている人はいたしパチンコをしていた人もいた。ただその時ほとんどの人が働いていたのである。
だからそのことでそんなに批判する人はいなかった。気晴らしにやっているくらいだと思っていた。今原発避難民は毎日ギャンブルであれ何であれ遊んでいるだけである。それも東京まで行くとなるとそれは贅沢だなとなる。ギャンブルだけではない東京に行ったら風俗などの遊びに行っているかもしれない、それだけの金が入るとなると一般的にそうなりやすい。


第一高尚な趣味は相当な年期が必要なのである。老後に軽い気持ちで俳句を作ろうかなどとなるが俳句でも季語や花の名前を覚えるだけで十年二十年とかかるのだ。簡単に俳句だって作れないのである。だから一般的には仕事でも強いられてしてでもしていればそうはならないのだ。
「小人閑居して不善を成す」このことが今は原発避難民に起こっているのだ。自分も小人だったから若いときから仕事していないからそうなった。暇で暇でしょうがなかったのである。いつも三食用意されているし時間はありあまるほどあった。だから旅ばかりしていたとなる。読書も趣味だからしていた。パソコンもその間に覚えたとかは違っていた。でもやはり小人は暇を与えられると不善を成すのである。暇を有効に使うことは簡単にできないのだ。


英語 school(スクール)の語源は古代ギリシャ語で、schole(スコレー、暇)。古代ギリシアや古代ローマの「市民」(市民権をもつ男。裕福で、労働は奴隷がおこなう)が、音楽や芝居、議論を楽しんだり、スポーツを嗜んだりする暇な時間、そしてその暇つぶしの場所から由来し、ラテン語でそれをschola(スコラ)と訳したのが直接の語源になる。scholaは、「学院、僧院」の意味で、思想史では「スコラ学」(僧院哲学、スコラ哲学)の名前で出てくる。実際には、スコラはキリスト教の教義の研究や教育に専念する修道士たちの生活と研究の場であった僧院のこと。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AD%A6%E6%A0%A1


暇があったからこそ学問も芸術も生まれたことも確かである。一方でロ-マではパンとサ-カスのように堕落した民衆にもなった。現代でもやはりパンとサ-カスになっている。ただサ-カスはテレビとかいろいろ大衆的娯楽が増えたが本質的には変わっていない。民衆の知的レベルはやはり上がらないしそういうものが人間である。最近思うに民衆は民主主義になりただすべてが平等となりもう誰も何が人間として尊敬すべきものかなどない、貴族がなくなったとき貴族ならそれなりに芸術の鑑賞や価値を知るものがいた。何が人間にとって価値あるものか精神的に価値あるのもか知るものがいた。


そういうエリ-トは社会にとって必要だった。それがなくなったとき、どんな下劣なものでも対等の原理が働くようになった。そのことは誰も偉い人はいないし認めない時代である。江戸時代あたりなら分をわきまえるということがあった。それは差別で不平等だということもあった。でも今の時代になるとどんな下劣でも分をわきまえる人などいない、相手が金持ちだったら自分も金持ちであるべきだ。相手が才能があったら自分も同じ才能があるべきだ。そうならないのは金がないからだと極端化しているのだ。だから非常識な人が増えているというとき民衆自体がただ民主主義ではすべてが対等でありあらゆるものの平準化を均等化を要求する。そうしないとみんな不満になる。だから学校では競争させないとまでなった。何か差をつけることが否定されるのである。

だからもう大衆に何かモラルとか理屈とか言うのは無益だとさえ思うようになった。なぜこんなひどい人ばかり増えたのかと思う。知識がなくても分をわきまえるとかなればそう思わない、民衆は今や民主主義、資本主義の下では欲望の無限の追求である。そこで分をわきまえて欲望を抑えることなどしない、大衆にはもはやモラルは喪失して欲望の野獣化したのである。
だから民衆が素朴だといういうことは田舎でもない、一部にあっても一般的にはそうである。だから欲望を満たしてやる欲望を刺激することが進められる。そのことを大衆は一番求めていることなのだ。カルト宗教団体もだからあなたたちの欲望が拝めばかなえられますよとしか言わないからこそあれだけの数が集まってくる。だから今までの素朴な分をわきまえる民衆というのはいなくなったのである。非常に利己的に分をわきまえないどこまでも欲望を追求する人しかいない、それが戦後の民主主義と資本主義で拍車がかかったのである。


原発避難民ではさらにそうしたことが露骨に現れる場所になったのである。もう補償金ずっともらって遊んでいればいいんだ、今がいいければいいんだと言っていた。補償金はあといつまでももらえないよと言っても無駄である。刹那的快楽を求めているだけとなっている。そして政府とか東電とかが払うのだから払ってもらえると思っている。そしてその権利があると思うようになったのである。
今の時代は被害者になると被害者特権が生まれてそうなりやすいのである。沖縄なんかもそうなっているし韓国でも常にそうだった。中国も被害者だということで日本から賠償金を請求し続けていたのである。そういうふうに原発避難民は堕落してゆく。

それで浪江町長の馬場町長が補償金いらないと言ったそうである。この真意はわからないがもしかしたら補償金ばかり請求して堕落している避難民のことがあったからかもしれない、これは何なのか実際はわからないが原発避難民と化している市町村にはそういうことを危惧することがある。この辺ではこれから生活保護所帯がかなり増えてくる。そういう地域はやはり外部からまともな市町村とは見られないだろうしイメ-ジが悪くなるのだ。
飯館村のように所得が低くてもまでいな村として村作りしていたとき外部の人から好感がもたれていて訪ねる人も結構あったのだ。今はこの辺にはそういうことがなくなったのだ。原発事故周辺はこうして人心の荒廃がすすみ外部から入ってきた人もここに住みたくないと大内村では出て行った。


でもその解決策はあるのかとなるとこれまたむずかしい。職につけといっても簡単につけないこともある。遊んで暮らせるならめんどうだからその方がいいともなるのが人間でありそうしたことを変えることは簡単ではないだろう。人間はどうしても楽な方につきたいのである。何か強いられない限り苦しいことはやりたくないのだ。それは自分でもそうだった。仕事でも若いときから流れ作業のアルバイトはかりしていたからもう仕事がしたくなくなった。仕事はこんなものしかないのとか思いしたくなくなったのである。なかなか生きがいある仕事につけないのが社会なのである。だから遊んで暮らせるならそれでもいいやとなる。でもそれは「小人閑居して不善を成す」になる。仕事をしていればやはり仕事なのかで培われるものがある。ただ単に金をもらうというだけではない、ギャンブルばかりしていたらその一生は恐ろしい浪費として終わる。例えそれで生活できたとしても浪費意外なにものでもないとなる。だから今になって仕事なくても生活できるけど虚しい生きがいがないと思う人も増えたのである。


いづれにしろ小高の人は下水道などが整備されれば帰らざるをえなくなるのではないか?インフラが調えば帰ってくださいとなり補償金も打ち切られる。仮設住宅は5年住むのが限界だという。すでにかなり痛んでいるというからだ。すると復興住宅がこの辺でも建設されているがここに入れる人は津浪の被害者であり原発避難民はまた別である。小高に家があれば帰ってくださいとなる。ただ南相馬市は小高でも南相馬市民だから違っている。いわきで問題なのはいわき市民になっていないからである。相馬市の場合も相馬藩というアイディンティティはあってもやはり南相馬市とはまた事情が違っている。補償金は全くもらっていないから反発されるだろう。結局金があればいいだけでは解決できない問題が実は結構あるのだ。それでもしかしたら馬場町長が金をいらないと言ったのはそういうことがあったからなのか真意は不明である。

つまり金を要求すればするほどなぜか原発避難民は強欲だと事故も前も金をもらっていた。事故後もまた補償金で潤っているとか実は東電とか政府は批判されず批判の矛先が原発避難民に向けられているのだ。そうなるとだんだん原発事故地帯は国民から同情されず生活保護も増えてやっかいな人たちが増えたとなる。東電社員は最初責められていたが今は責められないのである。会社の幹部も事故の責任追及もされない。だから補償金を大目に払い批判の矛先を原発避難民にむけるという意図があるのかもしれない、ただそんなに補償金を払い続けることもむずかしい。ただ避難の矛先は原発避難民の方に向けられていることは確かなのである。

posted by 老鶯 at 15:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

抽象画(原初の花-光る花)


抽象画(原初の花-光る花)

原初の花

hanaaa123.jpg

ラフレシア


hanaaaa232323.jpg


hanaaaa4444444.jpg

光る細胞-細胞分裂


lightlife2323.jpg


結合する光


抽象画は題名はどうにでもつけられる。
これは光っているから光ることがテ-マになる。

ラフレシアににているから名前をつけたが
やはり光ることはパソコンでしか表現できないア-トだった
結合する光はまさにまばゆい

人も光として結合すればこうなるだろう
一方で闇ともなるのが人間である。

2013年05月14日

水田がない自然の不思議(田んぼなく蛙がいない)


水田がない自然の不思議(田んぼなく蛙がいない)

チャ-リップ新しき家また建ちぬ
前畑に蛙の鳴いて夕暮れぬ
一区画水張る田にそ蛙の声
いつの日や蛙鳴く声満ちる日は
老鶯や松一本に同じ道
郊外のイオンに集るつつじかな

草原に日ざしのまぶし夏の蝶

一輪の牡丹隠されなお咲きぬ我が見守りつ時の遅かれ
我が庭の牡丹は散るも隣家の牡丹は咲きぬ四五輪ほど


蛙は冬は田だったところに冬眠していて田に水が張られると目覚めるという。蛙は水のあるところに集る。だから試験的に田に水張っている処に蛙が鳴いていた。蛙は水がないところには生息しない、湿地帯化して水がたまっているところに蛙が鳴く、田んぼがなくても蛙がすみつく。

蛙が鳴くのは

基本的にほとんどが繁殖行動に伴う鳴き声ですね。
そして、生きるための必要性からくる警戒、危険音
http://q.hatena.ne.jp/1148202762


蛙と水田はすでに海岸の松原のように第二の自然としてあった。だから蛙の鳴き声が聞こえないのが不思議なのである。田んぼが草原化し
たときかえって蝶にはあっている。夏の蝶が広い草原を飛ぶのはあっていたのである。草原の景色はモンゴルの草原とにている。水田は湿っぽい。日本は湿地帯が多いように湿潤地帯である。雨が多いから水田があり米も作れる。だから大和言葉でもしめやかにとかしみいるとかは何か日本の風土から生まれた言葉なのである。そういう表現は外国語に少ないだろう。英語などでも乾いた土地から生まれた感覚だからである。蛙もしめっぽいところに生息するものである。皮膚呼吸して雨を呼ぶというのもそのためである。しめっぽいの体にいいのである。
だから蛙は極めて日本的な風土にマッチしたものとして生息していたのである。


雨鳴きというのは、カエルは呼吸の大部分を皮膚呼吸に頼っていて
皮膚が湿っていないと生きていけませんから、


菖蒲などもしめやかにしっとりと咲いている。これも雨の季節にふさわしいから日本的風土にあっている花だとなる。世界には雨がふらないところが結構ある。砂漠地帯やヨ-ロッパでもアメリカ大陸でも乾燥している。蛙がこんなに鳴くのは水田があるところである。トラクタ-で水田のあったところの土起こししているあとを鷺がついて歩くのは土を掘り起こすと冬眠している蛙がでてきて餌になるからである。自然でもあれは何なのだろうと考えるとそれなりの理由があるわけだ。


人間が住むにはなんらか文明化せざるをえなかった。人工化せざるをえなかった。湿地帯には虫とかばい菌の巣にもなっていて住めなかった。だから縄文人は高台に住んでいる。これは外国でもにていた。最初に住んだのは高台である。湿地帯に風土病になる寄生虫とウィルスとかの棲家になる。
今でもフィリンピンでは水田の自然の水路にそうした寄生虫が住んでいてそれが体に入って多くの人が死んでいるとテレビで放映していた。それで日本人がコンクリ-トの水路を作って寄生虫が出ないようにしたという。自然の小川がこの辺でもなくなったようにどうしても寄生虫などが増えるからフィリンピンではそうなった。でも自然の水路がないということは淋しい、そこには自然の生き物か生息していたからである。メダカもいただろうしいろいろな生物がいたのである。それが今は全くいなくなった。松原も水田もやはり文明化した結果としての風景だったのである。
丸森ではびんびんと蛙が夜鳴いていた。もう蛙の合唱が山にひびき木霊していた。あれだけ蛙が鳴くのもやはり水田があるからである。それがこの辺ではパタッと消えてしまったのである。


死に近き母に添寝のしんしんと遠田のかはづき天に聞こゆる 斉藤茂吉


死ぬまで蛙の声を聞いて母は死んでいった。蛙の声が天に送るように鳴いていた。まさにそれほど密接に蛙は日本の風土と水田を通じて結びついていたのである。

とほき世のかりようびんがのわたくし兒(ご)田螺(たにし)はぬるきみづ戀(こ)ひにけり
(斎藤茂吉)


陵頻伽の私生児が田螺という話の出所は不明。タニシはぬるき水を求めてすむということである。
この辺ではタニシも水田がないのだから棲まない、水を恋(乞う)いてすむ生物がかなりいたのである。草原にはタニシのようなものは棲まないのである。タニシのような貝が寄生虫に宿りそれが人間にも入ってきて風土病にもなった。モンゴルの草原とか砂漠地帯ではそうした寄生虫は少ないだろう。からからに乾いているからゴミなどでも乾くから何かそこに寄生虫がすみつくような気配がないのである。


ともかく人間の世の中で普通は確かに都会化するなど家が多く建ったり工場が建ったりして変わるのが現代だったが自然がこれほど変わるということは普通は経験できないのである。津浪で水田が草原化したり水田そのものがなくなるなども想像しようがなかったのである。

HARAMACHI-鹿島-相馬市(抽象画論-見る眼が必要)

 

HARAMACHI-鹿島-相馬市(抽象画論-見る眼が必要)

soumaimaje123.jpg

soma-haramachi2.jpg



soma-haramachi.jpg

soma-haramachi3.jpg

soma-haramachi4.jpg

抽象画は見る人によってどうにでも見える。具象画だったら山を描いたら山にしか見えない、家だったら家にしか見えない、人間を描いたら人間にしかみえない、でも抽象画どんなふうにも見えるしどう名前をつけてもいいのだ。ここではそれぞれの住んでいる市町村でも違った感じになるのだ。
南相馬市の原町は一早く近代化した都市だから赤のイメ-ジになる。
相馬市は城下町だから紫のイメ-ジになる。他は小高でも鹿島でも土の色とか緑になる。
そういえばそういうふうに見えるなともなる。

amonnyouuuu123444.jpg
秋深む


抽象画は第三芸術くらいにしても意外と奥深いものがあるかもしれない、単純化したなかに奥深いものがあるかもしれない、それはやはりその人の見る眼によるのだ。
秋の紋様というのがあまりにも単純なものでありこれがどこがいいのかとわからないだろう。
でも自分でも秋の色を単純化したものでこれは深いものがあるかと思ったのである。
自分で作って自分で評価するのも変だが抽象画はそれだけ自分で作ったものでも解釈も必要になる。秋の紋様としてことでこれが秋なのかということを理解するだろう。
この題は 秋深む だった。やっぱり抽象画はタイトルもかなり大事である。なになのかを示さないと見る人が見当もつかないことがあるからだ。


結局パソコンの抽象画ソフトによって量が増えてくる。無限に増えてくる。エッセシュル4かなり使える、だいたい三つのソフトを組み合わせると抽象画できる。その過程はある意味で決まってしまってもいる。ソフトの中で使いない機能もある。使う機能は必ず使っている。
これは抽象画を作る一つの技術化している。

写真でも加工すると違ったように変化できる。ただそれが元の写真でも絵でもわからなければいいのだが一目見てわかるのは著作権違反になる。でも抽象画からまた抽象画できるのも不思議である。
化学変化とにているのだ。一つの写真でも絵でも変化させると違ったものとして見えるから豊かなものになる。いづれにしろパソコンの抽象画新しい分野なのである。
だからなかなか評価されないということがあるだろう。

今までも抽象画を画家は描いていたがパソコンで作るのとは違っていた。

パソコンでしかできない抽象画かなりあるし絵が描けなくてもパソコンだと抽象画が素人でも作れるようになったのである。
自分のように全く具象画ができなくても抽象画は作れるのである。
ただ見る眼の方が抽象画では大事である。

春の感じとか秋の感じを深く知らなければ感じないだろう。それは日本の俳句など季語の見方に通じているから抽象画もやはり日本的なものが風土が反映されるのである。

2013年05月16日

牡丹-草原と夏の海 (写真をエッセシュル4で変化させる)


牡丹-草原と夏の海

(写真をエッセシュル4で変化させる)

botatutuji2.jpg
ここはクリック拡大!

これが原画です

bottannnn111.jpg
印象派ペイント

bottannnn3333.JPG
水彩画ペイント




草原に朝海望み夏雲雀

草原にイソシギ飛びくる夏の朝
タンポポに潮の香満ちて朝の海
夏の朝鶏(かけ)鳴く声の遠くより


我が庭ゆ綿毛飛びゆく見送りぬ

防波堤津浪の壊し荒々し波打ち寄せる夏の朝かな
牡丹咲きつつじの咲きぬ燃ゆるごと雲雀は鳴きぬ夏の朝かな

うなだれてスノ-フレイク我が庭に咲き虫一匹の入るひそけさ

snowflake111.jpg


今日は朝に海の方に行ったらタンポポが咲いて壊れた防波堤に荒い波が打ち寄せていた。
防波堤が一部なくなると波がダイレクトに砂浜に打ち寄せる。この感覚はやはり松原とか防波堤があった感覚とは違い、より野性的な自然を感じる。北海道では防波堤がない砂浜は延々とつづいている。人工化されていない荒々しい自然があることで魅力的だった。
日本の砂浜が消失したというとき防波堤の影響が大きかった。どこもコンクリ-トの防波堤になり砂浜が消失した。それも自然の作用として海が陸地を浸食していたからである。
そもそもそうした自然を人間の力で防ぐこと自体自然に逆らうことでもあったのだ。
そんなこといっても人が住む家があるのだからそうせざるをえなかった。
でも今考えると津浪を防ぐために万里長城のような防波堤を築くこと自体が自然ではない、
人間が自然に逆らう住み方だともなる。白砂青松の風景も人工的なものだったのである。
それに気づかなかったが津浪で自然にもどったとき気づいたのである。

水田がなくなり草原化して海がじかに見えて波が荒々しくよせてくる光景は北海道なのである。
草原は日本では雨がふれば湿地帯になるからこれも湿原化するからサロベツ原野とかとにてくるのだ。サロベツ原野のような風景を憧れて北海道にゆく人が多いがまさにいながらにして北海道二男たという不思議がある。
こんなことを書くとお前は津浪を喜んでいるのかとか言われるが津浪はやはり大きな自然の作用であった。人間の方で津浪を忘れ危険な領域に住むようになって被害を大きくしたのである。
でも水田は津浪の被害は大きなものでないみたいだ。津浪の被害地域でも田植えしているからだ。
ただ津浪で残った松は枯れ始めていた。

タンポポが咲いてそこに防波堤を破った波が荒々しくよせてくる。すると潮の香が強く匂ってくるというのも今までにはない自然の体験になっている。だからも防波堤など作らないで自然にもどすのがいいともなる。今の時代米あまりだからである。ただ生活するものにとっては問題がある。

牡丹が隣の庭で咲きはじめた。ツツジも咲いた。花は別に隣の家の庭でも楽しめる。どこの家の庭でも花をみるのは無料でもある。ただ塀とかでみえない、ここは丸見えなのである。
これをエッセンシャル4で変化させるとまた別なものとして楽しめる。
これも写真をより楽しめるものとなったのがパソコンの技術である。
もともと写真と絵はにた面があったからだ。

庭に咲いていた菊ににた花が綿毛になり飛んでいった。綿毛になるのはタンポポだけではない、いろいろの花がなるみたいだ。自然は春から夏と変化が激しい。だから写真をとるにはいい季節である。梅雨になったら写真をとるのには向いていない、今の時代は映像の時代である。
活字文化は団塊の世代はまだそうであった。その前はもっと活字文化だから小説全盛の時代だった。今はあらゆるものが映像化する時代なのである。
これがいいのかどうかわからない、文章でないと現せないものがかなりあるからだ。
全部が写真で現せるわけではない、だから俳句でも短歌でも無用になったわけではない。
写真と一体化して豊かさを増したのである。