2013年04月05日

飯館を通り川俣へ新しい電動自転車で行く-短歌十首 (今日は東風がどこまでも吹き渡っていた)


飯館を通り川俣へ新しい電動自転車で行く-短歌十首

(今日は東風がどこまでも吹き渡っていた)

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栃窪まで


飯館

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ここは何だったのか?
何か地元の物を売っていたのか?

ここに誰か住んでみてもいいのでは
買物は川俣になるが・・・
水が飲めないとかやはり住めないだろう
これももったいないんだよな


川俣

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熊野神社

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この家や石は動かじ梅におふ
春日さし名もしれぬ墓いくつかな
飯館に弁当食うや蕗の薹
蕗の薹朝にとまれる山の蝶
さえづりや峠を越えて飯館に
春日あびイタチの道にいで歩む
飯館の春の夕暮れ埋もれ石


門古りて枝垂れ桜や誰が家や後ろの山は御山なるかな

この石に我は休みぬ飯館にひさかたに来て春日さすかな
一本の松や標(しるし)と行き来する車あまたや春になりけり
安達太良の峰そ高くも現れて峠越え下る春となりけり
山々を越えて東風吹くや川俣にきても吹きやまぬかも
東風は吹く海のかなたゆ悔しかな放射能も運ばれにけり
川俣の小手姫桜なお咲かじさえぎる山を越えてそ帰る
早咲きの神社の桜咲きにけり川俣の古き農家のここにあり
この御堂古りにけらしもその裏に石の一つや春日さすかな
山木屋へ道こそ分かれ旅心ここに湧くかな春としなれば
人住まぬ飯館に来て石いくつ淋しや我より帰る春の日


川俣まで最近買ったパナソニックの電動自転車で行ってきた。軽く走れるからこれは確かに遠距離用である。でも13アンペアと言っても坂でへるから川俣から引き返して最後は予備の電池もきれた。
電池でライトがつかるからそれがなくなり暗いところを走った。道は知っているから危ないことはなかった。電池きれるのがやはり問題だった。カメラの電池もきれて失敗だった。


今回川俣まで走ってはっきりわかった。東風(こち)が川俣へ水鏡峠を越えても今日はそうそうと吹いていた。今日は風が結構強かった。南から低気圧が迫っていたからだ。この東風は川俣を越えてさらに二本松や福島市までそうそうと吹き渡ってゆく、郡山までもふきわたって行ったのだ。だからこそ放射性物質が福島市や二本松市や郡山まで運ばれて放射線が高くなったのである。あの風を実際に感じればわかるのだ。前は想像で説明していたが本当に実感したし自分の想像したことと一致したのである。あの時は雪もふったから不運だったのである。

飯館は農協と郵便局は開いていた。ガソリンスタンドもやっている。これだけでも仕事をしていると完全な無人の世界とは違ってくる。自動販売機も三台くらいあったからいい。真野ダムでは小池の人が釣りをしていた。今は近くの人しか来ていない、前は遠くからの人が来ていたし警察もパトロ-ルしていたが今は地元の人しかしていない、飯館は原町から福島市までの幹線道路として機能しているからいいのだ。あそこちある一本の松が何か飯館村の標(しるし)のようになってしまった。

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この風の方向にまちがいなかった


ともかく人が入らないということは荒れ放題になってしまう。大倉では確かに猿が家の庭まで入ってきていたし飯館でも庭に雉が入っていた。そういうことはあるがまだ家が廃屋とかなっていない、荒れた家にはなっていない、人の出入りがあるからだ。人の出入りがないときそこは限界集落に人が住まなくなった廃墟となってしまう。幽霊村のようになってしまうのだ。だから警戒区域で入れない浪江とか双葉とかは深刻なものとなる。5年とか人が入らないと荒れ放題になり幽霊の出るような恐いものともなってしまう。それが家が壊れて廃屋が朽ちている所に雪が積もっていたりする廃村の風景になる。そうなると幽霊しか住み着かなくなる。だからともかく浪江でも一部わずかでもそこに人が住めば幽霊村にはならないのである。また人が自由に入れれば幽霊町にはならない。飯館村は人の出入りが自由だからそうはなっていないのだ。


飯館から坂をおりた所に熊野神社があった。それはいかにも古い、その前にまた古い構えの農家があった。これもかなり古い家である。川俣には古い農家がある。前にも写真にとった。養蚕農家がありもともと江戸時代から絹織物産地として有名であり江戸にも売りに出していた。川俣は一時は栄えていたから鹿島区の屋形からわざわざ天秤棒かついで鰻を売りに行ったという話しには驚いたがそういうことがあった。それは川俣に金持ちがいたということである。それは絹織物でもうけた金持ちがいたということなのだ。川俣は飯館の方が近い、だから飯館の学校は川俣に移動した。


飯館には結構石があり今日見たのは地中に埋もれるようにあった石であった。石はほかにもある。
飯館は石の村でもあった。ともかく人の出入りがあれば石でも樹でも人とともにあるということがまだあるのだ。警戒区域のようになると人が入らないから荒れてしまうのである。一旦人間化した自然は人間がいなくなると荒寥としたものとなる。前から人の入らない自然だったらそういうことはないのだ。そういう森が沖縄にありそれは自然の宝庫となっている。そういう所は別に人間がもともといないのだからそれが自然なのであり特別淋しいということもない、動物の棲家でもある。

一旦人間が森を開いて生活の場となった所は人がいなくなると一段と淋しくなり幽霊がすみつくような所になってしまうのである。幽霊か彷徨う村になってしまう。神社とか石碑も放置されるとそれが幽魂のうよになって成仏しないとかなる。墓も放置されて捨てられるとそこに幽霊化した異様なものとなり成仏しな霊が彷徨うような感覚になるのだ。だから一旦人が住み着いた場所は誰かが住み続ける必要があるのだ。

放射能は平均して3マイクロシ-ベルトくらい下がっていた。ただ5あるとして結構それでも高いと思った。でも3も下がったということはまだ下がるのか?それが救いだったともなる。