2013年03月23日

春の山鳩 (洪水の後の鳩(詩)-大津波はノワの方舟の洪水ににていた)


春の山鳩

(洪水の後の鳩(詩)-大津波はノワの方舟の洪水ににていた)


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高台の家に紅梅朝の海


高台に紅梅映えて望む海
山鳩や心なごみて春の雲
山鳩や畑に飛びきて春の昼


川子の高台はビュ-ポイントである。あそこは結構高い所だった。だから見晴らしがいい。今回の津浪であそこからみる平地は海になったから信じられないのだ。だからもともと海だったから人は住んでいなかった。例えば小島田という所も海であり島のようになっていたがそれでそこを田にしたので小島田になった。大内でも山側に住んでいた人は家も残った。もともと海だったところに住んだ家は被害があったのだ。だから人は先に高台に住んでいた。平地は海であり湿地帯でありそこを開墾して田にしていったのである。だから高台に住んでいる人の方が古くから住んでいたのである。


山鳩が春の日に飛んできて一段と平和を感じた。鳩というとき土鳩より流線型になって飛ぶ山鳩の方が姿も美しい。鳩らしい鳩である。鳩は平和のシンボルの鳥である。



40日後にノアは烏を放ったが、とまるところがなく帰ってきた。さらに鳩を放したが、同じように戻ってきた。7日後、もう一度鳩を放すと、鳩はオリーブの葉をくわえて船に戻ってきた。


洪水の後の鳩


平和の使いの鳩よ
ノワの方舟より
陸を知らせし鳩よ
大洪水の災禍は終わりぬk
のの
やさしき鳩よ
天より注がれる
神の慈しみの眼よ
春の日は穏やかに
畑に街にさしなごみぬ
災いの日は去りぬれ
やさしき鳩よ
心温まる鳩よ
ほのぼのとした
いつくしみあう家庭よ
母は家庭を安らかしめぬ
母性にあふれ子をいつくしむ
争いのなき家庭よ
争いのない市や町や村よ
故郷は深く傷つきぬ
春の雲はぽっかりと浮かび
大空に雲雀は今日も
つつがなく鳴き暮れぬ
燕も街に来たりて
新しき日また来なむかも


この大津波はなにかノワの方舟の時の大洪水ににていた。そういう恐るべき光景だった。そして災難はすでに自分はその前からもつづいていた。家族が認知症になったり自分も病気になったり家族はばらばらになったり外からは責められる親戚もないのでその親戚にもいじわるされる、さまざまな災難が自分一人にに押し寄せたのである。内に苦しみ外に苦しんだ。だから一身上でもこの辺全体が混乱状態になった。まるで戦争状態でありそれは実際今もある程度は継続している。

ただようやく何か平和が訪れつつある。この辺は避難することもなかったから他とは違っている。

田んぼはないが畑も一部栽培している。洪水から逃れたノワの方舟のような感覚になったことは確かである。だからここにきてやっと平和が来たのかと思う。去年よりも何か穏やかな春を感じた。
それは自分が手術して前のようにもどったということも大きかった。そうでなかったらまた親戚などにいじめられつづけたしまた自分が病気ということはすでにどんなことしても平和がないということでもあった。


世の中本当に平和な日がありつづけるということではなかった。平和な日は当たり前だと思っていたし別にありがたいとも思っていなかった。アフガニスタンの少女が戦争のない平和が欲しいと言ったとき切実だったのである。戦争のないことなど当たり前じゃないかというがそれがアフガニスタンでは当たり前ではなかったのだ。イラクでもそうだった。だからそういう状態になると人間は切に平和を望むようになる。平和は願うようになるしまた平和をより一層感じるようになる。


津浪で助かった家も自分の家は津浪で流されない、家族も死んでいないと助かったと思ってほっとしている。ともかく平和の価値も平和でないことを知らないとその本当の価値もわからない、病気にならないと健康の価値もわからない、人が死んでみないとその人の価値もわからないとかやはり何かそういう当たり前になっている価値を再発見したのが今回の大津波の災禍でもあったのだ。