2013年03月22日

梅香る(60代はまだ元気-70代から本当の老人になる時代)


梅香る

(60代はまだ元気-70代から本当の老人になる時代)


津浪跡古梅香るや残る家

梅の香や幾度も通る道親し

濃厚に梅の香りぬ夕べかな

梅は満開になった。津浪の跡に残った家に古い梅が香る。つくづく残った家と残らなかった家の差が大きい。今になると大内辺りは別に高台がすぐ近くにあるから逃れられた。トラックで逃げたというのはトラックが流されるからだろう。商売道具だったからだろう。すぐ後ろが山なのだからあそこでは死者は出たのか?烏崎とは違っていた。ただ津浪は逃げない限り助からない、いくらすぐ後ろが山でも逃げなかったら助からない、その時間がないのである。津浪はちょっとでも離れると津浪が来たらまにあわないことが問題である。歩いているとまにあわなくなる。でも海老とか烏崎とか大内はすぐ後ろが山だから逃れやすかった。でも死んだ人がいるというのは逃げないからだったのだろう。
時間的にまにあわなかった。逃れる場所があってもすぐ逃げないと助からないのだ。そこでのんびりかまえていると助からないのだ。烏崎は港を修復していたし船も20艘くらいあったからまた漁をはじめるのだろう。造船工場もあった。でもあそこに家を建てることはないだろう。通って船を出すことはできる。


どうも最近自分はものをなくして困る。忘れ物もしやすい、もともと忘れ物がしやすいたちだった。何か考えているとどうしても忘れるのである。この前はバッグを忘れたがすぐにもどってコンビニにあった。バッグもすでに十回以上忘れている。でも田舎では必ず帰ってきた。仙台でも届けられ帰ってきた。今日はデジタルカメラがどこで紛失したのかわからない、火事があってその火事の現場に行って写真をとった。まるで記者のようだったがプログを書いているから記者でもある。やはり生々しい現場の写真をとることが一番訴える。枯れ草がかなり広範囲に燃えた。、最近近くでも枯れ草が燃えた。乾燥しているから枯れ草が燃えやすいのだ。

そのあとコメリによったがその時カメラを自転車内に置いて盗まれたのか?デジタルカメラは盗まれたことはないしその線は薄い。キンドルは見つかった。今回はカメラはでてこない気がする。カシオのカメラは最新式で良かったがちょっと厚みがあった。それが持ち運びにくくしていた。これはなくなってしかたがない。ソニ-の最新式が15000円くらいで通販で買える。パソコン用のメガネも注文した。これらは必需品だからしかたがない、そう高いものではないからよかった。メガネを踏んだり何かこの頃日常生活でうまくいかない、やはり家事というのがいろいろ結構めんどうなのである。介護もしているからそれで気がとられる。人間はそんなにいろぽすなことに気が回らないのだ。でも一人だからどうにもならない。

老後はやはり何かくつろぐ場所が必要になる。回りでもあまり変化すると適合できなくなる。

人間でもそうだし街自体でもそうである。いつもの道を行きそこに梅が香っているというのがいい。なじみの人とあうというのもいいだろう。そういう人はないにしても何かそうなってしまう。
ただ見慣れた風景が津浪で喪失した。相馬藩内は自転車で一日行程だったからちょうど視界に治まる広さだった。これが会津であれ伊達藩とかだと広すぎて視界に収まらなくなる。浪江の高瀬川辺りまでゆくと広いと思う。葛尾(かつろう)は一部を残して警戒区域が解除になる。高瀬川の上流地域には入れるのかもしれない、ただあそこまで自転車でゆくのは遠くなった。
今度の電動自転車は走りやすいので遠くに行ってみたい。誰かプログに書いていた。
70代になると体が衰える。60代はまだ意外と元気だと書いてあった。確かに自分も病気になったが
手術して元にもどり意外と元気だと思う。でも70なったら運動もきつくなってくるだろう。
そうなるとあと5年くらいしか余裕がなくなるのだ。つまりもうあと5年くらいしか自転車で遠くにゆくことができなくなるかもしれない、最近盛んに老後の生き方とか過ごし方とか本もでるしインタ-ネットでも書かれている。60代以降の生き方や過ごし方は未知の世界になっていたのである。
大方は死んでいたからである。それでいろいろ語られるようになった。

60代は実際は黄金の時代だった。最後の実りの時だった。これはどんなことでもそうなる。雑学でもどんなことでも最後に実りがある。集積したものが実りとなる。詩を百篇以上書いたのもそうだった。そして若者が学ぶべきは若者ではない、若者は参考にならない、老人が人生の最後に何を語るのか実りとなるのかそれこそが最も手本にすべきことなのがわかった。青年の目指すべき見本は老人にあるのだ。それは体でも酒をのみつづけると必ず肝臓とか内蔵を悪くする。酒を飲まなければ肝臓などがあまり使わないのだからいたまないのである。腎臓などもそうかもしれない、先天的に病気になりやすいことがあってもやはり体も酒を毎日飲んでいれば内臓が疲れてきていたみ病気になってくるのだ。例え注意してしても60代になると病気になりやすいのだ。60代は病気の世代であることがわかった。若いからといって毎日ガブガフ酒飲んだりしていたら必ず内臓が衰弱してくるのだ。

だから60代から病気になりたくなかったら酒を飲まずタバコを吸わないとか節制すべきでありそれは老人の姿を見て参考にするのである。高齢化社会は60代から20年間くらいをどう健康に過ごすのかということが最大の問題だからである。病気になったら終わりになる。そういう恐怖を味わった。
自分の場合は体が弱くても自転車などでかなり運動していたからそれで今も病気になってもまだ調子がいい、6ただ60代はみんな元気なことは確かである。体力的にそれほど衰えたということはないのだ。70になったら食うものもまずくなったとか言っているからそういうところからも衰える。
60代は老化というのはあっても何かまだまだ元気なのである。そういう時代でもある。
今は70から本当の老人になるのかもしれない、60はなかなか一般的には老人とは言えないだろう。
ただ個人差があり10年くらい見た感じでも年も違って見えるのだ。自分より元気な人はいくらでもいる。だから年金なんかも70以降にしかもらえなくなる。高齢化社会そのものがそういうものであり
60代は元気だから働くことさえできるからだ。