2013年03月19日

若芽(ケアマネがくる-ショ-トスティも混んでめんどうだった)


若芽(ケアマネがくる-ショ-トスティも混んでめんどうだった)

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大風に若芽ふくらみゆれるかな

ふくらめる芽の一つ一つ希望かな
万作やまた同じ家の前通る
往来や街中流る春の雲
春風に樹々しなりゆれ雲流る
春塵や墓所をいでて街の中


今日は原町の実家の墓参りに行った。その墓所を出たら風が強いか春塵が舞い上がった。原町の通りはシャッタ-通りになっていた。原発事故以後食堂意外が成り立たなくなったみたいだ。原町の中心地は六号線の方に移っている。だから駅前通りの方に行かない、なんか駅前のセブンエレブンが前に駐車場があり中心地みたくなっている。その前の喫茶店でカレ-を食べた。それなにうまかった。
あそこの前から仙台までの直通バスがでている。あの辺がやはり街の中心になってしまった。

芽が相当ふくらんできた。今日は大風でゆれた。万作というときいつも通る道の家の庭に咲いている。なんかこれは飯館の山にも咲いている。親しみ安い花なのだろう。飯館にはずいぶん行っていないからそろそろ行ってみよう。あういう状態だとなかなか行きゆくくなった。やっぱり人住んでいない村というのは変なのだ。人が住んで映える自然というものがある。


今日は半年ぶりくらいで介護関係の人から連絡があった。ショ-トスティできるとか言われたので喜んだがこれも大変である。混んでいるから二日くらいでも一か月から二三か月前から予約なのである。そしたら桜の咲く時期には行けない、弘前城の桜はいつ咲くかわからないし結局一日も旅に行けなくなったのだ。介護職の人もパチンコやっているらしい。これは息抜きだからそれを責める人は今まではなかった。仮設の人が大勢パチンコで仕事もしないから責められるのである。人とかかわる仕事だから人の悪口を言った時、そのまま聞かないのは得策である。自分もそれで失敗したのだ。
パチンコも必要だなどと言うのも頭に来たが双方の言い分があり知らないときどっちの見方もしないのが得策である。家庭に入ってくるともめごとが結構あるからあまりかかわらない方がいいとなる。警察もかかわらないのはわかりにくいし公平にみることがむずかしいからである。自分の前の親戚も長い間つきあっていないからてっきり娘の方の言い分が正しいと思っていた。その逆だったのである。母親が娘に虐待さていたのである。今はこうして親子関係でも逆転現象が起きているのだ。子供に親が虐待される時代なのである。


今はこの辺では仕事している人は威張れる、今までは仕事しているのが当たり前でありそんなに仕事を重要視していたとも思えない、それはありふれた普通のことだった。今は若い人でも仕事する人が流出しているから仕事している人は強いから文句が言えない、特に医者や看護師や介護関係はそれに関係するものは切実なものがあるからそういう仕事は尊重されるし威張れる。だから看護師にもひどいめにあっても介護職でももちあげるほかない、文句は言えないのである。仕事してもらうだけでありがたいというのがこの辺なのである。金かあってもこの辺では威張れない、補償金がんほりもらっていてもそれで威張ることはできない、回りから非難されているからだ。ただもっと介護など医療でもサ-ビスを受けたい人は金があるなら他のサ-ビスのいい自治体に移るほかない、東京辺りでは金がある人が多いから実際にそういうサ-ビスのいい自治体に移っているのだ。どこでも移動が容易な時代だからその方がいいともなる。この辺ではもはや人材を確保できないのである。今は隣近所とかあてにならないし協力してくれる親戚などいないものは福祉のサ-ビスがいい自治体に移った方が得である。


正直川内村に住んでいた東京の人が補償金で遊んでいるだけの人たちを見て住むのいやになって去って行った気持ちがわかる。芽はふくらんで来たが何か全体的にこの辺は将来性とか希望に欠けてきたことはいえる。まだ今は工事関係の人がかなり入っている。札幌のナンバ-もみかけた。新しいホテルも小池の山の方にできたりそういう活気はある。ボランティアも結構来ているのだ。ボランティアも津浪などにかかわったということをあとで自慢できるかもしれない、つまり400年に一度の津浪などあとは経験できないだろう。だから津浪でボランティアしたということは何であれ記念になるのだ。テレビで見ているより実際にかかわったということで記念になるのである。