2013年03月18日

【広島・中国人研修生が8人殺傷】 (待遇不満-トラブル多い外国人実習制度-追いつめられるていると犯罪者になる)


【広島・中国人研修生が8人殺傷】

(待遇不満-トラブル多い外国人実習制度-追いつめられるていると犯罪者になる)


犯罪はなぜ起きるのか?会津の夫婦殺害事件でも相手は追いつめられていた。金がなくて追いつめられていた。でも回りの人はそうは見ていない、金がもっているかどうかなど外から見てもわからない。だからのんきにかまえていたのである。まさか殺人までするとは思っていなかった。
ところが近くにそうして追いつめられている人間がいる。大方は金で追いつめられている。
金が欲しい金が欲しいと頭の中が一杯になっている人間はまず家の中に入ってくるだけで危険である。

 


アガシが日本で売春すんのも大半が韓国国内で借金返済できなくなり、日本に送られてくんのと同じなんだよな。
不法なことで借金返済する韓国人と泣かば強制で働かせられて借金返済する中国人って考えるとかわいそうには思えるけど。
中国人の技能実習生陳双喜容疑者(30)を旅行に連れて行き、食料の手配もするなど生活の面倒まで見ていたことが18日、知人らの証言で分かった。


おそらくどちらも原因は”人間扱いしてしまったから”
なんだろな


残念だけど親切にしたら親切にして返す、恩を返すみたいな
発想はキリスト教や日本のごくごく豊かな国の一部の発想で
たいていは親切にしたら家財産とられるが大半の国の
発想です。


> カキの仕事は1歩間違えば命を失いかねず
こういう命を落とす現場では、基本厳しい指導になってしまう。
死んでからでは遅いから効率重視でいかなければならないから。



借金というのをしたことがないけど返すとなると実際は相当に厳しいものとなる。江戸時代も遊女も借金の形にとられて身を売って若くして病死したものが多い。今の風俗で働くのとは大違いである。親の借金とかでそうなった。戦前とか江戸時代は親のために尽くすことがモラルであるからそうなった。親のために子が犠牲になる。今は反対に子のために親が犠牲になっている時代なのである。
借金した元親戚の人も見栄からしていた。事業が成功したように借金でしていた。それがわかったのは最近のことでありそれで借金の形にブラックなところで働かせられている。そういう人が自分が苦しいときかかわったから最悪だった。そんな人は人を助ける余裕がない、借金で追いつめられている人は犯罪予備軍である。だから入院しても脅迫された。金だけ欲しいだけだった。こんな人とそういうとき頼る他なかったのが悲惨だった。前も他人が入ってきて火事場泥棒されて財産を失った。その女性も追いつめられていたのだ。事情はよくわからないが金もないしおいつめられていた。だから最初から金くれとか家に入ってきたのである。その事情が良くわからないから家に入れてしまった。
そういう追いつめられている人は必ず犯罪に走る。


それは善人とか悪人とかではない、ただ金なり何かの事情で追いつめられているから犯罪を犯すのである。今食べるものがない金もないとしたら盗むほかないのである。他人の家の中に入ったら相手のことなどかまわずに盗むし殺しもするのである。何であれ追いつめられている人間は危険である。そんな人は人を助ける余裕もない、自分が助けてもらいたいのであり他人はもう金をえるための道具になって人間ともみない。そんな人と二組自分が苦しいとき家に入ってきたから最悪だった。その人たちが金がないのその人たちに原因がある。別に質素に暮らしたり離婚しなかったりそれなりに生活していれば追いつめられることもなかったのである。でもそういう人は絶対に自分が悪いなどと思わない、悪いのは他人であり社会であり金をもっているやつは自体が不公平だとなるのだ。そういう人はカルト宗教団体などに普通に入っている。そして社会が悪いとか不公平を正せとか団体で社会に要求するのである。もちろん金には不公平なことはが多々ある。でも明かに本人にもそうした借金を作ったことなどの原因があるのだ。だけどみんな他人のせいにして今度は弱者を脅迫してくるから悪質だけど追いつめられた人は何でもするから恐い殺人もする。そういうことをししていいのかという歯止めもない、なぜなら追いつめられているからそういう善悪のことすら眼中になくなるのだ。


この研修生の中国人の事情も良くわからない、回りでは親切にしたという、でも生活の経済的格差があるときは人間はいくら親切にしても通じない、なぜ時給にしても日本人とこんなに差があるのだとか日頃不満がたまっていた。そういう格差があるときもう親切も通じない、相手は親切とも感じない、中国人はそういうことを知って来たとしても現実を実際に知ればまた違ってくる。現代は世界的に平等意識が高まっている。奴隷制度のようなものに従う時代ではない。情報だってどこからでも入ってくる時代である。日本人の経営者の方が悪いという見方も出ているのもこういう時代だからである。相手が中国人でも極端な格差は認められないのである。


結局経済的格差が認められたのはそれなりのモラルが社会に通じていたときである。インドのカ-スト制は宿命論で金持ちと貧乏人を分けた。そうしなければ金持ちの正当性は保てなかった。江戸時代の分をわきまえるがモラルになりえたのは支配階級の武士も貧乏だったからできた。庶民とたいして暮らしも変わらないとなれば文句もあまりいわない。ただモラルが高いものとして模範を示すものとして許されていた。だから「武士は食わねど高楊枝」となった。貧乏でも昔の清貧な僧侶のように暮らしていれば庶民から文句もさほど言われないということである。金持ちと貧乏人はどんなことしたって相いれない、一緒には暮らせないのである。それは大きな差でなくても今は少しの差でもそうなる。この辺で補償金の額でもめているのはそのためである。


残念だけど親切にしたら親切にして返す、恩を返すみたいな
発想はキリスト教や日本のごくごく豊かな国の一部の発想で
たいていは親切にしたら家財産とられるが大半の国の
発想です。


自分もこれを経験したからそういうことなのだろう。ただ人間はいろいろ事情が複雑だからすべてとはいえない。でもほとんどは金持ちが貧乏人に親切にしても恩を感じることはない、なぜ自分よりこんなに金があるのだ贅沢しているのだという理不尽だけを感じるのである。こういう人は金だけではないあらゆることに不満をもっている。なぜあいつは才能があるのだとかあの女性は美人でもてはやされるのだとか何かと不満だらけなのである。欧米ではわからないがチップの制度は金持ちと貧乏人がうまくやることから生まれ文化である。それはやはり欧米には貴族階級があり日本などと違い桁外れの金持ちがいたからである。金持ちと貧乏人が折り合う文化が日本のようなもともと貧しい国にはないのだ。アジアも貧しいから一般的にないだろう。

ただ雇う側でも貧しい人がどういう気持ちでいるかなど考慮していないと痛めにあう。牡蠣をとることがこんなに厳しい労働の現場だとは知らなかった。だからどなるということは普通にある。工事現場では常に怒号で一杯である。それは危険な場所だからである。だから常に「馬鹿野郎」という言葉がでている。それは普通のことなんだけど外国人はひとく侮辱されたと傷つくのである。突然フィリッピン人が「馬鹿野郎」と言われたと旅で出会ってびっくりしたその人は大学卒でインテリだったので英語もしゃべれたのである。日本に出稼ぎにくる人は最低辺の人とは限らないのである。いづれにしろこんな労働形態自体が問題視されていた。だからいくら親切にしても通じなかったというのはその労働形態そのものにあったから日本人から同情論がでている。

posted by 老鶯 at 20:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層