2013年03月14日

津浪がもたらした良いもの (海がきれいになった?人間界の悪を暴いた)


津浪がもたらした良いもの

(海がきれいになった?人間界の悪を暴いた)


津波のおかげ、と言ったらいいのでしょうか。
湾内の海底がきれいになりました。

津波は、人間が生産し、排出したヘドロを、陸上へと返して寄越したんですね。
まるで、天罰のよう。


その後、重茂地区を襲った津波の写真を再び見ました。
外洋の津波の色は、青いのです。
だから、黒い津波は、人間の色。
人間は、たぶん腹黒い。


そして、今、岸壁に付着している海藻類やシュウリ貝を成長を目にし、たくさんの稚魚を見ると、海がきれいになったような気がする。

津波は、海を再生させたんだ、きっと。


津波の記憶 11
http://platinum-room.seesaa.net/category/11960509-1.html


津浪はあまりにも陰惨な悲惨な光景しか写しださなかった。それで自分が津浪で美しい八沢浦がもどったという記事を書いたとき「お前はここで死んだ人のことを考えないのか」と意見があった。実際に死んだ人はいた。一家で三人くらい死んだ人もいる。でも一方で本当に八沢浦開拓する前の元の入江にもどった。そのことに自分は正直驚嘆した。八沢浦は村が壊滅するようなことはなかった。家も入江になった中には一二軒しかなかった。海岸に接してあったが数軒だった。自分はいつもあそこが入江だったらどんなに美しいだろうとイメ-ジしていた。それが一時現実にそうなったからそっちの方に関心が向いてしまった。奥まで水が入り込んでキラキラと朝日に光り浦波が岸辺によせてきたときは本当に奇跡のように感じた。これは偽らない感情である。あとで確かに泥の中を自衛隊が死体を探していた。その残酷さ無惨さも事実であり一時津浪によって美が現れたことも事実なのである。


プログなどで報道を素人がするようになったとき、報道とは何だろうと思った。それは事実を報道することなのだ。いろいろ解説する前に事実を報道することなのである。ところが事実が報道されないのだ。テレビでも新聞でも事実が報道されない、必ず隠蔽されるものがある隠されるものがある。
津浪のプラスの面は報道されていない、津浪によって暴かれた悪が確かにあったのだ。それは前にも書いた。それは戦争中と同じ悪だった。すべてが原発の利権に群がり原発を推進してきたのである。そこでは原発で不祥事が小さな事故があっても報道されなかった。報道管制がしかれていたのである。報道はいろいろと解釈するのではなくまず事実の報道がベ-スになるべきなのである。その事実が報道されないのである。だからまずニュ-スにテレビ局やマスコミで色をつけないで事実そのものを報道すればいいといわれる。その事実が報道されないことが大きな過ちにつながる。ある意味で事実を報道することは命懸けになるのである。


この世の中は複雑であり悪と善が入り交じり何が悪か善かも見えない世界である。まさに津浪のように醜悪なものと美が混在していたのも事実なのである。圧倒的に醜悪な陰惨なものであったがその中に津浪のプラスの面もあったのである。これも事実だったのである。だから津浪には海を浄化する作用があったということである。それは原発事故の悪を暴いたと同じではないか?おそらく津浪がなかったらこんな巨大な悪は暴かれることはなかったのである。検察までかかわり巧妙に絶対的権力で隠蔽されていたからである。だから朝日新聞さえ東電からかなりの宣伝費をもらっていたのである。これは戦争中と同じだったのである。日本が原発で大政翼賛会になっていたのである。創価などのカルト宗教団体もそうだしあらゆるものがそうだったのである。金が入れば利権になればと原発を推進してきたのである。それは地元の人でもそうである。国民も戦争に熱狂的だったとか言われるのと同じである。こうなると事実であっても隠蔽されるから本当のことはもう闇の中になり突然今回のような事故で明るみに出される。それは人間の力ではない、自然の力というか神の力さえ感じた。

津浪は海上では青かった。ところが陸地に入ってくると黒くなっていたのである。まさに人間の住む陸地に向かったときどす黒くなった。これも意外だった。津浪は海上から黒いと思っていたからだ。まさに腹黒いという表現がひったりである。人間界は腹黒いやつで一杯なのである。


外洋の津波の色は、青いのです。
だから、黒い津波は、人間の色。
人間は、たぶん腹黒い。


津浪とはだから自然の浄化作用という側面もあった。今回の津浪が想定外というときこれも人間の奢りを打ち砕いたのである。このプログの記事は漁師だから海を津浪を良く冷静に観察していたのである。一般には津浪を冷静に観察できない、津浪に対する憤りに満ちていたからだ。
津浪は大きな人間の想定を越えた自然の作用であった。そして神からの警告でもあった。原発のようなものを日本のような地震国には作るなという警告であった。でもまたこの警告は忘れられようとしている。

posted by 老鶯 at 23:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 地震津波関係

初燕を見た!


初燕を見た!


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旅路来て赤絵の町や初つばめ


風そよぎ竹のゆれにつ初燕

タンポポやコンビニの外にコ-ヒ-飲む

田舎住みしつこく残る冬芒

竹林が風にそよぎゆれて初燕を見た。これは一瞬であった。初雲雀-初音-初燕・・・ともう完全に春だ。初燕は見たのが早い気がする。ただこうして最初にみる燕はととまらず遠くへ去ってゆく。
ここにとどまる燕はまたあとである。やはり最初の燕は一番感動する。これは春を告げる鳥であり遠くから飛んでくるからだ。


初燕というときこれもどこで出会うかが問題である。旅して九州の有田焼の赤絵町で初燕を見た。
九州というと遠いから旅して出会った感激は大きかった。これもよほど旅していないと出会いない、現代は皮肉なことに便利になりすぎて感動的な旅を体験できないのである。
旅はやはり感動的なものであるが何か現代は車の騒音や雑音やらに打ち消されてしまう。
「静けさや岩にしみいる蝉の声」などという静けさは現代にないからこんな句ができえようがないのだ。旅は道連れとかもない、そういう道行が行程がないのである。それにはゆったりとした時間が必要なのである。それが江戸時代などにはあった。江戸時代は牛のような時間だったのだろう。
時間はゆっくりと進んでいる。急がせるものもなかったのである。ただ歩くから早立ちにはなる。
それなりに急いでいたということもある。いづれにしろ時間の感覚は全然違ったものだった。


九州は二回くらいしか行ってないからまだまだ未知の領域だった。ここから九州は北海道より遠いのである。北海道は意外と近く感じられるのだ。だから梅雨の時期には仙台からフェリ-で苫小牧から北海道に十回くらい行った。どうしても梅雨の時期から逃れたいからそうなった。
今は外国に行っている人が実に多い。ヒマラヤのトレッキングでは一人で十回登ったという人がいた。その人はガイドもなしに登っていた。相当になれている。ヒマラヤは見物である。三千メ-トルまで上ると天に達するような高さを感じる8000メ-トル級の山を望むことになる。それも夢のように思えた。ただ春だったので山が隠れて見えなかったのが残念だった。ヒマラヤは10月ころだと見える。春になると雨になったり曇って見えなくなるのだ。この辺では高い山がないので山に憧れる。

日本にないものが外国にある。パリに八回行ったとかそんな人は今はざらにいる。それほど金がかからなくなったからである。だから贅沢とも言えないのである。一般の庶民が行っている時代なのである。日本より外国に詳しい人が普通にいるのが現代なのである。
スイスでも山を一番身近に感じた。アルプスとは違い山が大きく感じられた。ここも一回くらい行ってもなかなか自然はとらえがたい、外国旅行は歴史的なものの感動と自然の感動がある。ただこれも相当に時間をかけないと深く感動はできないのだ。
自分は手術して行動が自由になったからまだ旅もできる、無理すれば登山もできるみたいだ。ただ介護でできないのである。

ともかく旅で感動するには深く記憶するような旅でないとあとあと思い出すこともできない、外国は特にそうだった。変わっているから忘れやすいのである。
ここ6年間は苦しみの連続だった。今年の春は楽な感じがする。自分の場合は津浪原発事故の影響はそれぼどなかった。仮設に住むようなこともなかった。津浪で家族が死んだわけでもない、ただ介護とか自分の病気で苦しんだのである。助けるものがいないから大変なことになった。その弱さにただつけこまれて苦しめられた。人間の非情を思い知らされたのである。田舎だからは昔の人情的なものを未だに思っている人がいるがそういうのはもうない、都会と同じなのである。都会と同じだというとき地域社会がすでに崩壊して田舎でも会社人間になっている。だからなぜ復興しないかというと地域自体がすでに崩壊していて東電とかの会社に田舎自体がとりこまれていた。だからその会社の一員になっているような状態では地域の復興はない、結局以前として原発事故の近い地域は東電に頼っているのである。そういう構造になってしまっていたのである。
今はただ近くを買い物などで行ったり来たりしているだけである。買い物は結構毎日あるものだと思う。結構金も使っている。やっぱり金はかかる。金があればやはり今の時代はこんな状態になっても暮らしていけるのである。


枯れた芒が消えずに残っている、これも何か高齢化社会を象徴している。枯れた芒は延々消えない、田舎だと何かそういうしつこさがある。

またパッグ忘れた。コンビニの外で新聞読んでいた忘れた。でも誰かがコンビニにもってきてくれた。
すでに十回くらい忘れているけど帰ってこないことはなかった。ただ一回だけ警察に届けられて5千円謝礼払った。
田舎はどこに忘れたかわかる。仙台でも忘れたとき警察に届いていた。
日本ではそういうことでは他の国と違っている。

ただ犯罪は別なところはやってくる。大きな犯罪は意外な所からやってくる。直接人と接することからやってくる。
これは都会でも田舎でも同じである。こんな人いたのかとびっくりしたし恐怖したからだ。