2013年03月13日

桜は遠く梅は近くに(桜の季節がまたやってきた)


桜は遠く梅は近くに(桜の季節がまたやってきた)


桜は遠く梅は近くに香るかな

虫一つあれて飛びかな春の夕

近くの梅が咲いて香る。でも今年はやはり梅が咲くのが遅かった。まだ咲いたのわずかでありまだ咲いていないのがほとんどである。今年はそれだけ寒かった。梅は身近で香りを楽しむ。一方桜は桜前線のように九州ですでに桜が咲いたように北上してくる、桜前線になる。この桜前線は稚内までつづいていて6月まで桜は咲いていたのである。自転車で稚内まで行ったから知ったのである。一か月くらい旅行したからふらふらした。今やあのような旅はできない、そうした無理する旅は意外と短い、60過ぎても過酷な登山とか旅をする人が増えてきて遭難などにあっている。やはり無理になってくる。だから青春時代とかその世代世代でやれることをやらないとあとはもうやれなくなる。退職してから自由になるからやろうとしてもやれない、今度は暇があっても体力がないとかいろいろ支障がでてくるのだ。再三言っているけど老後は庭作りなどが一番向いている。でもこれは相当な贅沢でありみんなができないのである。
桜で自分が推奨するのは大坂城の桜であった。西の栄を象徴するのが大坂城の桜だった。夕陽が落ちて桜がまさに静心なく散りやまない、万だの桜であった。姫路城とかの桜も見事だった。西の桜は歴史的に栄えたからそれと呼応している。大きな城が多いのが西である。ただではこれだけ旅してもやはり桜は一時期にしか咲かないから見れないのが多いのである。弘前城の桜も見ていないし見れない桜がいくらでもある。桜が咲くのが一二週間だから見れないのだ。その時期に旅することはいくら旅しても見切れないのである。実際に桜の名所は無数にあり近くであっても時期が限られているから見れないのである。ただ桜は遠くに行って見たいというのがある。梅は近くで香りを楽しむのがいいが桜は遠くで見たいとなる。自分は桜前線のとき南に行ってそれからまた北に還って桜をみる、南の西の桜が散っても今度はみちのくの方で咲きはじめる。その時期がずれていることとその期間が実は稚内で6月まで咲くように長いのである。

最近仙台から格安で大坂まで4千円で行ける航空券が出るという、ええ、そんなに安いのかと驚く、往復二万くらいはかかる。4千円だったら安すぎる。ただそんなにみんな利用できるものなのか?
自分はわざわざ普通列車で青春18切符とかで行った。飛行機の旅はつまらないからである。でも今になるとできないから飛行機だったら大坂まで桜を見に行きたいと思った。しかしそれすらできないのである。弘前城の桜は日帰りでできるかもしれない、新幹線だと3時間くらいだからだ、往復でもそれほどかからない、でもこうなると旅という感じがない、不思議なのは今の時代、本当に旅することはかえってできないという皮肉があるのだ。旅することはかえって不便であると旅になるけどすると時間もかかるしかえって労力もかかる。それだけの時間をもつのは会社勤めではできない、今旅することは自ら演出しなければならないから相当な労力がかかる。ただそれほど金はかからない、時間がかかるのである。

結局人生は最後何に時間を費やしたかがその人の人生だったとなる。それが遊びでも雑学でも何でもそうである。あなたの人生は何でしたか?何に時間を費やしましたか?それを聞けばその人の人生がわかる。時間ほど貴重なものはない、だから無益なことに貴重な時間をとられることほど馬鹿げたことはない、虚しいことはない、時間はわずがの金で売るべきではない、会社とかにも時間を売るべきではないのだ。そして時間は絶対にとりもどせないのだ。あの時こうしていたらなと思っても絶対にもうその時間は帰ってこないのである。そういうショックが最後にやってくるのである。青春時代をとりもどそうとしても絶対にできない、それはすでに過ぎ去った遠い過去となり女性だったらどんなに若作りしても若さは絶対にとりもどせない、男性も同じである。
だから若い男女をみるとなんと輝いていることだろうとつくづく思う。それはみなん若いときもっていたものだが今は喪失してしまったものだったのである。花の命はあまりにも短いということである。

老いてなお遠くの桜見に行かむその華やかなる一時に酔わむ

桜前線の短歌
http://www.musubu.jp/sakuranewpage2.htm

ここもリニュ-アルする必要があった。御前桜のことなどはまた書いた。常に更新してゆけるのがインタ-ネットの強みであるからだ。