2013年03月01日

認知症の脳内地図(抽象画)



認知症の脳内地図(抽象画)


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認知症の脳内地図

認知症は字も書けなくなる、道には迷う、都会だと余計に複雑だから認識できなくなる。
頭の中がこんな感じなのか?字が認識できない、計算もできない、人間の複雑な頭の中も
認知症になったらもう悲劇である。最後は自分の生まれた場所も住んだ場所もなにもかもわからなくなった。

抽象画は認知症的でもあるんだよ、何か世界が抽象化して迷路のうようになっている。
正常な人でも都会なんか入り組んでどうなっているのかわかりにくい
必ず迷うんだよ、迷路に迷いこんだようになる、だから認知症的になる
都会では精神の安定性が保てないんだよ
何か中心になるものがないんだよ

抽象画が極めて現代を象徴したものかもしれない、世界が具象化して見えない
抽象化して見えてしまう、ピカソの絵のように見えてしまうんだよ
そこにはたしかな古代のような人間の像などイメ-ジできないんだよ・・・
エジプトのように神々の像で埋め尽くされた世界とは余りにも違っているんだよ

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春色多彩

ソフトが変わると別な抽象画できる。ソフトに影響されるのもパソコンの世界である。
ソフトを使いこなすのがめんどうだけど一つのソフトでは限界がある。

仮設商店街で見直されたもの (津波原発事故は土着的な思考の欠如でもあった)


仮設商店街で見直されたもの

(津波原発事故は土着的な思考の欠如でもあった)


●仮設商店街の新しさと古さ


仮設商店街というのも新しくできたものだがこれも非日常化の世界であったが昔あった商店街の良さを見直すきっかけともなった。商店街は衰退したのだか仮設店舗として集中した結果そこに賑わいが生まれた。何か昔の商店街の復活を見たのである。商店は一軒一軒街中でも離れているから買い物しづらいのである。どうしても忙しい時代は一カ所で買い物をすませたい。車時代は距離が関係ないから余計にそうなった。でも震災や津波や原発事故をきっかけにこれも見直された。

多賀城市駅前は津波の被害を受けていないが駅から十分ほどの郊外型店舗は-イオン、ヤマダ電機、マクドナルド-などの津波で大きな被害を受けた。でもここにはボランティアがほとんど見当たらなかった。石巻にはボランティアが日中必ずいた。

商店街は単なる商業集積地ではない、津波の後も商店街に住み続ける人たちがいて家を流されてももどろうとする人たちがいて商売の再開を願っている人たちがいる。商店街は商業地区であるだけではなく人々の生活への意志があふれている場所である。だからこそ商店街の復興に少しでも役にたととするボランティアが後を絶たないのである。
(商店街はなぜ滅びるのか)新雅史


この一文はかなり示唆に富んだものである。大企業系の大規模商店、大資本の経営は小規模商店など商店街とは違ったのである。イオンなどでも便利にしても昔の商店街とはちがう。いろいろな条件でそういうものが繁栄したのが現代だった。コンビニもそうである。コンビニもやはり大規模な企業経営であり家族経営の商店とは違っていた。つまりこれは壊滅した小規模漁業にかかわる人が大企業の進出に反対する理由と同じである。大企業はあくまでも大企業中心でありその地元に住んでいるのではない、幹部は東京に住んでいる。その利益は収奪して東京に住むものの利益とする。そういうシステムであり地元に愛着がない、ただ利益還元のみを求めている。だから突然採算があわないと撤退してイオンでも空地化して街自体が衰退してしまうということも起きている。企業経営と昔ながらの小規模経営は根本的に違っている。あらゆる仕事が土着的であるべきということを書いたが現代は会社中心大資本の企業中心になるときそういうものが失われた。江戸時代まで戦前でも地縁血縁家族経営とかに根ざしたものであり土着的でありその土地に愛着もつものが仕事していたのである。企業経営はそれとまた違ったものとなる。


原発事故の仮設商店街ば石巻とかは別である。多額の補償金をもらっているから生活の心配がない、石巻のように三陸のようにぎりぎりに追い詰められてやっているのとは違う。ぎりぎりだから復興にも真剣になっている。そこで共感してそこにボランティアだった人が住むまでになっている。
原発事故の避難民の仮設店舗にはそういうことがない、人々の真剣な生活の意志がないのである。
多額の補償金で働かない方が金がもらえならそうなってしまう。だからまた原発避難民の仮設はまた別な問題をかかえているのだ。


●大資本の会社と土着的小規模商店の相違


東電にしてもあれだけ巨大な会社であったことに驚いている。地域社会が東電にのみこまれていたのだ。いわば怪物的な会社だったのである。その人たちが土着的に仕事しているなどということはない、その土地に愛着を持つ人がしているわけではない。一方東北電力は一応地元だからその副社長が岩沼で津波の伝説を知っていて女川の原発を津波を恐れて高い所に作った地元志向があった。土着的だったから救われたともなる。仕事は土着的なのにならないとうまく機能しないということがある。
浪江は標葉(しめは)郷であった。この地名に津波になり着目した人がいた。浪江は津波と関係あったとか津波の記憶があり浪江になったとか言っていた。そして標葉(しめは)郷とは万葉集にしきりにでてくる禁断の地だったのである。入ってはならない地だったのである。昔の呪術師や長老がここは危険な場所だから原発を建ててはならないとか言ったら科学者が必ずそんなこと迷信だとなって相手にもされなかったろう。もちろん科学の時代には地元の人でも科学者が神のようになっているからそんなことを注目している人もいなかった。でも科学では計りしりえないものが自然にありそれが今になると標葉(しめは)郷-禁断の地に危険な原発を造ったから事故になって罰を受けた、呪いを受けたとかなる。もちろん地鎮祭などをしていたがこれも形式的なものでありそんなことを今はすべて無視して科学の力に頼っている。そういうこともまた危険だったということである。土着的志向はあるゆるめ面で必要なのである。


医療にしても原町中央病院の産婦人科の院長は最近死んだけど南相馬市立病院で勤務していたがあとで地元の開業医となり土着して最後のミッションだと言って癌になっても仕事をつづけて死んだ。
一方南相馬市立病院でも勤務医も移動したし地元の看護師すら流出した。土着的だというこは永続的な志向がしり何かあったからと簡単に移動されると困ることがある。何か不利なことが不利益なことがあったら撤退するというのも困るのである。大資本の大企業にはそういう土着的志向がないからその土地に愛着をもつものでないから何かあったときすぐ撤退してしまう。一方その土地に住んでいる人は簡単に移住できないのである。そういうことが露骨に現れたのが津波や原発事故だった。
町や村自体がなくなるということは想像すらできなかったからだ。


土着的とはその土地に愛着をもち根ざして生きるということである。これは江戸時代から戦前まではその生活そのものがその土地のものを糧にしていたから自然にそうなってい。地縁と血縁とが結びついて地元に愛着を自然にもっていたのである。会社社会になったときそういうものが根こそぎ失われたのだ。第一次産業が田舎でもどこでも一割にも満たない社会になったからだ。田舎でも会社社会になっていた。この辺では東電に勤める人も多かった。双葉町や大熊町とかはすでに東電会社の一社員のようになっていた。漁業であれ農業であれそれはとても現代の生活を支えるものではなくなっていたからである。土着的というときその土地に根付くということもあるが時間軸で考えると何代にもわたり故郷を築いていくという志向がある。大資本の会社にはそういうことがない、グロ-バルに会社を展開して利益あれば移ってゆく、人すら移ってゆく。でも利益が出なければまた他に移る。土着的ではない、長い時間をすこで住み続けるということではない、そこに長く住みつづける人のことは無視する、そうでないと企業は成り立たないこともある。第一次産業を主体にしたならその土地を簡単に移動できない、その糧はその土地にあるからだ。


●土着的なことは人間的なこと


人間の正常な生活感覚として土着的でないということはやはり人間が漂流者になり根のないアイディンティを見いだせないものとなる。現代はまさにアイディンティを喪失してみんな根のない生活を送っているのだ。そこに生の充実感は得られない。そもそも原発事故自体がこの土着的志向がないから起きたということもある。東京に本社があり東京都のために電気を供給するというのは土着的ではない、東京都に原発を造るべきだったいうのは正論だったのである。本社が東京にあり事故でも直接人が話し合いできた。福島は離れているから現場との意思疎通が遅れたのである。
維新の党首の橋下氏が東京の議員が勝手に日銀の人事を決めることに文句を言った。大阪にいて何も言えないのは党首でもなんでもないと言った。これも大阪と東京が離れているため直接話し合いないために起きた。通信がいくら発達しても人間の意思疎通は直接あわないとできないということがある。これも土着的なものが必要だったのである。東京でもやはり大地がないにしろ山河がないにしろその土地に密着することが必要だったのである。

ケアという言葉は人に対する世話やメンテナンスを指す言葉である。ケアが必要なのは決して個人だけでない、 わたしたちは自分が暮らしそして子孫が暮らしていく地域全体をみなでケアせねばならない、地域を支える仕組みを考えねばならない
(商店街はなぜ滅びるのか)新雅史


土着的ということは地域全体を視野に入れて仕事することである。それは一大企業のためではない、そして子孫が暮らすのも地域である。時間軸で代々故郷に生きるということがある。子孫に伝えていきるものがあることなのだ。人間は子孫にもその子供や孫にも必ず責任がある。その人生自体もそうである。そういう土着的志向があれば原発というものを見直すことがあったかもしれない、今の時点で利益があってもあとで子孫が困ることは負担になることは恨まれるとなる。大資本の大企業にはそういう過去や未来の志向がない、今の時点で利益になればいいあとは野となれ山となれとなる。
現実に原発事故では野となれ山となれと街自体が喪失した。それは土着的でないからでもあった。

土着なくして職業も学問も芸術も報道もない
(故郷とは有機的に結合されたミクロコスモス)
http://musubu2.sblo.jp/article/55759722.html


医者には愛郷心がない、土着性がない職業?
http://musubu2.sblo.jp/article/54063801.html


 

posted by 老鶯 at 11:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連