2013年02月16日

テレ朝のテレメンタリ-で南相馬市復興のボランティアもまだやることがあるを見て (補償金で分断された南相馬市の現状)


テレ朝のテレメンタリ-で南相馬市復興のボランティアもまだやることがあるを見て

(補償金で分断された南相馬市の現状)


東京電力は,緊急時避難準備区域の住民 が避難後に帰宅すると,理由の如何を問わず,帰宅した日を賠償終期と する対応をしています。


市内は無指定を含め最大五つのエリアに分断された。家を追われる市民と住み続けることができる市民、賠償を受ける市民と受けられない市民…。桜井勝延市長(56)は「市民の気持ちがガタガタ、ズタズタになっている」と、感情的な溝が復興を妨げる現状を隠そうともしない。

テレメンタリ-の放送では自転車旅行していた38才の早稲田卒の人が主役で南相馬市の復興の番組を放送した。38才で自転車旅行しているのはやはり社会からはずれた人である。ただ今はあういう人が結構いるしあまり批判もされない時代なのである。司法試験を目指すというけどそれも格好だけでありそもそも司法試験は20代でないとなかなか合格しないむずかしいものらしいからだ。だからボランティアといえば格好いいが旅の途中に津浪原発事故にあって思わずボランティアになってしまった。ただこの辺で矛盾しているのは前にも書いたけど肝心の被災者が補償金をもらっていて働かないということなのだ。ニ-トなんかみんなパチンコだ働かないと喜んでいる。そういうところでボランティアが働くの馬鹿らしいとなる。実際に肝心の地元のものがパチンコで遊んでいたらボランティアもやる気もなくなるしもう必要もないということである。それよりこの辺で一番問題になっているのは補償金問題である。補償金の相談をされて司法試験を受けることにしたとかそのボランティアが言うのもそのためだった。

南相馬市では小高区-原町区-鹿島区で分断された。30キロ圏外と県内でも補償金は違った。30キロ圏内の原町区が一人百万からもらえる、七〇〇百万くらいまでもらえた人もいたとか意外だった。これはまちまちだろうが鹿島区は一律一所帯百万もらっている。でも原町区と比べると少ないとまだ不満の人が仮設にいて自治会の会長がそのことを言っていた。確かに原町区はそんなにもらえるのかと思った。津浪の被害にあった人は悲惨だった。三〇キロ圏外だと津浪の被害者でも一律一所帯百万しかもらえないだろう。でもそもそも津浪の被害者は他でも補償金などもらっていない、原発事故の補償金をもらえるのは三〇キロ圏内でありその中でも小高区のような警戒区域なのである。その人たちは一人十万だけではない、家とか土地とか補償があるからかなりもらっているから金の面では余裕である。そういうのをみて同じ仮設でも津浪の被害者で原発で補償金をもらっている人たちは不満でありうらやましがっているのだ。ということは仮設住宅に住んでも内部で補償金で分断されている。
桜井勝延市長(56)は「市民の気持ちがガタガタ、ズタズタになっている」これも実体はそうなっている。復興が絆だ助け合いだとか言っているけどそういうものは今になるとなくなった。ただ補償金でもめているだけだとなる。


特に気にかかったのが南相馬市というだけで外に出ると特別な眼でみられる、前にも書いたけど福島ナンバ-がひどく傷つけられて修理するのに10何万かかったというのはそのためである。税金泥棒だとかも言われている。だから外に出ると肩身の狭い思いをする。福島県だ、南相馬市だというだけでマイナスのイメ-ジになっている。内部は内部で補償金でもめるだけで復興へ努力することもない、
なぜなら,理由の如何を問わず,帰宅した日を賠償終期と する対応をしています・・とか働くと収入が入ると補償金をもらえなくなるから働かない方が得だとかなっているのはますます復興する気分もなくなる。特に高齢化がここでも影響が大きいのである。松島の浦戸諸島でも高齢化で復興できないという。この高齢化という問題は全国でもそうであり今回の被災地では特に影響が大きかった。

第一次産業の農業や漁業は跡継ぎがいないとかで高齢化していた。今回の津浪原発事故はもう立ち直ることができないほどの衝撃を与えた。六〇以上で船を買って漁業をはじめる気力はないというのもわかる。船だけで三千万かかるとか準備金が多額だからである。その点原発事故で津浪の被害にあった漁業関係者はこれまた恵まれていたのだ。その補償金が高額だからだ。漁業関係者は津浪の被害でもほとんど金銭的に損していないしかえってまた収入が増大した。だから漁業関係者だと一か月百五十万くらいもらえるというのは嘘ではない、他の人でも土地をもっている人とか会社経営者とかはもらっているだろう。だから補償金で暮らした方がいいとなってしまった。ただその補償金が打ち切られるとき問題になる。


飯館村で林業していた人も会社を継続できなくなった。自分が計った放射線は木材で3マイクロあったから結構高いのかもしれない、飯館村は森林が多いから木材業があった。放射能はおそらくあと百年たたないと消えないとかなると木材業は成り立たなくなる。飯館村は村に帰るにしても深刻である。ただ小高区は福島県の中通りの郡山とか福島市より低いのだから放射線ではそんなに問題ないように見える。問題は補償金もらって帰らない方が得だとなり帰らないのである。

ともかく南相馬市の被害者はいろいろな被害者がいて補償金で分断されている。小高区はいくらもらっている、小高区内でも隣はいくらもらっているとか三〇キロ圏外の鹿島区だと三〇キロ圏内の原町区は同じ南相馬市なのに多くもらっているとか未だにもめている。特に津波の被害者は深刻だからどうにかしてほしいとなり訴えるのはわかる。原発事故被害者だけが得しているというのはわかるのである。それは相馬市でも全然もらっていないから余計に避難者に対して厳しいとなる。この点宮城県になるとそういうことはない、補償金がそもそももらえないのだから争う必要もないのである。


ボランティアにしても三陸では土地の人と補償金もなくぎりぎりの中でそこに残り暮らしを継続させようと必死になっている。それで何度もここで残ってやてくれるのだなとボランティアに問うていた。ここに来たボランティアは去って行った。ここではパチンコ屋などで肝心の地元の人が働かないとなれば馬鹿らしいとなるのも当然である。変な話だけど地主が戦後廃止されたけど土地をもっていても働かない者には権利がないとなった。それとにていて土地をもっていても働かない者は権利がないとなるかもしれない、外からのものでも働けばそこに住む権利がでてくる。働かないものは権利がないとなる。ただそこに住んでいる人は先祖から住んでいて先住権みたいなものがある。占有権とかありそれが権利となる。でも働かないとなると権利が喪失してゆくこともある。高齢者はここで働いて来たから権利がある。他から来て大金あるからと待遇されるというものでもない、現実に相馬市などで浪江の請戸の人が金があるからと立派な家を建てたら反発される。


相馬市でも金のない人はいくらでもいるからだ。そういう人たちも働いているから不満になる。別に金持ちでも許される金持ちはいるのだ。全部が平等であるべきだとはならない、金がないというとき結局無駄使いとか離婚している人は協力しないから金がたまらないとその人自身に問題があるのが今では多いのである。昔の切羽詰まった貧乏時代とは違うのである。つまり補償金には不公平が大きいからみんな不満であり文句を言うことになったのである。国民自体もなぜあんなに原発避難者に金を払わねばならないのか税金泥棒だとか不満になる。原町区と鹿島区は被害はそれほど変わりない、確かに強制されて避難した人もいるがそれは鹿島区でも同じだった。その後は別に普通に暮らしている人は暮らしているのである。

だから補償金に差別があるのかと鹿島区の人が不満なのもわかる。そもそも三〇キロ圏内とか圏外とかは意味なかった。現実になぜ郡山市とか二本松市とか福島市の方が放射線量は高いのだ。そしたら放射線量からすればそっちが補償の対象になっているはずである。それがならないのは数が多いから最初から打ち切ったということである。その辺も話題にならないのが変だなと今でも思っている。

いづれにしろこれまた現代の問題を象徴しているように金、金、金、金、の問題になっている。でも高額の補償されてもそれで問題が解決するのかというとそうもならないのである。その辺をもっと自覚して協力することを考えねばならないとも思う。

東電や政府より
金をむしりとるたかる
原発避難民や
福島県民が悪い
やつらは前から原発で
金もらっていて
また原発で金もらっている
貪欲なやつらだ
その金は国民の税金だ
悪いのは原発避難民や
福島県民なんだよ

こんなふうに見られて東電とか政府の責任を向けるより原発避難民や福島県民に向けられていることを考えねばならないのでは?
高額な補償によって内部は分断されて外部からは批判されている現状を考えねばならない、ただ金だけ要求して補償だけでやっていこうとするのは問題がある。そもそも本当に金だけで解決する問題なのだろうかという疑問をもつべきである。