2013年02月11日

原町中央産婦人科医院長の高橋亨平(たかはし・きょうへい)さんは死去 (ミッションと言って死ぬ者があり一方ではパチンコで遊ぶだけの人の矛盾)


原町中央産婦人科医院長の高橋亨平(たかはし・きょうへい)さんは死去

(ミッションと言って死ぬ者があり一方ではパチンコで遊ぶだけの人の矛盾)

ミッションを果たして死にぬ後たのむ人こそありて見守りけるかな


原町の中央産婦人科の先生が死んだ。癌になっても診療していた。子供が南相馬市の未来を作るんだ、子供が大事なんだ、南相馬市で子供を生んで育ってくれと言ってここで産む人が増えた。
それだけここで長いから思い入れがあった。南相馬市病院の医者はやめた人が多い。勤務医でありその土地に思い入れがないこともあった。別にこの土地で生まれ育った看護師でも流出しているからいちがいにはここで生まれて育ったからといってここで尽くさねばならないとか思っていない。

ただこんな事態になってミッションだと使命感をもったのはやはり土着的になっていたからだろう。勤務医だと変わりやすいことがあり別な場所に移ることに抵抗がない、看護師でも実はどこでも就職できる職業だから移ることは容易なのである。一時産業が主だったときはその土地と密着しているから移りにくいのである。職業も土着的になるとその土地や市町村に思い入れができる。

つまり南相馬市全体を視野にして尽くすという土着性が生まれる。南相馬市は以前として医師や看護師が不足している。南相馬市と相馬市では差がある。南相馬市立病院の半分は閉鎖しているし機能していないのは痛い。建物が立派でもそこで働く人がいないと機能しないのである。

今回の津浪や原発事故ではいろいろなことが問題になった。現代の問題が凝縮してこの地に起こったのである。まず医者でも普通の状態だったら特別にミッションとか意識しない、でも何か南相馬市の存亡の危機という状態で危機の中でミッションが意識された。市町村が存亡の危機にされされたのがこの辺だったのである。その中で医療が機能しなくなるとき現代では住めなくなるということである。現代では手厚い医療があるから長生きできる。医療が機能しなくなれば長生きはできない、早く死ぬことになる。医療が崩壊すると市町村も崩壊するという危機であり恐怖だったのである。

昔だったら医療よりまず食糧だった。相馬藩でも飢饉があり三分の一に人口が減った。それで他藩から人を入れて立ち直った。越中の移民の墓は実に多いからだ。今回は食糧に困ることはない、かえって贅沢している人がいる。一番困ったのは医療だったのである。

一方で逆に補償金をもらってパチンコ三昧ということで他から批判されることにもなった。小高でも働くと小高に帰ると補償金がもらえないと仮設を出る気持ちがなくなった。それで外部から来た人が働いて働かない内部の人と喧嘩になった。パチンコ屋で遊びパチンコ屋に勤め人手がたりないと働いているのは変である。そんなところで人手がたりないというより他でも人手がたりないのである。
介護施設でも人手がたりない、ス-パ-でも人手がたりない、募集しても人が来ない、働かない人がいなくなることは市町村が維持できなくなる。介護施設でも二つも新しく建てるとして介護士などが確保できない、病院でもそうだが立派な建物があっても人がいなければ機能しないことがわかった。

だけど実際は食糧はあるからそんなに危機感がない、そうでなければ毎日パチンコなどできないだろう。そういう矛盾がこの辺にはある。だから内部で別に協力し合うということもあまりない。食糧が供給されればそんなに助け合うということも必要がないからだ。体育館に避難してたときは不自由ななかで協力しあったが仮設では個々別々になり協力することもないのである。


ただこのへんは以前として異常事態なのである。普通の状態のようにには考えられないし生活できない。産婦人科医の先生がミッションだという特別の意識をもって最後仕事したのはそのためだったのである。南相馬市存亡の危機でガンになっても働いていたのである。一方で毎日パチンコ屋通い遊んでいる人たちとの対照がある。その差があまりにも大きいのである。別に補償金もらって暮らしていれば南相馬市存亡の危機などと考えなくてもいいのかもしれない、このまま補償金もらって暮らしていればいいとか思っている人もいる。老人が多いからそうなる。そのことで税金泥棒とか外部から批判される。結局食糧でも自給していればそうはならない、税金で補償されて外部から買うにしてもそれは補償された金であるから税金泥棒とか批判される。だから人間がすべて金だけでは解決できないのである。多額の補償金をもらって豪邸を建てたら回りの人はどうおもうだろうか?別に普通だったら金があるからいいじゃないかとなるが避難民なのにそうなっていることが矛盾しているのだ。

世界中の難民など食うや食わずであり悲惨な状態に置かれるのが普通である。原発難民は町長とかは家を建てマンションに移り住んでいる。結局難民は補償金をもらうために市町村が維持されているのだ。これは沖縄とにているという。沖縄の土地所有者は金持ちでありその金で東京に住んでいるという。それで沖縄も税金泥棒とか批判される。何かこの辺も沖縄とにてきて嫌われるものとなったのだ。ただ内部にいればあまり意識しないだろう。東京で車が傷つけられて直すのに十何万かかったという話しを聞けば相当な批判が外部にあることを意識するのである。

posted by 老鶯 at 21:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 地震津波関係