2013年02月07日

森の風倒木(雪はふるかな-詩とエッセイ)


森の風倒木(雪はふるかな-詩とエッセイ)

山鳩の里に飛び来るイヌフグリ
この家や椿の赤く残る雪


雪ふりしあとに松風寥々と鳴りつつ雲の流れゆくかな

雪の上に小鳥おりきて歩むかなこの道行くは我が一人かも

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 森の風倒木


風倒木が森に一本
この道にいつも倒れたまま
北風が唸り吹き
今日もこの木を見る
この風倒木は死んでいるのだろうか
寝ているけど97の母はまだ生きている
そのようににまだ死んでいない
ここにある限り死んではいない
今日はまた昨日ふった雪が残っている
風倒木はもの言わず倒れたまま
ここにありてその存在を示す
やがてこの倒木も森に朽ちて
森の土となるのだろう
そうなるまでもまた長い年月
故郷のこの道をまた通りて
この風倒木を我が見つつげる
時間の継続で生き続けるもの
近くに墓所があり墓もそうだろう
故郷にはそうした継続がある
存在の継続がある
それがたたれたとき
存在する場を失ったとき
人は記憶からも消えて
存在の証も残せず
人の心の中からも全く消えてしまう
・・・・・・




昨日は雪だった。一日雪だった。この辺では長く雪がふることはない、夕暮れまでその雪をながめていた。その雪に浄められた。

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   ゆきはふるかな

うつくしくきよらかにゆきはふるかな
おやみなくゆきはふるかな
ひとひゆきはふりつつゆうぐれぬ
なべてをかくすゆきはふりつむ
ゆきぐにのいえはふりにふゆごもる
そのひはながくもゆきはふるかな
よのみだれとけがれとつみを
うらみとにくしみもよのならひ
いやしきものをつつみかくして
そをつつみかくしゆきはふるかな
しんしんとよふけてなおもゆきはふるかな
ひとのよもいつしかおわらむ
ああ きたなきよよ うつくしきゆきよ
このよにうまれなみだはつきじ
なべておいてはかなしきものとなれ
よふけてなおもゆきはふるかな

 


この辺では雪はまずなかなか鑑賞できない、消えやすいからだ。一日雪ふる日はまれである。でも考えると会津や新潟で毎日雪がふっている。このように雪を見ているのだ。雪はやっかいなものでもたまにふれば雪はきれいだな、心も清められてゆく、雪国ではそうはみていないだろう。雪かきがまた大変だとなる。その感覚が結局すこに住んでみない限りわかちないものなのだ。
雪はただ外から鑑賞すると美しいなと思う。それも事実でありまたそこに暮らすものにとってはやっかいなものである。冬の間この雪に閉ざされている感覚が実感しにくい、福島県でも浜通りと会津ではまるで気質の違ったものになる。山もそうだが雪の感覚もわかりにくい、日本海側もそうである。この雪を理解しないかぎりまたその土地を理解できないのである。
浜通りは常に海を見ていた。海の幸もあった。今回津浪に襲われて大被害を出した。これもまた海に面して住むものの宿命だったのである。それは雪ともに暮らす他ない会津とか新潟とか日本海側の生活と同じである。自然はそれぞれに違った恵みと苦難を与えるのである。それが自然なのである。


ただ自然と共に生きるということは森の倒木の詩のようにやはり自然の中に人間の存在価値が生まれ美しいもののなかに生死がある。都会とはそうこが違っているのだ。この倒木はまた人間にも見えるのだ。この倒木はやがて土となり森に還る、それまでに長い年月がかかる。そういう長い時間の中で命は見つめられ生きて死ぬのである。自然の中に生きることは厳しいことだけどまたそこにはいつも美があり人間もその中にとけこむのである。人間の生の意味も自然によって意味づけられ価値づけられるのである。田舎でいきるということはそういう存在価値を自ずともつのである。大都会のビルの谷間で死ぬのとは違っている。だから自然の中でかけがえのない命を生きると都会から農業をして
極貧の中に山尾三省は死んだのである。こういう意識をもって生きている人は田舎にもいない、だからこそ原発の金に群がり放射能に故郷は汚染されて住めなくなったのである。

もちろん現代では農業とか漁業だけでは生きられない、ただ何か田舎でも自然を深く意識して生きている人が少ないのである。ただ美的にだけ生きられかともなるが自然の価値がどういうものか意識していない、だから安易に原発でも誘致して金になるのを目指したのは反省する必要があるのだが
田舎に住んでいてもそういう意識で住んでいる人は少ない、自然の中に無意識に住んでいる。
でも原発事故はそういうことを見直す契機となったのである。その自然でも台無しにして住めなくさえなったことは何を意味しているのか?それはすべての価値を失うことに通じていなかったか?
そういう反省を強いられたのである。


詩集の部を作った、百篇の詩をすでに書いている。外国を旅した詩なども書いた。結局三つのプログを書き続けることはむずかしかった。管理することもむずかしい。我ながら人生の最後を迎えいい詩ができる。総決算としてできる。これも不思議である。自分は故郷の自然と共に生きた。それを基にして詩も作った。故郷という自然がないと外国に行ってもまたその意味がわからない、故郷と外国と何の関係があるのかとなるが自然ということでは共通性があったのだ。自然の感覚をみがく場所がないなら芸術もありえないのだ。それは日々そうでありそこから世界的な視野まで広げるのである。
都会では自然への感受性をみがくことができないのである。だから都会から天才も芸術家も出にくいのである。ヨ-ロッパでも天才や芸術家が生まれたの自然の豊かな地方都市だった。自然を離れて人間は本当の価値を見いだせないのである。