2013年01月23日

原発避難地域の現状の矛盾(補償金で働かない地元の人と外部の人が喧嘩!)

 

原発避難地域の現状の矛盾

(補償金で働かない地元の人と外部の人が喧嘩!)

●小高区の人たちはもう帰られないと言う


今日は神奈川県からここで働いた自衛隊の人が来たので案内した。結構津浪の被害地域を見に来ている人がいる。自衛隊の人は自分のした仕事の確認にきたのか?もう一度津浪の現状を確かめに来たのか?やはりここで仕事をしたということを確認しにきたのだろう。今回の津浪被害で自衛隊は活躍した。その人も二人の遺体を見たという。南相馬市の海老浜で瓦礫のかたづけをした。八沢浦でもした。その人は若く受け答えがハキハキしていた。真っ直ぐな感じがした。姿勢がぴんとしていると女性でも真っ直ぐな心の持ち主に見える。若い人でも別にみんなが真っ直ぐな心の素直な心の持ち主とは限らない、ただ年とった人よりはまだ体も若いし心も真っ直ぐな感じの人が多い。おそらくあの人は体の訓練を相当して鍛えているからかもしれない、駅からか歩くとなると海側は相当に遠い、自分がいた現場をもう一度みたいということでわざわざ神奈川県からもう一度来たのである。他にもそういう人がいるかもしれない、かなりの期間がここにいたからそう思ったのだろう。またその人は都会的な人間なのだろう。ハキハキして姿勢がいいということは田舎の若者とはまた違っている。田舎は何かハキハキしない人が多いからだ。何か好感のもてる青年だった。


それから仮設の食堂に行ってオカズなど買った。そこで話し合われていたのが鹿島区に避難して仮設に住んでいる人たちのことだった。前にも五年帰れないと言っていたがその人は帰らないという人が多いという。ええ、そんなに帰れないというのも変だと思った。その原因が多額の補償金にあった。一人十万もらっていて他に農家の人は土地とか補償があったりすると一家で一か月百万になっている人がいるとか言っていたが嘘ではない、八人家族の一家がいて毎日マグロのサシミを食べている人がいた。だから別に働かなくてもいいとなる。それで若い人、30代とか40代の人が働けと外部から来た人とそこで喧嘩になったという。そんなことがあったのかというけど確かにそうなのだ。被害にあった人たちが今は暇をもてあましてパチンコとかで遊んでいるのに働かないで外部から来た人たちが懸命に働いているはいうのは外部の人からするとなんなんなのだここはと思うだろう。これだけ多額の補償金をもらっているとすると働かないでこのあとも生活していきたいとなる。特に老人が多いからそうなるのだ。老人は帰りたくないから仮設住宅ではなく長く住める定住型の住宅を作ってほしいというのが要望になっているのだ。相馬市の一人暮らしようの長屋風住宅のようなものを建ててもらいたいとなる。そしてその資金は生活保護のようにずっと補償してもらいたいとなっているのだ。

もう小高に帰って復興する気はないという。小高ならすでに避難区域が解除されて今津浪の被害のあとかたづけやインフラの整備をしているのだから帰れると思うがすでに住民の心はそうなっていない、ここからすると浪江など本当に帰れないと決めている人の数がかなりの数にのぼりもう町が成り立たない状態になっているだろう。小高ですらそうなのだから浪江は五年帰れないとかなっているからだ。除染も山をしないと無駄であり金の無駄使いだとも言っていた。自衛隊でやった方がいいとも言っていた。確かに除染はただゼネコンに金が吸い取られるだけで効果がないのである。


〇小高区には帰りたくない
〇定住型住宅を作って欲しい
〇補償金をずっと継続して欲しい


小高区の人の要望はこうなっている。


●被害者はパチンコで遊び外部の人が一生懸命働いている馬鹿らしさ


一生懸命に外部から来た人が復興のために仕事しているというのも矛盾であり被害者はのうのうとして毎日パチンコとか遊んでいるとなれば腹立たしくなる。
パチンコでは親戚の人がパチンコ屋に勤めていて人手がなくて困っているとか自分の家に来て言っていた。このことは自分に直接かかわることだから変だと思っていたし腹正しかった。自分の家は介護で苦労しているのに手伝わないで毎日パチンコ屋には行って勤めている。借金があるにしてもそんなことで働いてどんな意味があるのかと思っていたが弱い立場にあり何も言えなかった。
このことがこの辺のおかしな状態を最も端的に示していたのだ。他でも人手がたりないのになぜパチンコ屋で人手がたりないとか毎日働きづめで疲れたとか言っていた。実際にかなり疲労していた。
でもパチンコ屋で働くのにどんな意味があるのかとなる。その時自分は思った。


パチンコ屋で遊ぶ人こそパチンコ屋の掃除などして遊べ!


それが理にかなっている。そんなところで働くこと自体何の意味があるのかとなる。つまりこんな異常事態でなくても働くことがすべて有意義なこととは限らないのが今までもあったのである。それが今はこんな異常な事態になり露骨なものとして現れたのである。そんなら介護の方が意味ある。金もやるから介護で働けとなるがその人は手伝いもしなかたっのである。ただ弱い立場にあるから何も言えなかった。津浪原発事故のあとみんな協力してがんばろうとかなったが実際はそんなふうになっていない、一生懸命働いたのは復興に手を尽くしたのは外部の人であり内部の人は補償金をもらって何もしない、遊んでいただけだという矛盾があった。特に原発地域は補償金が大きいからそうなった。

浪江の請戸の人が相馬市の病院に入院していたけど特等室に入っていた。そして相馬市に家を建てるとか言っていた。あの人は億の金はあるだろう。請戸は港であり原発にも近い、原発成り金が生まれ豪華な家が建っていたという。原発事故のあとも船をもっているとその補償金が農家より莫大なものとなっているのだ。一番漁業補償が大きいのである。原発は金なる木であり地元に相当な恩恵があった。それで富岡町の町長の五億円の金庫が津浪で流されたというのが話題になったことが象徴的だったのである。そして原発で働いていた人が実に多いのである。ここは結構遠いと思っていたがこの前もそういう人とあった。ええ、またいたのかと驚くほどである。この辺も原発の金でうるおっていたのである。


●鹿島区の人たちは協力しない、小高区の人たちの不満


それから小高区の人たちと鹿島区の人たちが何かイベントで協力してやろうとしたらやれなかった。商工会議所の会長が力をもっていてボスとなっていてやらせなかったという。鹿島区の人間は協力しない、小高区の人間は何でも協力しあうとか言ってその地域の人間を問題にしていた。確かに鹿島区は人間が協力的でないとか何か違っているのは確かかもしれない、田舎でも地域によって人が違ってくるから田舎暮らしするときはその地域の土地柄とか人柄も良く調べろと作家が言っている。それも確かなのだろう。田舎は人間関係では住みにくい面が多々あるのだ。自分も田舎では人間関係では嫌だし鹿島区は特に人間的には良くないのかもしれない、小高の人と実際に接してそう感じてはいた。ただこういうのには主観が入るからいちがいには言えない。ただ鹿島区の通りの商店は実質的に消滅している。小高に行ったときは駅前から結構店があると思っていた。小高はまだ商店街があり活気があったということである。それから仮設商店街でも小高区の人は四軒しかないというのも変である。何故ならあそこは小高区の人のために建てられたと思っていたからだ。これも鹿島区の人が力をもってそうさせたとなる。どうしても小高区の人はここでは力を持てないということがある。それにしても商工会議所の会長がそんなに権力をもっているとは思わなかった。鹿島区は南相馬市と合併しない方が良かったというとき権力をふるえないからそう言ったのかもしれない、小さな地域でボスでありたい権力をふるいたいからそうなったのかもしれない。


ただ今回の津浪原発事故ではそうした地域地域で大きな差が生まれたことである。双葉町とか大熊町は消滅するし浪江は存続できるかの瀬戸際だし小高すら帰りたくないとかなっているし原町と鹿島とまた相馬市では違っている。相馬市では原発の補償金がもらえないということで不満があり実際に生徒を受け入れなかったのである。今でも避難した人を相当かかえているから地元の人で不満な人が多いのである。そういうことがあるから請戸の人でも金があるからとまた豪邸を相馬市に建てたりしても相馬市に住む人にとってはすんなりとは受け入れられないだろう。家も建てられない人にとってはなんなのだとなる。このことは南相馬市だけではない、いわき市や福島県にちらばった原発難民に同じ様に起きた現象だったのである。いわき市でも病院が混んでこまったとか迷惑になったということがあった。ただまた難民化した人たちにすればそれなりに故郷を失って辛いということがあった。ともかくこの辺の状態は住むにはいいとはならなくなった。自分も何か住みたくなくなっているのだ。もともと田舎では人間関係はわずらわしく閉鎖的であり嫌だった。ただこれまではそういうことを知らずに住んでいたのである。ほとんど田舎でもそうして人間とかかわらず住んでいたのが自分だったのである。

流れ込むマネー、被災地もう一つの断面  日経新聞
http://www.asyura2.com/12/jisin18/msg/144.html

働くと損になる仕組みというのも変だよ、そんなこと長くはつづかないだろう゛ボランティアでも働けば地元の人も受け入れるだろう
なんか矛盾しているのも補償金のためなんだ

posted by 老鶯 at 21:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連