2013年01月19日

高齢化社会の恐怖-老人虐待が日常化する (弱者はカルト宗教団体だけではない、個人も同じ手法で脅すことが普通にある)


高齢化社会の恐怖-老人虐待が日常化する

(弱者はカルト宗教団体だけではない、個人も同じ手法で脅すことが普通にある)


●高齢者虐待の時代


「死ね」「海に飛び込め」「生活保護費を切る」などの入所者への暴言があったとの指摘も出たという。
http://jgsdf74tk.cocolog-nifty.com/blog/2012/10/post-b9ff.html


高齢者虐待は看護不足や介護放棄といった行為から、乱暴な対応、殴る、揺さぶるといった身体的な攻撃にまで及ぶ。また、怒鳴る、いじめる、脅すといった心理的な虐待を受けることもあり、時には金銭をせびられたり、奪われたりするケースもある。
http://www.swissinfo.ch/jpn/detail/content.html?cid=30995594


自分は体も満足に動かせない状況で他人様のお世話になるのは忍びない。出来れば家族である息子夫婦と一緒に暮らしていきたいと考えていたので、数々の暴言を甘んじて受けていたのですが、息子夫婦の態度はどんどんエスカレートしていき、最近ではAさんに対して暴力を振るうようになました。1ヶ月前にはとうとう、骨折や打撲で緊急入院しなければならない事態になってしまいました。
退院後ケアマネージャーの勧めで施設に入り、今はリハビリを受け徐々に平静を取り戻しつつあるのですが、息子夫婦との関係は修復不可能な状態となりました。Aさんには、事業家で既に他界した夫が残した3000万円の預貯金があります。自分に何かあったときに、この財産をあの息子夫婦だけには残したくないという気持ちが芽生えてきました。
http://yuigon-souzoku.jp/case/case_j.html


高齢者とか病人とか障害者とか児童とか女性は弱者になりやすいから虐待が起こり安い。これから高齢者虐待が日常的に起きてくる。毎日のように若い人が老人は死ねとか言っている時代である。金のない老人は死ねとかも平気で言っている。もうかつての老人とは全然違う。なぜそんなに長生きして金かけてめいわくかけているんだという意識しかなくなった時代である。だからもう日常的に老人への虐待は増大してくる。特養での虐待も実際は表に現れない、つまり常に弱いものは訴えることすらできないのである。だから病院では医者や看護師には逆らえない、そこは刑務所ともにているのだ。そういうところで虐待があっても医療ミスがあっても表に出にくい、医者というのは今一番権力をもっているのだ。病気になったらもう医者には逆らえない、絶対服従みたいになるから医者が傲慢だと批判される。人間は誰でも病気になるとき一番弱者になるのだ。高齢化社会では老人は病人ともにているから虐待される標的になりやすい。体も弱くなるし頭も働かなくなるからだ。


老人とか子供は一番虐待しやすいのである。だから何らかストレスがあると八つ当たりされるのである。特養とかの老人ホ-ムでも虐待は日常的に起こっているかもしれない、そこは閉鎖的空間だからである。病院も閉鎖的空間でありそういうことが起きる。自分が一か月入院した病院でも90才の老人が看護師におもちゃのように扱われていた。痰がつまって苦しんでいた。その苦しみが隣にいたので息がつまるようで眠れなかった。その痰をとりだすのに悶絶するような苦しみがあり大きな声を出していたのである。でも看護師は笑ってそれをしていた。あれをみていたら今の時代は長生きすることはかえって地獄を生きることだとつくづく思って恐怖した。その人は特養の人でつきそいもないからそうなった。誰も見ていないからやり放題となる。それはプログで虐待を録音したのとにていた。その人はしきりにおくさんとか家族を呼べとか言っていたから家族がないわけではない、でも老人ホ-ムではやはり閉鎖的空間であり強者と弱者が病院のようにはっきりしている刑務所ともにているのだ。今や別に老人ホ-ムだけではない、家族内でも老人が虐待されて息子娘でも財産をゆずりたくないとなるから高齢化とはそういう時代なのである。そうした老人虐待、弱者虐待は表にでにくいからその数は膨大なものとなっているに違いない。


●人間は誰でも弱者化するから虐待は他人事ではない


まず家族が認知症とか障害者をもったら家族自体が弱者化して虐待される。認知症などでも必ず回りの差別がある。そもそも人間は絶対的強者はいない、必ず弱者に転落する。なぜなら老人になることは弱者化することなのである。自分の身内は本当に認知症になりあんな弱者になったということが今でも信じられない、常に強者だったからであり家族も弱者となったことがないからだ。その後自分も病気になったりして弱者化して辛い目にあった。弱者化するというときいろいろな事情でそうなる。金のないとかも弱者になることである。借金したりしたら弱者になり借金の型に人間が売られる。
遊女にもされたのが昔である。今でもやはりそうされた女性がいる。それは自業自得だからしょうがないと思った。その人もやはり自分のように長い弱者となっていなかった。ただ人間はいつ弱者に転落するかわからないのだ。誰でも病気になるしその時弱者に転落するのだ。今若くて力があっても老人になればいくら金をもっていても弱者化するのである。若い人は金がなくてもまだ病気にならないし社会に適応できるから弱者ではない、老人になると社会そのものに適応できなくなる人も増えてくる。だからどんなことをしても老人はやがて若い者には勝てなくなるのだ。そこで弱者になったとき虐待されるのである。

自分も家族が認知症になってから家族自体が弱者化して虐待されるようになっていった。一番ひどかったのは姪子だったけど「おばちゃんは金あるんだから金で介護させればいい」と狂気のように怒鳴りつけて去っていった。これは日頃交流のなかった人だからしょうがないという面もあったがこれも強烈な虐待だった。福島市に住んでいるけどこいつのことは絶対に許せない、こいつは世話になった育ての親も虐待していたのだ。親が虐待していると思っていたら逆だったのである。そして恨みを残して死んでいったのである。その恨みは必ず虐待した女性にふりかかるだろう。もちろん虐待される女性にも問題があったが自分の家族は何らそんな虐待をされる謂われがなかったのである。こういう狂気の世界が自分の家族が認知症になってから延々とつづいたのである。それは40代の父親が認知症になり20代の息子が親戚に頼りひどいめるあったことをプログに書いていた人がいた。これも並大抵の苦労ではなかった。それで父親も恨んだし介入した親戚も延々と恨みプログにかいた。そういうことは訴える場が今までなかったがインタ-ネットでできたのでしている人が増えたのである。


●個人的に弱者を脅すことはカルト教団と同じ手法だ


弱者というとき自分自身が病気になり弱者化した。二年間は身体障害者であり入院したときは火事場泥棒にあったのも家族がいなかったせいでもあった。家族がいない、身寄りがないということも最大の弱者なのである。頼るものがいないからだ。それで今回手術で入院したとき親の代からつきあいのあった人に延々と言葉の虐待を受けた。「お前は家族がいない、親戚がいない、頼るものがいない、俺たちしか頼るものがいない、俺たちに世話になるしかない・・・」脅迫するように手術してからも言われた。この人はもちろん何の愛情もなかったし金目あてだった。最初はわからなかったがあとでわかった。口だけでなんやかんや甘いことを言っているが何の愛情もないし同情もなかった。
だから人の弱みにつけこんで脅迫するようなことを平気で言ってきたのである。この人も弱者として信じられない体験があるからそれがトラウマになって相手が弱者になると虐待するようになるということがある。いじめられたり虐待された人はまた弱者を虐待する負の連鎖があるかもしれない、姑と嫁の関係もそうだった。姑にいじめられた嫁は姑になったらまた嫁をいじめる。今では姑は嫁にいじめられている。


本当に弱者になったとき虐待されることは最高に恐いことである。なぜなら抵抗できない、服従しかできないからである。何言われても抵抗できない、だんだんカルト教団のように「お前は俺に俺たちに頼るしかないんだ」と脅迫的になるから悪質化する。だけで弱者は抵抗できないからそうなると奴隷のようにされるかもしれない、借金の型にとられ遊女とされて働かせられとにているのだ。カルト教団の手もこうした弱者を食い物にする。だから障害者とか一旦弱者になるといろんなカルト教団が入りこんできて蹂躙されるのである。それも弱者になっているから抵抗できないのである。カルト教団というとき別に団体だけではなく個人的に虐待する人も実はカルト的になることがわかった。「お前は俺たちしか頼るものがいない・・」こういうふうに脅されると現実そうなっていたら恐いことである。その人は弱者に対して本音がエスカレ-トしたのである。今は借金の型にとられて働かせられているがそれも当然だと思う。相手は何も感じていないかもしれないが弱者にとってそうした最大の弱点をつかれて脅されるようなことをされたら恐怖である。それは集団ではなく人間一人一人弱者に対してカルト宗教団体化していたのだ。カルトも先祖の霊が不幸にしているとか脅すがそれとにているのだ。弱者というのはそういうことが信じなくても信じやすくなるのである。
その人も弱者の経験があるからそんな人ではないと思っていた。しかしつきあっているうちに本性があからさまに弱者に対して現れたのである。