2013年01月03日

三が日(山鳩と蛇)


三が日(山鳩と蛇)

蛇のように聡く、鳩のように素直でありなさい)

Be wise as serpents and harmless as doves

doveserpent.jpg


山鳩の里に平和や三ケ日

山鳩の枯木に番い平和かな
冬日さし畑に山鳩質素かな
闇深く幽玄の月冬の夜


moonsnake.jpg

鳩は病院とか教会とかにあうけどあの鳩は山鳩ではない、山鳩がもともとの鳩であり小型化したのが街などにいる土鳩なのだろう。鳩の形としては流線型で山鳩の方が美しいし自然により調和する。
土鳩などは教会とか病院の屋根などにとまっているときにあっている。鳩には何か確かに平和を感じる。鳩を彫刻して並べて教会とか病院の建築に彫刻するといい感じになる。病院に入院したとき南相馬市立病院でも相馬総合病院でも秋であり鳩がとまっていた。秋の鳩というのが病院にふさわしかった。南相馬市立病院では海から朝日がのぼりその光がとまっている何羽かの鳩にさしたときは荘厳な感じになっていた。南相馬市立病院は建築的に場所でも理想的だったのである。今は二病棟しかやっていないので淋しいというのも変だがもったいない感じがする。建物はやはり相当に人間の心にも影響する。ただ立地条件が良くないと建築も映えないのだ。だから大都会では建物は立派でも映えないのである。今度建てる新地の病院はもし高台であり海が見えたら海から日の出が見えたら素晴らしい景色を毎日見ることになるのだ。この辺では高い建物がないから遠くが見えないのである。


鳩は平和の象徴である。日本語だと素直になっているが英語では害がない、harmlessになっている。枯木に番いなのか二羽山鳩がとまっていたが写真にとれていないかった。鳥をとるのはむずかしい。冬は鳥の写真をとるのに向いている。鳥が見えやすいのである。ただ一瞬のシャッタ-チャンスを逃すととれないからむずかしい。自然は何でも自然に調和するから美しいのだ。木にとまっていようが地におりていようが調和している。人間も農耕していれば自然と調和しているから美しいとなる。
ただ人間の場合は機械化して何でも自然でなくなるから醜くなるのである。そこで働いている人も常に農業なんか金にならない金にならないという不満しかなかった。でもなぜ自然の鳥などはそんな不満がないのか?実際は鳥でもアカゲラとかヤマゲラとか啄木鳥類は大食漢であり木から虫を掘り出して食べている。その量は相当なものである。ただ森にひびくのは木をつつくたたく音だけである。


江戸時代あたりは人間の営みも自然の中で調和していたから今とはまるで違っていた。こんな騒々しい世界ではなかった。自然の鳥とにた面があったのだ。自然と調和しているから貧しくても美しかったのである。都会にはそうした美が喪失している。自然と調和しない、人工的世界となったからいくら繁栄しても美が喪失している。ただ巨大な怪物的胃袋となっている。大都会には文化がないのである。自然がないから当然文化もありえないのだ。冬日がさして山鳩がいる。そこには質素さを感じる。鳥はそもそもみんな雀でも質素である。何も人工的なものを身につけないからそうなっている。もちろん家もないからそうなっている。わずかの木の実だけでも食べて生きていられるのが不思議だとなる。そもそも人間はそんなにこんなにいろいろ食べる必要があるのかとも思う。別にパンを食べなくても米で十分である。パンを食べるというときそのパンの贅沢のために新たな負担が強いられているのだ。小麦を外国から輸入しなければならないしそのための負担が大きくなる。それは車をもてば石油も必要だし負担が強いられている。電気も何か簡単にポタン一つで利用できると思っていたが大変な負担を強いるものであることが原発事故でわかったのである。


もちろん文明的生活が全部悪いとは思わない、自転車にしても電動自転車が進歩すると楽になる。
技術的なものをすべては否定できないのである。ただ技術には何らかの制限が必要なのである。
それができないから必ず事故が起きて今回のようなとりかえしのつかないようなことになる。


今年は元旦は本当に穏やかだった。北風も吹いていなかった。二日目の午後から北風が吹き寒くなった。この天気は何を暗示しているのか?元旦のように穏やかだったら今年は穏やかになるだろう。
でもどうなるのか、自分の一身上も6年は波乱すぎたので穏やかになることを望む。ただどうなるかわからない。ともかく今は正月も三が日が終わると終わりだろう。睦月とはむつむ月だというのがふさわしい、人と人が睦月には集まりむつみあう月なのである。

蛇というとき元旦に見た幽玄の月はまさに蛇にふさわしかったのか?闇深くなければ幽玄の月も映えない、都会には幽玄の月はありえない、あまりにも不夜城のようになっているからだ。そこに蛇も棲む場所もないだろう。蛇は辰年とは違って穏やかな年になるのだろうか?蛇は何か陰気だけど地にくぐり忍従的であり穏やかになるのかもしれない・・そうあって欲しいともなる。


アオバト
http://shp.edu.city.shimonoseki.yamaguchi.jp/~awano_s/ikimono/101223aobato.html


アオバトなど見たことがない、こんなきれいな鳥がいたのか?一度は見てみたい、森でパ-ドウォッチングがいい、写真にとれればもっいい。この写真は相当に価値があるだろう。こんなふうに普通とれないと思う。そもそもアオバト自体見つけられない、どこにいるのかわからないだろう。