2013年01月01日

(新春俳句連作-西の栄)新年の抱負を語る (今年こそ心も復興の年へ)


新春俳句連作-西の栄(新年の抱負を語る)

(今年こそ心も復興の年へ)


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(九州)


春潮や福岡城にこうろ館

開聞岳春の夕陽や船は去る
春の陽の昇り難波へ船進む


(姫路城-瀬戸内海)


花吹雪西の栄や姫路城

姫路城天守望み春の暮
春の日や侍女百人の栄かな
春の日や侍女の間つづく長廊下
侍女の間や城の回廊花におふ


(瀬戸内海)


瀬戸内や海を望みて春田かな

船のいず瀬戸内海の暮春かな
海望み電車走りて花盛り
初蝶や潮の早しや海峡に
春の海島影重ね瀬戸暮れぬ
落椿重なり島の塔暮れぬ
常夜灯古りて湊や春の月
大船の汽笛や水道春の島
常夜燈古りて湊や春の月
淡路島波のやさしく春の浜
春日さし潮の流れや五色塚


(伏見城)


愛姫の伏見に長く春愁う

伏見城伊達に最上や春の暮
政宗の茶の湯にまねかる春の夢
政宗の西の歴々と春の雲
春風や政宗西に向かうかな
殿座る広間に偲ぶ春深む
花は散る西の栄の物語



 


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今年は巳年である。去年は辰年だからやはり波乱はつづいていた。巳年は蛇だから落ち着くのかな?

「巳」(み、し)という字は、胎児の形を表した象形文字で、蛇が冬眠から覚めて地上にはい出す姿を表しているとも言われ、「起こる、始まる、定まる」などの意味があります。

「巳」を動物にあてはめると「蛇」になりますが、古来より、蛇は信仰の対象となっており、谷神(やとのかみ。谷や低湿地を司る)、豊穣神、天候神などとして崇められてきました。祭祀や祀りごとの「祀」に「巳」が用いられているのは、「祀」とは自然神を祀ることをいい、自然神の代表的な神格が巳(蛇)だったからです。
http://allabout.co.jp/gm/gc/402685/


蛇は地を這うからねばり強いとか粘着するとかなる。悪い方になると執念深いとなる。自分も場合、陰性だから蛇と通じるものがある。何かにこだわる、だから人間つきあいでもそういうところがある。何か簡単に人のことでも忘れられないのである。蛇はまた冷静であり賢いということもある。
無駄な労力を使わないということもある。だからやたら動かないのである。それは石にも通じている。自分の詩のテ-マが石だったことでもわかる。冬の草でも俳句にしたように
故郷に忍び生きなむ冬の草」はこれは何か蛇的なイメ-ジがある。冬の草はあまり目立たないものである。今年は原発で放射能で田んぼが刈田になっていない、原野のようになっているから冬の草が生えていたから俳句になりやすかったのである。

牡丹を掛け軸にあしらったのは牡丹は富貴の花だった。今年は牡丹のように栄を表現する。

自分の家も二代くらいしかないんだけど複雑な事情で三代になっているのだ。栄はまず三代くらいつづかないと起きない、平泉の藤原家の栄も三代だったのである。三代であれだけのものを残したのである。一代二代はどうしても犠牲になりやすい、財を起こし残して次代で華が咲く、三代で消えたとしてもそれなりに華は咲くのである。自分の家もそういう用意がされていたのかもしれない、
とても貧乏だったら学問でも芸術でも華は咲かない、貧乏を呪いつつ才能があっても死んでいったのが戦前だった。今はみんなある程度豊だから才能を開花させやすいのである。高齢化というのもプラスの面として才能を伸ばしやすい、開花させやすいのである。才能を開花させるにはつくづく時間がかかるからだ。天才でない限り時間がかかりすぎるのである。


栄は西にあった。九州の博多から瀬戸内海から奈良、京都、大阪にあった。近江も信長がでて大きな栄があった。みちのくにはそうした西のような豪華な栄はない、ただ伊達政宗に興味をもつのは伊達政宗は東北ではいかに視野の広い人だったか?なぜそうなったのか?伊達政宗はほとんど地元の仙台にいたわけではない、秀吉について朝鮮まで戦争に行きキリシタン南蛮人とも交わり実に国際的だった。だからヨ-ロッパまで使節を派遣した快挙があった。あの当時でそういう大きなスケ-ルがあったことに興味が尽きないのである。また相馬とも争って関係深いこともある。どうしても会津は同じ福島県で人物で興味をもつということがあまりない、今度NHKの大河ドラマになる八重とかいう人もよくしらないし興味がもてないのである。伊達政宗は津浪でわかったように海を通じて相馬とつながっていた。相馬は仙台の方とつながりが深い、今でも交通的にも地形的にもそうなのである。中通りでも阿武隈地にさえぎられてつながりが地形的にもてないのである。仙台には通っている人も結構いたのだから日常的にもつながりが深いのである。

仙台から松島まで日帰りで行けるが会津には行けないのである。会津も山国で地形的に魅力があるのだがどうしても遠いから身近に感じられないのである。ただ伊達政宗は西の大大名と伍するためにかなりの無理をしたのだろう。そもそもみちのくは経済的に貧しく西のような豪商などいない、それで伊達ものとか無理な演出をして西の歴々と並ぼうとしたという見方は面白い。そんなふうにしないと軽く見られるという計算があって演出していた。
会津の物語より伏見城でも愛姫とかもっと伊達政宗を詳しくドラマ化すれば面白いと思う。

みちのくは今だ巳、蛇的な大地の世界である。土から離れられない世界である。それがいい方面にとれば自然と密着した文化の再生が起こりうる場所となる。東京から大阪にはそうした自然が喪失している。だから新しい文化は起こりにくいのである。みちのくにはまだ大地と密着した自然が残っていた。だからこそ原発事故には憤るのである。もちろんそのみちのくの大地を汚したのは地元の人たちも一枚加わっていた。別にみちのくでもそんなに自然にこだわる人は少ない、工業化して豊になりたいという志向が強かった。だからこそ原発を誘致したのである。ただそれでみちのくの復興が新しい文化の創造がありうるのか?それが疑問だったのである。万葉集の復興にしてもやはりみちのくの大地に根ざすときありうる。西にはそういう自然が消失しつつある。歴史的文化的集積があってもそこで新しい文化の創造は起こりにくいだろう。みちのくにはまだ本格的な栄はないのだろう。
藤原の栄華も三代で終わったように伊達政宗の栄も挫折したようにまだ本格的な文化の創造は成っていないのである。

元旦の俳句(国風文化の再創造の時代へ)

 

元旦の俳句(国風文化の再創造の時代へ)


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鮭をくわえている熊の置物も正月で縁起いいとなる。その子供鮭をくわえている。
三代で鮭をくわえる。代々受け継がれるものを象徴していたのである。



元旦や花満載に幸を呼ぶ 元旦や十種類の花映えにけり
元旦や日ざしおだやか津浪跡
元旦や道の間中に猫じゃれる

一本の残れる松に我がよりて朝日穏やかにさしにけるかな


元旦は穏やかな朝だった。日差しもあたたかでおだやかである。この天気が今年を暗示しているのか?そんなに災難つづきだったら生きているのさえ嫌になってしまうだろう。

昨日この新年用の花を買った。高かったが縁起物として買った。ここに花の種類が十種類くらいあるだろう。梅と思ってのは木瓜(ぼけ)だった。これも新年にふさわしい。ここの床の間の絵は古くなっていいものではない、安物である。ネットで掛け軸とキ-ワ-ド入れるといくらでも売っていた。
掛け軸などはインタ-ネット向きの商売なことがわかった。なかなか近くで買えるものじゃないからだ。種類も豊富であり縁起物としてはいい、牡丹なんかいい、掛け軸も日本の文化だったのである。そもそも真宗でも日蓮宗でも題目を書いたものは掛け軸が発展したものだった。掛け軸は日本の文化だった。こういうものを飾るにはやはり床の間が必要なのである。幸い自分の家は古いタイプだから床の間があった。これからは日本の文化が見直され新たな国風文化が起こる。もう十分に西欧化は達成した。その後にくるのは国風文化の最高しかないのである。そして意外と今や国風文化、日本の文化自体が何なのかわからなくなり失われたのである。そういう意味を再認識する時代になる。

掛け軸一つにしてもこれも奥深い日本の文化かもしれない、でもそれに注目する人は少なくなっているだろう。ヨ-ロッパだと古い家具を置くのだが日本では掛け軸とかで部屋を飾るのは文化の違いである。でも日本人自体みずからの文化のことを忘れてしまっているのだ。
文化というときもうマスメデアとかこれまでのメデアからは起こらない、その文化は大衆消費文化であり低俗なのものに終始して文化の創造はなかった。


もうこれこだけメデアが増えるとまず新聞をとっていても読む暇がなくなっている。とういうのはこうして自分で書くことに時間がとられる。一日二三時間はかかるだけで時間をとられる。自分で書いている方が面白いし創造的なのである。もう。テレビだけを見ている受動的な情報の摂取の次時代は終わったのである。マスメデアというのは原発事故でもわかったようにメデアが権力でありメデアに操作された情報なのである。その経営は宣伝費から成り立っているから宣伝費を多く出すものがスポンサ-になるのだからとても東電など批判できないのである。一番宣伝費を払っていた会社だからである。メデアはまた芸能人を通じて操作する。人も操作されるのである。メデアはただ一利益会社であり何か正義とか追求している会社ではない、自分たちの利益になることを追求している私的団体なのだけど公的団体のように錯覚していたのである。そういう特権が与えられていたのに結局宣伝費で経営していたのだから何か真実を追求することなどできるものではなかった。


ともかくマスメデアに扇動される時代は終わった。新聞もいづれは読まなくなる。だんだんインタ-ネットに集約されてくるのだろう。これまでのメデアからでてくる人物はメデアに操作された人物なのである。
例えは福島県で和合なんとか詩人だなと原発を契機にメデアで売り出した人もそうである。
マスメデアを通じて売り出している人には注意が必要である。マスメデアの芸能人化されるのである。今では直接マスメデア通じなくてもインタ-ネットで表現できるのだから本当はそうすべきである。評論家でもメデア芸人にの言動にのせられないことである。大衆を扇動するためにメデア芸人として利用されていたのである。メデアは権力であるからそういうことができたのである。
大衆操作にはパンとサ-カスなことは変わっていなかったのである。今でも原発のことはよくわからないし隠されているがそれを暴くことがメデアの仕事でも以前としてそれができていないのである。マスメデアそのものの監視の時代になったのがインタ-ネット時代である。

 

元旦の俳句(3)(盆栽の俳句)


元旦の俳句(3)(盆栽の俳句)

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元旦や盆栽の老樹陽穏やか

元旦や盆栽の根からまりぬ
新年の鐘や鎮めと海明けぬ
新年の光の海に穏やかに
新年や鳶高々と風にのる


今年の元旦は穏やかである。日差しも穏やかであり寒くない、こんな天気が正月につづくのか?今年は平穏なのかもしれない、余震がまだあるけどどうなるのかな・・・そんなにこの辺が災難つづいていたらもたない、仮設に盆栽並べているのをいつも見ていたからそれが心に残ってくる。こういうものも何度も見ていると心に定着してくるのだ。盆栽でも長寿なものがある。いろいろ個性があった。根がからまっているのはまるで蛇がからまっているみたいだった。あんな盆栽はなかなかないし相当に価値があり高いものだろう。百万はするかもしれない、あんなふうにはなかなか作れないからだ。盆栽も日本の文化であり外国で盆栽ブ-ムだというのも何かひかれるものがあるのか?
これも良く見ていないとわからない、たまたま外にいつも飾っているから心に残ったのである。
盆栽も元旦に正月に向いているものだった。


海の方へ朝に鐘が鳴った。寺は嫌いだけどこの鐘の音だけが気持ちがいいのだ。そのひびきがいい、大地に鎮まるようにひびいてゆく、山にも海にもひびいてゆく、それは鎮魂の音なのである。


今日はコンビニで昼の用意だった。今は正月でも自給自足の時代でないから買ってまにあわせる時代だからどうしても店が必要なのである。ずいぶん混んでいたし故郷に帰った人も相当いるのだろう。その家が仮設だというのも変わったことである。

正月もやはり忙しかった。今まで正月でも暇だった。二人分の食事を用意するとなると常に忙しくなるのだ。だから一日が短いのである。高々と鳶が飛んでいるのは気持ちよかった。新年らしい風景である。


インタ-ネットはリアルタイムで次々に生放送するのに向いているのだ。これで元旦は三回目のアップだ。今年の元旦はさらにアップして記録を作るかもしれない、また外にでてみよう。

元旦俳句(十種の花)- (腹の足しになるだけではない-農耕は文化を生きることだった)


元旦俳句(十種の花)

(腹の足しになるだけではない-農耕は文化を生きることだった)

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元旦や十種の花の調和かな
床飾る十種の花や賀春かな
元旦や津浪に残る松に寄る
年明けて我が家を継ぎぬ月明かり


元旦に特別な意味を認めるのは農耕文化圏である。季節の変わり目が大事だからである。焼き畑の時代は月の満ち欠けが暦となっていた。稲作になり太陽崇拝になった。十五夜に備えるのが芋とか団子であることでもわかる。農耕というときこれは単に人間が食を得るというものだけではなかった。
今になるとなぜかそればかり強調されるのも変なのだ。人間はただ腹を満たすだけに生きてきたのかというと貧乏な時代だってそうではなかった。ただこれだけ豊になったとき昔をふりかえるとき文化的なものとしてふりかえることができなくなった。絶えずただ腹を満たすということでしか農業をみれないのである。文化というとき芸術と離れて思っているけど違っていた。文化とは総合的生活のことであった。今はただ経済的観点しかから見ていないから歪んだものとなる。農民は別に俳句も短歌も作らなくても濃厚な農耕文化を生きていたのであり文化の担い手であったのだ。
だから元旦など正月は小正月を加えると二か月とか長いのである。それは中国でもそうであり正月は特別なものとして祝う時期だったのである。


工業化したときそういう文化が根こそぎ失われたのだ。文化が失われることは実は人間の精神も失われることだから実際は相当に深刻なものだった。ただそういう自覚は農民になかった。貧しさから脱することが第一とされていた。でもこの辺では原発事故で故郷を追われるとか喪失するとか田畑が放置されるとか農耕そのものが根こそぎ失われたことの影響が精神面でも相当に大きい。別に農業など金にならないし補償金もらって暮らした方がいいとかなる。高齢化しているから余計にそうなる。

でも何か田んぼがないとかいうことが別に米が他から金で買えて入ってきても精神にかなり影響しているのではないか?田舎の文化の根底には農耕があった。それがなければ田舎といえるのか、確かにまだ自然は残っている。でもそれは人間が農耕として働きかけない自然になる。それがあるから都会とはまた違っていることも確かである。ただ基本の部分で農耕があって田舎だったから何か違和感が感じるのである。もちろん今の時代は都市の時代だから都市に生きることが現代的で田舎に生きることは遅れている人たちだということを言う人も多い。田舎は都会人の税金で暮らしていると批判する人たちも多い。それも一理ある。でも国でも総合的にみるとき田舎がなければ農耕がなければ精神的にかなりアンバランスなものにならないか?現実に東京のような怪物都市に住んでいる人は何にアイデインティティを見いだしているのだろうか?何か精神的に異常をきたしてこないのか?
自分は正常を保てなくなるだろう。異様な怪物的都市の迷宮で精神が病んでくるのが普通ではなかろうか?


いづれにしろ元旦は特別な日でありそれは農耕があり日本の文化があってそうなのである。別に単に年が変わるというだけになっている国も多い。そもそも元旦とか正月とかそうした言葉もない国が多いのだ。単にNEW YEARしかない国も多いのである。人間は食うだけではない、経済的観点からだけ生活を追求することが疑問である。だから山尾三省は極貧生活だったけど農耕という文化を生きたのである。その文化を生きることに最高の価値を見いだして死んだのである。そういうふうに農耕に対して文化的価値を認める人は農民すらまれになった。今になって飯館村の人などが農業を継続したいとかキ-ワ-ドで探している。その人たちは農業のもっていた価値を再認識してそうなったのだろう。
ただ補償されて団地のような所に生きていても何ら生きる価値が見いだせないのである。
農業はただ腹を満たすだけではない、文化を生きていたのだということを痛切に感じているかもしれない、つまり普通に農業をしていれば漁業をしていればそういうことを感じないのである。
たまたまこんな極端な状態にになったから考えざるを得ないということになったのである。

 

元旦の幽玄な月


元旦の幽玄な月

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元旦や幽玄の月光るかな

雲間より幽玄の月年明けぬ
幽玄の月や巳年の初めかな
新年や一瞬消えぬ流星
 
この月も不思議だった。半弦の月というのかあまり見たことがない、雲間から光っていたので余計それを感じた。流れ星も一瞬にして消えたのを見た。今年は天候が穏やかだから気持ちいい元旦だった。雪となるとか言ったけど正月はいい天気みたいだ。天気というのも一年を占うものになるかもしれない、この幽玄の月は何を意味しているのか?自分自身が幽玄的存在だし茶の湯の道も幽玄的なところがある。幽玄という言葉自体日本的な表現の仕方なのだろう。外国にはない、外国では空が澄んでいるから太陽でも月でも違ったように見えるのだろう。日本では湿っているから幽玄的なものが生まれてくる。日本の文化には湿気がかなり影響している。朧月などがそうである。湿気は食生活にもかなり影響している。四川料理の唐がらし料理はものすごく辛い、焼けるように辛い料理である。そんなものをどうして食べるのかと思ったら湿気が強い所だから汗を出すために食べるという確かにあれだけ辛いものを食べたら汗かでる、それで体にいいとなるのか?気候とか風土化料理も作っていたのである。

幽玄というときこれは巳年(みどし)の蛇にも通じているかもしれない、蛇も神秘的だからである。
流れ星を見たというとき何をこれはまた意味しているのだろうか、天候の事象で占うということが古来中国文化にはあった。津浪が月とか天体とも関係していたというときまだその関係は科学で解明されていないのである。科学で何でも解明されたようでもされていないのがまだまだある。
人間の運命も実際わからない、自分の寿命もわからない、体もわからない、でも突然死ぬということがある。流星のように跡も残さず一瞬の輝きを残して消える、それも神秘的である。人間もそんなふうにして消えてゆくのだ。死ぬときはまさに流星になる。

今年の元旦は朝から夜までまた自転車で駆けずり回った。新しい自転車は乗りやすいからアクションを起こしやすい、今年はこの自転車でかなり行動範囲が広げられる。ただやはり疲れやすくなっている。まあ、遠くにこれで行くのが楽しみである。

2013年01月03日

三が日(山鳩と蛇)


三が日(山鳩と蛇)

蛇のように聡く、鳩のように素直でありなさい)

Be wise as serpents and harmless as doves

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山鳩の里に平和や三ケ日

山鳩の枯木に番い平和かな
冬日さし畑に山鳩質素かな
闇深く幽玄の月冬の夜


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鳩は病院とか教会とかにあうけどあの鳩は山鳩ではない、山鳩がもともとの鳩であり小型化したのが街などにいる土鳩なのだろう。鳩の形としては流線型で山鳩の方が美しいし自然により調和する。
土鳩などは教会とか病院の屋根などにとまっているときにあっている。鳩には何か確かに平和を感じる。鳩を彫刻して並べて教会とか病院の建築に彫刻するといい感じになる。病院に入院したとき南相馬市立病院でも相馬総合病院でも秋であり鳩がとまっていた。秋の鳩というのが病院にふさわしかった。南相馬市立病院では海から朝日がのぼりその光がとまっている何羽かの鳩にさしたときは荘厳な感じになっていた。南相馬市立病院は建築的に場所でも理想的だったのである。今は二病棟しかやっていないので淋しいというのも変だがもったいない感じがする。建物はやはり相当に人間の心にも影響する。ただ立地条件が良くないと建築も映えないのだ。だから大都会では建物は立派でも映えないのである。今度建てる新地の病院はもし高台であり海が見えたら海から日の出が見えたら素晴らしい景色を毎日見ることになるのだ。この辺では高い建物がないから遠くが見えないのである。


鳩は平和の象徴である。日本語だと素直になっているが英語では害がない、harmlessになっている。枯木に番いなのか二羽山鳩がとまっていたが写真にとれていないかった。鳥をとるのはむずかしい。冬は鳥の写真をとるのに向いている。鳥が見えやすいのである。ただ一瞬のシャッタ-チャンスを逃すととれないからむずかしい。自然は何でも自然に調和するから美しいのだ。木にとまっていようが地におりていようが調和している。人間も農耕していれば自然と調和しているから美しいとなる。
ただ人間の場合は機械化して何でも自然でなくなるから醜くなるのである。そこで働いている人も常に農業なんか金にならない金にならないという不満しかなかった。でもなぜ自然の鳥などはそんな不満がないのか?実際は鳥でもアカゲラとかヤマゲラとか啄木鳥類は大食漢であり木から虫を掘り出して食べている。その量は相当なものである。ただ森にひびくのは木をつつくたたく音だけである。


江戸時代あたりは人間の営みも自然の中で調和していたから今とはまるで違っていた。こんな騒々しい世界ではなかった。自然の鳥とにた面があったのだ。自然と調和しているから貧しくても美しかったのである。都会にはそうした美が喪失している。自然と調和しない、人工的世界となったからいくら繁栄しても美が喪失している。ただ巨大な怪物的胃袋となっている。大都会には文化がないのである。自然がないから当然文化もありえないのだ。冬日がさして山鳩がいる。そこには質素さを感じる。鳥はそもそもみんな雀でも質素である。何も人工的なものを身につけないからそうなっている。もちろん家もないからそうなっている。わずかの木の実だけでも食べて生きていられるのが不思議だとなる。そもそも人間はそんなにこんなにいろいろ食べる必要があるのかとも思う。別にパンを食べなくても米で十分である。パンを食べるというときそのパンの贅沢のために新たな負担が強いられているのだ。小麦を外国から輸入しなければならないしそのための負担が大きくなる。それは車をもてば石油も必要だし負担が強いられている。電気も何か簡単にポタン一つで利用できると思っていたが大変な負担を強いるものであることが原発事故でわかったのである。


もちろん文明的生活が全部悪いとは思わない、自転車にしても電動自転車が進歩すると楽になる。
技術的なものをすべては否定できないのである。ただ技術には何らかの制限が必要なのである。
それができないから必ず事故が起きて今回のようなとりかえしのつかないようなことになる。


今年は元旦は本当に穏やかだった。北風も吹いていなかった。二日目の午後から北風が吹き寒くなった。この天気は何を暗示しているのか?元旦のように穏やかだったら今年は穏やかになるだろう。
でもどうなるのか、自分の一身上も6年は波乱すぎたので穏やかになることを望む。ただどうなるかわからない。ともかく今は正月も三が日が終わると終わりだろう。睦月とはむつむ月だというのがふさわしい、人と人が睦月には集まりむつみあう月なのである。

蛇というとき元旦に見た幽玄の月はまさに蛇にふさわしかったのか?闇深くなければ幽玄の月も映えない、都会には幽玄の月はありえない、あまりにも不夜城のようになっているからだ。そこに蛇も棲む場所もないだろう。蛇は辰年とは違って穏やかな年になるのだろうか?蛇は何か陰気だけど地にくぐり忍従的であり穏やかになるのかもしれない・・そうあって欲しいともなる。


アオバト
http://shp.edu.city.shimonoseki.yamaguchi.jp/~awano_s/ikimono/101223aobato.html


アオバトなど見たことがない、こんなきれいな鳥がいたのか?一度は見てみたい、森でパ-ドウォッチングがいい、写真にとれればもっいい。この写真は相当に価値があるだろう。こんなふうに普通とれないと思う。そもそもアオバト自体見つけられない、どこにいるのかわからないだろう。

2013年01月04日

女と巳年(切実にに助けを必要としたときまた人は人を助ける気になる)


女と巳年

(切実にに助けを必要としたときまた人は人を助ける気になる)

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坂越えて女ランナ-巳年かな
97の母よろよろと巳年かな
年初め男の家事も勤めかな


蛇年は何か女性とあっているのか?執念深いというか、ねばり強いというか、坂を越えてきたのも女性だった。女性のマラソンが強かったのもやはり日本人の女性は体力的には弱いようでもねばり強いことが証明された。女性は一般的にねばり強いから長生きするのである。寝ていても死にそうで死なないのも不思議である。よろよろと起き上がってくる。まるで蛇のように思えたのである。
女性には明かに蛇の性がある。女性は家に住み着く蛇ににているのかもしれない、嫁は女に家なのである。女性は死んでも家から離れない、家と一体化しているのが女性である。
でも97くらいまで生きると人間はある意味で気味悪くなるということもある。ただ今の時代はそういう時代だからめずらしくはないのだ。

家事も一つの勤め、仕事である。ただ仕事として評価しにくいのだろう。やはり人間なんでも仕事できる人間が評価されるのだ。仕事できない人間は評価されない、社会というのはそういうものである。規律正しく仕事をするということが人間を作るということは確かである。そういう点が自分には欠けていた。ここ6年は介護と家事が仕事だったのである。この苦しみで学んだことは
「人間は困った時が必ず起こるから人を助けるのは義務である」という実際の経験から感じた。
このことは震災でも東北の人がみんな感じた。相当に遠くから来ても助けられたからである。

一身上でも痛切にそのことを感じたことはない、自分は助けられなかったけど切実に助けが必要性を感じたのである。人を助けるというとき自分自身が苦し目にあい助けを切実に感じたときしかまた人も助けない、困ったことのない人、苦しんだことのない人は他人が苦しんでいてもあまり感じないのである。でも人間は金持ちでも困るときが必ずある。そして金だけですべては解決しない、お前は金もっているのだから金で助けてもらえとあからさまに親戚の人が狂気のように怒鳴って縁がきれた。あの人は異常な人だった。でも金だけ助けられないことがある。ただ困ったとき助けられたりする経験するとまた金を関係せず助けるということがある。助けるというとき金も役に立つ、何も自分でできなければ金で助けるものいい。ただ金だけやっても助けたという気分にはなれないだろう。寄付した所でネコババされていたとかその金の行く先が不明なのが多すぎるのだ。赤十字すら寄付金の行方が明確化されていなというのは本当なのだろう。だから東北でも未だに寄付金などが有効に使われないままなのである。それだけ金の扱いはむずかいということである。


ともかく助けるのが義務だというとき、一時的なものでなく義務的に継続してやらないと効果がない、一時のあわれみとかではすぐに忘れてしまうだろう。いくら同情してもそれは行動に結びつかない、人間はやはり仕事のように義務として責任を果たすというふうにならないと効果がでてこないのだろう。ともかく仕事でも学問でも芸術でも何でもねばり強くやらないと成果はでない、仕事はそういうものである。蛇はまた何か老人もイメ-ジする。年老いたいるが知恵者だという感じがする。

だから蛇のように聡くあれと言われた。蛇は何か賢者のような感じがするのだろう。知恵者と賢者になるのは老人なのである。青年には少女にははち切れんばかりの若さがあるが知恵と賢くは絶対になれないのだ。若さの暴走、欲望の暴走がかならずある。とても蛇のように賢く冷静に知恵あるものとはならないのである。そこが矛盾しているのだ。最近思うに結婚も実際は老人と若い女性と結婚すべきだと思った。若い男性は肉体的には若い女性とあうのだがどうしても知恵とか賢さとか理性とか落ち着きとかそういうものが若い男性にはない、ぎらぎらした肉体の若さのみが露出する。精神性がない。だからどうしても三分の一が離婚するのだ。これがもし老人の知恵とか賢さとかが備わっていればそうはならないのだ。ところが老人にはすでに肉体の若さはないのだ。そこに人間の矛盾、ミスマッチがあった。


ともかく人間は人生の中でいろいろ経験しないかぎり覚ったりできない、60過ぎてから人生の最大艱難になったがもっと経験を積んでいたらこんなふうにもならなかったろう。ただ経験を積んでも苦労しても学ばない、覚らない人も多い。人間ともかくやるべきことをやらないと他者からも信用されなくなる、見放される。親でもこれも恩があるのだから返さねばならない、別に親でもやはり他人なのである。だから子供を世話しなかった親は冷たくした親は世話してくれないとなる。家族でもそういう家族も結構あるからわからない、でも恩になったら恩を返すということをしないと他者からあの人はなんだとなる。そんなことは別に自由だからそんなこと古いといってしなくてもいい、でもやはりそういうことをちゃっとしていないと人間として見限られるということはあるのだ。団塊の世代はそうした日本人がもっていた基本的なモラル、道徳すらない、そういう人間は若い人からも見放されるという恐怖がある。そういうふすうに団塊の世代が若い人から絶えず批判されているからだ。
「人間としてなっていない・・」こう若い人に思われていることに恐怖感を覚えるべきである。
家族でも祖父母のめんどうみないのを見ている孫は親のめんどうもみないとなるそうである。そういうふうに具体的にモラルは悪い面でも受け継がれるから怖いとなるのだ。

2013年01月05日

新年に仙台に行く (仙台平野の津浪の範囲は広かった-高速道路を行き実感した)


新年に仙台に行く

(仙台平野の津浪の範囲は広かった-高速道路を行き実感した)

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名取川の河口

仙台や欅を仰ぎ冬の空
新年や青葉通りに鳩飛びぬ
仙台に古本また買い新知識
故郷に巣ありて帰る寒烏
新年やバスの眺めに変わるかな


泉が岳蔵王と見えて津浪跡仙台平野に冬日没るかな

新幹線駅にとまりて新年に仙台に来て人と交わる
新年に蔵王の山影名取より夕陽眩しく見えつつ暮れぬ

冬の日や蔵王の山影さえぎつつ宮城よりし山形思ふ

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蔵王が見える-名取辺り

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今日は直通のバスで仙台まで行った。あれは途中で乗り換えないから便利である。本数も一日十本くらいでているから便利になったのだ。正月もあるが乗客が一杯だった。2時間近くかかるにしても直通だから便利である。あれだと仙台に行きやすいからまた軽い気持ちで行ける。ただ今日も電気をつけっぱなしで怖かった。一つのもち焼くのがコンセントをはずさないときれないのだ。それを忘れるとものすごく熱くなる。あれが熱くなっていたら火事になると気がもめてしょうがなかった。
前は携帯で連絡できたけど今は耳も聞こえないから連絡できない、その連絡できないことで犯罪にもあった。いかに家族がいないことが困るからかぞくがある人は考えないのである。困ったことがない人は困った人がいることを知らないのである。消防署に連絡したがどうにもならなかった。
帰ってみたらやはり電気がついていたがモチ焼くのはゼロに回していたから助かった。携帯で連絡つけば簡単に電源を切れで事がすんだ。介護は本当に一人だとつききりになり離れられなくなるのだ。認知症の時も一人でいると不安になるので離れられなくなった。どうしても気晴らしに近くすら行けなくなっていたのである。一人暮らしとかこうして留守にする時一番恐いのか火事なのである。


仙台では古本をまた買った。前は一か月に何度も行って本を買いに行っていた。専門的な本は仙台で買うほかないからだ。詩の本が相当にあったけど新しい本は高かった。詩を作ることでわかったことは詩をかなりの数を集める必要がある。詩はなかなか読めないのが多いのである。有名なのは読めても他は読めない、最近アマゾンで集めた。ただ高いから金がかかる。他に絵本とか安いので買った。古本の世界も広いから何があるかわからない、本の世界はそれほど広いものだったのである。
本ははすでに天文学的なものが出版されているからとてもそれらを利用することすらできない。
本は今は素人でもオンデマンドなどで簡単に作れるみたいだ。だから自分もそうしして本を作ってみたい。ただ書店には並ばない、書店では無名の人の本など置かない、出版社ル-トでしか本は置かない、ただ地方の小さな町の本屋など消えてしまうだろう。

海側の高速道路を仙台まで通ったけどかなり海に近い、亘理の鳥の海も見えたし阿武隈川の河口や名取川の河口も見えた。あの東部高速道路を越えて津浪が来たのだからあの辺の被害も大きかった。
バスから見てその被害の広さを実感した。結構海に近い場所だったのが亘理であり名取りだった。
そしてわかったことは昔の街道が山際に作られたことは偶然ではなかった。その前は昔は湿地帯とか海だったのである。だから道を作らなかった。開拓して田んぼになったのは政宗の開拓奨励の結果だったのである。でも現代は海に対する危険な感覚を失っていた。どんどん宅地開発であの広い仙台平野に家が建っていったのだ。それで地震学者が津浪が千年前にきているとか400年前に来ていたと警告したら土地開発業者にそんな危険なことを言うなと脅迫されたという。自分たちがもうからないからそう言ったのである。これは東電の体質と同じだった。ただただみんな頭にもうける金のことしかなくなっていたのである。そしてあれだけ広範囲な地域が津浪にのまれてしまったのである。
津浪の被害では宮城県が本当に大きかったのである。


みちのくを ふた分けざまに聳えたもう 蔵王の山の雲の中に立つ 齋藤茂吉


これはみちのくではない、宮城県と山形県を分けるものとして蔵王があった。

今日は高速道路からの眺めが気持ちよかった。あそこは一段高いから見晴らしがいいのだ。だから津浪も防ぐことができた。津浪の防波堤になっていたのだ。津浪の被害の傷はなかなか消えない、ただ津浪の後でも米作りはしていたから塩害でも米は作れるらしい。放射能被害とは違っていたのである。

烏が巣に帰るというのは当たり前だけどこの辺では故郷を失い故郷の家に巣に帰れないというのも悲劇だった。自分にはまだ家があり辛うじて家族も残っている。それでまだ故郷にいる。
故郷を喪失することの傷は相当に深いだろう。だから福島市とか他でも都会の団地に避難して住んでいる人はどう思っているのだろうか?大内村の人たちは郡山市などにすんだから便利で帰りたくないというのもわかる。仙台でインド料理のパンのナン料理を食べた。カレ-にひたして食べた。
チェ-ン店になっていた味が洗練されていた。あのパンがインドで好きになったので食べたかった。
外国旅行ではそういうことがある。でも外国旅行で料理通にはよほどなれた人でないとなれない、
レストランに入りにくいし金がかかりすぎるからだ。外国のレストランは簡単に入れない場所だったのである。

2013年01月07日

南相馬市鹿島区の海老村-八沢浦の津浪で流された神社



南相馬市鹿島区の海老村-八沢浦の津浪で流された神社

南相馬市鹿島区の海老村-八沢浦の津浪で流された神社

南相馬市鹿島区南海老の金砂神社、磯ノ上稲荷神社、北右田御刀神社境内八坂神社の三ヶ所に仮社殿を設置したとのこと
http://chingokokka.sblo.jp/article/51675182.html


http://chingokokka.sblo.jp/archives/20111207-1.html



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海老村のパノラマ写真

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竹駒神社の礎石-これはしゃれているが気づかなかったろう
遺跡のようになってしまった。


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これが残り谷(屋)である

前には一軒の家残らなかった。

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残った松
八沢浦の妙見神社

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海老村の海岸のすぐ近くの金砂神社が流された。そのあとに小さな祠が建てられた。それを建てたのは地元の人ではない、外部から来た人だった。あそこの神社にも石碑があり車輪梅が密生していた。その写真をとっていたが今不明になっている。金砂神社は砂浜で砂鉄をとっていた人が建てたのだろう。茨城県の日立にもあるから砂鉄をとる人が移動してきたのだろう。黒々とした砂浜がありあれは砂鉄だったのである。江戸時代の碑が残っていたがそれも流された。不思議なのはその流された碑がどこにいったのかわからない、探せばあるはずだが探して集めているのだろうか?


神社は信仰の対象というより今は文化財として保存の対象になっている。神社にもいろいろ起源があり何で祀られたかもわからないのが多い。烏崎にも津神社があり400年前の慶長地震津浪を記念したものだというが実際は鯨の祭りをしていて鯨の碑があった。だからあそこが津浪を記念していた神社だとは地元の人すらわからなかった。でも津神社は松川浦にもあったのだから津波の津なのだから津浪と関係していた。そもそも津浪ということば慶長地震の津浪からその言葉が生まれたことででもわかる。ただ忘れて祭りさえ別なものになっていたのである。やはり

津神社という名前が何なのか問う人がなかった。津浪の津とイメ-ジする人がいなかったのである。

竹駒稲荷神社は海老にもあったし他にもあった。竹駒神社はこの辺でも岩沼に行きお参りしていたし今でも農家の人たちはしている。その伝説も残っている。米の豊作を祈願のためにお参りしている。海老村は何軒か残して壊滅した。あの立派な一軒の家は良く残ったと思う。特別頑丈だったのか新しい家だった。つくづくあの家を見ていると良く残ったなと感心する。その前は全滅しているからだ。だから良く残ったということで残り谷(屋)という地名が他でついたことの意味がわかる。あそこも明かに津浪で残った残り谷(屋)なのである。


八沢浦の海岸近くに妙見神社の祠があった。それも流された。あれは武士が開拓して祀ったものだろう。明治維新で武士を失業した人が開拓に入った。城下に勤めていた侍かもしれない、ただこの辺では農民と武士をかねていた郷士だからそうとも限らない、会津とか伊達になると城勤めの武士がかなりいた。相馬藩では少なかった。だから会津では青森のとなんとかで開拓させられた。伊達では亘理の武士が北海道に移住してそこが伊達市となった。その侍は農民ではなく城勤めだったのだろう。
農業でも経験がなければ苦しい。だから北海道で農業の経験のない人は相当に苦労したのである。

この辺で原発事故で故郷を追われた人たち,特に農業をしていた人は仕事にしても簡単にできない、会社勤めの人はできる。会社が移動してそのまま勤めている人がいた。農業は土地がなければできないのだ。だから飯館村でまた農業をしたいという人はいるし牛を飼うことをつづけたいという人はいる。若いなら新しい仕事ができるかもしれないが50代以上になると新しい仕事に就くことはむずかしいのだ。

ともかく写真も今になると貴重なものになった。一つの故郷の記録として残す必要があった。

八沢浦は海老村や烏崎村のように壊滅していていない、家がまばらだったからである。もちろん死んだ人もいる。でも何か家が少ないからあそこがあれだけ広い入江が再現したとき驚嘆したのである。それにしても海老村から眺める風景もなんとも不思議としかいいようがない、家も何もなくなることの不思議である。みんな消えてしまい何もなくなってしまったのである。こんなさっぱりと消えてしまうのかということが信じられないのである。墓所だけが残り村は壊滅したというのも不思議である。墓が壊滅した村を見守っているのも不思議である。墓参りはできても肝心の集落がなくなっているからだ。墓参りする人も死んでいるのである。


津浪の傷痕は深くまだまだ癒えることは先のことである。二年たったとしても何ら変わりなかったのである。まず津浪の跡には家は建たない、あそこで一千万とかで売り出していた白い別荘があった。あれも売る前に流されてしまってゼロ円になってしまった。一方津浪の前に売れた家もあった。あそこは得したと思った。そんな損得勘定をしているような状態でもなかった。津浪の被害の前にそんな損得勘定よりただ茫然としているほかなかったのである。津浪の恐怖は一瞬にしてあったものが人でも家でも消えてしまうということだったのである。その恐怖は未だに消えていないし継続しているのである。神も仏もないのかという恐怖だったのである。

posted by 老鶯 at 17:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 地震津波関係

2013年01月10日

人間の罪の基は口にあった (口からすべての汚れがでてくる-現代社会の嘘は見抜くことがむずかしい)


人間の罪の基は口にあった

(口からすべての汚れがでてくる-現代社会の嘘は見抜くことがむずかしい)


口は災いの元

そのうわついた口はぺらぺらあることなきこと
しゃべりつづけて嘘もつく
口は災いのもと
口はつつしむべし
特に女性の口は軽すぎる
その口の恐ろしさを知るべし
その口よりいでしものが他者を殺す
愛なくば愛を語るべからじ
真実の一言は重し
真実の言葉に力が宿る
石の如くに真実の言葉は重し
浮ついたる口よ
そは地獄にてその舌の焼かれむ
その口は呪われるべし


人間は簡単に言葉を日常的に使っている。言葉などなんの影響があるのかと普通は思う。しかし言葉を通じて人間の心が表に出るということが人間の人間たる所以なのである。身、口、意で悪を犯すというとき人間は口から一番悪が出やすい。意というときその心が言葉となって現れる。人は言葉を軽んじているけど言葉を通じて心が表出されるから言葉は恐ろしい害毒をふりまく、自然界のものは樹でも石でも山でも動植物でもは言葉をもっていない、言葉がでてこないからこそそこにいかなる悪も表出してこないのだ。だから人間でも沈黙の行をしていれば樹や石や山のようになれば悪は表出しないし罪を犯さない、罪というとき具体的な犯罪として罰せられる罪を罪だと思っているが人間は日常的に言葉で相手も殺しているのである。人間の言葉の害毒は計り知れないほどこの世を汚している。
そしてこの世とは嘘と偽りの世界である。それは権力者から下々まで嘘と偽りの世界に汚染されているのだ。現代では嘘というとき個々人のあからさまな嘘もあるけど会社とか組織や種々の団体が嘘をつく。するとそれは権力を持っているから大々的社会に宣伝されてその嘘が嘘でなくなるのだ。

マスコミがこの頃盛んにネットなどで批判されるのは真実を報道していない、嘘だというときそうだった。マスコミも宣伝費をもらっているから大きな会社の意向に従う、東電など電事連が一番宣伝費を出すときその意向に従うほかない、そうして安全でなくても原発の安全神話は作られた。これは嘘だったのである。それは政府自体もその嘘に加担していたのである。政府と会社が一体化して嘘をついていたのである。戦争中でも政府と軍部とマスコミが一体化して実際は負けた場合でも勝っていると嘘をついていたのである。政府もマスコミも一体化して嘘をつく、その嘘が人の判断を誤らせていたし結果として300百万人も死に犠牲にされていた。


まずこの世で嘘をつかないで人生を終えた人など一人もいないだろう。現代では特に嘘をつかないということは会社とか団体と組織化の中で生きていると個人が嘘をつかないように思ってもできないのである。会社ぐるみで団体で行動しているのだから一個人の意向は無視される。だから除染にしてもごまかしていても会社の支持でやっている、政府の支持でやっているとなり個人はその大きな権力の意向に従わざるをえないのである。つまり現代は江戸時代などより偽りと嘘が天文学的に増大した時代である。組織ぐるみの嘘が莫大なものとなっているからだ。例えば江戸時代だったら職人であっても一人一人で職人気質で仕事していたのだから嘘をつくようなことはない、すると全体的に嘘は極めて少ない、だからみんな江戸時代の人は貧乏でもいい顔していたというときそういう社会の違いがあった。現代はまた嘘を見分けにくいのである。マスコミの嘘などでも見分けるのがむずかしい。もちろん政府が嘘ついていたら余計にそうである。宗教だってカルトとなると巨大な組織集団だから宗教を看板にしていること自体嘘と偽りなのである。そもそも宗教は自らが犠牲になるような崇高なものだった。するとカルト宗教団体などはまるでその正反対だし誰も自分が犠牲になるような宗教を実践することが不可能だからその看板をかかげていること自体、嘘であり偽りだとなる。ただ別に宗教ではなくてあなたたちの欲望をかなえてやりますとあればかまわない、それは法華経とか虎に自分の食わせるとかの宗教を実践できるものはいないからそもそも宗教を看板にしていること自体が嘘と偽りになってしまう。この世全体がそもそも嘘と偽りの世界だとなってしまっているのだ。


現代はなぜ嘘がこれほど蔓延してしまうのか?それは薬でも医学でもその他いろいろなことが専門化して素人にわかりにくい社会だからである。何か宣伝している人は金をもらってしているのだからそれがいいとか悪いとか真実なのかどうかなど関係ないわけである。それを自分で確かめるわけにもいかない、原子力発電とか放射能問題でもそれらは目にも見えないしわからないから嘘が一番つきやすいとなる。放射能が低いならかえって体にいいといわれればそうかなと思って信じてしまう。それは専門家しかわからないから嘘をつかれてもわからないのである。個人的嘘なら具体的でわかりやすいけどこうした科学でも組織的集団的なことになるとその嘘を見抜くことは不可能になってしまう。
建築関係の仕事をしている人が一億円資産があるもうかっていると言われたときその方面の知識がないからそういう仕事もあるのだと思っていたら嘘だった。そういうことは現代は数限りなくある。
何が嘘なのか本当なのか社会が嘘と偽りにおおわれていたら見抜くことはできなくなる。宗教を看板にしているのだから宗教を追求しているのかと思ったらそこはどろどろした現世欲望を追求している団体だったカルトだとかなる。その嘘が偽りは巨大組織化集団化されると社会に公認されるから余計わからなくなるのだ。社会でその嘘と偽りを糾弾できなくなっているのだ。


おそらく嘘をつかずに一生過ごせるとしたら奇跡的だろう。社会とかかわること自体嘘をつき偽りに生きることになる確率が大である。だからこそ出家してこの世とかかわらないことが身、口、意を汚さないようにすることだったことがこれからも理解できる。でも出家してもまたそこが嘘と偽りの場になることもありうる。宗教というのも嘘が多すぎるのである。だからこの世で人間社会で嘘と偽りから逃れようとしたら不可能になる。石と樹とか山とか動植物、自然は嘘をつかない、偽りがない世界である。だからこそ自然にひかれるのであり自然に安らぐのであり人間社会ではそういうことがありえないのだ。その社会は複雑怪奇になっていてとても何が嘘で真実なのかもわかりにくい、原発事故でもそうだった。ただ原発事故の原因は嘘にあった。必ず権力でもって嘘が隠蔽されていたのである。その嘘は政府の権力もかかわり隠されていたのである。それが事故につながっていた。原発の技術的問題として安全かどうかの前に正直にその内部の情報を出していない、嘘で隠していたことが事故につながったのである。だから原発が技術的問題よりそうした嘘をつくことにあったのだ。


ともかく愛がないのに愛という言葉を口にする人が多すぎる。それは宗教団体であろうがいたるところで愛を言うがそんな愛を簡単に実践することはできない、すると愛ということばを余り語らない方がいいとなる。いや簡単に語れないということでもある。政治家などは愛想のいい大衆受けをすることを盛んに言うけどそれはみんな自分の欲望のためであり他者の犠牲になるなどないから嘘なのである。それは政治家自身が言っているのだからおべっかと言っているのだからまちがいない、政治家はそもそも嘘を言うことで公認された職業でもある。だから公約などもほとんど実現されないのである。選挙のときだけいいことを言ってあとは実現されないのである。政治家だから相当な罪の職業だともなる。嘘をつけないではやれない職業だということである。そういう職業が結構多いのも現代社会なのである。江戸時代の職人や農民でも侍でも嘘をつく職業ではなかったろう。現代は膨大な嘘が蔓延した社会なのである。その嘘もみぬくことがむずかしい社会なのである。
女性の水商売などもどうしても嘘が商売になっている。それも相当な罪な職業なのかもしれない、今なら別に地味な職業でも食えないことはないからである。強制的にされるのではなく自ら選ぶということもあるからだ。そんなことに出入りすることは嘘の世界に自らも汚すし汚されることになる。
でも社会ではそんな堅いことでは通じないとかなり接待が普通にある。


口から入るものは人を汚さず、口から出てくるものが人を汚すのでる


口が人間の罪の一番の出口なことには変わっていなかった。口をつつしむことが宗教の修行の第一にあった。口をつつしめば罪を犯すことからまねがれる。だから社会とあまりかかわらず口をつつしむ禅宗の修行があった。現代社会生活で嘘をつかないで暮らすことはむずかしいからである。
ともかく心にもないことを次と次と言って恥ないのにはあきれた。女性は嘘つくのが当たり前だと弱い女性には嘘は許されるというがそんなことはないと思う。やはりその口は罰せられるだろう。それは男女に関係ないだろう。人間の謎は罪から生まれ罪を犯すために生まれた来たのだろうか?
結果的にはみなそうなる。なぜなら自然界には善悪がないから罪もないのである。人間だけが善悪をしる。人間が知恵の樹の実を食べて善悪を知るようになった。だから人間だけに善と悪がある。
嘘をつくということも悪であり真実であることは嘘のないことでありこの二つは分けられるのである。悪があって善を知り善の意味を知るということがある。山や樹や石など動植物でも嘘をつくことなど偽ることなどないからである。人間だけに悪あり嘘も悪であり嘘をつかない人など一人もいないから人は罪を犯すために生まれてきたということでもある。

2013年01月12日

冬の日-相馬市まで(俳句十首) (老いは突然にやってくる、60代は死が身近に)


冬の日-相馬市まで(俳句十首)

(老いは突然にやってくる、60代は死が身近に)


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手水鉢氷柱や閉ざし付き合いなし

寒椿風の唸りて墓のそば
冬の日や円墳数個眠るごと
松並木曲がれる松に冬日かな
冬日さし曲がれる松の二本かな
冬の日や一本の松に祠かな
冬の日や今日もこの道薬師堂
相馬藩六万石や凍る池
城の堀凍り相馬に我が老いぬ
冬の日や薬の相談老いあわれ
冬日没る百尺観音瞑目す
寒烏一羽我見ゆ田舎道
街道の細道静か冬日さし松一本に祠かな

枯蔦の強くからまり97の母なお生きて我が介護する

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今日は新しい電動自転車で相馬市まで行ってきた。今のところ疲れていないがあとで疲れがでる。筋肉が疲れるのだ。筋肉がかなり弱った。これは男性ホルモンと関係していた。男性の更年期があり自分は前立腺を手術したのだからその影響があってもおかしくない、というよりすでに三年近く病気であった。前立腺は50代でもなるし60代でも70代でも今はどんどん増えている病気である。
自分はもともと体力ないから男性ホルモンが欠如していた。しかし体の一部を切除することは体にかなり影響する。ツルハドラックで年配の人に相談したら手術後は飲んでよくないものがあるとかホルモン系統は飲まない方がいいと言われた。そして前立腺ガンでなくてよかった、前立腺ガンになるとやはり手術後ももっと影響するし転移して死にいたることもある。ガンは何でも恐いものなのである。だいだい前立腺手術では三分の一が癌だという、確かに病院でも前立腺癌の手術している人が多い。自分もガンになったら最悪だった。ガンでないから助かったとほっとしている。もうガンになったらどうにもならなかったろう。家族もいないからどうにもならなくなっていた。


本当に病気は恐い、その病気でも60代以降に病気になる人が多いのだ。これは明かに老化の一つであり病気になる。老いが突然やってくるというときまさに病気も突然やってくる。脳卒中でもそうだし心筋梗塞でもそうだしガンだってそうだし病気は突然症状が現れるのが多いのだ。その時手遅れだったとかなる。まず60以後は本当に病気が最大の恐怖であった。新聞の死亡欄が何かリアリティがあるのだ。40代でも50代でも必ず一人くらい死んでいる。60代では確実に一人二人は死んでいる。
長生きの時代、こんなに若くして死ぬのか死亡欄を見ると恐怖になる。70代まで一割以上死ぬというとき10人一人死に、百人10人死に、千人百人死ぬ・・・こういう計算するといかに死の人が70代まででも多いかわかる。もう60代は病気と死が逃れられないものとして身近に迫っている。
だから最近毎日死を意識している。死を意識して発表していないけど百篇以上かいた。
それも最後の総決算のようにして書いている。人間の60代は人生の総決算になるのだ。どうあがいてももう後悔してもどうにもならない、人生をもう一度やり直すことはできない、そのことが厳粛なことなのである。自分は家庭をもてなかったから平凡な平和な家庭をもちたいと今になって思ったがもうできない、あまりにも自分の家庭は異常だったからである。

つくづく回春のために中高年がアジアで若い女性を買いに行くのがわかる。これは日本人だけではない、外国人も多い。中高年は最後の欲望を果たすためのあがきとして回春を試みているのだ。
確かに若い人と接することは若返る作用があることは確かなのである。しかしそれも遂にははかないものとなり老化を防ぐことはできずみな死にいたるのだ。

老いは本当に突然にくる、それを一番感じるのは病気なのである。その時肉体は衰え車椅子生活になるものすら普通にいる。寝たきりになるのもいる。それは本当にショックなことなのである。60代で元気な人は今は多い。それにしてもやはり肉体の衰えはあり病気もあり死が身近なのである。
その時20代の男性でも女性でもみているとなんと輝いていることだろうと感じる。特に女性にたいしてそう思うのである。ただ女性も子供をもち三十代過ぎるとたちまち若さも色あせてしまうのである。人間の変化は早い、そして今回の津浪でも突然に巨大な変化が起きてくる。不幸は予期せず突然にくるのだ。病気だってそうなのである。死も突然にくるのだ。老いもだから突然にくる。徐々にくるということはないのである。
津浪も事故も突然にやってくる。人生は一寸先が闇だというのはこの辺では常に感じてきたのである。


この二日くらいは寒かった。だから手水鉢にあんな氷柱ができたことはなかったのである。
日立木のまちば橋のところに松一本があり祠がある。それは松を祀っているかのようにも見える。
あそこはいつも浜街道の情緒を感じる所なのである。薬師堂があるというときあれは昔の病院の機能があった。あそこで病気を祈るほかなかったのである。
ともかく寒かった。相馬市のお掘りも凍っていた。百尺観音に売店もあるからそれなりに観光客も寄っている。冬日さし瞑目しているところに何か意味を見いだした。

寒烏が一羽電線にとまり自分を見つめていた。田舎では烏だけではない、誰もいないようで必ず人がみているのだ。外部の人もそういっている。どこにも人がいないようでも家の中からでもみているのである。与那国島では木蔭に休んでいるだけで警官が怪しいと飛んできた。近くの人が見て通報したのである。それがおそらく江戸時代ころの田舎だったろう。今はこれだけ車が頻繁に通るから外部からいくらでも入ってこれるしわからないのである。車がどれだけ犯罪をふやしたか、それは恐るべき数字にもなる。自転車だとか歩きだと本当に目立つから犯罪を犯しにくいのである。田舎ではなかなか犯罪を犯せないのだが堂々と大犯罪を犯したやつが歩いているのには頭にきた。田舎でも今や共同しない、そういう時代は犯罪がふえる。特に高齢者は要注意である。


 

2013年01月15日

雪の俳句(雪国に住まなければ雪のことはわからない)


雪の俳句

(雪国に住まなければ雪のことはわからない)


凍雲の津浪の跡に動かざり

二年過ぎ津浪の跡に雪の降る
白鳥の遠くに鳴くや雪の朝


(雪の津川町)

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津川なる根雪の固き町古りぬ

雪の山川面に写り夕暮れぬ
津川町港の跡や雪うもる
雪国の根雪を踏みて旅の人

雪国の雪の重さや家古りぬ

冬日さし樹々根を深め故郷のこの道今日も暮れにけるかな


津川町を語る
http://musubu.jp/jijimondai26.htm#kawa2
http://musubu.jp/jijimondai25.htm#kawa



今年は寒いのかな、寒いと眠くなる、エアコンしないから眠くなる。雪国だったら特に昔だと江戸時代あたりだと雪国の生活はどうなっていたか経験しなければわからない世界である。雪に閉ざされた世界になってしまう。雪のほとんどふらない、福島県でも浜通りとか宮城県の海沿いが雪についてわからない、たまたま今回雪が大目にふって難儀しているが会津とか新潟県など雪国は常時雪に埋もれているのだ。そういうところの雪の感覚はわかりにくい。この辺ではそうした雪とか山の感覚がわかりにくいのだ。雪国では雪に備えた家作りになっている。しかしこれも実際のところ雪の中で長く暮らしていないとわかりにくい、夏とか行ってその家を見てもわからない、つまりある土地のことをわかるには一年間住んでみることである。長い間雪に閉ざされる冬から春を経験しないと雪国のことはわかりにくい。この辺では雪はすぐとけてしまうからだ。

雪は雪国では根雪になっている。津川町は昔は川を通じた交通があって栄えたという。あんなところがあったのも不思議である。相当に川の奥になるから今だとそう思う。あんな山の中が栄えたということがわかりにくいのだ。自分が行ったときは冬で固い根雪を踏んだことを体で覚えている。あそこにはもう船は通わない。ただ津川はそういう歴史もあるから魅力的な場所であった。この辺では雪がふらないから雪がみたいということで冬に雪国を旅した。ただそれはあくまでも旅として一時的に雪にふれるだけなのである。だから雪国に住まない人は雪がどういうものなのか実感としてわからないのである。砂漠や草原などに住んでいる人のことも実感としてわからない、そういうことは人間にはいくらでもある。いくら本読んでもテレビを見てもわからない、実際の体験にまさるものはないのだ。

「新しい根-被災地に-南三陸に移り住む若者」は興味深いし作り方がうまかった。あれだけの壊滅的被害を受けたなかで若者が移り住み漁業関係の仕事に従事してそこにすみつくという。それでこんなときだから地元の人に歓迎される。普通だったらあのような田舎は閉鎖的で外部の人がなかなか入りにくいところである。でも人が働き手がいなくなったのだから外部の人でも大歓迎されているから田舎に住みたい人は苦しいにしてもチャンスになる。そこで地元の若者と仕事をしてここに住み着くなら一生めんどうみてやると言っていたのが印象的だった。そして本気でこの町に根をおろし復興のために働くのかと問うていた。つまり
樹のように根を張ることを要求されていたのだ。田舎で生きることは樹のように大地に根を張ることなのである。樹のように根を深く張り連帯を強めてゆくことなのである。特に第一次産業に従事する人は海でも大地でも山でも根をはる生き方をしていた。


ただ現代は根を張るというとき第一次産業の生産にしめる割合がこの辺では一割くらいだった。ということは田舎でも会社中心の社会になっていた。東電という会社に興味ももたなかったけどあれほど大きい会社だとは思わなかった。町とか村でも何個かは簡単に買い上げるほどの財力をもった会社だったのである。実際村ごと町ごと東電に買い上げられていたのである。女川だって原発があるから漁業だけではやっていけないからそうなる。
原発で働いている人がこの辺と同じ様に多かったのである。そこで根を張り生きるとはどういう事か昔とは違ったものとなっているのだ。この辺で不思議なことはまず食糧で困った人などいない、仮設だって一人十万もらっているし田舎だと家族が多いからかえって収入がかなり増大した家がある。
八人家族の人もいた。その人は毎日マグロのさしみを食べているというのもわかる。

つまり現代の不思議は飢饉などありえない世界なのだ。普通だったら真っ先に食糧で困る。原発被害地域だけではない、津浪の被害地域でも食糧に困っている人などいないのである。

だから田んぼや畑がなくても地元でも生きていける。食糧は他からいくらでも入ってくるし金があれば買えるとなっているのだ。だから以前として金はこの面では役立っている。でも外部から入って来て働くようになった若者はもはや金だけではない、金をもらうから働くのではない、その土地で土着して仲間と共に生きるということであり金を第一にはしていない、第一金を第一にしたらそんなところに住まないだろう。ただそこでは深い連帯と生きがいがもてるから住むということがある。

これは津浪や原発災害で故郷に生きることが何なのか問われたのである。別に今や故郷とかにこだわり住む必要もない時代である。だからこの辺では看護師とか出て行って帰ってこないから病院も機能しなくなったのである。実際は津浪被害地域でも働き手がいなくなり町を維持できなくなっているのだ。町が存続できるかできないかの危機的状態になっているのだ。この辺でも南相馬市だったら小高区などはそうなっている。避難区域が解除されてもやはり復興には相当な力が必要なる。すると高齢化とかもうやる気がしないとかなり住まない、他に出てしまう人もいる。そうして町が維持できなくなるということもある。ともかく故郷自体がなくなるということなど想像もできないことだったのである。

 


 

2013年01月17日

凍る雪(故郷の冬景色-俳句は写生)


凍る雪(故郷の冬景色-俳句は写生)

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一本の松に冬芽や凍る池

よしこなる墓誰かしる雪埋もる
寒月や扉を閉ざし籠もるかな
風花や川面の光り午後静か
風花や一室静か読書かな
我が里にノスリ住み着く凍る雪

小高の人五年かかると帰れざる凍りし雪や仮設の店かな

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原町に行く六号線の脇の道はいい道である。小さな溜池が一つあり林もある。何度も言うが俳句は写生である。冬芽があり一本の松があり凍った池がある。ここではイメ-ジしないでただそのまま写真のように俳句にした。そのことで実際は様々なことがそこからイメ-ジされるのである。冬芽ということは春になればここに花が咲く、そういう未来を秘めてここにある。それをいちいち説明しないのが写生俳句なのである。写生によって確かな存在感を示すのである。俳句は短いからどうしても写生でないと表現できないのである。


よしこというのは世話になった情ある人だった。あの人は今では本当にめずらいし馬鹿正直な人だった。あのような人にあうことは今はめったにない、別に80以上の人でもいろいろいるからみんながあんな人ではない、今回縁を切った人もそうだった。自分が身寄りないということで恐喝してきたから悪質である。お前は親戚も誰もいないんだよとかなんかいちいち何かするたびにいうしうるさいのである。あんな人に世話になることが悲惨だった。しかし因縁がありとをにもならなかった。因縁は親の代からつづいているからいいにしろ悪いにしろ簡単にはきれない。まず悪い因縁は切れないと新しい未来は開けないことは確かである。人間はつくづくわからない、いじめていた人が実はいじめられていたとかかえって思っていた人と逆な場合が結構ある。ただ一つの家と深くかかわるとその家の因縁を必ず自分も受けることはまちがいない、それはいいにしても悪いにしてもそうなる。だから角田はそうした親戚の因縁を利用して家族を崩壊させたのだから恐ろしいとなる。親戚というのも悪い因縁で結びついているのも多いのである。その悪い因縁の影響を必ず受けざるをえないのである。
つまり弱者になると恐喝まがいのことをされても逆らえないのだから恐いことを体験で知った。
身よりのないものは本当に実際は恐いことになる。家族のある人はそれがわからないのである。


今日は雪が凍り風花だった。この辺では雪はふらず風花の景色である。ノスリが必ず見かけるようになった。これはノスリが住み着いている
のだ。なぜか?餌となるものがあるということを証明している。ノネズミなどを食べているとなると田んぼが荒地化してネズミが増えたのかもしれない、餌がなければすみつかないからである。何か自然も変わってしまったのである。


小高の人は帰るのに五年かかるという、ええ、そんなにかかるの?それは長いと思った。そうなると帰らない人もでてくるだろう。五年という期間は長い、補償があるから食べるのには困らないにしてもその間に小高はどうなってしまうのかと思う。それにしても月日がたつのが早い、神戸の地震から18年たったという、そんなに時間がたったのかと思う。7年すぎたとか記憶していたがそんな時間がたったことに驚いた。つい最近だったようにも思う。人間は忘れるのが早いし時間がたつのも早い。特に老人になると時間のたつのが早い、朝起きて食事の用意してちょっと休むと昼間になりまた食事の用意すると午後過ぎて結局晩の食事の用意だとなり時間が過ぎてしまい何か書き物ができなくなっていた。また寒いから寝ているので時間が過ぎてしまった。


人間は忘却のためにあるのかとさえ思う。あらゆることが忘れられてゆく、老人になるとわかるが認知症になったりすると遂に自分の娘、息子すらわからなくなる。名前すらわからなくなる。これは病気にしてもあらゆることに対して関心が薄れてゆく、人間にしてもそうでありもういろんな人に関心がもていなのである。ほんのわずかの人しか関心をもてない、自分の場合は特に人嫌いだからそうなっている。ただ一人の人間でも関心をもち知ることは容易ではない、大河ドラマの八重とか知らない人だとくにそうである。それを知る関心をもつエネルギ-がなくなった。若いときはあらゆることに関心をもつ、今や本当に関心がもてない、年とるとごくわずかの狭い範囲しか関心がもてなくなるのだろう。そしてただすべてが忘却してゆく、忘却がさよならが人生だとまでなる。誰とあったのか誰がいたのかすら明確でなくなる。みんな記憶から消えてしまうのである。ただ日常のさりげないことにも美はあり趣はあり季節の変化のなかであきることはないのである。実際もはやここ6年間旅をしていない、それでも別に日本では四季の変化があり身近なもの深く見ていれば飽きないのである。

借金で家族が崩壊するのはなぜ? (人間は将来のの不幸をリアルに自覚できない)


借金で家族が崩壊するのはなぜ?

(人間は将来のの不幸をリアルに自覚できない)


●借金を知られたくない


借金のリスクの中には、他人に知られるリスクがあります。消費者金融業者から借金をしていることを、他人に知られたくないという人は多いでしょう。

誰だって周りにお金がないとは思われたくないものです。プライドや見栄といったものは誰もが持っていますよね。
消費者金融業者から借金をする行為は、それだけで非常にマイナスの印象を相手に与えてしまうのは間違いありません。

消費者金融業者のような高利から借入しなければならないほど、経済的に切迫した状況だと思われてしまうでしょうし、事実その通りでもあると思います。
http://www.kinyu72.com/syakkinntorisuku/sirarerurisuku.html


なぜかはわかりませんが、消費者金融から引き出したお金は借金という感覚はなく、自分のものであるかのように錯覚してしまいます。

物を借りればその物は他人の物として認識できますが、自由に消費しても良いお金を他人の物として認識することは難しいということでしょう。
http://www.kinyu72.com/syakkinnwosururiyuu/imahituyouka.html


借金については日常的にあらゆるところで親戚であれ家族であれ問題が起きている。これは交通事故のようにどこの家族でもありうることなのだ。自分の身内は借金が元で離婚して交通事故で死んだ。もとはといえば借金だった。次に近くの遠縁のものも借金で一家離散になった。工場を経営していたが借金して破綻したためである。もうひとりも遠縁でも最近になってわかったことは借金経営で借金に追われるようになった。借金している人はぎりぎりになるまで借金しているかどうかなどわからない、みんな借金などに困って生活を切り詰めるようなことはしていない、自分も成功している能力のある人だと思っていた。実は事業をしていても借金で成功していたように見せかけていたのである。ただそれがわかったのはぎりぎりに追い詰められてどうにもならなくなり外にでてくるからわかる。いつまでもそんなことを隠し通せないのである。だから突然会社がつぶれて一家離散になったりすると驚くけどそれは隠していたからである。借金が知られると体裁が悪いとか商売していると信用がなくなるとかいろいろある。何より人間は借金するのはそもそも見栄のためである。自分は能力が優れていて成功者だと見せたいのである。実際に能力があったとしても経営はまた別なものらしい。
経営能力と技術的な能力とは違ったものらしい。会社を経営するということはとても一人の能力だけではできるようなものではない、あまりにも多方面な能力が要求されるから失敗する人が多いのかもしれない。


●借金の理由はほとんど見栄である


借金で一番多い理由はほとんど見栄のためなのである。ちょっとした付き合いからも借金がはじまる。女性同士のつきあいでも必ず見栄が
生まれ相手にあわせるために金もないのに宝石を買ったりして借金生活になっている。こういうことは常にあり付き合いというのも見栄が男女でも必ず介在してくるから恐いのである。ただ世間と交わらない、つきあわないものは狂人にされる。でも一方でそうして見栄で借金して一家離散になるというのも結果的には狂気の世界に突入しているともなるのだ。
男女とも人間の見栄をなくすことは至難である。山尾三省のような乞食のような生活を今どきする人はいない、そこまでどん底で暮らせる人はいない、あのようになれば社会では狂人になる。一切の付き合いができない、金がないのだからできないのである。ただ借金してもそうした見栄なのだから何か病気になったとか事情があると違うから同情できないのである。ギャンブル好きで借金になったとか享楽費で遊びで使って借金したとかもいろいろある。そんな人に普通は昔は金は貸さなかったろう。対面的に金の貸し借りするとき必ず相手の事情を聞くから消費者金融のようにならない、消費者金融の恐いのは借りる方の事情など考慮しないことである。


「俺はギャンブルで金がないから金貸してくれ」
「そんなこと知らねえよ、ボタンを押せよ、金でてくるよ」
「これはありがたい、金がでてくるわ」


こんうなふうにして金が借りられることにそもそも問題があるのだ。現代の膨大な借金問題はここから起きていたのである。普通は親戚でも友人でも金を借りるとなるといろいろ言われるから借りにくい、消費者金融はいちいち理由は問わないから借りる、人にも知られないから借りる、しかしとりたてるときは容赦がない、一方友人とか親戚から借りたらそんなとりたてはしない、一応納得して貸したりしているからである。だからそもそも消費者金融で借りる人はすでに問題がある人だとなってしまう。もうすでに信用がない人になっているのかもしれない、普通だったらそんなに見栄をはらないで収入相応の生活しろとなるからだ。

実際にあった事件としてテレビでとりあげていたけどWHO(世界保険機構)に勤めていたと偽り続けた人がいた。実際に通っていたのだが情報を仕入れるためであり実際は勤めていなかったが家族にはわからなかったのだ。医学部で知り合った女性と嘘ついて結婚したのである。その女性は学内では一番の美人だったとかあり実際は落第したのだがそれも偽っていた。そして最後に恐ろしい結果になった。嘘がばれて家族を全部殺してしまったのである。これは実際にドイツであった事件だったのである。見栄を軽くみていると恐ろしい結果になるのだ。


●誰も最悪の事態は予測しない


借金で天涯孤独になった人
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/6146897.html


この人もでたらめな親のために悲惨な結果になった。ここでは天涯孤独ということで共感した。
つまり家族がないことは身よりのないものがいかに社会で冷酷に扱われるかである。家族がない、身寄りがないということは社会では犯罪者になる。その恐さをまだ若いときは知らないのである。
自分も60になって家族が病気になり自分がすべての責任を追わされてそのことを知った。病院で手術するにしても保証人が必要であった。形式的なものでも一応必要になる。それを頼むとなると何かと恩をきせられる。自分がそういう弱い立場になり延々と責められつづけたが何も言うことができなかった。弱者は何も言えない、その恐怖をここ6年間介護とか自らの病気で嫌というほど知らされた。
「お前は頼るものがいない、家族がいない、身寄りがないから、親戚もない・・・頼るのは自分たちしかない・・・」とか責められつづけたのである。たいしたことはしてもらっていなくても相手はそう思っていない、一種の恐喝であった。つまり身寄りがないことは社会では明かに犯罪者にされることがわかった。住所不定と同じなのである。それは介護とか病気になると痛いほどわかる。病気にならなければあまり自覚しないということもある。


結果的に因縁で頼った人も借金で苦しみ責められている。これも自業自得である。病気だとしたら他に事情があったなら別であるが見栄からそうなったのだから同情できない、そういう人には金も貸せないとなる。家族をもたない人も自業自得だといえばそうなのかもしれない、ただ家族がないということがどれだけ辛いことになるのか病気になったりしないと自覚できないのである。今は結婚しないとかそういう人が膨大になっているからその人たちは自分のように悲惨な末路となることを覚悟せねばならない、結婚は恋愛とかいろいろ甘いことを考えているが実際は最強の協力者を得ることであった。結婚は家族をもつことでありそれは社会で犯罪者扱いにされないために不可欠だったのである。これは決して笑い事ではない、いづれはその過酷な末路に自分のように呻吟するだろう。


借金だって簡単に消費者金融から借りられると借りると鬼の取り立てが待っていることを自覚しないのである。人間は将来の不幸を明確に自覚しない、自覚できないのだ。今が良ければあとも良いだろうと楽観的になっている。ただそうだから生きていられるともいえる。津浪などにしてもこんな不幸か突然くるとは誰も予想できない、だから今になるとあんな危険な海岸に接して集落があった。
なぜあんな危険な所に住んでいたのだろうとなる。これも不幸を予測できないことからそうなったのである。ただ借金などはそのあとが予測できるがもう追い詰められてするとかなるからこれまた泥沼にはまってゆく。津浪とか原発事故で人間社会にはいかに危険が多いか自覚させられた。これも最悪の時代が起きた場合どうなるか真剣に考慮しない結果だったのである。最悪の結果は科学者がシュミレ-ションできたのである。放射能の被害が起きたらどうなるのかそれを真剣に考慮しないために今の不幸と悲劇があった。これは予測できないことはなかったがしなかったのである。最悪の事態は起こらない、百万年に一回しか事故は確率的に起こらないとか科学者が言っていたのである。人間社会には最悪の事態が起こりうる。だから日本では最悪の大地震が来たら原発事故で日本自体が滅亡するとういことありうる。そんなことありえないというが原発はそれほど危険性を秘めたものだということが今回の事故でわかったのである。安穏な日というのはよほどの幸運だったのかもしれない、高度成長時代とか自分の境遇にしても30年くらいは実に平穏であったがたちまち過ぎてただ辛いことしかなくなったのである。

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2013年01月18日

アルジェリアに関係していた日本人と旅で出会ったこと (アルジェリアの人質事件で思ったこと)


アルジェリアに関係していた日本人と旅で出会ったこと

(アルジェリアの人質事件で思ったこと)


アルジェリアの日本人が人質になったことで思い出したのが韓国であった人だった。その人は今でも年賀状を出してくれる。ただ自分は返事を出していなかった。その後いろいろあってめんどうで出していなかった。プログ読んでいたらここでそのことをお詫びします。

その人と韓国であったのは自分がはじめて海外旅行した時だったのである。だから韓国に行ったときどうしていいかわからなかった。海外旅行の一人旅などしたことないのに行ったから実際恐かった。韓国に行った時、一番困ったのがあのハングル文字だった。どうなっているのかわけわからず立ち往生していたがその人が案内してくれた。その人はフランスに一年生活していたことがあったのだ。
海外旅行は手慣れたもので韓国は本当に隣の街に来るようなものだったのである。そこでその人についていって安い宿に泊まることができた。その人は宿でフランスの新聞を読んでいた。フランスの新聞など読めるのかと感心した。同世代の人で自分は交際範囲が狭い東北の田舎者だからそういう人がいることに驚いた。その後海外旅行の一人旅をしたが海外旅行はそれほどむずかしいものではないかとを知った。ただいろいろとうまくいかず苦労があった。海外旅行は語学ができなくてもできる。


これは本当だった。英語でも中学英語で十分である。自分はそれなりに英語を勉強していたから特に英語は聞くことが大事だと思ってテレビの英語のニュ-スなどで聞く訓練をしていた。ただ直接しゃべる機会がなかったので会話が上達しなかった。自分は留学などしたら相当に英語は早く上達したと思って失敗だった。英語は今や日本で学ぶ環境が飛躍的に増大した。インタ-ネットなどで英語を学ぶこともできる。英語は日本にいても留学しなくてもかなりのレベルまで学べるから留学してもさらに飛躍的に上達することはまちがいない。一応今はどこでも簡単な英語が通じる。でも英語が実際通じるのはイギリスとアメリカだけなのである。あとは一般人レベルでは通じないのである。
そのころ海外へのパックパッカ-全盛の時代だから海外を別に英語ができなくても放浪している人はいくらでもいたのである。本当に若い人なら語学などできなくても海外旅行ができることには驚いた。それはなぜか?若い人は感がいいということである。そこがどういうところなのか感で察しがつくのである。またコミニケ-ションもとりやすいから語学ができなくてもできるのである。


その人はその後ネットとかで連絡があった。それでスペインからアルジェリアに仕事で行ったという。そこでまたなぜアルジェリアなのだろうと思った。今回のアルジェリアの事件でわかった。フランスに住んでいてフランス語ができるのでおそらく日揮株式会社に雇われたのだろう。技術者ではないにしろ会社から派遣されたからビジネスクラスで行ったとあった。アルジェリアは今回の事件が起きたように危険な地帯だったのである。その時も石油精製工場のあるところから外には出られないと言っていた。スペインから入ったのも船であり簡単には入れない場所だった。自分はそういう人も知らないしそんなところでなぜ日本が関係しているのかも不思議だった。アルジェリアには石油がとれる。それでそんなところまで日本が関係していたのだ。石油をとるためにはそれだけ危険な所に行く必要があった。そういう人が身近にいたということでこの事件に注目した。


ただ現代は東北の田舎だろうが昔とは全然違う。国際化している、グロ-バル化している。島商会は中古車販売で有名でありロシアに相馬港から輸出している。そこで採用した大学生は語学のできる人だった。この辺ではもそういう会社があるがなかなかやはり田舎だと直接グロ-バル化した会社は少ないしそういう人とかかわることはできない。ただ現代はどこでも底辺層でもグロ-バル化している。中国人はどこにでも働いている。それも労働者のグロ-バル化なのである。そこで一緒に働くことはすでに国際的だとなる。

別に欧米人だけではない、グロ-バル化というときアジアもその中に入る。ただグロ-バル化というとき仕事でかかわる人は東京や大阪となるとかなりの数になる。中国帰りの船で出会った人は異色な人たちだった。大阪の商人がいた。「中国は一発あてれば数が多いからおおもうけでる」と言っていた。もう一人は中国語がぺらぺらの神戸の人でありこの人も仕事で中国に行っていた。そういう人は今やいくらでもいるのだ。一番珍しかったのはモンゴルに羊の仕事を覚えたいと一年ゲルで暮らしたという北海道の人だった。羊の牧場を経営したいと言っていた。その人がテレビに出た時は驚いた。
北海道で牛を飼うことでも苦労している様子を写していたのである。その後どうなったかわからないがこれも苦労なことだったのである。モンゴルでは冬が寒いから一回り体が縮むと言っていた。それだけ寒いから厳しいとなる。今はなんらかで外国とかかわる人が田舎でも増えたのである。


確かにアルジェリアで日本人人質というとき日本人がそんなところにと普通は思うかもしれない、しかし日本人は資源を求めて世界中に仕事で行っているのだ。そもそも現代文明は石油がなければ成り立たないからどんなところでも石油があれば日本人でも行く、アルジェリアは実際は相当に危険な場所だったのである。フランスの植民地であり欧米に石油資源などで搾取されているということで内戦になたり十万人が死んだとか一時独立運動とかで死んでいるからそういう延長上にある危険な地域だったのである。現代はアルジェリアが何の関係あるのだと無関心ではいられない時代になっていた。日本人がそこで死ねば犠牲になったとなる。国際情勢を知らねばならないしグロ-バル化だから無関心でいられないのである。

原子力発電などももともとはアメリカのGEによって古い型の原子炉のマ-ク1を導入したことが事故のきっかけになってもいた。そもそも原子力発電など核に関しては国際的に運営されている国際原子力機関(IAEA)に入って成されていた。だから日本は原発を廃止してはならないとアメリカからの要請がある。日本の技術力などで原発を国際的に発展させるということがあるからだ。日本が手を引くと技術的に困ることなどが起きてくるからだ。国際協力関係で原発は推進されてきたからである。何事もグロ-バル化しているから世界的に原発をどうするのかとまでなる。

日本だけの事情で簡単に廃止できないということもできてきている。この辺は原発事故でまたグロ-バル化して国際的にも話題になった。実際にフクシマと世界で言えば原発事故のフクシマかとなってしまったのである。悪い意味でグロ-バル化したのがフクシマであった。

UEMURAさんには年賀状だしていませんがあとでだします、自分はまだいろいろともめごとなとが尾を退いて何か余裕がなかった。このブログを通じておわびします。やはり自分があの時は世話になったので一言お礼を述べる必要があった。ここでも一応お礼しておきます。
posted by 老鶯 at 20:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2013年01月19日

高齢化社会の恐怖-老人虐待が日常化する (弱者はカルト宗教団体だけではない、個人も同じ手法で脅すことが普通にある)


高齢化社会の恐怖-老人虐待が日常化する

(弱者はカルト宗教団体だけではない、個人も同じ手法で脅すことが普通にある)


●高齢者虐待の時代


「死ね」「海に飛び込め」「生活保護費を切る」などの入所者への暴言があったとの指摘も出たという。
http://jgsdf74tk.cocolog-nifty.com/blog/2012/10/post-b9ff.html


高齢者虐待は看護不足や介護放棄といった行為から、乱暴な対応、殴る、揺さぶるといった身体的な攻撃にまで及ぶ。また、怒鳴る、いじめる、脅すといった心理的な虐待を受けることもあり、時には金銭をせびられたり、奪われたりするケースもある。
http://www.swissinfo.ch/jpn/detail/content.html?cid=30995594


自分は体も満足に動かせない状況で他人様のお世話になるのは忍びない。出来れば家族である息子夫婦と一緒に暮らしていきたいと考えていたので、数々の暴言を甘んじて受けていたのですが、息子夫婦の態度はどんどんエスカレートしていき、最近ではAさんに対して暴力を振るうようになました。1ヶ月前にはとうとう、骨折や打撲で緊急入院しなければならない事態になってしまいました。
退院後ケアマネージャーの勧めで施設に入り、今はリハビリを受け徐々に平静を取り戻しつつあるのですが、息子夫婦との関係は修復不可能な状態となりました。Aさんには、事業家で既に他界した夫が残した3000万円の預貯金があります。自分に何かあったときに、この財産をあの息子夫婦だけには残したくないという気持ちが芽生えてきました。
http://yuigon-souzoku.jp/case/case_j.html


高齢者とか病人とか障害者とか児童とか女性は弱者になりやすいから虐待が起こり安い。これから高齢者虐待が日常的に起きてくる。毎日のように若い人が老人は死ねとか言っている時代である。金のない老人は死ねとかも平気で言っている。もうかつての老人とは全然違う。なぜそんなに長生きして金かけてめいわくかけているんだという意識しかなくなった時代である。だからもう日常的に老人への虐待は増大してくる。特養での虐待も実際は表に現れない、つまり常に弱いものは訴えることすらできないのである。だから病院では医者や看護師には逆らえない、そこは刑務所ともにているのだ。そういうところで虐待があっても医療ミスがあっても表に出にくい、医者というのは今一番権力をもっているのだ。病気になったらもう医者には逆らえない、絶対服従みたいになるから医者が傲慢だと批判される。人間は誰でも病気になるとき一番弱者になるのだ。高齢化社会では老人は病人ともにているから虐待される標的になりやすい。体も弱くなるし頭も働かなくなるからだ。


老人とか子供は一番虐待しやすいのである。だから何らかストレスがあると八つ当たりされるのである。特養とかの老人ホ-ムでも虐待は日常的に起こっているかもしれない、そこは閉鎖的空間だからである。病院も閉鎖的空間でありそういうことが起きる。自分が一か月入院した病院でも90才の老人が看護師におもちゃのように扱われていた。痰がつまって苦しんでいた。その苦しみが隣にいたので息がつまるようで眠れなかった。その痰をとりだすのに悶絶するような苦しみがあり大きな声を出していたのである。でも看護師は笑ってそれをしていた。あれをみていたら今の時代は長生きすることはかえって地獄を生きることだとつくづく思って恐怖した。その人は特養の人でつきそいもないからそうなった。誰も見ていないからやり放題となる。それはプログで虐待を録音したのとにていた。その人はしきりにおくさんとか家族を呼べとか言っていたから家族がないわけではない、でも老人ホ-ムではやはり閉鎖的空間であり強者と弱者が病院のようにはっきりしている刑務所ともにているのだ。今や別に老人ホ-ムだけではない、家族内でも老人が虐待されて息子娘でも財産をゆずりたくないとなるから高齢化とはそういう時代なのである。そうした老人虐待、弱者虐待は表にでにくいからその数は膨大なものとなっているに違いない。


●人間は誰でも弱者化するから虐待は他人事ではない


まず家族が認知症とか障害者をもったら家族自体が弱者化して虐待される。認知症などでも必ず回りの差別がある。そもそも人間は絶対的強者はいない、必ず弱者に転落する。なぜなら老人になることは弱者化することなのである。自分の身内は本当に認知症になりあんな弱者になったということが今でも信じられない、常に強者だったからであり家族も弱者となったことがないからだ。その後自分も病気になったりして弱者化して辛い目にあった。弱者化するというときいろいろな事情でそうなる。金のないとかも弱者になることである。借金したりしたら弱者になり借金の型に人間が売られる。
遊女にもされたのが昔である。今でもやはりそうされた女性がいる。それは自業自得だからしょうがないと思った。その人もやはり自分のように長い弱者となっていなかった。ただ人間はいつ弱者に転落するかわからないのだ。誰でも病気になるしその時弱者に転落するのだ。今若くて力があっても老人になればいくら金をもっていても弱者化するのである。若い人は金がなくてもまだ病気にならないし社会に適応できるから弱者ではない、老人になると社会そのものに適応できなくなる人も増えてくる。だからどんなことをしても老人はやがて若い者には勝てなくなるのだ。そこで弱者になったとき虐待されるのである。

自分も家族が認知症になってから家族自体が弱者化して虐待されるようになっていった。一番ひどかったのは姪子だったけど「おばちゃんは金あるんだから金で介護させればいい」と狂気のように怒鳴りつけて去っていった。これは日頃交流のなかった人だからしょうがないという面もあったがこれも強烈な虐待だった。福島市に住んでいるけどこいつのことは絶対に許せない、こいつは世話になった育ての親も虐待していたのだ。親が虐待していると思っていたら逆だったのである。そして恨みを残して死んでいったのである。その恨みは必ず虐待した女性にふりかかるだろう。もちろん虐待される女性にも問題があったが自分の家族は何らそんな虐待をされる謂われがなかったのである。こういう狂気の世界が自分の家族が認知症になってから延々とつづいたのである。それは40代の父親が認知症になり20代の息子が親戚に頼りひどいめるあったことをプログに書いていた人がいた。これも並大抵の苦労ではなかった。それで父親も恨んだし介入した親戚も延々と恨みプログにかいた。そういうことは訴える場が今までなかったがインタ-ネットでできたのでしている人が増えたのである。


●個人的に弱者を脅すことはカルト教団と同じ手法だ


弱者というとき自分自身が病気になり弱者化した。二年間は身体障害者であり入院したときは火事場泥棒にあったのも家族がいなかったせいでもあった。家族がいない、身寄りがないということも最大の弱者なのである。頼るものがいないからだ。それで今回手術で入院したとき親の代からつきあいのあった人に延々と言葉の虐待を受けた。「お前は家族がいない、親戚がいない、頼るものがいない、俺たちしか頼るものがいない、俺たちに世話になるしかない・・・」脅迫するように手術してからも言われた。この人はもちろん何の愛情もなかったし金目あてだった。最初はわからなかったがあとでわかった。口だけでなんやかんや甘いことを言っているが何の愛情もないし同情もなかった。
だから人の弱みにつけこんで脅迫するようなことを平気で言ってきたのである。この人も弱者として信じられない体験があるからそれがトラウマになって相手が弱者になると虐待するようになるということがある。いじめられたり虐待された人はまた弱者を虐待する負の連鎖があるかもしれない、姑と嫁の関係もそうだった。姑にいじめられた嫁は姑になったらまた嫁をいじめる。今では姑は嫁にいじめられている。


本当に弱者になったとき虐待されることは最高に恐いことである。なぜなら抵抗できない、服従しかできないからである。何言われても抵抗できない、だんだんカルト教団のように「お前は俺に俺たちに頼るしかないんだ」と脅迫的になるから悪質化する。だけで弱者は抵抗できないからそうなると奴隷のようにされるかもしれない、借金の型にとられ遊女とされて働かせられとにているのだ。カルト教団の手もこうした弱者を食い物にする。だから障害者とか一旦弱者になるといろんなカルト教団が入りこんできて蹂躙されるのである。それも弱者になっているから抵抗できないのである。カルト教団というとき別に団体だけではなく個人的に虐待する人も実はカルト的になることがわかった。「お前は俺たちしか頼るものがいない・・」こういうふうに脅されると現実そうなっていたら恐いことである。その人は弱者に対して本音がエスカレ-トしたのである。今は借金の型にとられて働かせられているがそれも当然だと思う。相手は何も感じていないかもしれないが弱者にとってそうした最大の弱点をつかれて脅されるようなことをされたら恐怖である。それは集団ではなく人間一人一人弱者に対してカルト宗教団体化していたのだ。カルトも先祖の霊が不幸にしているとか脅すがそれとにているのだ。弱者というのはそういうことが信じなくても信じやすくなるのである。
その人も弱者の経験があるからそんな人ではないと思っていた。しかしつきあっているうちに本性があからさまに弱者に対して現れたのである。

 

2013年01月21日

寒烏(介護でわかる人の心、弱者として責められつづけた六年間)


寒烏

(介護でわかる人の心、弱者として責められつづけた六年間)


今日も見る寒烏一羽介護かな


寒烏が一羽電線にとまってじっと今日も見ていた。いつまで介護はつづくのだろうか?人間は今や寝たきりになってもなかなか死なない、なぜかわからないが寒くても一日エアコンしているとかそれなりの手当てをするから簡単に死なないのだろう。また死ねないということもあるのかもしれない、延命治療しても死なない、介護になると誰かがつききりになり離れられない、ここずっと6年間そうだった。家事には休みがないのだ。食べないわけにはいかないからだ。ただ介護していなければ外で食事するとか休むことができるのだ。そして別に旅行でも前のように自由にできる。介護は全く自由がなくなるのが辛い。誰かが代わってくれることは余程めぐまれないとない、介護は誰かにまかせられおしつけられるのである。遠い親戚の人は口でなにやかにやいってもほとんど何もしなかった。


それなのにお前は頼るものがないとかそんなことで弱者となったとき脅迫するように責めてきたのである。あの人たちはずいぶん虫のいい人たちであり弱者を脅迫までするのだから質の悪い人だった。あんたの財産は親戚がいないから俺たちが全部もらうけど何もしない・・・実際に借金の型にとられて働かせられているけどここでは金をやっても何ら助けることがほとんどなかった。ただうるさく口で言うだけだったのである。これは一般的に親戚はそうであり他でも言っているから介護となるとだから介護している本人はそこで怒っている人が多いのである。兄弟でもそうであり介護したくないけど親の財産はもらいたいと口だけはだしてくるのである。ともかく弱者をいためつけ脅迫するということは相当に悪質なことだろう。弱者になると何も言えなくなる、二年間は身体障害者であり大きな不安がつきまとっていた。それだけで苦しかったから何も言えなかった。手術してその不安がとれたことが自分にとっては大きかった。これで頼る必要がないということが大きかった。


人間はやはり人の弱点とか弱みにつけこむのは最低のように思うがそういうことか自分とつきあった人にはあった。一人は本当に刑務所に何年か入らねばならない大きな犯罪者であるけど平気で同じ町に住んでいるから腹ただしくなる。別に襲う気なら簡単に襲える、その恐怖もないらしいから太々しい、そのくらいだからそれだけの犯罪もできたのである。一人はたいしたことをしていないと思っているが自分は大きく傷ついた。やはり弱者だと思い何も言えない状態で入院したときも脅迫してきたのだからひどい。その人は口だけでありその口で責めてきたのである。言葉も実際は恐ろしい、言葉は心から発する、その心が言葉となって現れるのである。弱者に対して陰険な言葉の暴力がつづいたのである。相手は何も感じなくても弱者になった本人にとっては恐怖だったのである。


言葉はいくら美辞麗句で飾ってもその人の心を隠すことはできない、心から発する言葉は子供でもみぬくし愛なき同情なき言葉をいくら言ってもわかるのである。だから病人とか弱者にそういう言葉だけの人が近づくことは危険になる。一方何もしなくても心が同情心にあふれているとか穏やかな愛をもっている人はいるだけで影響する。言葉は心からででくるからわかるのである。何も言わなくても心は回りに影響するのだ。だから弱者をいじめて喜ぶような心の人がいたら病院とか施設ではすでにその人がいるだけで悪い深刻な影響がある。でも実際はそういう人が平気でそうした弱者の場にいるのも現実なのである。そもそも同情心とか愛とかをもっている人はまれである。医者にしたって技術は優れていても愛は別なものだからである。愛がなくても医者でも看護師でも介護士でも何でもなれるのである。そんなこと試験で試されたりしないし必要ないからである。この人が何かを信じている宗教を信じているから愛とか慈悲があるとか全くない、カルト宗教教団は相手の弱みを見つけて脅すような人たちだからそういう人がいるだけで恐ろしいことなのだ。


人間は弱者に対しての態度でその人間性がわかる。弱者に対して虐待するまでとなるとその人は相当に人間的に問題がある人であり近づくべきではない、ただそういう人が結構この世には多いようだ。もう一つは人間は権力をもつとその人間性がわかる。露骨に欲望が前面にでてきて実行するからだ。だから革命が起きても権力をもったら欲望を実現できるから悪いことも平気でする。ロシアでも中国でも巨額の富を権力を手に入れたものはそうなっている。結局人間の悪質な面を嫌というほど介護でみてきた。いづれにしろこれからの老いてゆく、弱者になってゆくことは現代では恐怖である。
弱者をいたわる気持ちがない社会である。また老人が多すぎるからそういうモラルも醸成できないだろう。ただ邪魔な金だけ浪費するととられてしまうのだ。現実に自分がこれまで介護しても本心ではそう思うことがあるからだ。ただ家族の場合は個々に事情があり違ってくる。子供が親に対してどういう感情をもつかは違っているのだ。自分の場合は好きなことをさせてくれたとか思っているから介護している。何かしら家族には動機がある。これが施設なるとなんでこの赤の他人の老いぼれを世話しなければならないのだとなり動機がないから虐待までになる。みんなに聖人のようなことは要求できないからである。


寒烏が一羽じっと見ている。その一羽に存在感があるのが田舎である。それはやはり都会の烏とは違っている。その烏はいつでもそこにいる。誰かが同じ場所にいつでもいるというのが田舎なのである。都会だとめまぐるしく変わりやすいのである。介護しているということは介護する人をそうして見ていることなのである。だから介護する人から離れられないのである。

2013年01月22日

アルジェリアの日本人殺害はなせ (利益だけを求めて先走ることは危険、原発事故もそうだった)


アルジェリアの日本人殺害はなせ

(利益だけを求めて先走ることは危険、原発事故もそうだった)


●国際情勢の知識の不足


なぜテロがアルジェリアなのか?なぜ日本人か標的にされて殺されたのか?これも普通の人には関心がなかったろう。たまたま旅でアルジェリアに関係して人を知ったから自分の場合関心をもった。普通の人は関心をもたない、あれほど危険な所だったということもわからない。ただそこで働く人を手配する人だったのか?知り合った人はビジネスクラスとか用意されたのはそこはあれだけ危険な場所だったから当然給料も高くなっていた。石油をもってくることは命がけだったのである。この事件でもそうだけど原発事故でも現代のエネルギ-は莫大な量が必要であり石油でも原発でも危険をともなっていた。そういう高価なものだという認識が不足していた。イラク戦争でもそうだけどなんの原因かはっきりしない、アメリカの石油利権の獲得のためだったともいわれる。実質的にはそうだったのかもしれない、結果として日本も巻き込まれそのことがこの日本人殺害に影響していたのだ。日本人は欧米とグルになっているということで殺害された。アラブ辺りを旅すると日本人には好感を持っているというが実際はそうではないしイラク、アフガン戦争辺りから変わっていたのである。イスラム原理主義者からすると日本人は欧米人に追随するだけのものとして見られていたのである。真っ先に日本人が血祭りにあげられたことが何を意味しているのか?今回の事件の衝撃はそこにあったのだ。

ともかくアルジェリアという国の成り立ちに関心をもっている人もまれだろう。アルジェリアだ、マリだというと何なのかわからないだろう。アフリカはやはり日本からは一番遠い国なのである。ただイラク戦争からアフガン戦争とその間に世界情勢の変化があった。それを見逃されていた。アフガンのアルカイダのテロリストが今度はマリに結集していたのである。その辺の情報が不足していたし知らされていなかったのである。イスラム原理主義者の火種が移動していたのである。世界情勢も十年とか過ぎれば相当に変わっているのだがその状勢がつかめず危険な地帯に入っていたのである。この世には自然でもそうだったがそうした世界情勢でも知らないと知らずに危険地帯に入っているということである。


●利益だけを求めると思わぬ危険に遭遇する


その一つの要因として人間はどうしても利を求めて利しか頭になくなる。それが危険を見逃す要因になる。石油は巨額の利益をもたらす、するとその石油さえ得ればいいのだということで入ってゆく。ところが他国とかかわることは実は石油を得ることだけでない、その国の歴史とイスラム全体の歴史とか状勢とかかかわってくる。そこに日本人は大きな知識不足がある。イスラムって何なのだとなるとわかりにくいのである。そこに落とし穴がある。他国とかかわるのに利益だけを求めてかかわることは本来できないことなのかもしれない、そもそも現代社会はグロ-バル化したというときただ利益を求めてグロ-バル化した。そこで貨幣が神のように力ももつようになった。それは別に世界だけではない、田舎だろうがどこでも貨幣の力が強くなり人々はただ利を求めて働くだけであり他者とは関係するのも利しかないのである。それが個々にも家族でもそうだとしたら国という大きな関係でもそうなのである。原発だってまず利益ありきであり地元の人でも利益になればと積極的に誘致して利益を得たが故郷まで失うという大損失になった。利に先走るために起きたともいえる。


石油であれ原発であれそれが巨大な利益を生むから眼がくらんでしまうのである。遺産相続の時も巨額の遺産に眼がくらんで争いとなる。そこに落とし穴があったのだ。利益だけを求めると思わぬ危険やかえって大損失を招くことがある。経営でも利益だけではやっていけないと経営の経験者は言う。社会的な全体の利益となるもの、人のためになるものを共通に目指すものとして会社という共同体がある。ただ利益だけを目指したら社会の強調は得られないから失敗するという。まだ自分だけが利益を得ようとしたり会社だけが利益を得ようとしたり社会にみんなに還元されない富は許されないから失敗するとも言われる。これは石油でもそうだったのである。石油だけを得ればいいしその国のことなど知らないとかにはならない、日本は特にアフリカとなると遠いから余計にそうなるのである。

どんなことでも働くにしても利益だけを求めて働くということは強い動機になりにくい、だから時間給とかで働かせるやり方は労働意欲をそぐのである。働くのには何らかの利益だけではない金だけではない動機が必要なのである。現代にはそういうものが欠けていて利だけに先走りかえって失敗するということがある。人間の関係も利だけ結ばれるものではない、利だけだったら長つづきはしないのである。


●内部密通者ほど恐いものはない


今回のテロには内部密通者がいたという。それで解説者が言っていたが短期雇用とか側近とかに働かせる人は短期雇用の人は入れてだめだという、信用できないからだというのは本当である。シリアのアサド大統領でも料理人でも長期に雇用している人であり短期の人は入れない、王様だとそういう危険が常にあったからそうしている。側近は血縁とか武士社会のような忠義の家来とかが必要である。でもそれは何代も家督を継ぐとかして信用を得ているのだ。とても短期雇用では生死をともにする信頼を作り得ないからである。戦国時代でもそうだけど内部密通者がいて外部から攻撃される。
トロイの木馬の教訓は今も生きている。何か訳のわからないものは内部に入れてはいけないのだ。

それを自分は実際に経験したからわかった。手伝いとかヘルパ-でもこうして一時的に入ってくる人ほど危険なものはいない、これは今や田舎だからと関係ない、田舎でも貨幣経済であり金が第一の社会になっているのだ。自給自足の社会とはまるで違ったものとなっているのだ。だから短期雇用で家の中に入ってくる人ほど危険なものはいない、そういうチェックを怠ると本当に危険である。
信用は長い時間の間でしか築けないものがある。国と国の関係でもやはり長い時間が必要になる。
日本はアフリカのイスラムのことなどわからない、そして世界情勢が十年とかすれば変わるからアメリカでも対処できなくなっていたのだ。イラク、アフガン戦争のあとに再び火種はアフリカに移っていたのである。日本は政府に国際関係の情報機関もないからそういう危険地帯に入っていった。もちろんこれは欧米でもそうだった。世界情勢が変わっていてもつかみきれない、テロ組織も変貌していたのである。


ともかく人間を雇用する場合、時間単位で時給で雇用するようなやり方は仕事のモラルも形成できないだろう。仕事は本当は農民社会のように土着的だったときモラルが形成しやすかった。だから江戸時代は全体のモラルが貧しくても高かってのである。現代は職業倫理が形成しにくい、働く方も一時的に金になるために働いているのだという意識しかない、土着的な働き方は違っているからだ。人間は何にしろ長い間しかつちかかないものがある。農家では三代になってやっと村の仲間に入れられたというのはそのことだろう。土着的ということはそういうことである。今はあまりにも変化しすぎるのである。特に技術革新時代になると変化しないことは世界から遅れることであるから絶えず変わることがいい社会なのである。


技術革新というのは悪いことでない、米の品種改良も技術革新である。ただ技術革新は社会の紐帯を破壊する。電動自転車は近くの自転車屋でヤマハの買っていたがパナソニックのでいいのが出たので買った。すると田舎は狭いから新しい自転車でその店の前を通るのもはばかれるようになっていた。そこでいつも買っていたので悪いとなる。田舎では店でもそういうことがある。親しい関係になるから何で近くから買わないのかとなる。でも技術的にいいものは今は通信販売でも買うだろう。どうしても技術革新の時代はそうなってしまうのである。農業がメインの時代は三代つづいて村の一員になったというときそれはそういう社会構造の結果だったのである。

今は全く違う、隣近所すらつながりがないというときそういう社会になったからである。
技術優先の社会なのである。だからこそ原発が利益となれば誘致したのである。田舎では技術革新の時代では不利なのである。都会だと技術優先であり医者でも多いからあそこの医者がいいとかあそこの何がうまいとかで人が集まりまたすたれる。その変化が激しいのである。だからなかなか土着的にはなりにくいのだ。都会は分業化しやすいということである。田舎は反面全体的に息の長い時間でタミニュティが形成されたのである。

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2013年01月23日

原発避難地域の現状の矛盾(補償金で働かない地元の人と外部の人が喧嘩!)

 

原発避難地域の現状の矛盾

(補償金で働かない地元の人と外部の人が喧嘩!)

●小高区の人たちはもう帰られないと言う


今日は神奈川県からここで働いた自衛隊の人が来たので案内した。結構津浪の被害地域を見に来ている人がいる。自衛隊の人は自分のした仕事の確認にきたのか?もう一度津浪の現状を確かめに来たのか?やはりここで仕事をしたということを確認しにきたのだろう。今回の津浪被害で自衛隊は活躍した。その人も二人の遺体を見たという。南相馬市の海老浜で瓦礫のかたづけをした。八沢浦でもした。その人は若く受け答えがハキハキしていた。真っ直ぐな感じがした。姿勢がぴんとしていると女性でも真っ直ぐな心の持ち主に見える。若い人でも別にみんなが真っ直ぐな心の素直な心の持ち主とは限らない、ただ年とった人よりはまだ体も若いし心も真っ直ぐな感じの人が多い。おそらくあの人は体の訓練を相当して鍛えているからかもしれない、駅からか歩くとなると海側は相当に遠い、自分がいた現場をもう一度みたいということでわざわざ神奈川県からもう一度来たのである。他にもそういう人がいるかもしれない、かなりの期間がここにいたからそう思ったのだろう。またその人は都会的な人間なのだろう。ハキハキして姿勢がいいということは田舎の若者とはまた違っている。田舎は何かハキハキしない人が多いからだ。何か好感のもてる青年だった。


それから仮設の食堂に行ってオカズなど買った。そこで話し合われていたのが鹿島区に避難して仮設に住んでいる人たちのことだった。前にも五年帰れないと言っていたがその人は帰らないという人が多いという。ええ、そんなに帰れないというのも変だと思った。その原因が多額の補償金にあった。一人十万もらっていて他に農家の人は土地とか補償があったりすると一家で一か月百万になっている人がいるとか言っていたが嘘ではない、八人家族の一家がいて毎日マグロのサシミを食べている人がいた。だから別に働かなくてもいいとなる。それで若い人、30代とか40代の人が働けと外部から来た人とそこで喧嘩になったという。そんなことがあったのかというけど確かにそうなのだ。被害にあった人たちが今は暇をもてあましてパチンコとかで遊んでいるのに働かないで外部から来た人たちが懸命に働いているはいうのは外部の人からするとなんなんなのだここはと思うだろう。これだけ多額の補償金をもらっているとすると働かないでこのあとも生活していきたいとなる。特に老人が多いからそうなるのだ。老人は帰りたくないから仮設住宅ではなく長く住める定住型の住宅を作ってほしいというのが要望になっているのだ。相馬市の一人暮らしようの長屋風住宅のようなものを建ててもらいたいとなる。そしてその資金は生活保護のようにずっと補償してもらいたいとなっているのだ。

もう小高に帰って復興する気はないという。小高ならすでに避難区域が解除されて今津浪の被害のあとかたづけやインフラの整備をしているのだから帰れると思うがすでに住民の心はそうなっていない、ここからすると浪江など本当に帰れないと決めている人の数がかなりの数にのぼりもう町が成り立たない状態になっているだろう。小高ですらそうなのだから浪江は五年帰れないとかなっているからだ。除染も山をしないと無駄であり金の無駄使いだとも言っていた。自衛隊でやった方がいいとも言っていた。確かに除染はただゼネコンに金が吸い取られるだけで効果がないのである。


〇小高区には帰りたくない
〇定住型住宅を作って欲しい
〇補償金をずっと継続して欲しい


小高区の人の要望はこうなっている。


●被害者はパチンコで遊び外部の人が一生懸命働いている馬鹿らしさ


一生懸命に外部から来た人が復興のために仕事しているというのも矛盾であり被害者はのうのうとして毎日パチンコとか遊んでいるとなれば腹立たしくなる。
パチンコでは親戚の人がパチンコ屋に勤めていて人手がなくて困っているとか自分の家に来て言っていた。このことは自分に直接かかわることだから変だと思っていたし腹正しかった。自分の家は介護で苦労しているのに手伝わないで毎日パチンコ屋には行って勤めている。借金があるにしてもそんなことで働いてどんな意味があるのかと思っていたが弱い立場にあり何も言えなかった。
このことがこの辺のおかしな状態を最も端的に示していたのだ。他でも人手がたりないのになぜパチンコ屋で人手がたりないとか毎日働きづめで疲れたとか言っていた。実際にかなり疲労していた。
でもパチンコ屋で働くのにどんな意味があるのかとなる。その時自分は思った。


パチンコ屋で遊ぶ人こそパチンコ屋の掃除などして遊べ!


それが理にかなっている。そんなところで働くこと自体何の意味があるのかとなる。つまりこんな異常事態でなくても働くことがすべて有意義なこととは限らないのが今までもあったのである。それが今はこんな異常な事態になり露骨なものとして現れたのである。そんなら介護の方が意味ある。金もやるから介護で働けとなるがその人は手伝いもしなかたっのである。ただ弱い立場にあるから何も言えなかった。津浪原発事故のあとみんな協力してがんばろうとかなったが実際はそんなふうになっていない、一生懸命働いたのは復興に手を尽くしたのは外部の人であり内部の人は補償金をもらって何もしない、遊んでいただけだという矛盾があった。特に原発地域は補償金が大きいからそうなった。

浪江の請戸の人が相馬市の病院に入院していたけど特等室に入っていた。そして相馬市に家を建てるとか言っていた。あの人は億の金はあるだろう。請戸は港であり原発にも近い、原発成り金が生まれ豪華な家が建っていたという。原発事故のあとも船をもっているとその補償金が農家より莫大なものとなっているのだ。一番漁業補償が大きいのである。原発は金なる木であり地元に相当な恩恵があった。それで富岡町の町長の五億円の金庫が津浪で流されたというのが話題になったことが象徴的だったのである。そして原発で働いていた人が実に多いのである。ここは結構遠いと思っていたがこの前もそういう人とあった。ええ、またいたのかと驚くほどである。この辺も原発の金でうるおっていたのである。


●鹿島区の人たちは協力しない、小高区の人たちの不満


それから小高区の人たちと鹿島区の人たちが何かイベントで協力してやろうとしたらやれなかった。商工会議所の会長が力をもっていてボスとなっていてやらせなかったという。鹿島区の人間は協力しない、小高区の人間は何でも協力しあうとか言ってその地域の人間を問題にしていた。確かに鹿島区は人間が協力的でないとか何か違っているのは確かかもしれない、田舎でも地域によって人が違ってくるから田舎暮らしするときはその地域の土地柄とか人柄も良く調べろと作家が言っている。それも確かなのだろう。田舎は人間関係では住みにくい面が多々あるのだ。自分も田舎では人間関係では嫌だし鹿島区は特に人間的には良くないのかもしれない、小高の人と実際に接してそう感じてはいた。ただこういうのには主観が入るからいちがいには言えない。ただ鹿島区の通りの商店は実質的に消滅している。小高に行ったときは駅前から結構店があると思っていた。小高はまだ商店街があり活気があったということである。それから仮設商店街でも小高区の人は四軒しかないというのも変である。何故ならあそこは小高区の人のために建てられたと思っていたからだ。これも鹿島区の人が力をもってそうさせたとなる。どうしても小高区の人はここでは力を持てないということがある。それにしても商工会議所の会長がそんなに権力をもっているとは思わなかった。鹿島区は南相馬市と合併しない方が良かったというとき権力をふるえないからそう言ったのかもしれない、小さな地域でボスでありたい権力をふるいたいからそうなったのかもしれない。


ただ今回の津浪原発事故ではそうした地域地域で大きな差が生まれたことである。双葉町とか大熊町は消滅するし浪江は存続できるかの瀬戸際だし小高すら帰りたくないとかなっているし原町と鹿島とまた相馬市では違っている。相馬市では原発の補償金がもらえないということで不満があり実際に生徒を受け入れなかったのである。今でも避難した人を相当かかえているから地元の人で不満な人が多いのである。そういうことがあるから請戸の人でも金があるからとまた豪邸を相馬市に建てたりしても相馬市に住む人にとってはすんなりとは受け入れられないだろう。家も建てられない人にとってはなんなのだとなる。このことは南相馬市だけではない、いわき市や福島県にちらばった原発難民に同じ様に起きた現象だったのである。いわき市でも病院が混んでこまったとか迷惑になったということがあった。ただまた難民化した人たちにすればそれなりに故郷を失って辛いということがあった。ともかくこの辺の状態は住むにはいいとはならなくなった。自分も何か住みたくなくなっているのだ。もともと田舎では人間関係はわずらわしく閉鎖的であり嫌だった。ただこれまではそういうことを知らずに住んでいたのである。ほとんど田舎でもそうして人間とかかわらず住んでいたのが自分だったのである。

流れ込むマネー、被災地もう一つの断面  日経新聞
http://www.asyura2.com/12/jisin18/msg/144.html

働くと損になる仕組みというのも変だよ、そんなこと長くはつづかないだろう゛ボランティアでも働けば地元の人も受け入れるだろう
なんか矛盾しているのも補償金のためなんだ

posted by 老鶯 at 21:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2013年01月24日

差別される原発難民(仮設店舗は小高区ではない鹿島区の店だった)


差別される原発難民

(仮設店舗は小高区ではない鹿島区の店だった)

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キタヤとか金子写真館は鹿島区だった

店を持っているのになぜ仮設にも必要なのか?
これは確かにおかしなことである。

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花屋は小高区である

仮設の店が小高区のために建設されたと思っていたが違っていた。10数軒あっても4軒しか小高区の店はない。写真のキタヤや金子写真館などは鹿島区のものだったので変だなとは思っていた。
鹿島の商工会議所会長が決めたと仮設の人が不満を言っていた。隣の仮設は会長の家族が経営していた。そういう権力をもっているからできた。田舎ではやはり権力をもつとその一家が得をするとなる。私的な利益を得ることができる。本当は権力は公平なものでないとやはり不満がでてくる。でも権力は中国でもわかるように公平なものではない、ある者に権力を得るとその回りが得するようにできているのだ。

これでわかっんたことは原発難民はおそらく鹿島区だけではない、避難した地域で差別されていることは確かである。ただ相馬市だと飯館村とか浪江町とかの人が集団で仮設に住んでいる。その人たちは住民票は相馬市に移さない、移すと補償金がもらえなくなるからである。だから相馬市には税金がもたらされないとかの問題が生じた。それで仮の町の構想がでてきたのである。今やなぜ双葉町でも浪江町でも団結しているかというとただ補償金をもらえることを第一として町民が一致している。

そんな村民や町民があるのかとなるが現実問題として補償金がもらえないとしたら生活できないのだからどうしようもないのである。

相馬市では飯館村の人がトマトを栽培する農家で働こうとしたら断られた。その理由が松川浦などで津浪の被害にあった人を優先して雇いたいということで断られたのである。つまり飯館村もそれなりに補償金をもらっているからだ。相馬市の津浪の被害地域はもらっていないからである。宮城県でも津浪の被害地域は別に補償金をもらっていない、だから生活が困窮して働いている人をテレビで放映していた。そして矛盾しているのは原発難民は補償金をもらっているからかえって贅沢だとか補償金をもらっていない相馬市民から言われるのである。実際に相馬総合病院に入っていた請戸の人は特等室であり家も建てると言っていたから相当な金持ちである。また補償金ももらえるから金には困らないとなる。


でもこの辺で起きていることはもはや金がもっているからといってそれだけで優位に立つことはない、仮設に入って一家で一か月百万もらっているからと言って仮設ではすべて金にものいわせることはできない。むしろなぜ仮設の人は補償金をもらっているのにその土地を貸している町の人はもらえないのだとひがみになる。それで確かに鹿島区でも補償金を交渉してもらったのである。でも一家で百万とかもらっているのかとなるとそこにまたひがみがうまれる。だから原発避難民は威張ることはできない、金を持っていても威張ることはできない、優位には立てないのである。自分も経験したが金だけではどうにもならないことがあった。金はただ奪われて何の役にも自分はたたなかった。金があればすべてまかなえるということはこういう異常事態ではならないのだ。


第一もはやこの辺では金があっても若い働き手が流出していて南相馬市立病院は二病棟しか機能していない、淋しい状態になったのである。働く若い人が流出して金をもっている病人や老人が残っても世話する若い人がいないのである。老人ホ-ムも二つ新たに建設するといっても働く人が集らないのである。小高区でもやはり老人が多いからもう小高に帰らないと言ってもその人たちを誰が世話するのかととなる。金があって老人ホ-ムを作っても世話する介護士がいない、看護師がいないとなる。

そして金はあるし暇だから毎日パチンコして地元の若い人も働かないで働くのは外部の人でその人たちが怒っているというのがわかる。そんなことつづくと思えないのである。なんらかで破綻してゆく。つまり最後は老人や病人が姥捨山のように捨てられる市町村になるという恐怖があるのだ。金をもっていても何の役にもたたない、金がここではすでに有効に働かないのである。実際にこの辺の信用組合とかでは貯金が増えているが投資先がないとか金が有効に働かないのである。これは津浪原発事故で極端に高齢化社会の問題が現れたのである。

いづれにしろ原発難民は難民なのだから差別されても当たり前だとか言われるかもしれない、本当は移った市町村に世話になるのだからその人たちのために働くというのが順序であり補償金があるから地元の人たちを働かせてパチンコやその他で遊んでいるとなると回りの人は受け入れないだろう。

これは金があるからといってそれですまされない問題なのである。ではなぜ原発難民はそんな差別民とされねばならなかったのか?それは原発のある距離に比例して責任を負わされたのである。飯館村は例外であるが双葉町>浪江町>南相馬市(小高区)>原町区>鹿島区・・・このように距離に比例して責任の重さがあり実際に負わされたのである。小高町のとき実は東北電力ですでに原発を作ることは決まり工事も開始される予定だったのである。今になり合併後に南相馬市では原町区とか鹿島区では
それを知って小高区の人たちを批判するようになった。それは双葉町などが今批判されて町長が
棄民だと言っていたがそういう差別された町民になった。でも双葉町民でなくなると補償金がもらえないから双葉町民になっている。本当は双葉町民でなくなりたいという人もかなりいるだろう。


ともかくそういうこともあり小高区の人は差別され不満なのだが原発難民とされて二等市民にされたのである。それが原発事故の現実であり事故になるとそうされるということなのだ。事故が起きなければ恩恵しかなかったのである。原発事故は一旦おきたら難民にされ差別されるという見本にされたのである。放射能のモルモットにもされた。でも補償金はもらいたとしても外部から今では飯館村さえ補償金をふんだくるだけの村だとか言われようになったのである。そして内部でも補償金を金でもめているだけの地域になってしまった。金をめぐってひがみやねたみが生まれたりかえって団結は失われた。何か絆だとなんか言われたがそんなことはない、補償金だけでつながり内部では補償金をめぐって心も分裂している。またパチンコ屋で遊んでるだけだとか外部の人にも印象を悪くしている。そのことは生活保護で暮らすように原発難民だけではない、原発事故で相馬は劣等市民だ外から見られるようになっているのだ。


小高区の人は仮設店舗にしても差別化されて悔しいと思う。でも現実はそういう責任を負わされてしまったということである。ただ小高区は南相馬市の市民だから別な市町村に移った人たちとは違っている。ただ現実問題として小高区の人は仮設に入って補償金をもらっても優位にはならない、差別化されて二等市民化されているのだ。難民化したのだからその難民になった人がよその土地で金があるからと威張ることはできないのである。仮設店舗問題にしても何か理不尽なのだけど原発事故はそういう差別も作り出したのである。

posted by 老鶯 at 20:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連