2012年12月29日

年の暮 (少子高齢化で村を継ぐものがいなくなる-コンパクトシティ化になる?)


年の暮

(少子高齢化で村を継ぐものがいなくなる-コンパクトシティ化になる?)


故郷に忍びて生きぬ冬の草

前畑に婦(おんな)や蔵に農家かな
年の暮仮設の多く高齢化


別途、地名の研究家に確認したところ、以下の解釈をもらった。「くら」は、切り立った岩壁や断崖のことで、「くり」や「くろ」「くれ」に変化しても同じ語源。栗、倉、黒、呉などの漢字になっている事が多い。「戸蔵」「塩蔵」は山や峰が省略されただけで、あるいは、ただ単に険しい断崖の場所を示しただけで、山を意識していなかったかも。
http://www.yamareco.com/modules/yamainfo/ptinfo.php?ptid=10702

倉とつく地名はほとんど物を貯える蔵とは関係ない、地形的なものである。飯館村の大倉も鎌倉にある大倉郷からとったものではないかと書いたがそれもわからない、ただあそこまで岩松氏の領地だったので岩松氏は鎌倉の出身だからそういうこともありうると思った。切り立った岩壁や断崖となれば大倉までの地形は真野川の上流でぴったりであるから地形説が有力になる。でも塩蔵となれば塩を貯えていた蔵と思うのが普通である。でもそこは山の上だとすると人家もないとするとどうなんだろうとなる。粟蔵も粟を貯蔵していたのかと思うがそうでもないのか?ただ蔵というのは農家に付随している。蔵は生活になくてはならないものだった。だから相馬市の宇多川の上流の物倉は地形的なものとは思えない、物を貯えていた倉でありそこに集落ができたのかもしれない、わずかでもやはり蔵は物を貯えるものとしてあり地名化したともとれる。あそこは平らでり地形的にも崖など見えないからである。


倉敷といえばまさに蔵の街であり喜多方も蔵の街だった。蔵を建てることが一人前として認められることであった。だから競って蔵を建てたのである。人間は今は金の時代でも金をもっていても紙屑になったりするからやはり蔵をもっていれば安心だとか富の象徴だったのである。また防火の役割もあったから蔵にはいろいろな用途があった。人間の豊かさは金だけではない、やはり旧家の農家のように土地があり蔵があり前田があり前畑があるときそこに生活してゆく根拠があり豊かさを感じる。やはり田舎では土地をもっている人とか山をもっている人とかが裕福な家だった。山をもっていればその木材は今とは違って炭でも家でも使われていたのだから富を生み出すものとなっていた。

現代では富を生み出すものが科学技術なのである。それが原子力発電に象徴されていたのである。

浪江では原発に働いていた人が三割から四割いたというとずいぶん多いなと思った。そういう人が本当に身近に多かったのである。偶然にあった人が小高の人でも原町の人でも原発で働いていたのだ。浪江なら通勤圏内であり通える。請戸からは原発の煙突が見えて5キロくらいしか離れていなかったのである。親戚でも原発で働いた人いたけど必ず「原発は安全」だと念を押すように言われる。
それがあんなふうに住めなくなるとは誰も思っていなかった。5年間住めないというが実際は警戒区域だから警戒区域を解除されてもインフラの整備に一年以上かかるから7年間くらい帰れなくなるかもしれない、そのうち帰らないという人もでてくる。帰っても何か高齢化で復興の力が出ない人が多いからさらに帰りたくてもそういう復興の力が出ないということもある。ここでも高齢化というのが相当に影響しているのだ。


この辺でも真野小学校は津浪の被害があり生徒数は激減して廃校になるらしい、上真野小学校でも生徒が数人とか入らないとなり廃校になってしまうと言われる。八沢小学校もそうである。つまり鹿島区だと小学校と中学校が町内に一校としか残らなくなる。生徒数が少なくなり維持できなくなる。
団塊の世代のときはクラスが8とか教室がたりないくらいだった。いかに激減しているかわかる。
これは全国でそうなってをり廃校をどう利用するとかなっている。そうなると地域の核となるものがなくなりコミニティが維持できなくなり限界集落化して老人だけが取り残されるのである。


面白かったのは、皆さんが、仮設住宅での新しい暮らしにそれなりに馴染んでいるということでした。例えば山古志では一軒一軒の家が離れているので、近所の家にお茶を飲みに行くだけでも半日仕事だったりしたのが、仮設だと5分で会いに行ける。だから仮設も悪いことばかりじゃない、などと言ってくれたりしたんですね。
http://www.ristex.jp/public/focus/focus_no11.html


高齢化社会はやはり山村とかになると今は適応できなくなっている。昔だったら自給自足でそこで生まれ死ぬしかないとあきらめていた。でも医
療の問題になるとそうはいかない、昔だったら病気になったらあきらめるほかない、今はあきらめない、医療を受けたいとなるとどうしても山村では受けられない、そうしたら早く死ぬほかないとなる。それを昔のように受け入れられないから限界集落とかを廃止しろとかコンパクトシティ化して税金の無駄使いをやめろとか都会の人に言われるのである。例えは自給自足で炭焼きなどで山村で自活していればそれが誇りであり都会的生活をしなくてもいいというなら都会の人も認めるのである。それができないから今は都会の人にいろいろ言われるのである。都会の人と同じ様な暮らしをしたい贅沢をしたいとなればそんなところを援助するのは無駄だといわれるのである。だから山尾三省のうよな暮らしをしていれば誰も都会の人でも文句は言わない、ロウソクで暮らして電気を使わないとしたら文句の言いようがないのである。でも田舎で山尾三省のような生活をしろといってもする人は今やいない、そういう貧乏から脱するためにこれまでの生活があり努力してきたからである。


いづれにしろ少子高齢化の影響は大きいのである。田舎でも一軒一軒が離れていると世話しにくいのである。車で一軒一軒回るのは相当に手間である。仮設のような所に老人が集まっていると世話しやすいのである。弁当を配るにしたってそうである。自分にしても一人にかかりきりで世話しているのは相当に労力がいる。だからかえってそういう介護のためには老人を集めた方がいいとなる。でも施設は満員であり在宅介護にするという政府の方針は納得がいかない、今の時代家族が核家族であり一人とか二人とかが多いのである。だから予算をかけないために在宅介護だというのは時代にあわないのである。一人暮らしの老人が仮設で死にたいとまで言っていたのはみんなが一緒に暮らしている、一人暮らしの人でも仮設では気づかってくれとなるからそういったのだろう。つまり昔の長屋のようになったということである。