2012年12月18日

年の暮(もう一人の英語教師はフィラデルフィアから来ていた)


年の暮

(もう一人の英語教師はフィラデルフィアから来ていた)


我が町にフィラデルフィアとマイアミの青年来たりて年の暮かな


もう一人の英語教師はPhiladelphia(フィラデルフィア)から来ていた。

1682年、クエーカー教徒のウィリアム・ペンが同志とアメリカに渡来、この地に居住区を建設したのが市の起源。ペンはこの地を古代ギリシア語で「兄弟愛の市」を意味する(Φιλαδ?λφεια、フィロス=愛、アデルフォス=兄弟、ア=都市名につく語尾形)「フィラデルフィア」と命名したhttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%
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philosophy-Philadelphiaは関係していた。フィロス=愛、知の愛が哲学のはじめである。ここはニュヨ-クに近く寒い、ニュ-ヨ-クより古く開けた都市だった。大学や学生の街でもあった。
マイアミは平均気温が20度くらいだから沖縄のような気候である。キュ-バが近いから南国である。
アメリカは広いから気候の変化も大きいのである。中国もそうだけど大きい国の感覚は日本にいるとわかりにくいのである。

小学校から英語を教えている。近くの小学四年生もクリスマスをその英語教師としたとか言っていた。確かに英語の単語を覚えている。
思うに言葉も文化もそうだが本質的にその国に行きいきた言葉を聞かないと実感として理解できない、言葉は母国語というようにネティブから伝えられないと本当はわからないのだろう。日本はそういう機会が少なかった。確かに英語など巷にあふれているしアメリカ人など今やめずらしくもない、しかし英語となると日本人はしゃべれない、英語を大学まで勉強してもものにしている人は少ない、今は前よりは多くなったとしてもそうである。

その一番の原因がネティブから言葉を学ばないことなのである。だから留学というのはネティブから言葉を学ぶしその土地の人と一時的にでもなるから文化を肌でしるからいいのである。今は留学している人も多くなった。田舎ですらもうすでに一クラスで何人かは留学している時代である。ただ最近はまた減っているらしい。自分は海外旅行したのも50過ぎだからすでに遅かった。自分は何でも遅かった。学生時代はほとんど勉強していない、勉強に興味がもてなかったのだ。学校出てからの方が興味をもって勉強した。ただそれも何か深く理解できていなかった。語学でもやはり明かにドイツ語でもドイツで学べばその国の文化を肌で知る。言葉も密接にその国の風土や歴史と一体化してあるのだ。日本語だって俳句にしても少なくとも一年間めまぐるしく変わる日本の気候を体験しないかぎりわからないのだ。そこにその国の文化を知るむずかしさがある。


哲学専攻のマイアミの青年が哲学は何かとかちょっと聞いたらstrict-ストリクトだという。
その言葉の感覚がネティブが発音して言うときとそうでないものが言うときは違ってくる。
ストリクトでもいろんな場面で使う、そこでその言葉の感覚を知ることになる。これはなかなかむずかしい。日本は中国でも外国語は翻訳文化であり直接ネティブの言葉と接している人が少ないのである。翻訳で言葉をしるのは概念的なものは知りやすいが言葉のもっている独特の感覚はわかりにくい。それは母国語として身につけるものであり外国人は身につけられない。だから日本語にしても俳句でも短歌でも理解するのはとてつもなくむずかしいとなる。日本語の言葉の感覚が英語の言葉一つにしても理解できないのと同じなのである。いづれにしろ詩は一番むずかしいし母国語をみにつけた人でないと詩は書けない、詩は翻訳すると別なものにすらなってしまう。日本語に訳すと本来の詩とは別なものになっている。詩は翻訳不可能なのである。


だから外国語の感覚を身につけるには若い内にネティブの人とと友達になったり直接その地を踏んで言葉の感覚を身につけることである。ただそれが一般的にはなかなかできないから日本人は特に英語がいくら教育しても身につかないのである。それでアメリカからネティブの発音を聞かせるまたは外国人になれる教育をとり入れたのである。ただ今は外国人がめずらしくないから拒絶反応はあまりないかもしれない、ただ言葉は依然として日本人は身についていない。やはり今回のように一つの単語でもネティブの人と話し合うと何か言葉も生きてくるのである。言葉は本や活字やテレビでもメデアだけでは生きてこないのである。会話してこそ言葉も生きてくる。ただ観光だけでは言葉は身につかない、何かより深い詳しいことは旅ではしりえない、通りすぎてゆくことが多すぎるからだ。

観光英語は中学英語で十分でありほんとんど今回のような短い会話すらできない、哲学がどうだこうだなどと観光で話すことはないから言葉はほとんど身につかない。

だから言葉の感覚をみにつけるにはある土地に一年とか住んでいれば身につくだろう。英語にしてもアメリカ英語は違っているという、それはアメリカ人を友達にして深く通じた人が言っている。
イギリス英語とアメリカ英語とオ-スハラリア英語も違ったものなのである。その区別はよほどアメリカ人に通暁していないとそんなことわかりえようがないのだ。

まあ、アメリカで驚いたのはグランドキャニオンだった。あそこは別な惑星にでも来たのかと思った。それはもはやとても言葉では現せない風景だったのである。言葉を絶した風景である。そういう風景が現実にあったということである。ホイットマンはアメリカを詩にしたけどホイットマンにしてもアメリカノ広大な国土を知らずして理解できないのである。本当は桁外れに雄大な詩であっても日本人にはアメリカの国土の大きさが一回くらいの旅行では理解できないからまた理解できない、これは中国でも同じである。国土の大きさが実感として理解できないのである。日本だったら九州まで同じ気候である。でもフィラデルフィアは寒冷地帯になってもマイアミは沖縄のような熱帯地帯なのである。アメリカにはテキサスのように広大な砂漠もありその広大さから生まれアメリカ人気質も理解できないのである。日本のような狭い国土のせせこましい発想は起こらない、人間が知らず大きくなるということはある。


自分は海外旅行でも遅すぎたのである。英語でも早く学んでいないから身につかなかった。ただ不思議なのは別に今でも手術したので海外旅行はできる。海外旅行は別に電車とかで旅するならそんなに辛くはないのだ。精神的にはかなり疲れるにしても自分は身体障害者でもないから海外旅行できると思った。一時自分は身体障害者になり何もできなくなったと本当に思ったからある。しかし体力の負担のない旅行はできる。だから行く気だったらアメリカにも行けるのである。ただアメリカはあまり旅行しても面白くないということはある。ただ広いというだけで歴史がないからである。
あんな広い荒野のような所に住んでいる人の気持ちはどんなものだろうかとも思う。
日本人の感覚は前田の五反田とか前畑の狭い畑が自分の土地である。アメリカは米作りにしても種も飛行機でまくとか桁外れなのである。その感覚が余りにも違いすぎるのである。