2012年12月13日

冬の日の相馬市の通り (老人の欲しいもの-シャッタ-通りも老人向きにすればにぎわうかも)


冬の日の相馬市の通り

(老人の欲しいもの-シャッタ-通りも老人向きにすればにぎわうかも)

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風かそか日のさし静か冬芒
枯草や猫一匹歩むホ-ムかな
線路見え二両の電車や木の葉散る
庭広く石組み確か北風(きた)唸る
洋風に煉瓦や枯木映える家
駅前の通りの花屋冬薔薇
日の没りし動かぬ雲や冬菜かな

相馬なる駅前の花屋冬日さしシクラメンの花赤く映えにき

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今日は相馬の病院に二カ月ぶりで行った。手術してほぼ正常に生活できるが多少血圧が高いから穏やかな暮らしをしろと言われた。血圧が高いのは不安である。塩分はひかえめにしている。毎日病院でそなえつけの機械で血圧を計っている老人がいた。あの機械があれば計りやすい。ともかく還暦すぎたらいかに病気にならないようにするのかが最大の関心事になる。病気になったらどんなに金があろうが地位があろうがなんであっても最悪になってしまうのである。還暦すぎたら病気にならないことだけで恵まれているともなるのだ。


枯芒から冬芒となってゆく、90過ぎの人は結構今は近くに生きている。それはもはや80代だと枯芒などと言われるが90過ぎると冬芒である。冬芒になってそこに静かに日がさしている。それがぴったりだとなる。人もまた生物の一種だから植物でも同化してゆくのである。今日はまた二両の電車にのった。二両だから一番前にのりやすい、すると前の景色を見ながらのる。そして線路に木の葉が散るのが何回か見た。八両の電車だったら木の葉を散るのを見ないし感じないのだ。ホ-ムが枯草になり猫に日がさしてゆっくりと歩いている風景ものんびりしているし寂れたともなる。こんな光景は都会ではありえない、この辺だって八両で東京や仙台に通じていたときはなかったし感じなかった。
二両で二つの駅にとまるだけだから電車もスロ-になり老人の感覚になったのである。自然ととけこむようになったのである。


相馬市の通りは壊された家が増えた、ここの駅前の花屋だってやっていけるのかどうか?
でも場所がいい、午後の日がさしてなんともなくなごむ、街路樹の下に冬薔薇が咲いていた。
そこでシクラメンとか買った。ここで何か買いたくなる不思議がある。そこの年配の女性も応対はいい、陶器店は怖いくらいの応対だった。あれでは買い物もしたくなくなるだろう。東北の人はそうした愛想に欠けているから農業には向いているけどこうしたサ-ビス業に向いていない、自分も全く商売には向いていなかった。だから自分は学問の方で身をたてたいと思ったができなかった。
ただ今は別に東北でもみんながそうではない、普通の応対はしている。

駅前通りはシャッタ-通りになりさびれたがこれからどうかというとそうでもないかもしれない、
高齢社会はまた社会が違ってくる。老人が欲しいものはとキ-ワ-ドで自分のプログに来る人が必ずいる。老人が求めているのは必ずしもモノではないのだ。モノを売る場所や環境や人が大事になってくる。

花が欲しいというのもあるがその場所が大事になるのだ。あそこの駅前は日がさしてシクラメンが通りに映えてなごみを感じた。高齢化社会はそうした街全体の雰囲気とかなごみとか応対する人の良さとかが影響してくる。モノ時代よりそうしたものを求めるのが老人なのである。だからモノだけを安く買うス-パ-は便利にしてもものたりないということが生じているのだ。若い人にとっては良くても老人にとってはいいとは限らないのである。確かに便利なのだが場所とか環境とか人とかになるとそういうものはない、店員と話すこともないから何か人間的なものを感じないとかなる。


ヤクルトが成功したのはモノを売るより人が直接売り渡すということで成功しているのだ。モノより人を売りにしたのである。人のサ-ビスを売りにした。だから孤独な老人の見回りもしているというのもそのためである。
これからは若い人には良くても老人にはモノ+ソフト的なものが必要になってくる。
だからこれから高齢化では必ずしも安いだけで便利なだけでは成り立たなくなるかもしれない、
中高年向きのサ-ビスをして商店街も生き残る策をたてている街もでてきている。
時代が変わるとその要求は老人だけではない、時代の要求が変わるからまた商店街が別なものとしてニニュ-アルされて繁盛するかもしれないのだ。高齢者は比較的金をもっている人が多いからまた安いだけではない商売も成り立つかもしれない、都会ではそうなっているだろう。

いづれにしろあそこの駅前からあの花屋が消えるとまた淋しいとなるのだ。

暇だから一旦病院を出て相馬市を歩いた。駅前のパスタの店で三重からきた学生とあった。津浪の被害地を見て歩いているという。そういう人がまだ結構いる。いろいろ教えてやった。自分もプログでそういうことを書いてきたがインタ-ネットは何か反応の手応えが感じられないのである。

ただ今回は報道として地元の人は外部からも助けられているしまた地元がどうなっているから事実を問題を知らせるのも義務となっているのだ。報道も実際は義務でありミッションまで高めねばならないものである。報道はあまりにも視聴率を重視しすぎた。企業や団体の宣伝部隊になりすぎたのである。そこから原発事故も起きてきた。それぞれがその仕事の義務とミッションの自覚をもって勤めればこういうことにはならなかったろう。


写真に撮った家は個性がある。庭には個性がある。石組みがしっかりして広い庭に重厚感を与えている。もう一軒はいかにも洋風でレンガもあり冬の家にふさわしく感じた。枯木が映えて中に暖炉もある感じなのだ。あれは飾りなのだろう。なんかこの二つの庭と家は冬らしく落ち着く家である。
洋風の家は外観がいいのだ。まるで絵画になるような家である。