2012年12月09日

冬薔薇に雪ふる(終の棲家はどこに、末期の眼で見る世界)



冬薔薇に雪ふる

(終の棲家はどこに、末期の眼で見る世界)


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冬薔薇でこんなに咲いているのはめずらしい




冬薔薇二輪定めとここに散る

冬薔薇塵もつかずに雪のふる
冬薔薇誰が見つめつつ死ぬるかな


白鳥の鳴きつつ飛びぬ列なして命のかぎり雪ふるなかを

雪ふりぬ山の彼方は飯館や仮設に住みて一年過ぎむ

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この雪のかなたは飯館村である

人間は終の棲家が意外と大事かもしれない、別にそれは故郷でなくてもいい、自分の死に場所はやはり因縁の場所なのだろう。山尾三省は屋久島に死に場所を求めたのである。原郷を求めてそこを死に場所と定めたから別に極端な貧乏でも良かった。人間は最後に何を求めるのか?たいがい何にもいらないという、金をもっていてもいらないという。でもなぜか認知症になっても異常に金にこだわる。あれも業だったのだろ。人間は今や金が一番大事なものとして生きてきたのだから死ぬ間際でも金のことを忘れない、ところがその金すら銀行からおろせなくなったのだから信じられなかった。人間がそんなふうになることが信じられなかった。だから認知症ほど悲惨な病気はない、人間は最後に悪魔にもてあそばれた感じがした酷い病気だったのである。ただこれは人によるのかもわからない、あれほどまた金にこだわってきた人、一円も無駄に使わずためていた人が金のことはわからないとけろっとしているのも不思議である。これもなんなのかわからない、認知症は相当にその人の性格によって違ったものになる。ただ死ぬ前に必ず人はどんな人も認知症になりやすい、正気を失いやすいのである。


なんか人間はもう還暦すぎると一日一日が死んでゆく感じになる。ああ、ここで死んでゆくんだなと日々思うようになるのだ。その時最後に見つめるものは何なのか、誰なのかとかまでなってくる。
死んでゆく心境は特別なものなのである。自分が病気になってそういうことを感じた。その時回りに自分を心から思ってくれる人は一人もいなかった。ただ金を求めるものしかいない、現実に金だけ奪われた。家族いないとそうなるし今や家族でも財産があれば財産目当てになるのだ。自分の場合はあまりにも露骨すぎたのである。こいつ死んだら財産残すから自分のものになる、そういうことを言わなくてもあからさまに見えたのである。もちろん看護師も医者も病気をみてもその人は見ないのである。


しかし人間は死んでゆくとき普通とは違う、末期の眼で見るとき当たり前の景色も人も別なものになっている。特別なものになってゆく、その時いかに浪費したいた時を惜しむか?もうこの景色も人も見るのも終わりだというときどんな人でも特別なものとしてこの世を見るのである。もうこの世で人とも二度と会うこともないしまたこの世の景色も見ることもないのだ。そういう日が日々迫っているし現実的になっている。

原町の産婦人科の医者が言っていたよように最後のミッションを果たしてここで死ぬというのもそうである。それがまさに土着的であり人間の仕事として全うすることになる。一方若い勤務医の医者は土着的でないから移っている人がいる。看護師でもそうである。土着的ではない使命感がもてないから移ってしまうのである。

ここがかけがえないの場所で死に場所だというとき人間は仕事も真剣になるだろう。そういうときいろいろなものを欲望を満たすために求めないかもしれない、ただここに生きここで死ぬ、ともに働き住んだ人と死ぬとかなるだろう。最後にみんなそうなってゆく。だから100才近い人がもう移動できない、墓場で死にますと自殺したのも自然だったかもしれない、とてもその年になったら移動などできないのである。だから原発事故の悲劇は終の棲家を奪われたことであったかもしれないのだ。80才くらいの女性が家に帰れなくて毎日泣いているというのは本当だろう。
そのくらいの年になると住み慣れた土地を離れることがそれほど辛いということなのだ。

俳句としては冬薔薇が一輪散るのと二輪散るのは違っている。写生で二輪になった。二輪というとき二人でもある。自然の自分でも人間を現していることがあるのだ。

白鳥でも渡りの時は命懸けで飛ぶ、これはちょっと大げさかもしれないが、いづれそうなる。
西行の最後の旅がそうだった。

年たけて また越ゆべしと 思ひきや いのちなりけり 小夜の中山 

この小夜の中山がどこになるのか、定着しても小夜の中山はありうるのだ。終の棲家は小夜の中山になるのだ。

ともかくは今日はさらに冬らしくなった。白鳥も十羽くらい雪の中をとんだ。近くの川にいつも来るがあそこは工事中だったし水もかれて今年は来ないから別な所に移動したのだろう。
今日は寒いから本当に冬らしい冬になった。