2012年12月01日

山茶花に初雪 (電気は本当は貴重で高価でもその自覚がなかった-それが原発事故に・・)


山茶花に初雪

(電気は本当は貴重で高価でもその自覚がなかった-それが原発事故に・・)


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山茶花の赤に雪ふる目覚めけり
冬の菊りんと咲きける朝の雪
我が作る蕪の味噌汁介護かな


今日は目覚めたら雪だった。今年は早いのか?初雪だった。裏庭に咲いていた赤い山茶花にふった。
日本はやはり気候的に季節の変わり目がはっきりしているから身がひきしまる。これが熱帯辺りだとそういう旬や季節の変わり目がないからたるんでしまうだろう。日本の気候は変化が激しく刻々さえ変わっているうよな感じがする。料理するということもやはり日本では食べものにも季節感がある。大根とか葱とか蕪とかは冬の季語だった。ただ与えられているとこういうことすらわからなかった。さらに農家で実際に畑でも耕していればより自然と密着することになる。ただ風流で季語ができたのとも違う。現実生活から季語が生まれていた。生活なくして芸術もありえないのである。


だから変なのは多賀城跡を訪ねて「古き碑のここに並びて刈田かな」この句を作った時、これは当たり前のことでる。ところがこの辺では放射能に汚染されて田んぼが荒地化した。刈田がないのである。そうするとこの辺にも古い碑があってもそれが生きてこない、古い碑でもそれは長い間の生活の中でそういうものが風景にあうようになっていた。江戸時代の古い碑は北海道にはないから牧場にはあわないのと同じである。刈田とは荒地とか草原とかではない、それは春を待ってまた田植えをして米作りするものとしてある。それがこの辺ではなくなったのである。前にも書いたけど水が流れめぐらない田のない世界に違和感を覚えた。田は山の水を血液のようにして大地をうるおし実りを与えていたのである。


農業に意義を見いだすというときそれが生活そのものが自然と密着するから自然を風流ではないじかに肌で感じるから自然と一体化するのである。上野霄里氏が芸術は生活だというのは本当である。
だから山尾三省はまさにその自らの体を酷使して極貧の農業に意義を見いだした。その意義に死んだのである。でも一方で農家の人は逆にそうした極貧の農業からなんとか逃れることが願望であった。パンも食べられない生活など誰もしたくない。その対比があまりにも極端化していたのである。
正直自分には農業も力仕事も勤まらない、体力がない、自転車の旅だってやっとだった。最近筋肉が弱り運動するとひどく疲れる。老化すると筋肉が弱る。ただ本当に詩を書こうとしたら体力がないと書けない、山を詩にしようとしたら相当に健康手体力がないと書けない、山の厳しさを詩にはできない、ひよわで山の厳しさを詩にできない、絵にもできないだろう。その矛盾が芸術家にはある。


だからこそ山尾三省は62才で死んだ。妻も犠牲になり60前で死んだのである。パンも食べられないとなればそうなる。農業は江戸時代でも相当な重労働である。だから元旦にゆっくり休むことが本当に楽しみだったのである。休むことなく働いているほかなかったのである。結局現代の労働は機械に負うことが多い。ご飯炊くにしてもおかゆもオカユメ-カ-を使ったり暖房も電気である。つくづく電気に頼る生活なのである。一日中介護だからエアコンをしている。自分は今は炬燵であるが石油スト-ブは火事になるので使えないので電気ヒ-タ-を使う。これまた現代の生活は電気、電気なのである。こうして機械に頼り電気に頼っているから介護してでも一人でも家事ができる。これが戦前とか江戸時代になるともう家事だけで一人がかかりきりで洗濯から料理からするとなると必要である。家事自体が大変な労働となっていたのだ。

これだけ電気を使う生活はやはり贅沢でありそれが原発事故に結びついていた。でもそれだからこそ老人は暖房でも長生きしているしなかなか死なないとなる。手厚い介護をすればさらに長生きするのである。戦前とか江戸時代は手厚い介護はできない、戦前でもオムツはないとか藁で始末していたとか信じられないような悪条件の介護である。だからとても長生きはできない、つまり過酷な労働が死期を早くして病気になったら介護もおそまつだから早く死んでいたのである。

ただ今になるとそうした贅沢が限界にきている。もうなんらかで淘汰されて老人は生きられなくなる。長生きできなくなる。そうでもしなければ
年金なども支給できないし財政も破綻するのである。

人間の欲望はともかくきりがないのだ。そのきりのない欲望が原発事故を起こしたのである。
いかにこの辺でも欲が深い人がどれだけいたか、金になると言えばもう原発大歓迎だったのである。それは全国的にも言えた。電気というのは本当は相当な贅沢なものだったがそれがわかっていなかった。電気はボタン一つ押せば作れるものだという錯覚に陥っていたのである。
ロウソクが江戸時代に貴重品で高価で和ろうそくを作るためのロウの取り出しにはかなり手間がかかったため、ろうそくの滴は貴重であり、買い集めることで一つの職業として成り立っていた。
買い占められたロウは再びろうそくを精製するための材料として、再び溶かして型に流して利用されていた。

電気にはこういう感覚がない、電気は何か無駄使いしやすいのである。本当は電気はこのロウソクのように高価であり貴重なものだったのである。貧乏な家では電気を夜8時頃に消しているとかかなり節約している人が和すかだがいる。しかしほとんどの人は自分も含めて電気の無駄使いが多い、電気の貴重さがわかっていなかったのである。

でもやはり電気があればどうしても使ってしまうし無駄使いが多いのである。電気には例えは薪を買って集めてそれを燃料にするという一連の手間もないしそこで燃料を集める苦労も実感できないのである。それが電気を無駄使いすることに通じていたのである。人間は何か労働でもそれを苦労して得るものがあれば大事に思うがそれを経験しないものは大事に思わないのだ。食糧でもこの辺でも米を作っていないのに金さえあればいくらでもあるではないかと以前として食糧の大事さを実感していない、自ら苦労して作り料理してまた人に運び与えるという労働していれば貴重なものとなる。でもただ金さえあれば食糧などいくらでもあるではないかとなればその貴重さがわからない、これは電気についても同じだったのである。あまりに容易に簡単に手に入るものは人は感謝しない、空気に感謝しないとは同じである。日本では水が豊富だから水にも感謝しない、砂漠だったら水は宝石のように貴重になっている。ともかく電気は相当に貴重な得難いものだとして使わないといけない時代が来たことは自覚すべきだろう。